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シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ・・・・・評価額1750円
2016年05月01日 (日) | 編集 |
正義VS正義。

アベンジャーズのリーダーにして高潔の人、キャプテン・アメリカとチームの技術的な要であるハイテクの超人、アイアンマン。
今まで何者にも縛られなかった彼らの活動を、国連の監視下に置くという提案を巡る二人の対立を軸に、スーパーヒーローたちが二手に分かれて“内戦(シビル・ウォー)”を繰り広げる異色作。
対立を加速させるのは、キャプテンの戦友であり、行方不明となっていたウィンター・ソルジャーの存在だ。
キャップと同等の戦闘力を持つ、ウィンター・ソルジャーは敵か味方か。
嘗てアベンジャーズの戦いに巻き込まれ、心に癒しがたい傷を負ったある男の陰謀は、スーパーヒーローたちを引き裂き、遂には後戻りできない混乱を引き起こす。
ブラック・パンサー、アントマン、さらにソニー・ピクチャーズから移籍してきたスパイダーマンも参戦し、ある意味「アベンジャーズ」シリーズ以上の豪華さだが、位置付けとしては一応「キャプテン・アメリカ」シリーズの第3作で、監督はアンソニーとジョーのルッソ兄弟が前作から続投。
「アベンジャーズ」「キャプテンアメリカ/ウィンター・ソルジャー」と並ぶ、Marvel Cinematic Universeの最高傑作である。
※映画及び原作の核心部分にふれています。

スーパーヴィランと戦うアベンジャーズのメンバーは、今まで法律も国境も超越する存在として各国政府から黙認されてきたが、戦いが激化するに伴い巻き添えになる市民の犠牲も増え続けている。
アフリカのワカンダ王国でバイオテロを阻止したキャプテン・アメリカ(クリス・エヴァンス)のチームだったが、スカーレット・ウイッチ(エリザベス・オルセン)のミスで市民多数が死亡し、世界中でスーパーヒーローの活動に関する疑問が噴出。
遂には、スーパーヒーローを国連の監視下に置く、「ソコヴィア議定書」が提案される。
自分たちの強大な力には、何らかの歯止めが必要だと考えていたアイアンマン(ロバート・ダウニー・Jr)は、スカーレット・ウィッチを軟禁し、ヴィジョン(ポール・ベタニー)、ブラック・ウィドウ(スカーレット・ヨハンソン)、ウォーマシン(ドン・チードル)と共に議定書に賛成する。
だが、権力の監視下では、不本意な戦いを強要されかねないと考えるキャプテンとファルコン(アンソニー・マッキー)は議定書を拒否し、ホークアイ(ジェレミー・レナー)は引退を表明し、アベンジャーズの対応は真っ二つに。
ウィーンでソコヴィア議定書の署名式が執り行われる事になり、呼びかけ人の一人であるワカンダ国王ティ・チャカと、その息子である同国の王子ティ・チャラ(チャドウィック・ボーズマン)も列席。
ティ・チャカが演説している最中、突然仕掛けられた爆弾が爆発し、 ティ・チャカは死亡してしまう。
会場の監視カメラに写っていたのは、行方不明になっていたウィンター・ソルジャー(セバスチャン・スタン)だった・・・・


本作と同じく、スーパーヒーロー同士の戦いを描いた「バットマン vs スーパーマン」では、冒頭の大破壊のシークエンスで、「強大すぎる力の責任と結果にどう向き合うのか?」というテーマが示唆されていたが、物語が進むにつれて放り出されてしまうという残念なオチに。
ではDCよりもずっと長い時間をかけて、一歩一歩キャラクターをブラッシュアップしてきたマーベルではどうか。
結果的に、きちんとこの難しいテーマと向き合い、一定の答えを出していると言っていいだろう。
ただし、本作はあらゆる意味で「キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー」の直接の続編であって、テーマ的な部分も前作と組み合わせて導き出している部分が多く、本作単体で見ると誤解を生じかねない危うさを持っていると思う。
同じように、アイアンマンの葛藤に関しては、時系列的な前作に当たる「アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン」から引き継いでいる部分が多い。
ゆえに、本作を真に楽しんで理解するためには「ウィンター・ソルジャー」と「エイジ・オブ・ウルトロン」を鑑賞してから臨むべきだろう。

