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2020年09月21日 (月) | 編集 |
愛は、届いたのか。
2018年に放送された、京都アニメーションによる人気TVシリーズ「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」の、2本目の劇場用映画にして完結篇。
4年の長きにわたり、多くの人々の運命を狂わせた大陸戦争が終結した異世界。
孤児として育ち、感情を持たない“武器”として戦争を生き抜いた少女ヴァイオレットの物語だ。
自らの名付け親にして、一番大切な人だったギルベルト少佐が、戦場での別れの際に口にした「愛してる」の意味が分からなかった彼女は、戦後「自動手記人形(ドール)」と呼ばれる手紙の代筆屋となり、手紙に込められた物語から、様々な愛の形を知ってゆく。
監督と脚本は、TVシリーズから続投の石立太一と吉田玲子。
本来は、今年の1月に公開予定だった作品。
昨年夏に起こったあの痛ましい事件と、コロナ禍による二度の公開延期を乗り越え、京都アニメーションの復活の狼煙となる、心ふるえる魂の傑作となった。
※以下、ラストおよび核心部分に触れています。
デイジー・マグノリア(諸星すみれ)は、亡くなった祖母アンの家で、大切に保管されていた沢山の手紙を見つける。
それは若くして亡くなった曽祖母から、まだ幼かったアンに当てられた50年分の愛の手紙。
手紙に惹かれたデイジーは、執筆したのが「自動手記人形」というかつて存在した手紙の代筆業の女性だったことを知り、手紙を郵送したC.H郵便社があったライデンに向かう。
郵便社の社屋は、もうすでに博物館となっていたが、デイジーは遠い昔に曽祖母の願いを受けて手紙を代筆した自動手記人形、ヴァイオレット・エヴァーガーデン(石川由衣)の足跡を辿りはじめる。
やがて彼女の旅は、時代に翻弄された一人の女性の、悲しくも美しい物語に辿りつくのだが・・・・
文句なしの傑作である。
だがこの作品の評価軸は、普通の映画とは少し違う。
「聲の形」など一部を除いて、京都アニメーション作品全体に言えることだが、あくまでもTVシリーズからの蓄積があって、はじめて単体として成立している作品なのだ。
だから全てのセットアップはすでに終わっていて、余計な説明描写は一切ない。
物語の仕掛けに唸らされ、開始5分で涙腺が決壊すると、あとは最後までほぼ泣かされっぱなし。
「泣ける映画=いい映画」というわけでは必ずしもないが、本作ではどこまでも純粋で美しい感情が、澄んだ涙をとめどなく流させてくれる。
140分の長尺が終わる頃には、マスクがびちょびちょになってしまうので、ハンカチと替のマスクを用意しておいた方がいい。
このシリーズを端的に表せば、感情を持たず「愛してる」の意味が分からなかった少女が、少しずついろいろな愛の形を知ってゆく成長物語だ。
自動手記人形となったヴァイオレットは、最初は人間の心の機微を理解出来ずに失敗を繰り返すが、やがて人々が手紙に込めた想いから、人が人を思いやる“愛”という感情の本質に触れてゆく。
もちろんそのベースには、戦いの中で育ったヴァイオレット自身が、言語化出来ていなかった少佐への想いがあったのだが、乾いた砂に雨が染み込むように、人間性というものを学んでいった彼女は、自動手記人形として才能を開花させる。
TVシリーズの最終回で、ヴァイオレットは生死不明の少佐に当てた最初の手紙に、「愛してるが少しわかるのです」と書くのである。
ちなみに本作の登場人物は全て花の名前を持っていて、ヴァイオレットの花言葉は「愛」で、(ギルベルト・)ブーゲンビリアは「情熱」と作品の目指すところが分かりやすい。
本作は、ヴァイオレットが既に「愛してる」の意味を知った段階からはじまる、シリーズ全体のクライマックスだが、特筆すべきは徹底的な作り込みがもたらす、独特の歴史観だ。
本来このシリーズは、「テルシス大陸」と呼ばれる第一次世界大戦直後の欧州を模した異世界で展開する。
ところが、映画がはじまると面食らう。
以前の作品とは明らかに世界が変わって、まるで現実世界の80年代くらいの時代感になっているのである。
実はこの映画の冒頭は、TVシリーズ屈指の感動作である、第10話「愛する人は ずっと見守っている」を受け、ヴァイオレットが代筆した50年分の手紙が、全て配達され終わった数十年後の未来からはじまるのだ。
現実世界と同様に電話が発明され、自動手記人形という職業が過去のものとなった世界。
ではヴァイオレットは、C.H郵便社の人たちはどうなったのか?行方が分からないままだったギルベルト少佐は?
