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酒を呑んで映画を観る時間が一番幸せ・・・と思うので、酒と映画をテーマに日記を書いていきます。 映画の評価額は幾らまでなら納得して出せるかで、レイトショー価格1200円から+-が基準で、1800円が満点です。ネット配信オンリーの作品は★5つが満点。
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さがす・・・・・評価額1700円
2022年01月30日 (日) | 編集 |
誰にでも、明かせない秘密がある。

「指名手配中の連続殺人犯を見た」と語った父が失踪。
中学生の娘は、父が懸賞金目当てに犯人に接触して殺されたと考え、探しはじめる。
2019年に発表された「岬の兄妹」に続く、片山慎三監督の長編第二作。
あの作品もインパクトが強烈だったが、本作において片山監督は格段の進化を見せる。
凝りに凝ったストーリーテリングは遥かに洗練され、全く先を読ませないどころか、予想だにしない所に着地するのだ。
失踪する父を佐藤次郎が演じ、彼の行方を追う娘に「空白」の伊藤蒼。
殺人犯に「映画大好きポンポさん」で主人公の声優を努めた清水尋也、キーパーソンとなる自殺志願者のムクドリさんを森田望智が演じる。
人間の心に秘められた闇を、連続殺人犯との対峙という、究極のドラマチックシチュエーションで徹底的に追求する。
まさに、師匠のポン・ジュノの向こうを張った傑作だ。
※核心部分に触れています。

大阪に住む中学生、原田楓(伊藤蒼)は、父の智(佐藤二郎)と二人暮らし。
ある日、智は「指名手配中の連続殺人犯を見たんや」と言い残して、忽然と姿を消す。
警察に相談しても、大人の失踪者は事件性が明確でないと取り合ってもらえない。
日雇いの名簿に父の名前があると聞いて、現場まで行ってみると、そこにいたのは同姓同名の若い男だった。
智の身を案じた楓は、学校の先生や楓に恋心を抱いている同級生の花山豊(石井正太郎)に手伝ってもらいビラ配り。
そんな時、楓は日雇いの現場で会った男が、指名手配中の山内照巳(清水尋也)だったことに気付く。
山内にかけられた懸賞金は300万円。
楓は、金に困っていた智が、懸賞金欲しさに山内を捕まえようとして、逆に殺されたのではないかと考えるのだが・・・・


本作の企画の発端となったのは、大阪に住む片山監督の父が「指名手配犯を見た」と語った実体験だという。
そんなちょっとした一言から想像力を広げ、ここまで複雑な物語を構築したのがまず凄い。
父が消えたことからはじまる娘の必死の捜索は、その後失踪の3ヶ月前からはじまる殺人犯の山内視点の物語、更に1年3ヶ月前にさかのぼる智視点の物語という、二つの異なる時系列を経て、事件の驚くべき真相を明らかにする。
ある物事に隠された事実を知ろうとすると、しばしば本当は見たくないものまで探し当ててしまう。
この時間を逆行してゆく“変則羅生門ケース”な作劇が、最初に見えている智の失踪という一つの事件の背景にあるもの、さらにその裏側にあったもの、関わった人間の本当の心の闇を解き明かしてゆくのである。
これはスリリングなサスペンスドラマであるのと同時に、中学生にして世界の真実を知ってしまった蒼の哀しい成長物語でもある。

内山の起こした事件のモデルになっているのは、おそらくSNSで募った自殺志願者を「一緒に死のう」と誘い、次々に9人を殺害した座間市の連続殺人事件だろう。
独善的な思想と職業が病院職員というあたりは、相模原の障害者施設で起こった大量殺人事件の植松聖死刑囚も入っているかも知れない。
三番目の1年3ヶ月前の物語で、不治の病であるALSの妻を持つ智は、死にたいという彼女の願いを受けて、病院で声をかけて来た内山に自殺に見せかけた殺害を依頼。
その後、自らも内山の思想に感化されてしまい、戸惑いを抱いきながらも「死にたい人を殺してあげる」という彼の犯罪に手を貸す様になる。
おそらく智を動かしていたのは、妻を殺したと言う罪悪感を払拭するための、彼女を救ったという自己肯定感。
妻が内山に殺された瞬間、どう思っていたのかは智にも分からないから、彼女は救われたと考えなければ心が壊れてしまう。
だが、このような都合の良い解釈が、粗野だが善良だった彼自身を変えてしまうのだ。

物語の展開がショッキングなのは前作と同等だが、異なるのはエンタメとしての間口の広さだ。
足に障害を持ち仕事を解雇された兄が、金に困って自閉症の妹に売春をさせるという、ある意味悪趣味な設定の「岬の兄妹」では、殆どの登場人物が肉体あるいは心の障害を抱えていて、微かに希望が見えた次の瞬間、絶望へと突き落とされる無限ループ。
エキセントリックな登場人物への、突き放したスタンスは感情移入を拒む。
スクリーンに目が釘付けになるくらい、力のある作品ではあったが、観客が拒絶反応を起こすギリギリを攻める危うさがあった。

