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2017年06月18日 (日) | 編集 |
真実は、人生に何をもたらすのか。
人間心理を繊細に描き出すイランの異才、アスガー・ファルハディ監督の最新作は、さすがの面白さだ。
主人公は、劇作家アーサー・ミラーの代表作、「セールスマンの死」を上演しようとしている仲の良い俳優夫婦。
ある夜、引っ越して間もないアパートに何者かが侵入し、妻が暴行される事件が起こる。
事件への対応を巡りすれ違う夫婦は、やがて明らかになる真実によって、さらなる葛藤に直面する。
主演のシャハブ・ホセイニとタネラ・アリシュステイが素晴らしく、二人の噛み合わない想いがぶつかり合うことで、強烈にキャラクターが立つ。
第89回アカデミー外国語映画賞に輝くも、トランプ政権のイスラム圏からの入国禁止措置に反発し、ファルハディ監督らが授賞式をボイコットしたことでも話題を呼んだ。
夫婦というミニマルなコミュニティから、分断された世界が見える問題作だ。
※核心部分に触れています。
現代のテヘラン。
エマッド(シャハブ・ホセイニ)は、教師をしながら妻のラナ(タネラ・アリシュステイ)と共に劇団に所属し、「セールスマンの死」の上演準備に忙しい。
ところが、住んでいたアパートが倒壊の危機に晒され、二人はやむなく劇団仲間が紹介してくれたアパートに引っ越すことにする。
仕事と引越しと芝居の稽古が同時進行する、慌ただしい日々。
ついに、芝居が初日を迎えた日の夜、遅れて帰宅したエマッドは、ラナが病院に運ばれたことを知らされる。
彼女がシャワーを浴びている間に何者かが家に侵入し、彼女を暴行したのだ。
警察への通報を拒否し、気丈に翌日の舞台に立ったラナだったが、公演中に泣き出してしまう。
怒りに駆られたエマッドは、一人で犯人を探し始めるのだが・・・
冒頭、隣接地での乱暴な地盤工事によってによって、エマッドとラナの住むアパートが倒壊しそうになり、退去を余儀なくされる。
堅牢に見える人生も、予期せぬ脅威によって、あっけなく崩壊してしまうという、二人の未来を簡潔に示唆する秀逸なオープニング。
仲睦まじい夫婦の日常が、引越し先で起こった暴行事件によって非日常の世界へと突入する。
心と体に深刻な傷を負ったラナは、恐怖から事件と向き合えず、警察への不信と世間体から、被害届は出さないと頑なに主張。
一方、最愛の妻を暴行されたエマッドは、現場に乗り捨てられたトラックを手掛かりに、躍起になって犯人を見つけようと奔走する。
やがて、夫婦の間には、目に見えない溝が生まれてくるのである。
ファルハディの名を世界に知らしめた「彼女が消えた浜辺」では、カスピ海のリゾートでバカンスを楽しんでいた友人たちが、一緒に来ていたエリという女性が忽然と姿を消したことで混乱に陥る。
彼女は黙って帰ったのか、それとも溺れてしまったのか。
誰も解決策を見出せず、仲の良かった友人たちは、事態への対応を巡って、エゴをむき出しにしてお互いを罵り合うようになる。
アカデミー外国語映画賞を得た「別離」では、一人娘により良い教育を受けさせるために、海外移住を主張する妻と、認知症で要介護の父親を抱えて、慣れない環境に踏み出せない夫の間の離婚騒動が、もう一組の夫婦を巻き込んだ四つ巴の争いとなる。
四人の本質的には善意の行動が、ボタンの掛け違えから負の連鎖を呼び込んでしまうのだ。
パリを舞台にした「ある過去の行方」も含めて、いずれの作品も登場人物たちの葛藤が複雑に絡み合い、いつの間にかカオスな状態になってしまう心理劇。
誰もが感情移入できる普遍性のある人間同士のドラマに、イスラムの信仰というイランならではのスパイスが絶妙に効いている。
本作では、暴行事件を巡る夫婦それぞれの苦悩を軸に、愛と罪の物語が展開する。
起こってしまったことを無かったことには出来ないが、向き合い方には違いがある。
ラナは記憶に蓋をするように事件そのものから顔を背け、ただ恐怖を内に抱えて憔悴したまま。
そんな妻の態度に納得できないエマッドは、彼女のためと思いながら犯人を捜すが、実は自分の心に決着をつけるために、復讐に走っていることに気づかない。
