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イニシェリン島の精霊・・・・・評価額1750円
2023年02月01日 (水) | 編集 |
この喧嘩、墓場まで続く。

「スリー・ビルボード」のマーティン・マクドナー監督が、1920年代のアイルランドの孤島を舞台に描く、シニカルなブラックコメディ。
コリン・ファレル演じる主人公のパードリックは、住人全員が顔見知りという小さな島で、長年の飲み仲間のコルムから、突然「お前とはもう話さない」と絶交を言い渡される。
何が起こったのかも分からないまま、男は友情を修復しようと右往左往。
しかし、そのことがますます相手を怒らせ、事態を拗れに拗らせて大惨事に。
二人の男の馬鹿げた喧嘩に、死を予知し泣き叫ぶという精霊バンシーの伝説が絡み合う。
マクドナーの長編デビュー作、「ヒットマンズ・レクイエム」で殺し屋コンビを演じた、ファレルとブレンダン・グリーソンが憎み合う二人の男を演じ、パードリックの妹シポーンにケリー・コンドン、島一番のうつけ者のドミニクにバリー・コーガン。
すでにベネチア国際映画祭で脚本賞、主演男優賞を受賞し、本年度アカデミー賞でも作品賞をはじめ8部門9ノミネートを果たしている話題作だ。

1923年、アイルランドの沖合に浮かぶイニシェリン島。
目と鼻の先の本土では、内戦が激しさを増しているが、住民の誰もが顔見知りの小さな島は平和そのもの。
だがこの島に暮らすパードリック(コリン・ファレル)は、長年の友人だったコルム(ブレンダン・グリーソン)から、突然絶交を宣言される。
理由を聞いても、パードリックと過ごす時間は、退屈で無駄だからとしか言わない。
自分を否定されたようで納得できないパードリックは、なんとか関係を修復しようとするが、コルムの態度は頑な。
しっかり者の妹シポーン(ケリー・コンドン)や、警官の息子で頭の弱いドミニク(バリー・コーガン)には諦めろと言われても、コルムの気を引きたくてたまらない。
まとわりつくパードリックに業を煮やしたコルムからは、今度自分に話しかけたら、自分の指を切り取って投げつけると、恐ろしい言葉を浴びせられてしまうのだが・・・・


映画の基本コンセプトは、高い評価を受けた前作、「スリー・ビルボード」と極めてよく似ている。
あの映画の舞台となったのは、ミズーリ州の架空の町、エビング。
アメリカ合衆国本土のほぼ中心にあるミズーリは、合衆国を構成する50州の中で24番目に加入。
人口は50州のほぼ平均で、政治的には中道やや保守の有権者が多く、住人の人種も伝統的な全米の人種構成に近い。
そのため、選挙の全国趨勢を表すいわゆるベルウェザー州となっている。
マクドナーは、合衆国のヘソであり、縮図といえるミズーリを舞台に、暴力と怒りと不寛容が渦巻く現在アメリカ社会を俯瞰し、エビングという架空の町にアメリカそのものを象徴させた。
そして本作の舞台となるイニシェリン島も、架空の島だ。
目と鼻の先にあるアイルランド本土では、前年の1922年に内戦が勃発。
小さな島での元友人同士の喧嘩と、同じアイルランド人同士の戦争が皮肉っぽく対比される構図となっている。
しかし、モヤモヤとした言語化し難い感情に突き動かされ、ドツボにハマってゆく人間たちを、神の視点から眺めるというのは同じだが、マクドナーにとって異国である米国を批評的に描いた「スリー・ビルボード」に対して、こちらは母国のアイルランドの話だからか、キャラクターへのアプローチは若干異なる。

映画は、緑の野が広がるイニシェリン島の、美しい空撮ショットからはじまる。
この島に暮らすパードリックの生活は、ぶっちゃけかなり暇だ。
数頭の家畜を飼い、牛乳を売って暮らしている彼は、小さな家に妹と暮らし、朝のうちにちょこっと仕事をして、午後2時になると友人でフィドル奏者のコルムとパブに行くのがルーティン。
この日も誘いに行くも、家の中にいるコルムはなぜかパードリックから顔を背け、呼びかけにも無言のまま。
その後、二人はパブで会うのだが、コルムはいきなりパードリックに絶交を言い渡す。
コルム曰く、「お前は退屈だ。どうでもいいウンコの話を2時間もする。お前と無駄なお喋りする時間があったら、作曲をしたり、もっと有意義な時間を過ごしたいんだ」と。
突然のことに、ここまでパードリックの視点で映画を見ている観客も慌てふためく。
私が何かしたのか?なぜこの男は怒ってるいるのか?なぜこんなことになってしまったのか?
パードリックにとっては青天の霹靂で、まるで自分がを全否定され、悪者にされてしまったかのように傷つき、屈辱すら感じる。

