2023年01月19日 (木) | 編集 |
性犯罪者を守る、本当の悪とは。
20年以上に渡りハリウッドに君臨した大プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインの性暴力事件をリポートした、ニューヨーク・タイムズ誌の二人の調査報道記者、ジョディ・カンターとミーガン・トゥーイーの闘いを描く、ルポルタージュサスペンス。
この記事が出たことによって、ワインスタインは失脚し、後に逮捕・収監され、触発された多くの女性たちが沈黙を破って理不尽な性暴力被害を訴えたことで、世界的に#MeToo扇風が吹き荒れるきっかけとなった。
カンターとトゥーイーが、記事をもとに2019年に上梓した「その名を暴け―#MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い―(She Said: Breaking the Sexual Harassment Story That Helped Ignite a Movement)」を、レベッカ・レンキーウィッツがドラマチックに脚色。
「アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド」のマリア・シュラーダーがメガホンを取り、見事なハリウッドデビューを果たした。
ゾーイ・カザンがカンターを、キャリー・マリガンがトゥーイーを好演し、バディものとしても出色の仕上がりだ。
2017年、ニューヨーク・タイムズの記者ジョディ・カンター(ゾーイ・カザン)は女優のローズ・マッゴーワンが、ハーヴェイ・ワインスタインから性暴行を受けたという情報を入手。
マッゴーワンは事実を認めたが、キャリアへの影響を恐れて、記事に名前を出すことは拒否される。
カンターは産休明けのミーガン・トゥーイー(キャリー・マリガン)と組んで、ワインスタインの過去を調査しはじめる。
すると彼の創業したミラマックス社でアシスタントだったという女性にたどり着くが、彼女は示談時にNDA(秘密保持契約)を結ばされていることから証言はできないと言う。
他にも次々にワインスタインに暴行された女性が見つかるが、彼女たちの多くは示談に応じており、証言すれば訴えられると声を上げられずにいた。
問題の本質が加害者を守り、被害者を黙らせるシステムにあると気づいた二人は、それでも少しずつ事件の核心に近づいてゆく・・・・
調査報道をモチーフにした作品は、アメリカ映画の定番のひとつ。
古くは、ウォーターゲート事件をスクープしたワシントン・ポストの二人の記者を描いた「大統領の陰謀」、最近でもボストン・グローブ誌のチームがカソリック聖職者の性犯罪を暴いた「スポットライト 世紀のスクープ」、国防総省がひた隠しにしてきた秘密文書の開示をめぐる「ペンダゴン・ペーパーズ 最高機密文書」などが記憶に新しい。
これら調査報道ものの秀作群に、新たに名を連ねたのが本作である。
ニューヨーク・タイムズの二人の女性記者は、「大統領の陰謀」でロバート・レッドフォードとダスティン・ホフマンが演じた名バディを思わせるが、どちらも先輩記者がユダヤ人という共通点も。
フットワークが軽く行動的なカンターに、思慮深く聞き上手なトゥーイーというキャラクターの違いも、コントラストとして効いている。
ワインスタインの犯罪が明るみに出る一年と少し前、FOXニュースとFOXテレビジョンのCEO、ロジャー・エイルズと同局の人気司会者のビル・オライリーが、部下の女性たちからセクハラで告発され、失脚するという事件が起きた。
この顛末も「スキャンダル」として映画化されているのだが、どちらの映画も物語の発端をトランプの大統領選挙にしているのが面白い。
「スキャンダル」ではシャーリーズ・セロン演じるFOXニュースのキャスター、メーガン・ケリーがトランプの天敵で、繰り返し疑惑を追及するが、結局彼はヒラリー・クリントンを破り大統領に。
本作ではトゥーイーがトランプのセクハラ事件を追っていて、疑惑があるにも関わら当選してしまったことにショックを受ける。
妊娠していた彼女は、それも一因となって産後鬱を発症してしまうのだ。
性犯罪者として捕まってもおかしくない男が、なぜか合衆国の最高権力者になってしまう。
