2018年08月31日 (金) | 編集 |
世界は残酷だが美しい。
これは創作の熱がほとばしる、驚くべき映画だ。
アヌシー国際アニメーション映画祭ノミネートの「Des câlins dans les cuisines」や「Regarder Oana」などの短編で知られるフランスのアニメーション作家、セバスチャン・ローデンバックがグリム童話の「手なしむすめ」をベースに、ほぼ一人で作画し長編アニメーション化した大労作。
2016年のアヌシーで審査員名誉賞、2017年の東京アニメアワード・長編コンペティション部門グランプリなど、各国で数々の映画賞を受賞している。
貧しい粉ひきの父親は、悪魔の誘いにのり”水車の裏にあるもの”を黄金と交換する約束をする。
父親はそれが庭の林檎の木だと思っていたのだが、実はその時娘が木に登っていたのだ。
悪魔は娘を要求するが、彼女の手が涙で常に清められてるため連れ去ることができず、父親に手を切り落とすことを命令。
父親は悪魔こわさに娘の手を切り落とすのだが、やはり悪魔は娘の清らかな涙に阻まれ手を出せない。
娘は命からがら逃げるのだが、悪魔は娘の人生を奪うためにどこまでも執拗に追ってくる。
川の女神に導かれた娘は、果樹園で梨を食べていた時に領主に見初められ、結婚して息子を設けるのだが、狡猾な悪魔は戦場に赴いた領主に偽の手紙を送り二人の仲を裂く。
乳飲み子を抱え、再び流浪の生活を送る娘は山奥の川の源流にようやく安息の地を見つける。
簡単に悪魔に誘惑されてしまう人間の心の弱さ、その一方で邪悪な企みを退ける勇気と真実の愛の強さを描く寓話である。
もともとこの作品の企画は、劇作家のオリビエ・ピィが原作をもとに上演したした戯曲「The Girl、the Devil and the Mill」を映像化するというプロジェクトとして2001年に始まったという。
ローデンバックをはじめフランスの芸術界で活躍する実力者が集められたが、資金難で2008年に中止になっている。
その後、諦めきれなかったローデンバックが、2013年に単独でプロジェクトを引き継ぐ形で再開し、3年がかりで完成させた。
実に15年間にわたってプロジェクトと関わったローデンバックは、一度とん挫して再び立ち上がったこの作品の制作プロセスそのものを、手を切られても悪魔に屈せず、生きるために奮闘する少女の物語になぞらえている。
この世界は誘惑に満ちて、しばしば残酷な仕打ちをするが、邪悪なものは真に純粋なものには触れられず、諦めなければ美しい世界へとたどり着くという訳だ。
グリム兄弟の原作では、娘は天使によって助けられ、領主の果樹園の梨を食べるのだが、本作で彼女を助けるのは川の女神になっていて、全体にキリスト教色が取り除かれ、よりアニミズム的、普遍的な世界観となっているのが特徴。
さらに、娘が領主の屋敷を出立するときに、庭師から餞別として新大陸からもたらされた種を送られるのである。
娘は自分を救ってくれた川をさかのぼり、ついに源流の地に定住し、種をまいて畑を作る。
最初は元々自宅にあった林檎、次に領主に与えられた果樹園の梨、そして自らの力で切り開いた畑。
ただ清らかな存在だった娘が、妻となり、母となり、一人の女性として自立してゆく姿が、果実と川を巡る冒険として結実する。
作者が「クリプトキノグラフィー」 と呼ぶ映像技法は、過去の短編作品の延長線上にあるのだが、水墨画を思わせる荒々しいタッチにミニマムな線と色が特徴。
極限まで簡略化された映像は、たった一人でなるべく早く仕上げなければならないという状況が生んだ必然でもあったそうだが、線が単純だからこそ動きの美しさが強調され、驚くほど豊かなイメージが見えてくるのである。
あるシーンなどはキャラクターが殆ど「点」でしか表現されてないのだが、躍動感とともに感情が波となって押し寄せてくるのだ。
純化された映像表現が、悪魔の脅しにも屈しない娘の心の強さに重なり、実に雄弁。