ここから、曽祖母の手紙とその代筆者に興味を持ったデイジーの旅が始まる。
未来から過去を俯瞰することにより、より私たちに近い世界に生きるデイジーが語り部となり、ヴァイオレットの人生を、改めて歴史上の物語として目撃するという凝った構造。
美術から衣装デザイン、劇中のイベントに至るまで、細部に至るまで作り込まれた世界観が、異世界なのに、本物の歴史の転換点を見ているようなリアリティと、過ぎ去った過去に対するノスタルジックな感慨をもたらす。
例えば、この世界のアルファベットが、なんとなく読めそうに思えてしまったり、現実との距離が絶妙なのだ。
この世界観の中で、京都アニメーション特有の淡い主線を持つキャラクターたちは、もはや全てにおいて血が通って感じられる。
丁寧な手描きアニメーションで表現された彼らには、生身の人間を超える実在感があり、どっぷりと感情移入してしまう。
本作ではデイジーがヴァイオレットを探す未来のエピソードを「」(カッコ)として、過去では絡み合う形で二つのエピソードが描かれる。
一つ目は、余命幾ばくもない難病の少年ユリスから、自分が死んだ後に残された人たちを元気付ける手紙を残したいというヴァイオレットへの依頼。
もう一つは、死んだと思われていギルベルト少佐を巡る、ヴァイオレット自身の物語だ。
この二つのプロットラインが互いに影響し合うことで、愛という感情の持つ時として相反するベクトル、「愛しているから会いたい」と「愛しているから会えない」の葛藤がディープに描き出される仕組み。
二つのエピソードには相対する関係のキャラクターがいて、同じようなシチュエーションを重ねることによって、葛藤を多面的に描写しているのである。
脚本の吉田玲子は、元々ロジカルな作劇を得意とする人だが、シリーズ全体を内包しつつ大団円を描き切った構成力は見事としか言いようがない。
感極まりすぎて、観た直後は「。゚(゚´Д`゚)゚。 ヴァイオレットちゃん良かったねえ。あんた苦労ばっかりしてきたから、これから思いっきり幸せにおなり」という感想しか出てこない。
TVシリーズから追い続けたファンに、予定調和を感じさせず1ミリもブレないで観たかったものを見せてくれる完璧な完結編だ。
運命に翻弄されたドラマチックな初恋物語としても、至高の一本と言える。
まあ冷静になって、戦場で別れた時のヴァイオレットの年齢を考えると、少佐のロリコン疑惑はちょっと引っかかるが(笑
あと、エンドクレジットは必ず最後まで見届けること!
