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ボーはおそれている・・・・・評価額1650円
2024年02月21日 (水) | 編集 |
地獄のホームカミング。

「ミッドサマー」のアリ・アスター監督が、ホアキン・フェニックスを主演に迎えて描くのは、気弱な中年男がたどる摩訶不思議な冒険。
ホアキン演じるボーは、暴力渦巻く都会で、常に不安を感じながら孤独に暮らしている。
ある日、彼は大富豪の母親が怪死したという連絡を受け、実家を目指す旅に出るのだが、それは妄想と現実が境界を失った異界の流離譚となる。
監督・脚本をアスターが務め、撮影監督は「ミッドサマー」から続投のパベウ・ポゴジェルスキ、「女王陛下のお気に入り」のフィオナ・クロンビーがプロダクションデザインを担当し、奇想天外な世界観を作り出している。
出演はホアキンの他、キーパーソンとなる母親モナをパティ・ルポーン、怪しげなセラピストを怪優スティーブン・マッキンリー・ヘンダーソンが演じる。
借りてきた仔犬のように怯えた目をしたおっさっんが、ひたすら悲惨な目に遭うブラックコメディである。
※完全ネタバレしています。

ボー・ワッサーマン(ホアキン・フェニックス)は、一代で企業帝国MWグループを作り上げた敏腕経営者モナ・ワッサーマン(パティ・ルポーン)の息子。
父親はモナがボーを孕った夜に、腹上死したという。
今は独立し、危険な暴力が蔓延する都市のダウンタウンに暮らしているボーは、不安神経症に悩まされ、セラピスト(スティーブン・マッキンリー・ヘンダーソン)に通っている。
ある日、彼は実家に帰省しようとするのだが、何者かに荷物と家の鍵を奪われて、飛行機に乗れなくなくなってしまう。
ホームレスの集団に部屋を蹂躙された後で、ボーはモナに電話をかけるが、電話に出たのは母でなく、UPSの配達人だった。
彼によると、モナは落ちてきたシャンデリアに頭を潰されて事故死したという。
動揺したボーはトラックに跳ねられ、連続殺人鬼に刺されて瀕死の状態に。
二日後、ボーが目覚めると、そこは裕福な医師夫婦ロジャー(ネイサン・レイン)とグレース(エイミー・ライアン)の家だった・・・・


「ボーはおそれている」は、2011年にアリ・アスターが制作した7分の自主制作短編「Beau」をベースとしている。
オリジナルでは母のもとへ帰省しようとした黒人男性が、なぜかアパートの部屋に立て篭もり、不条理な恐怖と戦う羽目になる。
主人公がマザコンであること、出発しようとした時に、荷物と鍵を盗まれて立ち往生する展開は本作の序盤とほぼ同じだが、7分をよくぞここまでの大長編に膨らませたものだ。
物語的には、三幕四部構成となっており、第一部がボーのアパートとその周辺を舞台とした不条理なバイオレンス劇。
二幕目の前半に、どこかが壊れてしまっている医師夫婦の家での第二部が配され、後半では移動劇団の上演する一家離散劇が、アニメーション手法を取り入れた第三部として描かれる。
そして三幕目の第四部で、ついにボーは実家へと辿り着き、179分にわたる地獄のようなホームカミングの旅が終わるのである。

アスターは本作を、ユダヤ人の「指輪物語」であると表現している。
なるほど常に異民族からの迫害と差別に怯えてきたユダヤの歴史は、不安神経症のボーのメンタルと一致し、母のモナが経済的支配層でもあるのも、ユダヤ人が特にアメリカ社会で成功していることと符合する。
冒頭、母の胎内からの誕生がボー自身の視点で描かれるのだが、医者は生まれたばかりのボーを落としたらしく、モナの怒りの声が聞こえてくる。
自らの誕生を描くこのファーストイメージこそ、この世界への不安と、母に対する恐れと罪悪感の源だ。
シーンが移ると、成人したボーがセラピストと帰省について話しているのだが、彼が建物から出てくると、そこはまさにカオスの街なのである。
建物は猥雑な落書きに覆われていて、人々は理不尽な暴力を振い、または振るわれている。
この衝撃的な光景が、ボーの心象風景なのは明らかだ。
とっちゃん坊や然としたボーは、この世界は彼が何かをしようとしても思い通りにはならず、必ずよくない方向に行くと確信しているようなキャラクターである。