トランプの時代の到来が、コンサバティブ、リベラルの垣根を超えて、女性たちに強烈な危機感を抱かせたことは想像に難くない。
トランプを追い詰めることは出来なかった。
だからこそ、記者たちは「次は必ず」という強い意識に突き動かされているのである。
しかしこの種の調査報道のターゲットは権力者だから、本丸にはそう簡単に近づくことは出来ず、少しずつ証拠を集めなければならない。
ワインスタインの調査で大きな壁となるのは、NDA(non-disclosure agreement) と呼ばれる秘密保持契約だ。
一度この契約を結んでしまうと、事実関係を証言することは契約違反となり、相手から訴えられる可能性が出てくる。
暴行した女性への口止め料の条件として、ワインスタイン側がこの契約を結ばせていたことが、調査を難しくしてしまうのだ。
被害の内容と被害者の実名を同時に公表できなければ、罪を認めさせることは出来ないので、二人はなるべく多方面から証拠を集めるのと同時に、実名を出せる告発者を必死に探す。
しかし相手は、各界に独自の情報網を持つメディア・タイクーンだ。
いかにして、相手に悟らないうちに外堀を埋めてしまうか。
調査の舞台は東海岸から西海岸へ、やがてイギリス、香港まで。
ワインスタインの悪行はアメリカに留まらないので、記者もまた国境を越える。
終始淡々と進んでゆく証拠集めのプロセスは、優れたスパイ小説を読んでいるようで、地道な作業だが決して飽きさせることは無い。
なかなか近付いてこない核心に、カンターとトゥーイーの焦燥感も高まってゆくが、二人は共に既婚者で、幼い子供を抱える母親でもあり、彼女らを支える家族との描写に強いモチベーションの動機が垣間見える。
責任ある大人として、また娘たちの母として、自分たちの子供の世代に、被害者と同じ思いをさせるわけにはいかないのである。
秘密保持契約つきの示談に、それを認めてしまっている法律、さらに業界の隠蔽体質と、独裁者の存在を許す会社組織。
告発したくても、それが出来ない、性犯罪者を守り被害者に沈黙を強いる、社会と業界のシステムこそが本当の悪。
さらに、女性が女性の味方とは限らないアイロニー。
ろくに調べもせずに性暴力の訴えを棄却した女性検事が、しれっとワインスタイン側のスタッフに入っていたのは問題の根深さを示唆している。
この事件の報道は当時つぶさに見ていたが、記事の上では単なる記号に過ぎない名前の数々が、映画になると血の通ったキャラクターになり、より深く感情移入。
最初に実名を出すことを決断し、本作にも本人役で出演しているアシュレー・ジャッド、癌手術を控えながら、未来のために実名の公表に踏み切った初期の被害者、ローラ・マッデンの勇気には、大きな拍手を贈りたい。
同時にワインスタインのクズっぷりも、より醜悪に感じられる。
マリア・シュラーダーは、静かな流れがやがて世界を揺るがす激流となってゆくプロセスを、冷静に、しかしエネルギッシュに描く。
これはある意味、共感力を原動力にした21世紀版「大統領の陰謀」だ。
暴かれたのは、トランプの大統領当選という時代の揺り戻し現象によって顕在化した、根深いミソジニーと時代遅れのマッチョイズム。
今も世界中のSNSで告発が相次ぐのだから、決して終わった話ではない。
一方、日本に目を移すと、本来なら大事件のはずの伊藤詩織さんの告発が、大手メディアではほとんど報じられないなど、調査報道の力は明らかに弱い。
この種の調査報道を描いた作品が、邦画ではほとんど見られないのは、それ自体が日本の問題を浮き彫りにしていると思うのは私だけではあるまい。
今回は、勇気ある女性たちに「ホワイトレディ」をチョイス。
ドライ・ジン30ml、ホワイト・キュラソー15ml、レモン・ジュース15mlをシェイクしてグラスに注ぐ。
ホワイトキュラソーとレモンジュースの柑橘系のフレッシュな華やかさと、ジンの辛口な味わいが、口の中で好バランス。
雪のような半透明なホワイトが美しい、エレガントなカクテルだ。
記事が気に入ったらクリックしてね
20年以上に渡りハリウッドに君臨した大プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインの性暴力事件をリポートした、ニューヨーク・タイムズ誌の二人の調査報道記者、ジョディ・カンターとミーガン・トゥーイーの闘いを描く、ルポルタージュサスペンス。
