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酒を呑んで映画を観る時間が一番幸せ・・・と思うので、酒と映画をテーマに日記を書いていきます。 映画の評価額は幾らまでなら納得して出せるかで、レイトショー価格1200円から+-が基準で、1800円が満点です。ネット配信オンリーの作品は★5つが満点。
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ナイチンゲール・・・・・評価額1700円
2020年03月29日 (日) | 編集 |
“わたし”を取り戻す。

イギリスからの植民者と先住民族との、いつ始まったとも、いつ果てるとも知れない戦争、ブラック・ウォーが続くタスマニア島を舞台に、アイルランド人流刑囚の女性の復讐を描く歴史劇。
権力を振りかざすイギリス軍将校に夫の目の前で犯され、家族を殺された主人公は、先住民族の男を雇い、北部の街へ向かった将校たちを追って、危険な密林に分け入ってゆく。
監督・脚本は一冊の絵本から始まる恐怖を描く異色の育児ホラー、「ババドック 暗闇の魔物」で注目を集めたジェニファー・ケント。
アイルランド系イタリア人のアイスリング・フランシオシが、主人公のクレアを熱演。
彼女に協力する先住民族のビリーを、ダンスパフォーマンスグループ、ジュキマラのメンバーでこれが映画初出演となるバイカリ・ガナンバル、冷酷なイギリス軍将校のホーキンスを、「スノーホワイト」などで知られるサム・フランクリンが演じる。
緑の地獄を心象映像として捉えた、ラデック・ラドチュックのカメラが素晴らしい。

19世紀前半、ブラック・ウォー下のタスマニア島。
アイルランド人流刑囚のクレア・キャロル(アイスリング・フランシオシ)は、ホーキンス(サム・フランクリン)が率いるイギリス軍部隊に奉仕していた。
彼女は仮放免の推薦状を描いて欲しいとホーキンスに頼んでいたのだが、なしのつぶて。
それどころか、自室にクレアを招き入れると問答無用でレイプする。
折しもホーキンスが昇進するに相応しいかを見極めるため、査察官が駐屯地を訪れていたが、彼の素行を見て昇進は取り止めとなる。
激怒したホーキンスは、昇進を直訴するために、密林を抜け北部のローンセストンへと向かう。
その道すがら、クレアが夫と娘と共に逃げようとしていることを知ったホーキンスは、彼女の家へ押し入り、家族の目の前で再び犯し、夫とまだ乳飲み子だった娘を殺す。
一人生き残ったクレアは、復讐を決意し密林をよく知る先住民族の青年ビリー(バイカリ・ガナンバル)を案内人として雇い、ホーキンスらの後を追うのだが・・・・

主人公クレアを襲うあまりにも残酷で暴力に満ちた運命に、思わず目を逸らせたくなる。
この映画で描かれているのは、クレアに対する理不尽極まりない性暴力。
そして、先住民族に対する人を人とも思わぬ民族浄化の大虐殺だ。
凄惨な暴力をストレートに描いているので拒否反応を示す人もいるだろうが、クレアの痛みと描かんとすることは真摯に伝わってくる。

オーストラリア大陸の南端に浮かぶ北海道より少し小さい島、19世紀当時はヴァン・ディーメンズ・ランドと呼ばれていたタスマニア島へ人類が到達したのはおよそ4万年前。
その後、海面上昇によって紀元前6千年頃に大陸本土から切り離され、本土とは異なる言語・文化を持つアボリジナル・タスマニアンズの諸部族が成立する。
その人口は最盛期には2万とも言われるが、19世紀初頭にイギリスによる本格的な植民地建設が始まると、彼らは駆逐すべき邪魔者として民族浄化の対象となり、ブラック・ウォーと呼ばれる植民者・イギリス軍との戦争と、ヨーロッパから持ち込まれた疫病によって急速に減少してゆく。
本作が描いているのは、そんな時代のタスマニア島の物語なのである。

家族を殺された女性が、荒野に分け入って仇を討つという話型は、典型的な西部劇の復讐もののパターンだ。
加えて、主人公が性暴力の犠牲者となっているなど、歴史的なミソジニーの不条理を告発する要素が強く、全体のイメージは「トゥルー・グリッド」+「ブリムストーン」という感じ。
しかし復讐劇の舞台となるのは西部劇の荒野とは違い、タスマニアの密林である。
むせ返るような緑の地獄を彷徨い、辛すぎるトラウマによって押しつぶされそうになる心理劇は、塚本晋也監督の傑作「野火」、あるいはアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥの「レヴェナント:蘇えりし者」を思い出した。

クレアのアイデンティティが本作のポイントだ。
彼女の母国アイルランドは、1801年にイギリスに併合され、事実上の植民地となる。
貧しい農業国だったアイルランドは、イギリスの資本によって食料基地として収奪され、貧しさに耐えかねた人々は盗みを犯し、今度は流刑囚となり更なる植民地建設の労働力としてオーストラリアに送られる。
当時タスマニア島に振り分けられた6万7千人の流刑囚の内、およそ1万5千人がアイルランド人であったという。
大英帝国内では被差別階層であったアイルランド人で、ミソジニー社会の戦時下の植民地に生きる女性、さらには生殺与奪の権利を軍に奪われた流刑囚という立場。
クレアは三重苦とも言うべき、いくつもの弱みを抱えているのである。
正義の存在しない世界で、最愛の夫と娘を奪われても、流刑囚の女性の言うことなど誰も信じてくれない。
彼女の複雑に閉塞した心象を表現するため、ラデック・ラドチュックのカメラは雄大な自然を狭いスタンダードのアスペクト比で切り取る。
憎い仇を追って鬱蒼とした緑の地獄を彷徨うクレアは、トラウマが見せる死者の幻影にも悩まされ、心身ともにボロボロに疲弊して行くのだ。