対してこちらは、どんなに狂った醜いものを描いたとしても、序盤と終盤に登場して物語の「」(括弧)の役目を果たす楓が、完全な感情移入キャラクターなのが大きい。
映画の冒頭、夜の大阪の街を疾走する楓は、ある一軒のスーパーに駆け込む。
そこでは智が「20円お金が足りなくて」万引きをして捕まっているのである。
子が万引きをして親が謝りに来るシーンは数あれど、親の万引きに子が謝りにくる描写は初めて見た。
この秀逸なワンシーンだけで、お金の無いダメダメな父さんと、しっかり者で優しい娘というキャラクター性が伝わって来て、観客は楓のことを「信頼できる語り部」として認識する。
以降、最初から「信頼できない語り部」である殺人犯の山内の物語を挟み、続く智の物語は、何だかんだ言っても楓の父さんだから「信頼できそう」だった智のキャラクター像が、話が進むにつれてどんどんと「信頼できない語り部」に変化してゆく。
意味合いは違うが、やはり変則的な羅生門ケースの作劇を採用していた「最後の決闘裁判」で、唯一の感情移入キャラクターだった妻の視点の物語が、”本当の事実“とされていた様に、本作で事実導き出せるのは楓のみ。
しかし、それを明らかにすることは、唯一の肉親である智との別れを意味する。

知りたくない事実を知ってしまった時、彼女はどうするのか。
ここがこの映画を、限られた層に受け入れられるインディーズ映画から、優れた大衆性を持った娯楽映画となりえたポイントだ。
「岬の兄妹」のように、ダークに落とすこともできたと思うが、本作では実質的な主人公である楓が、自分の正しいと思うことをして、それは映画を観るほとんどの観客の価値観とも一致しており、強い満足感につながっている。
社会性とパワフルなエンタメの両立は、師匠のポン・ジュノにグッと近づいたのではないか。
しかし、見た目はとても可愛らしい伊藤蒼が、佐藤二郎とか古田新太とか、全く似てない“ザ・おっさん”の娘にキャスティングされるのは、ダメオヤジと健気な娘ってコントラストが分かりやすいからなんだろうな。
品行方正過ぎず、もらった子供のおやつを返さなかったり、ゴミをそこらへんに放置したり、適度にアバウトで大阪のおばちゃん感があるのもいい。

今回は、大阪の地酒、秋鹿酒造の「秋鹿 純米吟醸 大辛口 無濾過生原酒」をチョイス。
秋鹿酒造は1886年に大阪北部の能勢に生まれた老舗で、銘柄は創業者の奥鹿之助の名前と豊穣の秋を掛け合わせたもの。
酒米の土壌作りから拘り、無農薬栽培された米と麹と天然水を使った純米酒のみを醸造している。
もともと辛口の酒が多い蔵だが、こちらの大辛口は、純米吟醸の芳醇さと米の甘みの後に、キレキレの辛口が味わえる。
高いコストパフォーマンスは、正しく庶民の味方だ。

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コーダ あいのうた・・・・・評価額1700円
2022年01月25日 (火) | 編集 |
愛の歌が、家族をつなぐ。

聾唖の漁師一家に生まれた、ただ一人の健聴者の少女が、家族愛と歌手への夢の間で葛藤する。
タイトルの「コーダ(CODA)」とは「A child of deaf adult」の頭文字で、聴覚障害を持つ親によって育てられた子供のこと。
2014年に公開されたフランス映画「エール!」の米国リメイク版だが、オリジナルの持つ多くの欠点は完全に解消されていて、遥かに優れた作品へと昇華されている。
Netflixで公開された「タルーラ 彼女たちの事情」で注目されたシアン・ヘダーが、監督と脚色を務め、「ブリムストーン」でダコタ・ファニングの少女時代を演じたエミリア・ジョーンズ」が、歌の才能に恵まれた主人公のルビー・ロッシを好演。
「愛は静けさの中に」で史上最年少のアカデミー主演女優賞に輝いたマーリー・マトリンをはじめ、トロイ・コッツアー、ダニエル・デュラントの3人の聴覚障害を持つ俳優陣が、ロッシ家の家族を演じる。

マサチューセッツ州グロスター。
この街に住むルビー・ロッシ(エミリア・ジョーンズ)は、歌うことが大好きな高校生。
漁師をしている父のフランク(トロイ・コッツアー)に兄のレオ(ダニエル・デュラント)、母のジャッキー(マーリー・マトリン)の四人家族で、毎朝3時に起きて父と兄と共に船に乗り、漁をしながら歌い、帰港してから学校へ通うのがルーティン。
ある時、選択授業で合唱を選んだルビーは、音楽教師のミスターV(エウヘニオ・デルベス)から才能を認められ、ボストンのバークリー音楽大学への進学を進められる。
しかし、ロッシ家はルビー以外の全員が聾唖の聴覚障害者。
物心ついた頃から、ずっと家族の手話通訳をしてきた彼女は、自分がいなくなったら家族が困るのではないかと心配で、グロスターを離れることができない。
ひとまず、ミスターVの元でボーカルのレッスンを受けることになるのだが、ルビーが船に乗らなかったある朝、事件が起こる・・・・


本作の元になったフランス映画「エール!」は、本国で大ヒットしたが、各方面から強い批判も受けた。
オリジナルはコメディ色がより強く、メインプロットはシンプルなのに、色々賑やかしを入れたくなったのか、お父さんが市長に立候補したり、お母さんがエッチしすぎて膣炎だったり、弟はアナフィラキシーショックを起こしたり、はたまたクラスのカッコいい男子との初恋ネタやら、歌の先生の過去やら、本筋に絡まないサブのエピソードがやたらと多く、とっ散らかった印象になってしまってた。
対してこちらは、オリジナルの特徴だった下ネタを最低限キープしながらも、ファミリードラマとしての色彩を強め、全てのディテールがメインプロットを強化する王道の脚色。
両親が性的にアグレッシブな設定は、物静かで大人しいという聴覚障害者のステロタイプの打破につながる。
市長選の代わりに、フランクが搾取される漁師を代表して漁業組合を設立するエピソードも、障害があっても自立した生活を守るため、行動するリーダーとなり得る象徴的な描写。
一方で、オリジナルでは酪農家だった家業も、危険な海上でより聴覚が重要となる漁業となり、家族がルビーへ依存する理由も増している。

