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クロエ・ジャオの世界「Songs My Brothers Taught Me」と「ザ・ライダー」
2021年04月24日 (土) | 編集 |
「Songs My Brothers Taught Me・・・・・評価★★★★+0.5」
「ザ・ライダー・・・・・評価★★★★+0.6」

長編三作目となる「ノマドランド」で、本年度アカデミー賞6部門にノミネートされ、自身も監督・脚色・編集の3部門でノミニーとなり、一躍脚光を浴びたクロエ・ジャオ。
映画をご覧になった方は分かるだろが、非常にアメリカンなスタイルで、とてもこれが中国出身の女性が撮ったとは思えない作品だ。

クロエ・ジャオは1982年に、北京で生まれた。
父親は中国最大級の鉄鋼会社・首鋼集団の経営者の一人という超エリートで、母親は人民解放軍の文芸工作団の病院に所属していたが、のちに両親は離婚。
そんな家庭環境の影響もあったのだろう、「非常に反抗的なティーンだった」と語るジャオは、15歳の時に英語も話せないまま厳格な教育で知られる英国ブライトンの寄宿学校へと送られ、やがてアメリカへと渡り、マサチューセッツのマウント・ホリヨーク大学で政治学を専攻。
そしてニューヨーク大学のティッシュスクールで映画制作を学ぶと、数本の短編を監督したのち、2015年に作り上げた長編第一作が、サウスダコタ州のパインリッジ・リザベーションを舞台とした「Songs My Brothers Taught Me(兄が教えてくれた唄)」だ。
日本では第二作となる「ザ・ライダー」が先に各配信サイトなどで観られるようになっていたが、この二作は共にパインリッジ・リザベーションを舞台とし、「ザ・ライダー」で描かれたものの背景が、「Songs My Brothers Taught Me」では前面に出ている。
キャストにも共通の人物がいるなど、実質的にパインリッジ二部作と言っていい構造になっている。

もともと、ジャオがパインリッジに興味を持ったのは、マウント・ホリヨーク時代に、この地域の若者の自殺率が異常に高いということを知ったからだという。
パインリッジは、ネィティブ・アメリカンの中でも、いわゆる平原インディアンの最大部族であるスー族の支族、オグララ・スー族の人々が自治権を持つリザベーション(居留地)だ。
ラコタ・ネイションとも呼ばれるスー族は、コロンブス以来400年に渡ったインディアン戦争で、しばしば白人の軍を相手に勝利を収めた。
1876年に、カスター将軍の第七騎兵隊を壊滅させた、リトルビックホーンの戦いは特に有名だ。
しかし、手強さゆえに政府の敵視政策は厳しく、ララミー砦条約で約束されたはずの領土は分割され、豊富な地下資源を持つ聖地ブラックヒルズは奪われた。
そして、1890年12月29日には、300人を超えるスー族が騎兵隊によって殺害されたウーンデッドニーの虐殺が起こる。
この事件によって、北米先住民による組織的な抵抗の時代は終焉を迎えるのだが、米国史にとって象徴的な意味を持つウーンデッドニーがあるのが、他ならぬパインリッジなのである。

これはパインリッジに限った話では無いが、全米各地に散らばる先住民のリザベーションは僻地が多く、ごく一部のリザベーションを除いて力のある産業がほとんど存在しない
仮に地下資源などがあったとしても、開発する能力がないから、結局外部の資本と技術を入れざるを得ず、リザベーションの住民は単なる労働力となってしまう搾取構造に陥る。
米国を旅していると、ギャンブルが禁止されている州でも、たまにカジノを見かけることがあるが、あれは自治権を持つリザベーションが少しでも収入を得ようと経営しているものなのだ。
平原と荒野のパインリッジも同様で、牧畜以外産業らしい産業はない。
失業率は常に80パーセント以上に達し、犯罪率も高く、域内の平均寿命はアフリカの紛争地並みの50歳前後。
ジャオが、リザベーションに興味を持つきっかけとなった若者の自殺率は、全米平均の4倍に達する。
リザベーションに住む若者が、カウボーイ以外の職業でキャリアを積もうとすると、否応なしに外に出るしかないのである。

