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生きる LIVING・・・・・評価額1750円
2023年04月06日 (木) | 編集 |
生きることの意味とは?

巨匠 黒澤明の代表作の一つ「生きる」を、ノーベル賞作家のカズオ・イシグロが新たに脚色し、1950年代のイギリスを舞台にリメイクした作品。
真面目一徹の公務員人生を送ってきた男が末期癌を宣告され、空虚な自分の人生を死ぬ前に意味あるものにするためにはどうしたらいいのかと迷う。
オリジナルで志村喬が演じた主人公の渡邊は、名優ビル・ナイが演じるウィリアムズとなり、本年度アカデミー主演男優賞にノミネートされた。
彼に転機をもたらす女性マーガレットにエイミー・ルー・ウッド、新人の部下ピーターをアレックス・シャープが演じる。
監督は南アフリカ出身の俊英、オリバー・ハーナマス。
20世紀の名作を、なぜ今リメイクしたのか?
その答えをしっかりと出した、素晴らしいリメイクとなっている。

市役所の市民課に配属された新人のピーター(アレックス・シャープ)は、通勤途中で課長を務めるウィリアムズ(ビル・ナイ)と出会う。
ウィリアムズは真面目一徹で厳格な人物だが、市役所ではいわゆるお役所仕事が蔓延していた。
陳情に来る市民は各課をたらい回しされていたが、誰も改善しようとしないのを見てピーターは呆れる。
その日、仕事を早退し病院に向かったウィリアムズは、末期の癌であることを告知される。
彼は自分の人生を空虚なものと感じ、死ぬまでに人生の喜びを知ろうと職場を無断欠勤し、劇作家のサザーランド(トム・バーク)に導かれるまま夜の街へ。
しかし、それは空虚さを実感させるだけだった。
朝になり、ウィリアムズは部下のマーガレットと偶然出会う。
彼女は市役所を退職し、カフェに転職しようとしていた。
奔放で青春を謳歌するマーガレットの生命力に惹かれたウイリアムズは、彼女との対話からヒントをもらい、ある計画を実行しようとする・・・


スタンダードの画面に映し出される50年代の英国の風景に、クラッシックな書体のタイトル。
時代設定もオリジナルが公開された翌年の1953年で、作品のファーストルックはまるでオリジナルと同じ時代に作られた姉妹編のようだ。
もっともオープニングが終わると、映像自体は1.48:1という変則的なアスペクト比を持つ、モダンなものとなる。
プロットはオリジナルとほとんど変わらないが、現在の観客からしたらちょっと回りくどくて冗長に感じるだろうなと言う部分を、脚色の工夫でコンパクト化し143分から102分へと、なんと40分以上も短くなっている
一番大きな改変は、日守新一が演じた市民課職員の木村を大幅に若返らせて、新人の部下のピーターとしたことと、小田切みきが演じたとよ改め、マーガレットの役割が変わっていることだ。

オリジナルでは、ナレーションを使って説明していた主人公の渡邊の人となりや、お役所仕事のまだるっこさを、本作では観客の目となるピーターを通して体験させることで、説明を感じさせずに効率的に描写
渡邊が癌告知を受けるシーンも、オリジナルでは待合室で他の患者に、癌の時は医者はストレートに告知せず、他の病気だと言うと語らせて、実際に医者が同じ反応をすることで、自分が末期癌であることを悟らせる。
さらにその後、医者たちの間で今の患者の余命はどれくらいかと、渡邊がいない状態で説明させるという念の入り用。
対して本作では、医者からあっさりと「あなたは癌です」と告知される。
まあこの辺は日本とイギリスの習慣の違いも大きいとは思うが、描写時間で言えば半分以下になっている。
その後は、最愛の息子との思い出の走馬灯、自分とは対照的に享楽的な人生を送っている作家(こちらでは劇作家)に導かれて海辺のリゾートタウンで夜の街の体験と、オリジナルの「ゴンドラの唄」に対応するスコットランド民謡の「ナナカマドの木」の披露と、時間的にはコンパクトになっているものの、流れとしてはほぼ同じ。