今回は主人公から紫色のパルフェタムールのカクテル「ヴァイオレット・フィズ」をチョイス。
ジン30ml、パルフェ・タムール20ml、レモン・ジュース15ml、シュガー・シロップ10mlをシェイクし、グラスに注ぎ、キンキンに冷やした炭酸水で満たして完成。
ヴァイオレットの花言葉が「愛」なのは前記したが、実はパルフェ・タムールの意味は「完璧な愛」だったりする。
ぜひ少佐と飲んでいただきたい、ほのかな甘い愛に溢れたカクテルだ。
記事が気に入ったらクリックしてね
2018年に放送された、京都アニメーションによる人気TVシリーズ「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」の、2本目の劇場用映画にして完結篇。
4年の長きにわたり、多くの人々の運命を狂わせた大陸戦争が終結した異世界。
孤児として育ち、感情を持たない“武器”として戦争を生き抜いた少女ヴァイオレットの物語だ。
自らの名付け親にして、一番大切な人だったギルベルト少佐が、戦場での別れの際に口にした「愛してる」の意味が分からなかった彼女は、戦後「自動手記人形(ドール)」と呼ばれる手紙の代筆屋となり、手紙に込められた物語から、様々な愛の形を知ってゆく。
監督と脚本は、TVシリーズから続投の石立太一と吉田玲子。
本来は、今年の1月に公開予定だった作品。
昨年夏に起こったあの痛ましい事件と、コロナ禍による二度の公開延期を乗り越え、京都アニメーションの復活の狼煙となる、心ふるえる魂の傑作となった。
※以下、ラストおよび核心部分に触れています。
デイジー・マグノリア(諸星すみれ)は、亡くなった祖母アンの家で、大切に保管されていた沢山の手紙を見つける。
それは若くして亡くなった曽祖母から、まだ幼かったアンに当てられた50年分の愛の手紙。
手紙に惹かれたデイジーは、執筆したのが「自動手記人形」というかつて存在した手紙の代筆業の女性だったことを知り、手紙を郵送したC.H郵便社があったライデンに向かう。
郵便社の社屋は、もうすでに博物館となっていたが、デイジーは遠い昔に曽祖母の願いを受けて手紙を代筆した自動手記人形、ヴァイオレット・エヴァーガーデン(石川由衣)の足跡を辿りはじめる。
やがて彼女の旅は、時代に翻弄された一人の女性の、悲しくも美しい物語に辿りつくのだが・・・・
文句なしの傑作である。
だがこの作品の評価軸は、普通の映画とは少し違う。
「聲の形」など一部を除いて、京都アニメーション作品全体に言えることだが、あくまでもTVシリーズからの蓄積があって、はじめて単体として成立している作品なのだ。
だから全てのセットアップはすでに終わっていて、余計な説明描写は一切ない。
物語の仕掛けに唸らされ、開始5分で涙腺が決壊すると、あとは最後までほぼ泣かされっぱなし。
「泣ける映画=いい映画」というわけでは必ずしもないが、本作ではどこまでも純粋で美しい感情が、澄んだ涙をとめどなく流させてくれる。
140分の長尺が終わる頃には、マスクがびちょびちょになってしまうので、ハンカチと替のマスクを用意しておいた方がいい。
このシリーズを端的に表せば、感情を持たず「愛してる」の意味が分からなかった少女が、少しずついろいろな愛の形を知ってゆく成長物語だ。
自動手記人形となったヴァイオレットは、最初は人間の心の機微を理解出来ずに失敗を繰り返すが、やがて人々が手紙に込めた想いから、人が人を思いやる“愛”という感情の本質に触れてゆく。
もちろんそのベースには、戦いの中で育ったヴァイオレット自身が、言語化出来ていなかった少佐への想いがあったのだが、乾いた砂に雨が染み込むように、人間性というものを学んでいった彼女は、自動手記人形として才能を開花させる。
TVシリーズの最終回で、ヴァイオレットは生死不明の少佐に当てた最初の手紙に、「愛してるが少しわかるのです」と書くのである。
ちなみに本作の登場人物は全て花の名前を持っていて、ヴァイオレットの花言葉は「愛」で、(ギルベルト・)ブーゲンビリアは「情熱」と作品の目指すところが分かりやすい。
本作は、ヴァイオレットが既に「愛してる」の意味を知った段階からはじまる、シリーズ全体のクライマックスだが、特筆すべきは徹底的な作り込みがもたらす、独特の歴史観だ。
本来このシリーズは、「テルシス大陸」と呼ばれる第一次世界大戦直後の欧州を模した異世界で展開する。
ところが、映画がはじまると面食らう。
以前の作品とは明らかに世界が変わって、まるで現実世界の80年代くらいの時代感になっているのである。
実はこの映画の冒頭は、TVシリーズ屈指の感動作である、第10話「愛する人は ずっと見守っている」を受け、ヴァイオレットが代筆した50年分の手紙が、全て配達され終わった数十年後の未来からはじまるのだ。
現実世界と同様に電話が発明され、自動手記人形という職業が過去のものとなった世界。
ではヴァイオレットは、C.H郵便社の人たちはどうなったのか?行方が分からないままだったギルベルト少佐は?