2006年から翌年にかけて刊行された原作は、極めて政治的な陰謀劇だ。
スーパーヒーローの活躍の影で市民の犠牲が増え、彼らを管理する登録制度が出来ることになるのは映画と同じだが、制度に賛成するアイアンマンと反対するキャプテンがお互いに多数派になるべく派閥を作り、主導権を握ろうとするのである。
政府の支援を受けるアイアンマン派は、地下に潜ったキャプテン派と小競り合いを繰り返し、遂にはヒーロー界の覇権をかけた“内戦”に突入。
一時はキャプテン派が勝利を掴みかけ、キャプテンがアイアンマンにとどめを刺そうとした瞬間、それまで蚊帳の外だった市民たちが割って入る。
ふと冷静になったキャプテンは、己の作り出した惨状を省みて、本来自分たちは何のために戦ってきたのかを思い出し、降伏を選ぶのである。
勝利したアイアンマンは、S.H.I.E.L.D. 長官に任命され、事件は収まったかの様に思えるも、キャプテン派の残党は相変わらず存在していて、結局ヒーロー界は二つに割れてしまうという内容だ。
まるで国会の政争かヤクザの抗争のメタファーの様な超ダークな物語で、さすがにこれをそのまま映画にしても欝になるだけなので、基本コンセプト以外は相当脚色されている。

強大な力を、国家(あるいは国連の様な)権力に帰属させるべきか、それともある程度個人の自由意思に委ねるべきなのかというテーマは、アメリカ合衆国が建国以来抱えている重要なイッシューだ。
銃規制の問題は、分りやすい例だろう。
公衆の安全という観点では、誰もが銃を手に入れられるという状態は好ましくない。
だが、一方で合衆国憲法修正第二条にはこう書かれている。
「A well regulated Militia, being necessary to the security of a free State, the right of the people to keep and bear Arms, shall not be infringed. (規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保有し、また携帯する権利は、これを侵してはならない。)」
日本ではなかなか理解されない、アメリカの銃規制の問題の原点はここにある。
この“規律ある民兵”は、必ずしも政府に従属する存在ではない。
条文の解釈は色々あるが、時と場合によっては人民に害をなす権力に対抗する手段なのである。
“規律ある民兵”をアベンジャーズの様なスーパーヒーローの集団に当てはめると、なぜアメリカでは自警団的な覆面ヒーローの文化が、これほどの広がりを持っているのかが良く分る。

日本では、銃規制反対派というとNRAの様な利権集団に絡めて報道される場合が多く、その視点に立てば、ソコヴィア議定書に反対するキャプテンは傲慢な銃規制反対派でアイアンマンは理性的な銃規制賛成派に見えてしまう。
だが、武装する権利に対するスタンスには、単なる権利と責任の主張だけでなく、権力と個人の関係をどう捉えるのかという根本的な国家観の相違が隠されているのだ。
元々ヨーロッパで迫害された清教徒たちが建てた国であるアメリカでは、国家権力が個人の領域に立ち入るということは、非常にデリケートな問題であって、それはなにも武装する権利に留まらず、経済を含むあらゆる分野に及ぶ。
大統領選で毎回話題になる「大きな政府と小さな政府のどちらが良いのか?」という論争も、とどのつまりは同じ問題なのである。
ここで、物語の中心となるキャプテンとアイアンマン、二人のヒストリーが重要な意味を持ってくる。
彼らの選択は、ヒーローとしての出自に大きく影響されているのだ。

第二次世界大戦真っ只中に生まれたキャプテン・アメリカは、愛国プロパガンダのためのスーパーソルジャーであって、まさに国家権力によって作られ、その意のままに踊らされた過去を持つ。
権力の性質によっては、彼の分身ともいえるウィンター・ソルジャーの様に、破壊と殺戮のためのツールとして使われていてもおかしくは無かったのである。
だから彼は、自らに力を与えたアースキン博士の「よき兵士より、よき人間であれ」という言葉を胸に刻み、再び兵士という権力のツールに戻ることを嫌い、一個の人間として考え善悪を見極めて判断しようとするのだ。
前作「ウィンター・ソルジャー」で描かれた、可能性の未来によって人々を統制しようとするS.H.I.E.L.D.の陰謀劇は、9.11と愛国者法制定以来のアメリカのカリカチュアだが、それに対してキャプテンは「正義でなく恐怖による支配だ」と批判し、実際に“規律ある民兵”として反旗を翻す。

