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ショートレビュー「エルマーのぼうけん・・・・・評価★★★★+0.3」
2022年11月27日 (日) | 編集 |
勇気を出して、前へ進む。

米国の作家ルース・スタイルス・ガネットの名作児童文学、「エルマーのぼうけん」の二度目のアニメーション映画化。
ネットフリックス・アニメーションと、モッキングバード・ピクチャーズ、カートゥーン・サルーンの共同製作で、アニメーション制作はカートゥーン・サルーンが担当。
タリバン支配下のアフガニスタンで生きる少女を描いた、「生きのびるために」のノラ・トゥーミーが監督、「インサイド・ヘッド」「アーロと少年」などのピクサー作品で知られるメグ・ルフォーブが脚本を手がける。
ボイスキャストには、主人公のエルマー・エレベーター役にジェイコブ・トレンブイ、囚われたドラゴンのボリスにゲーテン・マタラッツオ、エルマーの母デラにゴルシテファ・ファラハニ、他にウーピー・ゴールドバーグやアラン・カミングら豪華な面々が揃った。

「エルマーのぼうけん」は、1997年に日本でアニメーション映画化されているが、この時はビジュアルも含めて原作に比較的忠実だった。
しかし今回は、「少年エルマーが、どうぶつ島に囚われているドラゴンを助ける」という一番ベーシックなログラインは踏襲されているものの、ストーリーは大幅に脚色され、キャラクターのルックもほぼ別物だ。
エルマーは、ポップシコールニャ海岸のかれき町に両親と住んでいるのではなく、ニューヨークのような大都市で、失業中のシングルマザーに育てられている。
友達になった野良猫に、囚われのドラゴンの話を聞くのは同じだが、貨物船に忍び込むかわりに、おしゃべりなクジラの背に乗って旅立つ。
どうぶつ島は海に沈みつつある浮島で、ボリスは川の渡しをするためではなく、沈む島を定期的に引っ張り上げるために、島のリーダーであるゴリラのサイワによって囚われている。

原作のエルマーは9歳の設定だったが、本作ではもう少し幼い印象で、エルマーとボリスを未熟な似た者同士に設定したのがポイントだ。
エルマーの夢は、潰れてしまった母のキャンディ店の再開だが、厳しい現実を認識している母に対して、エルマーはまだ世界を知らない。
彼の口癖は「まかせて」なのだが、実際にはまかせられない無力な少年だ。
一方のボリスは、炎を吐く「アフタードラゴン」になるために、どうぶつ島にやってきたが、その方法がわからないまま、サイワに捕まって島を引っ張り上げる羽目に。
臆病な性格で、エルマーに救い出された時に羽が折れて、飛べなくなってしまう。
彼らは島の賢者である巨大なゾウガメのアラトゥアを探し出し、全ての問題を解決する方法を教えてもらうとするが、ある事情によりそれは叶わず、自分達で道を見つけなければならなくなる。
本作は基本的に、異なる種類の恐怖に囚われているエルマーとボリスが、いかにして恐怖を克服し、成長を遂げて島を救うのか、という物語となっている。

役割は変わっているものの、トラやサイ、ワニといった原作の動物たちも登場する。
いかにもカートゥーン・サルーンらしい、丸を基調としたキャラクター&プロダクションデザインは、とても愛らしい。
ユニークなのはサイワのキャラクターで、彼はいわゆる悪役ではない。
なんとか島が沈むのを防ごうと一生懸命で、ボリスに無理やり引っ張り上げさせる。
それは結局問題を先送りするだけなのだが、彼は現実から顔を背け、これで大丈夫だと自分で自分を騙しているのだ。
沈みゆくどうぶつ島と、問題の根本解決を放棄して、文字通りの猿知恵に頼るサイワは、やはり地球温暖化による海面上昇と、手をこまねいている世界のリーダーたちのメタファーだろう。

2022年版の「エルマーのぼうけん」は、ルックも内容もカートゥーン・サルーン色が非常に強く、私のように原作に親しんできたファンにとっては、ちょっと違和感のある作品だ。
しかし逆の見方をすれば、ケルト民話の世界観で、唯一無二の強い個性を持つ作品を作ってきたスタジオとしては、これは初めての限りなく「普通」の子供向けアニメーション映画
スタジオと演出家の持ち味を生かし、原作を翻案した作品だと思えば、これはなかなかに楽しくて、味わいの深い一本と言える。

エルマーがどうぶつ島へ渡る前に立ち寄るのが、みかんが沢山生っているタンジェリーナ島。
今回は、みかん繋がりで「オレンジ・ブロッサム」をチョイス。
ビフィーター ・ジン45mlとオレンジ・ジュース適量を、氷を入れたタンブラーに注いで、軽くかき混ぜ、最後にスライスしたオレンジを飾る、
オレンジ・ジュースの甘味と酸味を、ジンの風味が爽やかに演出する。
作るのも簡単で、お手軽に楽しめる。

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ある男・・・・・評価額1700円
2022年11月24日 (木) | 編集 |
「人間」の本質はどこに宿るのか。

人類で最初に永遠の生を得た女性の人生を描く、ケン・リュウの傑作短編小説「円弧(アーク)」の舞台を日本に移し、「Arc アーク」として見事に映像化した石川慶、今回挑むのは芥川賞作家の平野啓一郎の「ある男」だ。
ある平凡な女性の夫が、突然の事故で帰らぬ人となる。
しかし後日、彼の名前も語っていた経歴も、全てが嘘だったことが判明。
名無しの「Xさん」は本当は誰なのか、妻の依頼を受けた弁護士が調査することになる。
やがて浮かび上がってくるのは、男の辿った壮絶な人生だ。
「マイ・バック・ページ」の向井康介が担当した脚本は、かなりトリッキーで先が読めない。
実質的な主人公となる弁護士の城戸章良を妻夫木聡、依頼者となる谷口里枝を安藤サクラ、事故死する「Xさん」に窪田正孝、キーパーソンとなる受刑者・小見浦を柄本明が演じる。
石川慶は前作に引き続いて、不可思議な人間の本質を巡る秀作を作り上げた。
※核心部分に触れています。

弁護士の城戸章良(妻夫木聡)は、かつて離婚調停を担当した谷口里枝(安藤サクラ)から奇妙な以来を受ける。
離婚後の里枝は、息子の悠人(坂元愛登)と故郷の宮崎に帰り、実家の文房具店を手伝っていたのだが、ふらりと街に現れた謎めいた男、谷口大祐(窪田正孝)と恋仲となり再婚。
新たに娘も生まれて幸せな生活を送っていたものの、大祐は不慮の事故で亡くなってしまう。
ところが、疎遠だった大祐の兄の恭一(眞島秀和)が一周忌に訪ねて来て、遺影を見るなり「これは大祐じゃないです」と断言。
では3年9ヶ月の間、「谷口大祐」として里枝の傍にいた男は何者なのか。
夫が犯罪に関わっていた可能性も考え、里枝は信頼している城戸に調査を依頼。
本物の谷口大祐の故郷、伊香保温泉を訪れた城戸は、恭一や元恋人の後藤美鈴(清野菜名)に聞き込みをし、宮崎に現れる前の大祐が、大阪にいたことを突き止める。
その頃の大阪では、戸籍を違法に売り買いする事件が起きており、城戸はこの事件のブローカーとして有罪判決を受け、収監されている小見浦(柄本明)という男が、事情を知っているのではと考え、接見するのだが・・・・


冒頭、ルネ・マグリットの絵画「複製禁止」が映し出される。
男の後ろ姿の向こうに鏡があるのだが、そこに映っているのは男の顔ではなく、また後ろ姿という奇妙な絵だ。
まあ、マグリットの絵は全部奇妙なのだが、これが本作のテーマを暗示している。
序盤は宮崎を舞台に、里枝と谷口大祐と名乗る男の馴れ初めが描かれる。
二番目の子供を幼くして亡くしたことが原因となり、夫と離婚し悲しみに暮れる里枝と、彼女の心を徐々に癒してゆく謎めいた青年。
正直「ええ、ここから始めるの?」と戸惑った。
映画は丁寧に二人が恋に落ちるまでを描き、幸せな生活を築いたところで夫が事故死。
はじまって30分が経過した頃、夫の素性が出鱈目だったことが分かり、ようやく本作の主人公となる城戸弁護士が登場する。
物語がどこへ向かうのか、誰が主人公なのか、あえて背景を長めに描いて混乱させる上手い導入だ。