エマッドの苛立ちは、実はラナにも向けられている。
夜遅く呼び鈴が鳴り、エマッドが帰宅したのだと考えたラナは、相手を確かめずに解錠してしまっていたのだ。
もちろん、彼女が悪い訳でないのは分かっているが、不用意に鍵を開けた妻に対する静かな怒りは、夫の無意識に燻っているのである。
エマッドの怒り、ラナのやるせない後悔は、アパートの以前の住人と、二人に部屋を紹介した劇団仲間にも向く。
大量の家財道具を置き去りにしていた前の住人は、実は娼婦で、夜な夜な男たちが部屋に出入りしていたことが明らかになり、大家である劇団仲間も実は彼女の客であったことが示唆される。
もしも、前の住人がきちんと家財道具を移動していたら、劇団仲間が彼女の素性をエマッドたちに伝えていたら、事件は起こらなかったのではないか。
そして、終盤になって登場する意外な容疑者と、エマッドとラナに突きつけられる究極の選択。
ファルハディの作品は、観ているうちに観客も事件の関係者になったような没入感が特徴だが、本作でも、私たちは二人の葛藤を固唾を飲んで見つめると同時に、「あなたならどうする?」というスクリーンの向こうからの作者の問いかけに、自分なりの答えを探すことになる。
男女の見る世界の違い、イラン社会独特の本音と建前、見えにくい経済格差。
現実の世界で夫婦が直面する分断が、作中の重要なモチーフとなる劇中劇「セールスマンの死」と重なる仕掛け。
20世紀のアメリカを代表する劇作家、アーサー・ミラーによるこの戯曲は、第二次世界大戦後に深刻化するアメリカ社会の分断を、一人の老セールスマンの最期を通して描いた問題作だ。
敏腕セールスマンだった主人公は、成績の落ち込みが激しく、過去の栄光にすがって生きている。
育て上げた二人の息子に気持ちは通じず、ついには親子二代に渡って使えたボスに解雇され、自ら死を選ぶ。
過剰な競争社会、世代間断絶、未来の見えない時代など、戦後アメリカの社会分断を描いた戯曲が、現代イランを舞台とした物語の背景となる。
「セールスマンの死」では、主人公の保険金によって、残っていた家のローンが完済されたことが妻の独白によって告げられる。
本作では、妻を襲った暴漢には大きな悲劇が訪れるが、そのことによって、主人公夫婦の間には、決して修復できない大きな溝が出来てしまう。
どちらの物語でもいくつもの分断が重なり合った結果、目的は果たすも幸せは失われるという本末転倒のアイロニーがもたらされるのである。
映画の鑑賞にあたっては、「セールスマンの死」は知らなくても楽しめるだろうが、本作の様に過去の作品にインスパイアされて作られ、元の作品を物語に内包するような構造になっていると、元の作品を知ってるのと知らないとでは理解に差が出てしまう面があるのは否めない。
もちろん単体で観ても十分に面白いのだけど、これも物語作りの難しいところだ。
しかし、本来なら20世紀の米国から21世紀のイランへと繋がる、素晴らしい創作の連鎖なのに、トランプ政権の愚かな政策の結果、本作そのものが分断の象徴となってしまったのは皮肉。
まあ、そのおかげで、描こうとしたテーマはむしろ際立ったかも知れないけど。
今回は、アメリカを代表する戯曲にインスパイアされた作品ということで、美しい二層のカクテル「アメリカン・ビューティー」をチョイス。
ブランデー20 ml、ドライ・ベルモット15 ml、オレンジ・ジュース15 ml、グレナデン・シロップ10 ml、ペパーミント・ホワイト1 dashをシェイクし、グラスに注ぐ。
最後に、ポートワイン1tspを静かに浮かせて二層にして完成なのだが、比重の重いポートワインをうまく浮かせるのは至難の技なので、混ざってしまっても良しとしよう。
「アメリカン・ビューティー」というと、まさに現代アメリカの分断を描いたサム・メンデスの映画があったが、元々はバラの品種の名前。
その名の通り、上層の濃い赤と下層の淡いピンクがバラを表現する。
映画は物語の進行と共に分断が深まってゆくが、こちらは上下層が混じり合い、優しい甘みとあっさりとしたあと味を楽しめる。
