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酒を呑んで映画を観る時間が一番幸せ・・・と思うので、酒と映画をテーマに日記を書いていきます。 映画の評価額は幾らまでなら納得して出せるかで、レイトショー価格1200円から+-が基準で、1800円が満点です。
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ショートレビュー「プロメア・・・・・評価額1650円」
2019年05月28日 (火) | 編集 |
炎は魂の炎で消せ!

「天元突破グレンラガン」の今石洋之と中島かずきの名コンビによる、劇場用オリジナルアニメーション。
ある日突然、炎を操るミュータント種族、バーニッシュが出現し、「世界大炎上」により地球の半分が焼失した世界。
それから30年後、弾圧されたバーニッシュの一部が「マッドバーニッシュ」として過激化、炎上テロ攻撃を防ぐため結成された「バーニッシュレスキュー」に所属する、炎よりも暑苦しい熱血火消し男、ガロ・ティモスが主人公。
自分の任務に誇りを持っていたガロは、ひょんなことからマッドバーニッシュのリーダー、リオ・フォーティアから世界の真実を知らされる。
それは、ガロが尊敬する街の司政官クレイ・フォーサイトが、捕らえたバーニッシュを恐ろしい人体実験の末に殺しているということ。

冒頭のバーニッシュレスキュー出動から、メカも人間も動きっぱなし。
モーションがエモーションに直結する、これぞアニメーション映画の醍醐味だ!
独特のテイストのキャラクターデザインと、ポップな色彩感覚で描かれるのは、物理的なリアリティよりも、動きとしての気持ちのよさ優先のアクション。
炎や水がといった流体が、三角や四角のポリゴン形状で描かれるのも面白い。
シンプルなベースプロットに、ありとあらゆるビジュアル要素をぶち込んだ、いわばお腹いっぱいの熱血アクション丼だ。
怒涛の情報量と、凄まじく早いテンポは、今年のアカデミー賞を受賞した「スパイダーマン:スパイダーバース」を思わせる。
あちらの作品はあえて12フレームを採用してリミテッド風味を演出していたが、こちらは逆にアメコミを意識していて、アニメーション文化のクロスオーバーが興味深い。

作ってる人が同じなので、「グレンラガン」のテイストは色濃く感じられるが、モリモリに持った丼から、溢れ出るのは永井豪偏愛
本人の意思に関わらず、ある日突然人々がバーニッシュ化し、その力を恐れる一般人から差別され、狩られる設定は「デビルマン」そのもので、怒りに駆られたリオがデビルマンぽくなる描写まである。
そして後半は「グレンラガン」と「マジンガーZ」が混ぜこぜされるのだが、ぶっちゃけこの辺りからの展開はムッチャ強引かつ御都合主義。
しかしこ、れはあえて開き直ってネタにしているのである。
何しろ、光子力研究所っぽいところで、兜博士とドクター・ヘルを合わせた様なマッドサイエンティスト、デウス・プロメア博士から譲り受けるロボットの名は「デウス・エクス・マキナ」である(笑

「機械仕掛けの神」という意味の「デウス・エキス・マキナ」は、収集困難な物語の結末に、突然絶対的な神の様な存在が現れ、無理やり話を纏めてしまうことを指す演劇用語だ。
つまり、これは作者という“神”が望めば、何でもアリという宣言のようなもの。
デウス・エクス・マキナはベイマックスもどきのデザインだが、「これじゃ熱くなれねえ!」ってバーニッシュの炎で、カタチをカッコよく変えてしまうのだが、なんでそんなことが出来るのかは謎。
ガロとリオが阿修羅男爵化するのも、終盤に唐突に明かされる世界観の秘密も、このノリにごまかされて何となく納得してしまうのだが、よく考えると相当に無理やり。
でも、全然気にならない。
普遍性のあるテーマと、外連味たっぷりのビジュアル、中島かずきらしいトリッキーな脚本のマリアージュが絶妙で、これはこういう世界として納得させられてしまうのだ。
動き続け、変わり続けるアニメーションは、本来現実の軛を逃れた非常にフリーダムなもの
エキセントリックなテリングのスタイルは好みが分かれるだろうが、全編に渡って創作のエナジーが燃えたぎる快作である。

今回は炎の話なので、「キッス・オブ・ファイアー」をチョイス。
ウォッカ20ml、スロー・ジン20ml、ドライ・ベルモット20ml、レモン・ジュース2dashをシェイクして、粉砂糖でスノースタイルにしたグラスに注ぐ。
バーテンダーの石岡賢司氏が、ルイ・アームストロングの名曲「キッス・オブ・ファイアー」にインスパイアされて生まれたカクテル。
甘いようで、渋いようで、辛いようで、苦いようで、酸っぱいようで、個性の強い素材それぞれの特徴が複雑に絡み合い、濃厚な味わいを作り上げている一杯だ。

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ショートレビュー「居眠り磐音・・・・・評価額1650円」
2019年05月24日 (金) | 編集 |
由緒正しい“ザ・ニッポンの時代劇”