よく知っているはずの人が別人だった、という物語自体は別段珍しくない。
実際本作の予告編を観た時は、2018年に公開された「嘘を愛する女」を連想して、似たような話なのかと思った。
本作が独特なのは、別人になった「動機」だ。
人間関係や経済的理由、はたまた犯罪を犯したり、さまざまな理由で他人として生きている人、生きざるを得ない人は実際に数多くいるだろう。
行動に移さなかったとしても、過去を捨てて新しい人生をスタートしたいという、変身願望のようなものを持っている人も多いと思う。
しかし、本作の動機は「他人になりたい」というよりも、「自分でいたくない」というものなのだ。

これはアイデンティティの揺らぎを抱えた人々の物語で、亡くなった「Xさん」だけでなく、妻の里枝と子供たちも突然「谷口」という姓を失う。
弁護士の城戸は在日三世で、帰化した今の自分にどこか居心地の悪さを感じている。
自分は何者かのか?という問題は、人間の本質が「わたし」のどこに宿っているのか、という答えを見つけることでもある。
劇中で息子の悠人が里枝に「また名前が変わるの?」と聞く描写がある。
中学生の悠人はたった十年ちょっとの人生で、離婚した元夫の姓、里枝の旧姓、谷口姓と3回も苗字が変わり、今また谷口姓を失おうとしているのだ。
また城戸が見ているTVでは、ヘイトスピーチを繰り返す団体のデモの様子が放送され、義父も在日外国人に対する偏見を平然と口にしておきながら、城戸は日本に帰化しているから違うと、とって付けたように言い添える。
里枝たちは名前を失ったことで、城戸は血脈によってアイデンティティに揺らぎを覚える。

これらは、他人から自分がどう認識されているのか、という対外的な葛藤だが、はたして「Xさん」はどんな葛藤を抱え、本当の自分を捨てたのか。
「Xさん」の素性を探す旅は、ミステリアスで興味深い展開を見せ、やがて城戸による綿密な調査によって、彼はかつて凄惨な殺人事件を起こした死刑囚の息子「原誠」だったことが明らかになる。
父親の起こした殺人によって、誠はまず家族という帰るべき場所を失い、自分の中に流れる罪人の血を呪う。
彼が一番恐れているのは、自分の顔だ。
事件が起こった当時は、誠はまだ小学生だが、成長するに従って自分の顔が一番忘れたい父親そっくりになってゆくのだ。
劇中で何度か、誠が鏡やガラスに映った自分の顔を見て、強い拒否反応を示す描写がある。
過去を捨てようと足掻けば足掻くほど、過去は「顔」という絶対捨てられない究極のアイデンティティとなって彼を苦しめる。
彼は「顔」以外の自分自身をとことん拒絶し、自分でない何者かにならなければ生きていけないほど追い詰められてしまうのだ。

この作品の世界では、アイデンティティの揺らぎによって、人々が閉塞し思索を繰り返している。
撮影の近藤龍人による画作りは相変わらず端正で、日常でありながら、実に映画的な情景を構築しているが、特徴的なのが日本映画では珍しい1:1.66のヨーロピアンビスタのアスペクト比だ。
ちょっとだけ窮屈なそのフレームもまた、登場人物の閉塞を意味するのだろうが、いっそのこと「リバーズ・エッジ」のようにスタンダードの方が分かりやすかった気がする。
そこまですると、やりすぎだと思ったのかも知れないけど。

本作はまた登場人物だけでなく、観客にも思索することを要求する。
親しいと思っている人のことを、私たちは本当に知っているのか。
いや、そもそも自分のことすら、本当は知らないのではないか。
はっきりしているはずの人間の輪郭が、物語の進行と共に崩れ、曖昧な影となってゆく。
私たちは名前、戸籍、民族、さまざまな基準によってアイデンティティを定義されていると思い込んでいるが、知っていたはずの人物像が消え去った後には、一体何が残るのか。
重層的なストーリー構造から導き出される、原誠にとっての人生最後の3年9ヶ月の意味が切なく愛おしい。
彼の正体が分かった後がちょっと冗長では?と思っていたのだが、エピローグのエピソードにゾクゾク。
冒頭の「複製禁止」も、まさかこう使ってくるとは思わなかった。
食えない映画である。

今回は物語の発端となる宮崎の地酒、千徳酒造の「千徳 銀雫」をチョイス。
宮崎県は焼酎文化圏だが、注目すべき日本酒の酒蔵もそれなりの数が存在する。
こちらは、高千穂町産の山田錦を使用した一本。
日本酒度は-3.5と、南国の日本酒らしく甘口で、旨味の強いすっきりした味。
個人的には冷やがおすすめだが、ぬる燗でも美味しくいただける。

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ショートレビュー「土を喰らう十二ヵ月・・・・・評価額1700円」
2022年11月19日 (土) | 編集 |
命を、喰らう。

長野の山奥に一人で暮らし、愛犬の山椒と一緒に半農生活を送っている老作家の、大地のめぐみと共に生きる十二ヶ月。
二十世紀の人気作家、水沢勉のエッセイ「土を喰う日々 わが精進十二ヶ月」を原案に、「ナビイの恋」の中江裕司監督が映画化した作品だ。
劇中に登場する料理の数々は、料理研究家の土井善晴が担当している。
沢田研二が演じるツトムは、少年時代に禅寺の小坊主だったことがあり、精進料理にとても詳しく、十二ヶ月二十四節気を通して家の畑や山で採れる、様々な旬の食材を料理して美味しくいただいてゆく。
住んでいる所は十三年前に亡くなった妻の故郷なので、多少は親戚筋や近所の人たちとの交流もあるが、全体を通してドラマチックなストーリー性は希薄で、基本的には生産して、収穫して、料理して、喰っての繰り返し
たまに松たか子演じる担当編集者で恋人の女性が訪ねてきて、一緒に喰う。

これはいわば「リトル・フォレスト」四部作の、熟年男性版だ。
東北の小さな村を舞台に、都会からUターンしてきた橋本愛演じるいち子が、地の食材を生かした料理を作り、大自然の中での自給自足生活を通して自分と向き合ってゆく姿を、一つの季節を一時間、計四時間で描いた瑞々しい春夏秋冬四部作。
実際やってることは両作とも殆ど一緒なのだが、登場人物が青春真っ只中の「リトル・フォレスト」に対して、こちらは主人公が熟年だけに、立春から始まる物語には秋から冬にかけて急速に死の影が落ちてくる。
小屋に一人暮らししていた偏屈な義母の死と、義弟夫婦に押し付けられ、降って沸いた通夜振る舞いのてんてこ舞い。
そしてツトム自身も心筋梗塞で倒れ、九死に一生を得る。

この体験が、老作家の心に変化をもたらす。
死はとても怖い、だが避けられぬ。
今回は助かっても、人間いつかは皆死ぬのが道理、ならばどうやって死と折り合いをつけるか?
ツトムの思考は何処までも地に足の着いたもので、なんとこの人、毎晩寝る時に「皆さんさようなら」と呟き「死んでみる」のである。
死を意識した生活は、ツトムに執着を捨てさせる。
十三年もの間、納骨できなかった妻の遺骨は、砕いて散骨する。
都会で暮らす恋人を、山の生活に誘うのもやめる。
いつ死んでもいい準備は出来ているが、それでも毎朝日が昇り、生き返れば腹が減る。
腹が減れば、その日採れた食材を料理し、喰らい、生きていることを実感する。

米を研ぐ手、ほうれん草を丁寧に洗う手など、主人公の手のアップショットが多い。
手は種を植え、キノコをとり、胡麻を脱穀する、大地の命とつながるところ。
白菜の漬物、小芋の炭火焼き、大根の煮物、筍の水煮、山菜尽くしのご飯、胡麻豆腐。
出てくる四季の飯が美味そうで、とにかく腹の減る映画だった。
「リトル・フォレスト」もそうだったが、本作を見ると生産意欲を刺激される。
単純に料理したいというよりも、自然と格闘して命を育て、それを噛み締めたくなるのだ。
その分、恐ろしく手間がかかるのは、ツトムの生活を見ていても分かるけど。
生産し、旬を喰らう老人、沢田研二が素晴らしく、歳の離れた松たか子が恋人でも「アリだな」と思わせる色気がある。
訪ねてきた彼女が、料理するツトムを見て「いい男だわ〜」とまじまじと言うのも、説得力抜群。
エンディングテーマでは、ジュリー健在を示すように、相変わらずの美声を聴かせてくれるのだから、ファンにはたまらないだろう。

こんな粋な爺さんになりたいものだが、現実にこんな生活をするのはなかなか難しそう。
とりあえずツトムを目指して、来年は二年ぶりに梅干しを漬けよう。
禅宗では梅干が必需品で、毎年漬けないと縁起が悪いというのは初めて知った。
六十年ものの梅干しって、どんな味がするんだろう。
まさかあれ、本物?