「Songs My Brothers Taught Me」の主人公、ジョニーもそんな葛藤を抱えた一人。
高校生のジョニーはロサンゼルスの大学に進学するガールフレンドと共に、希望を持てない故郷を出て、カリフォルニアに移住しようと考えている。
もっとも、彼自身は進学する当てはない。
リザベーションの中でも格差があり、比較的家が裕福で成績優秀な彼女と違って、極貧家庭のジョニーは酒の密売で金を稼ぐのに忙しく、授業中に机に突っ伏して寝ている。
劇中、鞄に隠した酒を、ジョニーが各家庭に売り捌く、まるで禁酒法時代のような描写があるが、アルコール依存は現在の全ての先住民コミュニティを蝕む、最大の脅威なのだ。
アメリカ大陸は広大で、例えばカナダ国境のイロコイ・ネイションとアリゾナのナバホ・ネイションは直線距離で3500キロも離れており、ネイティブ・アメリカンやインディアンと言う便利な言葉で一括りにしても、実際にはロシア人とスペイン人ほどに異なるたくさんの民族の集合体だ。
だが、たぶんに遺伝的要因が影響していると言われているが、ヨーロッパ人との接触以前、飲酒文化がなかった先住民は、総じてアルコールに弱い
失業と貧困は依存をもたらし、リザベーション内のアルコールが原因となる疾患や死亡者の割合は突出して高いのだ。
そのため、全米のほとんどのリザベーションでは酒類の販売が禁止されているのだが、需要そのものは高いため、ジョニーのような密売人が横行する。
この映画でも、登場人物の多くがアルコールの問題を抱えているが、いわば毒を売って自分で飲むような状況が続いているのである。

一方、「ザ・ライダー」では、リザベーションの抱える問題はほとんどメンションされない。
自分がどこで、何者として生きたいのか、部族社会の中でまだ揺れ動いているジョニーと違って、こちらの主人公のブレディは既に大人の男で、カウボーイとして地元で生きることを決めていたがゆえ、逆に大きな葛藤を抱えてしまうのだ。
映画は終始ブレディに寄り添い、彼のパーソナルな生き様にフォーカスする。
ロデオ競技のスターだったブレディは、競技中に頭に大怪我を負い、一応治癒はしたものの、右手にロデオライダーとしては致命的な障害が残ってしまう。
高等教育を受けていないリザベーションの若者たちが、ある程度の大金を稼げる数少ない仕事がカウボーイの娯楽であるロデオ。
それに、平原インディアンとして、代々馬と共に生きてきたスー族の人たちにとって、馬に乗ることイコール人生
大好きな相棒で、生活の糧でもある馬に乗れないことは、半分死んだのと同じなのだ。
現実を受け入れて、諦めることに関する物語は、多くのスポーツ映画で描かれてきたが、本作ではスー族の精神文化そのものが、重要なバックボーンになっているのが特徴だ。

「Songs My Brothers Taught Me」も「ザ・ライダー」も、キャストの多くが本職の俳優ではなく、パインリッジに暮らす本人役での出演。
前者では高校卒業後に故郷を離れるのか否か、後者では命をかけてでもロデオ競技に戻るのか否かという葛藤が物語を貫き、主人公が自ら結論を下すまでの物語だ。
どちらの作品でも、主人公の抱えている問題以外、特に大きな事件は起こらない。
代わり映えのしない人々の日々の営みが、淡々と描かれてゆくのみ。
一作目にして「ノマドランド」で開花した半ドキュメンタリー的な作風が完成してるのも凄いが、特徴的なのがテレンス・マリックの影響で、特に「Songs My Brothers Taught Me」ではマリック風味が強烈だ。
広角気味のレンズの奥行きの使い方なんてまさにだし、オープニングの自然描写なんてほとんどまんま。
マリックが撮ったと言って見せられたら、信じてしまうだろう。
もっとも、「ザ・ライダー」「ノマドランド」と、作品毎に独自性の方が強まっているので、作家としてはまだまだ発展途上ということか。
それでいて、もうこれだけ力のある作品を撮ってるのもアメージングだが。