土地勘のない密林で行動するために雇われ、クレアのバディとなるビリーも、イギリス軍に部族ごと滅ぼされて天涯孤独の身。
白人は等しく自分たちの天敵だが、英語を自在に使いこなし、白人のために働くジレンマ。
当初クレアは、イギリス軍との面倒を嫌うビリーを雇うため「従軍中の夫に会うため」と事実関係を偽る。
最初は単に金で繋がったよそよそしい二人の関係は、ビリーがクレアの本当の目的を知り、アイルランド人とイギリス人の間にある対立と、お互いの中にある支配と抑圧の歴史を理解することで、少しづつ変わってゆく。
同じ様に見える白人でも、クレアはビリーと同じくイギリスに支配された植民地の被差別民族で、彼女の中にある痛みは、ビリーの中に燻っている葛藤と同じ種類のものなのだ。
民族も性別も違う二人は、抑圧への怒りの感情によって同志となり、やがてより深い絆で結ばれる。

だが、この物語にハリウッド映画の様な痛快さや娯楽性は一切無い。
後戻りできない二人の復讐劇には、未来も希望もないことは最初から分かっているからだ。
半世紀以上に及ぶイギリスの熾烈な民族浄化の結果、純血のアボリジナル・タスマニアンズは1876年に絶滅した。
そして、いかに理不尽な理由があろうとも、流刑囚の女性がイギリス軍の将校を殺せばただですむ訳が無い。
本作では暴力の連鎖という愚行を、悠久の大自然と対比することで物語を落とし込む。
救いのない復讐を遂げた後、クレアとビリーは人間の愛憎などとは全く無関係に存在し続けている、この惑星の最も美しい瞬間と立ち会うのである。
タイトルの「ナイチンゲール」とは、歌の上手いクレアのあだ名でサヨナキドリのこと。
自らの手を血で汚し、恨みを果たしたとしても、本当に欲しかったものは永遠に手に入らない。
そのことを心の底から感じたクレアは、悠久の大自然の前で「わたしは願い続けている 愛する人にまた会いたい」と切なく歌い上げるしかないのである。
人間の世界で、誰にも支配されずに生きることがいかに難しいか。
オーストラリアの血塗られた歴史を背景に、どうしようもなく弱く愚かな人間たちの悲劇を通し、逆説的にこの世界に必要な愛や寛容、優しさを描く秀作である。

今回は、タスマニアの大自然が作り出したウィスキー、「ヘリヤーズ・ロード ピノ・ノワール フィニッシュ」をチョイス。
まだまだ知名度は低いが、タスマニアは水資源が豊富で中小の蒸留所がいつくも作られている。
ヘリヤーズ・ロードは1999年に創業した蒸溜所で、牛乳メーカーの子会社として設立されたという変わり種。
ピノ・ノワール フィニッシュは、タスマニア産ピノ・ノワール ワインの樽を取り寄せ、シングルモルトの熟成の最後の半年間に使用したもの。
チョコレートを思わせる円やかな甘みと、複雑な果実香を楽しめるユニークな一本。

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ショートレビュー「ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY・・・・・評価額1600円」
2020年03月26日 (木) | 編集 |
アタシの価値はアタシが決める。

いやー楽しい!最高にウェ~イなパリピ映画だった。
DCコミックのヴィランズ大集合映画「スーサイド・スクワット」の中で、ダントツに目立っていたスーパーヴィラン、ハーレイ・クインことハーリーン・クインゼルを主人公とした作品。
コロナ騒動でハリウッドのエンタメ大作が軒並み公開延期となる中、本作の日本公開が予定通りだったのは本国公開を二月に終えていたからだろう。
そもそもキャラクターの知名度の低い日本では、それほど期待されていなかったのも大きいかも知れないが、結果オーライ。
世間の自粛ムードを跳ね飛ばす、パワフルな快作である。
「バンブルビー」のクリスティーナ・ホドソンが脚本を担当し、これが長編2作目となるキャシー・ヤンが監督に抜擢された。

「スーサイド・スクワット」からの直接の続きものだが、ストーリー的には独立しているので、マーゴット・ロービー演じるハーレイが、愛しのプリンちゃんことジョーカーと恋仲にあったことだけ押さえておけば問題ない。
彼女がジョーカーに振られた途端、ここぞとばかりに恨みを募らせた悪漢たちが彼女を殺そうと大挙して襲撃してくる。
ユアン・マクレガー演じるサイコなおぼっちゃまヴィラン、ブラックマスクもその一人。
待ってましたと襲ってくる男たちもセコイんだけど、自分は男たちから恐れられておらず、あくまでもジョーカーの彼女だから、一目置かれていたという現実を思い知らされたハーレイが、自らも悪のカリスマであることを証明するフェミニズム活劇だ。

執拗に現れる暗殺者から逃げ回っていたある日、カサンドラ・ケインと名乗るスリの少女と出会ったハーレイは、成り行きで彼女をブラックマスクから守ることになる。
カサンドラは、殺されたマフィア一家の隠し財産の場所が刻まれたダイヤを、偶然ブラックマスクの手下から奪ってしまったのだ。
物量で襲ってくる敵と戦うため、ハーレイはゴッサムシティの悪を追う刑事のレニー・モントーヤ、クロスボウの暗殺者ハントレス、そしてブラックマスクの経営するバーの歌姫、ブラックキャナリーことダナ・ランスらと手を組む。

凡作だった「スーサイド・スクワッド」と違うのは、悪人がちゃんと悪人していること。
ハーレイも、プリンちゃんとの思い出の化学工場大爆破から始まって、色々悪事をしながらも、ギリギリ許せる峰不二子的なラインに上手く設定されている。
しかも全体を通すと、彼女にとっての成長物語も正攻法で描かれているという。
本作のタイトルにもなっている“Birds of Prey(猛禽類)”とは、のちにブラックキャナリーらによって作られる女性のヒーローチームのことだが、ハーレイも彼女と手を組む女たちも、本作のストーリーを通してそれぞれ男に支配されている立場から脱却する。
ハーレイは強烈すぎるプリンちゃんの陰から、モントーヤは手柄を奪う忌々しい上司から、ハントレスは家族を殺した男たちを葬り、ブラックキャナリーはブラックマスクへの従属を脱する。
彼女たちの変化のきっかけになるのが子供で、少年漫画的な友情というよりお互いの境遇への共感によって共闘するのがイイ。

