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イノセンツ・・・・・評価学1700円
2023年07月29日 (土) | 編集 |
秘密が、いつしか狂気となる。

非常にウェルメイドな、北欧産サイキックスリラー
夏休みに出会った、同じ団地に住む四人の幼い子供たち。
彼らが持っていた小さな超能力は、お互いを触媒として共鳴し合い、増大してゆく。
やがて、一人の力が暴走をはじめると、静かなるサイキックウォーズの幕が開く。
監督・脚本を務めるエスキル・フォクトは、「テルマ」「わたしは最悪。」などのヨアキム・トリアー作品の脚本家として知られる人物。
本作は2014年のデビュー作、「Blind」に続く二作目の監督作品となる。
四人の超能力者たちを演じるのは、ほとんど演技経験の無い子供たち。
フォクトは子供たちを演出するにあたって、ビクトル・エリセ監督の「ミツバチのささやき」を参考にしたそうで、なるほど非常にナチュラルな演技を引き出している。
※核心部分に触れています。

ノルウェーの郊外。
大きな団地に引っ越してきたイーダ(ラーケル・レノーラ・フレットゥム)は、両親と自閉症の姉アナ(アルバ・ブリンスモ・ラームスタ)の四人家族。
両親は言葉も話せないアナのケアを優先し、なかなか構ってもらえないイーダは不満を抱いている。
ある日、イーダは同じ団地に住むベン(サム・アシュラフ)という男の子と出会う。
ベンは、手を触れずに小さなものを動かすテレキネシスの能力を持っていた。
やがて、人の心を読む能力を持つアイシャ(ミナ・ヤスミン・ブレムセット・アシェイム)が、アナの閉ざされた心のうちをイーダに伝える。
四人は共に遊ぶ様になるが、アナも能力を覚醒し、お互いの力は共鳴するように徐々に強くなってゆく。
しかし、怒りの衝動に駆られたベンが、近所の住人を操っていじめっ子を殺したことで、四人の世界は急速に崩れてゆく・・・・・


エスキル・フォクトは、大友克洋の「童夢」からインスピレーションを得て本作を作った。
超能力を持つ若い女性を主人公とした「テルマ」を書いた後に、90年代に出会った「童夢」を読み返したところ強い感銘を受け、大人たちの窺い知れない、子供たちの秘密をモチーフにした本作を企画したという。
もちろんストーリー自体はオリジナルなのだが、一つひとつの要素は極めてよく似ている。
例えば、どちらの作品も超能力を持つ子供たちが暮らしているのは巨大な団地で、主要登場人物の一人は知的障害者。
そして親の一人は、心を病んでいる。
闇堕ちしたベンが、大人の心を操って他の三人を殺そうとするのも同じ描写がある。
何よりも、イーダとアナの姉妹がベンと対決する、緊張感あふれるクライマックスの超能力バトルが、ディテールを含めてほぼ「童夢」そのままなのだ。
もちろん全体を見たら違いも多く、狂言回しの刑事やヴィランにあたる認知症の老人などは登場せず、団地を崩壊させるようなスペクタクルな見せ場もない。
最大の特徴は四人の子供たちの中だけで展開する話になっていることで、最初は遊びとして超能力を使っているのだが、やがてその“使い方”が対立を生む。
この辺りはむしろジョシュ・トランク監督のアメリカ映画、「クロニクル」に近い構造だ。

四人の中で主人公のポジションとなるのが、妹のイーダ。
彼女は、両親がアナの世話にかかりっきりで、自分の扱いがおざなり気味なのが気に入らない。
冒頭の車のシーンで、イーダはアナが言葉を話さないのをいいことに、母の目をうかがいながら思いっきりつねる。
ガラスの破片を見つけると、わざとアナの靴に入れて怪我をさせる。
ところがそうすると、両親はますますアナの世話におわれ、自分を構ってくれなくなる悪循環。
決していい子ではなく、ちょっと捻くれてしまった問題児として物語に登場する。
そんなイーダが同じ団地に住むベンと出会うのだが、この子がイーダに輪をかけた嗜虐性を秘めているのだ。
やがてもう一人の少女アイシャとアナが仲良くなり、イーダとベンを合わせた四人が友達となることで、それぞれの能力が共鳴し合うように増大してゆく
アナとベンは手を触れなくても物を動かせるテレキネシスの能力があり、アナとアイシャとベンはお互いに心を読めるテレパシーやエンパシーの能力も持つ。
さらにベンは他人の心を支配し、人形のように操る力まで習得するが、なぜかイーダだけは能力が覚醒しない。

最初のうちは、どんどん増大する超能力で何が出来るのかに興味津々で、能力に対する受け止め方も皆異なる。
イーダはアイシャを通じてアナの声を聞くことで、空っぽだと思っていたアナも心の中で色々なことを考えていて、自分の行為で痛みを感じていたことをはじめて知る。
アナは以前は言葉を話せていたのに、ある日を境に言葉を失った。
閉ざされた心に閉じこもっていたアナも、アイシャの能力を触媒に、再び言葉を発することが出来るようになる。
ここまでは超能力がもたらしたポジティブな変化だが、唯一の男の子であるベンは元々持っていた嗜虐性にブーストがかかってしまう。
子供たちは11歳のアナが一番の年長で、他の三人は小学校低学年の年齢。
まだ何者でもなく、その考え方や心のありようは家庭環境や親の教育によって大きく変わってくる。
イーダとアナには優しい両親がいて、イーダの問題はアナとどう接していいのか分からなかったことから生まれており、姉の心を知ったことで、絆を取り戻し解消する。
アイシャは母と二人暮らしで、どうやら父とは死別した模様。
心優しい彼女の問題は、悲しみから立ち直れない母への心配なのである。
一方、ベンの家にも父の姿はないが、こちらは家族を捨てて出て行ったよう。
ところが、ベンは残された母を思いやるのではなく、父親と同じく嫌悪の感情を抱いてしまうのだ。

四者四様の心のあり方が、超能力へのスタンスを決め、それはやがて悲劇を生み出し、無垢なる時は終わりを告げる。
本作は、全体がインスピレーション元の「童夢」を換骨奪胎し、独自性のあるものに仕上げているが、成長を遂げたイーダがついに能力を覚醒し、アナと共に暴走するベンに立ち向かうクライマックスは、驚くほどそのまんまだ。
「童夢」の超能力少女エッちゃんが、ヴィランのチョウさんと対決するシーンと同様に、お互いに見えない位置にいるイーダとアナ、ベンがお互いを倒すために静かにパワーを送り合い、何かが起こっていることに気づいた団地の子供たちが戦いの推移を見守る。
ブランコの柱が突然曲がる描写までトレースしているのには驚いたが、何よりもあの漫画ならではの静かに緊迫したムードを、実写映画で再現しているのが凄い。
ざわめく池の水面や砂といった、流動性のあるもので力を伝えるビジュアル的な工夫も効果的。
特筆すべきはグスタフ・ベルガーが手がけ、幾つもの賞に輝いている音響デザインの秀逸さで、サイキック映画は数あれど、これほど静寂の中で凄みを伝えた作品は記憶にない。
大友克洋のファンには、是非この映画を観て欲しい。
「童夢」とは違うにもかかわらず、非常に良く出来た映画化作品を観たような、満足感を得られるだろう。

今回はノルウェー産のじゃがいもの蒸留酒、「リニア アクアヴィット」をチョイス。
通常アクアヴィットは無色透明だが、こちらは薄い琥珀色。
これはラベルの帆船の絵が示すように、原酒を樽に詰めて船でノルウェーからリニア(赤道)まで往復し、いい具合に熟成され風味が増した頃に瓶詰めしたものだから。
現在ではさすがに帆船ではないものの、同じ手法で熟成させているというから手間暇のかかったお酒だ。
本国では、ビールと交互に飲む悪酔いパターンが好まれるというが、普通にショットグラスでストレートでも、オンザロックでも美味しい。

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ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE・・・・・評価額1700円
2023年07月23日 (日) | 編集 |
今度の相手は電脳の海に潜む見えない敵!

