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2019年04月10日 (水) | 編集 |
腹芸で全世界を騙した男。

第43代アメリカ大統領、ジョージ・W・ブッシュ政権の副大統領として知られるディック・チェイニーの半生を描いた人間ドラマ・・・、もとい批判的ブラックコメディ。
タイトルの「VICE」には「副大統領(vice president)」の他に「悪徳」とか「堕落行為」などの意味がある。
ワイオミングの田舎育ちで、飲んだくれてその日暮らしをしていた若者が、いかにしてワシントンの要職を歴任し、ついには「影の大統領」と呼ばれるほどの権力者となり得たのか。
なぜ彼はイラク戦争を起こし、数千のアメリカの若者、数十万の民間人を死に追いやったのか。
「マネー・ショート 華麗なる大逆転」のアダム・マッケイ監督は、今回も怒涛の情報の津波で我々観客を圧倒し、アメリカの暗部を軽妙かつ赤裸々に描いてゆく。
ワシントン最強の腹黒オヤジを、クリスチャン・ベールが怪演。
チェイニーの妻リンをエイミー・アダムズ、息子ブッシュをサム・ロックウェル、国防長官ドナルド・ラムズフェルドをスティーブ・カレルが演じる。
まだ存命中の政財界の大物を、ここまで辛辣にこき下ろしちゃうのが、アメリカという国の深くて面白いところだなあ。

1963年、ワイオミング。
イエール大学を中退した22歳のディック・チェイニー(クリスチャン・ベール)は、将来の展望もなく酒に溺れた日々を送っている。
二度目の酔っ払い運転で捕まった日、恋人のリン(エイミー・アダムズ)は、人生を立て直すか、自分と別れるかの二択を迫る。
数年後、チェイニーはリンと共に首都ワシントンに。
彼女の言葉に奮起したチェイニーは、大学に入り直して卒業し、ワシントンの議会のインターンとして採用されたのだった。
ニクソン政権の機会均等局長、ドナルド・ラムズフェルド(スティーブ・カレル)の部下となったチェイニーは、彼からワシントンを生き抜くためのノウハウを学んで急速に頭角を現してゆく。
次席法律顧問を務めたニクソンがウォーターゲート事件で失脚すると、後を継いだフォード政権で史上最年少の大統領首席補佐官と出世の階段を駆け上る。
やがて、長い年月が流れた2001年9月11日、ブッシュ政権の副大統領となっていたチェイニーの元に、同時多発テロの一報が入る。
人々がパニックに陥る中、チェイニーだけがこれを千載一遇の“チャンス”と捉えていた・・・


むちゃくちゃ面白いぞ、これは。
映画のスタンスは、基本的に前作の「マネー・ショート」と同じ。
あの映画では、ウォール街に生きるマネーのプロフェッショナルたちの群像劇を通して、リーマンショックはなぜ起こったのか、拡大し続けけたバブルが弾けるまでの仕組みを、詳細かつ分かりやすく描いてみせた。
ドラマというよりは、ジャーナリズムとしての映画であり、登場人物は観客を感情移入させつつ、情報を届けるための駒に過ぎない。
本作でも、ディック・チェイニーの人物像をディープに描くのではなく、酒に溺れたクズ野郎が、いかにして影の大統領に上り詰めたのか、そのプロセスとメカニズム、米国と世界に与えた副作用を描く。

チェイニーの人生を、決定的に変えた人物が3人いる。
一人目は、典型的なダメ人間だった彼を奮起させた妻のリン。
彼女がいなければ、チェイニーはワイオミングの田舎にくすぶり、どこにでもいるレッドネックのプアホワイトで終わったかもしれない。
二人目が若き日の政治の師であり、後に盟友となるドナルド・ラムズフェルドで、三人目が副大統領として仕える息子ブッシュ。
彼らは皆、チェイニーの人生のそれぞれのステージで、彼の熱意と欲望の触媒となり、“怪物”の成長を後押しする。

彼の長いキャリアの間、ワシントンを支配した権力を振り返ると、共和党のニクソン、フォード政権から民主党のカーター政権を経て、共和党黄金期の80年代にはレーガン、父ブッシュ政権が計三期12年続き、チェイニーは父ブッシュ政権の国防長官を勤めている。
そして民主党のクリントン政権二期の後、満を持して出馬したゴア副大統領を破り、息子ブッシュが政権を奪取すると、石油企業ハリバートンのCEOになっていたチェイニーが政界に戻り副大統領に。
こうして改めて見ると、アメリカの歴史は基本的にずーっとシーソーゲームで、時に一気に時代が進み、時には後戻りしの繰り返し。
全体としては、着実に改革されているのだけど、初のアフリカ系大統領となったオバマ政権の後で、今は最悪の揺り戻し期というところだろうか。

