2023年01月15日 (日) | 編集 |
音楽が映画を支配する。
あまたの名曲を世に送り出し、2020年7月に亡くなった映画音楽の伝説的な”マエストロ” エンニオ・モリコーネの人生を、「ニュー・シネマ・パラダイス」のジュセッペ・トルナトーレ監督がまとめ上げたドキュメンタリー。
デビュー作を除く全ての作品でモリコーネと組んだ、愛弟子からの素晴らしいラブレターだ。
イタリアはローマに、モリコーネが生まれたのは1928年。
この世代の映画音楽の作曲家としては、本作にも登場するジョン・ウィリアムズと双璧だろう。
しかしボストン・ポップス・オーケストラの元常任指揮者でもあり、ルーカス、スピルバーグらのブロックバスター作品で、オーケストラをベースとした正統派映画音楽を提供してきたウィリアムズの仕事に比べると、モリコーネの作品は相当にトリッキーだ。
最初の一音でモリコーネと分かる強烈な個性、他の誰にも似ていない独特の音楽はなぜ生まれたのか?
映画は、モリコーネの幼少期から晩年までの人生を時系列に沿って追いながら、彼の音楽の秘密を紐解いてゆく。
モリコーネの父親はプロのトランペット奏者で、息子にも同じ職についてほしいと思っていたようだ。
実際、若い頃はトランペット奏者としても活動したこともあり、腕前はかなりのもの。
だが息子は演奏職人としての仕事に飽き足らず、サンタ・チェチーリア音楽院で作曲家のゴッフレード・ペトラッシに師事し、曲作りの全てを学ぶ。
もしモリコーネが父親の言い付け通り、素直にトランペット奏者になっていたら、映画史は確実に変わっていただろう。
やがてRCAに所属し、ラジオやテレビの歌謡曲の編曲者として頭角を表す。
彼の編曲は特徴的で、イントロの段階でインパクトのある音を仕込む。
ここを聞いただけで、リスナーは「あっ、あの曲だ」と分かるという訳だ。
やがて映画音楽の世界へと足を踏み入れると、運命的な出会いが待っている。
実は小学校の同級生だったというセルジオ・レオーネとの再会は、モリコーネにイタリアを代表する人気作曲家としての未来を開く。
ここまでの彼のキャリアから、対位法、実験性、即興性といった彼の独特の音楽性のキーワードが見えてくる。
複数の旋律を組み合わせる対位法の重要性は、例えばブライアン・デ・パルマと組んだ「アンタッチャブル」の、伝説的なシカゴ駅のシークエンスなどで遺憾無く発揮されている。
また既存の枠組みに拘らない現代音楽の実験性と、元々演奏家であったことからくる即興性は、足し算ではなく掛け算の効果を生み出しているのが分かる。
ギターや口笛を使った「夕陽のガンマン」や、さまざまな効果音がそのまま音楽である「ウエスタン」の冒頭シークエンスなどのアプローチを見ると、モリコーネは出来上がった映像に音をつけるだけの単なる劇伴作者ではなく、音と映像を融合する重要な“演出”を行っているのだ。
実際に、映画が撮影されるずっと以前から音楽が先行する場合もあったというから、映画音楽の作曲家としてはかなりユニークな存在だったのは確かだろう。
そして、映画史を彩った数々の名曲の誕生秘話。
黛敏郎が音楽を担当し、アカデミー賞にノミネートされたことで知られているジョン・ヒューストン監督の「天地創造」は、最初モリコーネにオファーが来てテスト版を作ったものの、RCAと専属契約していたために参加出来なかった話や、キューブリックからの「時計仕掛けのオレンジ」へのオファーに、セルジオ・レオーネがちょっとした意地悪をした結果、受けられなかったことなど、全く知らなかった。
モリコーネほどのキャリアがあっても、キューブリックとの仕事を逃したのは悔しいのだなあ。
そして、彼の代表曲と言ってもいい「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」の「デボラのテーマ」が、本当はゼフィレッリの「エンドレス・ラブ」のために書かれた曲だったというのは驚いた。
ゼフィレッリが既存の曲を使おうとしたために降りたらしいのだが、結果的に曲がより相応しい作品と出会ったというべきか。
「デボラのテーマ」に心酔したレオーネが、撮影現場で曲を流しながら撮影している映像も初めて見るものだった。
サントラ付きの撮影なんて前代未聞なれど、確かにその場にいた全てのスタッフ、キャストは一発で完成時のムードを把握できるだろう。
ここまで来ると、音楽が映画全体の基軸になっていると言ってもいい特殊なケースだが、アカデミックな音楽教育を受けているのに、自らは俗なものとされている映画音楽で名声を得ているというコンプレックスが、この作品によって解消されたというのも面白い。
確かに「デボラのテーマ」は、誰もが認めざるを得ないほど、深みを持った楽曲であることは間違いないだろう。
こういったモリコーネ自らの口から語られる逸話の数々は、まるで映画史の裏側を覗き見るようで、ワクワクが止まらない。
本作を観ると、劇中で引用される作品をまた鑑賞したくなる。
「荒野の用心棒」「夕陽のガンマン」「ウエスタン」「1900年」「天国の日々」「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」「ミッション」「アンタッチャブル」「ニュー・シネマ・パラダイス」etc.
