2021年09月01日 (水) | 編集 |
ほんとうは、わかってあげる。
スクリーンから夏の海風が吹き抜ける。
沖田修一監督と言えば、近年では「モリのいる場所」など高齢者を主人公とした作品が多かったが、これは2013年の「横道世之介」以来となるピュアな青春映画だ。
原作は、田島列島の同名漫画。
上白石萌歌演じる高二の水泳少女・美波が、幼い頃に両親が離婚して以来、ずっと会っていなかった父親を訪ねることを、ふと思い立つ。
どうやら父親には、人の頭の中が見える特殊能力があり、新興宗教の教祖さまになったらしい。
彼女の冒険を後押しする、ちょっと気になる男の子・門司くんに細田佳央太。
怪しい教祖さまを豊川悦司、美波を見守る母親の由起を斉藤由貴が好演する。
黒沢清作品で知られる撮影監督の芹澤明子が、匂い立つ様な真夏の青春の情景を活写し、素晴らしい。
高校二年の朔田美波(上白石萌歌)は、アニオタで水泳部員。
夏休みを控えたある日、自分も推している「魔法佐官少女バッファローKOTEKO」のファンだという書道部の門司昭平(細田佳央太)と出会い、意気投合。
代々書道家の彼の家に遊びに行った時、とある宗教団体から依頼されたお札が目に入る。
それは幼い頃に両親が離婚して以来、音信不通だった父親が、美波の16歳の誕生日に贈ってきたものと同じだった。
美波は探偵をしている門司家のトランスジェンダーの姉、明大(千葉雄大)に父の捜索を依頼する。
するとしばらくして明大が現在の父の居所を探し当てる。
父の藁谷友充(豊川悦司)は、なんとお札の新興宗教「光りの匣」の教祖で、今はなぜか教団を休んで田舎の整体院に居候しているという。
美波は、水泳部の合宿に行くとアリバイを作り、父に会いに行くことにするのだが・・・
全編、沖田監督らしいチルなムードに満ちている。
冒頭、いきなりアニメーション映画が始まり、一瞬間違ったスクリーンに入った?と焦るが、テアトル新宿には1スクリーンしかないのだった。
主人公の美波がアニオタで、大ファンという設定の架空のアニメ番組「魔法佐官少女バッファローKOTEKO」を、菊池カツヤ監督以下ガチな陣容で制作し、説得力抜群。
今どきの深夜アニメ以上の映像クオリティに、オープニングとエンディング曲まで作ってるのだ。
しかもこの番組が生き別れ親子の再会という、本作の展開を示唆する内容。
沖田監督と言えば長回しだが、学園ものではお約束、屋上で出会った美波と門司くんが、KOTEKOの名台詞をモノマネしながら、階段を一気に降りてくるシーンで一気に二人の世界が出来上がる。
そしてKOTEKOが、美波と門司くんのみならず、ずっと会っていなかった友充との仲も取り持つんだな。
よく出来たアニメは、一級のコミュニケーションツールなのだ。
美波が遠い記憶の中にいる友充と会いたいと思った気持ちは、別に現状に問題があるからではない。
母の由紀は再婚し、古館寛治演じるアニオタの新しい父親とは趣味も共通で上手くやっているし、歳の離れた異父弟のことも可愛がっている。
ただ、ジクソーパズルのだだ一つのピースが欠けている様に、心のどこかに小さな穴が空いているのだ。
門司くんの家で偶然お札を見た時、彼女はその穴の正体に気付いたのだろう。
本当の父親ってどんな人なんだろう?なぜいなくなったのだろう?自分とは似ているのだろうか?
