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マイスモールランド・・・・・評価額1700円
2022年05月11日 (水) | 編集 |
あったはずの“日常”は、幻だった。

日本映画から、こんな作品が出てくる日が来るとは。
幼い頃から日本で育ったクルド人難民の少女が、突然在留資格を失ったことから、自らのアイデンティティと居場所の問題に葛藤する姿を描く、ハードな青春ドラマ。
是枝裕和の「三度目の殺人」で監督助手、西川美和の「すばらしき世界」ではメイキングを担当した、日本とイギリスのミックスルーツを持つ川和田恵真が監督と脚本を手掛け、鮮やかな長編劇映画デビューを飾った。
イラン、イラクやドイツなど5カ国の血を引く嵐莉菜が、演技未経験とは思えない強い存在感を発揮し、主人公のサーリャを好演。
「MOTHER マザー」の奥平大兼が、サーリャがほのかな恋心を抱く同世代の高校生、聡太を演じる。
日本に中東やアフリカのような難民キャンプは無く、この国にやって来た数少ない難民たちは、私たちと同じ街で平凡に暮らしている。
ウクライナの戦争で、改めて難民の存在がクローズアップされる中、遠いようで実は近い彼らの存在を、リアリティたっぷりに描いた秀作である。
※核心部分に触れています。

埼玉県川口市に暮らす17歳のチョーラク・サーリャ(嵐莉菜)は、クルド人難民だ。
故郷を追われた両親と共に、5歳の時に日本に逃れた。
母は日本で亡くなり、今は父のマズルム(アラシ・カーフィザデー)と妹のアーリン(リリ・カーフィザデー)と弟のロビン(リオン・カーフィザデー)との四人家族。
妹と弟は日本語しか話せないため、仲間のクルド人のための通訳などは、全てサーリャの仕事。
教師になることを夢見る彼女は、進学資金を貯めるためバイトしているコンビニで、同学年の聡太(奥平大兼)と出会い、ほのかな恋心を抱く。
だが、一家の難民申請が却下され、在留資格を失ってしまう。
突然“仮放免”という身分になった一家は、働くことが出来ず、県境を越えることも禁止されるが、生活するにはお金が必要で、やむなく働き続けたマズルムは入管に収容されてしまう。
サーリャもコンビニのバイトを解雇され、一家はたちまち困窮する。
そんなある日、裁判の準備を進めて来たマズルムが、自分は諦めて帰国するから、子供たちは日本に留まれと言い出すのだが・・・


日本には、約2000人のクルド人がいるという。
もちろんその全員が難民としてやって来たわけではないだろうが、人口が4000万人を超え、国を持たない世界最大の民族と呼ばれるクルド人は、トルコ、イラン、イラク、シリアの国境地帯を中心とした”クルディスタン”に住み、一部はそれぞれの政府と敵対し、抑圧されている。
「クルドの自由のために声を揚げただけ」で父のマズルムが投獄されたというチョーラク家も、この地域のどこからやって来たはずだが、映画はあまり細かな設定を盛り込み、一家にさらなる属性を与えることを慎重に避けている。
一応トルコ語を話しているものの、彼らの故郷は明示されないほか、神様には祈っているが、何教の神なのかは説明されない。
一言でクルド人と言っても、クルディスタンにルーツを持ち、クルド語を話すイラン系の山岳民族という以外は千差万別。
信仰する宗教もイスラム教、キリスト教、ゾロアスター教、ヤズディ教など色々ある。
まあチャーシュー入りのラーメンを食べてたから、イスラム教徒ではないのだろうけど。
細分化されたエスニックグループではなく、サーリャたちは日本にいるクルド人、いやこの国に暮らす難民の誰でもあり得るという意図だろう。

劇中で話される三つの言語も、明確に話者を分けている。
5歳で来日したサーリャはバイリンガルで、マズルムとトルコ語で会話する。
故郷の記憶がないアイリーンと日本生まれのロビンは、基本理解できるのは日本語のみ。
民族の言語であるクルド語は、マズルムしか話せない。
彼らの仲間のクルド人もトルコ系が多いらしく、サーリャが翻訳を手伝っている。
言語は民族を維持する重要な要素で、固有の言語を失った民族はそのほとんどが消滅している。
マズルムはサーリャに対して、ことあるごとに「お前はクルド人なんだ」とクルド人らしい振る舞いを求めるが、サーリャにはそこまで強い帰属意識はない模様。
アイリーンに至っては、完全に日本の今時の中学生で、クルドの文化そのものに興味がない。
これは難民に限らず、異国へと移住した家族あるある。
故郷での生活をわずかでも知るお兄ちゃんお姉ちゃんほど、年長者としての責任感もあって元の国や民族に帰属意識が強く、年少者ほど現地に溶け込んで、帰属意識を失ってゆく。