ハリウッド大作からB級プログラムピクチュア、はては日本の大河ドラマまで、レオーネの残した仕事は膨大で、本作に出てくるのはそのほんの一部。
なにせ手がけた作品は500本以上にもなるそうだから、未鑑賞の作品も多いのだが、引用される断片だけで、映像と音楽がブワーっと脳裏に蘇ってくるのだ。
レオーネ亡き後、生涯の盟友となったジュセッペ・トルナトーレは、モリコーネを多面的に観察し、複雑な人物像にアプローチしながらも、愛に溢れた人生のクロニクルとして仕上げた。
共にペトラッシの元で学んだ同門であり、60年半ばから10年間にわたってレオーネの楽曲のオーケストラの指揮と共同編曲を担当し、その後袂を分かったブルーノ・ニコライに一切触れていないなど、若干の物足りなさもあるものの、157分はあっという間に過ぎてゆく。
まあニコライに関しては、大のマスコミ嫌いでほとんど資料が残されていないのだろうけど、やはり二人の間には何らかの確執があったのかも知れない。
何はともあれ、映画ファンには必見の作品である。
たくさんの名曲と忘れえぬ思い出をありがとう、マエストロ。
今回は、モリコーネの音楽のようなフルボディのイタリアワイン、「ドン ルイジ リセルヴァ」の2016年をチョイス。
モリーゼ州の名門、ディ・マーヨ・ノランテがモンテプルチャーノで作られるこちらは、タンニンの渋味とフルーティーな甘味が好バランス。
なめらかな喉越しで、複雑なアロマがエレガントな後味を醸し出す。
最近、検疫の関係で輸入が停止されているのが残念だが、イタリア産のハムやサラミと合わせると絶品だ。
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あまたの名曲を世に送り出し、2020年7月に亡くなった映画音楽の伝説的な”マエストロ” エンニオ・モリコーネの人生を、「ニュー・シネマ・パラダイス」のジュセッペ・トルナトーレ監督がまとめ上げたドキュメンタリー。
デビュー作を除く全ての作品でモリコーネと組んだ、愛弟子からの素晴らしいラブレターだ。
イタリアはローマに、モリコーネが生まれたのは1928年。
この世代の映画音楽の作曲家としては、本作にも登場するジョン・ウィリアムズと双璧だろう。
しかしボストン・ポップス・オーケストラの元常任指揮者でもあり、ルーカス、スピルバーグらのブロックバスター作品で、オーケストラをベースとした正統派映画音楽を提供してきたウィリアムズの仕事に比べると、モリコーネの作品は相当にトリッキーだ。
最初の一音でモリコーネと分かる強烈な個性、他の誰にも似ていない独特の音楽はなぜ生まれたのか?