コルムはパードリックが退屈だと言うが、そもそも何もない島の暮らし。
退屈でない者の方が珍しく、皆仕事が終われば昼間っからパブに集って暇つぶし。
飲み友達がいなくなって、余計に退屈を持て余すパードリックに対し、コルムは宣言通りに音楽学校の生徒たちを集めて、作曲活動に邁進する。
自分の存在など無かったかのように振る舞うコルムに、よせばいいのにパードリックは執拗に粘着する。
この映画のポイントは、感情移入キャラクターが入れ替わることで、最初のうちはパードリックに感情移入している観客も、だんだんとこの男が超寂しがり屋のウザキャラだということが分かってくる。
そして感情移入の対象は、パードリックを冷静に見ているしっかり者の妹シポーンへと移り、突然人生の意味に目覚め、断固として音楽家として「有意義な時間」を過ごそうとするコルムのことも、「分かる」ようになって来るのだ。
だが、パードリックとコルムの諍いが激化し、お互いが最大限の攻撃を仕掛けるのと時を同じくして、読書家であるシポーンは図書館の仕事を得て島を去る。
ここで、自己同一視できる対象を失った観客は、最後は神の視点でどうしようもない人間たちの争いを眺めることになるのだ。

この物語の前年、1922年にアイルランドでは独立を巡る内戦が勃発する。
長らく英国の植民地だったアイルランドは、1916年のイースター蜂起から始まる独立戦争の結果、英愛条約によってアイルランド自由国として独立を果たすが、その実態は完全独立ではなく、イギリス帝国内の自治国であった。
これに反発し、完全独立を主張するアイルランド共和国軍(IRA)は、自由国軍との内戦に突入する。
一般にアイルランド人の気質は、厳しい自然や英国の支配などに耐えてきて、忍耐強いと言われる。
しかし、それは裏を返せば内面に鬱憤が積もりに積もっているということで、一度火が噴き出すとなかなか終息しない。
アイルランド内戦は、一応一年程度で自由国の勝利で終結するものの、その火種は燻り続け、数十年後には北アイルランド紛争として再び燃え上がる。
パードリックとコルムの小さな喧嘩が、最終的に「墓場まで続く」終わりなきものになるのは、このアイルランド人気質を象徴しているのだろう。
ちなみにアイルランド警察は、内戦の間中立を保っており、本作登場する島の警官が本土での死刑執行に立ち会う時に、「自由国とIRAどちらの囚人だか分からなかった」のも、彼らが内戦に参加していないからだ。

そしてもう一つ、本作の重要なモチーフがバンシーの伝説である。
バンシーはアイルランドやスコットランドに伝わる精霊で、アイルランドのバンシーは黒衣をまとった女の姿で現れ、死を予知して泣き叫ぶという。
本作ではコルムが「The Banshees of Inisherin」という曲を作曲しているが、この曲を完成させた後、彼は自らの指を全て切り落としてパードリックに投げつけるので、フィドル演奏家としてはもはや死を迎えている。
また島の入り江の小屋に一人で住むマコーミック夫人が、いかにも精霊然とした不思議な存在感で、パードリックに「二つの死」を予言する。
その一つ目の死はパードリックとコルムの対立の結果もたらされ、二人の仲違いを決定的なものにしてしまい、もう一つの死はパードリックをこの美しくも不毛の島へと永遠に閉じ込め、二人の喧嘩もまた燻り続ける。
映画のラストで、バンシー(マコーミック夫人)はどうしようもなく拗れてしまった二人の男を見守っている。
ある意味、この映画のバンシーは作者の冷静な視点を具現化したもので、神の目の持ち主なのである。

本作はマーティン・マクドナーが本領を発揮した、風刺的、寓意的な非常に面白いブラックコメディだ。
この世の多くの諍いは、突然起こったように見えても、実は小さな鬱憤の積み重ねの結果であって、傍目からは本当にくだらない理由に思えるのは、現在世界で起こっている多くの問題に重なって見える。
突然関係を切られるというのは、実生活ではそれほど経験しないが、例えばSNS上だったら、結構あるあるなもの。
自分では懇意にしていると思っていた人から突然ブロックされ、途方に暮れた経験のある人は多いだろう。
なので何の知識もなくても十分に楽しめるが、一応アイルランド現代史を予習しといた方が、背景に仕込まれた意図を理解しやすいと思う。

