2016年10月03日 (月) | 編集 |
希望は歌声と共に、国境を超える。
アメリカの人気オーディション番組、「アメリカン・アイドル」のアラブ版、その名も「アラブ・アイドル」という番組があって、汎アラブ的に盛り上がっていることを初めて知った。
パレスチナの異才ハニ・アブ=アサド監督の最新作は、2013年にこの番組で優勝し、一躍人気歌手となったガザ出身の青年、ムハンマド・アッサーフを描く実話ベースの物語。
自爆テロに向かう若者たちを描いた「パラダイス・ナウ」や、分離塀に囲まれたヨルダン川西岸を舞台に、イスラエルのスパイとなる事を強要される青年の悲劇「オマールの壁」など、ハードな社会派ドラマで知られるアブ=アサド監督としては、紛争地の過酷な境遇が背景にあるとは言え、新境地と言える作品だろう。
✳︎ラストに触れています。
映画の前半はムハンマドの子供時代、後半は青年時代という構成。
おてんばな姉のヌールと二人の幼馴染みと共に、子供バンドを組むムハンマドの夢は「スターになって世界を変える」ことで、弟の声が「最高だ」と信じるヌールの立てた目標は、「いつかエジプトのオペラハウスに出る」という遠大なもの。
練習と資金稼ぎを兼ねて、結婚式のパーティーでステージを披露したり、貧しい中でもたくましく生きてゆく子供の時代のエピソードの数々は、コミカルな味付けでテンポよく軽快に物語を紡いでゆく。
だがある時、ムハンマドに子供時代の終わりを告げる転機が訪れる。
演奏中にヌールが突然倒れ、重い腎臓病に侵されていることが明らかとなるのだ。
彼女を救うには腎臓移植が必要だが、イスラエルによる長年の封鎖と攻撃によって困窮するガザでは皆生きることに精一杯で、ムハンマドの家にもそんな金は無い。
彼は姉を救うために必死に金を集めようとするが間に合わず、ヌールは幼くしてこの世を去ってしまう。
最愛の理解者を失ったショックと、救えなかったという贖罪の意識から、ムハンマドは一度音楽を諦めるのである。
そして長い歳月が流れ、青年となったムハンマドは、悪化する一方のガザの閉塞を打破し、自らの夢を叶えヌールとの約束を果たすため、エジプトで行われる「アラブ・アイドル」の予選出場を目指す。
ただし、彼の前には封鎖された国境という危険が立ちはだかっている。
ムハンマドの夢を理解し、背中を押してくれるのは、彼の才能を信じる家族、音楽の師匠、そして幼馴染たちだ。
前作「オマールの壁」は、政治的な謀略によって幼馴染みが引き裂かれ、破滅してゆく物語だったが、こちらは対照的に子供時代の絆が政治的立場の違いを超えて、若者の挑戦を助けるのである。
アブ=アサド監督は公式サイトのインタビューでこう述べている。
「パレスチナではこの60年間、敗北の物語しかありません。勝利の物語もなければ、サッカーで勝てるチームもなく、1960年代の革命も失敗に終わりました。しかし今、我々パレスチナ人が待ちに待った、成功の物語を手にしたのです。興味深いのは、ムハンマド・アッサーフの物語は、勝利の物語ということなのです。」
全てのパレスチナ人の希望をのせて、重すぎるプレッシャーと闘いながらムハンマドは歌う。
物語の終わりで、フィクションはスルリとリアルと入れ替わり、本物のムハンマドがスクリーンに現れる。
人間は残酷で醜いことをたくさんするけれど、同時に音楽のような美しいものも作り出すことが出来る。
不屈の心と希望があれば、夢は世界を変えうるということを、我々は彼の歓喜の瞬間から教えられるのである。
今回は天使の様な歌声から「エンジェルズ・デイライト」をチョイス。
グラスにグレナデン・シロップ、パルフェ・タムール、ホワイト・キュラソー、生クリームの順番で、15mlづつ静かに重ねてゆく。
スプーンの背をグラスに沿わせて、そこから注ぐようにすれば崩れにくく、虹を思わせる美しい四色の層が比重の違いで生まれる。
味の違う層が口の中で一つに溶け合う様に、今は分かたれた人々もいつか平和に混じり合えることを祈りたい。