物語はハーレイの今までを紹介するポップなアニメーションで始まり、序盤こそ「アタシ心理学の博士号持ってるし〜」とばかりに結構相手を出し抜いてたハーレイも、クライマックスの決戦ではヴィランらしいパワープレイ。
パーティークラッカーみたいにキラキラが飛び散るゴム弾とか、びっくりハウスのアクロバティックな集団戦とか、アクションもキレッキレでカラフル。
ハーレイがいわゆる第四の壁を超え観客に語りかけ、時間軸が変幻自在のテリングのテンポも気持ちがいい。
ブラックキャナリーの必殺技は、アレできるなら最初から出せよ!と突っ込みたくなるが、コロナ禍の陰鬱とした気分を、思いっきりアゲてくれるエンタメ快作だ。

今回はクレイジーな人々の映画にふさわしい、ちょっと変わった味わいの「ブラッディ・シーザー」をチョイス。
ウォッカ40ml、クラマト160mlプラスアルファ。
基本はブラッディ・メアリーのレシピをベースに、トマトジュースをカナダ産のクラマトという蛤のエキス入りの物に変えたものなのだが、お好みで色々な素材を入れてもOK。
レモン・ジュースやタバスコ、クレイジーソルト、ウスターソース、ブラックペッパーなどが人気。
最後に葉つきセロリのスティックを飾って完成。
蛤の出汁の効いたカクテルはなんとなくトマトスープっぽく、このカクテルもブラッディ・メアリーとは全くの別物。
もともとカナダのイタリアンレストランのために作られたレシピだが、もちろんハーレイが大好きなエッグ・サンドウィッチにもよく合う。

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2010年代ベスト10
2020年03月22日 (日) | 編集 |
映画ブログ「自主映画制作工房Stud!o Yunfat 改め ALIQOUI film 映評のページ」の管理人で映画作家でもあるしんさんが、10年前の「ゼロ年代ベスト10」に続き、映画ブロガーによる「2010年代ベスト10」という企画を集計・発表された。
前回は37名が参加していたが、映画ブログ自体が減ってしまったこともあってか、今回は23名が参加したそう。
全体のベスト10は、非常に細かな分析表もついた大労作でとても興味深いので、ぜひリンク先を読んでいただきたい。
こちらには、私の投票した10年代ベスト10を置いておく。


【10年代 日本映画ベストテン】
1位『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』
2位『かぐや姫の物語』
3位『おおかみこどもの雨と雪』
4位『この空の花 長岡花火物語』
5位『桐島、部活やめるってよ』
6位『シン・ゴジラ』
7位『告白』
8位『万引き家族』
9位『君の名は。』
10位『リップヴァンウィンクルの花嫁』『リズと青い鳥』

【コメント】
10年代は日本アニメーション界で大きな地殻変動が起き、新世代と共にアニメーション表現の可能性が新たな段階に入ったディケイドだったと思う。その頂点として、「この世界の片隅に」を内包する「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」がある。ベスト10はやはり映像表現として、鮮烈な印象を残した作品を選んだ。10位が二本になっちゃったのはどうしても選べなかったので。ごめんなさい。ディケイドベストということで、どうしても中堅以上の作家中心になってしまったが、山田尚子の若さは日本映画の希望。
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日本映画10年代ベスト監督
 『片渕須直』(3 点)
 『是枝裕和』(2 点)
 『大林宣彦』(1 点)

日本映画10年代ベスト女優
 『のん』(2 点)
 『安藤さくら』(2 点)
 『広瀬すず』(2点)

日本映画10年代ベスト男優
 『役所広司』(2 点)
 『福山雅治』(2 点)
 『神木隆之介』(2 点)

【コメント】
監督1位は文句なし。是枝監督はこの10年コンスタントにハイクオリティな作品を作り続け、大林監督は何歳になっても常に驚かせてくれる。
俳優部門では、共に是枝作品で評価を高めた福山雅治と広瀬すずは、役者としてのタイプがちょっと似ている。共に本人のキャラクターが強いのだが、受けの度量が大きくフレキシブル。器型と言っていいかもしれない。

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【10年代 外国映画ベストテン】
1位『マッドマックス 怒りのデス・ロード』
2位『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』
3位『アベンジャーズ/エンドゲーム』
4位『新感染 ファイナル・エスクプレス』
5位『きっと、うまくいく』
6位『レヴェナント:蘇えりし者』
7位『LOGAN ローガン』
8位『ゼロ・グラビティ』
9位『スパイダーマン:スパイダーバース』
10位『草原の実験』

【コメント】
洋画は多すぎるので、もうインパクト勝負。この10年で驚かされた順番。
そしてアメコミの10年だったのだなという印象。MCUは集大成の「エンドゲーム」に纏めて代表してもらった。個人的な方向性としては、映像的な暗喩劇が好きなのが分かる。

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外国映画10年代ベスト監督『アルフォンソ・キュアロン』(3 点)・『ヨン・サンホ』(2点)・『アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ』( 1点)
外国映画10年代ベスト女優『シャーリーズ・セロン』(2点)・『アン・ハサウェイ』(2点)・『エマ・ストーン』(2点)
外国映画10年代ベスト男優『ソン・ガンホ』(2点)・『ブラッド・ピッド』(2点)・『アーミル・カーン』(2点)

【コメント】
監督はやはりメキシコの黄金世代。そしていくつもの鬱アニメーションに続いて、ゾンビ映画の歴史を変えたヨン・サンホ。
役者もこれまた多すぎるので、コンスタントに秀作に出演している人たちになった。

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ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方・・・・・評価額1650円
2020年03月18日 (水) | 編集 |
そこは命の輪が回る場所。

