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ある男・・・・・評価額1700円
2022年11月24日 (木) | 編集 |
「人間」の本質はどこに宿るのか。

人類で最初に永遠の生を得た女性の人生を描く、ケン・リュウの傑作短編小説「円弧(アーク)」の舞台を日本に移し、「Arc アーク」として見事に映像化した石川慶、今回挑むのは芥川賞作家の平野啓一郎の「ある男」だ。
ある平凡な女性の夫が、突然の事故で帰らぬ人となる。
しかし後日、彼の名前も語っていた経歴も、全てが嘘だったことが判明。
名無しの「Xさん」は本当は誰なのか、妻の依頼を受けた弁護士が調査することになる。
やがて浮かび上がってくるのは、男の辿った壮絶な人生だ。
「マイ・バック・ページ」の向井康介が担当した脚本は、かなりトリッキーで先が読めない。
実質的な主人公となる弁護士の城戸章良を妻夫木聡、依頼者となる谷口里枝を安藤サクラ、事故死する「Xさん」に窪田正孝、キーパーソンとなる受刑者・小見浦を柄本明が演じる。
石川慶は前作に引き続いて、不可思議な人間の本質を巡る秀作を作り上げた。
※核心部分に触れています。

弁護士の城戸章良(妻夫木聡)は、かつて離婚調停を担当した谷口里枝(安藤サクラ)から奇妙な以来を受ける。
離婚後の里枝は、息子の悠人(坂元愛登)と故郷の宮崎に帰り、実家の文房具店を手伝っていたのだが、ふらりと街に現れた謎めいた男、谷口大祐(窪田正孝)と恋仲となり再婚。
新たに娘も生まれて幸せな生活を送っていたものの、大祐は不慮の事故で亡くなってしまう。
ところが、疎遠だった大祐の兄の恭一(眞島秀和)が一周忌に訪ねて来て、遺影を見るなり「これは大祐じゃないです」と断言。
では3年9ヶ月の間、「谷口大祐」として里枝の傍にいた男は何者なのか。
夫が犯罪に関わっていた可能性も考え、里枝は信頼している城戸に調査を依頼。
本物の谷口大祐の故郷、伊香保温泉を訪れた城戸は、恭一や元恋人の後藤美鈴(清野菜名)に聞き込みをし、宮崎に現れる前の大祐が、大阪にいたことを突き止める。
その頃の大阪では、戸籍を違法に売り買いする事件が起きており、城戸はこの事件のブローカーとして有罪判決を受け、収監されている小見浦(柄本明)という男が、事情を知っているのではと考え、接見するのだが・・・・


冒頭、ルネ・マグリットの絵画「複製禁止」が映し出される。
男の後ろ姿の向こうに鏡があるのだが、そこに映っているのは男の顔ではなく、また後ろ姿という奇妙な絵だ。
まあ、マグリットの絵は全部奇妙なのだが、これが本作のテーマを暗示している。
序盤は宮崎を舞台に、里枝と谷口大祐と名乗る男の馴れ初めが描かれる。
二番目の子供を幼くして亡くしたことが原因となり、夫と離婚し悲しみに暮れる里枝と、彼女の心を徐々に癒してゆく謎めいた青年。
正直「ええ、ここから始めるの?」と戸惑った。
映画は丁寧に二人が恋に落ちるまでを描き、幸せな生活を築いたところで夫が事故死。
はじまって30分が経過した頃、夫の素性が出鱈目だったことが分かり、ようやく本作の主人公となる城戸弁護士が登場する。
物語がどこへ向かうのか、誰が主人公なのか、あえて背景を長めに描いて混乱させる上手い導入だ。

よく知っているはずの人が別人だった、という物語自体は別段珍しくない。
実際本作の予告編を観た時は、2018年に公開された「嘘を愛する女」を連想して、似たような話なのかと思った。
本作が独特なのは、別人になった「動機」だ。
人間関係や経済的理由、はたまた犯罪を犯したり、さまざまな理由で他人として生きている人、生きざるを得ない人は実際に数多くいるだろう。
行動に移さなかったとしても、過去を捨てて新しい人生をスタートしたいという、変身願望のようなものを持っている人も多いと思う。
しかし、本作の動機は「他人になりたい」というよりも、「自分でいたくない」というものなのだ。