今回は、長野の上伊那郡の小野酒造店の「夜明け前 純米吟醸 生一本 生酒」をチョイス。
この銘柄は島崎藤村の小説「夜明け前」からとられているのだが、タイトルを使うにあたって、蔵元は藤村の長男・島崎楠雄とある約束を交わしたという。
「この名を使う以上は、命に代えても本物を追求する精神を忘れない」
誓いのとおり、フルーティでふくよかな米の旨味を追求しつつ、比較的安価で普段使いしやすい一本になっている。
ツトムの精進料理と一緒に飲んでみたいものだ。

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すずめの戸締まり・・・・・評価額1750円
2022年11月15日 (火) | 編集 |
「セカイ」から「世界」へ。

「君の名は。」「天気の子」の連続メガヒットから3年。
新海誠の最新作は、災いをもたらす廃墟の扉を探す青年と、不思議な縁で結ばれた少女の日本を縦断するロードムービー。
運命の二人を襲うのは、隕石、異常降雨に続いて、今回は地震。
相変わらず映像は超絶に美しく、最初から最後まで見せ場も満載。
セカイ系オタクの血が暴走気味だった前作から、キッチリ“国民的映画監督”路線に戻してきて、見事に三打席連続のホームランをかっ飛ばした。
キャラクターデザインの田中将賀、音楽のRADWIMPSなどお馴染みの面々も再結集。
「君の名は。」の上白石萌音、「天気の子」の森七菜と、新海作品は若手女優の登竜門と化してきたが、今回主人公の岩戸鈴芽(すずめ)を演じるのは、「罪の声」で残酷な運命に翻弄される少女を好演した原菜乃華。
アイドルグループSixTONESの松村北斗が、「閉じ師」として日本各地の扉を閉める旅をしている青年、宗像草太を演じているが、二人ともびっくりするくらい達者。
映画作家としての新海誠の進化を感じさせる、鮮やかな傑作だ。
※核心部分に触れています。

17歳の岩戸すずめ(原菜乃華)は、叔母の環(深津絵里)と宮崎で暮らしている。
ある日、廃墟の扉を探しているという謎めいた青年、宗像草太(松村北斗)と出会ったすずめは、彼の後を追って山奥の廃墟を訪れる。
そこで一枚の古びた扉を見つけ、開けてみるとそれは、この世界ではないもう一つの世界へと繋がる「後戸」だった。
しかし扉の向こうは見えるだけで、入ることはできない。
すずめが扉の近くにあった不思議な形をした石を引き抜くと、石は猫の姿となって走り去った。
それは日本の地下に蠢く、「ミミズ」と呼ばれる巨大な力を封じている要石だった。
要石が抜かれたことによってミミズが動き出し、扉を閉じようとした草太は、要石が変異した猫(山根あん)によってすずめの母の形見の椅子の姿に変えられてしまう。
草太は猫を追って四国へ向かうフェリーに乗り込み、なりゆきですずめも行動を共にする。
猫がSNSで「ダイジン」と呼ばれ人気を博していることを知った二人は、写真を頼りにダイジンを探すのだが、そこにはまたしても後戸があった・・・・


めっちゃ面白い。
エンターテイメント度合いから言えば、「天気の子」を軽く超えて、「君の名は。」と双璧と言っていい。
知る人ぞ知るカルト監督だった新海誠を、国民的人気監督へと変貌させたプロデュースチーム、さすがの仕事だ。
少女と謎めいた青年の出会いから始まる物語は、アニメーション界のエメリッヒの面目躍如なスペクタクルな映像に彩られ、怒涛の勢いで展開する。
九州からフェリーで四国、明石海峡大橋を通って神戸へ、新幹線で東京、そしてさらに北へ。
カンのいい人なら、これらの土地の持つ意味も分かるだろう。
モチーフとなるのは、日本国民全員の心に刻まれた災害の記憶。
物語も終盤に差し掛かる頃、東北の海沿いの風景を見たある登場人物が「この辺て、こんなに綺麗な場所だったんだな」と口にする。
それを聞いたすずめは、黒く塗りつぶした日記帳の記憶と共に、訝しげに「綺麗?ここが?」と呟くのである。
さりげなく描かれているが、非常に重要なシーンだ。

九州で叔母と暮らしているすずめは、4歳の時に3.11の津波によって、母を失った元被災者なのだ。
今幸せではあるものの、彼女の心には2011年のあの日から、ポッカリと穴が開いたまま。
思えば、「君の名は。」の発想の原点も3.11だったが、公開時は震災からまだ5年と日も浅く、ファンタジーとして落とし込まざるを得なかった。
彗星の破片の衝突という、“想定外”の天変地異によって失ってしまったものを、時間の巻き戻しという禁じ手を使ってでも取り戻そうとする物語は、あの時の日本人の願望に近いものだったのかも知れない。
その3年後の「天気の子」は、たとえ世界が無くなったとしても、君と僕だけいれば生きていけるという話だった。
どちらもよく言えば前向き、悪く言えば浮ついた青臭い話だ。
しかし、今回はフィクションのそれでなく、そのものズバリ現実の震災がモチーフなので、核心の部分でファンタジーに逃げるわけにはいかない。

これは重要なネタバレなので、まだ観ていない方はこれ以上読み進めないで欲しいが、作中のすずめは後戸の向こう側、時間の概念の無い常世の世界で、後戸を開けて迷い込んでしまった幼い日の自分と出会う。
母を亡くしたばかりの四歳のすずめは、世界の残酷さに絶望し、カラフルだった日記帳を黒く塗りつぶし、もう帰ることのない母を探して彷徨い続けている。
成長したすずめは、悲しみのどん底にある過去の自分に、たとえ大切な人と二度と会えないとしても、この世界は生きるに値すること、人々は優しく、未来は輝きに満ちていることを伝え、母の形見の椅子を手渡すのである。
「天気の子」で描かれた、二人だけの「セカイ」から、多くの人々が関わり合う現実の「世界」へのシフト。
これが、この作品の核心だ。

後戸ができる場所も、以前は人々が住んでいたが、災害などで今はもう打ち捨てられてしまった廃墟というのも象徴的だ。
閉じ師が後戸に鍵をかけるときは、その場所でかつて暮らしていた人々の声を聞くのだが、それは同時に死者の声でもある。
「行ってきます」「行ってらっしゃい」日々の当たり前のやりとりをしたまま、永遠に会えなくなってしまった人々。
もちろん、一本の映画で全ての人の想いを掬い取れる訳もなく、映画で震災を描くことに拒絶反応を示す層も当然一定数いるだろうが、逆に救われたと感じる人も確実にいるだろう。
新海誠は喪失の記憶にきちんと向き合い、結果を出していると思う。
いくつかのシーンで、すずめの周りに二羽の蝶が舞っている描写があるが、東西の多くの文化で蝶は死者の魂を象徴する。
すずめの蝶は、亡くなった母や彼女を大切に思う人たちなのかも知れない。

前二作では共に神社が重要な役割を果たし、「君の名は。」の口噛み酒、「天気の子」の人柱と日本のアニミズム文化も深く絡むことで、フォークロアな要素も強かったが、今回フィーチャーされるのは要石だ。
物語の終盤に登場する東の要石「サダイジン」は、おそらく日本三大怨霊の一人、平将門だろう。
大手町にある将門の首塚は、動かそうとすると祟られるとの言い伝えがあり、映画化もされた荒俣宏の小説「帝都物語」では、将門の怒りが関東大震災を引き起こしている。
では「ダイジン」の方は?となると、サダイジンと違って作中にあまりヒントがないので悩ましい。
設定はされているはずなので、誰か分かった人がいたら教えてほしい。(※:Twitterで安徳天皇説を提唱してる方がいる。なるほど5歳で亡くなった安徳天皇なら仔猫の姿なのも納得だ。)
すずめが最初に見つけて、草太と共に閉じる後戸は、水が溜まった廃墟の中心に立っているが、これも「君の名は。」の宮水神社の御神体と同じく、水によって生と死の世界を分ける境界のイメージ

新たな要石となって常世に取り残された草太を、覚悟を決めたすずめが助けに行くのは、「天気の子」の男女逆転バージョンでもあり、新海誠の集大成というウリは間違ってない。
いやそれどころか、ジブリ作品をはじめ、作家の中にある全ての映画的記憶までもを巻き込んだ、お肉から海鮮まで全部入りの(いい意味での)闇鍋みたいになっている。
「星を追う子ども」の時点では、思わず苦笑してしまうくらいに、ルックも含めて宮崎駿オマージュの塊だったが、本作まで来るとジブリオマージュもディズニーオマージュも、誰が見ても新海誠というスタイルの中に、多少強引ながらうまく調和しており、作家としての成熟を感じさせる。

