FC2ブログ
酒を呑んで映画を観る時間が一番幸せ・・・と思うので、酒と映画をテーマに日記を書いていきます。 映画の評価額は幾らまでなら納得して出せるかで、レイトショー価格1200円から+-が基準で、1800円が満点です。
■ お知らせ
※基本的にネタバレありです。ご注意ください。
※当ブログはリンクフリーです。内容の無断転載はお断りいたします。
※ブログ環境の相性によっては、TB・コメントのお返事が出来ない事があります。ご了承ください
エロ・グロ・出会い系のTB及びコメントは、削除の上直ちにブログ管理会社に通報させていただきます。 また記事と無関係な物や当方が不適切と判断したTB・コメントも削除いたします。
■TITLE INDEX
タイトルインディックスを作りました。こちらからご利用ください。
■ ツイッターアカウント
noraneko285でつぶやいてます。ブログで書いてない映画の話なども。
■ FILMARKSアカウント
noraneko285ツイッターでつぶやいた全作品をアーカイブしています。
海獣の子供・・・・・評価額1750円
2019年06月17日 (月) | 編集 |
海は全ての秘密を知っている。

海洋の神秘の世界を舞台にした、五十嵐大介の傑作漫画「海獣の子供」のアニメーション映画化。
自分の気持ちを、「言葉」として相手に伝えるのが苦手な中学生の琉花は、運命に導かれるようにして、不思議な兄弟「海」と「空」と出会う。
少年少女の、リリカルな夏休みジュブナイルから始まる物語は、生と死が混じり合う海と陸の境界を超えて、深い海に隠されたこの宇宙の秘密を描き出す。
それぞれに“役割”のある3人が出会ったことにより、世界中で様々な現象が起こり始め、海はその姿を劇的に変えてゆき、物語はやがて究極の非日常空間へと突入する。
「アニマトリックス」や「鉄コン筋クリート」で知られるSTUDIO 4℃が、素晴らしいクオリティのアニメーションを制作し、監督は「ドラえもん」「宇宙兄弟」の渡辺歩。
主人公の琉花を演じる芦田愛菜は、声優としては「怪盗グルー」シリーズのアグネス役が有名だが、ここでも見事な演技を聴かせる。
※核心部分に触れています。

中学生の琉花(芦田愛菜)の夏休みは、開始早々に終わってしまった。
ハンドボール部の練習で、意地の張り合いからチームメイトに怪我をさせてしまい、コーチから「謝るつもりがないなら、もう来なくていい」と言われたのだ。
悶々とする琉花は、別居している父親の正明(稲垣吾郎)が勤めている水族館で、奇妙な少年「海」(石橋陽彩)と出会う。
まるで魚のように、水中を自由自在に泳ぎまわる海には、「空」(浦上晟周)という兄がいて、二人は幼少期ジュゴンによって海の中で育てられたという。
乾燥に極端に弱く、水がなければ生きていけないために、研究者のジム・キューザック(田中泯)によって水族館に預けられたのだ。
正明から海の世話係を言いつけられた琉花は、次第に不思議な兄弟に惹かれてゆく。
その頃、世界中の海や水族館で、異変が起き始めていた。
体に星斑を持つ魚やクジラが、光に包まれて消えてしまうのだ。
ジムは、海と空がこの現象と関わりがあると考えているが、ある日沖に泳いで行った空が忽然と姿を消してしまう。
琉花と海は消えた空の行方を追って、絵のように美しい浜辺にたどり着き、空を保護したアングラード(森崎ウィン)と出会うが、空の体には明らかな異変が起こっていた。
全ての海の生物たちが集う「誕生祭」が始まろうとしていた・・・・


