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2023 Unforgettable Movies
2023年12月29日 (金) | 編集 |
アフターコロナとなった今年は、前年から続くウクライナ戦争に、血で血を洗うガザの紛争が重なり、台湾に対する中国の姿勢がクローズアップされキナ臭さが増した年
物価は上がり続け、今年の漢字は「税」になったそうだ。
一方で日本の興行街は諸外国の映画観客がなかなか戻らない中で、一応の盛況は見せているも、地方やミニシアターは苦境が続く。
配信シフトは明らかな影響を見せていて、アメコミ映画の退潮は著しく、人種や貧困、ジェンダーの問題を扱った作品も多かった。
それでは、今年の“忘れられない映画たち”をブログでの紹介順に。
選出基準はただ一つ、“今の時点でより心に残っているもの”だ。

「モリコーネ 映画が恋した音楽家」20年に亡くなった映画音楽のレジェンドの人生を、ジュセッペ・トルナトーレがまとめ上げたドキュメンタリー。最初の一音でモリコーネと分かる強烈な個性、他の誰にも似ていない独特の音楽はなぜ生まれたのか。映画史を彩った数々の名曲の誕生秘話は、歴史の裏側を覗き見るようで、ワクワクが止まらない。

「SHE SAID シー・セッド その名を暴け」ハーヴェイ・ワインスタインの性暴力事件を暴き、破滅に追い込んだNYタイムズの二人の記者を描くルポルタージュサスペンス。ハリウッド伝統の、調査報道をモチーフにした秀作の系譜に新たに加わった。主役の二人は幼い子供を抱える母親でもあり、彼女らを支える家族との描写に強いモチベーションの動機が垣間見える。

「ノースマン 導かれし復讐者」10世紀初頭のアイスランドの、荒涼とした風景の中で展開するのは、父王を叔父に殺された王子アムレートの神話的貴種流離譚。シェイクスピアの「ハムレット」のモデルとなった、ヴァイキングの伝説の英雄の物語だ。ロバート・エガース監督は、自身初となるメジャー大作で、濃い作家性を保ったまま見事な傑作をものにした。

「イニシェリン島の精霊」マーティン・マクドナー監督が、1920年代のアイルランドの孤島を舞台に描く、シニカルなブラックコメディ。突然始まった二人の男の馬鹿げた喧嘩に、死を予知し泣き叫ぶという精霊バンシーの伝説が絡み合う。小さな島での小さな喧嘩と、同じアイルランド人同士が殺し合うアイルランド内戦が皮肉っぽく対比される構図となっている。

「エゴイスト」これはいくつもの意味を持つ、深いタイトルだ。鈴木亮平演じる主人公は、恋人の宮沢氷魚の愛を繋ぎ止めるために惜しみなくお金を使う。物語の前半と後半で状況が大きく変わるが、主人公は同じことを繰り返す。利他と利己は表裏一体で与える立場、受け取る立場で見え方が違う。エゴイストは別の方向から見たら真実の愛の人で、その逆もしかりなのだ。

「BLUE GIANT」仙台から上京し、世界一のテナーサックス奏者を目指す宮本大と、熱い音楽仲間たちの濃厚すぎる1年半の物語。トリオ「The JASS」を結成すると、個性の違う三人が化学反応を生み、彼らは瞬く間に東京のジャズシーンを駆け登ってゆく。演奏シーンのクオリティが高く、怒涛のクライマックスは聴きごたえ十分だ。

「エンパイア・オブ・ライト」1980年の秋、イギリス南部の海辺に立つ古い映画館「エンパイア・シネマ」で展開するのは、オリビア・コールマンが演じる劇場のマネージャーと、マイケル・ウォードが演じる若い黒人男性の恋。互いに異なる孤独と痛みを抱えた二人が、そっと寄り添って生きる束の間の時間。その奇跡は、暗闇の中に光を見る映画そのものだ。

「フェイブルマンズ」映画監督スティーヴン・スピルバーグが出来るまで。伝説化されたエピソードも多いのだが、中盤にお母さんのある秘密を知ってしまうあたりから、少しずつ両親絡みのエピソードが増えてゆき、彼の映画作りとも密接に絡み合う。76歳の巨匠による「私の物語は終わらない!」という力強い宣言でもある。

「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」冴えないコインランドリー屋のミッシェル・ヨーとキー・ホイ・クァンの移民夫婦が、突然マルチバースの戦いに巻き込まれる、シュール極まりない闇鍋映画。全宇宙を救うはずの超マクロな話が、主人公と娘のミクロな関係に収束するのだが、一切尻すぼみ感がないのが素晴らしい。

「ちひろさん」有村架純演じる、海辺の街のお弁当屋で働く不思議な女性“ちひろ”さんの物語。彼女にはほとんど執着心が無く、この世の全ては移ろいゆく儚いものだという、仙人のような世界観。様々な問題を抱えた人々との交流で、少しずつちひろさんの心の底が見えてくる。これは過去に色々あって隠れている本当の彼女が、人生の気づきをもらう物語。

「生きる LIVING」黒澤明の代表作の一つを、ノーベル賞作家のカズオ・イシグロが新たに脚色し、1950年代のイギリスを舞台にリメイクした作品。大枠を維持しながら、現在の映画として見た場合の問題点を潰し、単なる英語版にとどまらない視点を持たせ、特に「心の継承」という新たなテーマを付与している脚色の見事さが光る。過去のあらゆる黒澤映画のリメイクでベスト。

「ザ・ホエール」ダーレン・アロノフスキーの人生どん底の人シリーズ最新作。ボーイフレンドの死で心と体のバランスを崩し、一人で立ち上がれないくらい激太りしてしまった男の、人生最後の1週間の物語。描かれているのは、ブレンダン・フレイザーが好演する主人公自身による、自らの魂の“救済”だ。人間の業と愛が充満する、傑作密室劇。

「世界の終わりから」伊東蒼演じる、天涯孤独の高校生の視点で描かれる世界の終わり。一見するとセカイ系のようだが、実は真逆。本作では、終末を回避するための主人公の必死の努力は、人類の集合的無意識が積層された世界によって跳ね返されてしまう。10代の少女を主人公とした優れたジュブナイルであり、同時に非常に日本的なハードSFの傑作だ。

「せかいのおきく」幕末の安政年間、若者たちの物語はミニマルなんだけど、スクリーンの向こうに「世界」を感じさせるスケール感。汲み取った江戸のうんこを、農村に売って生計を立てている二人の青年と、ある事件によって声を失った武家の娘のおきく。激動の時代、厳しい現実に翻弄されながらも、彼らは逞しく生きてゆく。江戸時代の、ザ・青春。

「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3」MCUの“ローリングストーンズ”こと、銀河のはみ出し者軍団「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」の活躍を描く三部作完結編。じんわりと噛み締めたいウェットな部分も含めて、ジェームズ・ガンは「GotG」の創造主として、見事に大人も子供も楽しめる最高のスペースオペラに仕上げている。

「TAR ター」 トッド・フィールド16年ぶりの新作は、天賦の才に恵まれたオーケストラ指揮者リディア・ターの転落を描く物語。これが一筋縄ではいかない大怪作で、凄まじい情報量は一度観ただけでは全く足りない。観るたびに表情を変えるロールシャハテストみたいな印象で、この様な映画のありようも含めて、色々示唆するものの多い作品なのは間違いない。