三年間の江戸勤番を終え、郷里の豊後関前に戻った三人の幼馴染、坂崎磐音、小林琴平、河出慎之輔が、仕組まれた誤解により殺し合い。
暴走した琴平が慎之輔を殺し、松坂桃李演じる坂崎磐音は、許嫁の奈緒の兄でもある琴平を、上意討ちせざるを得なくなる。
佐伯泰英の原作は未読で、以前放送されたNHKドラマ版も観ていなかった。
予告編の印象からコメディタッチかと思ってたから、初っ端からの超ハードな展開にびっくり。
許嫁の兄を斬るシーンは予告編でもあったけど、そこに至るまでの誤解の連鎖が悲惨すぎる。

物語の第一幕が、豊後関前で起こる凄惨な事件。
結局心に大きな傷を負った磐音は、何も告げずに奈緒のもとを去り、この悲劇の恋人たちのお互いを想うなんとも切ないプラトニックラブが、本作の大きなバックボーンとなる。
第二幕以降は、藩を出た磐音が流れ着く江戸が舞台となり、幕府の貨幣改革を巡る陰謀に巻き込まれてゆく。
時の大老、田沼意次は銀と金の交換を固定レートにしようとしているのだが、金銀の相場で儲けている柄本明演じる悪徳両替商が反発。
田沼の改革を支持する、谷原章介のライバル両替商にあの手この手の嫌がらせ、というか脅迫に出る。
それを一見するとおっとり者ながら、実は剣の達人でもある磐音が助けるという構図。

基本、経済の話でコンゲームなのだが、アクション剣劇としての見せ場もちゃんと複数回ある。
集団戦のチャンバラではなく、どの戦いも剣豪vs剣豪の決闘形式で、殺陣もかなりの迫力で十分に見応えあり。
勘定方の頭脳を持ち、経済にも明るい長屋の剣豪というキャラクターが活かされる。
敵方との剣術スキルが近く、磐音も手傷を負うなど、あくまでも等身大の人間として描かれるのもいい塩梅だ。
特筆すべきは、幕府守旧派とも結託し、悪の陰謀を巡らせる柄本明の大怪演で、これは助演男優賞もの。

剣豪もの、長屋もの、花魁ものなど、時代劇映画の定番要素を詰め込み、勧善懲悪のエンタメとして非常に良くできているのだが、本作の独特の情感を形作り忘れ得ぬ作品にしているのは、やはりずっと会えない悲劇の恋人同士の、ラブストーリーの部分なのである。
出番は少ないのだが、奈緒を演じる芳根京子がすごくいい!
精神的なクライマックスと言える、終盤の磐音との一瞬の邂逅は、本作屈指の名シーン。
あれは磐音の心も再び鷲掴みされるわ。
しかし輝かしい若者たちの人生が、最初から最後までボタンのかけ違いで、全て変わって行くこの世の無情が切ない。

面白いのは、昔は腐敗の代名詞だった田沼意次が、ここではキレ者の改革者として描かれる時代性。
まあ聞くところによると、51巻もある原作小説では、この後おなじみの悪役と化して磐音の前に立ちはだかる様だが、この人のイメージは、この20年くらいでだいぶ変わったんじゃないかな。
実際ライバルが多かったせいで、現実以上に悪評が残ってしまったけど、政治経済の手腕は相当なものだった様だ。
今なら、田沼意次を主人公にした経済時代劇なんて企画もいいかも。

それにしてもこんな良い映画なのに、残念ながら興行的には苦戦しているらしい。
今週末に何を観ようか迷ってる人には、是非とも本作を選んでいただきたい。
そんで続編を作ってもらって、あの二人の行く末を見たい。
たぶん、永遠にプラトニックなまま、結ばれない恋人たちなのだと思うけど。

磐音たちの郷里、豊後関前藩は架空の藩だが、豊後というからには大分県あたりだろう。
芳根京子演じる薄幸のヒロイン、奈緒のイメージで中野酒造の「智恵美人 純米吟醸」をチョイス。
南国の日本酒は比較的甘口が多いが、こちらはやや辛口。
純米吟醸らしく、フルーティで非常にまろやかで口あたりが良い。
「ワイングラスでおいしい日本酒コンクール」で、金賞を受賞している酒だ。
冷やがオススメ。

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アメリカン・アニマルズ・・・・・評価額1650円
2019年05月19日 (日) | 編集 |
“特別な人間”に、なれるはずだった。

2004年に、ケンタッキー州レキシントンにあるトランシルヴァニア大学の図書館で起こった、高額希少本強奪事件を描いた実話クライムムービー。
逮捕された四人の犯人たちは、全員が地元の大学生だった。
中産階級の家庭に育ち、物質的には満ち足りた生活を送っていたはずの彼らは、一体なぜ無謀な犯罪計画を実行したのか。
英国出身のドキュメンタリスト、バート・レイトン監督は、ドキュメンタリーとドラマの手法を融合させたユニークなストーリーテリングを駆使し、彼らのメンタルに迫ってゆく。
強奪計画が失敗したことは初めから分かっているので、これは四人の若者が何を求め、どのように失敗し、長い歳月が過ぎた今、結局何を得たのかを描く作品だ。