昨年、大ヒットを飛ばした「トップガン マーヴェリック」で、コロナ禍の観客減少に苦しむ世界の興行街の救世主となったトム・クルーズのもう一つの代表作、不可能を可能にする万能スパイ、イーサン・ハントの活躍を描くシリーズ第7弾。
元々このシリーズは一作毎に監督が代わり、作品のカラーも違っていたのだが、シリーズ第5作の「ローグ・ネイション」からはクリストファー・マッカリーが続投し続けており、ストーリー的にも連続性が重視されるようになった。
今回はシリーズ初の二部作となり、電脳世界に潜伏し人類の社会を脅かす未知の敵“エンティティ”が出現。
唯一エンティティをコントロール出来る“鍵”を巡って、イーサンはじめIMFの愉快な仲間たち、イーサンを捕らえようとするCIA、前作「フォールアウト」で登場した武器の闇ブローカーホワイト・ウィドウ、イーサンと因縁があるらしい謎の男ガブリエルらが四つ巴の争奪戦を繰り広げる。
脚本はマッカリーとエリック・ジェンドレセンが担当し、新キャラクターの凄腕の泥棒グレースにヘイリー・アトウェル、ガブリエルにイーサイ・モラレス、部下の殺し屋パリスを「ガーディアン・オブ・ギャラクシー」のマンティス役で知られるポム・クレメンティエフが演じる。

イーサン・ハント(トム・クルーズ)は、CIA長官のユージン・キットリッジ(ヘンリー・ツェーニー)から、賞金首となったイルサ・ファウスト(レベッカ・ファーガソン)を捕え、彼女が持っている十字形の“鍵”の半分を回収するよう指令を受ける。
アラビアの砂漠に向かったイーサンは、賞金稼ぎに追われていたイルサを助け、鍵を入手するとアメリカに戻り、政府の情報機関の会合に潜入しキットリッジに鍵の正体を問いただす。
アメリカは“エンティティ”と呼ばれる、敵の情報網を混乱させる実験的なAIを開発。
ところが、それはいつの間にか知性を獲得し、世界中のあらゆくネットワークに侵入すると、勝手に活動をはじめたという。
このままではデジタルネットワークはエンティティに支配されてしまうが、十字形の鍵はエンティティを制御出来る唯一の手段だという。
それはつまり、鍵を手に入れればアメリカが世界をコントロール出来ることを意味する。
イーサンは鍵を渡すことを拒否し、もう片方の鍵を追ってアブダビに向かう。
しかし世界の覇権を握る鍵の行方を追うのは、イーサンたちだけでは無かった・・・・


今までIMFが戦ってきた相手は、武器商人だったり、マッドサイエンティストだったり、闇堕ちした元スパイだったり、バラエティに富んではいたが基本的に人間。
ところが今回のボスキャラは、人間の手を離れた野良AIである。
字幕では「それ」と訳していたが、原語の「エンティティ(entity)」は直訳すれば「実体」ということになる。
ネットワークに潜むデータなのに実体?と思うが、ITの分野では何らかの独立した情報を内包する「ハコ」のことをエンティティと言うのだそう。
一応、エンティティの協力者らしいガブリエルという人間キャラクターもいるが、相手の最終的な目的は不明のまま、破壊したり殺したりすることも出来ない。
唯一の解決策はコントロールすることで、そのための必須アイテムが二つに分かれた十字形の鍵というわけ。
ただし、本作の段階では鍵をどのように使うとエンティティをコントロール出来るのかは明かされていない。
今年はチャットGPTから火がついた新手のAIが大流行りで、あまりの進化の速さに警鐘を鳴らす声も高まってきたが、撮影がはじまった2020年より前にこれを考えていた先見的な企画性はさすがだ。
敵がAIと言っても、分かりやすく人類を滅ぼそうとしたりしないのも、よりリアリティを感じさせる。

二部作の全体像が今ひとつ掴めないまま進行するので、輪郭がはっきりしないのは致し方あるまい。
今はまだ、風呂敷を広げ続けている状況なのだと思う。
実際本作はハリウッド映画としては極め異例に、脚本が執筆途中の状態で撮影が開始され、二部作全体の脚本は今なお完成していないという。
これでは筋立てはフワッとしたものにならざるを得ないので、物語を推進する燃料はアクションだ。
本作はシリーズ最長の164分という長尺なのだが、ほとんどの時間で何らかのアクションが進行する、まさにノンストップ大活劇となっている。
冒頭のロシア潜水艦セヴァストポリが、エンティティの作り出したフェイク情報によって自らの魚雷で撃沈されるアヴァンタイトルから、アラビアの砂漠の銃撃戦、アブダビ空港の騙し合い、ローマのカーチェイス、ベネチアでの格闘戦、そしてクライマックスの蒸気機関車を舞台とした大バトル。
ハードなものからコミカルなものまで、これはまさにアクションシークエンスの見本市
小さくてカート並みに小回りがきく、フィアットチンクェチェントのキャラクターを生かし切ったカーチェイスは、「ルパン三世 カリオストロの城」以来の仕上がりだ。
メインキャストの一人、サイモン・ペッグは大の宮﨑駿ファンとして知られているので、これはもしかしたらオマージュかも知れない(色も同じ黄色だし)。

もっとも、脚本が完成していないことによる弊害もはっきりしていて、観ていていろいろ疑問符が頭に浮かぶ。
例えば、なぜイルサとグレースはガブリエルの挑発に応じて勝負を挑んだのか?あの時点では鍵はこちら側にあるので、わざわざガブリエルと戦う理由が見当たらない。
そもそもガブリエルにとって、エンティティに協力するメリットは何なのだろう?
彼はクライマックスで橋を爆破するが、あれは必要性がないのでは?
これらの幾つかは続編観ると分かりそうだが、幾つかは単に混乱しているだけかも知れない。
またイルサに代わる新たな峰不二子的キャラクターであるグレースが、終盤ギリギリまで利己的で嫌な女に見えてしまうのも不味いだろう。
この手のキャラは、どこか感情移入できるように造形しておかなければ。
かわりと言ってはなんだが、ガブリエルの部下で殺し屋のパリスが強い印象を残す。
一作だけでは勿体ないと思ったが、どうやらマッカリーも同じことを考えたようで、再登場しそうなのは嬉しい。
いずれにしても、来年公開予定の「PART TWO」までには話の整合性をとってほしい。