作り手が観客を信じているから出来るスタイルだが、情報が少ないからこそ、観るものの脳内で世界が補完され、作品への没入感は格別だ。
父親が娘の手を切り落とすというショッキングな展開からはじまって、娘の授乳や放尿する描写があるからか、邦題では「大人のための・・・」とあるが、これは本来童話であって、子どもこそ多くの気づきを得られると思う。
素晴らしいアートアニメーションであり、エンターテイメントとしても一級品。
各都市単館で字幕上映なのがネックだが、出来れば子どもたちにも観せてあげたい作品だ。
本作は林檎の木から始まる物語なので、フランスのノルマンディー地方にルーツを持つアップル・ブランデー、カルヴァドスを日本で製造した「ニッカ アップル・ブランデー弘前」をチョイス。
もともとニッカは「大日本果汁株式会社」という林檎ジュースを製造していた会社で、社名のニッカも「日果」をカタカナ読みにしたもの。
今でもアップル・ワインをラインナップに持ち、アップル・ブランデーの蒸留はごく自然な流れ。
香りと味わいのバランスがとてもよく、本場フランスのものと比べても洗練された仕上がり。
ストレートかロックがオススメだが、ソーダで割ってもとても美味しい。
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これは創作の熱がほとばしる、驚くべき映画だ。
アヌシー国際アニメーション映画祭ノミネートの「Des câlins dans les cuisines」や「Regarder Oana」などの短編で知られるフランスのアニメーション作家、セバスチャン・ローデンバックがグリム童話の「手なしむすめ」をベースに、ほぼ一人で作画し長編アニメーション化した大労作。
2016年のアヌシーで審査員名誉賞、2017年の東京アニメアワード・長編コンペティション部門グランプリなど、各国で数々の映画賞を受賞している。
貧しい粉ひきの父親は、悪魔の誘いにのり”水車の裏にあるもの”を黄金と交換する約束をする。
父親はそれが庭の林檎の木だと思っていたのだが、実はその時娘が木に登っていたのだ。
悪魔は娘を要求するが、彼女の手が涙で常に清められてるため連れ去ることができず、父親に手を切り落とすことを命令。
父親は悪魔こわさに娘の手を切り落とすのだが、やはり悪魔は娘の清らかな涙に阻まれ手を出せない。
娘は命からがら逃げるのだが、悪魔は娘の人生を奪うためにどこまでも執拗に追ってくる。
川の女神に導かれた娘は、果樹園で梨を食べていた時に領主に見初められ、結婚して息子を設けるのだが、狡猾な悪魔は戦場に赴いた領主に偽の手紙を送り二人の仲を裂く。
乳飲み子を抱え、再び流浪の生活を送る娘は山奥の川の源流にようやく安息の地を見つける。
簡単に悪魔に誘惑されてしまう人間の心の弱さ、その一方で邪悪な企みを退ける勇気と真実の愛の強さを描く寓話である。
もともとこの作品の企画は、劇作家のオリビエ・ピィが原作をもとに上演したした戯曲「The Girl、the Devil and the Mill」を映像化するというプロジェクトとして2001年に始まったという。
ローデンバックをはじめフランスの芸術界で活躍する実力者が集められたが、資金難で2008年に中止になっている。
その後、諦めきれなかったローデンバックが、2013年に単独でプロジェクトを引き継ぐ形で再開し、3年がかりで完成させた。
実に15年間にわたってプロジェクトと関わったローデンバックは、一度とん挫して再び立ち上がったこの作品の制作プロセスそのものを、手を切られても悪魔に屈せず、生きるために奮闘する少女の物語になぞらえている。
この世界は誘惑に満ちて、しばしば残酷な仕打ちをするが、邪悪なものは真に純粋なものには触れられず、諦めなければ美しい世界へとたどり着くという訳だ。
