酒を呑んで映画を観る時間が一番幸せ・・・と思うので、酒と映画をテーマに日記を書いていきます。 映画の評価額は幾らまでなら納得して出せるかで、レイトショー価格1200円から+-が基準で、1800円が満点です。
■ お知らせ
※基本的にネタバレありです。ご注意ください。
※当ブログはリンクフリーです。内容の無断転載はお断りいたします。
※ブログ環境の相性によっては、TB・コメントのお返事が出来ない事があります。ご了承ください
エロ・グロ・出会い系のTB及びコメントは、削除の上直ちにブログ管理会社に通報させていただきます。 また記事と無関係なTBもお断りいたします。 また、関係があってもアフェリエイト、アダルトへの誘導など不適切と判断したTBは削除いたします。

■TITLE INDEX
タイトルインディックスを作りました。こちらからご利用ください。
■ ツイッターアカウント
noraneko285でつぶやいてます。ブログで書いてない映画の話なども。
■ FILMARKSアカウント
noraneko285ツイッターでつぶやいた全作品をアーカイブしています。
デトロイト・・・・・評価額1700円
2018年02月02日 (金) | 編集 |
絶望の夜を、生き延びろ。

「ハート・ロッカー」「ゼロ・ダーク・サーティ」と言った漢の映画で知られるキャスリン・ビグロー監督が、1967年の夏に起こったデトロイト暴動を描いた超ハードな実録ドラマ。
発砲事件の発生を受けて、現場のモーテルに突入した地元デトロイト市警の警官たちは、通常の捜査手順を無視して、容疑者となった客たちを拷問し、暴力で自白を強要しはじめる。
カオスな戦場と化した街の一角で、その時何が起こっていたのか。
本作では、徹底的に作り込まれた“現場”で、観客も権力から銃を突きつけられた容疑者の1人となり、142分の恐怖の一夜を過ごすことになるのだ。
歴史を鏡とし、今なお人種間の対立が続く“アメリカの今”が見えてくる秀作である。
※ラストに触れています

1967年7月。
デトロイトの黒人居住区の無許可酒場で開かれていた、ベトナム戦争からの帰還兵を迎えるパーティーを市警が摘発。
反発する住民たちの投石は、瞬く間に暴動へと拡大していった。
歌手のラリー(アルジー・スミス)は、暴動によってチャンスを掴むはずのステージがキャンセルとなってしまい、仕方なく友人のフレッド(ジェイコブ・ラティモア)と共に、アルジェ・モーテルに宿をとる。
モーテルでジュリー(ハンナ・マリー)とカレン(ケイトリン・デヴァー)という白人女性と知り合ったラリーたちは、彼女らの友人の部屋へ向かうが、そこで一人の男が暴動の真っ最中にも関わらず、陸上競技用ピストルでふざけ始める。
呆れたラリーらは部屋へと引き上げ、女性たちは帰還兵のグリーン(アンソニー・マッキー)の部屋へと移った。
同じ頃、州兵隊と話していた警備員のメルヴィン(ジョン・ボイエガ)は、モーテルの窓から数発の発砲音を聞く。
通報を受けたデトロイト市警のフィリップ(ウィル・ポールター)らは、暴徒による狙撃と判断し、モーテルに乗り込むのだが・・・


アメリカでは、しばしばアフリカ系市民による暴動が起こる。
その多くの原因となるのが、警察による差別的な暴力だ。
大都市の一部が完全に無法地帯となる様な大規模なものは、1992年に黒人青年を殴打した白人警官に無罪評決が出た、いわゆる“ロドニー・キング裁判”に黒人社会の怒りが爆発したロス暴動以来起こっていないが、小規模なものは現在でも珍しくない。
つい最近も、ノースカロライナ州で黒人青年が白人警官に射殺された事件への抗議デモが暴動に発展し、流れ弾に当たって犠牲者がでたのは記憶に新しい。

この映画は、今よりもはるかに人種差別が激しく、改善を求める公民権運動が吹き荒れた60年代が舞台だ。
冒頭、アフロアメリカン現代史が、簡単なイラストと字幕によって解説されるので、予備知識がなくてもある程度の背景は理解できる。
とは言え、歴史のディテールとアメリカの人種問題の現状を知っていた方が、深く観ることが出来るのは言うまでもない。
主なモチーフとなっているのは、やはり警察による暴力がきっかけとなった、1967年のデトロイト暴動の最中に発生し、州兵を狙撃した容疑者とされた黒人青年たちを、デトロイト市警の白人警官たちが虐殺した“アルジェ・モーテル事件”だ。
モーテルの宿泊者の一人が、ふざけ半分に陸上競技のスタート合図用のピストルを窓から何回か鳴らしたのを、街を警備していた州兵隊が狙撃事件と誤解。
駆けつけたデトロイト市警の警官たちは、発砲元とされたモーテル別館の宿泊者を壁際に並ばせ、狙撃者を特定するために違法で残酷な“尋問”に取り掛かるのである。