ところで、奇しくも同日公開となった「すずめの戸締まり」と「ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー」は、どちらも現実の喪失を色濃く反映した、メタ構造という共通点がある。
一人のスターの死と、多くが亡くなった大災害という違いはあるが、そこには実際に生きていた命があったことが映画からも強く伝わってくる。
また、ここ三年のコロナ禍の喪失を重ねて見る人も多いだろう。
コロナに感染して亡くなった人は、今日までに全世界で661万人。
日本では、生活習慣の違いや防疫が比較的うまくいっていることもあって、相対的に少ないものの、それでも47000人を超える人が亡くなった。
これは3.11の死者行方不明者、約18500人の倍以上の数字である。
それゆえどちらの映画も、ちゃんと完結してるのにどこかスッキリしない部分が残る。
心の奥底に石を抱えている様な感覚も共通するが、それは両作の作り手がきちんと喪失の意味に向き合ってるからだろう。
道筋は示せても、全てスッキリ爽やかに終われる訳がないのだから。

それにしても、劇場で驚いたのは客層の豊かさ、特に家族連れの多さだ。
「老若男女、これを観とけば間違い無い」っていう安心感。
そして観終わって開口一番、「面白かったー」という子供たちの声。
大ヒットを連発する、一部のアニメーション監督の強みはここだろうな。

今回は岩手を代表する地酒銘柄、陸前高田市の酔仙酒造の「酔仙 純米酒」をチョイス。
酔仙は東日本大震災の津波被害で工場を流され、壊滅的な被害を受けたが、見事に復活。
県内の大船渡市に新工場を稼働し、今もおいしいお酒を作り続けている、復興の象徴のような酒蔵だ。
こちらは豊潤な米の香りと味を堪能できる、飲み飽きないやや辛口の日本酒らしい一杯。
CPの高さも普段飲みには有難い。
ポテサラ入り焼きうどんを、つまみにして飲んでみよう。

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ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー・・・・・評価額1750円
2022年11月13日 (日) | 編集 |
喪失の、その先に。

マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)フェイズ4のラストを飾る、喪失と継承、再生を描く傑作だ。
国王とヒーロー、二つの顔を持つ男、ブラックパンサーことティ・チャラを演じたチャドウィック・ボーズマンが、癌のため43歳の若さで亡くなったのは2年前の2020年。
現実世界と同様、映画の世界でもティ・チャラは病に冒され、この世を去る。
彼が治めていたワカンダ王国は、元首と守護者の両方を突然失ったのだ。
ライアン・クーグラーは161分の長尺を費やして、予期せぬ喪失に戸惑い、やがて向き合う人々のディープなドラマを、フィルムメーカーならではの“喪の仕事”として綴る。
我々は愛するものを失った登場人物と同化し、悲しみ、葛藤しながら、未来を見据えてゆく。
過去の作品では兄のサポート役だった、シュリ王女役のレティーシャ・ライトが、本作では堂々たる主役の存在感で、新たなスターの誕生となった。
※核心部分に触れています。

ワカンダ国王のティ・チャラ(チャドウィック・ボーズマン)は、病に冒され死の床にある。
ハート型のハーブがあれば、彼を救えると考えたシュリ(レティーシャ・ライト)は、キルモンガーが根絶やしにしてしまったハーブを人工的に再生しようとするが、完成する前にティ・チャラは崩御。
王国は国王と守護者を同時に失ってしまう。
一方、ワカンダが独占するヴィブラニウムを入手したいアメリカは、海底の鉱脈を探し当てるが、調査船が何者かに襲われ全滅。
同じ頃、シュリとラモンダ女王(アンジェラ・バセット)の前に、ネイモア(テノッチ・ウェルタ)と名乗る男が現れ、同盟を結ぼうと呼びかける。
ネイモアは、ワカンダと同じヴィブラニウム文明を持つ海底人の国タロカンの王で、ワカンダにアメリカが使用したヴィブラニウム探知機の開発者を探し出し、引き渡すことを要求する。
戦争を避けるため、やむなくオコエ(ダナイ・グリラ)とシュリがアメリカに向かうが、探知機を開発したのはMITに通う天才大学生、リリ・ウィリアムズ(ドミニク・ソーン)だった。
FBIに追われた三人の前に、タロカンの兵士が現れて、シュリとリリは連れ去られてしまうのだが・・・


2018年に、スタン・リーが死去した後にリリースされた「キャプテン・マーベル」以来の、チャドウィック・ボーズマンへのリスペクトの塊のような、マーベルロゴで既に涙腺決壊。
現実世界のスターの死を、そのまま物語に反映した作品は極めて珍しい。
金を稼げる人気キャラクターであればこそ、代役を立ててでも続けようとするものだが、本作の作り手はそうはしなかった。
ボーズマンこそティ・チャラであり、ボーズマンの死はキャラクターの死とイコールなのだ。
ブラックパンサーという、強い個性を持つスーパーヒーローを主役にした世界観は、彼の死により中心にポッカリと穴が空いてしまった。
残された者たちは皆戸惑い、未来がどうなるのか、どうすれば良いのか分からないままだ。
映画は、ティ・チャラの妹であるシュリ王女、母のラモンダ女王、元恋人のナキア、国王親衛隊のオコエ隊長、四人の女性を中心にした群像劇として展開する。

その中でもフィーチャーされるのは、シュリ王女だ。
天才科学者でもある彼女は、前作でキルモンガーが焼き尽くしたハート型ハーブを再生しようと試みるが間に合わず、兄を救えなかったことに罪悪感を抱き、喪失を受け止められないでいる。
ハート型のハーブが無ければ継承の儀式を行えず、誰もブラックパンサーになれないので、彼女は研究に没頭することで、現実から逃げている。
母のラモンダも息子を失ったわけだが、彼女の場合は女王としての使命があるので、否が応でも喪失という現実に向き合わざるを得ない。
作中でラモンダがシュリをサバンナへ連れ出し、悲しみを素直に吐露して良いのだと諭すシーンがあるが、シュリはまるで聞き分けの無い子供のように、母の言葉を拒絶する。
この母娘の語らいの最中に忽然と現れるのが、本作のヴィランである海底人の国タロカンの王、ネイモアだ。
元々は中米の先住民だったタロカンの民は、スペインの侵略者によって海に追われ、ハート型ハーブと同じく、ヴィブラニウムの影響を受けた薬草によって、海底で生きられるようになったミュータントだ。
彼らを数百年にわたって率いてきたのが、足首に生えた翼によって飛行能力を持つネイモア、別名ククルカン(羽を持つ蛇の神)なのである。

前作の「ブラックパンサー」は、アメリカで爆発的な大ヒットとなり、MCU史上初のアカデミー作品賞をはじめとする7部門で候補となり、3部門で受賞するほどの高い評価を受けた。
これはワカンダという架空の国のお家騒動が、トランプの時代にあって、現実のアメリカ現代政治史の秀逸な比喩となっていて、ヒーローものである以前に、優れたポリティカルフィクションだったからだ。
物語の起点はなぜ1992年のオークランドなのか、ワカンダが他国に干渉しない政策を敷いているのはなぜか、キルモンガーの思想はどこから来ているのか、全てに現実に裏打ちされた意味があったのである。
日本でアメリカほど評価が高まらなかったのも、この辺りの感覚が肌で分からないからだろう。
本作では前作ほど政治性は追求されないが、私の知る限りスペインによる残酷な中南米征服を、SF・ファンタジーのジャンルでここまで描きこんだ作品ははじめてだ。
タロカンの民は、スペインによって土地を追われ、家を焼かれ、家族を殺され、遂に海にまで追い落とされた人々の末裔であり、その時代から生きてきたネイモアの、かつての帝国主義国家へ復讐心も、正当化できるかはともかく、きちんとした理由がある。
キルモンガーもそうだったが、クーグラーはヴィランを分かりやすい“悪”ではなく、いわば道理を持ったアンチテーゼとして描く。

一方、前作で描かれた通り、ワカンダはアフリカの理想郷であるのと同時に、アメリカをカリカチュアした小さな強国であり、過去に一度も他国の侵略を受けたことがない。
同じヴィブラニウム文明である、タロカンの挑戦を受けて、はじめて存亡の危機に立たされる。
物語の序盤のシュリは、自分の殻に閉じ籠った子供であり、まだネイモアに対抗するだけのテーゼすら持ち合わせていないのだ。
タロカンに拉致されて、彼らの国の持つ背景を知り、さらに攻め込んできたタロカン軍との戦いによって母を失い、天涯孤独の身となって、ようやく覚悟を決める。
だが、ハート型ハーブを完成させて兄の意志を注ぐ継承の儀式に挑んだ彼女が見たのは、祖先の魂が待つ平原ではない。
彼女の前に現れるのは、なんとキルモンガーの魂なのだ。
キルモンガーは、ブラックパンサーとしてはティ・チャラ以上に強かったが、高潔さとは無縁の傲慢な男で国王としては不適格だった。
継承は成功し、シュリはブラックパンサーとなったが、キルモンガーとの邂逅によって、自分が国王としての資質を未だ満たしていないことを知るのである。

