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ドラゴンクエスト ユア・ストーリー・・・・・評価額1650円
2019年08月05日 (月) | 編集 |
本当の主人公は誰?

30年以上の歴史を持つ和製RPGの金字塔、「ドラゴンクエスト」初の映画化。
スーパーファミコン時代の「ドラゴンクエストⅤ 天空の花嫁」を原作として、三世代にわたる冒険の物語を、「STAND BY ME ドラえもん」を大ヒットさせたチームが描く・・・のだけど、こりゃビックリだ。
山崎貴って、こんなクセの強い作家だったっけ?
公開中の「アルキメデスの大戦」に続いて、想像の斜め上をゆく衝撃のネタバレ厳禁作品だ。
誰もが知る超メジャーなゲームの映画化、しかも生みの親である堀井雄二も監修に付いている状態で、ここまで挑戦的な作りで来るとは。
おそらく今年一番、賛否が分かれる作品だろうが、とりあえずネタバレ食らう前に観ちゃった方がいい作品なのは間違いない。
✳︎観る前には読まないで!

少年リュカ(佐藤健)は父のパパス(山田孝之)と共に、宿敵ゲマ(吉田鋼太郎)に連れ去られた母マーサ(賀来千香子)を探す旅を続けている。
ゲマは魔王ミルドラースを復活させるために、魔界の扉を開ける呪文を知る天空人のマーサが必要だったのだ。
ところがゲマの策略にかかり、パパスは殺され、リュカとラインハットのヘンリー王子(坂口健太郎)は誘拐され、奴隷として働かされる。
10年後、なんとか脱出に成功した二人だったが、リュカは父の遺志を継ぎ「天空の剣」と剣を扱える「天空の勇者」を探す旅に出る。
天空の剣を持つという大富豪のルドマンの元を訪ねたリュカは、ひょんなことから街を襲う怪物ブオーン(古田新太)と戦う羽目になり、幼馴染のビアンカ(有村架純)の加勢もあり見事に勝利。
ブオーンを倒したものは、ルドマンの娘のフローラ(波瑠)と結婚できることになっていたのだが、占いババの薬を飲んだリュカは、自分が本当に恋しているのがビアンカであることを知ってしまう・・・


冒頭、ゲーム版ドラクエ風ビジュアルで、リュカの子供時代と主要キャラクターの相関がざっくりと説明される。
実質的な物語は、リュカとパパスがラインハットを訪ね、ゲマの罠によってパパスが殺されるあたりからスタートし、以降ゲームの展開をそのまま映画に当てはめた様な、超駆け足なペースで展開する。
面白いことは面白いが、キャラクターの心情変化のプロセスがすっ飛ばされていて、普通の映画としてはかなりアンバランスな作り。
しかし、それもこれも全ては計算済みだったのだ。

その瞬間はクライマックスの最中、突然やってくる。
この世界のルールを全て無視し、姿を現したミルドラースによって、世界は単なるゲームで、主人公のリュカも誰かがプレイしているアバターに過ぎないことが明かされる。
近未来、「ドラゴンクエスト」は、プレイヤー自身の記憶を一時キャンセルし、本物の冒険として感じられる体験型VRゲームへと進化。
ミルドラースの正体は、ゲームを破壊するウィルスという訳だが、まさかこの超メジャータイトルで、トリッキーなメタ構造をやってくるとは思わなかった。
いや、本当によく許されたものだよ。

たぶん、意識しているのは同じような構造を持つ「LEGO ムービー」だと思う。
物理的に存在するおもちゃと、データとしてしか存在しないゲームという違いはあるが、現実と虚構のインタラクティブ性を前提としているところなどはよく似ている。
本作の現実世界のシーンがもし実写で描かれていれば、より類似性が強まっただろう。

