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君の名は。・・・・・評価額1750円
2016年08月31日 (水) | 編集 |
誰かの想いが、セカイを創っている。

リリカルな情景描写が印象的だった「言の葉の庭」から3年、新海誠監督の最新作はお互いの心と身体が入れ替わってしまった少年少女を主人公とした、異色の青春ファンタジー映画。
これは誠に、驚くべき作品である。
まさか「シン・ゴジラ」の衝撃からたった一カ月で、またしてもこんな途方も無い作品と出会えるとは全く予想していなかった。
新海作品の特徴である圧倒的に美しい世界観、神作画で描かれる魅惑的なキャラクター、映像と見事にシンクロした音楽が、先の読めないストーリーと組み合わさることで、誰の心にもストレートに突き刺さるであろう、パワフルなエモーションとなってスクリーンから迸る。

これは映画作家・新海誠の現時点での集大成であり、彼以外の作家には決して作り得ない独創の傑作だ。
2016年の夏は、「シン・ゴジラ」と「君の名は。」の誕生によって、映画史に永遠に刻まれることだろう。
✳︎核心部分に触れています。

1000年に一度の、大彗星の最接近まで一ヶ月と迫った日本。
山奥の町・糸守で、伝統ある神社の娘として暮らす宮水三葉(上白石萌音)は、田舎の密接すぎる人間関係や、神社の巫女としての役割に疲れていた。
「来世は東京のイケメン男子にしてくださーい‼」と願う彼女は、最近不思議な夢を見る。
夢の中で三葉は、なぜか東京で暮らす男子高校生になっていて、戸惑いつつも憧れの大都会で青春を謳歌している。
一方、東京で父と二人暮らししている立花瀧(神木隆之介)は、見覚えのない田舎の町で、女子高校生になっている夢を見る。
二人の奇妙な夢は繰り返され、ある時気付く。
これは夢ではなく、三葉と瀧は本当に心と身体が入れ替わっているのだと。
携帯の日記を使うことでコンタクトした二人は、お互いの生活を守るために様々な取り決めをする。
しかし、彗星が最接近する日を境に、二人の入れ替わりは突然止まってしまう。
いつの間にか、三葉に惹かれていた瀧は、現実世界で彼女と会うことを決意するのだが、列車を降りた先で意外な事実を突きつけられる・・・・


アニメ版「転校生」的な、予告編のノリとは全く違う。

いや、確かにそういう要素もあるのだが、日常的なジュブナイルから始まる映画は、ある時点から物語力にブーストがかかり、まるでジェットコースターに乗っているかの様に時空を疾走、想像を超える壮大な愛の物語に昇華される。

この映画には過去の全ての新海作品だけでなく、彼の映画的記憶までもが濃密に凝縮されていて、3.11を経た日本に希望の物語を届けようとする作者の、強烈な創造の熱に満ちているのである。

本作の後に、「ほしのこえ」を14年ぶりに観直した。
新海誠という作家の基本形はこの作品、いやその前の「彼女と彼女の猫」からずっと変わっていない。
彼の映画の登場人物は「ほしのこえ」では遠く宇宙と地球に、「海の向こう、約束の場所」なら現実と夢の世界に、「秒速5センチメートル」なら東京と地方に、少し毛色の違う「星を追う子ども」では生と死の世界に、「言の葉の庭」では大人と子どもという風に、常に二つの世界に別たれている。
様々な状況によって引き裂かれた運命の二人が、お互いの関係に葛藤し、お互いを求めて必死に行動する物語。
多くの作品では二人は別たれたまま終わるものの、届きそうで届かない切なさが、描かれない物語の向こうに"奇跡"を切望させる。
本作を含めどの作品にも、登場人物が空を見上げる印象的な画があるのだが、彼らの世界に広がる空はどこまでも高く、深く、遠く、想う相手と繋がっているのだ。
新海作品とイコールと言っていい、無数の光に満ちた美しい世界観は、登場人物の心象と密接に絡み合い、「セカイを創っているのは人の想い」ということを一貫して表しているのである。

もう一つ、過去の彼の作風の特徴としては、無邪気なまでに他の作家の影響を自分の作品に反映していたことがあげられるかも知れない。
たとえば“ひとりガイナックス”と呼ばれていた頃の「ほしのこえ」は、コンセプトからテリングにいたるまで、庵野秀明と「エヴァ」の存在なしにはあり得なかっただろうし、新機軸にトライした「星を追う子ども」は、思わず苦笑してしまうくらいに宮崎駿オマージュの塊だ。
それは単体の作品としては必ずしも成功していないケースも多いのだが、自らの一貫したスタイルに、多くの映画的記憶を練り込むことで、この作家の世界は次第に重層化し、そのポテンシャルを深めていったのだろう。
また、彼の作品は一つの世界観の中に日常性と非日常性が同居しているが、特に初期の作品では後者の設定がぶっ飛びすぎていて、極めて入りにくかったことも事実。
何しろ「ほしのこえ」では、なぜか学生服の女子高生が、宇宙の彼方でパワードスーツを操って異星人と戦っているのである。
その後も一作毎に日常性と非日常性の比重はシーソーの様に変化しながら、バランスを模索してゆくのだが、蓄積されたノウハウを日常性に拘ってグッと洗練させたのが前作の「言の葉の庭」であり、現時点での集大成として持てるすべてを大爆発させたのが本作と言えるのではないか。