一方で、サーリャは難民という存在に対する、日本社会の無理解も感じ取っているようで、学校の友人たちには自分はドイツ出身だと嘘をついている。
そもそも、ほとんどの人はクルディスタンがどこにあるのかも知らないし、様々な理由で国を出ざるをえない難民に対する理解もまた然り。
どこかの自称漫画家みたいに、難民が全部経済難民だと思い込んでる人も少なくない。
コンビニの年配女性客が、善意ながらかなり失礼な言葉を口にするシーンに象徴されるように、サーリャは普段から日本のごく普通の高校生である自分と、異邦人としての自分の間で葛藤しているのである。

しかし、そんな心の中の静かなざわめきは、難民申請の却下という、実生活を揺るがす大きな嵐が起こったことでかき消される。
日本は世界的にも難民の受け入れ数が極端に少なく、難民と認められるのも狭き門。
一家は突然在留資格を失い、仮放免という特殊な身分となってしまう。
仮放免になると、働くことが出来ず、県境を跨ぐことすら禁止される。
とりあえず日本にいてもいいけど、金は稼ぐな、社会に参加するなということだが、仙人じゃあるまいし、働かずに暮らせるわけもなく、日本の入管難民制度がいかに無茶苦茶かよく分かる。
要するに「自分から出て行け」ということなんだろうけど。
サーリャは受験生だが、ピザが無いので進学の道も閉ざされる。
日本人と同じように学校に通い、友達と遊び、将来に夢を持つ。
そんな当たり前の日常は、幻のように消えてしまう。
恋心を抱いている聡太と大阪の大学を見学に行く計画も、もはや叶わない。
弁護士は裁判に訴えることを勧めてくるが、裁判をしている間も生活するには金がいる。
家族を支えるために、マズルムは仕事を辞めることができずに、結局不法滞在者として入管施設に収容されてしまう。

劇中でも言及されているが、一度収容されると、出ることは極めて難しくなる。
個人が心身の自由を奪われるのだから、普通の刑事事件なら当然裁判所の令状が必要になるが、なぜか入管の収容では不要とされているのだ。
外に出るために再び仮放免を申請しても、許可する許可しないの裁量権も入管にあるため、よほどの事情がない限り認められず、数ヶ月も、時には何年も収容されたまま。
事実上、入管施設という名前の刑務所であり、強制収容所である。
裁判に訴えて勝つか、諦めて日本を去らない限り、未来の見えない状況は、収容者に多大な肉体的、精神的なストレスを与える。
名古屋入管でスリランカ人女性が死亡した事件は記憶に新しく、過去にも自殺者や、ハンストの末の餓死者も出ている。
現在の日本の入管難民制度には、法の支配が及ばない欠陥があることを、日本人は知っておくべきだろう。
私も親の仕事の関係で、ちょっと入管と関わったことがあり、彼らがいかに歪で不誠実な組織かはよく知っている。

異国の地で、唯一の保護者だったマズルムは収容され、仮放免扱いの子供たちだけが日本社会に残される。
17歳で突然一家の大黒柱となったサーリャも、コンビニを解雇され収入は途絶える。
同級生にアドバイスされ、やむなくパパ活の真似事をしてみても、生真面目なお姉さん気質の彼女では上手くいはずもない。
夏にエアコンを付けられないほど困窮し、サーリャはどんどん追い詰められてゆく。
生活力のない子供たちだけが、ある種のインビジブルピープルとして置き去りにされる展開は、是枝裕和の傑作「誰も知らない」を思わせるが、川和田恵真監督は是枝門下生。
誰にも頼れない、どこにも居場所の無いサーリャの心理を、繊細に描写してゆく。

川和田監督は当初、主人公の一家に実際のクルド難民をキャスティングすることを考えていたと言う。
だが、日本で不安定な立場にある彼らを役者として雇うと、さらなる不利益をもたらさないとも限らないために断念。
最終的に選ばれた嵐莉菜は、非常に目力の強い女性で、演技経験が無いとは信じられないくらいのハマりっぷりで素晴らしい。
チョーラク家の面々を演じるのも、嵐莉菜の実の家族
彼女の本名はリナ・カーフィザデーだが、芸名の嵐はマズルム役で出演のお父さん、アラシ・カーフィザデーのファーストネームからもらったらしい。
なんかカッコいいぞ。
このキャスティングはもともと決まっていたのではなく、オーディションをして実際に演技を合わせてみてから決定されたというが、半ドキュメンタリー的な手法も、是枝監督の影響を感じさせる。