ケンタッキー州レキシントン、2003年秋。
大学生になったばかりのスペンサー・ラインハード(バリー・コーガン)は、退屈な日常を脱し、特別な人間になりたいと切望している。
ある日、大学の図書館に時価1200万ドルもする希少本「アメリカの鳥類」が収蔵されていることを知ったスペンサーは、親友のウォーレン・リプカ(エヴァン・ピーターズ)と共に本を強奪する計画を思いつく。
ウォーレンが、本をヨーロッパの盗品バイヤーへと売りさばくルートを見つけ出すと、二人はFBI職員を目指している秀才のエリック(ジャレッド・アブラハムソン)、すでに起業しある程度の資金を持つチャールズ(ブレイク・ジェナー)をスカウト。
四人のチームは、「レザボア・ドッグス」を参考に、それぞれを色のコードネームで呼び、作戦を練り上げる。
決行の日、メイクアップで老人に変装した彼らは、それぞれの役割ごとにポジションに付くのだが・・・


なるほど「事実に基づく物語」ではなく、「事実の物語」か。
バート・レイトンは、フランスの信用詐欺師、フレデリック・ブルンディを描いた2012年の「The Imposter」で注目を集めたドキュメンタリスト。
ブルンディは、行方不明になった少年たちの両親の前に現れては、自分が成長した息子だと主張する手口で、世界各国を転々としてきたとても奇妙な詐欺師だ。
長編2作目となる本作では、ドキュメンタリーとドラマの垣根を超えて、二つのジャンルの融合を試みることで、よりディープに登場人物の内面を掘り下げようとしている。
実際に事件を起こしたスペンサー、ウォーレン、エリック、チャールズの四人はもちろん、彼らの家族や強奪事件に巻き込まれた被害者までもが、スクリーンに現れては過去を振り返ってインタビューに答える。
彼らの現在の記憶によって、ドラマ部分が語られるのだ。

再現ドラマとインタビューの組み合わせそのものは、例えば実際の事件を扱ったTVのバラエティ番組などでも見られるが、この作品が新しいのはドキュメンタリーとドラマがシームレスに融合し、相互に影響しているところ。
例えば、インタビュー中の現在の彼らのアクションが、そのまま過去のドラマの登場人物のアクションに繋がり、現実の彼らとドラマの彼らが同じ画面の中に収まることも。
スペンサーとウォーレンで記憶が異なるところは、二通りのドラマが描かれたりする。
事実に基づいて脚色したフィクションではなく、ドラマ部分はあくまでも現在の彼らの記憶からダイレクトに生み出された事実。
そして多くの人物が関わった事件では、「羅生門」的に事実が一つとは限らないという訳だ。

平凡な大学生だった四人の若者は、なぜ暴力的な強奪事件を起こしたのか。
彼らが狙うのは、トランシルヴァニア大学の図書館にある開拓時代の博物画家、ジョン・ジェームズ・オーデュボンの画集「アメリカの鳥類」だ。
この巨大な本は、時価にして1200万ドルもの価値があり、図書館には他にも複数の希少本が収蔵されていて、彼らはそれらも同時に狙う。
中産階級出身の四人は、決してお金に困っている訳ではない。
大学まで進学しているのだから、将来の展望が開けない訳でもない。
ただ一つ、共通して彼らを強烈に突き動かすのは、「凡人には見られない非日常の世界に行きたい」「凡人とは違う特別な人間になりたい」という強烈な自己承認欲求の感情だ。

一応、軸となる主人公はバリー・コーガン演じるスペンサーだが、彼はエヴァン・ピーターズ演じる真のストーリーテラー、いやストーリーメイカーであるウォーレンに導かれ、危険なあちら側の世界に足を踏み入れる。
この二人はいわば「指輪物語」のフロドとガンダルフの様な関係で、オーデュボンの本という禁断の指輪を見つけたのはスペンサーで、実際に旅の仲間を組織して、事態を前に動かすのはウォーレンだ。
舞台となるレキシントンは、煌びやかな大都会ではないけれど、かと言って田舎というほどでもない、典型的な地方都市。
この街のごく普通の家庭に育ち、退屈な高校を卒業し、順当にそれなりのレベルの地元大学に入学。
大学生になってみたら、何かが変わるかと期待していたが、結局は今までの日常の延長線上。
退屈な日常をぶっ壊し、自分が特別なことを証明したいという若気の至りが、よりにもよって犯罪に向かっちゃうという喜悲劇。

実行に至る計画段階の、ワクワクする高揚感と根拠のない自信
盗んだ絵をブラックマーケットで売れば、相場よりはだいぶ安くなるが、それでも人生を変えるには十分の数百万ドル。
この辺りは宝くじを買って発表されるまでの間、もし当選したら何を買おう、何をしようと妄想を膨らませるのに似ている。
しかし「オーシャンズ11」や「レザボア・ドッグス」を観て“研究”し、何度も動線をシミュレーションして完璧な計画を立てたはずが、イザ実行してみたら「こんなハズじゃなかった!」の連続。
所詮素人の思い付きの犯行は、お粗末な顛末を迎える。
スタイリッシュなモンタージュのテクニックと、絶妙な音楽のチョイスによる前半の疾走感と、計画が失敗した後の、いつ捕まるか分からないという焦燥感と閉塞感のコントラストが見事だ。