しかし鍵を奪い合うだけの話で3時間近い長さを全く飽きさせず、濃密なアクションのフルコースでゲップが出るほどお腹いっぱい。
エンタメ映画は、基本これでいいんだよと思わせる。
ところで蒸気機関車の屋根の上でのそっくりなアクションがあったり、チンクェチェントが出てきたり、元祖モダン連続活劇「インディ・ジョーンズと運命のダイヤル」とのシンクロニシティが結構ある。
カーチェイスは敵が大型車でこちらが小型車(インディではトゥクトゥク)で、迷路のような街を走り回るのも一緒。
ローマのスペイン階段は「ワイルド・スピード/ファイヤーブースト」にも出てきたけど、やはりフォトジェニックなロケーションは被り気味になるのか。
日本映画にも、やたらと渋谷のスクランブル交差点が出てくるのと同じかも。
まあ最近はほとんどが足利にあるオープンセット、スクランブルシティスタジオで撮影されているけど。

今回は主な舞台となるイタリアのスプマンテ「モンテリーベロ スプマンテ ロゼ」をチョイス。
北部ヴェネト州産の、すっきりとした喉越しの辛口のロゼ。
オレンジがかった美しいピンクは目にも華やかで、パーティーなどにピッタリ。
フルーティーな風味豊かで、CPが高いのも嬉しい。

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ショートレビュー「CLOSE/クロース・・・・・評価額1650円」
2023年07月21日 (金) | 編集 |
誰が子ども時代を壊したのか。

12歳のレオとレミは、兄弟同然に育った幼馴染。
レオの家は忙しい花農家で、彼は毎日のようにレミの家でお泊まりして、お同じベッドで眠っている。
だが中学に入って、クラスメイトから二人の距離が「近すぎてカップルみたいだ」と言われたことで、少しずつ関係が変わってくる。
それまでは自分達の周りだけが世界だったが、それが“社会”というより広い世界の一部だということを知る。
人の目を意識して距離を取ろうとするレオに対し、今までどおりに接したいと抵抗するレミは、ついにお互いの感情を爆発させ大喧嘩をしてしまう。
そんなある日、予期せぬ悲劇が起こる。
学校を休んだレミが、命を断ってしまうのだ。

バレリーナを目指すトランスジェンダーの少女を描いた「Girl/ガール」で長編デビューを飾ったベルギーの俊英ルーカス・ドン監督は、子供から大人へと成長する思春期の葛藤を繊細に描く。
おそらくレオとレミは、お互いに対する感情が違っていたのだろう。
レオにとってはちょっと付き合い方を変えたいだけだったが、それはレミにとっては絶望を意味する。
突然の親友の死はレオを打ちのめし、これ以降カメラは終始レオに張り付き離れない。
被写界深度は浅く設定され、描写される範囲も狭くなる。
「サウルの息子」「あのこと」と同様の手法だが、これにより観客とレオとの自己同一化が加速する。
彼の目が見つめているのは、すっかり生気を失って憔悴し切ったレミの母親の姿だ。

事態を引き起こしたのは、無理に距離を置こうとした自分の態度だとレオは理解している。
でもレミは遺書の類を何も残しておらず、母親は息子の選択の理由を知らない。
死の真相を知っているのは自分だけ。
レオは12歳にして、あまりにも重過ぎる罪の意識を抱え込んでしまうのだ。
レミと距離を置くために始めたアイスホッケーに打ち込んでみても、ご近所さんゆえに常に近くにレミの母を感じる。
両親同士も仲が良いので、食事に招き悲しみを分かち合うことすらある。
知らせなければと言う意識と、知られたくないと言う意識がぶつかり合い、いつもと変わらない日常の裏側で、ジリジリとした焦燥感がレオの心を焼き尽くしてゆく。

本作は、これほど重い事態で無くとも、ほとんどの人は子どもの頃に大人に対して何らかの秘密を抱えた経験があることを巧みに利用している。
例えば同じクラスに、いじめられていた子はいなかっただろうか。
大人に知らせることが正しいことなのか、正しくないのか、という葛藤を抱えた人は多いと思う。
あるいはレミのような行動に出なかったとしても、性的指向に悩みを抱えた人もたくさんいるだろう。
普遍性がある題材ゆえ、観客はレオへの深い感情移入が容易なのである。
レオを演じるエデン・ダンブリン、レミを演じるグスタフ・ドゥ・ワエルは共に演技経験のほとんどない新人だというのも驚き。
同じくらいの年齢の少年たちの微妙な関係を描いた物語といえば、是枝裕和監督の「怪物」が記憶に新しいが、本作は異なるアプローチをとっている一方で、二人を取り巻く緑豊かな自然のイメージと、彼らが抱える深刻な問題の対比などといった描写に共通点もある。
ついに溜まった思いを吐き出したレオは、空っぽになったレミの家を前に、何を思うのか。
それは二度と帰ることのない、無垢なる子ども時代の象徴なのかも知れない。
誰にでも記憶のある思春期の痛みを、静かでドラマチックな心理劇として昇華した秀作だ。

今回は代表的なベルギービールの、「ヒューガルデン・ホワイト」をチョイス。
苦味が弱く、比較的ライトなホワイトビール。
原材料にオレンジピールとコリアンダーを含んでいるのが特徴で、ちょっとスパイシーかつフルーティーな清涼感が心地いい。
日本の夏は、やはり軽めのビールに限る。

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君たちはどう生きるか・・・・・評価額1650円
2023年07月15日 (土) | 編集 |
作ることによって、生きる。

最後の作品になるはずだった「風立ちぬ」からはや十年。
またまた引退を撤回した宮﨑駿監督による、ファンタジー冒険活劇だ。
タイトルの「君たちはどう生きるか」は、劇中にも登場する吉野源三郎の小説から撮られているが、内容的にはほぼ無関係。
一部では「説教臭い話になるんじゃないか・・・」などと言われていたが、たぶん宮﨑作品のなかでも説教要素は限りなく少ない方。
長いアニメーター人生の中でも、今まで描いていなかったイメージを全力でブチ込みました!という感じの作家の脳内迷宮映画になっている。
監督の名前も今までは「宮崎」表記だったが今回は「宮﨑」になっているので、齢八十を超えてこの作品で新たに生まれ変わったということか。
※核心部分に触れています。

太平洋戦争中の日本。
牧眞人(山時聡真)は、入院先の病院の火事で母のヒサコを失う。
一年後、軍需工場を経営する父親(木村拓哉)はヒサコの妹のナツコ(木村佳乃)と再婚し、眞人は母方の実家へ父の新しい工場とともに疎開することになる。
日本建築と洋建築が混在する不思議な作りの実家では、何人もの婆やたちが働き、裏の森には、謎めいた廃墟の塔があった。
それは母の大叔父が作ったものらしいのだが、大叔父は昔建物の中で消えてしまったと言う。
ある日、父の子を妊娠しているナツコが失踪し、眞人はキリコ婆(竹下景子)と一緒に廃墟の塔に住む人語をしゃべる青鷺から冒険へと誘われる。
そこは人喰いのペリカンや、巨大なインコ人間が暮らす不思議な世界。
なぜか若い姿をしたキリコ(柴咲コウ)に救われた眞人は、彼女の漁を手伝いながら巨大な船の形をした島へと辿り着く。
青鷺改めサギ男(菅田将暉)によると、ナツコはこの世界を作った大叔父の屋敷にいるらしい。
母の若い頃そっくりで、炎の魔法を使うヒミ(あいみょん)と出会った眞人は、二人で屋敷に潜入しよとするのだが・・・