「ソフト/クワイエット」インパクトならある意味今年のナンバーワン。街の女性たちと白人至上主義団体を立ち上げた主人公は、アジア系の姉妹と口論になったことから、恐ろしい犯罪に手を染めてしまう。全員が凄まじいバカで、状況判断が全く出来ないのは、トランプ落選で議会に突撃して逮捕された連中を思わせる。分断の時代が生んだ怪作だ。

「怪物」湖のある街の小学校で起こった、生徒と教師のトラブル。最初は単純な教師の暴力行為と思われたが、真っ向から食い違う証言に事態は次第に混迷を深めてゆく。一つの事件を三つの視点で描く、羅生門ケースな物語で、浮かび上がるのは、大切な誰かを守るための小さな嘘。演出、脚本、撮影、美術、音楽と画面の隅々まで超一流の仕事を堪能出来る素晴らしい作品だ。

「遠いところ」現在の沖縄を舞台に、2歳の子供を抱えた17歳少女が、人生の過酷な現実に翻弄される。外交や防衛といった国レベルのイシューに隠れ、普段あまりスポットの当たることのない、若年層の貧困、早すぎる妊娠、家庭内暴力といった、沖縄の抱える構造的な問題を、徹底的なリアリズムのもと赤裸々に描き出した意欲作だ。主人公を演じる花瀬琴音が素晴らしい。

「マイ・エレメント」水・火・土・風のエレメントが暮らすNY 風の大都会を舞台に、触れ合うことすら許されない、火のエレメントのエンバーと水のウェイドの禁断のラブストーリー。移民あるあるの物語で、エンバーも親たちの価値観と、自分の中の新しい世界の価値観に引き裂かれて爆発寸前。そこにウェイドが現れたことで、化学反応が起こる。二人の真実の愛に泣かされた。

「バービー」某名作映画のパロディとして、バービー人形の歴史が紹介される冒頭からグレタ・ガーウィグの演出はキレキレだ。一見するとフェミニズムの話に思えて、実はそれだけではなく、フェミニズム、マスキュリズムを包括した幅広い社会のあり方を、笑って泣ける一大エンターテイメントとして描き出した大変な力作で、タイトルも本当は「バービー&ケン」が相応しい。

「あしたの少女」韓国の職業高校の実習生が、過酷な労働環境に耐えられず自殺した事件を、チョン・ジュリ監督が描いた作品。前半は快活な高校生ソヒが、ある企業のコールセンターの実習生となり、やがて自殺するまでを描く。後半になると、ペ・ドゥナ演じる刑事が登場し、なぜソヒは死を選ばねばならなかったのかを捜査してゆく。真摯に作られた秀作である。

「アリスとテレスのまぼろし工場」製鉄所の謎の爆発事故で、外界から切り離され、時間も止まった街を舞台に、永遠の14歳を生きることになった中学生たちの物語。相変わらず凝った設定はさすが岡田麿里だが、ここから更に世界観を捻って来る。驚くべき未見性を持つ作品で、登場人物の溢れ出す感情を燃料に、息苦しいほどの熱気を感じさせる傑作だ。

「ジョン・ウィック コンセクエンス」シリーズ第四弾にして鮮やかな完結編。全編徹底的に決め込まれた動くグラフィックノベルは、169分に渡って供されるアクションのフルコースの趣で、満腹感半端ない。ドニー・イェン、真田広之へのリスペクトも熱く、全てのアクション好きが心震えるだろう。勝手にジョン・ウィックの下町版だと思っている「ベイビーわるきゅーれ2ベイビー」の伊澤彩織が、スタントダブルで参加してるのも、個人的に胸熱だった。

「キリエのうた」岩井俊二成分全部入り。背景に東日本大震災の記憶が生々しく横たわる、13年間に渡る歌唄いのキリエの物語は、一言で3時間のエモさの塊りだ。筋立てをこうしてああすれば、客を泣かせられるという普通の映画文法とは根本的に違う、いわば全方位から攻めてくる力技。岩井俊二は映画作家として、大林宣彦の境地に近付いているのかも知れない。

「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」先住民オセージ族の土地に湧き出した石油利権を巡り、欲望に取り憑かれた白人の男たちが、人間の最も暗い闇を見せつける。隠されたアメリカ史のおぞましい側面を、じっくりと描き出した大力作で、206分もの上映時間を1秒たりとも飽きさせない。今年80歳になる巨匠スコセッシの、円熟の技を堪能出来る傑作だ。

「ゴジラ -1.0」2023年のキング・オブ・ザ・ムービーズ。54年版リスペクトは強いが、過去のどのゴジラ映画ともアプローチが違う。深海から現れたゴジラは、永遠に追って来る戦争の呪いであり、疲弊して絶望の淵にいる者たちを、地獄へ突き落とす戦争の悪魔だ。全く容赦ない前半と、未来へと前を向く後半。史上最も恐ろしいゴジラであり、新たな歴史を切り開く大傑作。

「正欲」頑なに常識に囚われた父親、不登校の小学生YouTuber、男性恐怖症の大学生、そして人には理解されない不思議な性的指向を抱えた三人も若者たち。一見関係のない彼らの物語はやがて、ある事件をきっかけにして、一つのストーリーラインへと収束する。「“多様性”という言葉の本当の意味を分かっていますか?」と問い直す現在ならではの問題作だ。

「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」ゲゲゲの鬼太郎が生まれるまでを描いたザ・ビギニング。これはいわば「鬼太郎 -1.0」で、昭和31年の復興期を舞台に、主人公のモーレツサラリーマン“水木”が見た、欲望の果てに堕ち、戦争をはじめた人間たちの、あまりにもおぞましい秘密が描かれる。水木の背景には、「総員玉砕せよ!」をはじめとした水木しげるの戦争漫画の記憶が内包されている。

「ほかげ」塚本晋也が三度戦争を描く。舞台は終戦直後の日本。小さな居酒屋で体を売る”女”と、肉体と心に決して消えない傷を負った復員兵たち。いつまでも内なる戦争が終わらない大人たちの哀しき姿を、戦争孤児の少年の真っ直ぐな瞳が見つめる。こちらはいわば裏「ゴジラ -1.0」で、ゴジラが現れず戦争を終わらせられなかった人々の悲劇の物語だ。

「窓ぎわのトットちゃん」昭和の大ベストセラー初の映画化。昭和15年から20年にかけて、楽しかった小学校生活が、だんだんと戦争の影に覆われてゆく。友だちを亡くしたトットちゃんが、街を疾走するシークエンスは、小学生の視点でそれまで見えなかった“戦争”が身近な世界で顕在化する見事な演出。丁寧なアニメーション表現も素晴らしい。

以上、劇場+配信の全337本から選んだ31本。
面白い映画はまだまだ多かったが、たとえば「スパイダーバース:アクロス・ザ・スパイダーバース」「ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE」は物語の前半しかないので保留。
社会問題を扱った作品では上記の作品の他にも、「ウーマン・トーキング 私たちの選択」「アシスタント」「ティル」「福田村事件」などが印象に残った。
外国映画では、少年たちの瑞々しいドラマ「CLOSE/クロース」やデミアン・チャゼルの闇鍋的映画史「バビロン」、ギャレス・エドワーズのSFマインド溢れる「ザ・クリエイター 創造者」なども面白かった。
日本映画は「少女は卒業しない」「波紋」「春に散る」「愛にイナズマ」「市子」など、作家性を発揮した作品が多く豊作だったと思う。
宮﨑駿の復帰作「君たちはどう生きるか」やヴェンダースの「PERFECT DAYS」など、ベテラン勢も持ち味を発揮した。
アートアニメーションでは、チリの独裁時代をモチーフにした抽象作「オオカミの家」がインパクト大。
また、11月から相次いで公開された「ゴジラ-1.0」「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」「ほかげ」「窓ぎわのトットちゃん」は、内容的に面白いまでの相互補完の関係にある。
もちろん偶然なのだが、これが「時代に呼ばれる映画」というものだろう。
それでは皆さん、よいお年をお迎えください。