これはアイデンティティの揺らぎを抱えた人々の物語で、亡くなった「Xさん」だけでなく、妻の里枝と子供たちも突然「谷口」という姓を失う。
弁護士の城戸は在日三世で、帰化した今の自分にどこか居心地の悪さを感じている。
自分は何者かのか?という問題は、人間の本質が「わたし」のどこに宿っているのか、という答えを見つけることでもある。
劇中で息子の悠人が里枝に「また名前が変わるの?」と聞く描写がある。
中学生の悠人はたった十年ちょっとの人生で、離婚した元夫の姓、里枝の旧姓、谷口姓と3回も苗字が変わり、今また谷口姓を失おうとしているのだ。
また城戸が見ているTVでは、ヘイトスピーチを繰り返す団体のデモの様子が放送され、義父も在日外国人に対する偏見を平然と口にしておきながら、城戸は日本に帰化しているから違うと、とって付けたように言い添える。
里枝たちは名前を失ったことで、城戸は血脈によってアイデンティティに揺らぎを覚える。

これらは、他人から自分がどう認識されているのか、という対外的な葛藤だが、はたして「Xさん」はどんな葛藤を抱え、本当の自分を捨てたのか。
「Xさん」の素性を探す旅は、ミステリアスで興味深い展開を見せ、やがて城戸による綿密な調査によって、彼はかつて凄惨な殺人事件を起こした死刑囚の息子「原誠」だったことが明らかになる。
父親の起こした殺人によって、誠はまず家族という帰るべき場所を失い、自分の中に流れる罪人の血を呪う。
彼が一番恐れているのは、自分の顔だ。
事件が起こった当時は、誠はまだ小学生だが、成長するに従って自分の顔が一番忘れたい父親そっくりになってゆくのだ。
劇中で何度か、誠が鏡やガラスに映った自分の顔を見て、強い拒否反応を示す描写がある。
過去を捨てようと足掻けば足掻くほど、過去は「顔」という絶対捨てられない究極のアイデンティティとなって彼を苦しめる。
彼は「顔」以外の自分自身をとことん拒絶し、自分でない何者かにならなければ生きていけないほど追い詰められてしまうのだ。

この作品の世界では、アイデンティティの揺らぎによって、人々が閉塞し思索を繰り返している。
撮影の近藤龍人による画作りは相変わらず端正で、日常でありながら、実に映画的な情景を構築しているが、特徴的なのが日本映画では珍しい1:1.66のヨーロピアンビスタのアスペクト比だ。
ちょっとだけ窮屈なそのフレームもまた、登場人物の閉塞を意味するのだろうが、いっそのこと「リバーズ・エッジ」のようにスタンダードの方が分かりやすかった気がする。
そこまですると、やりすぎだと思ったのかも知れないけど。

本作はまた登場人物だけでなく、観客にも思索することを要求する。
親しいと思っている人のことを、私たちは本当に知っているのか。
いや、そもそも自分のことすら、本当は知らないのではないか。
はっきりしているはずの人間の輪郭が、物語の進行と共に崩れ、曖昧な影となってゆく。
私たちは名前、戸籍、民族、さまざまな基準によってアイデンティティを定義されていると思い込んでいるが、知っていたはずの人物像が消え去った後には、一体何が残るのか。
重層的なストーリー構造から導き出される、原誠にとっての人生最後の3年9ヶ月の意味が切なく愛おしい。
彼の正体が分かった後がちょっと冗長では?と思っていたのだが、エピローグのエピソードにゾクゾク。
冒頭の「複製禁止」も、まさかこう使ってくるとは思わなかった。
食えない映画である。

今回は物語の発端となる宮崎の地酒、千徳酒造の「千徳 銀雫」をチョイス。
宮崎県は焼酎文化圏だが、注目すべき日本酒の酒蔵もそれなりの数が存在する。
こちらは、高千穂町産の山田錦を使用した一本。
日本酒度は-3.5と、南国の日本酒らしく甘口で、旨味の強いすっきりした味。
個人的には冷やがおすすめだが、ぬる燗でも美味しくいただける。

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弁護士の城戸は、亡き夫の身元調査という奇妙な依頼を受ける。 依頼者・里枝は離婚後に帰郷し「大祐」と出会い再婚。 連れ子と新たに生まれた子と4人で幸せな家庭を築くが、「大祐」は不慮の事故で命を落とした。 ところが、疎遠になっていた大祐の兄・恭一が法要に訪れ、遺影が「大祐じゃない」と告げたという…。 ミステリー。 ≪愛したはずの夫は、まったくの別人でしたー≫
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