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ヒルビリー・エレジー -郷愁の哀歌-・・・・・評価★★★★+0.6
2021年05月15日 (土) | 編集 |
郷愁は、時としてビター。

名匠ロン・ハワードが、アメリカでベストセラーとなったJ・D・ヴァンスの回想録「ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち」を映画化した作品。
タイトル通り、主人公はオハイオ州の貧しいヒルビリーの家庭の出身で、今後の人生を決めるインターン面接を控えた、イェール大学のロースクールの学生。
ところがある夜、母がドラッグの過剰摂取で入院したという連絡を受ける。
彼は自分のキャリアと故郷の家族の間で、深刻な葛藤を抱えてしまうのだ。
背景にあるのは世代を超えて繰り返す、貧困の連鎖。
脚色を担当したのは、「シェイプ・オブ・ウォーター」が記憶に新しいヴァネッサ・テイラー。
主人公のJ・D・ヴァンスにガブリエル・バッソ、母親のベヴにエイミー・アダムズ、祖母のマモーウにグレン・クローズ、姉のリンジーにヘイリー・ベネットと、重厚なキャスティング。
夢を実現させるためには、何が必要なのか。
いかにもアメリカらしい、骨太のファミリードラマだ。

名門イェール大学のロースクールに通うJ・D・ヴァンス(ガブリエル・バッソ)は、正念場のインターン面接を控えたある夜、故郷からの連絡を受ける。
母親のベヴ(エイミー・アダムズ)がヘロインの過剰摂取が原因で倒れ、入院したというのだ。
オハイオ州ミドルタウンの典型的なプアホワイト家庭に育ち、子供の頃から躁鬱の激しいベヴに振り回されてきたJ・Dにとっては、故郷は必ずしも良き郷愁を感じるところではない。
一晩車を走らせて、ミドルタウンに到着したものの、翌日の面接に間に合わせるためにはその日の夜にはまた元来た道を戻らねばならない。
ベヴに重篤な後遺症は無かったが、入院の延長が認められず、病院を追い出されそうになっていた。
彼女の理解者だった祖母のマモーウ(グレン・クローズ)は既に亡くなり、同棲していたジャンキー男とは破局し、帰る家がない。
J・Dは姉のリンジー(ヘイリー・ベネット)と協力して、夜までになんとかベヴが滞在できる施設を探そうとするのだが・・・


ヒルビリーとは、遅れてきた移民である主に北アイルランド出身のスコットランド人のこと。
彼らの社会を描いた作品と言えば、ジェニファー・ローレンスが初めてアカデミー主演女優賞にノミネートされ、大女優への道を歩み出した「ウィンターズ・ボーン」が強く記憶に残る。
19世紀の半ば以降に新大陸に渡ってきた彼らは、肥沃な平地を購入することが出来ず、ある者はゴールドラッシュに沸く西部を目指し、ある者はアメリカ東部から中部にかけて広がるアパラチア・オザークの山間に入植し、「高地のスコットランド人」を意味するヒルビリーと呼ばれるようになる。
寒冷な山間部ではろくな農産物は育たず、容赦なく貧困が襲う。
山を降りて平地に暮らすようになっても、働き口の炭鉱や製鉄はいつしか斜陽産業となり、アパラチア山脈の西側は現在では”ラスト(錆)ベルト”と呼ばれ貧しいままだ。
それでも、山深いミズーリ州オザークを舞台とし、周りの人間が皆犯罪で生計を立てている「ウィンターズ・ボーン」のヒルビリーと比べれば、本作の登場人物はずっと”普通”の生活をしている。

主人公のJ・Dの家族はもともとケンタッキー州のジャクソンに住んでいたのだが、祖父母の代で駆け落ち同然に故郷を出て、オハイオ州ミドルタウンに移住。
当時そこはアームコという製鉄会社の企業城下町で、それなりに栄えていたからだ。
しかし、20世紀後半になるとアメリカの製造業の例に漏れず、急速に衰退してしまう。
本作の序盤に、祖父母が若い頃の活気あふれるミドルタウンと、すっかり寂れて日本で言うところのシャッター通りと化した現在を対比する描写がある。
ラストベルトの特徴が、一つの地場産業に支えられている地域が多く、その産業がダメになると、代替する産業が育たず地域ごと没落してしまうこと。
失業は貧困を、貧困は家庭内でのドラッグ、アルコール依存、DV問題を作りだし、離婚は急増し家庭は崩壊。
子供たちもまともな教育は受けられず、負の連鎖は世代を超えて受け継がれてゆく。