とにかく閉塞した地元を出たい。
ジョニーのこの感情は、日本の過疎の田舎で育った若者が抱く衝動に近いと思う。
違いは、少数民族である彼らにとって、今となっては土地だけが、残されたアイデンティティの証だということ。
たとえ痩せた荒野だとしても、彼らのネイションを形作るのは人と土地の持つ記憶。
リザベーションを出るということは、愛する家族と共に、合衆国の中で細々と命脈を保ってきた民族のアイデンティティを半ば捨てることを意味する。
私の知る限りでだが、都市に移った先住民はほぼ例外なく、“白人的な生活”を追い求めるようになる。
これは良い悪いではなく、都市では故郷のような生活は物理的に出来ないからだ。
「Songs My Brothers Taught Me」のジョニーは、葛藤の末にパインリッジに残ることを選択するのだが、いわばジョニーの未来の姿、地元に残った若者たちを描くのが「ザ・ライダー」なのである。

日本で、この映画を鑑賞した人の感想を読むと、「同調圧力」という言葉をよく目にする。
再起不能になるかもしれない怪我を負ってでも、再び馬に乗ることを当然だと考える、パインリッジの若者たちには、確かに日本の田舎にもある同調圧力的な力が働いているのかもしれない。
外の世界での可能性を諦めたジョニーも、様々なプレッシャーは感じていただろう。
だが、都市も田舎も基本的に同質の社会で、気に入らなければ出て行ける日本とは、はじめから選択の重みが違う。
馬に乗れるのと乗れないのとでは、経済的な格差に繋がる。
そして彼らにとって、カウボーイであることは、誇り高きラコタ・ネイションのアイデンティティと同義なのである。
「同調圧力」があったとしても無かったとしても、個人の中の葛藤は遥かにディープにならざるを得ないのだ。
どちらの映画も、情報を何も知らずに観たら、おそらくオグララ・スー族の作家が地元で撮った作品と思うに違いない。
「ノマドランド」もそうだったが、クロエ・ジャオの最大の強みは、マイノリティ一人ひとりが持つ個人史への強い共感力
それはやはり、若くして故郷を離れ、遠い米国で映画の旅を続けている自身の経歴が影響しているのだろう。

しかし悲しいかな、世界中で絶賛されたジャオの映画は、故郷中国では冷遇されていると言う。
「Songs My Brothers Taught Me」を撮った時、「中国にいた十代の頃、周りには嘘が満ちていて、ここからずっと出られないだろうと思っていた」と、中国の体制批判とも取れる発言をしていたことが発掘されたためだ。
まあ実際に作ってる映画を観たら、どう考えても全体主義の中国共産党が喜ぶようなキャラクターじゃないのだけど、ジャオのようなノマドな作家がナショナリズムに翻弄されるのも皮肉な話だ。
彼女の次回作は、今までとはガラッと毛色の違ったディズニー/マーベルの大作「エターナルズ」で、脚本を兼務しない作品も初めて。
初の純粋娯楽映画は、ある意味で演出家としての真価が問われる作品になるだろう。
予定どおり、11月に公開されることを楽しみに待ちたい。
アルコールに苦しめられる人々を描いたこの二作品は、お酒と合わせるのはさすがに不謹慎なので、今回はナシ。

「ザ・ライダー」は現在アマゾンプライムの有料レンタルで、「Songs My Brothers Taught Me」は、英語版のみだが配信サービスのMUBIで鑑賞可能。
非常に寡黙な映画なので、高校生程度の英語力があれば十分に理解できるだろう。

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