物語の中で、映像と台詞で印象的に描写されるのが、オリーブの木だ。
故郷にいた時、チョーラク家は子供の誕生日ごと、にオリーブを植樹していたのだという。
その数は5で途切れ、今日本で彼らが暮らすアパートのベランダには、小さなオリーブの鉢植えが一つ。
旧約聖書の創世記では、神が起こした大洪水の後、ノアの方舟を飛び立った鳩が、オリーブの小枝を咥えてきて、陸地へと導いた。
ノアの一家は、いわば人類最初の気候難民である。
聖書のオリーブは、方舟の人々に幸せをもたらした希望の象徴だが、本作のベランダのオリーブはいかにも窮屈だ。

物語の終盤、裁判の準備を進めてきたマズルムは、突然故郷へ帰ると言い出す。
自分は諦めるから、子供たちは日本で裁判を起こして感張ればいいと。
当然サーリャは戸惑うが、これはマズルムにとっては苦渋の決断。
言葉のわかるサーリャはともかく、下の二人の中身は完全に日本人で、危険が伴う故郷へは連れて帰れない。
実際親が難民申請を取り下げて帰国し、子供が日本滞在を認められたケースがあり、マズルムは自分を犠牲にしてサーリャに全てを託したのである。
いわば子供の将来を人質にして、親に帰国を迫るようなものだが、残念ながらこれも日本の現実なのだ。
もちろん、本作だけで入管難民制度の問題点を全ては描けないが、コンパクトに分かりやすくまとめられていて、この問題に興味を持つ人はぜひ観るべき。
異文化の中でのアイデンティティの葛藤を描くドラマとしても、友情と恋の間で揺れ動く青春映画としても、とてもよく出来ている。
入管施設での別れ際に、マズルムは娘にこんな言葉を送る。
「あなたたちの道が開きますように・・・」
この言葉を噛み締めた、ラストカットのサーリャは、生き方に迷った無力な少女ではない。
人生を切り開く決意を固めた、闘う人の顔になっている。
川和田監督にとっても、演じた嵐莉菜にとっても、パワフルなデビュー作にして、強い説得力を持った秀作である。

今回は、おそらく主人公の故郷であろう、トルコの代表的リキュール「ラク」をチョイス。
干しぶどうやワインを原料に、アニスで香り付けされるが、強い香りが日本人には好みが分かれるところ。
そのままだと無色透明だが、水と混ぜると乳白色となることから、トルコでは“Aslan Sutu”(獅子の乳)”とも呼ばれる。
水割りにして、さらに冷水のグラスを別に用意し、交互に口に含んで口の中でさらに割るのが特徴的な飲み方。
キンキンに冷やしてソーダで割っても美味しい。
ギリシャのウーゾやアラブ圏のアラックとは、ほぼ同じ作り方の兄弟酒だ。

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コメント
この記事へのコメント
目力見事でした
ノラネコさん☆
嵐莉菜ちゃんの目力見事でしたね~
インタビューでは今どきの普通のニコニコした女の子だったのに、同一人物とは思えないくらいガラリと印象を変えていてビックリしました。
ウクライナ難民の人が入ってきている今こそ、クルド難民の問題にも向き合って、本来人としての生きる権利について改めて考えていくべきだと感じました。
2022/05/13(金) 15:09:50 | URL | ノルウェーまだ~む #gVQMq6Z2[ 編集]
こんばんは
>ノルウェーまだ~むさん
モデルさんだそうですが、全然知らなかったので、上手すぎて驚きました。
日本の昨年度の難民認定数は70人ほどだそうで、やはりあまりにも消極的すぎますよね。
少なくとも日本に生活の基盤があり、日本に留まることを希望する人、特に子供たちには何らかの特例を設けてもらいたいと思います。
2022/05/14(土) 16:18:13 | URL | ノラネコ #xHucOE.I[ 編集]
素晴らしかった。
いやはや、素晴らしかった。日本映画でまさかこんな作品が観れるとは。胸に刺さる映画でした。。。。アメリカ映画で移民関係の話のは、幾つも見ていたのですが、日本語で、日本の社会の中でのものを見せられると、胸に迫るものが圧倒的に違う。いやはや素晴らしい映画でした。嵐莉菜さんの演技力には脱帽。前編すごいんですが、ラストシーンは本当に素晴らしかった。
2023/05/05(金) 00:46:09 | URL | ペトロニウス #-[ 編集]
こんばんは
>ペトロニウス さん
題材が日本映画離れしてますよね。
こんな作品が突然出てくるとは驚きましたが、徹底的な作り込みも見事。
物語の続きを想像させるラストも素晴らしいものです。
日本の入管難民制度は、やはり大きな問題がると思います。
2023/05/08(月) 21:57:21 | URL | ノラネコ #xHucOE.I[ 編集]
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