本作で特筆すべきは、ロッシ家の家族を演じた三人の聴覚障害を持つ俳優たちだ。
私は基本的に俳優の属性ではなく、「その役を適切に演じることが出来るか」でキャスティングされるべきだと考えるが、機会が限られるマイノリティの役の場合、まずはそのコミュニティで探し、見つからなければ範囲を広げるのがフェアだと思う。
しかしそれは、商業映画ではなかなか難しく、マイノリティの俳優が積極的にキャスティングされるケースは稀。
実際本作でも、家族役には客の呼べる健聴者の有名俳優をと、出資者サイドから強い圧力があったそうだが、最初にキャスティングされたマーリー・マトリンという“レジェンド”が盾となり、聾唖俳優のコミュニティに紹介して、俳優たちが選ばれていったという。
しかも聾唖劇のコミュニティは狭いので、三人は既に共演経験があり、決まった時点でチームワークはバッチリだったそう。
特にフランク役のトロイ・コッツアーの凄みのある存在感は、粘ったキャスティングの勝利だろう。

演者にそのコミュニティ出身者がいるどうかで、描写の正確性も変わってくる。
出演者に聴覚障害者がいなかったオリジナルは、この部分でも物議を醸した。
「奇跡のひと マリーとマルグリット」で知られる聾の俳優、アリアーナ・リボワールは「聾唖の描き方が嘘だらけ」と厳しく批判していたし、フランス国内でも障害の描写に対して抗議する声が大きかったという。
制作チームは、シナリオから作品制作のスタンスに至るまで詳細に検証した上で、コンサートシーンのフランク主観の表現など、オリジナルの良い部分を生かしながら、「発想はいいけど掘り下げられおらず、あちこち詰めが甘い」という欠点を徹底的に潰し、結果的に単なる英語版ではなく独自性も高くなるという、リメイクのお手本のような仕上がりとなっている。

もちろん主人公のルビーを演じるエミリア・ジョーンズの伸びやかな演技と歌声も素晴らしい。
美少女っぷりが鮮烈だった「ブリムストーン」や、パスカル・ロジェの「ゴーストランドの惨劇」など、なぜかホラー色の強い作品が多かったが、これは等身大のティーン役。
観る前は田舎娘にしては綺麗過ぎじゃない?と思ってたが、ちょい体重も増やしたのか、衣装のセンスを含めて、可愛いけどイモっぽく見えるような絶妙な役作り。
彼女の歌も、上手すぎないのがポイント。
才能はあるがまだまだ発展途上で、今よりも未来の伸びしろを感じさせるいい塩梅だ。
もうちょっと振り切っちゃうと、「セッション」のJ・K・シモンズになりそうな、エキセントリックなキャラクターの、ミスターVことベルナド・ヴィラロボス先生との掛け合いも楽しい。
演じるエウヘニオ・デルベスはメキシコの大スターで、アメリカ映画にもしばしば顔を出しているが、ディズニーやドリームワークスのアニメーション作品の、スペイン語吹替で声優としてお馴染みの人だから、アメリカ在住のスペイン語話者には嬉しいキャスティングだろう。

そして、もう一つの主役と言うべきなのが、風光明媚なニューイングランドの情景だ。
マサチューセッツ州ケンブリッジ出身だというだというシアン・ヘダーは、勝手知ったる地元を実に魅力的に描写する。
この辺りは大都市のボストンを一歩出ると、歴史豊かな小さな魚村が点在している地域。
中でもグロスターは昔から多くの映画が撮影されてきた美しい土地だが、その隣町を舞台&タイトルとした、「マンチェスター・バイ・ザ・シー」のケネス・ロナーガン監督からは、多くの情報を共有されているそう。
こうした作家同士のパーソナルな繋がりも、インディーズ映画ならではの手作り感。
ほっこりした家族の愛の物語というだけでなく、アメリカの漁師たちが抱える経済的、制度的な問題などの社会性もしっかり物語の背景として取り込まれ、作品世界を奥深いものとしている。
音楽映画としてもミュージカル以上に聴き応えがあり、クライマックスに歌われるジョニ・ミッチェルの名曲「青春の光と影」が味わい深く全体のテーマをまとめ上げている。
多くの優れたインディーズ作品に、スポットを当ててきたサンダンス映画祭四冠は、やはり伊達ではない。
ブレない芯を華やかな音楽で彩り、お互いを思いやる愛が、ほっこりと温かい気持ちにさせてくれる、花束のような美しい小品だ。

今回は舞台となるニューイングランドの名を持つ「ブリュードッグ ニューイングランドIPA」をチョイス。
ニューイングランドIPAとは、ここ5年ばかりの間に急速に広まってきたスタイルのことで、強いホップ感があるのと同時に、あまり苦味が強くなく、フルーティでマイルドな口当たりが特徴。
飲みやすさから人気となり、名前の元となったニューイングランド各州はじめ、世界中のクラフトビールの銘柄が作り始めている。
こちらのブリュードッグはスコットランドの会社で、一般的なニューイングランドIPAと比べると、複雑なフルーティさが特徴か。
同社はパブも経営していて、日本の六本木にも同名のパブを開いている。

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ショートレビュー「アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド・・・・・評価額1600円」
2022年01月21日 (金) | 編集 |
はたしてアンドロイドは、人間の伴侶になり得るのか?

