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ザ・ホエール・・・・・評価額1750円
2023年04月10日 (月) | 編集 |
人生の最後に感じたいこと。

「ザ・ホエール」はダーレン・アロノフスキー監督が、サミュエル・D・ハンターによる2012年の同名舞台劇を原作に、自分の死期を悟った男の人生最後の5日間を描く物語だ。
ボーイフレンドの死で心と体のバランスを崩し、歩くことすらままならないほどに激太りしてしまった主人公は、8年前に別れたきりの一人娘と再会し、死ぬ前に絆を取り戻そうとする。
ブレンダン・フレイザーが、巨体の主人公チャーリーを一世一代の大熱演で魅せ、本年度アカデミー賞で見事に主演男優賞を受賞した。
彼に寄り添う看護師のリズを「ダウンサイズ」のホン・チャウ、娘のエリーをセイディー・シンク、宣教師のトーマスをタイ・シンプキンズ、元妻のメアリーをサマンサ・モートンが演じる。
死を目の前にしても、ピーターはなぜ頑なに治療を拒むのか。
ここに描かれるのは、深い悲しみを背負った男の贖罪と救済の物語である。

大学のオンライン授業の講師として、エッセイの書き方を教えているチャーリー(ブレンダン・フレイザー)は、ボーイフレンドのアランを亡くして以来、鬱状態で過食を続けた結果、体重230キロを超える巨体となってしまった。
ある日、心不全の発作を起こしたチャーリーは、たまたま家を訪ねてきた新興宗教の宣教師だというトーマス(タイ・シンプキンス)に救われる。
アランの妹で看護師のリズ(ホン・チャウ)から、このままだと1週間も生きられないと言われてもなお、病院へ行くことを拒否し続けていた。
死期が近いことを悟った彼は、アランと暮らすために8年前に家庭を捨ててから、ずっと会えていなかった娘エリー(セイディー・シンク)を呼び寄せる。
8歳で別れたエリーはすっかり成長していたが、周囲とのコミュニケーションに問題を抱えた、怒れるティーンエイジャーになっていた。
エッセイの授業で落第寸前だというエリーに、チャーリーは添削を申し出て、彼女は家に通ってくるようになるのだが、一向に心を開こうとしなかった・・・・・



「レスラー」「ブラック・スワン」に続く、ダーレン・アロノフスキーが描く人生どん底の人シリーズ最新作。
もちろん、本当にシリーズで作っている訳ではないが、どの作品もコンセプトと方法論はよく似ている。
心臓に爆弾を抱えたプロレスラーに、自分をブレイクスルーできないバレリーナと来て、本作では過食の結果太り続け、立ち上がることも容易でない余命わずかの男。
どの映画も人生が行き詰まった人物が主人公で、演者の人生がキャラクターに投影されてシンクロ効果を出す。
80年代に人気を博した後、長く低迷していたミッキー・ロークを、落ちぶれたロートルレスラーに、役者として殻を破れない状況が続いていたナタリー・ポートマンを、優等生なバレエしか踊れない中途半端なプリマバレリーナにキャスティングしたのは、その狙いのあざとさゆえに賛否両論となったが、主役の二人にとっては代表作となった。
本作のブレンダン・フレイザーも、「ハムラプトラ」シリーズなどでゼロ年代の人気者だった。
しかし、私生活のトラブルや近親者の死、そして自らが受けたセクシャルハラスメントなどが原因となって鬱状態に陥り、ハリウッドの表舞台から長らく遠ざかっていた。
5年間に渡って出演作が途切れ、その後少しずつ仕事を再開し、ついに完全復活を遂げたのが本作である。

冒頭、オンライン授業の画面が映し出されるが、中央の講師の欄だけがカメラ非表示のまま。
チャーリーは、自分の姿を人に見せることを嫌っている。
家に入れるのは基本的に全ての事情を知るリズだけで、玄関に面した窓はブラインドを下ろし、ピザのディリバリーを頼んでも、現金の受け渡しはポストから。
配達員が去ったのを確認して、そっと扉を開けて受け取る。
唯一外界に開かれ得ているのが裏側の窓で、チャーリーはそこで鳥に餌をやっている。
カメラは基本このアパートの玄関先までしか出ず、閉ざされた密室に人々がやって来ては出てゆくを繰り返すという非常に演劇的な構造
主人公があまり動けないので、目線のドラマであり、視線を誘導する演出が秀逸だ。
登場人物も、一瞬だけ映るピザの配達員や、オンライン授業の生徒を含めなければ5人だけだが、総じて少々キャラ立ちし過ぎているというか、皆それぞれ演劇的にディフォルメされた人物像なので、世界観に慣れるまではややとっつき難く感じる。

チャーリーが心臓の発作を起こした時、たまたま鍵が開いていたため、外にいた宣教師を名乗る若者、トーマスに救われる。
ところが救急車を呼ぶことは頑なに拒否し、チャーリーはなぜかトーマスにエッセイの原稿を渡し、読むように言うのである。
それはメルヴィルの「白鯨」について書かれたもので、彼は「いい文章だから死ぬ前に聞きたい」と言う。
タイトルの「ザ・ホエール」は、この「白鯨」と自らがクジラのように巨大になってしまったピーター自身の直接的な比喩。
「白鯨」では、モビー・ディックと呼ばれる巨大なクジラに、片足を食いちぎられたエイハブ船長が、生涯をかけてクジラを追い続ける。
本作ではピーターが、クジラのようになってしまった自らの肉体と闘い続けている。
またエッセイの中では「白鯨」の登場人物たちが、自分の悲しい物語を読者に明かすのを先送りしていると書かれた部分があり、それもチャーリー自身の状況に重なるように思える。
では、その道のスペシャリストである主人公が、死の時に聞きたいと語るエッセイの作者は誰なのか。
そして、引きこもり生活とはいえ、チャーリーはまともに仕事をしているのにも関わらず、なぜお金がなくて病院には行けないと治療を拒否しているのか。
閉ざされた世界に娘のエリーが登場すると、物語は少しずつ動き出し、彼の心の内側が見えてくる。