カズオ・イシグロの脚色が独自性を発揮してくるのが、元の街に戻ったものの出勤する気持ちになれないウィリアムズが、マーガレットと再会してからの展開だ。
オリジナルの志村喬は、告知を受けると絶望を募らせて怯えた小動物みたいになってしまい、生命力溢れるとよにストーカーの様に何日も付き纏い、とよから「気持ち悪い」と言われてしまう。
彼が末期癌であることを告白すると、玩具会社で働くとよは工場で作っている飛び跳ねるウサギのおもちゃを見せ、「あなたも何か作ってみたら」と助言し、自分の立場で作れるものを考えた渡邊は、生きた証としての公園建設に邁進することになる。
本作のマーガレットは、カフェのウェイトレスなので、物作りのヒントを出す訳ではなく、彼女との会話の中でウィリアムズ自身が気づきを得るのである。
ちなみにカズオ・イシグロには、「もし渡邊役が笠智衆だったら?」と言う疑問がずっとあったようで、笠智衆とよく似た枯れた魅力を持つ、ビル・ナイの存在が本作の企画の発端だったそうだ。

とよは助言を与えるシーンで渡邊と別れた後は一切登場しないが、マーガレットはウィリアムズの葬儀に出席するだけでなく、そこで再会したピーターとデートする様になる。
ピーターは冒頭部分で観客と一体化して物語に入る目となり、終盤では市役所職員でただ一人、ウィリアムズからオリジナルには登場しない「遺書」を受け取る重要なキャラクターだ。
オリジナルでピーターに当たる木村は、渡邊を慕い彼の死後も変わらぬお役所仕事に憤り、完成した公園で遊ぶ子供たちを寂しげに見守る姿が印象的だったが、ここまで大きな役ではなかった。
遺書の中でウィリアムズは、公園は永遠の物ではなく「使われなくなったり、立て替えられることもあるだろう」と言いうのだ。

ここに、リメイク版に込められた新たなテーマが浮き彫りになる。
黒澤明の「生きる」は淡々と仕事をこなすだけの人生を送ってきた男が、突然の余命宣告を受け、絶望の虚無感の中でそれでも生きる意味を見出す物語だった。
対して70年後に作られた本作は、オリジナルに最大限のリスペクトを捧げつつ、未来へのポジティブな視点を加えたリメイクになっている。
残された人生をかけて作り上げた公園は大切なものだが、形あるものは必ずいつかは崩れる。
では変わらないもの、永遠に価値を保ち続けるものは何かというと、それは「心の継承」である。
ピーターという若者に想いを託し、いつかピーターが次なる者に伝えてゆくことで、ウィリアムズが公園作りにかけた想いは永遠となり得る。

この視点を象徴的に表現したのが、ウィリアムズとマーガレットのちょっとしたデート(?)の最中に、彼がクレーンゲームでキャッチするウサギのおもちゃだ。
これは「生きる」の作中でとよが作り、渡邊の葬儀のシーンで彼の遺品の中にあるウサギと同じ物だろう。
当時の日本では「Made in Occupied Japan(占領下の日本製)」のおもちゃが、戦後復興を支える大きな輸出産業となっていた。
とよは「このおもちゃを作っていると、世界中の子供たちと繋がっているように感じる」と語る。
クレーンゲームのウサギを見て、私は「ああ、これはとよの工場で作られて、はるばる異国まで来たんだな」と思った。
もしかすると、オリジナルの1952年から年代設定を1年ずらしたのは、日本からのオモチャがイギリスへ運ばれる時間なのかもしれない。
カズオ・イシグロは11歳の時に「生きる」と出会ったそうで、このウサギのおもちゃは、黒澤がトルストイからインスパイアを受け、物語の中でウィリアムズからピーターへと想いが受け継がれていったように、70年前の日本から現在のイギリスへと継承された創作の連鎖の象徴なのである。
有名なブランコのシーンは、こちらでは口ずさむ唄を「ナナカマドの木」に替えて再現されているが、オリジナルよりもウィリアムズの意図がはっきりしている分、受け取る感慨も若干異なる。