ストーリー自体は奇を衒った部分は無く、全て予想の範囲内。
ライアン・クーグラーは、アメコミアクション映画とは思えない、ゆったりとしたリズムで物語を綴り、シュリを中心にティ・チャラという要石を失った、ワカンダの人たちの心の変化を描いてゆく。
アクションシークエンスは、前作以上に豊富かつ非常に良くできていて、飛行能力を持つネイモアは、陸海空を股にかけるスピードスターとして大活躍。
敵が強ければ強いほど、アクション映画としては盛り上がるのだが、本作のアクションは見応えはあっても不思議とカタルシスを感じさせない。
そもそも全てを欲していたのはアメリカで、ワカンダとタロカンは強欲な外の勢力から、世界を危険に晒すヴィブラニウムを守る立場。
本作で描かれるのはネイモアが地上に対して野心を抱き、無理やりワカンダを巻き込んだことで起こった戦争であり、ワカンダには最初から戦う理由などないのだ。
しかし現実の歴史を見ると、本作と同じように理不尽に巻き込まれて起こった戦争は数知れずあり、設定にもリアリティがある。
ネイモアとの最終決戦で見せた新生ブラックパンサーの葛藤と結末は、ヒーローのあり方としては十分に説得力のあるものだった。
全編を通して、チャドウィック・ボーズマン=ティ・チャラへの追悼とリスペクトを捧げ尽くし、彼のいない世界への決意を語るというのは、アメコミヒーロー映画としては相当に異色だが、確実に今の時代を捉えた作品で、MCU作品の中でもトップクラスのクオリティを持つ傑作である。

ところで、シュリはワカンダの守護者としてブラックパンサーにはなったが、王位につかなかったことで、王様はしばらくの間ゴリラーマンのエムバク様になるんだろうが、大丈夫だろうか(笑
まあ本作では、義理人情の厚さに加えて思慮深さも見せていたし、案外いい王様になるのかも知れないな。
オコエ隊長とは、仲良くどつき合いそうだけど。
今回はエンドクレジット途中に非常に重要な映像があるが、フェイズの終わりなのでクレジット後には無し。
トニー・スタークの後継者みたいな子も出てきたし、「アベンジャーズ/エンドゲーム」のラストでも流された金槌の音とか、確実に意識して被せてきてる。
彼女は来年秋に配信されるMCUの新ドラマ「Ironheart」の主役になるみたいだけど、とりあえず来年2月公開予定の「アントマン&ワスプ:クアントマニア」を楽しみに待とう。

今回は、前作にも付け合わせたカクテル「ブラック・ベルベット」をチョイス。
ギネスビール150mlとシャンパン150mlをキンキンに冷やし、シャンパングラスに注ぎ、サッと混ぜる。
シャンパンとギネスビールの作り出すきめ細かな泡のカーテンを、肌ざわりの良いベルベットになぞらえたネーミング。
必ずしもシャンパンとギネスでなければならないという訳でなく、他の黒ビールやスパークリングワインでも作れるが、組み合わせ次第でだいぶテイストが変わる。
黒ビールが苦手な人にとっても飲みやすい、キャラメル色の美しいカクテルだ。

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西部戦線異状なし・・・・・評価★★★★+0.7
2022年11月10日 (木) | 編集 |
彼らは何のために戦い、死んだのか。

エーリヒ・マリア・レマルクが、自らの体験をもとに執筆した戦争小説の名作「西部戦線異状なし」の、三度目にして初のドイツ本国での映画化だ。
第一次世界大戦の西部戦線を舞台に、一人の少年兵の辿る運命を描く。
過去にアメリカで二度映画化されていて、最初はアカデミー作品、監督賞に輝いた1930年のルイス・マイルストーン監督版。
二度目が、1979年のデルバート・マン監督によるテレビ映画だ。
テレビ版は日本でも放送されたので、私は中学生の頃こちらを先に観て、その数年後に30年版を観たのだが、ショッキングなラストシーンは子供心に強烈に焼き付いている。
エドワード・ベルガーがメガホンをとった本作は、過去の映画化とはだいぶアプローチを変えてきている。

1917年の春。
17歳のパウル・バウマー(フェリックス・カメラー)は、親の反対を押し切って、同級生たちと共にドイツ軍に志願する。
1914年にはじまった戦争は、間も無く3年目に入る頃で、入隊した若者たちは第78歩兵予備連隊に配属され、西部戦線に投入される。
しかし、戦場は予想を遥に上回る凄惨な状況だった。
平原には無数の塹壕が掘られ、フランス軍の激しい砲撃によって、一緒に出征した友人はあっさりと死に、パウルは上官から無数の死体からのドッグタグの回収を命じられる。
18ヶ月後、パウルは古参兵のカチンスキー(アルブレヒト・シュッへ)に気に入られ、彼を戦場のメンターとしてなんとか生き残っていた。
ドイツの敗色は濃厚で、最高権力者のヒンデンブルクの命を受けたマティアス・エルツベルガー(ダニエル・ブリュール)率いる交渉団が、フランスのコンピエーニュの森に到着し、フランス軍を率いるフォッシュ元帥との停戦交渉に入った。
交渉の間にも、西部戦線の犠牲者は増え続けていたのだが、停戦の動きを察知したドイツ軍のフリードリヒ将軍(デヴィッド・シュトリーゾフ)は、ある作戦を強行しようとしていた・・・・


冒頭、ある兵士が戦死し、遺体から剥ぎ取られた軍服は修繕されてネームタグを外され、本作の主人公である少年兵のパウルへと手渡される。
この映画では、兵士はいわば銃弾の弾頭の部分
弾頭は使い捨てだが、薬莢(軍服)は回収して新しい弾頭を込めれば、再利用できるというわけだ。
前線に投入される10代の新兵たちは、まさに一回撃ったら終わりの消耗品。
原作や過去の映画化では、パウルが戦死するのは1918年の10月のことだったが、本作は11月11日の事実上のドイツ降伏の日までを描く。
上映時間の殆どを占めるのは、終戦までの3日間、72時間の出来事だ。

本作の特徴が、前線で血みどろの戦いを繰り広げるパウルたちと、後方で指揮するフリードリヒ将軍、そしてフランスと和平交渉を進めるエルツベルガーの代表団の様子が、並行して描かれていること。
自分では戦場に行かない年輩の教師たちの愛国的な言葉に扇動され、血気盛んな高校生たちが志願入隊するのは以前の版と同じ。
ろくに訓練もせずに前線に投入された彼らは、すぐに現実を知ることになる。
第一次世界大戦は、火器の発展により塹壕の戦争となった。
アリの巣のように張り巡らされた塹壕に兵士が隠れ、時折突撃を敢行して多大な犠牲を払って敵の塹壕を占拠する。
しかし、今度は塹壕を越えることの出来る戦車によって蹴散らされ、撤退。
またしばらく経つと、突撃するパターンを繰り返す。
4年に及ぶ戦争の間、両軍の境界線はほとんど動かず、いたずらに兵士の犠牲だけが積み重なってゆく。
第一次世界大戦では、フランス、イギリス、ロシアなどの連合国と、ドイツ、オーストリア=ハンガリー帝国を中心とする同盟国合わせて、おおよそ1800万人が亡くなったとされるが、西部戦線だけで300万人もの兵士が、何の戦果も得られないままフランドルの平原の土となった。
これは、第二次世界大戦の日本軍の総戦死者とほぼ同数という、異状な数字である。

パウルたちが初めて戦場に足を踏み入れるのは、1917年の春。
共に入隊した友人たちが、容赦ない砲撃で物言わぬ肉塊となる戦場の洗礼を受けると、映画は突然18ヶ月後の1918年11月に飛ぶ。
入隊時いた戦友たちは殆どが戦死し、パウルはたった一年ちょっとで既に古参兵となっっているのである。
ドイツの敗色は濃く、和平交渉が始まっていることは兵士たちも知っている。
しかし、交渉の間にも戦死者は毎日、毎時、毎分積み重なってゆく。
初めて参加した戦闘で生き残ったパウルは、戦死者からのドッグタグの回収を命じられるが、最後の戦いではパウルが救った少年兵が、パウルのドッグタグを回収する。
劇中、西部戦線で回収されたドッグタグをリスト化している描写があり、これも命ある兵士を記号化する戦争の冷酷さを端的に示していて秀逸。