驚くべき作品である。
昨年の「ペンギン・ハイウェイ」といい、ジュブナイルの皮をかぶったハードSFの秀作がコンスタントに出てきちゃうのが、日本のアニメーション映画の凄いところ。
分厚い単行本で全5巻に及ぶ、五十嵐大介の壮大な原作を、どうやって一本の映画にするんだろうと思ったが、なるほどこう来たか。
本作では映画全体を主人公の琉花のひと夏の物語とし、徹底して彼女に寄添い、それ以外の要素を極力排しているのだ。
原作では、琉花と海と空の兄弟を軸としたメインプロット以外にも、ジムと彼の助手だったアングラードの過去、琉花の両親の過去、それからメインプロットとは直接の関わりを持たない、海洋と海から来た子供たち、海の神話や伝承に関する“収集された”エピソードが散りばめられていて、それらが最終的に一つの大きなイメージを形作る。
この脚色によって、そぎ落とされた情報も多い。
例えば蒼井優が演じる琉花の母、加奈子の過去に関するエピソードは、琉花が生来持つ海の属性に説得力を与えるものだが、バッサリと切られている。
このために、エピローグの意味付けなど、弱くなってしまっている部分があるのは否めないが、結果的に物語は非常に純化された印象のまま、クライマックスの「誕生祭」へと突き進んで行く。

ジュゴンに育てられた少年、海と空は本当は何者なのかという謎は、いつしか人間はどこから来て、どこへ向かっているのかという疑問へと展開する。
そもそも海とは何か?地球とは何か?人間とは何か?
少女の小さな日常はやがて、この宇宙の秘密にまで広がってゆく。
同じく五十嵐大介の漫画を原作とした「リトル・フォレスト」が、主人公のいち子の生きるための労働と収穫、食べるというプロセスを通し、循環する身近なエコシステムにフォーカスした作品だとすれば、こちらは人間を含む宇宙全体の命の循環を描く。
本作の理論的なベースとなっているのは、地球の生命の起源は宇宙にあるとするパンスペルミア仮説だ。
非常に強固な構造を持つ微生物の芽胞が隕石に乗って、あるいは宇宙空間に漂っていたものが、星の光圧などによって押されて太古の地球の海へと落下し、生命が生まれた。
実際に、南極で採取された火星由来の隕石「ALH84001」から、微生物の痕跡らしきものが発見されたこともあり、生命の起源を巡る有力な仮説の一つとなっている。
本作が面白いのは、パンスペルミア仮説をもとにしたSF的設定が、アニミズム的なスピリチュアルな世界観と結びつくことでさらに広がりを持ち、「それは宇宙全体から見たらどういう意味を持つのか?」という、この世界の理の領域まで足を踏み入れることだ。

空は「人間は宇宙に似ている」という。
人間の中の無数の断片が、寄り集まって記憶や思い出を形作る。
それはまるで星間物質が集まって、星や銀河が生み出されるのとそっくりだというのだ。
地球を一個の生命と考えるガイア理論は有名だが、さらに宇宙自体も一個の巨大な生命で、この世界が極小と極大が相似形を形作るフラクタル構造である場合、地球のような海のある惑星の役割とは何か。
そこに住む、人間を含めた生物は何のために存在しているのか。
劇中幾度も繰り返されるフレーズが、「星の、星々の、海は産み親」だ。
海は子宮であり卵巣。宇宙から来る生命の芽胞は精子。そして卵巣から定期的に発生する海の子供たちは卵子。
人間を含む生物は、この二つを結び、命の宴「誕生祭」のゲストとして神話を紡ぐもの。
受精の結果として生まれるのは、宇宙そのものであり、この世界では極小は同時に極大なのである。
極大の中に極小を、逆に極小の中に極大を見るイメージは、テレンス・マリックの「ツリー・オブ・ライフ」を思わせる。