これは言わば、ドイツ製のオトナ版「アイの歌声を聴かせて」
マレン・エッゲルト演じる考古学者のアルマは、アンドロイドの“理想の伴侶”と3週間同居生活するという、実験プログラムに参加する。
アルマの脳内の願望をスキャンして作られたのは、ダン・スティーヴンスが絶妙なロボット感で演じる、イケメンのアンドロイドのトム。
彼はプログラム通り、彼女に幸せを味わってもらおうと頑張るのだが、アルマがプログラムに参加したのは研究資金のためで、もともと乗り気でない。
しかも彼女は恋人と別れて間もなく、ある出来事によって負った心の傷が癒えておらず、ひたすら優しいトムの態度に、逆に心をかき乱されるのだ。

人間とAIのラブストーリーは、過去にも多くの作品で描かれてきた。
「エレクトリック・ドリーム」では、意志を持ったPCが人間の彼女に禁断の恋をするし、クリス・コロンバスの最高傑作「アンドリューNDR114」では、200年生きたアンドロイドが愛のために永遠の命を放棄する。
最近でもホアキン・フェニックスが、Siriさんの進化型のような声だけのAIに恋をする「her 世界にひとつの彼女」や、支配と非支配を巡る人間とアンドロイドのスリリングな恋愛ゲームを描いた「エクス・マキナ」が印象に残っている。
しかし本作の独特の手触りは、過去に作られたどの作品とも異なるのだ。

当初はギクシャク、だが次第に二人の関係が変わってゆき、ある瞬間に二人の間にあった壁が氷解する。
そして、そこに「愛とはなんぞや?」という難問が浮かび上がるというワケ。
しかし、これは単に人間とアンドロイドの恋愛を描く作品ではない。
マリア・シュラーバー監督は、愛を感じた主人公がその先に見るもの、人生における幸福とは何かを浮かび上がらせる。
最初から理想の容姿と性格の伴侶が存在し、しかも自分好みに進化したら、多くの人は夢中になるだろうが、それは愛ではなく依存なのでは?
プログラムでしかない愛は、所詮擬似的な逃避に過ぎないのでは?

主人公のアルマが、遠い昔の人々が想いを記録した、楔形文字の研究者という設定が象徴的。
学者らしく、自らの感情を客観的に分析してしまった彼女は、今感じている幸せよりも、それを作り出した愛は偽物では?という考えが先に立ってしまうのだ。
中年期に差しかかった、ワーカホリックの孤独なお一人様。
この先、子供を持つことも難しく、将来を展望できない年齢にあって、彼女のキャリアとプライドが、アンドロイドの愛に安直に依存することを拒否する。
映画の終盤の、アルマと同じプログラムに参加し、“理想の伴侶”を得た男性とのシーンはとても面白い。
アルマとは対照的に、彼はアンドロイドとの関係に一切の疑念を見せず、プログラムに参加して自分がいかに幸せになれたかを語る。
彼にとっては、アンドロイドの心が本物か偽物かはどうでもいい、自分が感じていることが大切なのだ。

ここでは、社会の中での女性のポジションというフェミニズム的な要素を隠し味に、アンドロイドという非生物を触媒として、人生になにを求めるのか、生き方そのもののが問われる。
映画の結末も、ハリウッド映画の様な分かりやすさはない。
だが、人間は人間なりに、アンドロイドはアンドロイドなりに、葛藤の末に二人の到達したビタースイートな境地が余韻を深める。
本作や「アイの歌声を聴かせて」で描かれるアンドロイドを見ていると、何だか彼らとの未来が楽しみになってくる。
調子に乗ってると、サクッと滅ぼされるかも知れんけど。

ちょっとホッコリする本作には、冬の日に身体を温められるドイツのホットワイン、シュルテンターラーの「グリューワイン」をチョイス。
グリューワインはワインに蜂蜜やシナモン、オレンジなど甘味とスパイスを漬け込んだもの。
自分でお好みの味を作っても良いが、比較的低価格のワインをベースに色々な業者が個性を競っている。
小さめのマグカップに注いで、レンジでチン。
今の季節は寝る前にこれを一杯飲むと、体がポカポカして寝つきが良くなる。

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ショートレビュー「クライ・マッチョ・・・・・評価額1400円」
2022年01月16日 (日) | 編集 |
91歳の見たユートピア。

これはもの凄くヘンテコな映画だ。
イーストウッドが演じるのは、テキサスに住む元ロデオのスター、マイク。
かつては男らしさを誇っていたが、今では妻子を亡くし孤独な生活を送っている老いぼれた爺さんが、元雇い主に依頼され、メキシコから彼の息子のラファを誘拐して来る。
なぜなら、別れた妻とメキシコシティで暮らしているラファが、虐待されていると言う噂を聞いたから。
老人と子供、ロードムービーという設定だけ見ると、「グラン・トリノ」や「パーフェクト・ワールド」と行った名作を思わせるのだが、テイストがまるで違う。
逃避行のはずが、緊迫感はゼロ。
一応、妻の部下やメキシコ警察に追われたりもするのだが、サスペンスな要素はほとんどなく、ひたすらのほほんとした自動車旅行が展開する。