きっかけは一頭の犬だった。
殺処分寸前で保護した愛犬トッドの鳴き声が止まず、ロサンゼルスのアパートを追い出されてしまったジョンとモリーのチェスター夫妻が一念発起し、昔からの夢だった農園経営の道に歩み出したのは2010年のこと。
これは二人の経営する「アプリコット・レーン・ファーム」の8年間の記録である。
野生動物を描く番組制作者でカメラマンでもあるジョンと、料理家のモリーが「本当に体に良いものを育てたい」と目指したのは、特定の作物や家畜だけを生産するのではなく、生態系を丸ごと作り上げ自然の恩恵を受け取るバイオダイナミック農法
人智学のルドルフ・シュタイナーが、伝統的な農法を再解釈し1924年に提唱した循環型の有機農法で、高度に産業化し単作の食物工場となった現代農業とは異なり、農薬や化学肥料は使わず農園そのものを一個の完成した生態系と捉えるのが特徴だ。

ど素人だった二人はバイオダイナミック農法の本を読み漁り、経営企画を立てて出資を募る。
ヘルシー志向の高まりで、オーガニック食材の需要が大きくなっていたこともあり、出資を受けた夫妻が手に入れたのはロサンゼルスの北方、ムーアパークに位置する200エーカー(約900メートル四方)の土地
柑橘類などが細々と植えられていたものの、溜池はすっかり干上がり、大きな石がゴロゴロ出てくる荒れた土地だった。
夫妻はネットで志を同じくする仲間を募って開墾を始めるのだが、ここで登場するのがバイオダイナミック農法のメンターとなるアラン・ヨークなる人物だ。
彼がまず行ったのは疲れ切った土地の再生だが、その方法が面白い。
当初モリーは果樹園で数種類の果物を栽培しようと考えていたのだが、アランが植えたのはなんと100種類以上の植物。
とにかく農園の植物、動物の多様性を高めてゆく。
そうすれば、やがてそこに独自の生態系が生まれて、車輪が回るように命の循環が始まるというのだ。
そして、そのようにして運営される農園は、産業化した農業よりもむしろ楽なのだという。

これは言わば原始採集生活に近い考え方だ。
完全な生態系が存在すれば、人間はそこで実る収穫だけで生きていける。
わざわざ農薬を撒いたり、害獣を駆除したりしないで済むのだ。
しかし言うは易く行うは難しで、生態系が完成し、勝手に回り始めるまでは人間が力を入れて守ってやらねばならない。
しかも農園のグランドデザイナーたるアランが、志半ばにして病死してしまう。
作りかけの生態系には、毎年のように多種多様な危機が降りかかる。
鶏の産む卵は農園の経済的な屋台骨でもあるのだが、飢えたコヨーテが執拗に襲ってくる。
ムクドリの群れは果樹を食い尽くし、大量発生したカタツムリが樹木を枯らす。
牛の糞からはハエの大群が生まれ、家畜たちに群がって健康を脅かす。
果樹園の地下に掘られたホリネズミの巣も、樹木にとっては大きな脅威だ。
気候変動も悩みの種で、1200年に一度の大干魃が終わったと思ったら、今度は集中豪雨に襲われる。
そしてカリフォルニア名物となってしまった、乾季の山火事。

ここでへこたれて安易に農薬を使ったり、害獣を人力で駆除しても結局はキリがない。
アランという絶対的なメンターを失った夫妻は、今度は自分たちの力で困難を克服しなければならないのだ。
賢者のような目で農園を見つめる犬のトッドに習い、夫妻は農園で起こってることを観察し、自然の声に耳を傾け、命の仕組みを学び、少しずつ解決策を見出してゆく。
カモたちを果樹園に放してみると無数のカタツムリは瞬く間に彼らの胃袋に入り、フンがそのまま肥料となる。
増え続ける牛の糞のウジ虫は鶏が食べてくれ、結果的にハエも減る。
牧羊犬を訓練し鶏を守るように同居させると、コヨーテは鶏をあきらめてホリネズミをエサとするようになり、夜にはやはりホリネズミを捕食するフクロウも現れる。
果樹園を荒らすムクドリが増えると、彼らを狙ってタカがやって来る。
最初の歯車が噛み合うと、次々と他の歯車が回り始め、やがて巨大な生態系が機能しはじめる。
実はアランは生前にある予言を残していた。
それは「7年目には自然から味方が現れる」というもの。
農園の生態系が充実すれば、その恩恵にあやかろうと、いわゆる害獣・害虫と呼ばれる生物たちが集まって来るが、その次には彼らを捕食するものも出現するということ。
7年目に本当に猛禽類が現れたのには、思わず鳥肌。
アラン凄すぎる。どんな仙人なんだ。

こうして農園という一つの生態系が完成し、命の車輪が回り始める。
全てがバランスした、アプリコット・レーン・ファームのなんと美しいこと。
エデンの園のような理想郷が実在したとしたら、こんな光景が広がっていたのだろう。
しかし、この生態系の中で一番危ういのは人間の役割だろう。
もしも完全な命の循環の中で、人間が特定の何かだけをより多く求めたとしたら、バランスは崩れてしまう。
もっと果実を、もっと肉を、もっと卵を。
おそらくはそれを繰り返した結果、出来上がったのが自然の生態系から大きく外れた現代の文明なのだ。
世界のサスティナビリティが叫ばれる今、人類の進むべき道はどこにあるのか?
仮にこの農場をドームか何かで覆って外界と隔絶させたら、もしかしたら人類が滅びた後も一つの生態系として生き残るのではないだろうか。
自然を愛する二人のはじめた生態系の構築という小さな実験には、我々の文明が抱える大きな問いの答えが隠されているような気がしてならない。