帰省の予定が荷物と鍵を盗まれることで頓挫すると、ボーはモナに電話するのだが、冷たく突き放されますます不安を募らせる。
さらにホームレス集団のアパートへの侵入とらんちき騒ぎ、突然の母の死の知らせとたたみ掛けるように不幸が降りかかると、物語は第二幕のボーの長い旅へと突入する。
瀕死の重傷を負ったボーは、裕福な医師夫婦、ロジャーとグレースの家で目を覚ます。
そこは、元いた暴力の街とは異なる平和な高級住宅街で、ロジャーもグレースも笑顔を絶やさない穏和な人物。
だが、なぜか二人はボーの足にGPS発信機を取り付けていて、戦死した息子の代わりにしようとしているような態度をとる。
一方、この家には病的な精神状態の娘のトニと、息子の戦友で脳に障害を負ったジーヴスが住んでいて、取り繕った表面とは裏腹に内面はこちらもカオス
トニがボーの前でペンキを飲んで自殺すると、グレースはボーを罰するためにジーヴスに追跡を命じる。

ここから物語は、第三部へと進み森の中へ。
ボーが迷い込んだのが、自然の中で演劇を上演する移動劇団のキャンプ。
出演者と観客が一体となった演目は、ある家族の離散と再会の物語で、このパートを手掛けたのは「オオカミの家」が記憶に新しいチリのアーティスト、クリストバル・レオンとホアキン・コシーニャだ。
まるでユダヤ人の歴史をカリカチュアしたような旅の物語は、本作のボーの旅の中に旅があるメタ構造となっている。
「オズの魔法使い」にインスパイされたビジュアルは、実写、手書き背景、ジオラマ風のセット、アニメーション手法が組み合わさて不思議な未見性を生み出しており、ビジュアル的には本作のクライマックスと言ってもいいかも知れない。
この舞台は、ボーの中の父性が顔をのぞかせる、あったかも知れない“ifの人生”だが、これも最終的にジーヴスの乱入で破壊され、ボーの旅はようやく実家へと辿り着く。

そこでモナの死は偽装で、実は彼女はボーの旅をずっと監視していたことが明らかとなると、ボーはついに母と向き合うこととなる。
前記したように、本作は全編にわたってボーの心象風景であり、すべてのカットが計算されて寓意が盛り込まれている。
一見すると、ある種のエディプス・コンプレックスとも取れる話なのだが、この物語には男の子が独占したい母はいても、排除すべき強い父はいない。
モナはボーの父と祖父が、初夜で射精した瞬間腹上死したと信じ込ませていたので、ボーはずっと童貞だった。
最初から母によって去勢されていたボーの精神状態は、エディプスコンプレックスとは真逆と言えるかも知れない。
アスターによれば、ユダヤ人にとって母と息子の関係は特別なものがあるとか。
生まれた瞬間から、世界に対しての不安、母に対しての恐れと罪悪感を抱いたボーは、ずっと強い母によって抑圧的に支配されてきた。
ボーは何かを主体的に行うことは母に対する裏切りの罪となり、罰せられなければならないという価値観に縛られてきたのである。
これが普通の映画であれば、最終的に母と対決して解放されるのだが、アスターはやっぱりアスター。
基本的にやってることは「ヘレディタリー/継承」や「ミッドサマー」と同じで、一度壊れた関係は元へは戻らない。
人生は自分よりもっと大きなもの(本作の場合は神の如き母)によって支配されており、主人公は運命を受け入れるしかない。

本作に散りばめられた寓意で、一番象徴的なのが水だ。
冒頭で薬を処方されたボーは、必ず水と一緒に飲むように念を押され、結果として今までかろうじて守ってきた心の居場所であるアパートを失う。
そして、物語のラストで母に反抗して小舟に乗って逃げたボーは、産道のような暗い洞窟をくぐり抜ける。
ボートが着いたのは中心に水を湛えた丸いアリーナで、ボーは母の前で彼女を裏切ったことについて、最後の審判を受けることとなる。
しかし、結果は最初から決まっているのだ。
母を起点とする不安と罪悪感から逃れられず、自分が有罪だと突きつけられることをおそれていたボーは、再び母の胎内に戻り羊水の中に沈んでゆくしかないのである。
ここまでの地獄めぐりをさせて、この主人公にしては最大限の抗いを見せておきながら、この身も蓋もない結論に至るのが、実にこの作家らしい。
まあ前二作が成功したことで、好き勝手に作れる機会を得たのだろうが、だんだんと上映時間が長くなっているのが気に掛かる。
これも面白いが、もうちょっと短くできたのではないだろうか。

悪夢を見ているような本作には、「ナイトメア」をチョイス。
ドライ・ジン30ml、デュボネ30ml、チェリー・ブランデー15ml、オレンジジュース15mlを氷と共にシェイクし、グラスに注義、最後にマラスキーノチェリーを飾って完成。
名前はいかにもハードそうだが、デュボネの香味とチェリー・ブランデーの甘み、オレンジの酸味がハーモニーを形作り、とても飲みやすい。
ただし度数は高いので、文字通りの悪夢にならないように注意。

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