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ショートレビュー「PERFECT DAYS・・・・・評価額1700円」
2023年12月27日 (水) | 編集 |
2023年の、東京物語。

東京で公衆トイレの清掃員として働く、ある男の日常。
ヴィム・ヴェンダースがメガホンを取り、本年度のカンヌ国際映画祭で主演の役所広司に日本人として19年ぶり二人目の男優賞をもたらした作品だ。
本作は当初、渋谷区内の公衆トイレ17ヶ所を更新するプロジェクト「THE TOKYO TOILET」のPR用の短編として企画されたが、ヴェンダースは共同脚本の高崎卓馬と共に、敬愛する小津安二郎的な市井の人々を描く長編を書き上げた。

主人公の平山は墨東の亀戸あたりにある昭和なアパートに一人住み、仕事場は渋谷周辺。
この男、無口な上に極端にキッチリとした性格で、毎日の行動のルーティンがほぼ決まっている。
まだ薄暗い早朝に起床し、出勤前に自販機の缶コーヒーを一本飲み、清掃道具を満載した車を首都高に走らせる。
BGMはパティ・スミスやルー・リードと言った、渋い洋楽のカセットテープだ。
渋谷に着くと公衆トイレを次々磨き上げ、お昼には代々木八幡神社の境内でサンドイッチを食べ、フィルムカメラで木漏れ日の写真をパチリと撮る。
終業後は銭湯で汗を流し、馴染みの飲み屋で一杯やり、好きな本を読み、いい夢を見る。
週末は少しルーティンが異なるが、これも基本的には毎週同じ行動を繰り返す。

ただし、たまにパーフェクトな毎日のルーティンを崩す存在が現れる。
それは柄本時生が演じるチャランポランな同僚だったり、家出してきた疎遠な姪のニコだったり、様々だ。
だが、それもまた平山にとっては大切な一期一会。
物語は終始淡々と進み、特に大きな事件は起こらないが、流れる空気がとても心地よい。

本作は先行上映が行われたこともあって、かなり前から観た人の感想が耳に入っていたのだが、面白いことに評判は両極端
ある人は心を洗われる素晴らしい体験をしたと語り、別のある人はトイレの広告のようで全然ピンとこなかったと語る。
これはおそらく、映画に何を期待したかだと思う。
安アパートに暮らすトイレ清掃員の物語というパッケージからは、例えばケン・ローチの映画のような社会性を期待させる。
一方で、作品の成り立ちから分かるように、これは初めから電通案件のPR映画であって、社会問題を告発するようなことはそもそも想定してない。
実際、ヴェンダースが描いたのは、かなり特殊なキャラクターのごくパーソナルな物語であって、これに社会性を見出すことは難しい。

多くの小津安二郎作品の主人公と、共通する名前を持つ「平山」の背景は殆ど描かれないが、質素な生活をしているものの、元から貧乏という訳では無さそうだ。
ニコを迎えにきた妹の車は黒塗りのショーファードリブンだし、登場人物の会話から想像するに、平山も元々はそれなりの社会的な地位にいたはずで、あくまでも彼の選択した結果として、今のトイレ清掃員の暮らしがある。
だから主人公の設定だけを見て、現代日本の社会問題的なイシューを期待すると完全に肩透かしを食らう。
出て来る公衆トイレが全てオシャレ系で、最初から別に汚くない所ばかりなのも、PR目的というのも勿論あるにしろ、主人公の仕事と暮らしを社会性と結び付けられたくないからだろう。
住んでいるアパートも、何気に珍しいメゾネットタイプで、見方によってはオシャレだし。

本作がフィーチャーするのは、タイトル通り主人公の何気ない生活を通して見る、この世界の美しさだ。
平山はあちこちで拾ってきた木の芽を、自宅で盆栽のように育てている。
それはほとんどの人が目にもとめない、命の息吹だ。
本作における「PERFECT DAYS」とはルーティン通りの日々ではなく、ふと見上げた木漏れ日の美しさや、日常に散りばめられている人々の喜怒哀楽に気付かされる、同じようでいて刻々と変わってゆくこの世界の毎日のことなのだ。
今の世の中に、汚い部分や放置された問題点は多々あるだろう。
でもそれだけでなく、ただ生きているだけで感じられる美しさは確実にある。
このコンセプトを具現化したフランツ・ラスティグの端正なフレームワーク、桑島十和子による生活感がありつつ、遊び心を感じさせる美術が光る。
優しい世界だが、優し過ぎて物足りない人もいるかも知れない、そんな映画だ。

今回は、もう一つの主役である東京の名をもつ「トーキョー・ジョー」をチョイス。
ウォッカ150mlとメロン・リキュール10mlを氷を入れたグラスに注ぎ、ステアする。
1949年のハンフリー・ボガード主演の映画、「東京ジョー」から名付けられた。
木漏れ日の緑を思わせる、エメラルド色が印象的な甘口のカクテル。
映画のデザートにぴったりだが、アルコール度数はハードボイルだ。

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ショートレビュー「ティル・・・・・評価額1650円」
2023年12月23日 (土) | 編集 |
それでも、世界は変わる。

1955年の夏、シカゴに住む14歳の黒人少年エメット・ティルが、親戚を訪ねた先のミシシッピ州マネーで白人たちに拉致され、リンチの末惨殺されてタラハシー川に捨てられた。
理由は、白人の商店主の妻キャロリン・ブライアントに向かって口笛を吹いたから。
遺体は全身を殴られ、片目を抉り取られた上で、頭部を銃撃されていた。
壮絶な暴行の痕跡が残る遺体を見た母のメイミーは、世界を変えるべく行動を起こす。
息子に何が起こったのかを知らせるために、無惨に損壊された顔が見えるよう、棺の蓋を開けたまま葬儀を行なったのだ。
多くの市民が葬儀に参列し、報道された事件の衝撃は、公民権運動の歴史に強い影響を与えることとなる。
監督と共同脚本をシノニエ・チュウクが務め、この事件を追ったドキュメンタリー作品の作者で、事件の再審に道を開いたことで知られるキース・ビーチャムが脚本に参加している。

映画の前半は事件の顛末で、後半が裁判劇。
非常に有名な事件だし、ジム・クロウ法時代の南部で起こったことなので、観る前から結論は分かっている。
もちろん差別はあるものの、命の危険のない北部で育ったエメットは、白人の機嫌を損ねることが、そのまま死に直結する南部の過酷な現実に対して、ほんの少しだけ実感を持っていなかったのかも知れない。
ともあれ、彼の悪意なき無邪気な行為に対して、結果はあまりにも残酷だ。
一応、容疑者として商店主のロイ・ブライアントと異母兄弟のJW・ミラムが起訴されたものの、法を執行するはずの保安官は露骨な差別主義者で、裁判の陪審員として入ってきたのが全員白人男性だった時の絶望感。
理不尽な出来事が次々と起こり、それが全く何も正されない状況に観客のストレス指数はMAXに跳ね上がる。
出来れば、精神状態が良好な時に鑑賞した方がいい。