映画は、モリコーネの幼少期から晩年までの人生を時系列に沿って追いながら、彼の音楽の秘密を紐解いてゆく。
モリコーネの父親はプロのトランペット奏者で、息子にも同じ職についてほしいと思っていたようだ。
実際、若い頃はトランペット奏者としても活動したこともあり、腕前はかなりのもの。
だが息子は演奏職人としての仕事に飽き足らず、サンタ・チェチーリア音楽院で作曲家のゴッフレード・ペトラッシに師事し、曲作りの全てを学ぶ。
もしモリコーネが父親の言い付け通り、素直にトランペット奏者になっていたら、映画史は確実に変わっていただろう。
やがてRCAに所属し、ラジオやテレビの歌謡曲の編曲者として頭角を表す。
彼の編曲は特徴的で、イントロの段階でインパクトのある音を仕込む。
ここを聞いただけで、リスナーは「あっ、あの曲だ」と分かるという訳だ。
やがて映画音楽の世界へと足を踏み入れると、運命的な出会いが待っている。
実は小学校の同級生だったというセルジオ・レオーネとの再会は、モリコーネにイタリアを代表する人気作曲家としての未来を開く。
ここまでの彼のキャリアから、対位法、実験性、即興性といった彼の独特の音楽性のキーワードが見えてくる。
複数の旋律を組み合わせる対位法の重要性は、例えばブライアン・デ・パルマと組んだ「アンタッチャブル」の、伝説的なシカゴ駅のシークエンスなどで遺憾無く発揮されている。
また既存の枠組みに拘らない現代音楽の実験性と、元々演奏家であったことからくる即興性は、足し算ではなく掛け算の効果を生み出しているのが分かる。
ギターや口笛を使った「夕陽のガンマン」や、さまざまな効果音がそのまま音楽である「ウエスタン」の冒頭シークエンスなどのアプローチを見ると、モリコーネは出来上がった映像に音をつけるだけの単なる劇伴作者ではなく、音と映像を融合する重要な“演出”を行っているのだ。
実際に、映画が撮影されるずっと以前から音楽が先行する場合もあったというから、映画音楽の作曲家としてはかなりユニークな存在だったのは確かだろう。
そして、映画史を彩った数々の名曲の誕生秘話。
黛敏郎が音楽を担当し、アカデミー賞にノミネートされたことで知られているジョン・ヒューストン監督の「天地創造」は、最初モリコーネにオファーが来てテスト版を作ったものの、RCAと専属契約していたために参加出来なかった話や、キューブリックからの「時計仕掛けのオレンジ」へのオファーに、セルジオ・レオーネがちょっとした意地悪をした結果、受けられなかったことなど、全く知らなかった。
モリコーネほどのキャリアがあっても、キューブリックとの仕事を逃したのは悔しいのだなあ。
そして、彼の代表曲と言ってもいい「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」の「デボラのテーマ」が、本当はゼフィレッリの「エンドレス・ラブ」のために書かれた曲だったというのは驚いた。
ゼフィレッリが既存の曲を使おうとしたために降りたらしいのだが、結果的に曲がより相応しい作品と出会ったというべきか。
「デボラのテーマ」に心酔したレオーネが、撮影現場で曲を流しながら撮影している映像も初めて見るものだった。
サントラ付きの撮影なんて前代未聞なれど、確かにその場にいた全てのスタッフ、キャストは一発で完成時のムードを把握できるだろう。
ここまで来ると、音楽が映画全体の基軸になっていると言ってもいい特殊なケースだが、アカデミックな音楽教育を受けているのに、自らは俗なものとされている映画音楽で名声を得ているというコンプレックスが、この作品によって解消されたというのも面白い。
確かに「デボラのテーマ」は、誰もが認めざるを得ないほど、深みを持った楽曲であることは間違いないだろう。
こういったモリコーネ自らの口から語られる逸話の数々は、まるで映画史の裏側を覗き見るようで、ワクワクが止まらない。
本作を観ると、劇中で引用される作品をまた鑑賞したくなる。
「荒野の用心棒」「夕陽のガンマン」「ウエスタン」「1900年」「天国の日々」「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」「ミッション」「アンタッチャブル」「ニュー・シネマ・パラダイス」etc.