ここから、曽祖母の手紙とその代筆者に興味を持ったデイジーの旅が始まる。
未来から過去を俯瞰することにより、より私たちに近い世界に生きるデイジーが語り部となり、ヴァイオレットの人生を、改めて歴史上の物語として目撃するという凝った構造。
美術から衣装デザイン、劇中のイベントに至るまで、細部に至るまで作り込まれた世界観が、異世界なのに、本物の歴史の転換点を見ているようなリアリティと、過ぎ去った過去に対するノスタルジックな感慨をもたらす。
例えば、この世界のアルファベットが、なんとなく読めそうに思えてしまったり、現実との距離が絶妙なのだ。
この世界観の中で、京都アニメーション特有の淡い主線を持つキャラクターたちは、もはや全てにおいて血が通って感じられる。
丁寧な手描きアニメーションで表現された彼らには、生身の人間を超える実在感があり、どっぷりと感情移入してしまう。
本作ではデイジーがヴァイオレットを探す未来のエピソードを「」(カッコ)として、過去では絡み合う形で二つのエピソードが描かれる。
一つ目は、余命幾ばくもない難病の少年ユリスから、自分が死んだ後に残された人たちを元気付ける手紙を残したいというヴァイオレットへの依頼。
もう一つは、死んだと思われていギルベルト少佐を巡る、ヴァイオレット自身の物語だ。
この二つのプロットラインが互いに影響し合うことで、愛という感情の持つ時として相反するベクトル、「愛しているから会いたい」と「愛しているから会えない」の葛藤がディープに描き出される仕組み。
二つのエピソードには相対する関係のキャラクターがいて、同じようなシチュエーションを重ねることによって、葛藤を多面的に描写しているのである。
脚本の吉田玲子は、元々ロジカルな作劇を得意とする人だが、シリーズ全体を内包しつつ大団円を描き切った構成力は見事としか言いようがない。
感極まりすぎて、観た直後は「。゚(゚´Д`゚)゚。 ヴァイオレットちゃん良かったねえ。あんた苦労ばっかりしてきたから、これから思いっきり幸せにおなり」という感想しか出てこない。
TVシリーズから追い続けたファンに、予定調和を感じさせず1ミリもブレないで観たかったものを見せてくれる完璧な完結編だ。
運命に翻弄されたドラマチックな初恋物語としても、至高の一本と言える。
まあ冷静になって、戦場で別れた時のヴァイオレットの年齢を考えると、少佐のロリコン疑惑はちょっと引っかかるが(笑
あと、エンドクレジットは必ず最後まで見届けること!
今回は主人公から紫色のパルフェタムールのカクテル「ヴァイオレット・フィズ」をチョイス。
ジン30ml、パルフェ・タムール20ml、レモン・ジュース15ml、シュガー・シロップ10mlをシェイクし、グラスに注ぎ、キンキンに冷やした炭酸水で満たして完成。
ヴァイオレットの花言葉が「愛」なのは前記したが、実はパルフェ・タムールの意味は「完璧な愛」だったりする。
ぜひ少佐と飲んでいただきたい、ほのかな甘い愛に溢れたカクテルだ。

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この記事へのコメント
Twitterの方ではお世話になってます。
本来は『フォードvsフェラーリ』と同日公開の予定だったんですよね。延期を繰り返した結果、奇しくも『TENET』と同日公開になりましたが。しかし、互いに関連の無い2つの事象によって延期する事になったのは、映画史を見渡してもそうそう無い不運では・・・?