母親のメイミーを演じるダニエル・デッドワイラーが、出ずっぱりの大熱演。
エメットを失った絶望から裁判での鬼気迫る証言、そして映画の最後に描かれる事件後に全米黒人地位向上協会(NAACP)の依頼を受けてのスピーチと、息子を殺された可哀想な母から世界を変える活動家となってゆく様を説得力たっぷりに演じ切る。
まさに母は強しである。
またプロデューサーでもあるウーピー・ゴールドバーグが、メイミーの母アルマの役で出演しているのだが、登場時間はごく短いながらも、エメットのミシシッピ行きを勧めたことを後悔する気持ちをメイミーに吐露するシーンで、強い印象を残す。

アメリカの歴史は、保守とリベラルの間を揺れ動く振り子だと言われる。
しかも地域によって、振り幅や振れるタイミングがズレる厄介な振り子だ。
2020年代にはこの時代の様な制度的な差別は減少したが、あの手この手で差別構造を固定化しようとする力は、今も働いている。
南部ジョージア州では、現在のジム・クロウ法と言われる黒人の投票を難しくする法律が成立したし、丸腰の高校生のトレイボン・マーティンを射殺した自警団の男が無罪となり、Black Lives Matter運動の切っ掛けとなった2012年の事件や、ジョージ・フロイドが警察官に殺された事件は記憶に新しい。
アフタートランプの現在から見ると、振り子を元に戻さない努力が必要なことがよく分かる。
リンチを厳罰となる連邦法のヘイトクライムに定義する、「エメット・ティル・リンチ防止法」は2022になってようやく成立したが、もしかすると今はビフォアートランプの時代かも知れないのだから。

今回は、全ての差別撤廃を訴えたキング牧師のスピーチから、「ドリーム」をチョイス。
ブランデー40ml、オレンジ・キュラソー20ml、ぺルノ1dashを、氷と共にシェイクしてグラスに注ぐ。
ブランデーのコクとオレンジのフレッシュな風味が組み合わさり、ぺルノの個性が両者を繋ぎ合わせる。
ちょっと甘めで、複雑な味わいを楽しめる一杯だ。

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屋根裏のラジャー・・・・・評価額1650円
2023年12月19日 (火) | 編集 |
絶対に、忘れない。

「メアリと魔女の花」のスタジオ・ポノックによる、6年ぶりとなる長編アニメーション映画。
原作は、英国の作家A・F・ハロルドによる児童小説「ぼくが消えないうちに」。
空想の友だち“イマジナリ”の少年ラジャーと、彼を想像した人間の少女アマンダを描くファンタジーアニメーションだが、物語の視点がイマジナリの方に置かれているのがユニーク。
ポノックの短編アンソロジー「ちいさな英雄-カニとタマゴと透明人間-」で、第二話「サムライエッグ」を手がけた名アニメーターの百瀬義行が監督を務め、プロデューサーの西村義明が企画・脚本を兼務する。
誰もが持つ子ども時代の大切な思い出ををモチーフとした、ノスタルジックでリリカルな青春ファンタジーだ。
主人公のラジャーを寺田心、少女アマンダを鈴木梨央が演じる。
※核心部分に触れています。

本屋の娘のアマンダ(鈴木梨央)は、最愛のパパを亡くしたばかり。
悲しみにくれる心の支えとなっているのが、彼女にしか見えない空想の友だち”イマジナリ”のラジャー(寺田心)だ。
ラジャーは、毎日アマンダと共に屋根裏部屋から冒険の旅に出る。
ところが、ラジャーの姿が見えるMr.バンディング(イッセー尾形)という謎の男が現れ、彼に付き纏われるようになる。
バンディングは、イマジナリを食べることで永遠の命を得ている怪人だった。
ある日、バンディングに追われたアマンダとラジャーは事故に遭い、ラジャーはひとりぼっちになってしまう。
猫のイマジナリ、ジンザン(山田孝之)に導かれたラジャーは、忘れられたイマジナリたちが暮らす街へと導かれる。
そこでは、イマジナリたちが遊び相手の欲しい子どもたちの想像に入り、仕事をすることで消えずに生きながらえていた・・・・


今年70歳になる百瀬義行と言えば、長年にわたってスタジオ・ジブリの中核を担って来た、アニメーション好きなら知らぬ者はいないレジェンドアニメーター。
しかしその長いキャリアで初の長編監督作品となった「ニノ国」は、映画が進行するに従って、どんどん物語がぶっ壊れてゆく典型的な脚本破綻作で、残念な出来栄えであった。
正直、誰が監督したとしても、失敗作になるのは避けられない代物だったので、百瀬義行にはいつかちゃんとした脚本で長編を撮ってもらいたいと思ったものだ。
今回、脚本を担当した西村義明も本業はプロデューサーなので、本職のライターではない。
そのために幾つか明確な欠点を抱えているものの、少なくともキャラクターの感情は繋がっているし、物語の言いたいこともちゃんと抑えている。
端的に言って、傑作とまでは言えないものの、基本を抑えた良い脚本だと思う。
このレベルの脚本は、書こうと思って簡単に書けるものではない。

主人公の少年ラジャーは、少女アマンダの想像力が作り出したイマジナリフレンド。
映画の中のイマジナリフレンドというと「インサイド・ヘッド」のビンボンが思い浮かぶが、こっちは堂々の主役。
子どもたちがイマジナリを作り出すには、様々な理由があるが、アマンダの場合は最愛のパパを亡くしたこと。
喪失に打ちひしがれる自分を肯定して、背中を押してくれる存在としてラジャーを作り出した。
イマジナリの容姿や能力は、基本的に想像者がどんな設定を与えるかによるので、空想の存在だからといって、姿を消したり壁をすり抜けたりと言ったことは出来ず、空想の中で死ぬと消えてしまう。

アマンダとラジャーの間には「消えないこと、守ること、絶対泣かないこと」と言う三つの約束がある。
生まれてから三ヶ月と三週間と三日、アマンダを支えて来たラジャーだったが、ある事故によって二人は離れ離れになってしまう。
忘れられたイマジナリたちが、他人の想像力を糧に暮らしている街があり、それが想像力の殿堂たる図書館をベースとしているのが面白い。
空想世界の冒険はまさにアニメーションならではのもので、映像的なクオリティは極めて高く、カラフルで細部まで描き込まれたディテールは、大きなスクリーンでの鑑賞を前提としたもの。
イマジナリたちの暮らす街の変幻自在なギミックなども含め、世界観はとても美しく楽しい
アマンダの想像力がどんどん世界を形作ってゆく冒頭も、かなり大胆な導入演出で、作り手が様々な工夫をしようとしてるのが伝わってくる。

ただ、イッセー尾形の悪役Mr.バンディングのキャラクター造形に関しては、ちょっと物足りない。
そもそも彼があんな風なイマジナリ喰いのモンスターになってしまったのには原因があるはずで、常に傍にいる幽霊のような少女のイマジナリとの関係なども背景設定がありそう。
原作は未読だが、このコンビは物語の中でのポジション的に、ラジャーとアマンダの対となる存在だろう。
映画ではこのあたりが端折られてしまっているのか、バンディングが「何となく気持ち悪くて、怖いヴィラン」にとどまっていて、物語をさらなる深化に導いてくれないのだ。
ここはもう少し、掘り下げて欲しかった。
あとちょい気になったのは、英国が舞台なのになぜか一部の本のタイトルや貼り紙の文言が日本語表記なこと。
ディズニー/ピクサーの作品のように、完全にローカライズするのであればともかく、これは違和感があるので、英語で統一して字幕表示で良かったんでは。

