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1917 命をかけた伝令・・・・・評価額1750円
2020年02月16日 (日) | 編集 |
生きて、救うために。

第一次世界大戦の西部戦線を舞台に、ドイツ軍の罠に誘い込まれたイギリス軍兵士1600人の命を救うため、二人の兵士が伝令として走る。
タイムリミットはたったの一日。
兵士たちがひしめき合う塹壕から、遮るものの無い危険なノーマンズランドへ。
無名の人々が生きて死んでゆく戦場で、若い兵士は何を見て何を感じ、何処へ行き着くのか。
ジョージ・マッケイ、ディーン・チャールズ=チャップマンという若手俳優が二人の伝令兵を好演。
サム・メンデス監督が初めて脚本を兼任し、「レボリューショナリー・ロード 燃え尽きるまで」「007 スカイフォール」などでタッグを組んだ名撮影監督、ロジャー・ディーキンスが全編をワンショット風の映像で仕上げ、二度目のオスカーを獲得した話題作だ。
※以下、ラストおよび核心部分に触れています。

1917年4月6日、西部戦線。
木陰でまどろんでいたイギリス軍兵士のスコフィールド(ジョージ・マッケイ)とブレイク(ディーン=チャールズ・チャップマン)に、エリンモア将軍(コリン・ファース)から伝令として最前線の部隊に向かい、攻撃中止を伝えよという命令が下る。
ここ数日の間、イギリス軍と対峙していたドイツ軍が撤退をはじめ、マッケンジー大佐(ベネディクト・カンバーバッチ)率いるデヴォンシャー連隊第二大隊の1600人が追撃していたが、航空偵察によりドイツ軍の行動はこちらを油断させて誘い込むために入念に準備された罠であることが判明。
第二大隊の行く手には、精鋭の砲兵隊の火力が集中していて、攻撃を敢行すれば全滅は必至。
電話線も切断されたため前線とは連絡がとれず、1600人の命を救うためには二人が明朝までに攻撃中止命令を届けるしかない。
しかし、クロワジルの森に布陣する第二大隊にたどり着くためには、ノーマンズランドを超え、ドイツ軍が残っているエクーストの街を突破する必要がある。
白昼の行動は危険だと考えたスコフィールドは夜を待とうと言うが、第二大隊に兄が所属しているブレイクは出発を強行する・・・・


この映画は、少年時代のサム・メンデス監督が、作家で第一次世界大戦時には兵士だった祖父のアルフレッド・H・メンデスから聞いた戦争体験をもとに、多くの兵士たちの証言を集めて構成したと言う。
ピーター・ジャクソンが、やはり英軍兵士だった祖父に捧げたドキュメンタリー映画、「彼らは生きていた」と企画の出発点は同じだということだ。
ジャクソンは英国戦争博物館に所蔵されていた膨大な記録映像を丹念にデジタル修復・カラー化し、兵士たちの音声証言と組み合わせることで、100年前の人々を鮮やかに蘇らせた。
音声証言は声の主の名前や階級を示されず、映像もいつどこで撮られたものかは明示されないが、あえて「個」を消すことによって、現在の観客は映画に写っているのが自分たちの祖父や曽祖父だったかもしれない、確かに存在していた人々であることを認識するのである。
対して本作は史実にインスパイアされているとは言え、完全なる劇映画。
メンデスは、最大の特徴であるワンショット風の映像によって、この世の地獄を駆け抜ける兵士に寄り添い、観客を100年前の戦場へと誘う。

ワンショットの長回しというのは、いつの時代も映画作家の挑戦心を揺さぶるらしく、特にフィルム尺の制約が無くなった21世紀に入ってからは全編ワンショットを売りにした作品が定期的に出てくる。
また全編とは言わずとも、例えば冒頭8分のPOVワンショットが度肝を抜いた「悪女/AKUJO」や20分に渡って悪夢の宇宙事故を体験させる「ゼロ・グラビティ」など、要所で挑戦的な長回しを駆使した作品も増えた。
ヒッチコックが「ロープ」を作った時代との違いは、カメラワークの自由度が劇的に増したことと、デジタル技術の進化によって実際には編集していても、ほぼシームレスに見せることが可能となったこと。
本作もカメラは俳優の周りを縦横無尽に動き回り、一瞬の暗転や硝煙、画面を横切る様々なオブジェクトなどで上手く映像を継いでいるのだが、よっぽどの技術オタクでなければ編集点を意識することはあるまい。
メンデスは前作の「007 スペクター」の冒頭で、約4分に渡るワンショット映像にトライしていたので、この時の経験と手応えが本作に応用されているのは間違いないだろう。

とは言え、いかに凄い技術であっても、手法に意味がなければ単なる自己満足。
記憶に新しいところでは、アレハンドロ・G・イニャリトゥが「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」で全編ワンショットをやっていたが、あの映画ではマイケル・キートン演じる主人公の心の中で、虚構と現実が渾然一体となっていることを表現するための工夫だった。
本作の場合は、編集を意識させないことによって、観客をスコフィールドとブレイクと行動を共にする“第三の伝令”として映画に巻き込むためのもの。
しかしPOV的主観表現は意図的に避けられていて適度な客観性を保持し、生々しいドキュメンタリータッチとは異なる。
あくまでも臨場感を高めるための手法であって、何がなんでもワンショットというほどには拘ってはいないのである。
実際中盤には時間経過を作るための長めの暗転があるし、水に落ちたついでにロケーションをワープさせてるところもある。