「自分は特別な人間ではない、それでも生きていかなければならない」ということを悟るには、あまりにも高い授業料。
もっとも、スペンサーら四人が現在から過去を振り返る視点は、必ずしも深い贖罪には結びついてはいないのが面白い。
いやもちろん、7年間服役しそれなりに大人になった彼らも、それぞれに反省はしているし、特に誰も傷つけないはずが、司書の女性に暴力を振るってしまったことに対しては、後悔している様には見える。
しかし、映画の最後で事件から10年後の彼らの“今”が明かされると、その意外性にこちらは戸惑うばかり。
あれほどの事件ですら、結局彼らの人生を大きく変えることは無かったということか。
もしくは、あの事件を契機として、元々行くべき道がはっきりしたということなのかも知れない。
インタビューの終盤になって、スペンサーとチャールズから、当時のウォーレンのある行動について、全てが上手くいったとしても、計画の完遂は不可能だったのではないかという疑念が示される。
煙に巻かれるのは、私たち観客も同じ。
バート・レイトンも、それ以上は突っ込まない。
全てを知るただ一人の男、ウォーレンこそが、「羅生門」的なこの事件の本当のストーリーメイカーなのだ。

今回は刺激を求め過ぎたいかれた若者たちの物語なので、スコットランドのクラフトビール醸造所、ブリュードッグの「パンクIPA」をチョイス。
ユニークなビールをプロデュースしていることで知られるブリュードッグ。
「パンクIPA」は、同社の「ハードコアIPA」ほどではないが、強いホップ感とフルーティーで複雑なアロマを楽しめる。
スペンサーたちも、このぐらいの刺激で我慢しておけば良かったのに。

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ショートレビュー「RBG 最強の85歳・・・・・評価額1700円」
2019年05月15日 (水) | 編集 |
男たちよ、私たちを踏みつけているその足をどけて。

過去と現在、そして未来をつなげる、素晴らしいドキュメンタリー。

先日公開された「ビリーブ 未来への大逆転」の主人公としても記憶に新しい、アメリカ最高裁の最年長判事、ルース・ベイダー・ギンズバーグの長年の足跡を追った作品だ。

あの映画の「その後」が中心となっているので、両方鑑賞するとより人物像が深く理解出来る。
監督はジュリー・コーエンとベッツィ・ウェストが務め、第91回アカデミー賞の長編ドキュメンタリー部門にもノミネートされた秀作だ。

2019年現在、最高裁判事の構成は、保守派5人に対してリベラル派は4人。
最高裁判事に任期は無く、事実上の終身制なので、最高裁のバランスは歴代大統領が最大8年の任期中、何人の判事を指名できるかがカギとなる。
例えば、トランプ大統領の任期中に、ルースを含むリベラル派全員が亡くなるか引退した場合、全判事が保守派になる可能性だってゼロではないのだ。
その場合、トランプ後にリベラルな政権が出来たとしても、訴訟によってその政策がことごとく最高裁で覆されることもありうる。
現在の判事を指名した過去30年のホワイトハウスの主を見ると、民主党が16年、共和党が14年とリベラル派の方が長いのだが、たった2年の間に二人を指名できたトランプの運の良さが際立つ。
現時点では、天は保守派の味方の様だ。

保守派の台頭と共に分断が進むアメリカで、「JFK」や「RFK」の様に「RBG」のアルファベット三文字で呼ばれるルースは、リベラル派のシンボルとしてロックスターのように祭り上げられ、ある種のポップアイコン化している。
作中にはルースを「アベンジャーズ」のブラックウィドウやワンダーウーマン化したコラ画像も見られ、彼女自身もそんな現象を楽しんでいる様だ。
しかしこの方、リベラルではあるが決してラジカルではなく、むしろ思想的には中道に近い。

ただ人種や性別など、生まれついての条件による不平等に対しては、絶対に譲らないというごく当たり前の姿勢が、時間の針を過去へ戻すトランプの時代にあって、彼女のポジションを際立たせているのである。


本作で印象的なのは、やはりその人間性だ。
彼女が守っている母からの教えが二つあって、一つ目は「淑女であれ」で、もう一つは「自立せよ」だという。
「淑女であれ」というのは、「女らしくしなさい」ということではなく、議論に勝つためには、決して怒りに任せてはならず、誰に対しても敬意をもって穏やかに接しなさいということ。
だから基本この人は怒らない。