まあ欠点は散見されるが、イマジナリと言う儚げな存在たちの物語なので、ノスタルジックな詩情はたっぷり。
物語の中盤に来て、三つの約束の本当の意味が語られるあたりでウルっときて、クライマックスの現実と空想のせめぎ合いで涙腺決壊。
大人の立場では、イマジナリの存在を信じていないママが、記憶の彼方にいたかつてのイマジナリと再会を果たすあたりで、胸に込み上げるものを感じた人は多いだろう。
多くのイマジナリフレンドは、子どもたちが大人になる過程で、いつしか記憶から消えてしまうと思われている。
でも彼らは想像の世界に今もいて、現実世界の昔の友だちを思っているとしたら、それはとても素敵なことなのではないか。
またイマジナリの切なさは、今はもう会えない亡くなった人やペットに重なる。
ふと思い出した時だけ会える、自分の中にいる大切な存在。
その意味でも、実は世知辛い現実に疲れた大人こそ、激しく感情を揺さぶられる作品なのかもしれない。
私もたまに亡くなったペットの猫を記憶から呼び出しては、癒されたりしているもんな。

しかし本作の制作が遅れて公開を一年延期している間に、復活したジブリと宮﨑駿が「君たちはどう生きるか」を作って大ヒットさせてしまうとは、ポノック的には歯痒い思いだろう。
元々ポノックは、スタジオ・ジブリの解体に伴って、元ジブリのスタッフたちが設立した会社で、企画の選定や絵柄を含めて忠実に受け継いでいるのだが、長編作品の公開が6年も開いてしまったことと、本家ジブリが復活して同じ年に重なってしまったことで、アニメーションに詳しくない人からはパチモンに見えてしまう。
だが、本作には「君たちはどう生きるか」のような強烈な作家性はないものの、作品のクオリティ的には決して負けてない
これが回収できないと、かなり苦しい状況に追い込まれてしまうので、今後もバラエティ豊かな日本のアニメーション映画を観たい人には、ぜひ劇場に足を運んでいただきたいものだ。

本作では「市子」の杉咲花がワンポイント出演しているのだが、その役にかけて「オーロラ」をチョイス。
ウォッカ30ml、クレーム・ド・カシス10ml、グレープフルーツ・ジュース5ml、レモン・ジュース5ml、グレナデンシロップ10mlをシェイクしてグラスに注ぐ。
サントリー・カクテル・コンペティションのスピリッツ部門の優勝作品で、作者は大塚陽人。
クレーム・ド・カシスのルビー色が美しい。
やや甘口で、さっぱりとして飲みやすい。

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市子・・・・・評価額1700円
2023年12月16日 (土) | 編集 |
生きるために、罪を犯す。

戸田彬弘監督が、主催する劇団チーズtheaterの旗揚げ公演として上演した舞台劇「川辺市子のために」を、自ら脚色して映画化したヘビーな人間ドラマ。
同棲している恋人・長谷川からプロポーズされ、うれし涙を流した翌日、なぜか逃げるように姿を消した市子。
彼女の行方を探す長谷川の捜索は、やがてある殺人事件と結びつく。
そして時代によって市子と月子と言う二つの名前を使い分ける彼女の、28年間に渡る驚くべき秘密が紐解かれるのだ。
過酷な人生を歩んできたタイトルロールの川辺市子を杉咲花が演じ、圧巻の存在感。
長谷川役の若葉竜也のほか、森永悠希、倉悠貴、中田青渚、中村ゆりらが出演。
物語の視点は長谷川に置かれており、彼の捜索の旅を通して、川辺市子という一人の女性の人生を辿るような独特の感覚。
同時に、その背景としての“時代“が浮かび上がってくる。
※核心部分に触れています。

川辺市子(杉咲花)は夏の花火大会の前日に、三年間同棲している長谷川義則(若葉竜也)からプロポーズされる。
「うれしい」と答えた市子だったが、翌日着の身着のままで突然姿を消す。
何が起こったのか分からず戸惑う長谷川だったが、その後刑事の後藤(宇野祥平)が訪ねてきて、市子を探していると言う。
どうも同じ頃に山中で発見された、白骨化した遺体と関係があるらしい。
何か事件に巻き込まれたのではないかと心配になった長谷川は、彼女の行方を探しはじめる。
すると、徐々に市子の過去がわかってくるのだが、自分の知っている市子とは年齢がずれていること、時期によって市子と言う名前とは別に“月子”と呼ばれいたことを知る。
長谷川は高校卒業後に市子の行方を探していた、北(森永悠希)と言う男の存在を知り彼を訪ねるのだが・・・


オリジナルの舞台劇のチラシが面白い。
細かい字でびっしりと2008年までの市子の年表が世相と共に書かれ、文章が女性のシルエットでくり抜かれているのだ。
それによると、川辺市子が生まれたのはバブル経済の始まりの1987年。
市子の父親は、彼女が生まれる前に突然「自分は新人類だ」と宣言して失踪してしまったらしい。
母のなつみは夫が行方不明のまま出産したので、離婚後300日以内に生まれた子は、前夫とのことみなすといういわゆる「300日問題」によって、市子は無戸籍児となってしまうが、幼い頃はそれを意識することもなく、暮らし向きも悪くない。
だがイケイケの時代は長くは続かず、バブルの崩壊とともに日本は「失われた20年」と呼ばれた停滞期に突入する。
市子と家族の人生も、この頃から大きく狂ってくるのだ。
再婚した夫も借金を抱えて姿を消し、母子家庭の生活は急速に悪化、さらには妹の月子が筋ジストロフィーを発症して寝たきりとなり、市子は月子の戸籍を利用して学校に通いはじめる。
しかし実際には3歳年上なので色々と無理が出て、彼女は状況を取り繕うために嘘を重ねるようになってくる。
そしてある年の夏、彼女は最初の大きな罪を犯す。

映画の冒頭、市子はむせかえるような夏の酷暑の中を歩いている。
シーンが変わると、身の回りのものをバッグに詰め込み姿を消す準備をしているのだが、玄関に帰宅した長谷川の気配を感じ取ると、全てを打ち捨てて窓から逃げ出すのである。
やがて刑事の後藤の登場とともに、市子の正体に何やら不穏なものを感じ取った長谷川の視点で、彼女が過去に関わってきた人々を訪ね、本当の市子を探す旅がはじまる。
市子の幼い頃を知る幼馴染は、数年ぶりに再会した市子がなぜか月子と呼ばれていたこと、同い年のはずが2年下の学年になっていることを不思議に思っていた。
小学校の同級生は、市子の体の発育は普通よりも早かったこと、家になぜか介護用のオマルがあったことを覚えていた。
高校時代に市子と付き合っていた彼氏は、ある時から彼女がセックスを嫌がるようになったことで、同級生の北との関係を疑っていた。
やがて長谷川の旅は、市子が一度は戸籍を取ろうとしていた時の支援団体、成人後に市子が一緒に夢を追おうとしたパティシエの女性、そしてすべての原因を知る母・なつみへと辿り着く。