チャーリーのアパートには、彼の体と身の回りのケアをしているリズ、神の御心によってチャーリーを救済したいというトーマス、自分を捨てた父を悪鬼のように嫌っているエリーの3人が入れ替わり立ち替わり訪ねてくる。
彼らの関係は、トーマスが信仰するニーライフという新興教会をハブとして、複雑に入り組んでいる。
ボーイフレンドのアランはかつてニューライフの宣教師で、チャーリーとの恋によって教団を追われ、そのことが死の一因になったからである。
信仰に対する執着と疑念は、原作者のハンター自身の青春期の体験をベースとしているそうで、彼は厳格なキリスト教系の学校に通わされた結果、鬱病を発症し、過食症を経験したという。
本作はいわば、ハンターが自らの人生を振り返り、もしあの時自分をさらに追い詰めてしまっていたら?というリアルな視点を持っているのである。

チャーリーは、過食を止めることができず、最悪の事態に陥ってしまっているのだが、物語のところどころに、アランと出会う前の幸せな3人家族だった頃のビジョンが挿入される。
彼にとっては贖罪の記憶であり、たった一つの心残りがエリーなのだ。
16歳になったエリーは、両親の離婚によって生じた人間不信を引きずっていて、周囲の人々とのトラブルを引き起こしている。
元妻のメアリーに至っては、娘を「邪悪」とまで言う。
実際、彼女の行動は本当に悪意からでは?という描写もあり、客観的には判断が付かない。
しかし皆が問題視する娘を、チャーリーは徹底的に信じ抜くのだ。
それは彼女の存在だけが、この世界にチャーリーが残し得た唯一のものだからだ。
治療を拒むのも、彼女の将来のためにお金を残すため。
そして、彼が死ぬ時に聴きたいと語っていたエッセイの作者こそ、エリーなのである。
今、彼女がどんな問題を抱えていたとしても、あの文章を書ける人間が、邪悪な訳はないと言うことを彼は確信している。
クライマックスなどは、ぶっちゃけ全く客観性のない究極の自己満足なのだが、もはや彼にはそう信じて自分を許すほかないのだ。
悲劇的な物語ではあるが、後味は妙に爽快。
アロノフスキーの人生どん底の人シリーズでは、どの作品も物語のラストで主人公が“飛ぶ”。
それは死への旅立ちかもしれないが、同時に主人公自身による、自らの“救済”なのである。
神に人は救えないし、他人にも救えない。
最後の最後で後悔の念を克服し自分を救えるのは、結局自分だけ。
不条理な人間の業と愛が充満する、密室劇の傑作だ。

基本的には悲劇だが、最後の最後で救いを見出す本作には、ビタースイートなカクテル「カンパリオレンジ」をチョイス。
氷を入れたタンブラーにカンパリ50mlを注ぎ、オレンジジュースを適量加えてステア、最後にスライスしたオレンジを一片飾って完成。
オレンジの甘味と酸味、カンパリの苦味が複雑な味わいを作り上げる、代表的なビター系ロングカクテル。
標準レシピだと結構苦味が強いが、オレンジジュースの比率を増やすと飲みやすくなる。

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コメント
この記事へのコメント
映画を見てからブログを書きましょう
この映画にピーターなんていう名の人物は登場しません。

それにエリーのエッセイは白鯨の登場人物たちが自分の問題を先送りしている、なんて言ってません。
冒頭のクジラの説明だけのつまらない章で、作者はこの小説のメインとなる悲劇から読者をほんの少しの間遠ざけているのであるが、そのこと自体が何よりも悲しかったみたいな文章でしたよ。
(字幕では「なかなか本題に入らない」)
だから映画のオープニングのオンライン授業でチャーリーは冒頭の文章には入念に気を使って書いて本題に合ったものにしなければならないと学生たちに力説していたのでしょう。心の底から自分の娘の書いたことが気に入っていたのですね。
2023/04/13(木) 20:24:20 | URL | コッペリウス #-[ 編集]
こんばんは
>コッペリウスさん
ピーター・・・チャーリー・・・あれ?どこでこんな名前がでてきたんでしょう。おかしいなあアハハ。
台詞を読み返すと「 I knew the author was just trying to save us from his own sad story, just for a little while.」なので、確かに自分の悲劇から読者を少しの間遠ざけているのが正解ですね。ご指摘ありがとうございました。
2023/04/14(金) 21:48:02 | URL | ノラネコ #xHucOE.I[ 編集]
大きな体の繊細な心
ノラネコさん☆
登場人物は全て傷付いた人ばかりでしたね。
巨体に芯の部分は、実はとても繊細なんだと思います。
単純に娘との絆が取り戻せたような話の展開ではないところも良かったです。
真実の愛を見つけたことで、周りの人たちを傷つけ、結局自分自身も傷つけてしまう悲哀が何とも切なかったです。
2023/04/17(月) 23:42:55 | URL | ノルウェーまだ~む #gVQMq6Z2[ 編集]
こんばんは
>ノルウェーまだ~むさん
愛ゆえに傷ついた人たちが、それぞれの形で許しを得る話でしたね。
主人公が最後の最後に自分を許せたのだとしたら、悲劇でありながらハッピーエンドというこの作者ならではの世界ですね。
人間とは哀しい生き物なのだなあ。
2023/04/21(金) 21:23:45 | URL | ノラネコ #xHucOE.I[ 編集]
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