これはアイルランド人のパブ愛に満ちた作品でもあり、同国を代表する黒スタウト「ギネス・エクストラ・スタウト」をチョイス。
1759年にアーサー・ギネスが、ダブリンのセント・ジェームズ・ゲート醸造場を創業したのが起源。
濃厚なスタウトは、世界中に移民していったアイルランド人と共に、世界に広まっていった。
ちなみにギネスには缶ビールもあり、こちらにはフローティング・ウィジェットなる小さなプラスチックのボールが封入されていて、これが回転することによってクリーミーな泡を実現している。
アイルランド人に言わせると世紀の大発明らしいのだが、なるほど飲兵衛の国らしい。

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コメント
この記事へのコメント
こんばんわ。
警官に殴られたパードリックをコルムが抱き起すシーンや、作曲を終えたコルムにパードリックが賛辞を贈るシーンは、この2人の心のどこかには仲良くしたいという想いも少しはあったのでしょうね。
でもエスカレートしていく憎しみ合い。そこまでしなくても?ということの応酬は、どこか内戦そのものにも見えましたよ。
2023/02/03(金) 01:13:59 | URL | にゃむばなな #-[ 編集]
田舎あるある
ノラネコさん☆
自らの大切なものを失っても諍いを止めない愚かな人間を揶揄したマクドナー監督ならではの作風で、私の大好物でした。
雄大な自然の窮屈な田舎暮らしあるあるな話ながら、長年積み重なった鬱屈が小さなきっかけで取り返しのつかないところまでいってしまうのは、基本的に当事者たちは根が善良な人物だけに辛いですよね。
2023/02/04(土) 13:59:09 | URL | ノルウェーまだ~む #gVQMq6Z2[ 編集]
「神」を持ち出してますけど「神の視点」っていうほどの超越的なものではなく、冷静で俯瞰的な人間の視点ということではないのですか。
島の他の住人にはない教養を持っている行き遅れのシボーンも独自の葛藤を抱えていたわけですが、単に冷静な視点を持ったキャラとしてとらえ、観客が感情移入、自己同一視するような対象と理解されたのですね。
2023/02/05(日) 02:41:56 | URL | ヘンリー8th #-[ 編集]
こんばんは
>にゃむばななさん
まあどっちの気持ちもわかりますよね。
人間あるあるをカリカチュアして、これだけ面白い映画を作っちゃうのが凄いです。
仲良くしてほしいと思うけど、墓場まで続くんでしょうねえ。

>ノルウェーまだ〜むさん
大自然の中でちっぽけな人間が諍いを起こしているという全体図は、前作と同様ですね。
本当の火事を起こして、一旦クールダウンするのも同じ。
田舎ほど、小さな鬱憤は溜まりやすいのは世界共通なのでしょう。

>ヘンリー8thさん
ここで言う「神」とは、宗教的な存在だけではありません。
2023/02/05(日) 20:00:15 | URL | ノラネコ #xHucOE.I[ 編集]
こんにちわ
邪悪な大傑作だよね!と、一緒に見にいった友人と盛り上がりました。

私は「知的障害者が悪意に触れて自我が芽生えるのを見て楽しむ映画」のように思います。ひでー。

指はちんちんだろ、って友人が言ってましたが、あれはむしろ楽園で蛇が差し出した知恵の実ではないかと。

無垢なる存在が、悪意に触れて楽園から追放されて、もがき苦しみながら自分の中の怒りや攻撃性に目覚め、今までしてこなかった思い切った行動を起こして、最後は自分を見下していた相手とやっと対等になる。

ラブストーリーであり、主人公の眉毛氏の心の世界は、喪失旅立ち冒険帰還の道筋をちゃんと辿ってて、案外オーソドックスだよ構造、とか思いました。

似てるなーと思ったのはエイミーアダムスさんが出てた「魔法にかけられて」
あれもたしか悪意ってリンゴを食べて無垢なる存在が人間性に目覚める話だったような。

イニシェリン島に内戦の影響が全然ないのは、ある種の楽園の暗喩でもあるんじゃないかなと。天国みたいに美しい景色でしたし。

「知的障害者に自我が芽生えるのを見て楽しむ」
のは
「我々はかって大地と一体の幸せな楽園に住んでいたが、神と悪魔の悪意に触れて人間になった」
っていう思想と無縁ではないかななんて思いました。
2023/03/13(月) 13:50:41 | URL | tanukibayashi #-[ 編集]
こんばんは
>tanukibayashiさん
邪悪な傑作とは言い得て妙ですね。
見方によって如何様にも解釈できる暗喩劇なので、本作自体がロールシャッハテストみたいなものなのかも知れません。
おっしゃるように、本土の影響を受けない孤立した空間なのも、この島が現実と虚構の境界にあるからなんでしょうね。
マクドナーの視点も神様に近いものだし。
2023/03/19(日) 19:52:21 | URL | ノラネコ #xHucOE.I[ 編集]
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