端的に言って、物語の筋立てを楽しむのではなく、動き続けるアニメーションを堪能する映画である。
冒頭、眠っていた眞人が異変に気づき、炎上する母が入院している病院に駆けつける。
このシークエンスのダイナミックな動きだけで、魂を鷲掴みにされる。
今回、宮﨑駿はアニメーション制作には手を入れず、絵コンテに徹したそうで、素晴らしい映像を作り出したのは、作画監督を務めた本田雄が率いる日本最強のアニメーター軍団。
本田雄は「崖の上のポニョ」「風立ちぬ」でも重要シーンを任され、「シン・エヴァンゲリオン劇場版𝄇」の作画監督を務めるはずだったのだが、宮﨑駿たっての願いでジブリにレンタルされる形で参加したという、まさに引っ張りだこの人気作監だ。
しかし絵作りのベースとなるのは、絵コンテに描かれたオリジナルのイメージ。
本作はここがやはり圧倒的に強い。
特に印象的なのが、登場する建物のデザインだ。
母の実家は「千と千尋の神隠し」の湯屋を思わせる和建築なのだが、広大な屋敷を通り抜けると、なぜかそこには洋館が立っていて、実際の生活空間はそちら。
和建築の本館が何に使われているのか、そこで働く何人もの婆たちが何をしているのかは語られない。
さらに、裏の森には不思議な塔が聳え立っている。
本館もそうだが、この塔もまことに巨大で、その中に何があるのか、どんな構造になっているのか、見ただけで強烈に興味をそそられる。

アニメーションとデザイン性は見事。
しかし、そこで展開する物語の筋立ては、思いっきりぶっ壊れている
元々宮﨑駿の映画はストーリーとテリングならテリング優勢で、しばしば作りたい映像のために筋立てがアバウトになる傾向がある。
特にゼロ年代に入ってからはその傾向が顕著となり「ハウルの動く城」や「崖の上のポニョ」などは、何度観ても映像だけで物語が頭に入ってこない。
本作の筋立てはさらにぶっ壊れていて、観ていて頭の中に「?」がいくつも出る。
森の塔の中身はかつて宇宙から飛来した未知の物体らしく、内部から繋がる異空間に、消えた大叔父が新しい世界を創造している。
そこは現実世界から連れてこられた鳥たちが知性を持ち、ワラワラという現実世界で人間に生まれ変わる謎生物を捕食しているのだが、なぜか少女の頃の母が炎の魔法を持つ“ヒミ”としてワラワラを守っている。
実家の屋敷で働いているキヌコ婆も、ここでは若い姿で漁師をしていて、ヒミを支えているのだ。
そもそもなぜナツコはこの世界へ入り込んだのか?大叔父はこんな奇妙な世界で何をやりたいのか?なぜ母は火の魔法が使えるのか?ワラワラが人間の種なら、大叔父が世界を作る前はどうなっていたのか?世界を司る13個の石の意味は?
他にも無数の疑問が湧いてくるが、本作は一切の論理的な解答を見せてくれないのである。
まさに設定だけして放りっぱなしの状態で、映画学校の脚本コースだったら赤点間違いなしだ。

しかし、行き当たりばったりで整合性のないディテールを追うのを諦め、一旦物語を俯瞰してみると、また違った印象になる。
主人公の眞人は、宮﨑駿自身である。
彼の父親は実際に軍需工場を経営していて、戦時下にあっても裕福な暮らしをしていた。
母親は映画のように火事で亡くなった訳ではないが、結核を患って病弱だった一方で、キップがよく野生のカンのようなものを持っていたそうで、彼の作品に登場する多くの女性キャラクターは実の母のイメージの影響下にあることが分かる。
この映画では、眞人が継母であるナツコを追って異世界に行くと、若い姿の母親と出会う。
彼女は少女時代に神隠しにあい、1年後に記憶を失って帰って来たことがあったので、その間はこの世界にいたのだろう。
そして冒険の末に彼女は将来自分が眞人を生むことを分かった上で、自分の時間軸の現実世界へと帰ってゆく。
大叔父は未知の力に触れてから現実の世界へと戻らず、ずっとこの虚構の世界を作り続けているが、歳老いて眞人に世界を託そうとしている。
この世界はアニメーションのメタファーであり、大叔父もまた宮﨑駿自身なのか?それとも眞人は継承を断るので高畑勲なのだろうかと思ったが、だんだんと大叔父が「風立ちぬ」のカプローニ伯爵と被って、実はアニメーション史のレガシーそのもの(髭を取ればポール・グリモーぽくもある)のように思えてくる。

つまりこれは、宮﨑駿本人がすでに亡くなった母親に会いに行き、自分の存在を肯定してもらう話であり、同時に新たな名前で生まれ変わった自分を含む全ての作家に、誰も観たことの無い新しいものを作れ!とエールを贈る話なのである。
完成した時点で過去となる、アニメーションの世界はいわば常世だ。
大叔父が連れて来た住人たちが鳥なのも、古今東西の文化で鳥は死者の霊魂を運ぶものと考えられていたことを思えば納得。
継承が拒絶されたことで瓦解する塔は、一度は制作部門を閉鎖したジブリそのもの。
映画の中で二度描写される、石が反応する台形のトンネルは再び生まれるための産道のイメージだ。
それでは、物語の狂言回しでもある一癖も二癖もあるトリックスターのサギ男は?というと、これはおそらく鈴木敏夫プロデューサーであろう。
自らの人生を戯画化し、ファンタジーの中のファンタジーとして昇華した本作は、紛れもなく宮﨑駿の自伝にして、壮大なる自主映画。
錚々たるアニメーター軍団を指揮し、こんなパーソナルな映画を作ることが出来るのはクリエイター冥利に尽きるだろう。

白昼夢のようにシュールで浮世離れした異世界で、訳もわからないうちに冒険しているのに、眞人がひたすら冷静なのも、中身は82歳の老人の視点で描くメタ的な物語であると思えば納得。
西洋の異世界ファンタジーは、「ナルニア国物語」や「不思議の国アリス」がそうであるように、たいていの場合思春期の子供たちの成長のための装置と位置付けられる。
対して日本の異世界ファンタジーは、このジャンルの先駆者である宮沢賢治の代表作「銀河鉄道の夜」のように、現世と常世が混じり合う世界である場合が多い。
これは宮﨑駿版の「銀河鉄道の夜」であり、もうこの世にいない人々と今一度邂逅し、生きる決意を新たにするためのもの。
同時に、自らの想いを後輩たちに継承するための作品だと思う。
「風立ちぬ」での引退宣言の後、世間では一時「ポスト宮﨑駿は誰だ?」というイシューが盛り上がりを見せて、細田守や新海誠といった作家がマスコミの俎上に上げられた。
でも宮﨑駿は一人しかいないし、後継者には誰もなれないということは本作で描かれた通り。
継承されるのは何世代にも渡って蓄積された技術と、何かを作り続けてゆくという情熱と欲望だけなのだ。
現時点でやりたいことはやり尽くした作品だと思うが、新たに生まれ変わった宮﨑駿は死ぬまで引退はしないんだろうな、たぶん。

