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運び屋・・・・・評価額1700円
2019年03月12日 (火) | 編集 |
過ぎ去った時間は、決して取り戻せない。

巨匠クリント・イーストウッドが「人生の特等席」以来6年ぶり、自身の監督作としては「グラン・トリノ」以来10年ぶりに銀幕に復帰し、齢90にして麻薬の運び屋となった男、アール・ストーンを演じる。
元々は花の栽培を手がける園芸家だったアールは、時代の移り変わりに対応できず困窮している時に、車を運転するだけの楽な仕事があると誘われて、なりゆきで運び屋に。
老人であることで当局のマークを外れ、いつまでたっても捕まらない。
仕事第一で家庭を省みなかったアールとの間に、癒されない確執を抱える元妻のメアリーと娘のアイリスを、名バイプレイヤーのダイアン・ウィーストとイーストウッドの実の娘、アリソン・イーストウッドが演じる。
謎の運び屋を追う、麻薬取締局(DEA)の捜査官にブラッドリー・クーパーとマイケル・ペーニャ、麻薬カルテルのドンにアンディ・ガルシアという錚々たる豪華キャスト。
ハリウッドの生ける伝説による、116分のいぶし銀の人間ドラマだ。
※ラストに触れています。

朝鮮戦争の帰還兵で、デイリリーの農場を営むアール・ストーン(クリント・イーストウッド)は、娘のアイリス(アリソン・イーストウッド)の結婚式をすっぽかし、花の品評会に出かけるほどの仕事人間。
アールの栽培するデイリリーは高い評価を得ていたが、妻のメアリー(ダイアン・ウィースト)は全く家庭を省みない夫に愛想をつかし離婚。
やがてネット通販の時代になると、農場は業績が落ち込み廃業を余儀なくされ、家も差し押さえられてしまう。
そんな時、孫娘のプレウェディングパーティーで、ある若者から「街から街へ車を運転するだけで稼げる仕事がある」と勧誘される。
簡単だと思って引き受けるも、実はそれはメキシコの麻薬カルテルの運び屋の仕事だった。
一度だけのつもりだったが、運び屋が巨額の金を稼げることを知ると、どうしても辞められなくなってしまう。
そんな頃、カルテルの麻薬ルートを追うDEA捜査官のコリン・ベイツ(ブラッドリー・クーパー)は、組織の中でも特に大量の麻薬を運ぶ“エル・タタ(お爺ちゃん)”と呼ばれる謎の運び屋の存在に気づく・・・


本作を端的に言えば、時代の変化について行けず麻薬の運び屋になった爺ちゃんが、紆余曲折の末にそれまでの人生で省みなかった家族の絆を取り戻す話。
予告編の内容そのまんまなんだが、さすがアウトローを演らせたら、イーストウッドはスクリーンに映える。
シワシワの爺ちゃんでも、なんとも言えない色気があるんだな。
イーストウッド演じるアールが、心血を注いで栽培するデイリリーはゴージャスで美しいが、たった1日咲き誇って萎んでしまう一日花。
まるでこの花が、彼の生き様を象徴しているかの様だ。

驚くべきは、イーストウッドが演じた運び屋には、レオ・シャープという実在のモデルがいるという事実。
シャープは、映画と同じく帰還兵(第二次世界大戦)にしてデイリリー農場を営み、ホワイトハウスに花を植えたこともある名園芸家。
しかし、次第に経営難となり廃業すると、麻薬カルテルから運び屋としてスカウトされ、その後10年以上にわたって捕まらず、麻薬組織の間では都市伝説化したというから、アメリカの爺ちゃん元気すぎだろう。
結局彼は2011年に87歳で逮捕され、3年間の懲役刑を言い渡されるも、健康不良で早期釈放となり、92歳の時に亡くなっている。
イーストウッドは、直接シャープを知る人に話は聞けなかったそうだが、彼に関する報道記事や資料を読み込んで想像力を膨らませ、脚本のニック・シェンクと共に映画を組み立てていったそうだ。

