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リメンバー・ミー・・・・・評価額1750円
2018年01月07日 (日) | 編集 |
家族は、永遠にひとつ。

ピクサー・アニメーション・スタジオの最新作は、メキシコの重要な祝日である”死者の日(Día de Los Muertos)"をモチーフにした、ファミリーファンタジー。
音楽に憧れる靴屋のせがれが、ひょんなことから死者の国へソウルスリップ、家族の歴史にまつわる秘密を解き明かし、何世代にも渡る誤解を解くべく冒険を繰り広げる。
脚本はエイドリアン・モリーナとマシュー・アルドリッチ、「トイ・ストーリー3」のリー・アンクリッジが監督を、モリナーがコ・ディレクターを務める。
ピクサーの長編アニメーションで、英語圏以外の人間キャラクターが主役となるのは、今回が初めて。
メキシコ文化の、極彩色の死者の国の世界観が圧巻。
音楽要素とビジュアルが密接に結びつき、驚くべき未見性に満ちた傑作である。

ミゲル・リヴェラ(アンソニー・ゴンザレス)は、メキシコの小さな街サンタ・セシリアに住む12歳の少年。
靴工場を営む彼の家では、ミゲルの高祖父にあたる人物が音楽家になるという夢を追い、妻のママ・イメルダ(アラナ・ユーバック)と娘のママ・ココ(アナ・オフェリア・ムルギア)を捨てて失踪したことから、音楽が禁止されている。
だが、地元出身の偉大なミュージシャン、今は亡きエルネスト・デ・ラ・クルス(ベンジャミン・ブラッド)に憧れるミゲルは、密かに音楽家になりたいという夢を抱いていた。
死者の日に、音楽のコンテストが開かれることを知ったミゲルは、ギターを借りるためにデ・ラ・クルスの霊廟に侵入する。
ところが、飾られていたギターを奏でた瞬間、ミゲルは死者たちが住む死者の国に迷い込んでしまう。
そこで彼は、ガイコツになったママ・イメルダや一族のご先祖様たちと出会う。
日の出までに元の世界へ戻らないと、ガイコツ化して永遠に家族と会えなくなることを知ったミゲルは、ひょんなことから知り合ったヘクター(ガエル・ガルシア・ベルナル)と共に、デ・ラ・クルスにあることを頼むため、冒険の旅に出るのだが・・・


原題の「Coco」は、物語のキーパーソンとなるミゲルの曽祖母の名前だが、映画全体のイメージは劇中歌から取られた邦題の「リメンバー・ミー」の方が分かりやすい。
どうもディズニーは、最初”死者の日”そのものをタイトルに考えていたフシがあり、この映画の企画が始まってしばらくたった2013年に”Día de Los Muertos”を商標登録しようとしている。
当然これはメキシコ系コミュニティの大反発を受けて撤回を余儀なくされ、いわゆる文化盗用のイッシューに触れないためにも、結果的にキャラクターの固有名詞の「Coco」になった模様。
まあ”Día de Los Muertos”を英訳すると、ジョージ・A・ロメロのゾンビ映画と同じ
”Day of the Dead”になっちゃうから、それはそれでどうかと思うが。

それでは、モチーフとなっている”死者の日”とは何か。
これは前夜祭の10月31日から、カソリックの諸聖人の日である11月1日と翌2日かけて、メキシコ全土で行われる死者を迎える祭りで、アメリカのメキシコ系コミュニティでも盛大に祝う。
この祭りの期間、人々はご先祖様の霊を迎えために、オフレンダという豪華な祭壇を自宅に設けるほか、街も墓も飾り付けられる。
要するに日本のお盆に近い祭りなのだけど、やたらと派手なのが特徴だ。
過去にも様々な映画に登場してきたが、近年では「007 スペクター」のアヴァンタイトルが記憶に新しい。
アメリカのハロウィンと共通するディテールも多く、日付もかぶるので混同されがちだが、基本的には異なったテーマを持つ祭りである。