ところで本作は一枚のキービジュアル以外、公開まで情報が一切出ず、宣伝しないことが話題となった。
だがエンドロールには予告編制作のクレジットがあることから、最初から宣伝しないことを決めてあった訳では無さそうだ。
この方針が吉と出るのか凶と出るのかは、ある程度日数が立たないと見極められないと思うが、はっきりとしているのは、都会では満席になっても全国的な作品の認知度が低いままだったため、地方の劇場が集客に苦戦しているということだ。
十年ぶりの宮崎駿の映画ということで、一番大きなハコを用意して待っていた地方劇場からすれば、なんとか情報を出してくれ!と悲鳴を上げたかっただろう。
公開日にある程度地上波での露出があったし、口コミが進めば地方でも集客数がアップするかもしれない。
しかし特にSNSを積極的にやらない世代を中心に、届かない層は確実にいるはずで、たとえジブリにしかできないことであっても、このようなスタンスは決して肯定されるべきではないと思う。

宮崎駿の母親は、甲斐武田家の家臣の末裔で山梨の出身だと言う。
というわけで今回は山梨の地ビールとして知られる、富士桜高原麦酒から夏にぴったりな「ヴァイツェン」をチョイス。
フルーティな香りが爽やかで、苦味も少ないスッキリとした喉越しを楽しめる。
ジメジメとしたこの季節には、この種のライトなビールがものすごく美味しく感じる。
※2023/07/18一部加筆・訂正しました。
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ショートレビュー「マルセル 靴をはいた小さな貝・・・・・評価額1600円」
2023年07月13日 (木) | 編集 |
借りぐらしのマルセル。

ストップモーションアニメーション+実写の異色モキュメンタリー
とある家を借りたアマチュア映像作家のディーンが出会ったのは、ずっとその家に住んでいるという身長1インチ(約2.5センチ)の知性を持つ貝マルセル。
マルセルの機知に富んだキャラクターに魅せられたディーンは、彼の日常を撮影して動画サイトに投稿したところ、人気者に。
本人役で出演のディーン・フライシャー・キャンプが、当時の私生活のパートナーだったジェニー・スレイトをヴォイス・キャストに、2010年から2014年にかけて制作した数本の短編をベースに、長編化した作品だ。
本年度アニー賞の最優秀インディペンデント長編アニメーション賞を受賞し、アカデミー長編アニメーション賞にもノミネートされた。
実写背景とアニメーション素材のマッチングはとても自然で、本当にこういう生き物が人知れず暮らしているかのよう
コンポジットはとてもいい仕事をしている。

巻貝のようなマルセルは、二足歩行で靴を履いている。
彼はお婆ちゃん貝のコニーと二人だけで暮らしているが、元はもっと沢山の仲間がいたと言う。
ディーンの住む家は、Airbnbの賃貸物件だが、以前はマークとラリッサというカップルが住んでいた。
二人はよく激しい喧嘩をするので、マルセルと仲間たちは喧嘩が始まったらタンスの靴下の引き出しに避難することを取り決めていた。
ところがある日の喧嘩で、切れたマークが突然自分の持ち物を強引にトランクに詰め込んで出て行ってしまったのだ。
おそらくこの時に、逃げ遅れて隠れていたマルセルとコニー以外の仲間は、トランクに放り込まれた可能性が高い。

ディーンの協力を得て、マルセルは仲間の行方を探しはじめるのだが、彼が自動車に乗って外の世界を体験するエピソードがいい。
自動車酔いで何度も戻しながらも、街を見下ろす丘に登ったマルセルは、この世界の巨大さを初めて実感するのだ。
マルセルとコニーは虫たちと友達で、庭にささやかな農園を作って暮らしている。
当然、今まで外の世界のことなど知らなかった。
二人のミニマルで素朴な生活と複雑な人間社会のコントラストは、ちょっと「借りぐらしのアリエッティ」を思わせるもので、マルセルの視点を通すことで人間社会の奇妙さも見えてくるというワケ。
SNSで家族の捜索を呼びかけても、人々は自分がバズることばかり考えて家の写真は撮りに来ても、捜索には全然協力してくれないあたり、シニカルな風刺になっている。
 
マルセル役のジェニー・スレイトとコニー役のイザベラ・ロッセリーニが素晴らしく、特にスレイトの声質と演技がなければこの情感は生まれなかっただろう。
スレイトは、最近では「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」などにも出演しているが、声優として高く評価されている人物で、「レゴバットマン ザ・ムービー」のハーレイクイン役やイルミネーションの「ペット」シリーズの白のポメラニアン、ギジェット役で知られている。
ところでずっとマルセルは貝だと思って観ていて、この記事の中でも貝と表記してきたのだが、戻ってきた彼の仲間を見ると貝以外にもいろいろなタイプがいる。
中には落花生みたいなのやタンポンのケースみたいなのもいて、一体どんな謎生物?
ヤドカリみたいなことなのだろうか?
とりあえず、もし自分の家で彼らを見つけたら、そっと見守ってあげたくなる、優しい映画だ。

今回は、優しい映画にイメージを合わせ「エンジェル・フェイス」をチョイス。
ドライ・ジン30ml、カルバドス15ml、アプリコット・ブランデー15mlをシェイクしてグラスに注ぐ。
リンゴのブランデー カルヴァドスとアプリコット・ブランデーはどちらもちょっと甘め。
この個性をドライ・ジンの清涼感がキリリとまとめ上げる。
度数は結構高いのだが、飲みやすいカクテルだ。

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遠いところ・・・・・評価額1700円
2023年07月09日 (日) | 編集 |
この海の向こうにあるのは。

現在の沖縄を舞台に、2歳の子供を抱えた17歳少女が、人生の過酷な現実に翻弄される。
外交や防衛といった国レベルのイシューに隠れ、普段あまりスポットの当たることのない、若年層の貧困、早すぎる妊娠、家庭内暴力といった、沖縄の抱える構造的な問題を赤裸々に描き出した意欲作だ。
狭い島に閉じ込められ、外の世界を知らない少女たちにとって、人生はあまりにも生きづらい。
主人公のアオイを「すずめの戸締り」で声優デビューした花瀬琴音が好演、圧倒的な存在感を見せる。
アオイのDV夫のマサヤを佐久間祥朗、親友のミオを石田夢実が演じる。
監督・脚本を務めたのは、2019年の「アイムクレジー」で注目された俊英・工藤将亮。
一人の少女の困難過ぎる人生を通し、沖縄の隠れた問題を鋭く追求した観応えある作品だ。
※核心部分に触れています。

沖縄市のコザに住む17歳のアオイ(花瀬琴音)は、夫のマサヤ(佐久間祥朗)と2歳の息子ケンゴと三人暮らし。
生活のために夜は近くに住むオバア(吉田妙子)に子供を預け、朝までキャバクラで働く。
お金は出しっぱなしにするとマサヤが使い込んでしまうので、見つからないように隠している。
先の見えない毎日でも、時にはキャバクラの同僚のミオ(石田夢実)たちと遊びに出たりして気分転換して乗り切っている。
ところがマサヤは建築現場の仕事を辞め、アオイに暴力を振るうようになる。
ある夜、キャバクラに警察のガサ入れが入り、未成年のアオイはクビになってしまう。
悪いことは重なり、マサヤが貯めていた金を持ったまま姿を消し、困窮したアオイは仕方なく義母の家に転がり込み、昼の仕事を探しはじめるも上手くいかない。
そんな時、マサヤが傷害事件を起こし逮捕されたと連絡が入り、多額の示談金が必要になる。
追い詰められたアオイは、夜の街の男たちのある誘いに乗ってしまうのだが・・・・・