本作で特に強調されるのが、自分たちの面子のために、無駄な戦いを強いて兵士を消耗させる無能な軍上層部への怒りだ。
ドイツの上層部の中で、まともに兵士たちのことを考えているのは、ダニエル・ブリュール演じるエルツベルガーだけ(この人は18年の10月に兵役中の息子を失っている)。
前線では食糧が不足し、兵士たちが敵の塹壕で見つけた残飯を漁り、戦車から逃げ回っているのに、その数キロ後方ではフリードリヒ将軍が豪華な食事に舌鼓をうつ見事な比較のモンタージュ
そして将軍は、もう負けることが分かっているのに、自分の虚栄心と降伏を決めた勢力への当てつけのために、兵士たちに停戦期限直前に絶望的な突撃を命じる。
命令拒否する兵士を処刑する督戦隊が張り付いているので、逃げることは許されない。
過去の映画化では、一羽の蝶(79年版では鳥)を見るために、塹壕から身を乗り出したパウルが、フランスの狙撃兵に撃たれ絶命する。
一人の兵士の死と「西部戦線異状なし」という司令部からの報告文の対比が、命を消耗品として扱う、戦争の虚しさを描き出していた。
対して本作では、フリードリヒ将軍に代表される軍首脳部の無能さと傲慢さが、パウルたち一般の兵士にとっては虚無の象徴となる構図。

100年前の戦争の話ではあるものの、フリードリヒ将軍とドイツの一般兵たちの姿は、どうしてもプーチンと戦場の真実を知らないまま駆り出される、ロシアの若い兵士たちに重なってしまう。
ウクライナの戦いは、双方が航空優勢を取れておらず、地対空ミサイルを恐れて航空機が自由に飛び回れないので、まるで20世紀の戦争のような有様になっているので、なおさらのこと。
前線からの兵士の脱走も相次いでおり、ロシア軍は21世紀の現在に督戦隊を組織してるというから驚きだ。
権力者というものは、どこまで傲慢になれるのだろう。

ドイツで初の映画化となった本作は、原作や名作の評価が定着している過去の映画版に比べると、主人公のパウルに寄り添うというよりも、より客観的に戦争を捉えようとしている
将軍と兵士の比較や、戦場という現場と交渉という会議室を並行して描いたこと、パウルの死をドイツ降伏の当日に設定したのも、同じ文脈。
結果的に、オリジナル色が強くなり寓話性の高い映画となったが、21世紀にあえて描いた作品として十分な説得力を持つ。
古参兵となったパウルが一人戦場に取り残され、自分が致命傷を与えた敵兵を相手に、ふいに人間性を取り戻して苦悩するシーンは本作の白眉だ。
さすがの力作であった。

今回は、ドイツの蒸留酒、シュナップスの「オルデスローエ キュンメル」を。
ウォッカをベースに、キャラウェイとスパイスでハーブのフレーバーをつけたもので、キャラウェイの独特の爽やかな香りが特徴。
ハーブ系のお酒が好きな人には、たいへん好まれるだろう。
シュナップスは消化を助ける効果があるとされ、食後酒としても人気がある。
美味しいガチョウの煮込みと一緒に飲みたい。
オン・ザ・ロックや冷やしたソーダで割っても美味しい。

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窓辺にて・・・・・評価額1800円
2022年11月09日 (水) | 編集 |
愛って、なんだっけ?

なんと美しい映画だろう。
味わい深い、会話劇の傑作だ。
過去に様々な男女の心の機微を描いてきた、今泉力哉のキャリアベストと言っていい。
妻に浮気されても、なぜか怒りの感情が湧いてこない、稲垣吾郎演じるフリーライターの主人公が、玉城ティナの高校生作家に気に入られて振り回される。
やがて、人が人を好きになると言う感情の根源が、人生における重要な決断とセットになって、あらわになってくる構造。
143分に及ぶ上映時間のうち、おそらく90%以上が会話で占められていると思うが、長さは全く感じさせない。
それどころか、心地よいリズムの言葉のやりとりに魅せられ、ずっと見ていたくなるのだ。
「窓辺にて」というタイトルの通り、多くのシーンが様々な“窓辺”で展開するが、撮影の四宮秀俊と照明の秋山恵二郎による端正なフレーミング、窓から差し込む光と影の画面構成が素晴らしい。
中村ゆりが主人公の妻、若葉竜也と志田未来がこちらも訳ありの友人夫婦を演じる。

フリーライターの市川茂巳(稲垣吾郎)は、妻で編集者の紗衣(中村ゆり)と担当している人気作家の荒川円(佐々木詩音)が不倫関係にあることを知ってしまう。
しかし、不思議と怒りを感じない自分に戸惑っていた。
友人でプロスポーツ選手の有坂正嗣(若葉竜也)と妻のゆきの(志田未来)に相談してみるも、答えは出ず、自分が妻を本当に愛しているのかも分からなくなった。
ある日、「吉田十三賞」を受賞した高校生作家の久保留亜(玉城ティナ)の記者会見に出席した茂巳は、受賞作の「ラ・フランス」に関して留亜と突っ込んだやりとりをする。
茂巳は過去に「STANDARDS」という小説を出版したことがあり、そのことを知った留亜は彼に興味を抱き、連絡を取り合う様になる。
全てを捨てようとする「ラ・フランス」の主人公に興味を惹かれた茂巳は、モデルはいるのか?と留亜にたずねる。
すると留亜は、茂巳に二人の人物を紹介するのだが・・・


一つの到達点だった、「街の上で」以来となるオリジナル脚本。
物語上の繋がりはないが同質の世界観にあって、今泉力哉はさらに進化する。
ファーストカットの優しく柔らかな空気感と、そこに自然にフィットしている稲垣吾郎の姿が、すでに傑作の予感。
主人公の茂巳は、“感じられない人”だ。
もともとあまり喜怒哀楽を顔に出す人物ではないのだろうが、好きで結婚したはずの妻が、人気作家と浮気していることを知っても、なぜか心が動かない。
そして、そんな自分に驚き戸惑い「自分はなぜ怒れないのか?」と、思考の迷宮に彷徨ってしまっているのだ。
劇中、茂巳がランニングマシンで走り込む描写がある。
走ることで無の境地に入り、悩みを忘れられるかと思ったら、かえって考え過ぎてしまうというパラドックス。
ある意味で冷めきった茂巳の目を通すことで、彼自身のケースも含め周りの人物たちの様々な愛の形がカリカチュアされて見えてくるというワケ。

映画は、茂巳が答えを得るために、いくつかの対称性を形作る。
だが半分だけ対称で、違いも大きいのがポイント。
一つ目の対称性は、主人公の茂巳と高校生作家の留亜だ。
二人とも物書きだが、茂巳は過去に一冊だけ小説を出しているものの、現在はフリーライター。
対して「留亜はずっと書き続けるだろう」と、茂巳は言う。
生活そのものが創作となる人と、それだけ書ければいいという人の違いだ。
たぶん、一年に何作も作れる今泉監督は留亜タイプなのだろう。
留亜は周りの人物を客観的に観察して、小説のキャラクターを作り上げていることが示唆されるが、茂巳の作品は、自分から去った元カノとの思い出と向き合うために書き上げた私小説と、その成り立ちも異なる。
茂巳は、人を理解するのが怖いという。
「理解なんてしない方がいいんだよ。理解して裏切られるから」という茂巳は、自分の心すら分からなくなってしまっているアイロニー。

もう一つの対称性が、茂巳と紗衣の夫婦と友人の正嗣とゆきの夫婦。
茂巳は紗衣に浮気されているが、正嗣は茂巳に相談されながらも、自分はモデルと不倫中。
夫婦関係も、前者は子供もなく、互いの“好き”が何か分からなくなっているが、後者は少なくとも妻のゆきのは、たとえ打算でも別れたくないと思っている。
いわばお互いの中に自分を見る構造なのだが、半分だけの対称がズレとなり、ズレを認識することで、自分の中で言語化できていなかった気持ちが見えてくるというわけ。
茂巳と留亜で言えば、半分くらいは似た者同士だが、年齢も性別も性格も、小説家としてのタイプも異なるがゆえ、お互が歳の離れたメンターとなり得る。
また二組の夫婦は、結婚や不倫に対するスタンスの違いが、抱えている問題の本質をあぶり出す。