生まれながらにして公的なアイデンティティを失った市子は、常に揺らいでいる存在だ。
月子として偽りの人生を送りながら、その根底には抑圧を感じながら生きている市子がいる。
だから彼女の言葉が本心なのか、それとも嘘なのか観客にも分からない。
市子自身は単に目先の問題に対処きてきたとしても、気付いてみればいつに間にか状況は抜き差しならないところまで来てしまっているのだ。
客観的な事実だけを見ると、彼女は自分の人生を守るために、次々と人を殺してきたシリアルキラーなのかもしれない。
だが同時に、長谷川を深く愛していたことも、ただ普通に生きて幸せになりたかっただけなのも事実だろう。
時には共感キャラクター、時には非共感キャラクター。
自分ではどうすることも出来ない問題に翻弄され、それでも人生を投げ出さなかった市子を、リアリティたっぷりに表現した杉咲花が素晴らしい。
間違いなくベストアクトであり、彼女の代表作となるだろう。
学校という共同体を卒業した後は、彼女は月子を脱却して市子として生きてゆくのだが、公的には存在しない人物で、しかも過去の罪を隠したままの人生という事実は変わらない。

破滅的な市子の人生は、いわば日本社会が放置してきた様々な問題の結果だ。
彼女を苦しめて来た300日問題は、2024年にようやく離婚後300日以内でも現夫の子として認める改正民法が施行されることが決まっているが、再婚しない場合の問題は残ったまま。
無戸籍の問題を軸に、母子家庭の貧困や介護問題など、物語の中にはさまざまなイシューが配されている。
戸田彬弘監督作では、幾つもの偽名を使い分ける男と、彼の娘だと名乗る少女の関係を描いた「名前」以来のアイデンティティをモチーフにした作品だが、こちらは時代性もあってグッと深い。
ここまでドラマチックでなくても、市子に近い境遇の人は決して少なくないはず。
作り込まれた架空の女性の人生に俳優が命を吹き込み、もしかすると私たちの身近にも“市子”はいるのかも知れないと思わされる。
物語は舞台が上演された2015年の設定だが、市子は今もどこかで懸命に生きているのではないか、そんな気がしてくるのである。
観る者の心を捉えて離さない、大変な力作だ。

今回は撮影が行われた和歌山の地酒、「黒牛 純米吟醸」をチョイス。
私は和歌山に縁があるので、半分故郷の味みたいなもの。
しっかりしたコクがあり、フルーティでまろやか。
和歌山の日本酒は比較的甘いのが特徴で、黒牛の純米も日本酒度以上に甘みを感じ、名前の通りにお肉料理とよく合う。

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窓ぎわのトットちゃん・・・・・評価額1700円
2023年12月12日 (火) | 編集 |
あの頃、東京の片隅に

黒柳徹子による自伝的物語で、昭和の大ベストセラー「窓ぎわのトットちゃん」初の映画化。
戦後の青春期を描いた大森一樹監督の「トットチャンネル」や、2017年のドラマ「トットちゃん!」など関連作品はあるが、この本そのものの映像化は初めてなんだとか。
私的には原作は40年前に読んだきりで、ぼんやりとしか覚えてないのだが、逆に完全にフレッシュな目で楽しめた。
制作を老舗シンエイ動画が担当し、同社で「ドラえもん」シリーズを長く手がけてきた八鍬新之介が監督と共同脚本を務める。
タイトルロールを七歳の大野りりあなが見事なハマりっぷりで好演し、杏、小栗旬、役所広司ら実写畑のベテラン勢が脇をガッチリ固める。
どことなく昭和のイラストを思わせる、キャラクターデザインがいい。
映像的なクオリティも高く、良質なファミリームービーに仕上がっている。

昭和15年の東京。
小学一年生になったばかりのトットちゃん(大野りりあな)は、尋常小学校を退学させられる。
トットちゃんのママ(杏)を呼び出した教師は、「おたくのお嬢さんがいると、学級の迷惑になります!よその学校へお連れください」と言い放つ。
困ったママは私立のトモエ学園の小林先生(役所広司)に、トットちゃんを面接してもらうことにする。
前の学校で「困った子」と呼ばれていたと言うトットちゃんに、小林先生は「君は本当はいい子なんだよ」と諭す。
晴れてトモエ学園に入学したトットちゃんは、足を引きずりいつも教室で本ばかり読んでいる泰明ちゃん(松野晃士)が気になる。
自分は小児麻痺で片手と片足が動かないと言う泰明ちゃんを、トットちゃんはなんとか外に連れ出そうとして、いつしか二人は親友同士になってゆく。
だが、アメリカとの戦争がはじまり、徐々に街の雰囲気も変わってゆく・・・


物語は、尋常小学校で問題児扱いされたトットちゃんこと黒柳徹子が、学校を追い出されるところからはじまる。
とにかく落ち着きがなく、先生に授業を進行させてくれないトットちゃんは、今ならADHD(注意欠如・多動症)と診断されそう。
困った両親は、廃棄された列車を教室に使うなど、ユニークな校風で知られる私立のトモエ学園に助けを求める。 
ここでトットちゃんが出会うのが、彼女の人生に大きな影響を与えた小林宗作先生。
音楽を使った教育手法であるリトミック教育の第一人者で、生徒の個性と自主性を重んじ、決めつけず型に嵌めない。
時間割もアバウトで、生徒は自分の学びたいことを自分で決めて勉強する。
詰め込み式の尋常小学校では、枠からはみ出してしまったトットちゃんも、ここでは自分のペースで過ごすことができるのだ。
序盤は、自由な教育環境の中で水を得た魚のように躍動するトットちゃんの姿が描かれ、中盤以降徐々に戦争の影が物語を覆ってゆく。

しかし改めて映像で見て思ったが、この人って超お嬢様なんだな。
同じく戦時下の家族を描いた「この世界の片隅に」と全く同時代の物語だが、都会と田舎の差以上に、暮らしむきは対照的。
こちらは庭付きの洋館に住んで、冷蔵庫やガスコンロもあり、ペットの大型犬も飼っているセレブな暮らし。
休みの日には銀座へ出て、カフェでスイーツを楽しむ余裕がある。
パパはNHK交響楽団の前身に当たる新交響楽団のコンサートマスターで、トットちゃんはユダヤ系の名マエストロである、ヨーゼフ・ローゼンシュトックと親しげに話をする。
彼女だけでなく、トモエ学園の生徒は皆裕福そうで、やっぱり家庭の経済環境による教育格差ってあるよな~と思ってしまった。
今よりも貧富の差は激しかっただろうし、公立校をクビになってすぐに私立に入れられる時点でかなりの上流層だ。

トモエ学園でトットちゃんの親友となるのが、小児麻痺を患っている泰明ちゃんという少年で、彼との友情が物語の軸となる。
手足に麻痺があり、ゆっくりとしか動けない彼に、トットちゃんはいろんな経験をさせてあげたくて、かなり無茶なこともする。
常にフルパワーなトットちゃんに、最初は戸惑っていた泰明ちゃんも次第に打ち解けて、かけがえの無い友だちになってゆく。
だが物語が進むにつれて、世界はだんだんと戦争の暗雲に覆われてゆくのである。
人前でパパ、ママとは呼べなくなり、カラフルだったママの洋服はもう着ること許されない。
トモエ学園の壁に飾られた生徒の絵も、武器や戦いを描いたものばかりになる。
戦争が激しさを増す頃には、飼っていた犬もいなくなっているが、おそらく毛皮を取るために供出させられたのだろう。
自分のバイオリンで軍歌を奏でることを拒否していたパパも、いつの間にか姿が見えない(昭和19年に出征)。
戦争がジワジワと生活を蝕んでゆく、端的かつ視覚的な描写が秀逸。