この記事が出たことによって、ワインスタインは失脚し、後に逮捕・収監され、触発された多くの女性たちが沈黙を破って理不尽な性暴力被害を訴えたことで、世界的に#MeToo扇風が吹き荒れるきっかけとなった。
カンターとトゥーイーが、記事をもとに2019年に上梓した「その名を暴け―#MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い―(She Said: Breaking the Sexual Harassment Story That Helped Ignite a Movement)」を、レベッカ・レンキーウィッツがドラマチックに脚色。
「アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド」のマリア・シュラーダーがメガホンを取り、見事なハリウッドデビューを果たした。
ゾーイ・カザンがカンターを、キャリー・マリガンがトゥーイーを好演し、バディものとしても出色の仕上がりだ。
2017年、ニューヨーク・タイムズの記者ジョディ・カンター(ゾーイ・カザン)は女優のローズ・マッゴーワンが、ハーヴェイ・ワインスタインから性暴行を受けたという情報を入手。
マッゴーワンは事実を認めたが、キャリアへの影響を恐れて、記事に名前を出すことは拒否される。
カンターは産休明けのミーガン・トゥーイー(キャリー・マリガン)と組んで、ワインスタインの過去を調査しはじめる。
すると彼の創業したミラマックス社でアシスタントだったという女性にたどり着くが、彼女は示談時にNDA(秘密保持契約)を結ばされていることから証言はできないと言う。
他にも次々にワインスタインに暴行された女性が見つかるが、彼女たちの多くは示談に応じており、証言すれば訴えられると声を上げられずにいた。
問題の本質が加害者を守り、被害者を黙らせるシステムにあると気づいた二人は、それでも少しずつ事件の核心に近づいてゆく・・・・
調査報道をモチーフにした作品は、アメリカ映画の定番のひとつ。
古くは、ウォーターゲート事件をスクープしたワシントン・ポストの二人の記者を描いた「大統領の陰謀」、最近でもボストン・グローブ誌のチームがカソリック聖職者の性犯罪を暴いた「スポットライト 世紀のスクープ」、国防総省がひた隠しにしてきた秘密文書の開示をめぐる「ペンダゴン・ペーパーズ 最高機密文書」などが記憶に新しい。
これら調査報道ものの秀作群に、新たに名を連ねたのが本作である。
ニューヨーク・タイムズの二人の女性記者は、「大統領の陰謀」でロバート・レッドフォードとダスティン・ホフマンが演じた名バディを思わせるが、どちらも先輩記者がユダヤ人という共通点も。
フットワークが軽く行動的なカンターに、思慮深く聞き上手なトゥーイーというキャラクターの違いも、コントラストとして効いている。
ワインスタインの犯罪が明るみに出る一年と少し前、FOXニュースとFOXテレビジョンのCEO、ロジャー・エイルズと同局の人気司会者のビル・オライリーが、部下の女性たちからセクハラで告発され、失脚するという事件が起きた。
この顛末も「スキャンダル」として映画化されているのだが、どちらの映画も物語の発端をトランプの大統領選挙にしているのが面白い。
「スキャンダル」ではシャーリーズ・セロン演じるFOXニュースのキャスター、メーガン・ケリーがトランプの天敵で、繰り返し疑惑を追及するが、結局彼はヒラリー・クリントンを破り大統領に。
本作ではトゥーイーがトランプのセクハラ事件を追っていて、疑惑があるにも関わら当選してしまったことにショックを受ける。
妊娠していた彼女は、それも一因となって産後鬱を発症してしまうのだ。
性犯罪者として捕まってもおかしくない男が、なぜか合衆国の最高権力者になってしまう。
トランプの時代の到来が、コンサバティブ、リベラルの垣根を超えて、女性たちに強烈な危機感を抱かせたことは想像に難くない。
トランプを追い詰めることは出来なかった。
だからこそ、記者たちは「次は必ず」という強い意識に突き動かされているのである。
