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ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ・・・・・評価額1700円
2020年10月17日 (土) | 編集 |

街の歴史、家族の歴史。

サンフランシスコの外れに住む、若い黒人男性のジミーと親友のモントの物語。
うらぶれた生活を送るジミーは、幼い頃に祖父の家で過ごした思い出を大切にしていて、いつか家を買い戻そうと考えている。
だが、その想いとは裏腹に、サンフランシスコの不動産は高騰し続け、時間が経てばたつほどハードルは上がるばかり。
ある時、家が一時的に空き家になることを知ったジミーは、思い切った手段に出る。
これは主演のジミー・フェイルズの半自伝的な物語であり、監督のジョー・タルボットは劇中では劇作家志望の親友モントにあたる。
故郷のサンフランシスコと、この街に生きた一族の歴史への、切なさに満ちたラブレターであり、ユニークな視点を持つ人間ドラマだ。
若手監督の抜擢には定評のある、ブラット・ピット率いるプランBエンターテイメントとタルボットとフェイルズが設立したロングショット・フィーチャーズが共同で制作し、昨年のサンダンス映画祭監督賞ほか、高い評価を受けた作品だ。

ジミー・フェイルズ(本人)は、サンフランシスコのハンターズポイントに住む、親友のモント(ジョナサン・メジャース)の部屋に居候している。
彼は暇ができると、幼い頃を過ごした祖父の家に向かう。
1946年に、サンフランシスコの“ファーストブラックマン”となった祖父が建てた家は、今では高級住宅地となったフィルモア地区にある。
ヴィクトリア朝様式の家には、沢山の思い出があり、ジミーはいつの日か家を取り戻したいと思っている。
今の住人は家の手入れをしないので、荒れ放題になるのを見ていられず、勝手に入り込んではペンキを塗ったり修理をしているのだ。
ある日、二人が家に向かうと、引越し業者が荷物を運び出している。
住人の家族に相続問題が起こり、急遽引っ越すことになったという。
相続問題の解決には歳月がかかり、家が数年間空き家になるかもしれないことを知ったジミーは、家を不法占拠して既得権を主張することを思いつくのだが・・・・


10年以上暮らした私の第二の故郷でもあるサンフランシスコは、かつては誰もが夢を見られる街だった。
西部開拓時代には小さな漁村だったが、カリフォルニアで金鉱が発見されると一攫千金を夢見る開拓者たちが集まり、1949年の一年だけで人口が実に25倍となった。
ゴールドラッシュ時に流入した人々は“49ers”と呼ばれ、後にこの街を代表するアメフトチームの名前となったことで現在に名を残している。
合衆国発祥の地である東部から遠く離れ、自由な気風に富んだサンフランシスコ・ベイエリアは、全米でもっとも先進的で、誰をも受け入れた。
劇中で言及されるように、第二次世界大戦前には日本人移民が街を広げ、戦時中の強制収容で彼らの家が空き家となると、南から黒人たちがやってきた。
戦後には、保守的な地域で迫害された同性愛者たちがコミュニテイを作り、ゲイの街と呼ばれるようになり、70年代になるとコッポラやルーカスが移り住み、ニューシネマの西の拠点となる。
サンフランシスコで起こったムーブメントは、数年遅れて全米のムーブメントとなる、そんな街だったのだ。

ところが90年代の終わりから始まったITバブルは、街の様相をすっかり変えてしまった。
もともと半島の先端にある非常に狭い街である。
急増する不動産需要で雨後の筍のように高層コンドミニアムが建てられ、それでも足りずにかつては安くて治安が悪かった地区にも開発が及ぶ。
わずか20年で若者や低所得者たちはあらかた街から消え、街全体がIT長者たちの住む高級住宅地となり、かつてのアヴァンギャルドなサンフランシスコはもう存在しない。
ジミーの祖父の家があるフィルモア地区も、高騰する家賃に耐えかねて黒人住民が去り、今では白人の街となっている。
この物語は現実のジミー・フェイルズの祖父が死去した後、一族が税金を払えずに家を差し押さえらた話が元となっており、劇中で祖父の家の現在の価格とされるのは400万ドル。
フィルモアのヴィクトリアンハウスとしては安いくらいだが、家を手放したとされる90年代には、しても100万ドル台だったと思う。
もはや何をどうしようと、貧乏暮らしのジミーが手を出せる額ではないのだが、彼は家が無人になったのをいいことに、無理やり昔の家具を運び込んで不法占拠してしまう。

なぜ彼はそこまでして祖父の家に執着するのか。
それは過去の思い出だけが、彼が誇れることだからだ。
現在ではジミーの家族は離散してしまい、安アパートに暮らす父親とは反りが合わず、母親は離婚してどこに暮らしているのかも知れない。
唯一、祖父の家にあった家具を保管している叔母一家だけがベイエリアに住んではいるが、市内からは遠く離れた地区。
夢を見られる街サンフランシスコで、一族でただ一人何者かになれた者は、街の“ファーストブラックマン”として、誰かの家を奪うことなく、自ら家を建てた祖父だけなのである。
今がどん底だからこそ、彼は思い出の家を継承することで祖父の血と誇りを受け継ごうとしているのだ。
しかし言葉を変えれば、彼は誇りと現実のギャップに迷い、この街と家に執着することで自らの可能性を捨てている。

誰よりもジミーのことを心配し、寄り添おうとしているモントは、不動産エージェントとの直談判で、家のルーツに関する知りたくなかった秘密を知ってしまう。
もはやジミーが無理をしてまで家を欲する理由は無く、アマチュア劇作家であるモントはある驚くべき方法を使って、彼に痛すぎる真実を伝えるのである。
ひたすら祖父の思い出に執着するジミーが、現実を受け入れ”ラストブラックマン”となるその時まで、彼に寄り添うモントの友情が心を打つ。
一族の家族史と、街の長い歴史を組み合わせることで、本作は非凡な視点を持ち、故郷への哀切な願望があふれだす非常にユニークで力強い作品になっている。
終盤、バスの中で二人組の女性が「サンフランシスコはもう終わってる。他に移る」という話をしていて、それを聞いたジミーが「サンフランシスコを貶さないでくれ」と寂しそうに言うのが強く印象に残る。
面白いのが、現実をベースとしたリアリティのある作劇と、時に白昼夢を感じさせるシュールで寓話的なテリングが対照的なこと。
いつくかのシーンはまるで演劇のステージの様で、「これ演劇原作なのかな?」と思ったのだが、そう言う訳ではなさそう。
ただ全体をモントの書いた演劇の戯曲、というイメージで作っているのかもしれない。
しかしこれ、ある意味で究極のローカルムービーであり、“サンフランシスコ”を肌で知らないと、イマイチ咀嚼しにくい作品な気がする。

今回はまんま「サンフランシスコ 」をチョイス。
スウィート・ベルモット20ml、ドライ・ベルモット20ml、スロー・ジン20ml、アンゴスチュラ・ビターズ1dash、オレンジ・ビターズ1dashを氷を入れたミキシング・グラスでステアし、カクテル ・グラスに注ぐ。
ピンに刺したマラスキーノ・チェリーを飾って完成。
映画はビターだが、こちらはやや甘口で、複雑な香りが都会の夜を演出してくれる。

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