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人間心理を繊細に描き出すイランの異才、アスガー・ファルハディ監督の最新作は、さすがの面白さだ。
主人公は、劇作家アーサー・ミラーの代表作、「セールスマンの死」を上演しようとしている仲の良い俳優夫婦。
ある夜、引っ越して間もないアパートに何者かが侵入し、妻が暴行される事件が起こる。
事件への対応を巡りすれ違う夫婦は、やがて明らかになる真実によって、さらなる葛藤に直面する。
主演のシャハブ・ホセイニとタネラ・アリシュステイが素晴らしく、二人の噛み合わない想いがぶつかり合うことで、強烈にキャラクターが立つ。
第89回アカデミー外国語映画賞に輝くも、トランプ政権のイスラム圏からの入国禁止措置に反発し、ファルハディ監督らが授賞式をボイコットしたことでも話題を呼んだ。
夫婦というミニマルなコミュニティから、分断された世界が見える問題作だ。
※核心部分に触れています。
現代のテヘラン。
エマッド(シャハブ・ホセイニ)は、教師をしながら妻のラナ(タネラ・アリシュステイ)と共に劇団に所属し、「セールスマンの死」の上演準備に忙しい。
ところが、住んでいたアパートが倒壊の危機に晒され、二人はやむなく劇団仲間が紹介してくれたアパートに引っ越すことにする。
仕事と引越しと芝居の稽古が同時進行する、慌ただしい日々。
ついに、芝居が初日を迎えた日の夜、遅れて帰宅したエマッドは、ラナが病院に運ばれたことを知らされる。
彼女がシャワーを浴びている間に何者かが家に侵入し、彼女を暴行したのだ。
警察への通報を拒否し、気丈に翌日の舞台に立ったラナだったが、公演中に泣き出してしまう。
怒りに駆られたエマッドは、一人で犯人を探し始めるのだが・・・
冒頭、隣接地での乱暴な地盤工事によってによって、エマッドとラナの住むアパートが倒壊しそうになり、退去を余儀なくされる。
堅牢に見える人生も、予期せぬ脅威によって、あっけなく崩壊してしまうという、二人の未来を簡潔に示唆する秀逸なオープニング。
仲睦まじい夫婦の日常が、引越し先で起こった暴行事件によって非日常の世界へと突入する。
心と体に深刻な傷を負ったラナは、恐怖から事件と向き合えず、警察への不信と世間体から、被害届は出さないと頑なに主張。
一方、最愛の妻を暴行されたエマッドは、現場に乗り捨てられたトラックを手掛かりに、躍起になって犯人を見つけようと奔走する。
やがて、夫婦の間には、目に見えない溝が生まれてくるのである。
ファルハディの名を世界に知らしめた「彼女が消えた浜辺」では、カスピ海のリゾートでバカンスを楽しんでいた友人たちが、一緒に来ていたエリという女性が忽然と姿を消したことで混乱に陥る。
彼女は黙って帰ったのか、それとも溺れてしまったのか。
誰も解決策を見出せず、仲の良かった友人たちは、事態への対応を巡って、エゴをむき出しにしてお互いを罵り合うようになる。
アカデミー外国語映画賞を得た「別離」では、一人娘により良い教育を受けさせるために、海外移住を主張する妻と、認知症で要介護の父親を抱えて、慣れない環境に踏み出せない夫の間の離婚騒動が、もう一組の夫婦を巻き込んだ四つ巴の争いとなる。
四人の本質的には善意の行動が、ボタンの掛け違えから負の連鎖を呼び込んでしまうのだ。
パリを舞台にした「ある過去の行方」も含めて、いずれの作品も登場人物たちの葛藤が複雑に絡み合い、いつの間にかカオスな状態になってしまう心理劇。
誰もが感情移入できる普遍性のある人間同士のドラマに、イスラムの信仰というイランならではのスパイスが絶妙に効いている。
本作では、暴行事件を巡る夫婦それぞれの苦悩を軸に、愛と罪の物語が展開する。
起こってしまったことを無かったことには出来ないが、向き合い方には違いがある。
ラナは記憶に蓋をするように事件そのものから顔を背け、ただ恐怖を内に抱えて憔悴したまま。
そんな妻の態度に納得できないエマッドは、彼女のためと思いながら犯人を捜すが、実は自分の心に決着をつけるために、復讐に走っていることに気づかない。
エマッドの苛立ちは、実はラナにも向けられている。