夫のジョン・チェスターが監督を務めているのだけど、もともと動物のカメラマンというだけあって、野生を含め農園に暮らす動物たちの表情がとても素敵。
豚の母さんのエマが、子供を産めなくなってもベーコンにされることなく、農園のマスコットとして大切にされているのはホッとした。
まあ出荷された子豚たちは美味しくいただかれたのだろうけど、バイオダイナミック農法はヴィーガンのための農法とは違うので、これもまた命の循環。
ジョンによると、この8年で育ってきた生態系は目に見えるものだけではないという。
農園の土中には90億以上の微生物が存在し、土壌の免疫システムが作られ、守られている。
それゆえに、アプリコット・レーン・ファームは伝染病などにも強いのだ。
自然の複雑さに驚嘆するばかりだが、緑豊かな農園の風景に癒されるだけでなく、自分たちが食べている食材がいかにして生まれるのか、生態系がどのように回っているのかを学ぶ機会ともなる秀作だ。

今回はアプリコット・レーン・ファームからも程近い、ワインどころサンタバーバラの「ヒッチングポスト ピノ・ノワール ハイライナー」の2016をチョイス。
日本でもリメイクされた呑んべえ映画、「サイドウェイ」で世界的に有名になった。
サンタバーバラでも特級クラスの畑から集められたブレンド・キュヴェ。
程よい酸味とフルーティで複雑な香りが口の中に広がる、ピノ・ノワールの特徴を生かしたブルゴーニュスタイル。
南カリフォルニアの自然の恩恵を凝縮した、まろやかで優しい味わいは、飲む者の心を豊かなにしてくれる。

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娘は戦場で生まれた・・・・・評価額1800円
2020年03月14日 (土) | 編集 |
空から爆弾が降らなくなるその日まで。

激しい戦いが続くシリア最大の都市アレッポで、スマホを使って映像を撮り始めた女子学生、ワアド・アルカティーブが見た5年間の戦場の記録。
彼女はやがて結婚して母となり、死と隣り合わせの世界で、市民ジャーナリストとして命の証を残そうとカメラを回し続ける。
カンヌ国際映画祭の独立部門でルイユ・ドール(ドキュメンタリー映画賞)受賞、英国アカデミー賞(BAFTA)でもドキュメンタリー賞を受賞し、世界各国で高い評価を得た作品だ。
撮影者でもあるワアドと、エドワード・ワッツが共同監督を務める。

アラブの春と呼ばれる民主化要求デモが始まったのは、2010年のことだった。
最初は、チェニジアで長期政権を崩壊させたジャスミン革命。
運動は瞬く間にアラブ全域に広がり、いくつかの国では強権的な政権を倒すことに成功したが、いくつかの国では体制側と反体制勢力の戦争に発展していった。
アサド大統領が率いるバース党が独裁支配するシリアでは、2011年以来泥沼の戦いが続き、ロシアやイラン、アメリカ、トルコの介入による代理戦争化、権力の空白を突いたイスラム国(IS)の台頭などによって、統計には諸説あるものの40万人以上が命を落とし、800万人近くが難民化したという。

本作の語り部であるワアドも、最初は平凡な大学生として、友人たちと共により自由な人生を求めて、平和的なデモに参加していた。
しかしアサド政権に権力を手放す意図はなく、彼女の住むアレッポの街では反体制派と見なされた住民の虐殺が始まる。
そして、街がシリア政府軍と反体制派が激突する戦場となってゆくと、我々も彼女と共に目撃する。
当たり前に存在すると思っていた平和が、いかに尊く脆いものか。
国民のためでなく、特定の集団の利権を守るためだけに存在する権力が、いかに簡単に残酷な行為に及ぶのか。
2012年から4年半に及んだ戦闘で、街の東側を支配する政府軍は、徐々に反体制派が支配する地域を分断し、2016年に入ると無慈悲な包囲攻撃を開始するのである。

本作が特徴的なのは、外部から来たジャーナリストの目線ではなく、実際にアレッポに住む生活者の目線で描かれていること。
だから単純な戦闘の記録というよりも、戦時下での生活の記録になっている。
ワアドはデモ仲間でもあった医師を目指す若者ハムザと出会い、やがて結婚。
二人の間には、とても可愛らしい新しい命が誕生する。
娘には、爆弾を降らせる軍用機のいない平和な空を願って、「サマ(空)」と名付けるのだが、周囲には爆発音や銃声がしょっちゅう響く。
普通は大きな音に敏感な赤ちゃんも、慣れちゃって全く動じないのが悲しい。

無差別な攻撃によって、大人も子供もどんどん殺されゆく中で、病院を作り、学校を開き、必死に“日常”を守ろうとする人々の姿が印象的。
これは社会的動物としての、人間の本能なのかも知れない。
過酷な現実の中で、ワアドが経験するささやかな結婚式、憧れの新居への引っ越し、妊娠と出産の喜びは、そこが戦場であることを忘れさせる。
観ていて何度も「この世界の片隅に」が頭をよぎった。
アニメーションとドキュメンタリー、表現手法は180度違えど、これは確かにこの時代のアレッポに生きて死んでいった人々の記憶の器なのだ。
平凡な日常に寄り添っているからこそ、遠いシリアの戦場の人々が我々と地続きに感じられるのも同じ。
今も戦いが続いているかの地で起こっていることが、隣町のことの様に思えてくる。

しかし、アサド政権の狙いは、反体制派の日常を破壊し尽くしてこの街に住めなくすること。
だから国際人道法に反していることを知っていながら、攻撃目標として病院が狙われる。
もといた病院を爆撃された夫のハムザは、地図に載っていない建物を病院に仕立て上げて、アレッポの反体制派支配地域最後の医療拠点として治療を続け、ワアドはそんな夫たちの必死の努力を最後まで記録する。
なぜなら、政府軍が自由なアレッポを消し去ったとしても、撮った映像は人々が戦った命の証として永遠に残るからだ。
アレッポの陥落から3年が過ぎても、シリアで殺戮が止むことはなく、銃の代わりにカメラを手にした市民ジャーナリストの戦いは続いている。
戦場で生まれたサマちゃんがホント天使なんだが、彼女こそワアドたちが命がけで守り抜いた自由な未来の象徴だ。
世界中の為政者に、この映画を観せたい。
今、鑑賞すべき傑作だ。