そして新興宗教の教祖という、普通でない経歴が明らかになると、今度はさらにその人物に対する興味が湧き上がってくる。
ただし、ここには“生き別れの親娘の再会”というシチュエーションから想像する様な、深刻さは全くない。
これは人間の喜怒哀楽全てを、飄々とした世界観にフワッと受け止める沖田監督の作家性であり、それは真剣になればなるほど笑ってしまうという、美波のキャラクター設定にも生きている。
水泳の大会に出場した彼女は、ずっと笑顔で泳いでいる。
普通ならライバルを打ち負かすために、必死の形相になるはずだが、彼女の“緊張”はどこまでも陽性なのである。
出場する種目が、水泳競技の中で唯一観客から表情が見える背泳ぎなのも、笑顔を見せるために計算されたものだろう。
また、演じる上白石萌歌にとっても、これは撮影当時19歳であった、彼女自身の青春の煌めきだ。
友充と再会した時の戸惑いと安堵、お互いの中に血の繋がった家族を感じ、意外と早く馴染んでゆく自然な感情の流れの表現。
そして門司くんとの同好の士の友情が、だんだんと恋に変わってゆき、「スキ」が爆発しそうで感情を抑えられない屋上のクライマックス。
このシーンの美波の真剣度マックスの泣き笑いは、本作の白眉だ。
ひと夏の青春のイニシエイションを通し、大人の階段を上がる等身大の少女をリアリティたっぷりに演じ、間違いなく上白石萌歌の代表作となった。
彼女や門司くんと絡む、大人たちのキャラクターもいい。
義理の父親として、適度な距離感と親近感を感じさせる古舘寛治に、子供を尊重しつつ優しく見守る斉藤由貴演じる母の由紀。
性アイデンティティゆえに、実家に暮らせない猫探し探偵の門司くんの姉。
そして彼女によって美波と引き合わせられる、怪しさ満点の超能力教祖さま友充。
彼もまた、”ギフト”を与えられたものゆえの葛藤を抱えている。
本作の中で繰り返し語られるのが、「教えられたことは教えられるけど、教えられてないことは教えられない」ということ。
例えば水泳や書道のように、代々受け継がれてきたものと違って、超能力の類は誰からも教えられてない。
だから教えることができず、証明することもできない。
能力が発揮できるうちは、教祖として崇められるが、力が衰えてしまえばもはや用済み。
特別であるがゆえに友充は孤独なのだが、教祖としてではなく、普通に娘として振る舞ってくれる美波に救われる。
本作は「子供はわかってあげない」というタイトルだけど、大人目線でも子供目線でも、ゆっくりとわかり合ってゆく話。
主人公の成長物語としても、家族の再生の物語としても、キュンな初恋物語としても、とてもよく出来てる。
スクリーンから匂い立つような夏の香りが心地よく、沖田監督らしいユーモアもツボに入り、138分の長尺も気にならない。
しかし最近のトヨエツは、そろそろ”怪優”と呼びたくなって来たな。
今回は、舞台となる伊豆の地酒、富士高砂酒造の「高砂 純米吟醸」をチョイス。
静岡産の酒造好適米「誉富士」を、静岡酵母と富士山の伏流水で仕込んだ逸品。
スッキリとしたやや辛口で、華やかな香り。
この季節は冷で、海のものと合わせたい。
教祖さまと門司くんと、楽しく飲んでみたくなる。

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この記事へのコメント
切れ味の鈍いトヨエツってキタロウと並んで違和感ない。
上白石萌歌は子供子供してる印象のまま、とっても子供だった。これがお姉さんの上白石萌音がキャスティングされたら全然違う映画になるだろうって分かるのも何だか面白い。
上白石萌歌は子供子供してる印象のまま、とっても子供だった。これがお姉さんの上白石萌音がキャスティングされたら全然違う映画になるだろうって分かるのも何だか面白い。
2021/09/13(月) 00:57:17 | URL | fjk78dead #-[ 編集]
>ふじきさん
最近のトヨエツはこの映画みたいなキャラクターもできるし、「ラストレター」みたいな怪人も演じられる。
とても深みのある俳優になって来たと思います。
上白石姉妹の個性の違いも面白いところ。
最近のトヨエツはこの映画みたいなキャラクターもできるし、「ラストレター」みたいな怪人も演じられる。
とても深みのある俳優になって来たと思います。
上白石姉妹の個性の違いも面白いところ。
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2021/09/03(金) 07:50:30 | 象のロケット
◆『子供はわかってあげない』テアトル新宿
▲淡々と進む変な出来事の映画。
五つ星評価で【★★★入り込めなかったあ】
なのが残念。
登場人物全員が善人で、ちょっと面白いエピなどもあって眠気は一切発生しなかったのだけど、毛ほども感情を揺さぶられなかったのは、上白石萌歌に同調できなかったのかもしれない。まあ、年が40くらい違って性別も違うのだから同調できないのはしょうがないが、それはこういうテ...
2021/09/13(月) 00:58:11 | ふじき78の死屍累々映画日記・第二章
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