怒りの感情は目を曇らせるから、自分と異なる意見に対しても、常に冷静沈着にものごとを見る観察者で調停者。

SNSなどによくいるタイプの、怒れる正義の味方たちとは真逆のキャラクターの持ち主で、仕事を離れれば裁判では敵対する相手とも友達になれる。

相手の言葉をよく聞いて、相手がなぜそう思うのか、言葉の出てくる思考のメカニズムまで考えているので、議論の相手としてはおそろしく手強い。
「男たちはそもそも、そこに性差別があるとは思ってない」は至言。
現実を知らない法曹界のエリート男性は、敵対すると言うよりも“教育する”対象なのだな。
もちろん、穏やかな言葉で「話せば分かる」相手ばかりではないので、ある程度の激高型の人も必要なのだとは思うが。

そんな彼女が、唯一「ペテン師」などと激しくディスったのが、2016年の大統領選挙中のトランプだと言うのだから、どれほど危機感を抱いていたのかがよく分かる。

しかし最高裁判事の立場で、大統領候補者を攻撃した発言は非難を浴び、ルースは自戒を込めて改めてこう語る。
「議論に勝つには、怒らないこと。怒ったら自滅する」と。
トランプとは対照的に半世紀以上に渡ってルースと人生を共にした、夫のマーティンのいい人っぷりも印象的。

「ビリーブ」でアーミー・ハマーが演じたキャラクターは、決して理想化されてた訳じゃ無かった。

互いに補い合う内気な妻と陽気な夫、運命が結びつけた最強の夫婦じゃないか。
就任から四半世紀、二つの癌に犯されながらも86歳になった現在もジム通いを続けるルースが、いつまで最高裁判事の職に留まれるのかは分からない。
しかし、少なくともアメリカ社会の半分が、この小柄で魅力的な老女に希望を託し、彼女に触発されその背を追いかける世代が続々と育っていることは確かなのだ。

「ビリーブ」では、彼女の信念から「アイアン・レディ」をチョイスしたが、こちらではよりソフトなルースのイメージから「ホワイト・レディ」
ドライ・ジン30ml、ホワイト・キュラソー15ml、レモン・ジュース15mlをシェイクしてグラスに注ぐ。
フルーティな華やかさを、ジンの辛口な味わいがまとめ上げる。
半透明のホワイトも美しく、ルースにふさわしいバランスのとれたエレガントなカクテルだ。

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ショートレビュー「名探偵ピカチュウ・・・・・評価額1600円」
2019年05月09日 (木) | 編集 |
ピカチュウ、おっさんかわいい(笑

ジャスティス・スミス演じる、探偵の父親との関係を色々こじらせて、ポケモン嫌いになってしまった主人公ティムが、なぜか喋るピカチュウ(というか、ティムだけがピカチュウの言葉が分かる)とコンビを組んで、父の失踪事件の真相を探る。
すると人間とポケモンが共生する理想都市、“ライムシティ”に隠されたダークサイドが浮かび上がるというワケ。
本来「ピカピ〜カ」としか言わないピカチュウが、よりにもよってデップーの声で喋るのだから、正直初めて予告編を観た時は違和感がありまくり。
こりゃ、地雷かもと思ったのだが、やはり映画は実際に観るまで分からない。
期待以上にちゃんとしたポケモン映画していて、かなり面白いんだなぁ、これが。

任天堂ゲームの実写映画化というと、どうしても1993年の「スーパーマリオ 魔界帝国の女神」の悪夢を思い出す。
一応、マリオとルイジの兄弟だけは似せているものの、ゲームとは世界観が全く違い、全編がやっつけ感漂う酷い代物で、当然ヒットせず。
当時、「任天堂が海千山千のハリウッドの策士たちに騙され、金だけむしり取られた」などと揶揄されたのも仕方のない出来だった。
しかし、あの惨劇からはや四半世紀。
今やゲーム産業は映画産業を軽く超える規模となり、ポップカルチャーの宇宙の中で、ゲームが持つ歴史と重みも当時とは比べ物にならない。
何より、任天堂ならぬニンテンドーで育った子供たちが、今やハリウッドのメインストリームにわんさかいるのだ。

70年生まれのロブ・レターマン監督も、初代ファミコン(ニンテンドー・エンターテイメント・システム)全盛期に少年時代を送った世代だろうし、90年代にハリウッドを襲ったポケモン旋風もしっかり記憶しているだろう。
何しろポケモン映画の第1作「ミュウツーの逆襲」は、日本映画として最初で(いまのところ)最後の全米興収No. 1の快挙を成し遂げ、8570万ドルの興行記録はいまだに破られていない。
実際本作は、「スーパーマリオ」はもちろん、現在までに作られたゲーム原作映画群と比べるても、オリジナルのゲームや日本版アニメ映画へのリスペクトが非常に強く、作り手がポケモンの世界観を愛してるのが伝わってくる。
今回は基本喋るデップー、もといピカチュウなのだが、たった一言の「ピカピ〜カ」のために、ちゃんと大谷育江をクレジットしているのも嬉しい。

