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聲の形・・・・・評価額1700円
2016年09月20日 (火) | 編集 |
絶望の過去から、希望の未来へ。

生きることの苦しさと喜びを、青春の切ないきらめきの中に綴った、大今良時の同名傑作コミックのアニメーション映画化。
主人公の少年が聾唖の少女へのいじめを繰り返し、自ら孤立してゆく少小学生時代と、二人が再会してからの高校時代が描かれる。

これは幼さゆえに取り返しのつかない罪を犯した少年が、生きることの意味に向き合い、自分と世界を取り戻すまでの物語。
原作コミックも素晴らしかったが、映画も凄い。

京都アニメーションの若きエース、山田尚子監督の現時点でのベストだ。

もちろん、全七巻の内容を巧みに取捨選択し、129分でキッチリまとめ上げた吉田玲子の脚本の上手さもあるが、31歳の若さでこれ程の密度と完成度の作品を仕上げるとは末恐ろしい。

小学六年の石田将也(入野自由)は、転校生の西宮硝子(早見沙織)の耳が聞こえないことを知り、彼女をいじめることで大嫌いな退屈から逃れる。
ところが、いじめが原因で起こったある事件が切っ掛けとなり、一転して彼自身がいじめの対象になってしまう。
やがて硝子も再び転校し、一人残された将也は心を閉ざす。
数年後、高校生になった将也は相変わらず周囲から孤立したまま。
自分自身への嫌悪感から自殺を決意した将也は、その前に一言謝罪しようと手話を覚え、硝子の元を訪れる。
ところが、久しぶりに会った硝子の反応は意外なもので、二人はお互いに対する複雑な想いを抱えたまま「友だち」として再出発をはかることになるのだが・・・・



聾唖の少女へのいじめから始まる物語は、相当に痛くて苦しい。

この作品では、誰かを傷つければ必ずブーメランになって返ってくるのだから尚更だ。
小学六年生時の将也は、同世代の子供のなかでも幼く造形されている。
彼の最大の関心は「退屈しないこと」で、硝子へのいじめは、川に飛び込む度胸試しや、ビデオゲームをプレイするのと同じ次元なのだ。
耳の聞こえない彼女は「自分たちとは違う存在」、という勝手な認識が無感情な行為を助長する。
相手の気持ちや痛みを理解するほど、彼は成長してないのである。
だから、シングルマザーの母親が、壊した補聴器に対する巨額の賠償金を引きだし、札束という“カタチ”を見せつけられて初めて、自分のしたことの重大性を認識するのだ。
札束が与えたインパクトは、後日高校生になった将也が同額を母親に返済することにも表れている。
自分のしたことへの認識の変化は、外部からのいじめと、深刻な自己嫌悪として将也を襲い、彼はそれまでの粗野だが快活なガキ大将から、一転して精神的な引きこもりへと変貌してゆく。
以来、将也には同級生たちの顔にバツ印が貼られて見え、表情が分からなくなるのだが、この原作由来の表現はなかなかに映画的だ。

将也以外の登場人物も、皆どこかで傷つき、大なり小なり罪を抱えて生きている
小学校の同級生だった上野直花は、将也への恋心を抱きつつ、自分も硝子に対する嫌がらせを行っていたがゆえに、いじめられる将也を救うことが出来ない。
優等生キャラの川井みきは、自己保身のためにいじめと無関係を装うが、自分の行いから逃れることは出来ず、せっかく再生しつつあった友達の関係をバラバラにしてしまう。
硝子の妹の結弦は姉に対する世間の無常を見て育ち、硝子がいつか自ら命を絶つのではないかと恐れ、彼女を生に繋ぎとめるために死をモチーフとした写真を撮り続けている。
そして硝子もまた、単に純粋無垢な存在とは造形されていない。
彼女は自身に対する好奇と嫌悪の目から逃れるために、常に愛想笑いを浮かべて本心を見せず、誰とも向き合わない。
自己嫌悪を押し殺し、素の感情を心に引きこもらせているという点で、彼女は高校生の時点で将也と似た者同士なのである。
小学生から高校生への心の成長によって、登場人物たちは自分のことだけでなく、相手のことを考えられるようになる。
それは同時に自らの罪を罪として認識する時間でもあり、小学生の時には結べなかった絆を育むことが出来るようになっている反面、幼かった葛藤もまた心の中で育ち、他者の見えない想いと複雑に絡み合う。
本作で描かれるのは、子供の時代に生まれ封印されてきた葛藤が、再びの出会いとむき出しの感情の激しいぶつかり合いの末に解消し、登場人物たちのなかで世界が生まれ直す物語なのである。

原作を読んだとき、この内容なら実写作品でもいけるだろうなと思っていたが、結果的にはやはりアニメで良かった。

生々しく超ヘビーな物語を、京アニらしいリリカルな世界観、軽やかな演出のタッチが救っている。
カラフルで光に満ちた四季の情景、浅い被写界深度を巧みに使った視点の誘導、やわらかな主線の表現で描かれる繊細なキャラクター。
丁寧な仕事からは、この作品に最も相応しい画作りを追求したことが伝わってくる。
ちなみに原作では、主要な登場人物たちが皆で自主制作映画を作るプロセスが、後半の物語の背景になっているのだが、映画版ではこの設定がバッサリ切られている。
映画作りは彼らの進路と密接に関わってくるのだけど、映画のオチのつけ方が原作と違うので、この改変は正解だと思う。

永遠に下を向いて生きる訳にはいかず、真摯な贖罪にはいつか許しがくる。
犯した罪によって自分を嫌い、周りの目を避けてきた将也が、相手の顔を見て真剣にその心を理解しようとする時、顔のバツ印だってはがれてゆく。
本作が秀逸なのは、硝子が聾啞であることを葛藤の原因にせず、やった方であれやられた方であれ、誰もが何らかの経験を持つ「いじめ」を起点として普遍性を持たせたことだ。
障がいを描いた作品と捉えられがちだが、これは硝子が聾唖でなくても、外国人でも、他の身体的な障がいでも、いや例えばちょっとした容姿の特徴だったり、ほんのわずかでも「自分たちと違う」という部分があれば成立してしまう物語なのである。
だから観客も逃げられない。
どんな差別もしませんという人も、他人に対する嫌悪と不寛容の心は必ず抱えている。
「だって身に覚えがあるでしょう?」
物語を通して、そのことを突きつけられた観客は、登場人物と共に苦しみながらも、彼らの一員となった感覚で、自らも葛藤せざるをえないのである。

将也の義兄が外国人だったり、これも十代の小さな世界で多様性を描く物語でもある。


今回は、舞台となる岐阜県大垣市の地酒、江戸時代から続く伝統ある酒蔵、三輪酒造の「道三吟雪花 純米吟醸」をチョイス。
映画が相当な辛口だったので、お酒もこの地方らしい淡麗辛口。
喉ごしスッキリ、味と香りとコクの三位一体のバランスが良く、食前酒にも食中酒にも使え、料理も選ばないオールマイティーな酒だ。
きりりと冷やしていただきたい。


ところで永束君はいきなり3万も貸そうとしたり、不良にパクられそうになってた自転車は14万円以上するBIRDYっぽかったし、実は凄いお金持ち設定なんだろうか。
原作でも彼の家は出てこなかったけど。

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