一方のアイアンマンは、産軍複合体を構成し、キャプテン誕生にも関わったスターク・インダストリーズの御曹司。
元々は兵士たちを駒として扱う、権力側の人間である。
使い切れないほどの金を持ち、誰に頼まれた訳でもないのに、自らの趣味と実益を兼ねたパワードスーツを開発して悪と戦っている。
日本人がイメージするアメリカの銃規制反対派は、むしろアイアンマンの方なのだ。
ところが「エイジ・オブ・ウルトロン」で、自分で作り上げた人工知能・ウルトロンの暴走により、膨大な犠牲を出した事で、彼は責任を感じアベンジャーズを去る決意をする。
個人の判断によって巨大すぎる力を使うことの恐ろしさを実感したからこそ、一定の条件のもと自分の力を権力に委ねるべきだと判断するのだ。

キャプテンはそのヒストリーゆえに、孤高の道を行くしかなく、アイアンマンもまた議定書に賛成し、管理の元で活動するしかないのである。
その事を明確化するために、本作は過去も現在も自由意志を奪われた哀しき帰還兵、ウィンター・ソルジャーを物語の軸に置き、“復讐”という定数を物語を進めるエンジンにすることによって、登場人物それぞれの必然を描き出してゆく。
本作の中で描かれる“復讐”は三つ。
発端となるのは「エイジ・オブ・ウルトロン」で描かれたソコヴィアの戦いである。
この戦いで家族を失ったソコヴィアの軍人、ジーモが憎きアベンジャーズを陥れようと、ウィンター・ソルジャーの存在を利用してウィーンの爆弾事件を起こす。
すると今度は、事件の犯人がウィンター・ソルジャーだと思い込んだブラック・パンサーことティ・チャラ王子が、父の敵を討つために彼を狙う。
そして、嘗てアイアンマンの両親であるスターク夫妻を殺したのが、洗脳されていた頃のウィンター・ソルジャーだということが明かされ、理性を失ったアイアンマンが暴走。
絡み合った三つの復讐は、ブラック・パンサーとアイアンマンの間で明らかな対照を形作り、スタークが議定書に賛成し、管理されたスーパーヒーローでなければならない理由を強化する。
一見すると理性的に見える彼は、実は激高する感情をコントロールできないのである。

原作だと、ミスター・ファンタスティックがソーの髪の毛からクローンを作って、アイアンマン派の最終兵器とする展開があるのだが、映画版がソーをはじめとする本当の意味の超人系を排除し、原作には登場しないウィンター・ソルジャーというある意味一番弱い立場のキャラクターを軸としたのも、スーパーヒーローといってもあくまでも等身大の人間の葛藤と選択ということをはっきりさせるためだろう。
本作においてアベンジャーズの唯一本当の敵であるジーモが、スーパーヴィランですらないただの人間であり、ヒーローの復讐心を突いて自身の復讐を遂げるという二重構造もその意味合いを強化している。
アベンジャーズは、共に世界を救うをことを目的にしながら、今回二つの道に分かれた訳だが、これはアメリカが200年間考え続けて答えを出せてない問題で、どちらが正してくてどちらが間違っていると明言することは出来ない。
アイアンマンの様に、個人の暴走を恐れて国家に身を委ねたとしても、例えば9.11以降のアメリカの様に、国家が我を忘れて証拠を捏造してまで復讐に走ることもある。
一先ず、今の時点ではお互いに信じた道をゆく決断をした、アベンジャーズのスーパーヒーローたち。
本作のルッソ兄弟がメガホンをとり、2018年と19年に二部作として公開予定の「アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー」でその道が再び交わるのか否か、楽しみに待ちたい。

今回は、キャプテンとアイアンマン、それぞれのカラーのカクテルをチョイス。
鮮やかなブルーが目に爽やかな「スカイダイビング」は、ホワイト・ラム30ml、ブルー・キュラソー20ml、ライムジュース10mlをシェイクして、グラスに注ぐ。
キュラソーの甘味とライムの酸味がラムを引き立てる。
ゴージャスな赤に染まる「マンハッタン」は、ライ・ウィスキー45ml、スィート・ベルモット15ml、アンゴスチュラ・ビターズ1dashをステアしてグラスに注ぎ、レモン・ピールを搾りかけてマラスキーノ・チェリーを沈める。
濃厚で甘口、名前の通り大都会の夜が似合うカクテルだ。

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