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トイ・ストーリー4・・・・・評価額1800円
2019年07月13日 (土) | 編集 |
内なる声を聞け。

意思を持ったおもちゃたちの世界を描く「トイ・ストーリー」シリーズ、2010年に公開された「トイ・ストーリー3」から9年ぶりとなる新作だ。
第1作からの持ち主だったアンディ少年が成長し、ウッディやバズ・ライトイヤーら必要とされなくなったおもちゃたちは、前作でボニーという新しい持ち主と出会い、再び安住の地を得た。
ピクサー・アニメーション・スタジオには、「オリジナルを上回る“語るべき物語”がある場合以外は続編を作らない」というポリシーがあるという。
愛する持ち主の子供時代の終わりという、おもちゃ生の根源的な葛藤に対するパーフェクトなアンサーと思えたあの作品の先に、何があるのか。
シリーズどころか、ピクサーそのものの生みの親でもあるジョン・ラセターの解雇後の紆余曲折を経て、短編「ジョージとAJ」で監督・脚本、「インサイド・ヘッド」では脚本を務めた、ピクサー生え抜きのジョシュ・クーリーが、圧巻のクオリティで見事な長編監督デビューを飾った。
※核心部分に触れています。

大学生となったアンディから、ボニー・アンダーソン(マデリーン・マックグロウ)の手に渡ったおもちゃたちは、相変わらず楽しい日々を過ごしていた。
しかしウッディ(トム・ハンクス)は最近ボニーに選ばれず、クローゼットの中に取り残されることが多くなっていることに寂しさを感じていた。
そんな時、幼稚園のお試し入園に行くことになったボニーは、工作の時間に先割れスプーンとアイスの棒を使って、フォーキー(トニー・ヘイル)というオリジナルのおもちゃを作る。
不恰好なフォーキーはボニーの一番のお気に入りになるのだが、当のフォーキーは自分をゴミだと思っていて、すぐにゴミ箱に入ろうとする。
ある日、アンダーソン一家がキャンプ旅行に行くことになり、ウッディが目を離した隙にフォーキーがキャンピングカーの窓から身投げしてしまう。
慌てたウッディは、ボニーが目を覚ます前にフォーキーを連れ戻そうと彼の後を追う。
なんとかフォーキーを説得することには成功したが、キャンプ場への途中にあったアンティークショップで、ウッディは遠い昔に別れた、ランプ人形のボー・ピープ(アニー・ポッツ)の電気スタンドを見つける・・・


これはビックリした。
ピクサーの企画力なめてた。
「トイ・ストーリー3」を観た時に、おもちゃモチーフで、これ以上「語るべき物語」のバリエーションは出てこないだろうと思ったが、まさかこんな結末にたどり着くとは。
なるほど、本作が描き出した通り、世界は既成概念と思い込みで出来ているのだなあ。

ボニーが幼稚園で作ったフォーキーは、先割れスプーンの体にカラーモールの手、アイスの棒の足を持つ。
全て使い捨ての素材からできている彼は、自分を無価値なゴミだと思っている。
ちょっと目を離すとゴミ箱に入ってしまうフォーキーに、ウッディは「君はゴミじゃない。おもちゃなんだ」と諭すのだが、そもそもおもちゃも捨てられたり失くされたりしたらゴミ。
おもちゃとゴミを分けるのは、持ち主の子供に愛されているかどうかという、境遇の違いでしかないのである。
消えたフォーキーを探す旅に出て、クローゼットの中で過ごす時間が増えていたウッディの心の中で、それまで感じたことのないアイデンティティの迷いが生まれる。

そして、彼をさらに動揺させるのが、「トイ・ストーリー2」以来20年ぶりの登場となる元カノだったボー・ピープの存在だ。
遠い昔にアンディの妹、モリーから知人男性に譲り渡された彼女は、そこからさらに流浪の日々を重ね、今は人間の子供に所有されるのではなく、「迷子のおもちゃ」の仲間と共に自立して自由に生きているのである。
時には不幸なおもちゃを救い出し、時には子供たちのパーティーに紛れ込んで一緒に遊ぶ。
おもちゃは、特定の子供の持ち物でないと幸せになれないのか?
今まで考えたこともない、新しい生き方をしているボーと再会して、ウッディの心は大きく揺れる。