「生きる LIVING」は、オリジナルの大枠とテーマを維持しながら、現在の映画として見た場合の問題点を潰し、単なる英語版にとどまらない独自の視点を持たせており、これは卓越した脚色の勝利。
もちろんウィリアムズを淡々と演じる英国の笠智衆、ビル・ナイと、継承者となる若い二人を演じたエイミー・ルー・ウッドとアレックス・シャープは素晴らしい。
優れた物語を奇を衒わずに誠実に描写したオリバー・ヘルマナスの演出、ジェイミー・D・ラムゼイの撮影、ヘレン・スコットの美術、サンディ・パウエルの衣装など、テリング面も全てがハイクオリティ。
オリジナルは偉大な映画だが、ストーリーとテリング両方の進化によって、21世紀の現在にリメイクする場合、すでに最適解とは言えない。
最高の素材を手にしたクリエターたちが、想いを受け継ぎながら手を入れ見事な結果を出した。
黒澤映画のリメイクは、「荒野の七人」「荒野の用心棒」など、エンターテイメント性に優れた作品が多かったが、本作は過去に作られたあらゆる黒澤映画のリメイクでベストと言える。

スコットランド出身の主人公の物語には、やはりスコッチウィスキーが相応しい。
スコッチの定番の一つ「ラガヴーリン 16年」をチョイス。
オークカスクの中で16年熟成された、高品質のシングルモルト。
最大の特徴は、塩の染み込んだピートの効いたアイラモルトの独特の香り。
好きな人は病み付きになるが、正露丸のにおいとか、病院のにおいとか感じる人もいるようで、結構好みが別れると思う。
個人的にはこの香りは好きなので、「ナナカマドの木」を聴きながらストレートでちびちびやりたい。

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コメント
この記事へのコメント
何もかも完璧
ノラネコさん☆
カズオ・イシグロの脚本は実に見事でしたね。それにとどまらず役者たちも映像も全てにおいて完璧だったと思います。
オリジナルを実はまだ見てないのですが、なるほど!ウサギのぬいぐるみにそのような意味があったんですね。
確かに最後にウサギちゃんが意味を持って大写しになっていました。
素晴らしい作品だったと思います。
2023/04/08(土) 22:01:03 | URL | ノルウェーまだ~む #gVQMq6Z2[ 編集]
こんばんは
>ノルウェーまだ~むさん
オリジナルをリスペクトした上で、新しい視点を与えた素晴らしいリメイクでした。
ご覧になってないなら、黒澤版も是非。
本作を観てからだと、別の感慨もありそうです。
2023/04/10(月) 21:24:57 | URL | ノラネコ #xHucOE.I[ 編集]
とても勉強になりました。
列車の使い方が原作の原作「イワン・イリイチ」を連想させました。
リメイクというより、新たな解釈の映画に感じました。
とても素晴らしい記事で参考になりました。

https://dalichoko.muragon.com/entry/1735.html
2023/04/12(水) 04:38:51 | URL | ダリチョコ #-[ 編集]
こんばんは
>ダリチョコさん
ありがとうございます。
おっしゃるように、単にリメイクしただけでなく、物語を再解釈した上で、新しいものを生み出していると思います。
素晴らしい作品でした。
2023/04/14(金) 21:42:00 | URL | ノラネコ #xHucOE.I[ 編集]
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まだ第二次世界大戦から復興途上の1953年、イギリス・ロンドン。 役所の市民課に勤める公務員ウィリアムズは、役所では部下に煙たがられながら事務処理に追われ、息子夫婦と同居の家では孤独を感じ、自分の人生を空虚で無意味なものだと感じていた。 ある日、彼は自分が癌で余命半年であることを知る…。 ヒューマンドラマ。 ≪最期を知り、人生が輝く。≫
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