本作が特徴的なのは、むしろ劇映画としての凝ったストーリーとテリングのコンビネーション。
塹壕から始まる冒険は、ノーマンズランドを超え、一見してのどかな農場から敵の姿の見えない市街戦、そして死を覚悟した兵士たちが200年前のアメリカで生まれた民謡「I AM A POOR WAYFARING STRANGER」に耳を傾けるクロワジルの森へ。
人生は苦難の中を彷徨うようなものだが最後には父と母が神と共に天国で待っている、というこの場の兵士たちの想いそのもののような歌詞が印象的だ。
第一次世界大戦の全てのステージを駆け抜ける旅は、まるでビデオゲームの様な構造を持つ。
英軍の物よりずっと立派なドイツ軍の迷宮のような塹壕、誰と誰が戦っているのか分からないカオスの市街戦といった、クリアしなければいけないステージは極めて劇的に作り込まれている。
炎上する街から激流の水への転換、死と再生をイメージさせるチェリーの花吹雪、冒頭の茶色の塹壕からクライマックスの白日夢の様な白い塹壕といった伏線と回収を繰り返すテリングの象徴性は、キューブリックからマリック、タルコフスキーまで、観る者の映画的記憶を刺激する。

この映画でユニークなのは、途中で主人公が入れ替わること。
最初に物語を主導するのは、兄を救いたいという強い動機があったブレイクだ。
対して100万人以上が死傷した最悪の戦場、ソンムの戦いを経験しているスコフィールドは消極的だが、それぞれのステージで次々に試練が降りかかることで変化してゆく。
まずは塹壕の迷宮で自分を救ってくれたブレイクが、その優しさと善意ゆえに戦死すると、主人公のポジションにスライドイン。
別の部隊のトラックに拾われある程度の距離を稼ぐが、再び孤立すると廃墟となったエクーストで、誰の子か分からない赤ん坊を育てる若い女性に救われる。
ブレイクの死で彼の責任を背負ったスコフィールドは、赤ん坊と女性という命の象徴と出会うことで更なる後押しを受け、クライマックスの白の塹壕では目の前の全ての命を救うため、自らの危険も顧みず砲弾の雨の中全力疾走するのである。

映画のラストは、オープニングのミラーイメージとなる様に作られている。
冒頭でスコフィールドが木にもたれてまどろんでいると、傍に寝転んでいたブレイクが司令部から呼び出しを受け、スコフィールドに手を伸ばし、彼を相棒に選ぶ。
しかしラストでは、任務を果たしたスコフィールドが同じ様に木陰に座りこんでも、そこにはもうブレイクはいない。
生者と死者の道は別たれ、スコフィールドはこの世界の無常を感じながら、生きていることをしみじみと実感する。
そしてこれは100年後の未来を生きるサム・メンデスから、祖父を含むこの世代の人々に対するレクイエムであるのと同時に、「生きて、命を繋いでくれてありがとう」というメッセージ。
実は「彼らは生きていた」にも同じ感慨を抱いたのだが、両作品の一番の共通点は描かれている対象への距離感だろう。
自らのルーツとなった肉親の物語という成り立ちが、それぞれの映画を静かに情熱的なものにしている様に思う。
祖父たちが命をかけた戦争そのものに対して、政治的な意味を与えていないのも共通だ。
戦争はどこまでも追求しても最後は虚無なのである。

ところで、第一次世界大戦がモチーフで伝令を描いた作品といえば、ピーター・ウィアー監督が1981年に発表した「誓い」がある。
実は本作の予告編をはじめて観た時は、てっきりこの映画のリメイクなのかと思った。
1915年のガリポリの戦いに投入されたオーストラリア・ニュージーランド連合軍、アンザック軍団に配属された二人の兵士の物語で、親友の所属する部隊の無謀な突撃を中止させるために疾走する伝令兵を、若き日のメル・ギブソンが演じた。
この映画の中で、主人公の二人が入隊志願のためにパースに向かう途中、砂漠の中で戦争が起こっていることを知らない初老の男と出会うシーンがある。
「なぜ戦争になった?」と聞く男に、二人は「ちゃんとは知らないけど、ドイツ人のせいだ」と答える。
しかもアンザック軍団の向かう先がドイツではなく(ドイツの同盟国)トルコだと聞かされると、男は「ますます俺たちと何の関係があるのか分からない」と言うのである。
若者たちは自分がなぜ戦うのか理由も知らず、為政者の作り出す愛国の熱狂のうちに戦場に駆り出され、命を落とす。
本作や「彼らは生きていた」と同じテーマを39年前に描いていた傑作で、観たことのない方はこの機会に鑑賞することを是非ともオススメしたい。

今回は英軍兵士の物語なので、300年以上の歴史を持つスコッチの定番「ザ・マッカラン 18年」をチョイス。
厳選されたシェリー樽で最低18年熟成されたスコッチは、マホガニーを思わせる色合いも美しい。
この18年あたりからグッと深みを増す、複雑なアフターテイストを楽しめる。
しかしジャパニーズ・ウィスキーほどじゃないけど、マッカランもだいぶ高騰してしまったな。
庶民は本当にチビチビとしか飲めなくなった。

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