グリム兄弟の原作では、娘は天使によって助けられ、領主の果樹園の梨を食べるのだが、本作で彼女を助けるのは川の女神になっていて、全体にキリスト教色が取り除かれ、よりアニミズム的、普遍的な世界観となっているのが特徴。
さらに、娘が領主の屋敷を出立するときに、庭師から餞別として新大陸からもたらされた種を送られるのである。
娘は自分を救ってくれた川をさかのぼり、ついに源流の地に定住し、種をまいて畑を作る。
最初は元々自宅にあった林檎、次に領主に与えられた果樹園の梨、そして自らの力で切り開いた畑。
ただ清らかな存在だった娘が、妻となり、母となり、一人の女性として自立してゆく姿が、果実と川を巡る冒険として結実する。
作者が「クリプトキノグラフィー」 と呼ぶ映像技法は、過去の短編作品の延長線上にあるのだが、水墨画を思わせる荒々しいタッチにミニマムな線と色が特徴。
極限まで簡略化された映像は、たった一人でなるべく早く仕上げなければならないという状況が生んだ必然でもあったそうだが、線が単純だからこそ動きの美しさが強調され、驚くほど豊かなイメージが見えてくるのである。
あるシーンなどはキャラクターが殆ど「点」でしか表現されてないのだが、躍動感とともに感情が波となって押し寄せてくるのだ。
純化された映像表現が、悪魔の脅しにも屈しない娘の心の強さに重なり、実に雄弁。
作り手が観客を信じているから出来るスタイルだが、情報が少ないからこそ、観るものの脳内で世界が補完され、作品への没入感は格別だ。
父親が娘の手を切り落とすというショッキングな展開からはじまって、娘の授乳や放尿する描写があるからか、邦題では「大人のための・・・」とあるが、これは本来童話であって、子どもこそ多くの気づきを得られると思う。
素晴らしいアートアニメーションであり、エンターテイメントとしても一級品。
各都市単館で字幕上映なのがネックだが、出来れば子どもたちにも観せてあげたい作品だ。
本作は林檎の木から始まる物語なので、フランスのノルマンディー地方にルーツを持つアップル・ブランデー、カルヴァドスを日本で製造した「ニッカ アップル・ブランデー弘前」をチョイス。
もともとニッカは「大日本果汁株式会社」という林檎ジュースを製造していた会社で、社名のニッカも「日果」をカタカナ読みにしたもの。
今でもアップル・ワインをラインナップに持ち、アップル・ブランデーの蒸留はごく自然な流れ。
香りと味わいのバランスがとてもよく、本場フランスのものと比べても洗練された仕上がり。
ストレートかロックがオススメだが、ソーダで割ってもとても美味しい。

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この記事へのコメント
一人で作ったと言うのは初耳でした。この同じ手法で長編と言うのに、手法に飽きるかなと思ってたけど退屈せずに見れました。やはり「語りたい」内容が明白だからでしょうね。
『アラーニェの虫籠』とは違う。わはははははは。
『アラーニェの虫籠』とは違う。わはははははは。
2018/09/24(月) 23:46:11 | URL | fjk78dead #-[ 編集]
>ふじきさん
シンプルなストーリーにシンプルな絵が作り出す情景に、圧倒的な説得力があるので、ちゃんと見ていられるのです。
何を描くのか、寡黙でも十分に伝わってくる。
確かに「アラーニェの虫籠」とは同じ一人映画でも対照的。
シンプルなストーリーにシンプルな絵が作り出す情景に、圧倒的な説得力があるので、ちゃんと見ていられるのです。
何を描くのか、寡黙でも十分に伝わってくる。
確かに「アラーニェの虫籠」とは同じ一人映画でも対照的。
2018/09/29(土) 21:36:19 | URL | ノラネコ #xHucOE.I[ 編集]
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