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デューン 砂の惑星 PART2・・・・・評価額1800+円
2024年03月12日 (火) | 編集 |
圧巻の叙事詩的惑星絵巻。

ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督が、フランク・ハーバートの古典SF「デューン 砂の惑星」を映画したプロジェクト、前後編の後編がついに完成。
前作で宿敵ハルコネン男爵の陰謀によって、父のレト公爵を殺され、母のジェシカと砂漠に脱出した主人公ポール・アトレイデスは、先住民フレメンに受け入れられる。
惑星アラキスの支配権を取り戻し、希少なメランジ(スパイス)の増産を急ぐハルコネン対し、ポールはフレメンと共にレジンスタンスを繰り広げ、復讐の時を待つ。
ヴィルヌーヴをはじめ、ほとんどの主要スタッフ、キャストは前作から続投。
キャストには新たに、クリストファー・ウォーケン、レア・セドゥ、フローレンス・ピュー、オースチン・バトラーらが加わり、豪華なオールスターキャストとなった。
前作を上まわる166分をかけた超大作は、SF映画史のエポックであり、壮大なる宇宙神話の幕が上がる。
情報量がとてつもなく多く、完全な続きものなので前作の鑑賞も必須。
鑑賞していても、キャラクターの相関関係などは、なるべく復習しておいた方がいいと思う。
没入感の映画なので、初回鑑賞はIMAXがオススメだ。
※ラストに触れています!

10191年の未来。
皇帝シャッダム四世(クリストファー・ウォーケン)の娘、皇女イルーラン(フローレンス・ピュー)は、父がハルコネン男爵(ステラン・スカルスガルド)と組んでアトレイデス家を滅ぼしたことを悔やみ、行方不明のポール・アトレイデス(ティモシー・シャラメ)が生きている可能性を考えている。
先住民フレメンの一員として迎え入れられたポールは、フレメンの戦士チャニ(ゼンデイヤ)と恋仲になるが、自分が伝説の救世主だという噂を受け入れるかどうか迷っていた。
ベネ・ゲゼリットの秘術を学んだことによって、ある程度未来を見ることのできるポールは、自分が宇宙を滅ぼす戦争の引き金を引くことを恐れていたのだ。
フレメンの新たな“教母”となったジェシカ(レベッカ・ファーガソン)は、ポールにフレメンの人口の大半が住むアラキスの南部に行き、命の水を飲んで完全な能力を覚醒させるべきだと諭すが、ポールは拒む。
行方不明だったガーニイ(ジョシュ・ブローリン)と再会したポールは、砂漠のネズミ“ムアティブ”を名乗り、メランジの収穫を目論むハルコネン家に対して、執拗にレジスタンスを繰り返す。
やがて彼の存在を知った皇帝が、イルーランを伴ってアラキスにやって来るのだが・・・・

三十数年前の若かりし頃、初めて原作小説を読んだ時に、胸躍らせながら想像した惑星アラキスの世界が、三割増しくらいのイメージの洪水となって押し寄せてくる。
ハーバートが1965年に発表した壮大なスケールを持つ原作小説は、それ以降の深宇宙SFの祖となった。
権謀術数の渦巻く宮廷陰謀劇によって、浮かび上がる人間の業は、いわばギリシャ文明からシェイクスピアまで受け継がれてきた、西洋文明の神話的叙事詩の宇宙版。
その最初の映画化の試みである、アレハンドロ・ホドロフスキー版の企画は紆余曲折の末に霧散するが、そこに参加した多くの若き才能は、70年代以降のハリウッドSF映画の主要なクリエイターとして活躍する。
「スター・ウォーズ・サガ」を初めてとする、ハリウッド映画に登場する宇宙帝国のほとんどが、ローマ帝国風の国家なのは、世界観が「デューン」をロールモデルとしているからである。
その意味で、「デューン」は、ファンタジージャンルにおける「指輪物語」と同じ地位を占める。

前作もそうだったが、この二部作は映画作家ドゥニ・ヴィルヌーヴの独特の特質にピタリとハマる。
彼の作品は極めて絵画的で、ストーリーとテリングで言えば、テリングの力が突出している。
もちろん、小説を原作とする本作は、ストーリーもきちんと組まれているが、ヴィルヌーヴのファーストプライオリティは、設定された状況をいかにして壮麗な映像として描き出すかだろう。
三年前に前作が封切られた時、「映像はすごいけど話は抑揚がなくてつまらない」という感想が日本のSNS上に結構あった。
まあこのように感じるのも、分からないではない。
思うに日本人にとっての映画とは、基本的にストーリーを追うもので、未知の世界観を楽しむと言う体験が希薄。
日本では評価が分かれた「君たちはどう生きるか」が、米国では批評家、観客双方から絶賛されたのも同じ文脈だろう。
特に本作は、最初から最後まで難解な用語や組織、人物のオンパレードで、原作本では膨大な“辞書”が用意されているくらいなのだが、映画では一切の説明要素がない。
観てるうちに必要な部分はなんとなく分かってくるのだが、日本人はこの“なんとなく”が苦手なのかも知れない。