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アメリカの人気オーディション番組、「アメリカン・アイドル」のアラブ版、その名も「アラブ・アイドル」という番組があって、汎アラブ的に盛り上がっていることを初めて知った。
パレスチナの異才ハニ・アブ=アサド監督の最新作は、2013年にこの番組で優勝し、一躍人気歌手となったガザ出身の青年、ムハンマド・アッサーフを描く実話ベースの物語。
自爆テロに向かう若者たちを描いた「パラダイス・ナウ」や、分離塀に囲まれたヨルダン川西岸を舞台に、イスラエルのスパイとなる事を強要される青年の悲劇「オマールの壁」など、ハードな社会派ドラマで知られるアブ=アサド監督としては、紛争地の過酷な境遇が背景にあるとは言え、新境地と言える作品だろう。
✳︎ラストに触れています。
映画の前半はムハンマドの子供時代、後半は青年時代という構成。
おてんばな姉のヌールと二人の幼馴染みと共に、子供バンドを組むムハンマドの夢は「スターになって世界を変える」ことで、弟の声が「最高だ」と信じるヌールの立てた目標は、「いつかエジプトのオペラハウスに出る」という遠大なもの。
練習と資金稼ぎを兼ねて、結婚式のパーティーでステージを披露したり、貧しい中でもたくましく生きてゆく子供の時代のエピソードの数々は、コミカルな味付けでテンポよく軽快に物語を紡いでゆく。
だがある時、ムハンマドに子供時代の終わりを告げる転機が訪れる。
演奏中にヌールが突然倒れ、重い腎臓病に侵されていることが明らかとなるのだ。
彼女を救うには腎臓移植が必要だが、イスラエルによる長年の封鎖と攻撃によって困窮するガザでは皆生きることに精一杯で、ムハンマドの家にもそんな金は無い。
彼は姉を救うために必死に金を集めようとするが間に合わず、ヌールは幼くしてこの世を去ってしまう。
最愛の理解者を失ったショックと、救えなかったという贖罪の意識から、ムハンマドは一度音楽を諦めるのである。
そして長い歳月が流れ、青年となったムハンマドは、悪化する一方のガザの閉塞を打破し、自らの夢を叶えヌールとの約束を果たすため、エジプトで行われる「アラブ・アイドル」の予選出場を目指す。
ただし、彼の前には封鎖された国境という危険が立ちはだかっている。
ムハンマドの夢を理解し、背中を押してくれるのは、彼の才能を信じる家族、音楽の師匠、そして幼馴染たちだ。
前作「オマールの壁」は、政治的な謀略によって幼馴染みが引き裂かれ、破滅してゆく物語だったが、こちらは対照的に子供時代の絆が政治的立場の違いを超えて、若者の挑戦を助けるのである。
アブ=アサド監督は公式サイトのインタビューでこう述べている。
「パレスチナではこの60年間、敗北の物語しかありません。勝利の物語もなければ、サッカーで勝てるチームもなく、1960年代の革命も失敗に終わりました。しかし今、我々パレスチナ人が待ちに待った、成功の物語を手にしたのです。興味深いのは、ムハンマド・アッサーフの物語は、勝利の物語ということなのです。」
全てのパレスチナ人の希望をのせて、重すぎるプレッシャーと闘いながらムハンマドは歌う。
物語の終わりで、フィクションはスルリとリアルと入れ替わり、本物のムハンマドがスクリーンに現れる。
人間は残酷で醜いことをたくさんするけれど、同時に音楽のような美しいものも作り出すことが出来る。
不屈の心と希望があれば、夢は世界を変えうるということを、我々は彼の歓喜の瞬間から教えられるのである。
今回は天使の様な歌声から「エンジェルズ・デイライト」をチョイス。
グラスにグレナデン・シロップ、パルフェ・タムール、ホワイト・キュラソー、生クリームの順番で、15mlづつ静かに重ねてゆく。
スプーンの背をグラスに沿わせて、そこから注ぐようにすれば崩れにくく、虹を思わせる美しい四色の層が比重の違いで生まれる。
味の違う層が口の中で一つに溶け合う様に、今は分かたれた人々もいつか平和に混じり合えることを祈りたい。

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