息が苦しくなるほどの閉塞感と、スクリーンから生活臭が漂って来そうなほどのリアリティ。
沖縄の現実が書かれているルポルタージュに衝撃を受けた工藤将亮監督は、3年に及ぶ取材を経て本作を執筆したという。
17歳で2歳の息子を抱えているから、アオイが妊娠・出産したのは中学3年生の頃だろう。
当然高校には行っておらず、夫のマサヤはヒモ体質の典型的なダメ男。
複雑な家庭環境で育ち、近所に年老いたオバアが住んでいるものの、離婚した両親とはすでに縁が切れていて、母親は九州の刑務所にいるらしい。
もうこの時点で、人生かなり詰んでいるのだけど、ここから更に考えうるありとあらゆる不幸がアオイに降りかかってくる。

まず17歳の時点でキャバ嬢をやっているのがショッキングなのだが、これは現実に起こっていることだそう。
劇中でも描かれたように、取り締まりはされているのだろうが、イタチごっこ。
沖縄の失業率は慢性的に日本で一番高い状態が続いており、学歴の無い若年層にまともな仕事が供給されないので、アンダーグラウンドで稼ぐしかないのだ。
他にも沖縄は未成年の妊娠・出産が全国一位で、子供の相対的貧困率は30%に迫るというデータもある。
何代にも渡って貧しいということは、家庭の教育水準の低下を生み、まともな仕事につけないことが就労意識自体を鈍らせて、世代を超えた貧困のループが出来上がる。

予告編ではケン・ローチを引き合いに出していたが、私はどちらかと言えばショーン・ベイカーの「フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法」を思い出した。
どちらも社会のセーフティネットから抜け落ち、関心を持たれないまま放置される、いわゆるインビジブルピープルの母子を描いた物語。
問題は、貧困のループの中の人たちは、どうやったら脱出できるのかを知らないことだろう。
そもそも教育水準が低いので、物を知らない。
マサヤの弁護士に面会したアオイは「示談金」という言葉すら理解できないのである。
当然経済の知識なども無いので、自分達がいかに搾取されているのかも知らず、カツカツの暮らしを続けている。
アオイの葛藤はかなりの部分がマサヤからもたらされるのだが、彼女自身もまだ幼すぎて、自分自身を客観視出来てない。
問題が起きても、どう対処していいのか分からないまま、流されてしまう。
とうとう一線を超える仕事をしてしまった後、義母の睡眠薬(?)を泣きながら酒で流し込む描写はあまりにも痛々しく、こちらまで吐き気を覚えるほどだった。

こうした問題を描く作品ゆえに、この映画では華やかな観光地沖縄のランドスケープがほとんど描写されない。
キャバクラの同僚たちが海に遊びに行くシーンがあるのだけど、そのビーチには巨大なコンクリートの高架が海を塞ぐようにかかっていて、むしろ彼女たちの閉塞を象徴する。
このシーンで、ミオがアオイに「遠いところに行きたい」と言う。
でも目の前の問題に四苦八苦している彼女たちにとって、それは夢のまた夢だ。
唯一、写真家ユージン・スミスの代表作である「楽園への歩み」を意識したと思しき樹木のトンネルを歩くアオイとケンゴのショットがあり、その直後に二人が遊ぶ海だけが本当に美しい風景として描写されているが、島という牢獄に閉じ込められた少女たちにとって、海は祝福であると同時に呪いなのである。
そして物語の終盤、アオイに追い討ちをかける決定的な事件が起こる。
ずっとアオイのことを心配していたミオが、突然命を絶ってしまうのだ。
沖縄の神話では、亡くなった人の魂は海の向こうにあるというニライカナイに向かう。
何者にもなれず、どこにも行けない少女たちが、唯一行くことの出来た「遠いところ」が常世の国だけだというのは、あまりにも悲しい。

この映画のキャッチコピーは、「映画、ではなく現実」だ。
しかしそれは、観る者の立場によって変わるのだと思う。
アオイと同じような境遇の少女たちにとっては紛れもなく現実だろうが、そう感じる彼女たちには、たぶんこの映画は届かない。
日々の生活で手一杯の人たちに、のんびり映画を観る余裕があるとは思えないからだ。
少女たちだけでなく、本作の登場人物たちは、大人も含めて誰も答えを持っていない。
この映画を真に届けるべきは、今までアオイような存在が見えていなかった人たち、この映画を事実をベースとしたフィクションとして消費するループの外にいる人たちだ。
多くの人たちは、この物語をにわかには現実と受け止められないかも知れない。
しかし沖縄出身ではない工藤将亮監督がそうであったように、映画を観たことで考えて、もっと知ろう、変えようとすることは出来る。
それが本作の存在価値であり、希望なのだと思う。
シチュエーションは違えど、日本社会の中で人知れず閉塞を余儀なくされているインビジブルピープルの物語で、主人公も同じ17歳の少女という点で、昨年の「マイスモールランド」を思わせる作品。
どちらの作品も、今観るべき傑作です。

ドーンと重いものを投げ渡されたような本作の後は、清涼な「サザン・スパークル」をチョイス。
サザン・カンフォート30ml、パイナップル・ジュース45ml、レモン・ジュース10mlをシェイクし氷を入れたグラスに注ぎ、最後にジンジャー・エールで満たして完成。
素材に含まれるピーチ、パイナップル、レモンの三種のフルーツフレーバーを、ジンジャーエールの個性がまとめ上げる。
スッキリとした喉越しを楽しめるカクテルだ。

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インディ・ジョーンズと運命のダイヤル・・・・・評価額1650円
2023年07月05日 (水) | 編集 |
さよなら、インディ!

冒険アクション映画の金字塔「レイダース/失われたアーク《聖櫃》」で初登場した、考古学者インディアナ・ジョーンズの冒険を描くシリーズ第五作にして完結編。
前作の「クリスタル・スカルの王国」から現実世界では15年経ったが、映画の中では12年の歳月が流れた1969年が舞台となる。
大学を退任したインディの前に、かつて彼が名付け親となった若い女性ヘレナが現れ、戦時中にインディがナチスから奪った、アンティキティラ島のダイヤルの話を持ちかける。
歴史を変えるパワーを持つとされるダイヤルを巡り、インディが老体に鞭打って世界を股にかける冒険に旅立つ。
過去四作を監督したスティーヴン・スピルバーグは、今回はジョージ・ルーカスと共にエグゼクティブ・プロデューサーを務め、「LOGAN ローガン」のジェームズ・マンゴールドが新たにメガホンを取り、共同脚本にも参画。
御歳80歳のハリソン・フォードが、伝説のタイトルロールを再演。
インディと行動を共にするヘレナに「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」の脚本家としても知られるフィービー・ウォーラー=ブリッジ、因縁の敵となるフォラーをマッツ・ミケルセンが演じる。