以前から言ってることだが、異世界ファンタジーは観客に「その世界へ行ってみたい」と思わせれば半分勝った様なもの。
その点、モフモフのポケモンたちが闊歩するライムシティは、文句無しの楽しさだ。
「あーなるほど、あのポケモンが現実に現れたら、こんな風に見えるのだな」的なワクワク感に溢れ、“ポケモンが本当にいる世界”を、十分に堪能させてくれる。
頭を抱えたコダックもかわいいし、フシギダネの群もかわいいし、ギャラドスにビビるリザードンもかわいいし、声はおっさんだけどもちろんピカチュウもかわいい。
あああ、全部がかわいいよ、かわいいよ。

話的には「ミュウツーの逆襲」からの流れをくんだバリエーションと言えるが、「モンスターVSエイリアン」など、マニアックなドリームワークス系のアニメーション映画で知られるレターマンは、やっぱりキャラの生かし方がとても上手い。
まあ基本コメディだし、ディテールは色々強引で緩いんだけど、意外性のある終盤の展開まで飽きさせない。
一応、今回の事件は名探偵ピカチュウの活躍で解決したけど、これヒット次第では続編もありかも。
デップーに続く、ライアン・レイノルズの新たな当たり役となるか(笑
エンドクレジットのデザインまでポケモン愛MAXで胸アツ。
西島ピカチュウもちょっと興味を惹かれるので、今度は吹替え版も観てみよう。
ミュウツーの吹替えはやはり、市村正親にやって欲しかったな。

今回はピカチュウのイメージで、鮮やかな黄色のカクテル「ミモザ」をチョイス。
冷やしたシャンパン60mlをシャンパングラスに注ぎ、やはり冷やしたオレンジ・ジュース60mlで満たし、バースプーンで軽くビルド。
春から初夏にかけて、小さな黄色い花を咲かせるミモザにちなんで名付けられたという。
シャンパンの炭酸が口当たりよく、オレンジ・ジュースの酸味が爽やかなカクテルだ。

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ショートレビュー「キングダム・・・・・評価額1600円」
2019年05月07日 (火) | 編集 |
大将軍に、俺はなる!

紀元前3世紀。
弟の起こしたクーデターによって王宮を追われた若き秦国王・嬴政(えいせい)と、ひょんなことから王を救うこととなる奴隷の剣士・信(しん)の物語。
原泰久の原作は未読なのだが、今回映画化されたのは現時点で50巻を超える遠大な物語の、わずか5巻分だという。
だからだろう、漫画原作にありがちな無理なダイジェスト感があまりない。
展開は矢継ぎ早ではあるのだが、あれもこれもと詰め込んで、結局描かれない伏線が放置されることもなく、お家騒動で命を狙われる若き王を、剣の腕以外何も持たない奴隷の少年が救うというサクセスストーリーが無理なく展開する。

のちに中国の統一を成し遂げ、始皇帝となる嬴政の物語は、日本でも大映が「秦・始皇帝」として映画化していて、この時は勝新太郎が始皇帝を演じた。
中国でも始皇帝をモチーフにした映画は度々作られているが、後継の漢王朝時代に書き記された記録が多いせいか、偉大な英雄なのか、残酷な独裁者なのか、いまひとつ評価が定まっていない印象で、正面から彼の人間性を描いた作品はあまり記憶にない。
もっともこれは、文化大革命の時代に孔子をブルジョワジーの象徴として貶め、始皇帝を英雄として持ち上げたことへの反作用もあるかも知れない。
その辺のしがらみからは自由な日本で、若き嬴政に正面から寄り添い、がっつり主役級で描いた物語が作られるのは面白い。

実際本作における嬴政像は、吉沢亮のイケメンルックスも様になって、かなり魅力的。
山崎賢人演じる信との硬軟も好対照で、信の幼馴染が嬴政の影武者として殺されたという因縁も上手く双方の感情のベースとして仕込まれ、バディ映画としても良バランス。
舞台が古の中国だからか、セリフも時代劇言葉ではなく、基本現代語。
信など完全にオラオラ系ヤンキーのノリなのがおかしいが、軽さが作品世界にとっつき易くしているので、これはこれでいいと思う。
この二人を軸にしながら、長澤まさみが演じるムッチャかっこいい山の民の女王・楊端和(ようたんわ)や、今までで一番キュートな橋本環奈の河了貂(かりょうてん)、美味しいところをさらって行く王齮(おうき)将軍役の大沢たかおの大怪演など、脇のキャラ立ちも見事だ。
明るい髪色にカラコンの楊端和は山の民=異民族の長という設定だが、ペルシャや中央アジアの血が混じってた、今でいう回族の設定なのかも。

スペクタクルな画作りには定評のある佐藤信介監督だから、ビジュアル面は文句なしの仕上がり。
やはり、本場中国の映画スタジオ、象山影視城の巨大セットが大いに効いている。
いかにCGが発展したとしても、実際にそこに建物があるのと無いのとでは、画作りのスタート地点からして全然違う。
ヴィランズの方は、深水元基が特殊メイクで演じる暗殺者から、ハルクみたいな巨漢のランカイ、今回の事実上のボスキャラとなる人斬り長・左慈まで、善玉に輪をかけて漫画チックなのだが、世界観がきっちりしているので、このくらいぶっ飛んでいてちょうどいい。
スウォードアクション、日本版武侠活劇としても質・量ともに十分な見応え。
シネマスコープサイズが映える邦画は、久しぶりに観た気がする。