映画は系列をシャッフルし、第四の壁をも超えて、半世紀分の出来事をスピーディに描いてゆく。
ほとんと全編、モンタージュのテクニックの見本市状態なのだが、私的に特に印象的だったのが二箇所。
息子ブッシュに副大統領就任の条件を語る時、実質的な大統領権限を奪い取る内容に、おバカなブッシュが食いついてくるのを、ルアーフィッシングと対比して描いた描写は秀逸。
チェイニーのズル賢さと、彼の“獲物”となる息子ブッシュの中身空っぽさに思わず苦笑。
彼はお飾りの大統領で、実質政権を仕切っていたのはネオコンの頭目のチェイニーやラムズフェルドなのが、その後のワシントンでの人事の描写でよく分かる。
もう一箇所は、イラク戦争開戦を告げる国民へのメッセージを息子ブッシュがテレビで読み上げる時、机の下で貧乏ゆすりしているのを描写した直後、爆撃下のイラクで市民が恐怖で震えているカットを組み合わせたところ。
会議室の決定と、その結果現場でどんなことが起こるのかのという現実を、見事に2カットで表してみせた。

思いっきり腹黒い奴に描かれた主人公を、ブラックな笑いに包むスタイルは、劇映画ではあるけど、印象としてはマイケル・ムーアのドキュメンタリーに近く、ぶっちゃければ反ネオコン、間接的には反トランプ政権の政治的プロパガンダだ。
ドラマ性を逸脱する作りゆえか、オスカーではメイクアップ賞以外主要部門は逃したが、133分の長尺を全く飽きさせないのはさすが。
デ・ニーロアプローチでチェイニーを演じるクリスチャン・ベールをはじめ、役者たちがあまりにも本物にソックリだから、何度も吹き出しそうになった。

単純な悪者ではなく、チェイニーを腹黒いが憎めないオヤジに描いたのも、二元論的ステロタイプにはめ込まない工夫。
キャラクター造形の多面性で効いてるのが、同性愛者であることを公表している次女のメアリーとのエピソードだ。
共和党保守派にとっては同性愛は忌むべきもので、娘が同性愛者だということは格好の攻撃目標となる。
しかしチェイニーは、自らの不利益を承知で、娘を受け入れ彼女を守るのだ。
もちろん、このスタンスが何があっても家族が大事という、“アメリカ的価値観”に合致していることは言うまでもないが、家族には向けられる愛情が、副大統領として仕える“国民”には向けられないアイロニーを感じさせる。

複雑な米国政治入門にもピッタリな映画だが、軽妙なタッチに大いに笑って楽しんで、どこかでチェイニーという男に惹かれてゆき、その結果変貌する世界の姿を突きつけられ背筋がゾーッ。
彼がやってるのは、典型的な利益誘導政治で、ハリバートンなどの石油業界との癒着なんかは非常に分かりやすいのだけど、悪質なのはそれを可能とするために悪影響など考えずに、合衆国が何世代にも渡ってブラッシュアップしてきた政治システムの根本を、あっさりと覆してしまうところだ。
特に9.11後のパニック状態を利用して、定義の曖昧な“行政権一元化理論”を推進し、大統領に国の行政権限を集中させ、実際には自分がそれを行使してしまうあたり、あれよあれよという展開が下手なホラー映画よりも恐ろしい。

9.11以降を描く映画の後半は、同時に公開されてる「記者たち 衝撃と畏怖の真実」と同じ内容の裏表の関係で、全く同じ場面も何度も出てくる。
両作品を観るとより興味深いが、政治は恐ろしく、民主主義は難しいものだということを実感。
石油利権のために、はじめに戦争ありきで理屈づけしていく過程で、ビン・ラディンとイラクで活動していたザルカウィを無理やり結びつけたおかげで、無名のテロリストだったザルカウィが一躍その筋のスターとなり、10年代のイスラミック・ステート(IS)による惨禍を招くなど、出口戦略無視が起こした典型的なバタフライ効果。

スケールはだいぶ小さいものの、利益誘導政治という意味では日本も似たようなもので、いつしかチェイニーとラムズフェルドと息子ブッシュが、同時代の日本のYKK(山崎拓・加藤紘一・小泉純一郎)、はたまた現在の安倍総理・麻生副総理のコンビに被って見えてくる。
イラクに大量破壊兵器が無かったことは、今では誰もが知っているが、ラムズフェルドが辞任に追い込まれたくらいで、ブッシュ政権中枢の誰も罪に問われてはいないのがうそ寒い現実。
この映画のストーリーテラーを巡る、終盤のあるエピソードはまさに「憎まれっ子世に憚る」だなあ。
アメリカならではの秀作ポリティカル・ブラック・コメディであり、事なかれ主義の日本では、少なくとも現在のメジャー系ではまず出てこないタイプの映画だろう。
ちなみにこれ、マーベル映画よろしくエンドクレジット中にも映像があるから、急いで席を立たないように。

辛口の映画の後は甘口の酒。
チェイニー夫妻が育ったワイオミングの名を持つカクテル、「ワイオミング・スイング」をチョイス。
ドライ・ベルモット20ml、スイート・ベルモット20ml、オレンジ・ジュース20ml、砂糖1/2tspをシェイクして、氷を入れたタンブラーに注ぐ。
最後にソーダで満たして、軽くステアして完成。
ドライとスイートのいいとこ取りを、オレンジ・ジュースとソーダがまとめ上げている。
チェイニー食えないオヤジだが、こちらはすっきりとした味わいで、とても飲みやすい。

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