そして、栄養状況の悪化もあったのかもしれない。
体調を悪化させた泰明ちゃんが突然帰らぬ人となり、トットちゃんは彼の葬儀に出席する。
人生で初めて大きな喪失を経験した彼女が、葬儀の後に街を駆け抜けるシークエンスは本作の白眉にして映画的なクライマックスだ。
泰明ちゃんは走ることが出来なかったから、トットちゃんが走る。
大通りを埋め尽くす、出征する新兵たちの華々しい行進の裏側で、トットちゃんはこの世界の現実を知る。
ガスマスク姿で戦争ごっこに明け暮れる子供たち、悲しみを押し殺すしかない戦死した兵士の家族、生還したものの体の一部を失った傷病兵たち。
それまで隠れていた世界の歪みが、一気に無垢な目に見えてきて、彼女はその光景を心に焼き付ける。

今年は戦争をモチーフにした作品が目立つが、この時代をリアルな子供の視点で描いた作品は貴重だ。
特に「この世界の片隅に」に感銘を受けた人は、ぜひこの映画も観てほしい。
作品や登場人物の指向するベクトルはごく近いのだけど、どの時代どの国にも国民の暮らしには多面性があるのがよくわかる。
しかし戦争の不幸は、どの階層の家族にも同じように降りかかってくるのだ。
一度はじめてしまえば、誰も戦争からは逃げられないのである。

今回はこの時代から存在した銘柄「エビスビール」をチョイス。
当時は漢字表記の「恵比寿麦酒」だったが、戦争の煽りを受けて1943年にブランド名が一旦消滅。
復活したのは戦後26年がたった1971年になってから。
多種多様なお酒も、平和な時代だから飲めるのである。

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ほかげ・・・・・評価額1750円
2023年12月08日 (金) | 編集 |
戦争は終わらない。

塚本晋也が、「野火」「斬、」に続いて三度戦争を描く。
舞台は終戦直後の日本。
小さな居酒屋で体を売る”女”と、肉体と心に決して消えない傷を負った復員兵たち。
いつまでも内なる戦争が終わらない大人たちの哀しき姿を、戦争孤児の少年の真っ直ぐな瞳が見つめる。
監督・脚本・撮影・編集・製作を塚本晋也が兼務。
居酒屋の女を趣里が演じ、彼女の元に転がり込む復員兵に河野宏紀、後半登場する謎めいた男に森山未來。
彼らの物語に寄り添う、戦争孤児の少年を塚尾桜雅が演じる。
※核心部分に触れています。

戦後の日本。
焼け残った小さな居酒屋に住む女(趣里)は、知り合いの中年男(利重剛)から斡旋されて体を売って生活している。
そんな彼女の店に、盗みをして追われた戦争孤児の少年(塚尾桜雅)と、客としてやってきた復員兵(河野宏紀)が入り浸るようになり、いつしか擬似家族のような関係に。
しかしある夜、パニックを起こした復員兵が暴れ、少年が隠し持っていた拳銃を突きつけて追い出す。
女は少年と二人で暮らし始めるが、新しい上着を仕立てた日の夜、少年はテキ屋の男(森山未來)に仕事をもらったと言って出てゆく。
男は少年に拳銃を持参させて、ある場所を目指して旅をする。
ようやく一軒の屋敷に辿り着くと、男は初めて少年に名を明かし、屋敷の主人を呼び出すように言うのだが・・・・


ある意味で、「野火」の精神的な続編とも言える作品だ。
戦場で凄惨な体験をして、やっとの思いで帰国した兵士たちは、そのまま平和な戦後に適応できるのか。
「野火」のラスト近く、日本に帰還した元兵士の田村が、食事をとる前に激しく拝むような奇妙な行動をするのを妻が目撃するシーンがある。
極限の飢えと殺生を体験してきた彼にとって、命をいただく食事とは、戦場の記憶を蘇らせる残酷な時間であり、懺悔の時に他ならないのだ。
たとえそこが平穏なる戦後日本であったとしても、彼は常に死者たちに見つめられ、心は永遠に戦争から逃れられないことを描いた秀逸なシーンだ。

本作は、大きく分けて三つのパートから成る。
第一のパートは、女の住む居酒屋の店内のみで展開する。
この小さな居酒屋はカウンター席の店と上がり框の座敷があり、普段女は座敷にいて客をとっている。
座敷の奥には襖で閉ざされた奥の間があり、当初女は他人が奥の間に行くのを極端に嫌がっている。
この小さな密室に、いつの間にか復員兵と孤児の少年が入り浸るようになる。
復員兵は明日は金を作って来ると毎朝繰り返すのだが、結局何も持たずに舞い戻って来る。
少年はなんらかの獲物を持ってくるが、それはどうやら盗んだ物らしく、女は少年が犯罪に手を染めるのを嫌がっている。
夜になると少年と復員兵はそれぞれ悪夢にうなされ、特に復員兵は典型的なPTSDの症状を見せており、時折闇市の方から聞こえる銃声に怯え、パニックを起こす。
一時は擬似家族のようになる三人だが、ある夜復員兵が暴力的な発作を起こし二人に襲い掛かり、少年が隠していた拳銃で追い払う。
実は奥の間は仏間で、彼女は復員兵と少年に戦争で失った夫と子供の面影を観ていたのだ。
復員兵がいなくなっても女と少年の関係は続くが、ある日その暮らしは突然終わりを迎える。

第二のパートは、少年が森山未來演じる謎めいたテキ屋の男と旅をするロードムービーだ。
閉塞を強調する第一のパートとは対照的に、こちらは自然豊かな田舎の風景の中で展開する。
彼は少年が拳銃を持っていることを知ると、ある場所を目指して共に旅を始める。
どうやら男も復員兵らしく、片手が不自由である。
二人は何日も歩き回るが、実は同じところをぐるぐると回っていた様で、ようやく覚悟を決めた男は、ある屋敷にやって来ると、少年の拳銃を使って屋敷の主人を銃撃するのである。
主人は男の元上官で、話の内容からすると男の戦友たちは命令によって戦争犯罪を犯し、おそらくは戦犯として処刑され、男にも心と体に深い傷が残った。
ところが命じた上官は、のうのうと逃げ延びている。
拳銃の残弾は四発だったが、男は戦友たちの復讐として三発を撃ち込み、自分の分の一発は撃たずに少年に返す。

演劇的な密室劇とロードムービーに続く、第三のパートが闇市だ。
男との“仕事“を終えた少年は、女のもとに帰るのだが、女は性病を発症していてもう共に暮らすことは出来ないという。
拳銃は置いていけと女が諭すと、少年は拳銃を居酒屋に置いて闇市に赴くのである。
少年はかつて盗みをして殴られた男の店で、押しかけ皿洗いとして働き、真っ当な飯を食う。
ところが復興の活気に満ちた闇市の奥には、文字通りの“煉獄”が広がっているのである。
そこでは戦場で受けた心と体の傷に蝕まれ、行き場のない大勢の復員兵たちが生ける屍となって、虚無の表情で横たわっている。
少年が拾った拳銃も、自殺した復員兵の傍らに落ちていたもの。
居酒屋で時折聞こえていた銃声は、彼らが自ら命を断つ音なのである。