人種的にはマジョリティーに属することで、例えば黒人社会のようなダイナミックな社会変革とは無縁だった彼らプアホワイトが、忘れられた貧困層として静かな不満を募らせて、ついに爆発したのがトランプ大統領を誕生させた2016年の大統領選挙だ。
狡猾なトランプは、彼らの不満を上手くすくい上げ、自らの熱烈な支持層とすることに成功したのである。
この映画の原作である「ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち」が出版され、ベストセラーとなったのも、前回の大統領選挙真っ只中の2016年の夏。
トランプを支持するプアホワイトの背景にあるものが描かれていると、大手メディアから注目されて大きな話題となった。
実際ラストベルトのトランプ熱は高く、昨年の大統領選挙でも、J・Dのルーツであるオハイオ、ケンタッキーではトランプが勝利した。

ところで本作は、アメリカの一般視聴者には好評なのだが、批評家受けがすこぶるよろしくない。
それは「ヒルビリー・エレジー」というタイトルにも関わらず、上記したような社会的、政治的な背景をほとんど描かずに、こじんまりとした主人公の家族の物語としてしまったからだろう。
同時期に公開された「Mank/マンク」「シカゴ7裁判」が、露骨にトランプ再選阻止を目的とした政治映画だったのに対し、ある意味トランプ政権誕生に最も関わりの深い本作が、政治性から逃げたように見えてしまった。
しかし映画のアプローチはそれぞれなので、私は家族の関係に絞った本作を肯定したい。
おそらく全てを描こうとすると、2時間の映画では到底足りず、ミニシリーズのような形にするしかないだろう。

ロン・ハワードは、故郷でベヴの居場所探しをするJ・Dの今を起点に、彼の子供時代を並行に描いてゆく。
たぶんもともと躁鬱の激しい人なのだろうが、看護師をしていたベヴは感情が先走ると手が付けられない。
新しい恋人を作っては別れ、不満をまぎらわすためにドラッグに溺れて、職場で抜き打ちの尿検査があると、あろうことかJ・Dにオシッコをさせてそれを提出する。
子供の頃から、エキセントリックな母に振り回されて育ったJ・Dにとって、恩人と言えるのがグレン・クローズ演じる祖母のマモーウだ。
アカデミー賞では、「ミナリ」のユン・ヨジョンとの口の悪いお婆ちゃん対決で敗れたが、胸に刺さる格言を連発するこの役の演技は本当に素晴らしかった。
J・Dが、ラストベルトの貧困の連鎖から抜け出すことができたのは、問題を抱えた母ではなく、全てを達観したマモーウによって育てられたから。
そして地元を出て海兵隊に入隊したことで、初めてラストベルト以外の世界を知り、東部の大学へ通うチャンスを得る。
「ウィンターズ・ボーン」でも、主人公が軍に志願する描写があるが、アメリカで自分の置かれた立場を脱しようと思うと、一番手っ取り早いのが軍に入隊することなのだ。

この映画に描かれているのはトランプ時代、そしてポスト・トランプ時代のアメリカが抱える深刻な分断の、ほんの一面に過ぎない。
だが、東部でエリートへの切符を手にしたJ・Dと、故郷に残った家族のごくパーソナルな葛藤の中にも、実は全てが含まれているのである。
華やかな都会と衰退する田舎、世界で最も裕福な社会と世代をまたぐ貧困に苦しむ社会、共通するのは共に白人という括りだけで、二つの世界は完全に引き裂かれている。
カトラリーの使い方すら知らない環境で育ち、今まさに負の連鎖から脱出しようとしているJ・Dにとって、故郷の記憶はある意味逃れられない呪縛だ。
成功するためには去らねばならないが、そこには助けを求める愛する者たちがいる。
政治性を可能な限り排除した結果、現在アメリカの社会分断を理解する上で、非常に分かりやすい入門編となっているのも事実。
なぜプアホワイトはトランプを支持したのか、J・Dに差し出されたベヴの悲しげな手が物語る、切実な願いからその答えが見えてくる。

困難の中の家族愛を描いた本作には、ルビー色のカクテル「トゥルー・ラブ」をチョイス。
ドライ・ベルモット15ml、ポートワインの赤15ml、スコッチ・ウィスキー15mlを氷と一緒にミキシンググラスでステアして、グラスに注ぐ。
口当たりはマイルドで非常に美しいカクテルだが、材料を見れば分かるとおり、見た目とは違ってかなり強い。

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