無事に公開されて、こうやって我々が鑑賞できるようになって本当に何よりです。
内容の話をすると、あらかた予想通りではありましたけど、素晴らしい完結編でしたね。原作要素の拾い方も気持ちよかったです。しかし、父性を感じていたホッジンズと比べると確かにギルベルトはロリコン・・・w
それと、「戦争があった異世界での物語」という観点から考えると、『王立宇宙軍 オネアミスの翼』等の作品とも似た視点を持っていると思います。以前そのような事を某所で語ったら、「転生・転移要素がある(『リゼロ』『幼女戦記』など)作品でない限り異世界とは呼べない!」と主張されて面食らった記憶があります。
本来は『フォードvsフェラーリ』と同日公開の予定だったんですよね。延期を繰り返した結果、奇しくも『TENET』と同日公開になりましたが。しかし、互いに関連の無い2つの事象によって延期する事になったのは、映画史を見渡してもそうそう無い不運では・・・?
無事に公開されて、こうやって我々が鑑賞できるようになって本当に何よりです。
内容の話をすると、あらかた予想通りではありましたけど、素晴らしい完結編でしたね。原作要素の拾い方も気持ちよかったです。しかし、父性を感じていたホッジンズと比べると確かにギルベルトはロリコン・・・w
それと、「戦争があった異世界での物語」という観点から考えると、『王立宇宙軍 オネアミスの翼』等の作品とも似た視点を持っていると思います。以前そのような事を某所で語ったら、「転生・転移要素がある(『リゼロ』『幼女戦記』など)作品でない限り異世界とは呼べない!」と主張されて面食らった記憶があります。
2020/09/22(火) 22:48:20 | URL | ガネオ・トカゲ #-[ 編集]
>ガネオ・トカゲさん
本当に、日本映画史上稀に見る、過酷な運命に翻弄された作品だと思います。
どうしても劇中の大戦が、あの事件と被ってしまいますね。
本作で皆が立ち直りつつある様に、被害にあわれた方々にも平和が訪れることを祈ります。
確かに「オネアミス」の世界とはいろいろ設定が被りますね。
同じ世界観の別の時代と言われても違和感がない。
オネアミスの場合は現実世界の50年代頃ですかね。
>「転生・転移要素がある作品でない限り異世界とは呼べない!」
それはケッタイなw
それでは「LOTR」も異世界ものじゃないと言うのでしょうかね。
不思議な定義をする人がいるものです。
本当に、日本映画史上稀に見る、過酷な運命に翻弄された作品だと思います。
どうしても劇中の大戦が、あの事件と被ってしまいますね。
本作で皆が立ち直りつつある様に、被害にあわれた方々にも平和が訪れることを祈ります。
確かに「オネアミス」の世界とはいろいろ設定が被りますね。
同じ世界観の別の時代と言われても違和感がない。
オネアミスの場合は現実世界の50年代頃ですかね。
>「転生・転移要素がある作品でない限り異世界とは呼べない!」
それはケッタイなw
それでは「LOTR」も異世界ものじゃないと言うのでしょうかね。
不思議な定義をする人がいるものです。
2020/09/23(水) 22:44:28 | URL | ノラネコ #xHucOE.I[ 編集]
ノラネコさんこんばんは。
文句をつける人というのは、異世界と言う、明確に違う世界だから転生要素と言うのは人間も転生によって現世と違う存在にならないといけない、と言う考え方では。
それによって世界との絆を断った事になるから、ファンタジーとして許せると言いたい人達が居るような気がします。
つまり、異世界にも人類が居る事に対する違和感を持っている人達は、人間を特別な存在だと思って居て、物語は素晴らしくとも世界観に反発を抱いて居るんじゃ無いでしょうか。
文句をつける人というのは、異世界と言う、明確に違う世界だから転生要素と言うのは人間も転生によって現世と違う存在にならないといけない、と言う考え方では。
それによって世界との絆を断った事になるから、ファンタジーとして許せると言いたい人達が居るような気がします。