夜遅く呼び鈴が鳴り、エマッドが帰宅したのだと考えたラナは、相手を確かめずに解錠してしまっていたのだ。
もちろん、彼女が悪い訳でないのは分かっているが、不用意に鍵を開けた妻に対する静かな怒りは、夫の無意識に燻っているのである。
エマッドの怒り、ラナのやるせない後悔は、アパートの以前の住人と、二人に部屋を紹介した劇団仲間にも向く。
大量の家財道具を置き去りにしていた前の住人は、実は娼婦で、夜な夜な男たちが部屋に出入りしていたことが明らかになり、大家である劇団仲間も実は彼女の客であったことが示唆される。
もしも、前の住人がきちんと家財道具を移動していたら、劇団仲間が彼女の素性をエマッドたちに伝えていたら、事件は起こらなかったのではないか。
そして、終盤になって登場する意外な容疑者と、エマッドとラナに突きつけられる究極の選択。
ファルハディの作品は、観ているうちに観客も事件の関係者になったような没入感が特徴だが、本作でも、私たちは二人の葛藤を固唾を飲んで見つめると同時に、「あなたならどうする?」というスクリーンの向こうからの作者の問いかけに、自分なりの答えを探すことになる。
男女の見る世界の違い、イラン社会独特の本音と建前、見えにくい経済格差。
現実の世界で夫婦が直面する分断が、作中の重要なモチーフとなる劇中劇「セールスマンの死」と重なる仕掛け。
20世紀のアメリカを代表する劇作家、アーサー・ミラーによるこの戯曲は、第二次世界大戦後に深刻化するアメリカ社会の分断を、一人の老セールスマンの最期を通して描いた問題作だ。
敏腕セールスマンだった主人公は、成績の落ち込みが激しく、過去の栄光にすがって生きている。
育て上げた二人の息子に気持ちは通じず、ついには親子二代に渡って使えたボスに解雇され、自ら死を選ぶ。
過剰な競争社会、世代間断絶、未来の見えない時代など、戦後アメリカの社会分断を描いた戯曲が、現代イランを舞台とした物語の背景となる。
「セールスマンの死」では、主人公の保険金によって、残っていた家のローンが完済されたことが妻の独白によって告げられる。
本作では、妻を襲った暴漢には大きな悲劇が訪れるが、そのことによって、主人公夫婦の間には、決して修復できない大きな溝が出来てしまう。
どちらの物語でもいくつもの分断が重なり合った結果、目的は果たすも幸せは失われるという本末転倒のアイロニーがもたらされるのである。
映画の鑑賞にあたっては、「セールスマンの死」は知らなくても楽しめるだろうが、本作の様に過去の作品にインスパイアされて作られ、元の作品を物語に内包するような構造になっていると、元の作品を知ってるのと知らないとでは理解に差が出てしまう面があるのは否めない。
もちろん単体で観ても十分に面白いのだけど、これも物語作りの難しいところだ。
しかし、本来なら20世紀の米国から21世紀のイランへと繋がる、素晴らしい創作の連鎖なのに、トランプ政権の愚かな政策の結果、本作そのものが分断の象徴となってしまったのは皮肉。
まあ、そのおかげで、描こうとしたテーマはむしろ際立ったかも知れないけど。
今回は、アメリカを代表する戯曲にインスパイアされた作品ということで、美しい二層のカクテル「アメリカン・ビューティー」をチョイス。
ブランデー20 ml、ドライ・ベルモット15 ml、オレンジ・ジュース15 ml、グレナデン・シロップ10 ml、ペパーミント・ホワイト1 dashをシェイクし、グラスに注ぐ。
最後に、ポートワイン1tspを静かに浮かせて二層にして完成なのだが、比重の重いポートワインをうまく浮かせるのは至難の技なので、混ざってしまっても良しとしよう。
「アメリカン・ビューティー」というと、まさに現代アメリカの分断を描いたサム・メンデスの映画があったが、元々はバラの品種の名前。
その名の通り、上層の濃い赤と下層の淡いピンクがバラを表現する。
映画は物語の進行と共に分断が深まってゆくが、こちらは上下層が混じり合い、優しい甘みとあっさりとしたあと味を楽しめる。

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この記事へのコメント