劇中のほとんどのシーンが、二人または三人のキャラクターの会話で占められているが、タイトル通りに“窓”が象徴的に使われている。
相互メンターである茂巳と留亜との会話シーンの多くは、タイトル通り窓辺で明るい光が差し込んでいる。
「ラ・フランス」のキャラクターのモデルだと言う、留亜のヤンキーの彼氏と元テレビマンのおじさんと会うシーンはアウトドア。
対して、生活感のない自宅での、妻との心の内を隠した閉塞した会話シーンには窓がない。
正嗣やゆきのに相談するシーンも、窓はあるのだろうけど映らない。
留亜が執筆に使っているという、知り合いのラブホテルの部屋でのシーンは、最初窓がない様に見えるが、朝になると大きな窓が隠されていたことが分かる。

交わされる会話で特徴的なのが、相手の言葉に「え?」と聞き返す描写の多さ。
これはつまり、意外なことを言われたからで、会話することによって気付きを与えられているということなのだろう。
会話シーンは、それぞれのキャラクターに合わせた言葉の選択が絶妙で基本軽妙。
だが、突然ドキッとする様な核心を突く言葉が飛び出してくる。
おそらく茂巳は、元カノに去られたことが、心のどこかでトラウマになっていたのだと思う。
彼女に対する気持ちは、小説化することで“過去”にすることが出来たが、妻の浮気という新たな事態に直面し、過去の恋を乗り越えた先に手にした、夫婦という幸せのカタチを手放すことを躊躇している。
彼は143分の物語と会話を通して、“好き”という感情の意味を問い、時には手放すこともお互いが前に進むために必要だということを、徐々に受け入れてゆくのである。

主要な登場人物の多くは、演者をイメージした当て書きだろう。
一見ぼーっとしてるんだけど、実は何かを深く考えてそうな主人公は、飄々とした稲垣吾郎以外考えられない。
理知的な表情でやり取りしていたと思ったら、裏に回るとそれなりにポンコツなところのある玉城ティナの留亜も同様だ。
今泉作品の例に漏れず、役者は皆素晴らしいが、留亜のヤンキー彼氏役の倉悠貴が物語を閉じる役割を果たし、強い印象を残す。
これは観終わったら、すぐに脚本を読んでみたくなる映画だ。
そう言えば、「新しい地図」の三人は、今年は揃ってそれぞれの持ち味を生かした役柄で映画に出たんだな。

本作では茂巳と留亜がパフェを食べるシーンが印象的だったが、劇中にもあった様にパフェの語源は「完璧」を意味するフランス語の「パルフェ(Parfait)」。
今回は「完璧な愛」を意味するフランスのリキュール「パルフェ・タムール(Parfait Amour)」を楽しむためのカクテル、「ヴァイオレット・フィズ」をチョイス。
ジン30ml、パルフェ・タムール20ml、レモン・ジュース15ml、シュガー・シロップ10mlをシェイクし、グラスに注ぎ、キンキンに冷やした炭酸水で満たして完成。
パルフェ・タムールとレモンの風味が調和し、スッキリしてとても飲みやすいカクテルだ。

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東京国際映画祭2022 まとめのショートショートレビュー
2022年11月04日 (金) | 編集 |
第35回東京国際映画祭の鑑賞作品つぶやきまとめ。

ノースマン 導かれし復讐者・・・・・評価額1750円
ロバート・エガースは初の大作(たぶん過去の二作とは予算規模が10倍は違うはず)で、濃い作家性を保ったまま見事な傑作をものにした。
10世紀のアイスランドの荒涼とした風景の中で展開するのは、父を殺されたバイキングの王子、アムレートの神話的貴種流離譚。
シェイクスピアの「ハムレット」のモデルとなったバイキングの英雄が、残酷な運命に導かれながら目的を遂げるまでの物語は、とにかくダーク。
ジュリアン・ブラシュケの映像は、非常に重厚かつカッコいいのだが、終始陰鬱な空気がスクリーンに充満している。
超自然的な描写も多く、どこまでが現実なのか境界が分からない不思議なムードはエガースらしい。
中盤までは割とストレートな復讐譚なんだが、終盤になって価値観の逆転が起こる構造。
時代が時代ゆえ、人も動物もやたらと簡単に死ぬし、血もいっぱいでる。
命の価値が限りなく軽い時代だからこそ、バイキングは死に意味を求め、ヴァルハラの神話を生み出したのかも知れないな。
同じ英雄ものの歴史劇でも、例えば「バーフバリ」が燃えたぎる真っ赤な炎だとすれば、これは静かに燃える青白い情念の炎。
公開されたら再鑑賞は確定。

マンティコア・・・・・評価額1650円
タイトルは、体は虎で顔が人間の伝説上の人喰いの幻獣。
描かれるのは、ゲーム会社でモンスターの3Dモデラーをしている人付き合いが苦手で恋愛下手の主人公の、なんとも間の悪い青春。
孤独な主人公にも、人生で初めて恋人ができそうになるのだが、過去に行ったあることがきっかけとなり、自分が人喰いの怪物だという烙印を押されてしまう。
人の世では怪物は生きられない。
では主人公の存在が許される唯一の道は?という話。
大怪作「マジカル・ガール」の監督だから、終盤まで物語がどこに向かうのか、さっぱり分からないトリッキーさ。
ディテールの日本趣味も相変わらず。
結局、救われたんだか、そうじゃないんだかも、観る人によって解釈は180度異なるだろう。
青年の行為も、それをバッシングする側も、「やり過ぎ」と暗に批判してる様にも思えるし。
はたして、真のマンティコアは誰なのか、静かに毒を盛り込みつつ、不定形で掴み所の無い感触は実にこの作家らしい。
観客の意識を試すロールシャッハテストみたいな、ユニークな秀作。

バルド、偽りの記録と一握りの真実・・・・・評価額1600円
これは何とも形容し難い大怪作。
あえて言えば、おじさんのセカイ系。
アメリカで活躍するイニャリトゥ似のジャーナリストで映画監督の男が、故郷メキシコへ一時帰国する。
だが彼の目に写る懐かしの故郷は、現実と虚構、過去と現在、生者と死者がシームレスに入り混じった奇妙な世界。
荒野を歩く男の影が、鳥の様にフワリと浮かび上がるオープニングショットは「バードマン」を思わせるが、全編ワンカット風だったあの作品とは違う意味でのシームレス。
死の香りが漂う世界観は、イニャリトゥ色はもちろん強いのけど、過去の作品よりもむしろ大林宣彦の「戦争三部作」とか、ホドロフスキーの「リアリティのダンス」とかの“遺作”の匂いが。
一応、不思議な世界観には終盤論理的な理由付けがしてあるのだが、「ちょ、ちょっとイニャリトゥ死ぬん?早過ぎない?」と思ってしまった・・・(´;ω;`)
まあ終わってみれば、子供は大きくなり両親は旅立ち、色々思うところのある年齢を反映し、実験的な手法で心象風景を描いた極めて個人的な作品。
誰にでもオススメは出来ないが、超カッコいい長回しショットも多く、個人的にはこれはこれで好きな作品。

ドント・ウォーリー・ダーリン・・・・・評価額1450円
オリヴィア・ワイルドの監督二作目。
主人公のフローレンス・ピューは、砂漠の中に作られた50年代風の街に夫と共に暮らしている。
毎朝夫たちは、クリス・パインの経営する街の運営会社に働きに出るが、妻たちは優雅な暮らしを楽しんでる。
有能な夫たちと貞淑な妻たちの、完璧な生活。
ところが、あることがきっかけとなり、主人公はこの街の生活に疑念を抱く。
覚えのない記憶の断片は何なのか?夫たちは何の仕事をしているのか?
これ、世界観が映画化もされたアイラ・レヴィンのSF ホラー、「ステップフォードの妻たち」にそっくり。
もしかしてリメイク?オチまで同じ?と思ってたら、さすがにそこは変えてきた。
しかし結局陰謀の動機も小説とほぼ同じなので、強くインスパイアされているのは間違いないだろう。
いわゆる謎が謎を呼ぶ展開で、先を読ませずに面白いんだけど、ネタバラしで明らかになる秘密が、既視感バリバリなのと、設定の説明がちょっと雑なのが難点。
こっちでああすると、なぜあっちでそうなるのかよく分からない。
ダメ男たちのミソジニーがテーマだが、これも終盤の展開が矢継ぎ早過ぎて分かりにくいかも。
中間テストまでA-だったのが、期末試験で焦ってB-かC+になっちゃった印象。
終盤の組み立てのまずさと、描写不足が勿体無い。

クロンダイク・・・・・評価額1650円
2014年のウクライナ、ドンパス。
親露の分離派の支配する村で暮らす、ある農民夫婦の物語。
妻は間もなく臨月を迎えるが、家の壁は分離派に“誤射”されて大穴が空いている。
そしてまたしても“誤射”によって、家の近くに撃墜されたマレーシア航空機の残骸が降ってくる。
今起こっていることの根っこ。
ロシアの侵略は今年突然始まった訳ではなく、8年前からずっと続いている事実が赤裸々に描かれている。
本作の内容の様ななおぞましいことが、今年はウクライナ各地に広がったと思うと、胸が痛い。
終盤出てくる傭兵が、悪名高いワグネルだな。
早く逃げて!と思っちゃうのだが、それは今まで築いた物を全てを捨てるということ。
自分たちは何も悪くない訳だし、土地に根ざして生きてきた人たちには、そう簡単に決められものではないのだろう。
人生の岐路の決断がどっちに転ぶかは、トランプのゲームの様に予測不能。
しかし最悪に最悪が重なる状況の中でも、最後の最後に希望となるのは、やっぱり新しい命なんだな。
まさに今観るべき力作なんだけど、ちゃんと正式公開されるよな?