しかしこの種の調査報道のターゲットは権力者だから、本丸にはそう簡単に近づくことは出来ず、少しずつ証拠を集めなければならない。
ワインスタインの調査で大きな壁となるのは、NDA(non-disclosure agreement) と呼ばれる秘密保持契約だ。
一度この契約を結んでしまうと、事実関係を証言することは契約違反となり、相手から訴えられる可能性が出てくる。
暴行した女性への口止め料の条件として、ワインスタイン側がこの契約を結ばせていたことが、調査を難しくしてしまうのだ。
被害の内容と被害者の実名を同時に公表できなければ、罪を認めさせることは出来ないので、二人はなるべく多方面から証拠を集めるのと同時に、実名を出せる告発者を必死に探す。
しかし相手は、各界に独自の情報網を持つメディア・タイクーンだ。
いかにして、相手に悟らないうちに外堀を埋めてしまうか。
調査の舞台は東海岸から西海岸へ、やがてイギリス、香港まで。
ワインスタインの悪行はアメリカに留まらないので、記者もまた国境を越える。
終始淡々と進んでゆく証拠集めのプロセスは、優れたスパイ小説を読んでいるようで、地道な作業だが決して飽きさせることは無い。
なかなか近付いてこない核心に、カンターとトゥーイーの焦燥感も高まってゆくが、二人は共に既婚者で、幼い子供を抱える母親でもあり、彼女らを支える家族との描写に強いモチベーションの動機が垣間見える。
責任ある大人として、また娘たちの母として、自分たちの子供の世代に、被害者と同じ思いをさせるわけにはいかないのである。
秘密保持契約つきの示談に、それを認めてしまっている法律、さらに業界の隠蔽体質と、独裁者の存在を許す会社組織。
告発したくても、それが出来ない、性犯罪者を守り被害者に沈黙を強いる、社会と業界のシステムこそが本当の悪。
さらに、女性が女性の味方とは限らないアイロニー。
ろくに調べもせずに性暴力の訴えを棄却した女性検事が、しれっとワインスタイン側のスタッフに入っていたのは問題の根深さを示唆している。
この事件の報道は当時つぶさに見ていたが、記事の上では単なる記号に過ぎない名前の数々が、映画になると血の通ったキャラクターになり、より深く感情移入。
最初に実名を出すことを決断し、本作にも本人役で出演しているアシュレー・ジャッド、癌手術を控えながら、未来のために実名の公表に踏み切った初期の被害者、ローラ・マッデンの勇気には、大きな拍手を贈りたい。
同時にワインスタインのクズっぷりも、より醜悪に感じられる。
マリア・シュラーダーは、静かな流れがやがて世界を揺るがす激流となってゆくプロセスを、冷静に、しかしエネルギッシュに描く。
これはある意味、共感力を原動力にした21世紀版「大統領の陰謀」だ。
暴かれたのは、トランプの大統領当選という時代の揺り戻し現象によって顕在化した、根深いミソジニーと時代遅れのマッチョイズム。
今も世界中のSNSで告発が相次ぐのだから、決して終わった話ではない。
一方、日本に目を移すと、本来なら大事件のはずの伊藤詩織さんの告発が、大手メディアではほとんど報じられないなど、調査報道の力は明らかに弱い。
この種の調査報道を描いた作品が、邦画ではほとんど見られないのは、それ自体が日本の問題を浮き彫りにしていると思うのは私だけではあるまい。
今回は、勇気ある女性たちに「ホワイトレディ」をチョイス。
ドライ・ジン30ml、ホワイト・キュラソー15ml、レモン・ジュース15mlをシェイクしてグラスに注ぐ。
ホワイトキュラソーとレモンジュースの柑橘系のフレッシュな華やかさと、ジンの辛口な味わいが、口の中で好バランス。
雪のような半透明なホワイトが美しい、エレガントなカクテルだ。

記事が気に入ったらクリックしてね
スポンサーサイト
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
2017年、アメリカのニューヨーク・タイムズ紙が報じた1つの記事が、世界中で社会現象を巻き起こした。 それは、数々の名作を手掛けた映画プロデューサーのセクハラ・性的暴行事件の告発。 やがてそれは、映画業界のみならず国を超えて性犯罪の被害の声を促し、#MeToo運動を爆発させてゆく…。 実話から生まれた物語。
2023/01/20(金) 16:12:58 | 象のロケット
| ホーム |