映画は綺麗に三つのパートに別れていて、序盤約50分が暴動が始まって街全体に広まるまで、中盤50分がアルジェ・モーテルでの事件の一夜、終盤40分が後始末の裁判と関係者に陰を落とす事件の余波。
ドラマの三幕構造で言えば、第二幕の前半がモーテルの一夜、後半が裁判のシークエンス、その後が第三幕という構造になっている。
多くの立場の違う登場人物のいる偶像劇だが、映画の軸となるのはボーカルグループのザ・ドラマティックスのメンバーで、事件の夜にステージがキャンセルされ、たまたまモーテルに泊まっていたラリー・リードであり、彼がテーマを体現する実質的主人公と言える。

キャスリン・ビグローの演出は、例によって事件の現場に放り込まれたような圧倒的臨場感。
まだ誰が主人公なのか明確でない序盤、たっぷりと時間をかけて暴力のカオスが街全体に広がり、人種間の異様な緊張が増大してゆくプロセスをじっくりと見せる。
やがて、ギリギリの均衡を崩す様にモーテルで“事件”が起こると、映画はテリングのスタイルを大きく変えるのである。
このシークエンスは、編集による時間操作が無く、進行はほぼリアルタイム
半ドキュメンタリー的なある種の密室劇は、緊張が極限に達しどっと疲れる。

キャストの中で、比較的知名度の高いジョン・ボイエガとウィル・ポールターをそれぞれ中立の観察者と抑圧者のポジションに置き、被害者のモーテルの客たちには、アベンジャーズのファルコンの中の人を除いて、無名の俳優たちを配するキャスティングの妙も効いている。
狙いとしては、やはり知名度の低い若手俳優中心だった「ダンケルク」の「防波堤」のシークエンスに近い。
彼らが“どこにでもいそうな知らない人”だからこそ、観客もまた彼らの1人になった様な感覚となり、恐怖と絶望のシチュエーションに放り込まれる。
ただでさえ威圧感のある警官に、問答無用で身に覚えの無い事件の容疑者にされ、銃を突きつけられ「殺す」と脅されるのだから、コレは心底恐ろしい。
そして、第二幕の後半となる事件の後始末では、ボイエガ演じるメルヴィンも、黒人は中立にすらなり得ない現実を突き付けられ、絶望の淵に沈んでゆくのである。

白人警官たちのやってることはとことんゲスいのだが、何よりも半世紀も昔の事件を描いているのに、そうは思えないほど現在との同質性を感じさせるのが衝撃。
この50年で少なくとも法的には人種差別はほぼ無くなり、警察を含め要職につく有色人種は著しく増え、アフリカ系の大統領だって生まれた。
そんな変化にも関わらず、白人警官による暴力がなぜ無くならないのか、トランプの時代、時計の針はむしろ逆行しているのか。
ここ数年で相次いだ、白人警官による黒人青年の射殺事件でも、警官が殆ど罪に問われない状況は続いている。
本作に描かれた白人女性への容赦ない暴力も含めて、半世紀前の事件から見えてくるのは紛れもなく現在だ
物語の最後で、“白人のためのブラックミュージック”を拒否し、教会の聖歌隊に入ったラリーが歌うゴスペル、「Peace be still」の歌詞が、そのままこの映画のテーマと直結しているのでじっくりとお聴きいただきたい。
モーテルの夜、警官たちに強要されて神への祈りを歌ったラリーが、自らの意思でゴスペルをパワフルに歌い上げるラストは、今なお人種葛藤が続く中での、人間性への微かな希望を感じさせる秀逸なイメージだった。

今回は工場の街デトロイトが燃え上がる話なので、工場街生まれの酒「ボイラー・メイカー」をチョイス。
適量のビールを入れたグラスの中に、ショットグラスに注いだバーボンを落として完成。
元々はボイラー工場の労働者がビールにバーボンを入れたのが発祥とされるが、同様のビール+蒸留酒は、韓国の爆弾酒をはじめ世界中に存在する。
目的もどれも同じで、手っ取り早く酔っ払うこと。
二日酔い必至の危険な酒である。

ランキングバナー記事が気に入ったらクリックしてね





スポンサーサイト