イランが舞台のイランの映画なのに、主たる内容はまさにアメリカや日本といった西側諸国と同じ。
しかもそこにイスラム社会という封建的な慣習が絡んでくると、まさにそれは日本でも十二分に起こり得る、いや実際に起こっているであろう物語。
男は女の意見にもっと耳を傾け、女は男にもっと自分の意見を言うべき。
ならば、本当にいい男女関係はやっぱり「かかあ天下」なんでしょうかね。
しかもそこにイスラム社会という封建的な慣習が絡んでくると、まさにそれは日本でも十二分に起こり得る、いや実際に起こっているであろう物語。
男は女の意見にもっと耳を傾け、女は男にもっと自分の意見を言うべき。
ならば、本当にいい男女関係はやっぱり「かかあ天下」なんでしょうかね。
>にゃむばななさん
すごく普遍的な物語ですね。
ベースになっている「セールスマンの死」も70年も前の物語なので、基本的に人間の葛藤する内容はいつの時代、どこの国でも変わらないのかもしれません。
すごく普遍的な物語ですね。
ベースになっている「セールスマンの死」も70年も前の物語なので、基本的に人間の葛藤する内容はいつの時代、どこの国でも変わらないのかもしれません。
こんにちは。
この監督の作品は「別離」しか見ていませんが、人間関係の葛藤を丁寧に描いており、最後まで引き込まれました。
どこの国にでも起こりうる事件ですが、男性の本質を垣間見たように思えました。いつのまにか自分のための復讐を試みようとする夫といい、あの年老いた加害者といい、女性には理解できない心理です。
この監督の作品は「別離」しか見ていませんが、人間関係の葛藤を丁寧に描いており、最後まで引き込まれました。
どこの国にでも起こりうる事件ですが、男性の本質を垣間見たように思えました。いつのまにか自分のための復讐を試みようとする夫といい、あの年老いた加害者といい、女性には理解できない心理です。
2017/06/21(水) 19:08:44 | URL | karinn #NCwpgG6A[ 編集]
>karinnさん
男の本音とまでは言いませんが、男にはこういうメンタルもあるということだと思います。
普通は倫理観とか道徳観で無意識に抑えているのでしょうけど。
原始時代からのオスの本能的な部分なのかもしれません。
男の本音とまでは言いませんが、男にはこういうメンタルもあるということだと思います。
普通は倫理観とか道徳観で無意識に抑えているのでしょうけど。
原始時代からのオスの本能的な部分なのかもしれません。
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女は現実に向き合わない生き物。男は現実を許せない生き物。
イスラムの価値観がまだ色濃く残りながらも急速に近代化が進むイラン社会で一組の夫婦に課せられる問い。それは日本 ...
2017/06/18(日) 23:51:55 | こねたみっくす
イランの首都テヘラン。 若き教師エマッドと妻ラナが暮らすアパートが、倒壊の危機に晒される。 地元の小さな劇団に所属する二人は、劇団仲間の紹介で賃貸物件に引っ越すが、そこには前の住人である女性の荷物が大量に残されていた。 ある日、その家でラナが正体不明の侵入者に襲われてしまう。 ラナは心身共にダメージを負い、エマッドは犯人探しに奔走することに。 ある日、犯人と思われる一人の男が浮かび上がった…...
2017/06/20(火) 08:21:24 | 象のロケット
『セールスマン』を渋谷のル・シネマで見ました。
(1)アカデミー賞外国語映画賞を受賞した作品ということで、映画館に行ってきました。
本作(注1)の冒頭は、テヘランの小劇場における戯曲『セールスマンの死』の舞台風景。
あるアパートの一室が前面に広がって...
2017/06/30(金) 20:56:07 | 映画的・絵画的・音楽的
映画『セールスマン』は、アスガー・ファルハディ監督らしく骨太な心理サスペンスにし
2017/07/20(木) 23:30:32 | 大江戸時夫の東京温度
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