ベースとなる物語の設定からしてゆるい。
豪邸に住んでるラファの母親は男たらしで、ドラッグのビジネスで儲けているらしい。
母の連れ込む男たちに虐待されたラファは、ストリートで暮らしているが、彼女は反抗的な息子に無関心。
ところが、マイクが現れた途端、なぜかラファに執着しはじめる。
妻のキャラクター造形がまるでデタラメだし、そもそもテキサスの牧場主と、メキシコのドラッグの元締めが、どこで、どうやって夫婦になったのか謎。
展開は行き当たりばったりで、当初明かされたなかった裏設定が、途中からこれまた唐突に出てくる。
原作の問題か脚色の問題か知らないが、ぶっちゃけシナリオはガタガタだ。

旅の行程も、むっちゃのんびり。
イーストウッドが前回主演した「運び屋」でも、ドラッグを運ぶ間に思いっきり寄り道していたが、怖いもんなしの爺ちゃんの辞書には「急ぐ」という文字が無い。
依頼主からはさっさと帰って来いと言われているのに、なぜか途中の村に落ち着いちゃって、何週間も馬の調教したり、獣医の真似事したり、似た境遇の老婦人と老いらくのロマンスまで。
旅の目的と同時に映画の方向性も失われて、しまいには観てて「これ何の映画だっけ?」と分からなくなってくる。
一応、最後の最後で、やっとこさ追いついた敵に襲われ、タイトルの“マッチョ”の意味も語られるのだが、たぶんイーストウッドは、もう誰かに何か伝えるためには、映画を作ってないのだと思う。

ゼロ年代に入ってからのイーストウッドの監督作品は、極めて端正な輪郭とバランスを持つ、次世代への遺言の様な作品が並んでいた。
ところが、10年代に入ると少しずつ様相が変わってくる。
硫黄島上陸作戦を描いた「父親たちの星条旗」では、わざわざ対になる「硫黄島からの手紙」を日本側からの視点で撮り、二部作としたくらいに公正さに拘っていたのに、同じく史実をベースとした「ハドソン川の奇跡」「リチャード・ジュエル」では、史実をねじ曲げてでも“悪役”を仕立て上げる。
フランスで起こったテロ事件を描いた「15時17分、パリ行き」では、事件の当事者本人に演じさせるという実験的な奇策を使う。
思うに、この辺りからイーストウッドの映画は、独り言に近くなっていったのだと思う。

極め付けが、88歳の時に主演した「運び屋」である。
実在の老運び屋にインスパイアされたこの物語で、イーストウッドが演じたのは、極端に承認欲求が強く、それゆえに家族を失い、道を踏み外してしまった男だ。
映画を観た方はお分かりだろうが、これは自らも私生活ではいろいろやらかしているイーストウッドの、過去への懺悔のような作品だった。
そして90を超えて演じた本作も、基本的には「運び屋」の延長線上にある。
本作を端的に言えば、嘗ては力でブイブイ言わせてた主人公が、気がつけば老いて周りに誰もいなくなってしまい、最後の旅でマッチョな生き方を捨てることで、理想郷を見つける話し。
これはもう、作者の人生最後の願望としか思えない。

もう若い世代へ伝えたいことがある訳じゃないから、子供を救うのはオマケ。
実際ラファのキャラクター造形も、他のキャラクターと同様に紋切り型だ。
時代設定が79年なのも、原作がそうと言うより、この時代が作者にとって人生で一番良かったんだろうなと思わされる。
心を通じ合える彼女と可愛い孫たちに囲まれた、まるで西部劇に出てくるような田舎町。
ぶっちゃけ、作品としての出来は素晴らしいとは言えないが、91歳の老巨匠がたどり着いた理想の世界はここかあ、という妙な納得感はある。
90まで生きて、こんな穏やかな老境に達してみたいものだ。

今回は、メキシコ名物のテキーラとはちみつを使ったカクテル「エル・ドラード」をチョイス。
テキーラ45ml、レモンジュース30ml、はちみつ3tspをシェイクして、氷を入れたグラスに注ぐ。
最後に、カットしたオレンジ一切れを沈めて完成。
テキーラの強烈な風味を、レモンの酸味とはちみつの甘味がマイルドに仕上げ、すっきりとした一杯。
「エル・ドラード」とは、南米のアンデス山脈に存在すると言われる伝説の黄金郷だが、テキサスにも同名の町がある。
ちなみに、ハワード・ホークス監督の「エル・ドラド」の舞台もテキサス州エル・ドラドだが、これは架空の町で実際のエル・ドラドとの関係は無い。

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スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム・・・・・評価額1800円
2022年01月09日 (日) | 編集 |
スパイディ、大人への階段を駆け上がる!