劇中繰り返される、「内なる声を聞け」という台詞が全てだ。
前作までのシリーズは、基本的におもちゃと持ち主の子供の関係で物語が語られていた。
おもちゃたちは誰が持ち主の一番のお気に入りなのかと競い、いつか飽きられて捨てられてしまう未来を恐れ、持ち主を幸せにすることを唯一の目標にする。
まあ第1作に登場した、破壊大好きっ子のシドみたいな天敵も存在するが、基本的に子供に愛されることが、イコールおもちゃたちにとっての正しい生き方とされてきた。
ところが、本作で問われているのは、おもちゃ自身の生き方の問題なのだ。

登場するキャラクターたちが体現する、いくつものおもちゃ生の悲喜こもごも。
アンティークショップで、長い間放置されている少女人形のギャビー・ギャビーは、不良品として生まれ、一度も誰からも愛されたことのない、空虚なおもちゃ生を過ごしている。
彼女は自分が不良品でなくなれば、子供に愛してもらえていると信じていて、そのために同じ発声機能を持つウッディから正常なパーツを奪い取ろうとするのだ。
でも、それは結局は子供の気分に左右される受け身のおもちゃ生
ギャビー・ギャビーも、最後には自らの意思で重大な決断をすることで、幸せを掴む。

おもちゃの幸せは、必ずしも人間に左右されない。
これはウッディにとって目から鱗であるのと同時に、作品としても世界観の大転換だ。
第1作以来、「トイ・ストーリー」は、「もしもおもちゃに意思があったら」という「IF」の世界だった。
おもちゃはあくまでもおもちゃであって、だから「おもちゃはこうあるべき」というベースの部分は普遍。
だが、本作の世界ではもはや「IF」のくくりは取れ、「おもちゃという一つの生き物」として存在している。
ウッディは序盤ではシリーズの過去の世界観に縛られているが、「もはや世界にそんなくくりは無くなっているんだよ、それは単なる既成概念と思い込みじゃないの?」という問いに葛藤してゆくのが、ここで描かれる物語なのだ。
本作がウッディとボーの、結構本格的なラブストーリーになっているのも、おもちゃという存在の意味付けが変わっているから出来ること。

「トイ・ストーリー4」がやっているのは、ある意味過去のシリーズで描いた価値観の、創造的破壊である。
もちろん、ここに至るシリーズの長い歴史があって初めて可能になったことだが、本作の賛否が意外と割れている理由も、この世界観の変化を受け入れられるかどうかだと思う。
「これじゃもう、おもちゃの話じゃないじゃん」という見方が出てくるのは、当然理解出来る。
しかし、ウッディは1950年代に作られたアンティークのおもちゃなのだ。
人間の子供に、最大限の愛情とロイヤリティを注ぎ続けて60年を超える、還暦を過ぎたおじいちゃんなのである。
おもちゃだから歳が分からないけど、相方のバズ・ライトイヤーはずっと若い。
もうウッディの肩の荷を下ろして、「仕事」から解放してあげてもいい頃だ。
24年間にわたって、彼と付き合ってきたピクサーのクリエイターたちも、そう思ったのではないか。
「誰かのおもちゃ」としての役割を終え「迷子のおもちゃ」という道を選んだウッディが、今度はボーと共に、新しいおもちゃたちが子供たちの元へと届くようにサポートをしているのも感慨深い。
本作は、いわば人間社会の生き方の多様性を、おもちゃの世界で比喩した作品で、その意味で非常に現在的で、過去のシリーズとはまた違った視点を持つ、「語るべき物語」となっている。
私はいい意味で予想を完全に裏切られたし、20年以上続いているシリーズなのに、マネリズムの付け入る隙もない作り手のスタンスに、もう脱帽するしかないと思った。

今回バズは脇役に徹しているが、ウッディの旅立ちの背中を押す、彼の友情にも涙。
ピクサー作品としては珍しく短編のオマケが付かないが、これ一作だけで充分以上にお腹いっぱいだった。
アンティークショップに隠れているおもちゃたちの中に、ピクサーの第1作であり、「トイ・ストーリー」の原型となった短編映画「ティン・トイ」の主人公がいたり、クライマックスで大活躍するカナダのスタントトイのデューク・カブーン役を、カナダ人のキアヌ・リーブスがノリノリで演じていたり、細かいところまで遊び心が満載だ。
エンドクレジット後のカンパニーロゴまでお見逃しなく。
はたして、「トイ・ストーリー5」はあるのだろうか。

ウッディとボーの未来を祝して、今回はモエ・エ・シャンドンの「ロゼ・アンペリアル」をチョイス。
ピノノワール、ピノムニエ、シャルドネが作り出す、透明感のあるピンクは華やかな気分を誘う。
喉ごしは柔らかくシルクの様で、フルーティで野いちごやりんごの様な豊かな果実香は、夏野菜や肉料理との相性が抜群。

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