そうして造形されたアールは、ものすごく承認欲求が強い人物だ。
もちろん誰でも「人に認められたい」という気持ちはあるだろうが、この男はそれが人一倍強いのである。
劇中、元妻のメアリーがアールに「あなたは常に外に生きてきた」と恨み節をぶつける。
夫として、父親として家族サービスし、妻と娘に喜んでもらったとしても、それは家の中だけで完結する話。
彼はとにかく世間一般、あかの他人から「あなたは凄い!素晴らしい!」と称えられたい。
だから花の品評会と娘の結婚式の日程が重なれば、迷いなく品評会の方に出席する。
娘が主役の結婚式で脇役に甘んじるより、品評会で賞をとって主役として人々に賞賛されたいのだ。
運び屋になったきっかけも、孫娘のプレウェディングパーティーで、久しぶりに会ったメアリーに困窮しているのを見透かされ、なじられた反発から。
一度きりのつもりだった仕事を辞められなくなるのも、この性格が影響している。
予算不足に悩む退役軍人会に、運び屋で稼いだ金を気前よく寄付したことで、大いに感謝されたアールは、承認欲求にブーストが掛かってしまうのだ。

映画は行動がフリーダム過ぎて逆に捕まらず、次第に凄腕の運び屋として組織の中でも一目置かれる様になるアールと、カルテルの麻薬ルートを追うブラッドリー・クーパーのDEA捜査官の物語を並行して描いてゆく。
なにしろ90年も生きて、戦争でこの世の地獄も見てるから、ぶっちゃけもう怖いもんは無い
明らかにヤバイ仕事にも全く悪びれず、稼いだ金はあの世には持って行けないとばかりに散財し、枯れるどころか若い女の子も大好きなプレイボーイ。
運転中に勝手な行動をとるなと命令されていても、あっちにフラフラ、こっちにフラフラ、危なっかしい寄り道を繰り返す。
心根は優しいのだけど、今どき黒人に対して「ニガー」という差別用語を平気で言っちゃう無自覚無頓着。
コワモテの麻薬カルテルの男たちに銃で脅されても動じず、逆に一緒にいるうちに若い彼らの方が、一見すると人生の達人ぽい出で立ちのアールの言動に影響されてしまう。

運び屋になったことで、承認欲求は満たされ、金銭的にも満ち足りた晩年を送れている。
しかし、自分自身の振る舞いが元で家族に背を向けられ、問題から逃げ続けた人生は孤独だ。
永遠に続く幸運はなく、自分でも気付かないうちに、少しずつ運命に追い詰められるアールは、自分の人生に最後に足りないものに気づき、ついに「家族」と「仕事」との間で過去の人生の清算を迫られるのである。
中盤以降、イーストウッドはアールの深まってゆく葛藤を掘り下げながら、彼とDEAのお互いに姿の見えない攻防をスリリングに描写する。
その顔に刻まれた深い皺とは裏腹に、全く衰えを見せない演出家としての手腕は相変わらず見事なものだ。

しかし、終盤の展開は、正直少々虫がよすぎる気がする。
彼はカルテルに処刑される危険を犯してまで、仕事を中断して妻の死の床に駆けつけると、ついに謝罪の言葉を口にして妻と和解する。
ここまでは良いのだが、それだけで何十年にも渡る家族のわだかまりが完全に解消するとは思えない。
ましてや、彼は妻を看取った直後に、麻薬ルートを解明したDEAによって逮捕されているのである。
残された娘や孫にとっては、散々家族を振り回しようやく改心したかと思ったら、よりにもよって麻薬の運び屋として捕まるとは、とんでもない大バカ爺ちゃんだと思うのが関の山だろう。
裁判に全員が駆けつけ、罪を認めた爺ちゃんを励ますということには、なかなかならないのではないだろうか?

もっとも、現実にはこんな甘くないよと思いつつ、キャラクターの説得力で成立させてしまうのがイーストウッドの凄さ。
本作は彼の俳優人生の集大成であり、アールのキャラクターには過去に演じてきた様々な役が重なって見えるがゆえ、最後には幸せに終わって欲しくなる。
その意味では、リアルでないにしろ、満足できるラストであった。
まあイーストウッド自身も、私生活では色々やらかしてるから、これは実の娘を立ち会わせての公開懺悔なのかもしれないが。
90歳の運び屋は、おそらくは映画史上最高齢のアウトロー。
実年齢も御歳88歳、はたしてイーストウッドを再びスクリーンで見ることは出来るんだろうか。

今回は、イーストウッドの生まれ故郷でもあり、代表作の一つ「ダーティーハリー」シリーズの舞台、サンフランシスコの地ビール「アンカースチーム」をチョイス。
ゴールドラッシュ時代の開拓民の喉を潤したスチームビールの復刻版。
ラガー酵母をエールの様に常温醗酵させる事で、適度なコクと苦味が華やかな香りと同居する、ラガーとエールを合わせた様な独特の味わいに仕上がった。
ビール片手に、バーでアールのウンチクを聞いてみたい。

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