大ヒット中の「ゴジラ -1.0」で、神木隆之介が演じた敷島浩一は、戦場に多くの後悔と懺悔を残した復員兵であり、浜辺美波が演じた大石典子は空襲で家族を全て失っている。
つまり彼らは本作で趣里や河野宏紀、森山未來が演じたキャラクターたちと極めて近い境遇で、同様に擬似家族を形作り、戦争孤児を育てたりしている。
だが、ゴジラの登場人物たちは、周りの人々に親切や絆に恵まれ、何よりも戦争がゴジラという超常の姿となって再び出現したことにより、無理矢理にでも対峙せざるを得なくなり、ある意味で戦争を終わらせるチャンスを得る。
もちろん、万人向けのメジャーのエンタメ大作とインディーズの小品を比べてもさしたる意味は無いが、この映画にはゴジラのような都合の良い存在は現れず、同じ様なモチーフでもアプローチが真逆なのは面白い。

決して癒えない傷を織った人間たちは何者にも頼れない、戦後という煉獄で彷徨うしかない。
PTSDに苦しめられる男たちは、ある者は生きる気力を失い生ける屍となり、ある者は復讐を遂げることを心の支えとする。
家族を失った女は、男たちに体を売り、戦争とは違う暴力に耐えることでしか生きられない。
本作で「野火」の緑のジャングルから立ち上る煙に当たるのが、時折闇市から聞こえる銃声だ。
当初この銃声の意味は明かされないが、物語の終盤で少年が復員兵の群れを見たことで彼らの自決の銃声であったことが初めて示唆される。
戦争が終わってもなお、死の淵に立っている人間が大勢いる。
そして現実を見た少年は、この世界で唯一自分を愛してくれた女のことを、救わねばならないと思うのだ。

だが彼の心に芽生えた仄かな希望を、何処から聞こえる銃声が打ち砕く。
居酒屋に彼が残してきた拳銃には、残弾が一発。
この銃声が何を意味するのかは、具体的には明示されない。
あくまでも観客の想像力に委ねられた描写ではあるが、誰かが死を選んだことは間違いないのである。
静かに迸る情念を感じさせる趣里が素晴らしく、「生きてるだけで、愛。」に並ぶ代表作となった。
塚本作品は90分前後の尺がほとんどで、本作も95分とコンパクト。
とてもシンプルな作りだが、映像が恐ろしく雄弁だ。
特筆すべきは低予算を全く感じさせない美術で、女の家の畳の汚れが寄ってみると空襲で破壊され尽くした都市のミニチュアに見えるあたりはゾーッとした。
タイトルの「ほかげ(火影)」は、戦争の炎で浮かび上がる名も無き人々の魂の影。
観終わっても、心の奥底に重い石が置かれたような感覚が長く続く。
三度、凄みのある映画である。

映画では中年男が居酒屋に日本酒を運び込んでいたが、この時代の日本酒はおそらくアル添三倍増醸酒。
それでも米不足の時代には有り難かったのだろうが、今回は上質な純米酒、埼玉県羽生市の南陽醸造の「藍の郷 純米酒」をチョイス。
この蔵の看板である「花陽浴」は、今ではなかなか手に入らなくなってしまったが、こちらはリーズナブルで供給量も多く買いやすい。
酒米は彩のかがやきを60パーセント精米しており、フルーティーな香りをはじめ、純米酒に期待する要素は一通りバランスよく揃っている。
CPもよく、普段飲みなら十分な品質だ。

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ショートレビュー「ザ・キラー・・・・・評価★★★★+0.4」
2023年12月03日 (日) | 編集 |
殺し屋は、なぜ殺すのか。

異才デヴィッド・フィンチャーが、「Mank マンク」に続いてNetflixオリジナルとして撮った作品。
フランスのアレクシス・”マッツ”・ノレントのバンデシネをもとに、フィンチャーとは「セブン」以来28年ぶりのタッグとなるアンドリュー・ケヴィン・ウォーカーが脚色を担当し、マイケル・ファスベンダーが主人公の“ザ・キラー”を演じるクライム・スリラーだ。
ストーリーはごく単純。
任務に失敗したベテラン暗殺者のファスベンダーが、自分を排除しようとした者たちを探し出して復讐する。
この類似作が100本はあろうかという、ありきたりな話が、キレッキレの作家映画になってしまうのだから、さすがである。

「ソーシャル・ネットワーク」以来、フィンチャー作品を担当しているニール・ケラーハウスによるオープニングクレジットが、例によってカッコいい。
物語は、パリで任務を遂行中のファスベンダーの日常から幕をあける。
凡百の作者ならば、視覚的な面白さに行きがちな話だが、そっち方向ではなく、殺し屋の毎日を淡々と描く。
ターゲットが来るはずのビルの向かいに陣取り、たまに食べ物を買いに外出する以外は、トレーニングや銃器の手入れをし、ザ・スミスの曲を聴きながらひたすら待ち続ける。
映画は第一章「パリ/標的」を皮切りに、全六章で構成される。
第二章「ドミニカ/隠れ家」で主人公のセーフハウスが急襲され、巻き込まれた恋人が重傷を負うと、手引きした自分のエージェント、二人の襲撃者、大元の依頼人まで一人ずつ探し当てて制裁を加えてゆく流れ。
ただカーチェイスや凝ったコンゲームみたいな、派手な見せ場はほとんど無く、アクションも非常に泥臭い喧嘩に近いのがワンシーンあるだけ。

面白いのは、主人公がずーっと自分の仕事への姿勢や思想を一人言で喋っていることなのだが、そこにフィンチャーが1ミリも共感していないこと。
哲学者みたいな雄弁さは自分との対話でもあるのだが、逆に空虚なのだ。
それにこの人、結構抜けている。
色々蘊蓄を語るんで、すごく有能なのかと思ったら、素人のようなミスをして任務に失敗。
射線上に“あの人”が入ってくる可能性を考慮しないなんて、なんておバカさんなと思ったくらい。
第三章では、エージェントに依頼人と襲撃者の情報を聞き出そうとして、胸にネイルガンを打ち込み「6、7分は持つ」なんて言ってたのに、すぐ死んでしまって失敗。
まあフィンチャーは、その辺りの人間的な不完全さを含めて、ユニークな視点でドラマを構築してる。

ティルダ・スウィントン演じるターゲットの同業者、“ザ・エキスパート”との会話、特に彼女が語るハンターと熊の寓話が本作の核心だ。
ターゲットの居場所を探して米国を彷徨う旅は、ファスベンダーが自己の内面と向き合う過程でもあるのだが、ここで彼も自分が本当は何を追っているのか認識せざるを得なくなる。
主人公によって追い詰められる人たちにとって、それぞれの裏社会の人生における決定的場面にぶち当たった瞬間の話なのだけど、彼自身は偶然にもその瞬間をスルーしてしまった。
だからファスベンダーが目的を遂げて、物語が終わる時を迎えても不穏な余韻が続く。
彼にとってのその瞬間は、いつ来るのか。
明日だろうか?10年後だろうか?
たぶん、彼はその思いをずっと抱えて生きていくのだろう。
エリック・メッサーシュミットによる、ゴージャスだが憂鬱な映像も映画の情感を強化している。
非常に未見性の強い不思議な手触りのスリラーで、最初から最後までムーディな作家性を堪能する映画だ。

今回は、犯罪者しか出てこない映画なので「アウトロー」をチョイス。
ラム20ml、テキーラ10ml、ウゾ10ml、グリーン・ミント・リキュール10ml、ライム・ジュース10mlをシェイクし、グラスに注ぐ。
ウゾのアニス香が特徴的な、それなりに強いカクテル。
グリーン・ミントの爽快感と、ライムの酸味が適度に飲みやすくしてくれている。

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