それにしても、原作の漫画がそのまま動き出したようなビジュアルが強烈。
ボールペンのフリーハンドで描きこまれた五十嵐大介の独特の筆致を、ここまで動画で再現しているのは驚かされた。
STUDIO 4℃は、アニメーション技術的にも見事な仕事をしている。
荒々しい線で、命を吹き込まれたキャラクーたち。
髪の毛には重量を感じ、密集した睫毛の奥の大きな瞳は、海に繋がっているかのような深い漆黒をたたえる。
時に様々な海の生き物の形で描かれる、纏わりつくような豪雨や、どこまでも荘厳で美しく、ミステリアスな海といった水の描写。
終盤15分間にわたって繰り広げられる、水中版の「2001年宇宙の旅」のスターゲートとも言うべき「誕生祭」の描写は圧巻だ。
リリカルなジュブナイル・ファンタジーだと思って観に来た人は、いきなり目の前でキューブリックかマリックかという、哲学的な抽象アニメーションが始まってビックリするだろうけど、このシークエンスの表現は漫画の展開を踏襲しながらも、光と陰を駆使した映画ならではの物になっていて素晴らしい。
色がカタチを、カタチが色を生み出すイメージの洪水は、原作を超えているのではないか。
怒涛の映像に没入するために、なるべく大きなスクリーンがオススメだ。

壮大な命の宴を巡る冒険を通して、琉花も一人の人間として、一個の生命として大きく成長する。
人間は言葉に出来なければ、思っていることの半分も相手に伝えられない。
海の属性を持つ琉花は、もともと言葉を使うのが苦手で、誤解されやすい。
一方、クジラやイルカは、エコロケーションと言われる音波の受信能力を持ち、遠く離れた仲間たちと“ソング”でやり取りし、見たことや思ったことを丸ごと伝えているのかもしれない。
それは陸に上がった私たちが、いつしか忘れてしまい、しかしどこかにきっと保っている本質。
実際、琉花はクジラのソングを受け取り、特に言葉を交わさずともに海や空と深く繋がる。
言葉にした方が簡単なのは確かだが、言葉にしない方が伝わることもある。
誰もが違うように見えて、本質は同じ。
自分が何者かを知った琉花は、夏休みの終わりには別人のように堂々としている。
そして、彼女と共に「誕生祭」を目撃した私たちもまた、言葉では表現できない素晴らしい体験を共有した“旅の仲間”となったのである。

しかし、この異色の怪作が、公開2週目に入っても満席続出なのは、ある意味映画の内容よりも驚くべき現象かも知れない。
流石に小さい子は飽きちゃってたみたいだが、「風立ちぬ」の制作を決意した時の宮崎駿じゃないけど、子供のうちに「分からないもの」に触れ合っておくのは大切なことだ。
意味は理解できなくても、「何か凄いものを観た」感覚は、必ず心に忘れられない痕跡を残す。
映像化の役割は、マーケットに媚びて原作を分かりやすく咀嚼して、エンターテイメント性を高めることじゃない。
難しいものはちゃんと難しく、しかし映像表現ならではの物になっているのが正解。
その意味で本作は限りなく完璧に近く、これにちゃんとお客さんが入るのだから、日本のマーケットも捨てたもんじゃない。
まあキービジュアルのイメージから勘違いして観に来た人、声優や主題歌の歌手のファンの人も多そうだが、それはそれで一期一会の機会になるだろう。
エンドクレジット後に、長めのエピローグがあるので注意。

今回は神秘の海をイメージして「オーシャンブルーフィズ」をチョイス。
氷を入れたグラスにブルーキュラソー10ml、ウォッカ15ml、レモン・ジュース5ml、三谷サイダー又はスプライトを適量満たし、軽くステアして完成。
喉越し爽やか、サッパリとした味わいで、見た目も涼しげな夏向きのカクテルだ。

ランキングバナー記事が気に入ったらクリックしてね




スポンサーサイト




コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
自分の気持ちを言葉にするのが苦手な中学生の琉花は、父が勤務する水族館で、ジュゴンに育てられたという不思議な少年“海”とその兄“空”と出会う。 それを機に、地球上では様々な現象が起こり始める。 巨大なザトウクジラまでもが現れ、“ソング”とともに海の生き物たちに「祭りの<本番>が近い」ことを伝えるのだった…。 アニメーション。
2019/06/19(水) 06:51:17 | 象のロケット