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アフター・ヤン・・・・・評価額1700円
2022年11月02日 (水) | 編集 |
アンドロイドの心に、愛はあるか。

クローン技術やロボット工学が発展し、人間そっくりのアンドロイドが、“家族”として私たちと共生する近未来。
ある家庭の中国出身の養女に、母国文化を教える役目だったアンドロイドのヤンが、突然動作を止める。
コリン・ファレル演じる持ち主のジェイクは、なんとかヤンを再生しようと奔走するのだが、やがて彼はヤンの人生を記録したメモリバンクにアクセスし、そこでアンドロイドの“心”を見る。
アレクサンダー・ワインスタインが2016年に発表した短編小説をもとに、「コロンバス」が話題を呼んだ韓国系アメリカ人のコゴナダ監督が手がける、何とも不思議な手触りの作品。
主人公のジェイクはヨーロッパ系の白人、ジョディ・ターナー=スミス演じる妻のカイラはアフリカ系の黒人、娘のミカはアジア系、そしてアンドロイドのヤン。
これが、多様性が普通になった未来の家族の姿なのだろうか。
※核心部分に触れています。

中国茶の店を営むジェイク(コリン・ファレル)の家族は、妻のカイラ(ジョディ・ターナー=スミス)と養女のミカ(マレア・エマ・チャンドラウィジャヤ)、そして彼女のアイデンティティである中国の文化を教えるために購入したアンドロイドのヤン(ジャスティン・H・ミン)。
ところがある日、ヤンが突然動かなくなってしまう。
ヤンは「二番目の子」と言いう中古業者から購入したのだが、すでに店は無くなっていた。
彼に懐いていたミカは悲しむが、製造メーカーに修理に出すと新品交換になってしまうため、ジェイクは途方に暮れる。
隣人に紹介された修理屋でも直せなかったが、ヤンのメモリバンクを取り出すことに成功。
プロテクトがかかっていたその中身を見るために、ジェイクは博物館でアンドロイドの研究をしているクレオ(サリタ・チョードリー)に依頼し、ヤンの記憶を展示することを条件に中身を見るディバイスを手に入れる。
ヤンのメモリバンクには、ジェイクの知らない女性と会っているシーンがあった。
彼女のことを調べると、カフェで働いていたエイダ(ヘイリー・ルー・リチャードソン)というクローンの女性だと分かるのだが・・・・・


SiriやAlexaと言った対話できるAIが超進化して、肉体を持つ様になったらどうなるか。
この映画の世界には、“テクノサピエン”と呼ばれる、高度な知性を持つAIアンドロイドが存在する。
目的に応じた様々なタイプがあるようだが、見た目は人間とまったく見分けがつかない。
中国人の姿をしたヤンは、中国出身の養女ミカにとって、中国語や中国の歴史、文化などを教えてくれる兄の様な存在だ。
ハリウッドのSF映画では、人類に仇なす脅威として描かれることが多い人形アンドロイドだが、この作品に流れるのは万物に魂が宿るという東洋的、アニミズム的世界観
作品のパッケージこそ「機械に心はあるのか?」という類型的なものに見えるが、感情を理解し、人間的な反応をするヤンに心があるのは、ごく自然なこととして受け止められている。
ミカだけでなく、ジェイクやカイラにとっても、ヤンは四人目の家族なのだ。
映画の世界では人間のクローンも一般化されていて、人間、テクノサピエン、クローンという、同じ見た目ながら、生物としての成り立ちが全く異なる、三種類の“人”が存在し調和しているのである。
そして、ジェイクの家族の中にも、三つの人種が調和している。
これは、そんな全てが曖昧に溶け合う時代を背景に、“アンドロイドの死”という象徴的な出来事を軸に、喪失への向き合い方を描くユニークな寓話だ。

コゴナダは、中国茶を巡るジェイクとヤンの会話を使って、人間とアンドロイドの思考の違いを表現する。
ジェイクは、自分が中国茶に魅せられたのは味ではないという。
お茶を入れるまでの作法を含めた、プロセス全体が好きだと話すのだ。
文化系アンドロイドのヤンには、中国茶に関する膨大な知識があるが、それを知りたいかと問われると、ジェイクは興味が無さそうなのだ。
お互いに家族だと認識しているし、理解していると思っているが、実は微妙なズレがある。
だから改めてヤンを知ってゆくことが、ジェイクにとって喪失と向き合うことになるのだ。

テクノサピエンには、経験したことの中から重要だと思ったシーンを、一度に数秒間だけメモリバンクに記録する機能がある。
それはヤンの中にいく層ものアーカイブとして蓄積されており、ディバイスを手に入れたジェイクは、彼の記憶のアーカイブを過去へと遡ってゆく。
私はスマートフォンのカメラ機能にある、ライブフォトのモードが好きだ。
これはシャッターを押す前後1.5秒を記録し、その中の気に入った一枚を残すためのものだが、再生すると静止画でもない、動画でもない、止まった時が一瞬だけ動く不思議な感覚が味わえるのだ。
ヤンのアーカイブはもう少し長いが、ライブフォトの感覚に近く、それはまるで今はもういない大切な誰かの記憶の断片を辿る旅の様。
アンドロイドのヤンにとって、残すべき体験とはどんなことで、彼にとってジェイクたちはどんな存在だったのか。
アーカイブの旅を通して、ジェイクはヤンの人生を追体験し、エイダの登場に至って、自分がいかに彼を知らなかったのかに気付かされる。

ジェイクが、クローンにはあまりいい感情を抱いていないのが面白い。
自分から遠い存在のアンドロイドは受け入れても、より近いクローンには嫌悪を感じるのは、なるほどこういう人はいるだろうなと思わされる。
エイダの存在を知ったジェイクは、ヤンが彼女に恋愛感情を抱いていたのではないかと疑う。
だが、中古で購入したヤンは、ジェイクが考えていたよりも、ずっと長い人生を送ってきたことが、アーカイブの再深層で分かるのだ。
数十年前のメモリに写っていたのは、エイダの“オリジナル”となった女性。
若くして亡くなった彼女のことを、ヤンは大切な記憶としてアーカイブし、ずっと覚えていたのである。
人間とアンドロイド、思考の違いはあっても、生きた証としての思い出は変わらない。
それまでミカのためにヤンを再生しようとしていたジェイクは、彼の秘められた心を知ることで、アンドロイドや人間という属性から離れ、家族の一人のヤンとして彼を送ることを決めるのである。
この変化のプロセスを通し、ジェイクの心情を繊細に表現するコリン・ファレルが素晴らしい。

本作はテクノロジーを扱ったアメリカ映画だが、全編に夢うつつの様な独特のムードが漂う。
監督は韓国系、音楽は「37セカンズ」のアスカ・マツミヤと坂本龍一が書き下ろし、小林武武史の「グライド」や、UAの「水色」のインストルメンタル版も印象的に使われている。
カメラワークの小津安二郎リスペクトも相変わらずだし、お茶屋の主人公夫婦が揃ってラーメン食べてたり、ルックを含めて東アジアの文化がかなり色濃い。
形あるものはやがて崩れて動かなくなるが、本質は精神の奥底に眠っている。
終盤にブワーッと過去へと世界が広がってゆくあたりは、アンドロイドとクローンの設定だからこその内的な壮大さを感じさせ、ちょっと似た作品を思いつかない。
ゆったり地味なタッチではあるが、これはいわば東洋的視点で作られた「ブレードランナー」で、心とは何かを問う哲学的SF映画としてもなかなか秀逸。

今回は、夢を見ている様な作品なので、「ドリーム」をチョイス。
ブランデー40ml、オレンジキュラソー20ml、ペルノ1dashを氷と一緒にシェイクし、グラスに注ぐ。
ブランデーのコクと、オレンジキュラソーの甘味が作り出す味わいに、ベルノの香りが独特のアクセントを加える。
良質のナイトキャップとして知られる一杯なので、これを飲んでアンドロイドの夢を見よう。

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