今回はサマちゃんの名前の通り、平和な空のイメージで「スカイ・ダイビング」をチョイス。
ホワイト・ラム30ml、ブルー・キュラソー20ml、ライム・ジュース10mlをシェイクし、グラスに注ぐ。
1967年に、渡辺義之氏が考案した全日本バーテンダー協会カクテル・コンペティション優勝作品。
文字通りの澄んだブルーが目に鮮やかで、ライムの酸味がいい感じに味を引き締める。

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ショートレビュー「レ・ミゼラブル・・・・・評価額1700円」
2020年03月10日 (火) | 編集 |
21世紀の“哀れな人々”の物語。

なんだか物凄い熱量の映画を観た。
舞台はパリにほど近いバンリュー(郊外)の街、モンフェルメイユ。
本作と同タイトル、ヴィクトル・ユゴーの名作「レ・ミゼラブル」の舞台となり、今ではアフリカ大陸からの移民・難民が集う低所得層の街に、ダミアン・ボナール演じる警察官ステファンが赴任してくる。
バンリューの移民社会を描いた物語は、今ではフランス映画の一ジャンルと言っても良いのではないだろうか。
例えば、移民の子供たちがホロコーストの学習を通して、多様性と寛容を学んでゆく「奇跡の教室~受け継ぐ者たちへ~」や、本作と同じような公営団地を舞台とし、カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受けた「ディーパンの戦い」など、移民をモチーフに多種多様な映画が作られている。
本作は新参者であるステファンが経験する、最初の24時間を描くサスペンスフルな物語。
アフリカ、マリからの移民の子として実際にモンフェルメイユで育ったラジ・リ監督が、2016年に発表した同名の短編映画を元に、長編化した作品だ。

映画は2018年にロシアで開催されたサッカーのワールドカップで、クロアチアを破って二度目の優勝を遂げたフランス社会の熱狂で始まる。
この時のフランス代表は、アフリカからの移民や移民二世の活躍が目立ったことから、アメリカのコメディアン、トレバー・ノアが「優勝したのはアフリカ」と発言し、大西洋を挟んだ大論争になったことは記憶に新しい。
折しも、2015年のパリ同時多発テロ、2016年のニースのトラック暴走テロなど、移民が起こした大規模なテロ事件が社会に大きな傷を残して間もない時期。
ワールドカップの優勝から始まる物語は、栄光の裏側にある社会の分断を描き出し、改めてフランスのアイデンティティを問いかける。

この街を知らないステファンは、そのまま観客の目となる役割だ。
猥雑な露天市場を仕切る自称“市長”の男に、ドラッグディーラーを束ねるギャングのボス、前科者のケバブ屋にして宗教指導者の男、果てはサーカスの興行にやって来たロマまで、複雑に利害関係が入り乱れる。
そしてユゴーの時代と同じく、警察は恐怖と抑圧によって、カオスの街に群れる無法者たちを押さえ込もうとするのである。
外から来たステファンにとっては、警察すら法を守らないクレイジーな日常は衝撃だ。
しかも街を支配する大人たちは、貧困による閉塞を利用しお山の大将としてプチ権力を誇示すばかり。

そんな時、事件は起こる。
ジャン・ヴァルジャンは、貧困に耐えかね一本のパンを盗んだことで獄に繋がれるが、こちらではサーカス団のライオンの子を、街の悪ガキが悪戯心で誘拐。
最初は小さな事件、しかしその顛末は次第に大人たちの利害関係を揺さぶり、街は一触即発の状態となってゆき、警察までもがライオン探しに右往左往することになる。
そして、大人たちの無責任な事なかれ主義による閉塞の固定化が、この世界に絶望する子供たちの心に文字通り火をつけてしまい、彼らによる“革命”へと繋がってゆく。

主人公のステファンは、基本的に常識人で良い人なのだが、常識が通用しない世界で彼の持つ正義感や倫理観は無力だ。
ここには悪役も善玉もいない。未来も希望もない。
ユゴーが19世紀初頭を舞台に描いた格差と社会分断の悲劇は、形を変えて依然として繰り返されている。
全ての登場人物は、なす術なく出口のない袋小路へと追い込まれてゆくのである。
徹底的なリアリズムで描かれる、現在の“レ・ミゼラブル(哀れな人々)”の物語はインパクト絶大。
大胆なタイトルも、見事な本歌取りを観ると納得するしかない。
モンフェルメイユという象徴的な街を舞台に、この世界で今何が起こっているのかを実感することが出来る大変な力作である。

今回は圧倒的な熱量を秘めた映画だったので、燃え盛る「ボイラー・メイカー」をチョイス。
適量のビールを入れたグラスの中に、ショットグラスに注いだバーボンを落として完成。
米国のボイラー工場の労働者が、手っ取り早く酔っ払うために、ビールにバーボンを入れたのが発祥とされる。
ビール+蒸留酒という悪酔い必至なカクテルは世界中にあり、バーボンを韓国焼酎に変えると韓国の「爆弾酒」となる。
まあこの世の中、酔ってた方が幸せなことも多いけど。

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初恋・・・・・評価額1750円
2020年03月06日 (金) | 編集 |
地獄のボーイミーツガール。

なにこれムチャクチャ面白い!
三池崇史初のラブストーリーなのだそうだ。
まあ確かに間違ってはいないのだが、タイトルを含めて相当なミスリード。
窪田正孝と小西桜子、美男美女の恋物語を期待してくると地獄、いやむしろ猥雑極まりないカオスな楽園に突き落とされることになるだろう。
もともと玉石混交だったものの、10年代後半の三池崇史はベストセラー小説とか人気漫画原作のメジャー系の大作を多く手がけるも、正直今ひとつパッとしなかった。
しかし、アンダーグラウンドの世界を舞台にした、血湧き肉躍るお笑いバイオレンス活劇である本作では久しぶりに演出力を遺憾なく発揮し、間違いなくフィルモグラフィでベスト3に入る傑作。
いやもしかしたらベストワンかも知れない。
※以下、核心部分に触れています。