ジョン・ワッツ監督が手がけるスパイダーマンの青春、「ホーム」三部作怒涛の完結篇。
「ファー・フロム・ホーム」で、ホログラムとドローン技術を駆使する、自作自演フェイクヒーローのミステリオを倒したピーター・パーカー。
しかしラストで、ミステリオから映像を入手した、デイリー・ビューグルのJ・ジョナ・ジェイムソンに正体をバラされてしまう。
世間の関心を一身に集め、自分だけでなく仲間たちまで傷つけられる事態に、ピーターは、ドクター・ストレンジに助けを求め、魔術で自分の正体が知られていない世界に戻してほしいと頼む。
しかし、このことによってマルチバース(多元宇宙)の世界から、それぞれの世界でスパイダーマンと因縁のあるヴィランたちを引き寄せてしまうのだ。
タイトルロールのトム・ホランドとゼンデイア、ジェイコブ・バタロンの青春トリオは続投。
ストレンジの魔術が召喚するスーパーヴィランたちは、全員オリジナルキャストで復活し、終盤にはさらなるサプライズが!
これほどやり切った感のある作品は、MCUでは「アベンジャーズ/エンドゲーム」以来だ。
※以下、核心部分に触れています。

ピーター・パーカー(トム・ホランド)の生活は、世間にスパイダーマンの中の人だと知られたことで一変。
ミステリオが実は詐欺師だったと知らない人々は、彼の死の責任をスパイダーマンに求め、ピーターは疑惑の人物になってしまう。
MJ(ゼンデイア)やネッド(ジェイコブ・バタロン)も、スパイダーマンの仲間として中傷を受け、志望校のMITからも揃って進学を拒否される始末。
耐えられなくなったピーターは、ドクター・ストレンジ(ベネディクト・カンバーバッチ)に、魔術で自分の正体が誰にも知られていない世界にして欲しいと頼むのだが、術の途中でいろいろと注文をつけたことで魔術は失敗。
ストレンジから、大学に請願し直せと助言されたピーターは、MITの幹部に直談判しようとするが、そこへ突然巨大な金属のアームを纏ったドクター・オクトパス(アルフレッド・モリーナ)が現れ、ピーターに襲いかかる。
魔術が中途半端に終わったことによって、マルチバースの扉が開かれ、他のユニバースからスパイダーマンに恨みを持つヴィランたちを呼び寄せてしまったのだ・・・・

いやー面白い!
オールスターキャストのスケジュール押さえるだけでも大変だっただろうに、よくぞ企画成立させたものだ。
2時間半の長尺だが、プロットの構成が非常にバランスよく、ストーリーが小気味良いリズムで展開してゆくので、体感的には1時間半程度。
それでいてライミ版から現在まで、実写スパイダーマン映画八作全てを網羅した、完璧な完結編だ。
なんとなく噂は聞いていたものの、確定情報としては入っていなかったので、終盤ポータルの向こうから現れたスパイダーマンがマスクを取った瞬間、興奮して思わず「うぇっ!」て変な声でちゃったよ。
私だけじゃなくて、劇場全体がどよめきに包まれていたけど。
そう、本作ではヴィランズだけでなく、サム・ライミ版のトビー・マグワイア、マーク・ウェブ版のアンドリュー・ガーフィールド、歴代スパイダーマンが揃い踏み。
アカデミー賞を受賞したアニメーション版「スパイダーマン:スパイダーバース」では、マルチバースの並行宇宙からやって来た、多種多様なスパイダーマンが登場するが、あれを遂に実写で実現したのだ。
まあ数で勝負の日本の特撮ヒーローものだと、よくやってることではあるのだが、アメコミ映画では前代未聞の試み。
比較的最近のガーフィールドはともかく、トビー・マグワイアがスパイダーマンを最後に演じたのは15年も前の話なので、ポスプロで若返り処理をしてるのかと思ったら、そのまま。
新三部作の一作目「ホームカミング」では、フェリーを使ってライミ版第二作にオマージュを捧げるなど、ジョン・ワッツの過去作へのリスペクトは最初から強かった。
本作では、各シリーズの時系列を合わせず、演じた俳優の年齢をそのままにすることで、ライミ版、ウェブ版のシリーズが終わった後、描かれなかった物語のその後を想像させるという、ファン泣かせの構造になっているのだ。

テーマ的にライミ版第三作の、“許しの美学”の延長線上にプロットを構築してるのも興味深い。
「スパイダーマン3」では、パーカーがスパイダーマンとなるきっかけとなった、ベン伯父さん殺害の真相が明らかとなり、当初思われていた様な殺人ではなく、拳銃の暴発事故だったことが真犯人のサンドマンから語られる。
真実の告白を受けたパーカーは、サンドマンに対して「君を許す(I forgive you.)」と語りかけるのである。
この展開は、悪役をことごとく死に追いやっていた当時のアメリカ映画としては極めてユニークで、翌年の2008年に沖縄に登場した究極の許し系ヒーロー、「龍神マブヤー」などにもおそらく影響を与えていると思う。
日本の少年漫画のヒーローは、もともと倫理観が強くて悪役を殺したがらない、せめて死ぬ前に改心させたがるが、成長期にある若きスパイダーマンも同じ傾向が顕著で、青春志向と共に漫画文化との親和性も日本人がスパイダーマンを大好きな理由の一つだろう。

今回は、時系列がランダムなままマルチバースから召喚されたヴィランを、”治療”することが出来れば、彼らは元の世界でスパイダーマンと戦わず、命を落とすこともないという、パーカーの考えが物語の根っこ。
若くて純粋な、トム・ホランドのパーカーらしいアイディアだ。
スパイダーマンのヴィランズは、ほぼ全員がもともとは善人だが、手にした力によって心を歪められ、悪の道に誘われてしまった者たち。
大いなる力は、見方を変えれば大いなる呪いでもある。
同じ様に力を手にしたスパイダーマンにとって、ヴィランズはいわば合わせ鏡の様な存在で、だからこそ放っておけなかったのだ。
実際「スパイダーマン3」でヴェノムに寄生された時には、パーカーは闇堕ちしかかっている。
優しさゆえの善意の行動だが、結果的にパーカーは今まで「ホーム」三部作では描かれていなかった、愛する者の喪失に直面することになってしまうのだ。
ライミ版のパーカーは、物語の序盤でベン伯父さんを殺される。
ウェブ版では、愛するグエン・ステーシーを救うことが出来なかった。
喪失は大いなる力の行使の代償として現れ、主人公のさらなる成長を促すのだが、遂にホランドのスパイダーマンにもその時が来たのだ。