つまり、異世界にも人類が居る事に対する違和感を持っている人達は、人間を特別な存在だと思って居て、物語は素晴らしくとも世界観に反発を抱いて居るんじゃ無いでしょうか。
2020/09/24(木) 01:14:43 | URL | 隆 #yx.k1EMs[ 編集]
異世界云々について、転生必須派はもっと単純に「架空の世界を異世界とするなら、殆どの作品は異世界になる」と考えているみたいです(要するにロー・ファンタジーとハイ・ファンタジーの区別がついていない)
確かにケッタイな考えです。やややケッタイな。
確かにケッタイな考えです。やややケッタイな。
2020/09/24(木) 13:38:17 | URL | ガネオ・トカゲ #-[ 編集]
転生とファンタジーの御説は分かりますが、転生は物語の舞台を大きく変えるスイッチのようなもので、人間だけが転生するという事でしょうか。普通の人間が異世界に移転して力を開花させるとか、あるいは英雄が異世界を変えるのも確かにケッタイと言えばそうですね。
異世界というのは魔法とか妖精族やモンスターといった絢爛な演出や力がありますから、転生で生身の人間が強い存在になって強い人に対抗するというのはエンタメとしては有りな気がしますが、ファンタジーは割と魔法使いやドラゴンなどに支配された苛酷な世界観なので、あくまでそうした異形の権力を革めるのは人間であるべきという、頑なな考え方だという空想も個人的に持って居る次第です。
異世界というのは魔法とか妖精族やモンスターといった絢爛な演出や力がありますから、転生で生身の人間が強い存在になって強い人に対抗するというのはエンタメとしては有りな気がしますが、ファンタジーは割と魔法使いやドラゴンなどに支配された苛酷な世界観なので、あくまでそうした異形の権力を革めるのは人間であるべきという、頑なな考え方だという空想も個人的に持って居る次第です。
2020/09/24(木) 17:29:56 | URL | 隆 #yx.k1EMs[ 編集]
結局ラノベブームでラノベしか読んでないニワカが、ファンタジーを語ってるということすな。
2020/09/26(土) 18:34:22 | URL | ノラネコ #xHucOE.I[ 編集]
ギリギリ見れてよかったです。新宿で見れました。なんとなく予測はついていましたが、結論が分からないともやもやしすぎるので、見れてよかったです。おっしゃるとおり、「見たいものを完璧に見せてくれた完結編」でしたね。技巧的に演出されていますが、まさにこれまでの流れを踏襲していて、見事な出来です。予測つく話なのに、それを「当たり障りのない」感じにしない新規さを感じられるところが、本当に素晴らしくて。手稲でよい作品でした。
>この二つのプロットラインが互いに影響し合うことで、愛という感情の持つ時として相反するベクトル、「愛しているから会いたい」と「愛しているから会えない」の葛藤がディープに描き出される仕組み。
ここはもう涙腺決壊で、号泣していました。僕はほとんど泣かないんですが、これは泣きますねー。周りの人みんな号泣(笑)。凄く技巧的な脚本なのに、なんか素直にすっと入ってしまうのは、なんでなんだろうととても思います。ストレートな泣かせに来ているんですが、いやらしさが全然感じないんですよねぇ。この作品。これも、ヴァイオレットちゃんの真摯さゆえか。。。ほんとに、良かったねぇ、という感慨しか生まれないです。
とはいえ、戦場での罪の話になるので、こういう風になるのはわかるし、演出や個々の人生の重さから、なかなか会えなくなるのはわかるのですが、それでももう少しギルくん、ちゃんと連絡取ってあげようよと思っててしまいました(苦笑)。でも、どの面下げて両腕を失った女の子に顔向けできるのか、と苦しむのは、そうかもしれませんが・・・。あの犬のような子が、主人を失ったらどんな風に苦しむか、想像すればわかるだろうに。しかも、最後に、「愛してる」なんて投げちゃったら。