もっとも、今回も既視感は残る。
自分自身の過去作と共通する要素は置いといても、男女の心と身体の入れ替わりは、前記したように大林宣彦の「転校生」だし、二人の時間がズレていて、愛する人を死する運命から救うという展開は、日本でもヒットしたイ・ヒョンスンの「イルマーレ」だろう。
さらにその記憶の向こうには、ジャンルの源流たるジャック・フィニイやリチャード・マシスンといった作家たちの姿も透けて見える。
しかし使い古された要素だらけでも、「セカイを創っているのは人の想い」を体現する新海誠の世界観に組み込まれると、驚くほどの未見性に満ちた新鮮な物語に再生されるのだから面白い。

本作の発想の原点は、作者自身も認めている様に、「シン・ゴジラ」同様3.11の大災厄。
この二本は、共に3.11の現実に抗った先にある希望を描いているが、アプローチは全く異なる。
庵野秀明は、ゴジラ襲来という“想定外”の事態を通じて、ある種の日本人論を導き出す。
エモーショナルなドラマははじめから排除し、対怪獣シミュレーションに徹する事で、個の内面は封じられ、巨大なチームとしてこの国のカタチが見えてくるというワケだ。
対して新海誠は、彗星の衝突というこれまた“想定外”の天変地異を前にして、徹底的に個人のエモーションに寄り添い、誰かを想う人の心が、宇宙の法則をも変えてしまう世界を描く。

物語の背景にあり、これが日本の、私たちの物語であることを強調するのが、民俗学的な精神世界だ。
あの世の領域にある神社の御神体、複雑に絡み合う“時”と“縁”を象徴する伝統の組紐、ムスビの神とつながる口噛み酒といった要素は、我々の心に深く刻み込まれた古からの民族的な記憶を刺激する。
また繰り返し描写される二つの世界を隔てる“扉”などの暗喩も、物語の意図するところを効果的に観客の心に刷り込んでゆく。
ちなみに三葉の学校で、物語のキーとなる「黄昏時(カタワレ時)」の意味を教えてくれるのは、「言の葉の庭」のユキノ先生。
まあ時系列からすると、こちらはパラレルワールドの彼女なのかもしれないが。

冷静に考えれば、男女の愛が時空を超えて人々を動かし、街一つ消滅する大災害をなかったことにしてしまうというのは、ぶっちゃけリチャード・ドナー版「スーパーマン」で、「地球を逆転させたら、なぜか時間も遡った」というのと同じくらい無茶な話なのだけど、エモーションが迸る物語の推進力と緻密な世界観の説得力によって、有無を言わせず納得させられてしまうのである。
今まで、どちらかといえばテリングの人であった新海誠の作品で、色々強引ではあるものの、これほど見事な物語の構成を見せつけられるとは、予想外であり、良い意味で驚きだ。
映画表現の両輪であるテリングとストーリー、ついに最高のレベルで二つを手に入れた新海誠は何処を目指すのか。
次回作が今から楽しみでたまらない。

それにしても、「シン・ゴジラ」と「君の名は。」の二本が、ともに2016年に生まれたのには不思議な運命を感じる。
というのも1954年には「ゴジラ」第1作が、1953年から54年にかけては本作のタイトルの元ネタであろう「君の名は」三部作が公開されているのである。
「君の名は」は物語的には本作と無関係だが、戦火の中で出会った名も知らない男女が、お互いを探し求めるが、なかなか会えないという基本設定は符合する。
「ゴジラ」と「君の名は」は、太平洋戦争という現実から9年後に、映画という虚構が向き合った作品だが、3.11の大災厄から5年後に作られた「シン・ゴジラ」と「君の名は。」も、同じ歴史的な意味がある作品なのかもしれない。

今回は、「女子高生の口噛み酒」にしたいのだが、酒税法違反らしい(笑)
ならば舞台となる飛騨地方の代表的な地酒、渡辺酒造店の「蓬莱 純米吟醸 家伝手造り」をチョイス。
地元の飛騨ほまれを、飛騨山脈の伏流水で醸造。
軽やかな吟醸香とお米の甘みが印象的で、キレはそれほどでもないが、まろやかで優しい味わい。
合わせる料理を選ばない、バランスの良い酒だ。

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