惜しむらくはクライマックスが王宮の中だけの戦いになってしまって、せっかく集めた3000人の軍勢が生かされないこと。
撮るのも大変だろうが、例えば駐屯地から王宮へ向かう王弟側の兵を阻止するため山の軍との合戦が描かれ、その隙を突いて王齮軍が王宮になだれ込む、という描写が少しでもあれば、更に大作感が出てゴージャスになったのでは。
いずれにしても、「るろうに剣心」「寄生獣」以来の、是非とも続きが観たい漫画原作映画だ。
幸いヒットしている様なので、なる早でお願いします。

今回は大将軍を目指す話なので、そのまんま「将軍」をチョイス。
メロン・リキュール20mlをグラスに注ぎ、ウォッカ10mlをそっとビルドする。
甘めのメロン・リキュールをドライなウォッカが引き締め、すっきりとした後味。
出世街道を駆け上がる前の、食前酒としてちょうど良い。

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芳華-Youth-・・・・・評価額1650円
2019年05月04日 (土) | 編集 |
傷跡までもが芳しく、華やなる青春の季節。

1970年代、毛沢東が率いた文化大革命の惨禍をようやく脱し、鄧小平が道筋を付ける改革開放の時代へと向かう中国の激動期。
人民解放軍の芸能部隊、文工団に集った若者たちの数十年に渡る人生を描く群像劇だ。
彼らは文革の時代に多感な子供時代を過ごし、次は突然の戦争に巻き込まれ、やがてあるものは成功者となり、ある者は社会の底辺をさまよい、市場経済下での成長により急激に変わってゆく現代中国を支えることになる。
これはある世代のみならず、ある社会の青春期を描くビターでノスタルジックな寓話で、いわば中国版の「アメリカン・グラフィティ」だ。
原作・脚色は、ジョアン・チェン監督の「シュウシュウの季節」の作者としても知られ、実際に70年代に文工団のバレエダンサーだった作家のゲリン・ヤン。
監督は、やはり文工団の出身で「唐山大地震」を大ヒットさせたフォン・シャオガン。
ホアン・シュエン、ミャオ・ミャオ、チョン・チューシー、ヤン・ツァイユーら若手俳優たちが、瑞々しい演技を見せて素晴らしい。

1976年。
17歳のシャオピン(ミャオ・ミャオ)はダンスの才能を認められ、軍で歌や踊りを披露し、兵士たちを慰問する文芸工作団(文工団)に入団する。
個性の強い同僚たちと馴染めず、いじめられていた彼女の支えは、「第二の雷峰」と呼ばれるほどの模範兵フォン(ホアン・シュエン)への仄かな恋心。
ところが、彼は歌手のディンディン(ヤン・ツァイユー)に首ったけで、ある時彼女に抱きついたことで責任を問われ、文工団を追放されてしまう。
絶望したシャオピンも、わざと公演中に仮病を使って失敗を犯し、野戦病院へと転属させられる。
やがてベトナムとの間に戦争が起こり、フォンとシャオピンは別々に最前線へと送られ、戦場の凄惨な光景を目の当たりにする。
その頃、以前文工団で孤立するシャオピンを気にかけていたスイツ(チョン・チューシー)は、軍の記者として前線を訪れ、そこで血まみれの白衣を纏ったシャオピンと再会するのだが・・・


元号が変わった日に、令和一本目の鑑賞。
思えば、昭和天皇の崩御の日にも映画館へ行って、営業自粛で何も観られず、一週間後に「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」を観たのが平成の一本目だった。
図らずもどちらも中国(香港)映画だが、あの頃はまだ香港は英国領だったし、中国が劇的な経済発展をしてG2と呼ばれる様になることも、香港映画の無残な凋落も全く予想できなかった。
やはり30年というのは、世界が変わるくらい長い時間なのだ。
インターネットもスマートフォンも無い時代だから、ある意味当時から見たらSFみたいな世界に生きている訳だ。
いずれにせよ、令和への代替わりはお祭りムードで、「エンドゲーム」に「コナン」に「ピカチュウ」に「キングダム」で映画館は大入りだというから、日本中が痛々しいくらいの自粛ムードだった30年前よりは良いのじゃないか。

しかし中国の現代史は、悲惨なくらいに災厄に見舞われる連続で、その最たるものが1966年から1976年までの10年間に及び、時計を逆戻りさせた“人災”、文化大革命だろう。
失政により国家主席の座を追われた毛沢東が、権力の回復を狙い紅衛兵と呼ばれる学生たちを扇動し、自らの政敵を失脚、粛清させた党内クーデターは、その攻撃目標があまりにも多岐にわたっていたがために、中国国内を大混乱に陥らせ、社会をシステムごと破壊してしまった。
本作のヒロイン、シャオピンの実父は、彼女が6歳の時に連行され、反革命分子として労働改造所送りになったとされる。
つまり数千万から1億以上が被害を受けたとされる、文革の最初期の犠牲者であり、この時代の同世代の若者の多くが彼女と同じ様な傷を抱えているのだ。