>まあ冷静になって、戦場で別れた時のヴァイオレットの年齢を考えると、少佐のロリコン疑惑はちょっと引っかかるが(笑
これはどうしてもずっと、思っちゃいますよねー。あの年齢で愛情を感じてたら、、、、それはちょっと。あそこはどうしても考えちゃいます。最初が父性的なものからの移り変わりとか、そういう何かが描かれてたら、もう少し受け止めやすかったんですが。まぁ、この辺は、仕方がない、とするしかないですかね(笑)。
>この二つのプロットラインが互いに影響し合うことで、愛という感情の持つ時として相反するベクトル、「愛しているから会いたい」と「愛しているから会えない」の葛藤がディープに描き出される仕組み。
ここはもう涙腺決壊で、号泣していました。僕はほとんど泣かないんですが、これは泣きますねー。周りの人みんな号泣(笑)。凄く技巧的な脚本なのに、なんか素直にすっと入ってしまうのは、なんでなんだろうととても思います。ストレートな泣かせに来ているんですが、いやらしさが全然感じないんですよねぇ。この作品。これも、ヴァイオレットちゃんの真摯さゆえか。。。ほんとに、良かったねぇ、という感慨しか生まれないです。
とはいえ、戦場での罪の話になるので、こういう風になるのはわかるし、演出や個々の人生の重さから、なかなか会えなくなるのはわかるのですが、それでももう少しギルくん、ちゃんと連絡取ってあげようよと思っててしまいました(苦笑)。でも、どの面下げて両腕を失った女の子に顔向けできるのか、と苦しむのは、そうかもしれませんが・・・。あの犬のような子が、主人を失ったらどんな風に苦しむか、想像すればわかるだろうに。しかも、最後に、「愛してる」なんて投げちゃったら。
>まあ冷静になって、戦場で別れた時のヴァイオレットの年齢を考えると、少佐のロリコン疑惑はちょっと引っかかるが(笑
これはどうしてもずっと、思っちゃいますよねー。あの年齢で愛情を感じてたら、、、、それはちょっと。あそこはどうしても考えちゃいます。最初が父性的なものからの移り変わりとか、そういう何かが描かれてたら、もう少し受け止めやすかったんですが。まぁ、この辺は、仕方がない、とするしかないですかね(笑)。
2021/04/05(月) 13:01:39 | URL | ペトロニウス #-[ 編集]
>ペトロニウスさん
観られて本当に良かったですね。
上映開始から半年以上経っているから、スクリーン見つけるのも大変だったでしょう。
このシリーズはテレビから追ってたので、感無量です。
完全にヴァイオレットに感情移入していたので、彼女が幸せに慣れて本当にホッとしました。
現在から過去を俯瞰する形にしたのも、すごく考えられているなあと。
吉田玲子さすがです。
視聴者・読者に合わせているからでしょうけど、日本の漫画やアニメキャラクターは、設定年齢が不自然に低すぎると常々思っていて、設定年齢からプラス3歳ぐらいと考えた方がしっくりくるのかなと。
鬼滅の煉獄さんがハタチって、さすがに無理があるしw
観られて本当に良かったですね。
上映開始から半年以上経っているから、スクリーン見つけるのも大変だったでしょう。
このシリーズはテレビから追ってたので、感無量です。
完全にヴァイオレットに感情移入していたので、彼女が幸せに慣れて本当にホッとしました。
現在から過去を俯瞰する形にしたのも、すごく考えられているなあと。
吉田玲子さすがです。
視聴者・読者に合わせているからでしょうけど、日本の漫画やアニメキャラクターは、設定年齢が不自然に低すぎると常々思っていて、設定年齢からプラス3歳ぐらいと考えた方がしっくりくるのかなと。
鬼滅の煉獄さんがハタチって、さすがに無理があるしw
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ヴァイオレット・エヴァーガーデンって、なんて素敵な名前だろうか。
2020/09/27(日) 10:14:49 | 或る日の出来事
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