アポロ11号の宇宙飛行士たちの、凱旋パレードの準備が進む1969年のニューヨーク。
インディアナ・ジョーンズ(ハリソン・フォード)は息子のマットをベトナム戦争で亡くし、妻のマリオン(カレン・アレン)とも別居中で、ハンターカレッジの教授職も退職に追い込まれる。
そんな時、彼の前にかつての同僚であるバジル(トビー・ジョーンズ)の娘で、インディが名付け親となったヘレナ(フィービー・ウォーラー=ブリッジ)が現れる。
ヘレナはバジルとインディがナチスから奪い、争奪戦の中で行方不明となった、アンティキティラのダイヤルの再捜索を持ちかけるが、インディは渋い顔。
実はダイヤルは失われておらず、ダイヤルの研究に取り憑かれたバジルを心配したインディが、ハンターカレッジの資料室に保管していた。
インディがダイヤルをヘレナに見せようとすると、謎の男たちが資料室に押し入り、ダイヤルを奪おうとする。
彼らを率いていたのは、元ナチスの科学者でかつてインディにダイヤルを奪われたフォラー(マッツ・ミケルセン)だった・・・


なるほど、賛否両論になるのも分かる。
色々言いたいこともあるけど、賛否で言えば私的には絶対的に賛だ。
最初にネガティブなことを書いておくと、ジェームズ・マンゴールドのスタイルと、このシリーズとの相性は良いとは言えない。
頑張って寄せようとはしてるのだが、スピルバーグの緩急自在な軽快さは薄れ、硬質な演出からはシリーズの味であるユーモアの要素が無くなってしまった。
例えばアポロ11号の凱旋パレードの中を馬に乗ったインディと、敵のオートバイが追撃戦を繰り広げる。
似たようなシチュエーションが前作にもあったので余計に分かりやすいが、スピルバーグならモブの大衆を巻き込んでギャグ満載にしただろう。
またこのシリーズでは結構簡単に人が死ぬが、スピルバーグはいい意味でそれに意味を与えない。
例えば「クリスタル・スカル」ではインディを追いかけて来た兵士たちが、ロケットエンジンの炎で丸焼けになってしまうが、描写としてはごくあっさり。
ところがマンゴールドは、律儀に一人ひとりちゃんと描くのである。
結果的に、人の死が妙にリアルで重く「インディってこういう映画だっけ?」と思ってしまった。
まあ思い出してみても、マンゴールドの映画でギャグを見た記憶がないので、これは無いものねだりかも知れないが、同じ枠の中で作家性の違いが際立つのは事実。

一方で、映画の世界観とキャラクターに対するスタンスは、非常に真摯なものだ。
この映画、シリーズ最長で上映時間が154分もあるのだが、冒頭25分程度は物語の前提となる若き日のエピソード。
1944年のドイツで、インディとバジルがフォラーからアンティキティラ島のダイヤルを奪い取る。
古代のコンピュータとも呼ばれる実在するダイヤルとはデザインがちょっと違うが、ダイヤルは二つに分割されていて、インディが持っているものの他に、片方がどこかに眠っている設定。
二つを組み合わせると、時間を跳躍するパワーを持つため、フォラーは執念深くダイヤルの行方を追い、ナチスが勝利した世界を作ろうとしているのだ。
プロローグをじっくり時間をかけと描いた後、1969年の本編が始まるのだが、マンゴールドはいきなりハリソン・フォードの衰えきった肉体を見せるのだ。
今ならCGで補正をかけることも可能だろうが、あえて老いた体を生々しく描写する。
ぶっちゃけ、この時点で「いやーもう無理でしょ」と思ったけど、おなじみのコスチュームに身を包んでもなお、痛々しさは変わらない。

陸海空を股にかけるてんこ盛りのアクションシークエンス自体は激しいし、素晴らしい仕上がりを見せている。
しかし、最初の肉体の衰えのインパクトがずっと残って、中の人の現実との差異がどうしても気になる。
「あ、あ、あ!そんなことしたら骨折れちゃうよ!」と別の意味でハラハラ。
トレードマークの皮の鞭を振り回す描写でも、鞭がなんだか重そうで、軽々と使いこなしているように見えないのである。
でもある時点から、これは43年間に及ぶシリーズの歴史を内包し、ファンにさよならを言わせるための作品なんだと思えてくる。
ジョン・リス=デイヴィス演じるサラーが再登場したり、特に第一作の「レイダース/失われたアーク《聖櫃》」リスペクトが満載だが、途中から一行に加わる少年テディは明らかに「魔宮の伝説」でキー・ホイ・クァンが演じたショーティをイメージしたキャラクターだし、過去のシリーズ各作品が幾度となく頭をよぎる。

そしてこれはかなりサプライズで、本作の賛否両論の核心部分だと思うのだが、冒険の帰結する先が分かる最後20分の展開で涙腺決壊。
なんでも当初の脚本では、フォラーの目論見通りに第二次世界大戦中の世界がクライマックスになるはずだったらしいが、マンゴールドの希望で書き換えられたそうだ。
もし元の脚本のままだったら、前作がそうであった様に、インディの一つの冒険の終わりは描けただろうが「完結編」にはならなかったと思う。
ずっと古代のミステリを追い続けたインディに、今回はミステリの断片を目撃させるのではなく、はじまりを実体験させる。
これはある意味禁じ手だが、インディの長年の功績に対するご褒美。
もうこれでシリーズを終える、という決意があってこそ出来たことだろう。
インディも、どこかの時点でジェームズ・ボンドみたいに代替わりする選択肢もあったはずだし、それはそれで支持されたかも知れない。
でもスピルバーグもルーカスも、そうしなかった。
この映画の世界では、インディ・ジョーンズは演じるハリソン・フォードと共に歳をとって、いつかはいなくなる。
これはいわば「男はつらいよ おかえり 寅さん」を、渥美清の生前に作ったような作品なのだ。

ここには同じルーカスフィルムの「スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け」のような迷走は一切見られず、俳優とキャラクター、シリーズの歴史に対するリスペクトに満ちていて、終わってみれば最高の「インディ・ジョーンズ」では無かったかも知れないが、最高の完結編だったなと思わされる。
ハリソン・フォードのインディは終わるが、92年から93年に放送されたテレビシリーズ「インディ・ジョーンズ/若き日の大冒険」には、90代になった老インディがストーリーテラーとして登場したので、物語の世界では少なくとも後20数年は彼の人生は続く。
もうナチスと戦ったりはしないだろけど、今度はマリオンと共に、さほど危なくない小さな冒険を続けてゆくのだろうな。
帽子も引っ掴んでいたし(笑
まあシリーズへのリスペクト満載な分、一見さんにとっては魅力の薄い作品だと思うけど、それは致し方あるまい。

今回はインディアナならぬ、インディア・ペール・エールを。
ルーカスフィルムの本拠地サンフランシスコ近郊で、カリフォルニアワインの産地として知られるソノマ地区でスタートした 「ラグニタス IPA」をチョイス。
IPAの強いホップ感にしっかりしたコク、フルーティな香りが華やかだ。
缶には犬が印刷されているが、醸造所にはたくさんの犬たちが飼われているそうな。
そう言えば、「インディアナ」って言うのも本当はジョーンズ家の犬の名前だった(笑

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タイラー・レイク -命の奪還-2・・・・・評価★★★★+0.6
2023年07月01日 (土) | 編集 |
絶体絶命の作戦、再び。