シャオピンが17歳で入隊を許される人民解放軍の文工団は、軍隊と言っても、文革で長く大学が閉鎖されていた時代にあって、ノリは完全に芸術系学校
多くの団員たちの中で、フィーチャーされるのは主に4人だ。
先ずは本作の語り部であり、原作者のゲリン・ヤンの分身と言えるスイツ。
実質的な主人公と言える、薄倖の少女シャオピン。
彼女の心の支えとなる模範兵フォン。
文革期の人民解放軍では、1962年に殉職した雷峰という兵士を理想の軍人として偶像化する運動が進められていて、フォンは雷峰に例えられるほどの人格者だと思われている。
そのフォンが間違いを犯すことになるのが、歌手のディンディン。
映画の前半は、彼らを軸とする青春あるあるの学園物語(軍隊だけど)の色彩が強い。
しかし、一つの恋の破綻が、文工団に残る者、別の道に向かう者の運命を分け、突然の戦争が全てを変えてゆく。

1979年に勃発した中越戦争は、中国が数で劣るベトナムにボコボコにされて撤退を余儀なくされた戦争だから、人民解放軍が製作に参加した作品で描かれるのは意外。
まあ中国国内的には、一応勝ったことになってるのだが、この戦争もまた毛沢東と文革が色濃く影響しているのが皮肉だ。
70年代のカンボジアでは、毛沢東思想を信奉するポル・ポト派の支配下で、文革をさらにエスカレートさせた様な思想弾圧と大量虐殺が行われたが、ベトナムの侵攻によって政権が崩壊。
子飼いの友好政権を倒され怒り心頭の中国が、“懲罰”と称して主力がカンボジアに展開していて、防備が手薄となっていたベトナム国境に侵攻。
しかし数的には圧倒的に有利なはずが、相手はアメリカ軍をも倒した歴戦の精鋭軍隊で、実戦経験のない人民解放軍は苦戦を重ね、逆に敗走する羽目になってしまう。
この戦争でフォンは片手を失い、シャオピンはPTSDに陥ってしまうが、彼らの世代の若者たちはとことん毛沢東思想に苦しめられるのである。
本作の冒頭カットは文工団の入り口に掲げられた毛沢東の肖像から始まり、決して表立って毛沢東を批判する様な描写は無いのだが、描かれる事象の裏側を読み込むことで、ゲリン・ヤンやフォン・シャオガンらの世代の愛憎入り交じる複雑な想いが見えてくる。

戦争が終わり、文工団も使命を果たしたとして解散し、長い年月が過ぎた高度成長期に、戦争で心と体に傷を負ったものと、そうでないものに大きな格差ができてるのも印象的だ。
フォン監督の代表作である「唐山大地震」は、震災で生き別れになり、別々の人生を生きることになる姉弟を描いているが、物語の発端は本作と同じ1976年。
震災、戦争、文革などの体験を共有し、本物の家族を奪われた人々の擬似的な“家”としての人民解放軍が重要な要素で、生き残った登場人物の一人が隻腕となり、社会が急速に豊かになると、人々の間で生活環境に大きな格差が出来るなど、二つの映画は同じ世界観の表と裏の関係にあると言っても良いだろう。
中国には、文革中の1966年から1968年までの3年間に、中学あるいは高校を卒業予定だった世代を指す「老三届」という言葉があるという。
この世代は学校が実質的に閉鎖された上に、農村に下放されて十分な教育を受けられなかった。
シャオピンは少し下で、おそらくフォンがドンピシャでこの世代だろう。
50年代に生まれ、子供の頃文革を経験し、高度成長期を支え、今徐々に去りつつある彼らは、いわば中国の団塊の世代
文革や戦争など個別の要素は中国特有の歴史だとしても、個人史に寄り添った時点で、どこにでもある普遍性のある物語となり、観終わってジワーっと余韻が広がる。
物質的な豊かさに抵抗する様なエピローグは、今も毛沢東の時代を引きずり、共産主義革命と市場経済という“実験”が続いている中国の、過去へのノスタルジーとジレンマを象徴する様で秀逸だ。
大きな時代のうねりの中で、個人史をじっくりと見つめる視点は、この監督の作品に共通するテイストかも知れない。

中国の酒というと、茅台酒などの強い蒸留酒の印象があるが、若者たちの間ではワインやカクテルなどの飲みやすい酒が人気なんだとか。
これは中国だけではなく、世界的な潮流かも知れないな。
今回は甘酸っぱい青春の味、「アプリコット・クーラー」をチョイス。
アプリコット・ブランデー45ml、レモン・ジュース20ml、グレナデン・シロップ1tspを、シェイクしてグラスに注ぎ、冷やしたソーダで満たす。
フルーティで喉越しスッキリ、アルコール度も低くて飲みやすい、飲み慣れていない新成人向けのカクテルだ。

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