ハリウッド大作からB級プログラムピクチュア、はては日本の大河ドラマまで、レオーネの残した仕事は膨大で、本作に出てくるのはそのほんの一部。
なにせ手がけた作品は500本以上にもなるそうだから、未鑑賞の作品も多いのだが、引用される断片だけで、映像と音楽がブワーっと脳裏に蘇ってくるのだ。
レオーネ亡き後、生涯の盟友となったジュセッペ・トルナトーレは、モリコーネを多面的に観察し、複雑な人物像にアプローチしながらも、愛に溢れた人生のクロニクルとして仕上げた。
共にペトラッシの元で学んだ同門であり、60年半ばから10年間にわたってレオーネの楽曲のオーケストラの指揮と共同編曲を担当し、その後袂を分かったブルーノ・ニコライに一切触れていないなど、若干の物足りなさもあるものの、157分はあっという間に過ぎてゆく。
まあニコライに関しては、大のマスコミ嫌いでほとんど資料が残されていないのだろうけど、やはり二人の間には何らかの確執があったのかも知れない。
何はともあれ、映画ファンには必見の作品である。
たくさんの名曲と忘れえぬ思い出をありがとう、マエストロ。
今回は、モリコーネの音楽のようなフルボディのイタリアワイン、「ドン ルイジ リセルヴァ」の2016年をチョイス。
モリーゼ州の名門、ディ・マーヨ・ノランテがモンテプルチャーノで作られるこちらは、タンニンの渋味とフルーティーな甘味が好バランス。
なめらかな喉越しで、複雑なアロマがエレガントな後味を醸し出す。
最近、検疫の関係で輸入が停止されているのが残念だが、イタリア産のハムやサラミと合わせると絶品だ。

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この記事へのコメント
とても知的な記事ですね。
この映画、わたくしも先ごろ見に行ったんですけど、中盤からぼろぼろ涙が止まらなくなりました。あの頃見た映画の音楽が懐かしくて泣けました。
ジョン・ケージに影響された前衛音楽としてのモリコーネを理解するのにとてもいい映画だったと思います。
https://twitter.com/chokobo88428241/status/1614597803585703936?s=20&t=V7azcc4uKpucxjMPu0pwwg
この映画、わたくしも先ごろ見に行ったんですけど、中盤からぼろぼろ涙が止まらなくなりました。あの頃見た映画の音楽が懐かしくて泣けました。
ジョン・ケージに影響された前衛音楽としてのモリコーネを理解するのにとてもいい映画だったと思います。
https://twitter.com/chokobo88428241/status/1614597803585703936?s=20&t=V7azcc4uKpucxjMPu0pwwg
>dalichokoさん
はい、私もいろんな作品の思い出が蘇ってきて、思わず涙しました。
愛情たっぷりのいい作品だったと思います。
はい、私もいろんな作品の思い出が蘇ってきて、思わず涙しました。
愛情たっぷりのいい作品だったと思います。
理屈や理論がしっかり出来ているところに、社畜のように働かせて曲を量産させたら、化け物に仕上がってしまった。
2023/01/31(火) 20:43:28 | URL | fjk78dead #-[ 編集]
>ふじきさん
良い化け物じゃ無いですか。
湯水のように内から音が湧いてくるんだろうなあ。
才能に恵まれた人は羨ましい。
良い化け物じゃ無いですか。
湯水のように内から音が湧いてくるんだろうなあ。
才能に恵まれた人は羨ましい。
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2020年7月に91歳で亡くなった、数々の映画音楽で知られる作曲家エンニオ・モリコーネ。 クラシック音楽の道へ進まなかった葛藤と向き合いながら、いかにして音楽家としての誇りを手にするに至ったかが、懐かしい傑作映画の名場面と、ワールドコンサートツアーの心揺さぶる演奏と共に紐解かれていく、音楽ドキュメンタリー。
2023/01/16(月) 18:22:20 | 象のロケット
◆『モリコーネ 映画が恋した音楽家』トーホーシネマズシャンテ2
▲エクトプラズムだだ洩れのレオーネ(左)とブルトンみたいなネクタイのモリコーネ(右)。
五つ星評価で【★★★良い知識満載の映画。まあでも長い。】
ツイッターでの最初と二つ目の感想(↓)
モリコーネの人生をきちんと語るのに、この尺が必要なのは理解できるし、色々悩み多き人生だった事も分かった。でも長い。御大は気に入らなそうだけ...
2023/01/31(火) 22:12:56 | ふじき78の死屍累々映画日記・第二章
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