天涯孤独のプロボクサー、葛城レオ(窪田正孝)はKO負けを喫した試合後の検診で脳腫瘍が発覚し余命宣告を受ける。
自暴自棄になって歌舞伎町を歩いていたところ、不審者に追われる少女モニカ(小西桜子)が目に入り、レオは反射的に追いかけていた悪徳刑事の大伴(大森南朋)を殴り倒してしまう。
モニカは性的虐待を続けた父親に売られ、ヤクザにクスリ漬けにされて売春させられていたのだが、大伴とホテルに向かう途中、父親の幻覚を見て思わず逃げ出したのだった。
しかし、モニカはヤクザ者の加瀬(染谷将太)が大伴と組んで企てた、組のクスリを横領する計画の一部だった。
すでに下っ端組員のヤス(三浦貴大)を殺し、クスリを手に入れていた加瀬は、罪を着せようとしていたモニカが逃げてしまったことに大慌て。
その頃、刑期を終えて出所した武闘派の権藤(内野聖陽)は、クスリを奪ったのは敵対する中華マフィアだと勘違いし、部下の市川(村上淳)、恋人だったヤスを殺されたジュリ(ベッキー)と共に、仇討ちに乗り出す。
一方、事情を知った中華マフィアも、シノギになるクスリを手に入れようと、兵隊を集め始める・・・


端的に言えば、染谷将太演じる「オレは意識高いから他の奴と違う」系の極道が、陰謀を巡らせて組のクスリをちょろまかそうとするのだけど、実はあんまり頭が良くないので計画があまりにも杜撰すぎて周りのみんなが大迷惑する話。
ダメダメな計画に巻き込まれた、孤独なボクサーとジャンキーな娼婦の二人が、ヤクザと悪徳刑事と中華マフィアに追われる。
全体の構造と雰囲気はみんな大好きタランティーノ脚本、故トニー・スコット監督の名作、「トゥルー・ロマンス」に通じるところがあるが、最終的には見事なまでの三池カラーに仕上がっている。

以前は“NAKA雅MURA”名義で知られていた中村雅による脚本は、メインプロットは極力シンプルに感情移入しやすく。
しかし周りはド派手に、ダークに。
主人公となるレオとモニカは、共に愛されることを知らない孤独な人生を歩んでいて、お互いの中に自分の鏡像を見る関係。
親に捨てられたレオにとって、ボクシングは唯一自信を持って出来ること。
試合は稼ぐための手段に過ぎないので、勝っても特に喜ぶこともなく、ジムの仲間との関係も淡白なもの。
しかし、なんとか先が見えてきた矢先に、余命宣告によって未来は閉ざされてしまい、生きる意味を失ったレオが出会うのが、モニカという訳だ。
モニカはモニカで父親から性的虐待を受け、借金のカタにヤクザに売られる。
やっと父親と別れられたと思いきや、クスリ漬けにされたモニカは、今度は幽霊のように何処にでも現れる父親の幻覚に苦しめられ、そのことが本作の物語を動かす切っ掛けとなるのである。
刹那的人生を生きる若い二人は、それぞれに同情すべき感情移入キャラクターに造形されている。
ちなみに“モニカ”とは本来キリスト教の聖人だが、彼女はダメンズ夫のDVや浮気に苦しめられた過去を持ち、今ではDV被害者の守護聖人となっているのが皮肉。

この二人を結びつけたのが、実はモニカの成就しなかった初恋の記憶。
実家に暮らしていた頃、彼女をかばって父親を殴ってくれた“竜司くん”への思慕の念が、彼に面影が似ていたレオとの出会いを呼ぶ。
しかし悲惨な状況下にいるモニカにとって、竜司くんへの気持ちはどちらかと言えば恋というよりも白馬の王子さまへの救出願望に近いもの。
自らの足で逃げ出し、レオと共に訳の分からないうちに裏社会の抗争に巻き込まれた一晩の体験が、彼女にとっての生き直しの恋となってゆく。
そしてヤクザ者たちが壮大に自滅してゆく中、お互いを大切な存在と意識するようになった二人は、自己再生を遂げてゆくのである。
殺戮の夜を生き延びたモニカが、妻を連れた竜司くんと再会するシーンがあるが、ここで初めて救出願望は甘酸っぱい初恋の記憶として昇華され、彼女は今を生きる決意を固める。
レオのボクシングの再起戦と、モニカのクスリ抜きの苦闘がクロスカッティングで描かれるシークエンスは、通過儀礼を経た二人の新しい人生の始まりだ。
以前は試合に勝っても無表情だったレオが、ジムの仲間と共に歓喜している描写は、初めて愛する人、守るべき人と出会った彼の人間的な成長を強く印象付ける。

ディテールは三池作品の例に漏れず結構荒っぽく漫画チックだが、主役の二人の感情はしっかり繋がっていて説得力充分なのでこれで良い。
と言うか、この映画の画作りは、実写キャラクターを使ったアニメーション映画の趣だ。
そのことを実感できるのが、おそらく物議を醸すであろう、突然のアニメーション表現。
警察に包囲されたホームセンターの立体駐車上の壁をぶち破り、トヨタセンチュリーが大ジャンプする一連のアクションがアニメーションで描かれている。
普通の演出家じゃ持て余しそうな演出だが、個人的には本作の世界観ならばこれはこれでアリに思え、全然違和感が無かった。
まあ第一義的には予算と技術的な問題の結果なのだろうが、要は実写の部分も含めて全体が戯画的なのである。

レオとモニカ以外の、エキセントリックなキャラクター造形も同様だ。
ヤクザもマフィアも、全員が特徴的でキャラ立ちしまくっている。
一見頭良さげで実はおバカキャラの染谷将太や、今時こんな奴いない的な武闘派の内野聖陽。
高倉健のヤクザ映画に憧れて日本に来た、藤岡麻美演じる女中華マフィアの仁義だて。
たぶん、役者のみなさんは演じててすごく楽しかったと思うのだが、MVPは文句なしで“バールの様な物”を振り回す復讐鬼ベッキー。
元好感度ナンバーワンのタレントが、ここまで振り切るとは(笑
しかしキャラクターもストーリーも、現在ではもう漫画となってしまったヤクザ映画というジャンルの虚構の中、ロンリーでイノセンスな心を持つ、若い二人の繊細な再生劇を描き出すというセンスに脱帽。
破天荒で熱血、暗い情念が燃えるこれぞ三池節という最高に面白い映画で、コロナで世間が過剰な自粛ムードに陥る中、大いに元気をもらった!