ちなみに終盤は感涙しっぱなしの本作だが、自由の女神から落下したMJをガーフィールドが間一髪で救い上げるシーンはとりわけグッときた。
あれは「アメイジング・スパイダーマン2」の、グエン・ステイシーの転落死の再現であり、ガーフィールドのパーカーにとっては、贖罪と救済の瞬間だろう。
印象的だったのが、クライマックス直前に、ガーフィールドが「(グエンを)失った後も、親愛なる隣人を続けようとしたが、出来なかった」と語るシーン。
もともと三部作になるはずだった「アメイジング・スパイダーマン」は剛行成績が予想よりも伸び悩んだことで三作目がキャンセルされ、本来ならば描かれるはずだった喪失のその先の話が無くなってしまった。
「アメイジング」の後を受け継いだワッツとしても、前シリーズがやり残したことは気になっていたのだろうと思う。
一瞬だが、7年分の後悔と葛藤を吹き飛ばす、名シーンだった。
本作はホランドのパーカーの完結編であるのと同時に、過去のパーカーたちのやり残したことを描くという点でも、全てのスパイダーマンにとって完結編なのである。

もっとも、今まで喪失が描かれなかったということは、逆に言えば今までの「ホーム」三部作には力の呪いがなく、だからこそ陽性な青春活劇として成立していたと言える。
「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」で、トニー・スタークにスカウトされたゲストヒーローとして初登場。
以降彼は過去の孤独なスパイダーマンとは違って、多くの先輩がメンターとなり、賑やかな日々を送ってきた。
単体第一作「ホームカミング」ではアベンジャーズ同士の戦いから戻った我が家で、いつ自分がアベンジャーズの正式メンバーになれるのか悶々とする日々。
だが指パッチンからの生還を果たした後、アベンジャーズは解散状態となり、徐々に孤独感を募らせてゆく。
「ファー・フロム・ホーム」では、故郷を遠く離れたヨーロッパで大騒動に巻き込まれ、三部作完結編となる本作では、遂に彼にとって最後のメンターだったメイおばさんを喪う。
そして最終的に全世界の人間からピーター・パーカーの記憶を消し去ることで、マルチバースの侵食から世界を救い、帰るべき家を失ってしまうのだ。

こうして見ると、「ホーム」三部作とは、周りに守られていた若者の、巣立ちへの物語だったのがよく分かる。
パーカーは、本作でもスパイダーマンとしての使命を果たしたが、その代償として大きすぎる喪失を経験し、力の持つ恐ろしさも知った。
たぶん、彼が青春トリオを復活させないことを決断したのは、コーヒーを買いに行って、MJの額の絆創膏に気付いた時。
ガーフィールドが助けなければ、メイだけでなくMJも命を落としていたかも知れないという事実を、改めて突き付けられるのだ。
大切な彼女を、親友を、愛する人たちを危険に巻き込むことを続けるべきなのか。
ラストでスパイダーマンのスーツを、「ホームカミング」の時に着用していた青色に戻しているのも、仕切り直しの意味だろう。
既にアナウンスされている新三部作は、たぶんグッとハードになって、パーカーの大人のヒーローとしての孤独な冒険が見られそうだ。

だが、続きがあると言っても、シリーズの生みの親のジョン・ワッツは、これを最後に降りるのではないか。
このユニバースで出来ることは、とりあえず全部やっちゃったでしょう。
残る可能性は、エレクトロの台詞通り「黒人のスパイダーマン」即ち、アニメーション版とのクロスオーバーか。
ホランドが演じるスパイダーマンの世界観なら、「スパイダーバース」のマイルスが実写になって現れたり、逆にホランドがあっちではCGキャラになっても違和感ない気がする。
しかし、今回のヴィランズに「スパイダーマン3」でトファー・グレイスが演じたエディ・ブロックが登場しなかったのは、トム・ハーディのヴェノムがMCUに合流する布石かと思ってたのだが、エンドクレジット中のオマケであっさり元のユニバースに戻ってしまった。
一応、次回作にヴェノムを登場させられる様にはなっていたが、宿主はトム・ハーディではない?
何気に、MCUドラマ版のデアデビルがパーカーの弁護士としてさりげなく出てきたり、TVのリポーター役で、ベティ・ブラントが登場していたりしたが、あの辺も伏線として今後絡んで来るのかもしれない。

あとエンドクレジットに、アヴィ・アラッドへの謝辞があったのも胸アツ。 
アメコミ映画不毛の90年代から、「ブレイド」「X-MEN」などの映像化を仕掛け、ついにライミ版三部作を大ヒットさせ、MCU誕生までの流れを作った立役者。
「スパイダーマン」シリーズ誕生から今年でちょうど20年、ハリウッドは彼に足を向けては眠れないだろう。
それにしても、本作でも重要なキャラクターだったドクター・ストレンジの最新作、「ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス」の監督が、一周回ってサム・ライミとか、“縁“という言葉を感じざるを得ないな。

今回は、見事な三部作、いや八部作の完結を祝ってシャンパン を。
シャンパーニュを代表する銘柄の、辛口のシャンパン「モエ・エ・シャンドン ブリュット アンペリアル NV」をチョイス。
シャルドネ、ピノ・ノワール、ピノ・ムニエの三種の葡萄による複雑かつ豊かな香りと、きめ細かな泡が作り出すしなやかな口当たりを楽しめる。
バランスに優れ、あらゆるシチュエーションにフィットするオールマイティーな一本だ。

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ショートレビュー「レイジング・ファイア・・・・・評価額1800円」
2022年01月05日 (水) | 編集 |
これはアクション全部入りの、超豪華中華おせちや〜!