もちろん前記した「君たちはどう生きるか」や「エヴァ」シリーズのように、日本でもよく分からない世界にいきなり連れ込まれる作品はなくはない。
しかしエンターテインメントのメインストリームでは相対的に少数な上に、映画作家の創作の熱量によってグイグイ引っ張って行くタイプが大半。
本作のヴィルヌーヴのように力技に頼らない、引いた視点で描く作家はさらに少ないので、どう作品に向き合ったら分からないという観客は多いかも知れない。
まあ原作を読んでいれば何の問題ないのだが、未読でも世界観の未見性を楽しみつつ、悠久の歴史を持つ惑星アラキスで危険な観光を楽しんでいると思えばいい。
映像に身を委ねていれば、遠い未来の宇宙の果てにあるであろう星の歴史や人々の営みを内包した壮大な光の絵巻物に、いつの間にか没入しているだろう。
言わばこれは観るのではなくて浴びる映画で、IMAXシアター内にはメランジが大量に舞っていたに違いない。

映画は前作同様ゆったりとしたテンポで進み、基本はどこまでも広がる砂漠を舞台としたポールとフレメンのシークエンスと、ハルコネンの陰鬱な宮廷での権謀術数劇が繰り返される。
プロットは大筋では原作に忠実だが、文庫版で上中下3巻に及ぶ文量には、前後編5時間21分を費やしてもまだ取捨選択が必要。
ここはキャラクターの数を削り、ポリティカルリーダーとしてのポールの成長を絶対的な軸とすることで無理なく再構成している。
脚色の注目点は、ゼンデイヤが演じるチャニのキャラクターで、映画版ではポールとの息子レトを産んでおらず、二人で過ごした時間も短い。
母ジェシカが妊娠している妹アリアも生まれないまま(ただしジェシカが命の水を飲んだことで胎内で覚醒している)なので、全体でも数ヶ月程度の物語になっているのだ。
なのでチャニにとっては、ポールとの関係が恋人として成熟してないうちに、クライマックスがやって来きてしまう。

オースチン・バトラーが怪演するフェイド=サウラとの決闘を制したポールは、チャニに真実の愛を約束した上で、皇帝に譲位を迫り、イルーランを名ばかりの妻として娶るのは原作通り。
ジェシカの説得でチャニも複雑な心境ながら、運命を受け入れたかに思えるところで原作の本編は終わる。
だが映画では、皆が新皇帝ポールに傅き、フレメンたちが聖戦へと向かおうとする中、チャニは一人宮廷を去り砂漠へ向かうのである。
そして彼女の怒りとも悲しみとも取れる、何とも言えない複雑な表情でジ・エンド。
これによって、覚悟を決めて冷徹な君主となってゆくポールと、状況を受け入れられないチャニがの感情の衝突がコントラストを形づくり、なんとも不穏なエンディングとなっているのだ。
本作は「デューン 砂の惑星」の映画化として完璧であり、一つの戦いが終わってもすべてクリアとなるわけでなく、登場人物の物語はずっと物語は続いてゆくという余韻の表現としても秀逸。
これで完結だとしても、何の問題も無い。

だが私的には、ヴィルヌーヴは続編の「砂漠の救世主」まで、ポール・アトレイデスの「デューン・サガ」として、作る気マンマンなのだと思った。
実はこの作品には、未来のアリアとしてある人気スターがワンカットだけカメオ出演しており、もし彼女が「砂漠の救世主」に登場するのだとしたら納得である。
はたして、ヴィルヌーヴの「デューン・サガ」は続くのかどうか?
原作では「砂漠の救世主」は本作の12年後の物語なので、結論が出るのにはだいぶ時間がかかるのかも知れない。

今回は、「デザート・ヒーラー(砂漠の治療者)」という名のカクテルを。
ジン30ml、チェリー・ブランデー15ml、オレンジ・ジュース30mlをシェイクして氷を入れたタンブラーに注ぐ。
ジンジャー・エールで満たして、軽くステアして完成。
チェリーやオレンジの甘みと酸味が、ジンジャー・エールのシュワシュワと共にスッキリと喉を潤してくれ、名前の通りに暑い日を快適にしてくれる。

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コメント
この記事へのコメント
良かった
面白かったあ。
砂虫の迫力とスピード感の凄さ。クライマックスなんか、「フレメン、なんで負けてたんだ?」って思うくらい。まあ、シールド張れないから、航空攻撃食らったら乗ってる連中が一掃されるんだろうけど。

原作『砂の惑星』段階では控えめだった記憶のあるベネ・ゲセリットが元気に出張ってたのも好印象。オタク的に、アラキスの風土や風習より、彼女らの計画に心惹かれていました。達成したら失敗してたとこも含めて。

自らの狂信者による大虐殺という未来を回避しようとしていたポールが、結局は己の未来視の奴隷になってしまう皮肉も素敵でした。一方で、未来は見えない母上が嬉々として暗躍してるのも。

ヴィルヌーブといえば「メッセージ」も未来視を得る主人公の話でしたね。あれも、割と淡々とした原作を、悲劇的結末を知って尚幸福な過程に臨むって風に、感動的に表現していたなぁ。
2024/03/19(火) 01:02:02 | URL | 焼き鳥 #9L.cY0cg[ 編集]
こんばんは
>焼き鳥さん
時間というのは、ヴィルヌーヴの一貫したテーマなんだと思います。
「灼熱の魂」や「静かなる叫び」「ブレードランナー」は過去のふるまいがどう現在に影響するのか。
本作や「メッセージ」は今の行動がどう未来を作るのか。
時間という見えないものをイメージさせる力は、圧倒的な画力ですね。
見事な仕事でした。
2024/03/20(水) 21:09:31 | URL | ノラネコ #xHucOE.I[ 編集]
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