ただ、これは非常に危うい。
「LEGO ムービー」の現実と虚構は、創造主と創造物の関係で、神様である人間の影響を受けながらも、レゴ世界は独立して存在している前提だった。
人間の気まぐれに翻弄されながらも、レゴはレゴとしての現実を生きる。
一方、本作ではゲームの世界はあくまでもゲームであり、虚構は虚構のままで、創造主は作品の外にいるのだ。
この突き放したスタンスは、思い入れの強いゲームプレイヤーからは、創造主目線でドラクエを利用していると受け止められる可能性が高いと思う。
逆に、私のようにゲーム版にそれほどの思い入れが無い観客は、それほど違和感を感じず受け入れられるだろう。

ゲームのストーリーをそのまま忠実に映画化したら、それなりに面白い映画にはなるだろうことは、クライマックスに至るまでの本作が証明している。
しかしながら、それではオリジナルのゲームには絶対に勝てない
山崎貴をはじめとする本作の作り手たちは、そもそもゲームとは何か?という部分から出発し、彼らなりの虚構の意味を描いている。
万人がそれなりに楽しめる、ゲームのダイジェスト版を作ろうとする気はさらさら無く、あくまでも題材として扱いながら、未見性の強い面白い映画を目指しているのである。
今年は、和製RPGのもう一方の雄である「ファイナルファンタジー」も、「劇場版 ファイナルファンタジーXIV 光のお父さん」として映画のモチーフとなったが、あちらが現実世界からゲームを描いたのに対し、こちらは逆にゲームから現実にアプローチしてるのが面白い。

64年生まれの山崎貴にとって、この映画のミルドラースの言動は70年代のアーケードゲームブームの時代に噴出したゲーム害悪論がベースになっているのではないだろうか。
国民が総ゲームプレイヤーと化した今では信じられないけど、ゲームが不良を作り出すという偏見が公然と語られていた時代があった。
終盤、ミルドラースは敗北を認めないリュカに対して「大人になれ」と言い放つ。
これは奇しくも、「天気の子」で小栗旬演じるフリーライターが、最後までヒロインを救うことを諦めない主人公に言う台詞と同じで文脈も同じ。
あの映画では狂ってしまった「世界」で生き続けるためには、「セカイ」が必要だというのが結論だった。
対して本作では、ゲームをくだらないものとして、「大人になれ」というミルドラースに対して、現実と虚構は対立するものではなく、現実を生きるためには時として虚構が必要だという「レディ・プレイヤー1」と同じテーマが導き出される。
虚構の冒険は途中で現実に負けてはならず、物語の中で貫徹されることで、現実を変える力を持つのだ。

本作はたぶん、誰に感情移入するかによって、賛否がハッキリ分かれる。
物語のリュカに対してか、それともリュカをプレイしている、現実のプレイヤーに対して感情移入するのか。
サブタイトルの「ユア・ストーリー」は、明確に後者を指している。
世界観の謎が明かされた時、どちらの主人公に自分を感じるかで本作は真逆の顔を見せるだろう。
プレイヤーにとって、ゲームはもう一つの現実であり、何よりも大切なもの。
だからこの映画の結論は、虚構を楽しむ人たち全般に対する深い愛情を感じさせるものなのだけど、「ドラゴンクエスト」というタイトルを心から愛するコアプレイヤーからは、名作を意図的に「One of them」として利用したと思われてしまうのかも知れない。
「年間ワーストだ!」という人も多いだろうが、私は本作の挑戦的なスタンスを積極的に肯定したいと思う。

「ドラゴンクエスト」には、様々な妖精やモンスターが登場するが、なぜかファンタジーの定番キャラクターのゴブリンはいない。
なので、今回はドラクエ世界にもゴブリンをということで「ホブゴブリン」をチョイス。
作っているウィッチウッド・ブリュワリーは、オックスフォード州ウィットニーの森の中にあり、社名の通りホブゴブリンの他にゴライアスなど銘柄が全てファンタジー繋がり。
フルボディのダークエールは、チョコレートモルトの甘い香りと適度な苦味が特徴で、この映画とは違って強いクセがなく飲みやすい。

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