今回は鹿児島のアットスターの芋焼酎、その名も「初恋」をチョイス。
芋麹と米麹をブレンドして使用した珍しい製法。
しっかりと芋っぽさはありつつも、ほんのりと甘い初恋の味に仕上がっている。
甘みが際立つお湯わりで、チビチビといきたい。

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ショートレビュー「スウィング・キッズ・・・・・評価額1700円」
2020年03月02日 (月) | 編集 |
フ○ック、イデオロギー!

これほど感情の落差が激しい作品は珍しい。
楽しげな前半に油断してたら、思いっきりハートをえぐられた。
朝鮮戦争中、韓国南部の巨済島に実在した捕虜収容所を舞台に、 「サニー 永遠の仲間たち」のカン・ヒョンチョル監督が描くのは、国連軍の新任所長の実績作りのために急造されたタップダンスチーム「スウィング・キッズ」の物語。
所長は集めた共産主義者の捕虜たちを、自由主義の庇護のもと思想転向させ、戦争が終わっても南に残るという選択をさせたい。
そのために、アメリカ的娯楽であるタップダンスの魅力を利用しようとするのだ。

元ブロードウェイダンサーの黒人下士官、ジャクソンを指導者にメンバーが集められる。
首領様に忠誠を誓うアカの兵士ロ・ギスに、生き別れの妻を探す民間人カン・ビョンサム、とにかく踊りたい動けるデブの中国兵シャオパンに、幼い兄弟を育てている満洲帰りの通訳の女性ヤン・パンネ。
思想も国籍も性別もチームに加わった動機もバラバラの彼らを結びつけるのは、「感情を体で表現したい!心地よくリズムをとりたい!」という本能的な衝動だ。
ジャクソンを含め、五人のチーム全員が何らかの閉塞を抱えているのだが、ステージの上では誰もが自由になれる。
しかし戦争という邪悪な力は、彼らのささやかな夢にすら容赦なく襲いかかってくるのである。

収容所の中では、人民軍の軍人として徹底抗戦を訴えるグループとノンポリ、転向組とが激しく対立し、時に中国兵や国連軍の看守をも巻き込んだ血なまぐさい抗争が繰り返されている。
本作のストーリーそのものはフィクションだが、作中で描かれる事件はほとんどが実際に起こったことだ。
映画だと収容所がどのくらいの規模なのかよくわからないが、巨済島の収容所には最終的には17万人の捕虜が収容されていたというから、ちょっとした都市並み。
一方で、捕虜を管理する国連軍側の人員はわずかに9千人程度だったので、そりゃ無法地帯にもなるというもの。
人口11万人ほどだった巨済島に、捕虜に加えて本土から逃れてきた10万の難民が流入したために飲み水が枯渇し、国連軍が新しくダムを作らねばならなかったほどだったという。

物語の軸となるのがD.O.が演じるロ・ギスだ。
北朝鮮の英雄である彼は、頑なに祖国に忠誠を誓っていて、資本主義の象徴であるタップダンスを踊ることを最初は拒否する。
しかしダンサーとしての天性の才能と内なる情熱に突き動かされ、密かにチームに加わるのだが、それを知った人民軍の幹部によって徹底的に利用されるのである。
ロ・ギスには、やはり人民軍の軍人で知的障害のある兄がいる設定が効いている。
彼はチームのメンバーとの友情と兄への家族愛、忠誠を誓ったイデオロギーとダンスへの情熱の間で引き裂かれてしまうのだ。
自由への渇望がほとばしるデヴィッド・ボウイの「Modern Love」、定番のベニー・グッドマン「Sing, Sing, Sing」の躍動感。
ビートが魂を揺さぶり、ダンスが情熱的に感情をつなげてゆく。
ダンス映画としてとてもよく出来ていて胸踊るカタルシスがあるからこそ、つかの間の夢が無残に打ち砕かれる展開はキツイ。

基本的に、国連軍も人民軍も権力を振りかざす者は等しくクズに描かれる。
もともと資本主義も共産主義も、外国人が作って南北に押し付けてきたもの。
庶民には何の関係もないことで、同じ民族同士が殺しあう悲劇に、芸術の力でせめてもの抵抗を試みたスウィング・キッズも、現実の暴力の前では無力。
人類の歴史を見ればこれがリアルなのは分かっていても、エンディングでビートルズの「Free As A Bird」と共に映し出される五人の姿に涙。
フ○ック、イデオロギー!彼らはただ踊りたかっただけなのに!

今回は「ムーンライト・ダンス」をチョイス。
ウォッカ30ml、ピーチ・リキュール25ml、グレープフルーツ・ジュース40ml、レモン・ジュース 1tsp、グレナデンシロップ1tspをシェイクする。
ビターだった映画とは違って、柑橘類の酸味と甘口でスッキリと飲みやすい。
本作のイメージカラーと同じ、オレンジ色のカクテルだ。

ちなみに1993年にアメリカでも同タイトルの作品が作られているが、あちらはナチス政権下のドイツで、スウィング・ジャズを愛した若者たちの物語で、なかなか面白い。
内容的には無関係だが、作品のテーマには共通点があるので、一定の影響を受けているのかもしれない。

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