知られざる家族の秘密を巡る冒険を中心軸とした筋立ては、ピクサーらしくミステリアスでドラマチック。
「人間は二度死ぬ」という言葉がある。
一度目の死は肉体がこの世から消えた時、二度目の死は覚えている人が誰もいなくなった時。
残念ながらこの言葉の原典はわからないが、松田優作や永六輔の言葉、あるいは福永武彦の「草の花」や萩尾望都の「トーマの心臓」にも同様の記述がある。
洋の東西や時代を問わず、人間の死の捉え方として一つの真理をついた言葉なのだと思う。
そして本作もまた、”記憶の死”を愛憎入り混じる”家族の絆”と結びつけることで、物語のテーマに直結するプロットのバックボーンを構築している。
この映画の世界では、現世に覚えてくれている人、語り継いでくれる人が誰もいなくなると、死者の国からも存在が消えてしまうのだ。
逆に言えば一人でも存在を覚えてくれる人がいれば良いわけで、デ・ラ・クルスやフリーダ・カーロみたいなセレブは、死んでも永遠が保障されているようなもの。

人生の出会いと別れには、二種類あると思う。
例えば学校の友だちや職場の仲間などは、人が自ら選び取り一生の中で横に広がってゆく絆。
これは一世代のみ続き、全員の死とともに消えてしまう。
対して、選べる出会いと選べない出会いがある家族の場合は、一個人の生を超えて、一つの系統として紡がれ、のび続けてゆく縦の絆だ。
家族というミニマムなコミュニティが続いてゆくかぎり、死者たちは永遠の命を持つことができ、逆に家族にすら忘れられた者は、文字どおり消滅するしかない。
人生の終わりに近づいているママ・ココが、今も覚えている人、帰りを待ち続けている人。
嘗て家族を捨てたことにより、一族が音楽を禁じる切っ掛けになった”音楽家”とは一体誰なのか。
運命のいたずらによって、一度は途切れた真実の愛が再び繋がる物語は、ぶっちゃけ相当に泣ける。

高度に完成された物語に負けず劣らず、テリングも素晴らしい。
カートゥーン風味でありながら、非常に写実的なディテールは、今までのピクサー作品からさらなる技術的進化を感じさせるものだ。
2.39 : 1のアスペクト比を最大限に生かした、オレンジ色の花びらが降り積もるド派手な極彩色の死者の国、重力の法則を無視して立体的に造形された世界は、被写界深度と大気演出によってより大きさと距離感が強調される。
以前から何度か書いているが、異世界ファンタジーは観客に「その世界へ行ってみたい」と思わせたら半分勝ったようなもの。
その点本作は文句無しで、これほど没入できる大スクリーンで観たい映画もちょっと無い。
もちろん、音楽が重要な要素となった作品だけに、音楽シーンも大きな見どころ、聴きどころ。
邦題にもなっている「リメンバー・ミー」を始め、素晴らしいリリックが心に沁み、サウンドトラックも出色の出来栄えだ。

ところで、一部で話題になったのがリールFX制作、ホルヘ・グティエレス監督の2014年作品、「ブック・オブ・ライフ〜マイロの数奇な冒険〜」のパクリ疑惑。
確かに、メキシコが舞台で死者の日をモチーフにしていること、主人公が音楽家になることを禁じられていること、死者の国で冒険することなど重要なベース設定に共通点がある。
プリプロダクション段階で、ある程度の影響を受けているのは、制作期間を考えてもあり得ることだろう。
しかし完成した映画そのものは、まるで別物だ。
モチーフに対するアプローチも異なるし、キャラクター造形もプロット構造も全く違う。
むしろそれぞれ違った魅力がある作品なので、両方鑑賞して比べてみたら面白いと思う。

同時上映の「アナと雪の女王 家族の思い出」も、忘れられていた家族の愛を再発見する物語で、テーマ的な共通項がある。
22分という短編としては異例のボリュームだが、その分オラフを主人公とした物語はヒューマン(?)ドラマとして見応え十分だ。
今回は、ディズニー+ピクサーの合わせ技で、まとめて泣かせにかかっているな。

今回は、死者の日にご先祖様と乾杯したいメキシカンビール「テカテ」をチョイス。
バハ・カリフォルニアのテカテという街に生まれた、メキシコを代表するビール銘柄で、本国を含む北中米でシェアNo.1を誇る。
キレとコクのバランスがよく、スッキリとした味わい。
ソルティードッグの様にグラスの縁に塩をつけ、ライムを絞ったところに注ぎ入れ、グビグビやるのがメキシコ流だ。

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