クリス・ヘムズワース演じる死にたがりの凄腕傭兵、タイラー・レイクの物語第二弾
前作で瀕死の重傷を負ったレイクは、なんとか救出され命は助かったものの、引退しオーストリアの奥地で生活を送ることに。
ところが、彼の元に別れた妻のミアからのSOSが入り、再び戦場へと足を踏み入れる。
主要スタッフ・キャストは続投。
ルッソ兄弟がプロデュースし、弟のジョー・ルッソの脚本を、スタント畑出身のサム・ハーグレイブ監督が仕上げる。
主人公はもちろんクリス・ヘムズワースで、傭兵仲間のニックにゴルシフテ・ファラハニ、その弟のヤズにアダム・ベッサ。
タイラーに依頼を届ける謎の男を、イドリス・エルバが演じる。
相変わらず、怒涛のアクションシークエンスのつるべ打ちで、ものすごく金かかってそうだけど、これホントに配信スルーでいいの?
※核心部分に触れています。

ダッカの戦いを辛くも生き残ったタイラー・レイク(クリス・ヘムズワース)は、オーストリアの山奥でリハビリを兼ねて引退生活を送っている。
だがある日、訪ねてきた謎の男(イドリス・エルバ)から、元妻のミア(オルガ・キュリレンコ)の妹のケト(ティナティン・ダラキシュビリ)と二人の子供を救出して欲しいというメッセージを伝えられる。
ケトの夫は、ジョージアの犯罪組織「ナガジ」の幹部ダヴィッドで、彼は収監されている刑務所にとケトと二人の子供を監禁しているという。
断れないタイラーは、ニック(ゴルシフテ・ファラハニ)らと再びチームを結成し、刑務所を急襲。
ケトと子供達を無事に助け出すが、その過程でダヴィッド(トルニケ・ブジアヴァ)が死亡し、兄でナガジのリーダー、ズラブ(トルニケ・ゴグリキアーニ)は復讐を誓う。
タイラーは、ケトと子供たちをアメリカに移送する準備の間ウィーンに身を潜めるが、彼らの居場所を知ったズラブの部隊が迫っていた・・・


タイラーが死にたがりになった原因は、死の病を患った幼い息子と向き合わず、任務を口実にして逃げ出したことへの自己嫌悪と罪悪感
前作で救出した麻薬王の息子と擬似的な父子関係を結んだことで、一応トラウマを脱したのだが、今度は元妻ミアからの依頼が入る。
息子から逃げ出したのはイコール妻から逃げ出したのと同義だから、タイラーには断るという選択肢は初めから無い。
しかも今回の要救助者は、義妹ケトとその息子と娘。
敵はジョージアで犯罪組織やってる彼女の夫兄弟で、つまり関係者は全員身内である。
擬似的関係から一歩進めて身内と戦い救うことで、主人公の過去の罪と向き合うプロセスも一歩進むという訳か。

大雑把にいうと三つの大きなアクションシークエンスを、ドラマパートで繋げたような構成になっていて、ほぼノンストップで話が進む。
前作では、10分間にも及ぶ目もくらむ様な、ワンショット風のアクションシークエンスに度肝を抜かれた。
デジタル技術が可能にしたこのような表現が広まる切掛となったのは、おそらくアルフォンソ・キュアロン監督が2006年に発表した「トゥモロー・ワールド」だろう。
この作品には複数のワンショットシークエンスがあったが、特に終盤の7分間に及ぶシークエンスは、驚くべき未見性と臨場感に満ちていた。
キュアロン自身は、その後「ゼロ・グラビティ」の冒頭でもとんでもないワンショットを見せてくれたが、アクションにおけるワンショットの可能性は、チョン・ビョンギル監督の「悪女/AKUJO」や、デヴィッド・リーチ監督の「アトミック・ブロンド」、前作の「タイラー・レイク 命の奪還」へと広がってゆく。
そして今回のワンショットは、ケト親子が監禁されているジョージアの刑務所からの脱出シークエンスだ。
その長さ、なんと前作の倍以上の21分間!
迷路のような地下の戦いからカーチェイス、しまいには列車にヘリコプターと、シチュエーションの複雑さは前作とは比べ物にならない。
絶対に同じことはやらないぜ!というアクション野郎の矜持を感じさせる。

アクションに力が入っている分、ドラマ的にはある程度薄味だ。
タイラーのチームは前作から変わらず、ニックとヤズの姉弟なので説明要らず。
前作の格闘技の達人、サジュのような葛藤を抱えた中ボス的なキャラクターもいないので、ドラマを深掘りする要素自体がない。
薄味ながらも、ドラマ的なポイントは二点。
先ずはプロットがほぼ一本道になったことで、相方のニックの比重が大幅に増し、ほぼバディもののようなスタイルになったこと。
元妻から依頼された作戦ということが、戦友以上、恋人未満の二人の関係にビミョーな影を落とす。
そしてもう一つは、ケトと一緒に助け出された息子サンドロが、ナガジの思想に染まりかかっているティーンエイジャーであること。
この子を共に“伯父さん“に当たるタイラーとズラブの間で揺れ動く存在とし、敵味方の有利・不利を左右する変数としている。
サンドロは亡くなった息子と同世代で、二人は幼いころに一緒に遊んだことも。
だからサンドロを救うことは、タイラーにとっても息子を見捨てたことへの贖罪の一つになるのである。

そんなサンドロが呼び込んだ、ウィーンの高層ビルを舞台とした第二のアクションシークエンスも大迫力だ。
この種の大人数による複雑なアクションは、敵味方の位置関係を描くのが難しいのだが、ハーグレイブは説明的にならずに、キャラクターの動きの中で有機的に位置を把握させるのが抜群に上手い。
さらに編集を手掛けているのが、前出の「トゥモロー・ワールド」も担当しているアレックス・ロドリゲスとベテランのウィリアム・ホイなので、演出と編集のコンビネーションも抜群。
センスとセンスの組み合わせで仕上がったアクションの切れ味は、もしかしたらルッソ兄弟よりも上かもしれない。
そういえばルッソ兄弟がメガホンを取った「グレイマン」でも、ウィーンを舞台にトラムと車を組み合わせた大チェイスをやって、無関係な人に迷惑かけまくってたけど、今回も訳が分からないうちに巻き込まれてボコボコにされちゃうオーストリア警察が可哀想。
ジョン・ウーばりの教会を舞台としたラストアクションシークエンスまで、シチュエーションのバリエーションも見せ方のバリエーションもてんこ盛りで、もうお腹いっぱい。
アクション活劇としての満足度は、前作以上に高い。

すでに第三弾も発表されてるので、このシリーズは「ソー」に続くヘムズワースの代表作となってゆくのだろう。
イドリス・エルバの謎の男は、007の「Q」的なポジションに収まるのか。
制作会社も同じだし、世界観も近いので「グレイマン」とクロスオーバーさせても面白そうだ。
子供を守るアンチヒーローという点も同じだし。

本作の前半の舞台となるジョージアは、6000年前の遺跡からワイン醸造の痕跡が発見されていて、ワインの発祥の地とも言われる。
今回はジョージアの老舗、テニアリ ヴァレーが生産する白ワイン「ルカツィテリ クヴェヴリ」の2020をチョイス。
土着種のルカツィテリを、クヴェヴリと呼ばれる素焼きの壺で熟成させるのが、この地域の伝統醸造法。
通常の白ワインの製法とは異なり、皮や種も一緒に発酵させるオレンジワインの手法で作られた一本で、スッキリとした辛口の喉ごしに、赤ワインのような複雑な味わいも楽しめる。
ジョージアワインは、CPが高いのも嬉しいポイント。

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