現代香港アクション映画を代表する、ベニー・チャン監督、ドニー・イェン、ニコラス・ツェーの揃い踏み。
思えば、2021年の映画はじめは、ドニー・イェン主演の「燃えよデブゴン/TOKYO MISSION」だった。
あれから12ヶ月、年の最後にこれほどの熱量を持つ傑作が巡ってくるとは!
ドニー・イエンが演じる、どんな不正も許せない正義の熱血刑事ボンが、ニコラス・ツェーのダークサイドに堕ちた元後輩刑事のンゴウと因縁の戦いを繰り広げる。
ボンと彼のチームは、長年追っていた麻薬組織の取引を押さえる直前、捜査を外されてしまう。
しかし、別の警察チームが現場に乗り込んだ時、謎の武装集団が襲撃。
彼らは圧倒的な火力で警察と麻薬組織双方を虐殺し、大量の麻薬を奪い去る。
※以下、核心部分に触れています。

ことの発端は、数年前に起こった誘拐事件。
副総監から早期の事件解決を厳命されたンゴウと部下たちは、一線を超えた強引な捜査を行い、結果事件は解決したものの、被疑者を死に至らしめてしまう。
だが命令を出した副総監は裁判では関与を否定し、決定的な瞬間を目撃したボンも、苦慮の末に偽証を拒否したため、ンゴウたちは刑務所送りになってしまうのだ。
元警官にとって、刑務所は地獄。
組織人として命令に従ったがゆえに、人生をめちゃめちゃにされたンゴウたちは、出所後警察への復讐をはじめるという構図。
銃撃戦からカーチェイス、肉弾戦に至るアクションのバラエティも凄いが、たたみかける様な展開の中で、特に悪役サイドのキャラクターたちの判断と行動が異常に早く、いい意味でドライなのが、ストーリーテリングのスピード感をグッと引き上げている。
また、全てお互いの中にある絶対譲れない一線をかけた情念の激突なので、戦いの密度が違うのである。

本作で物語のバックボーンになっているのが、権力に忖度する上警察層部への不信と怒りだ。
最初の誘拐事件で被害者となるのは、有力銀行の経営者。
副総監は捜査を指揮するンゴウに対し、「翌日の株式市場が開く前」の事件解決を強く求める。
つまりは、無茶をしてでも株取引で損をする権力者を救えという話。
ボンのチームが解決目前で現場を外されるのも、直前に権力者から強要された不正を拒否したからなのだ。
急速に中国化が進む今の香港で、私腹を肥やす富裕層や警察幹部と言えば、ほぼ確実に北京の息のかかったアンチ民主派。
2019年に起こった民主派デモを厳しく弾圧し、大量の参加者を逮捕した警察幹部は、実際に香港政府ナンバー2の政務官に出世している。
映画の中では、決して「この幹部は北京系だ」などという台詞は出てこないが、このくらいが今の香港映画が描ける限界なのだろう。

しかし、どんなに圧力があっても、忖度するかしないかは人次第。
出世欲の強いンゴウは、警察官の義務よりも上司の命令を優先し、ボンは圧力に逆らってでも公僕としての姿勢を全うする。
正義を貫くか、悪に墜ちるかは紙一重ではあるものの、結局プロフェッショナルとして、紙一枚分の矜持を持ち続けられるかどうかで運命が決まる。
アクションが注目されがちな作品だが、ダブル主演の二人の対照的なキャラクターが織りなす人間ドラマとしても観応えたっぷり。
またお互いの手の内を知り尽くした者同士の戦い故に、頭脳戦の部分でも魅せる。
法と証拠に縛られる刑事vs狡猾な犯罪者の構図は、そのまま彼らの生き方を反映し、怒涛のクライマックスに向けてテーマを導き出すのである。

ベニー・チャンの映画を全部観ている訳ではないが、鑑賞している範囲では「新少林寺/SHAOLIN」が一番面白かった。
あの映画もそれまでの価値観や道徳が失われてゆく激動期に、怪物の様に育つ我欲との戦いを描いていて、力だけが正義と信じる悪役をニコラス・ツェーが演じていた。
本作は「新少林寺/SHAOLIN」のテーマを受け継ぎ、今の時代の香港を写す、ベニー・チャン監督の遺作にして魂の傑作。
まだ58歳、本当に惜しい才能を失ったものだ。

新年の一発目なので「ハッピー・ニュー・イヤー」をチョイス。
ドキュメンタリー映画「シューマンズ バー ブック」の主人公にもなった、ドイツ出身の名バーテンダー、チャールズ・シューマンが考案したカクテル。
ルビー・ポート20ml、ブランデー10ml、オレンジ・ジュース 20mlを氷と共にシェイクし、シャンパングラスに注ぐ。
シャンパン40mlを足してグラスを満たす。
ドライなシャンパンに、他の素材が甘味やコク、酸味など様々な風味を足しているが、不思議ととっ散らかってはいない。
新年を祝うのにぴったりの、華やかなカクテルだ。

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