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歩いても 歩いても・・・・・評価額1650円
2008年07月24日 (木) | 編集 |
「歩いても 歩いても」は、ある意味で是枝裕和の劇場用映画デビュー作、「幻の光」と対になるような作品だ。
心に傷を負った一人の女性が、ゆったりとした能登の田舎での生活の中、徐々に癒されてゆく過程を描いた「幻の光」に対して、こちらはとある一家の再会の一日を通して、彼らの心が互いに対してほんの少しだけ優しくなる様を描いた、ある種の群像劇と言える。
シチュエーションは対照的ながら、日常を生きる人々の心の機微をカメラで優しくすくい取り、物語を「描く」というよりは静かに「観察」するようなスタンスは変わらない。

ある年の夏、三浦海岸。
失業中の横山良多(阿部寛)は、妻のゆかり(夏川結衣)と妻の連れ子のあつしを連れて実家を訪れた。
開業医だった父(原田芳雄)とは昔から何かにつけて衝突してきた経緯もあり、母(樹木希林)も子連れのゆかりとの結婚を内心良く思っていない事がわかっていたので、気の進まない帰郷だ。
姉のちなみ(YOU)の一家も既に来ていて、母と共に楽しそうに御馳走の用意をしていた。
互いに近況が気になりながらも、なかなか心を割って向かい合えない頑固な父と良多。
この久々の団欒は、実は若くして逝った一家の長男の命日なのだった・・・


「幻の光」には、こんな長廻しのカットがある。
主人公が、輪島の朝市で買い物中、店のおばちゃんと会話していると、彼女のいる場所に徐々に太陽が射し込んでくる。
曇り空で撮影をしていたのに、途中で晴れ間が出てしまったという、明らかなNGのカットであり、劇映画を見慣れている目には違和感がある。
おそらく最初からフィクションで育った映画作家なら、そのままボツにしたカットだと思う。
ところが是枝監督は、この太陽の光を、能登の暮らしによって癒され、心の雲を取り払いつつある主人公の心象表現として、そのまま使っているのである。
俳優にも無理に演技をつけようとしていない。
二人の子役はもちろん、素人同然だった江角マキコにも、シチュエーションの中で自然に動いてもらい、それを一歩引いた視点で観察するようなスタンスは、ドキュメンタリー出身者を強く感じさせる作りだったが、同時にその冷静かつ確かな人間観察眼には舌を巻かされた。
初の時代劇となった一昨年の「花よりもなほ」では、さすがにフィクションの造りこみの度合いが違ったが、基本的に彼の作品に共通するのは、人間への深い興味と理解だ。

三浦海岸近くの、嘗て開業医を営んでいた一軒の家。
この家に暮らす老夫婦の元へ、独立した子供たちがそれぞれの家族を連れて集まってくる。
ごくごく平凡な日常の風景だが、やがて彼らは15年前に死んだ一家の長男を弔うために集まったという事がわかってくるのだ。
物語的には恐ろしくシンプルで、特にドラマチックな盛り上げというのは考慮されていない。
それどころか物語の設定や、登場人物たちの関係などを説明する描写すら殆ど存在しない。
あくまでも日常のさりげない会話や描写を通して、自然に観客に状況を認識させる。
その代わりに、登場人物たちは徹底的に造形されており、性格から趣味嗜好、互いをどう思っているのか、なぜそう思うようになったのかが物語の中で示唆され、彼らのたどってきた長い人生をリアルに実感させる。

無数の人間がひしめく社会の中で、本来一番近くて一わかり合っているはずのミニマムな集団、「家族」
しかしこの映画の登場人物は、強く結びつきつつも、同時に見えない壁によって隔てられている様に見える。
そりの合わない良多と父の間はわかり易いが、ゆかりと母との間、ちなみ家族と父母の間、一見すると何の問題もなさそうな家族の間に、超える事の出来ない一線が存在している。
家族だからこそ、決して言えない事があり、見せたくない自分がいるのは当然だが、この家族は結びつきたい気持ち、離れたい気持ちのバランスが少し崩れ、それぞれが個を守るためにバリアーを張った様な状態になっている。
それが食事の準備、一家団欒の食卓、墓参の道筋といった日常の一瞬に少しずつ見えてくるのだが、それは離れ離れに暮らしている彼らが、直に触れ合う事で始めてわかってくる事なのだ。

樹木希林が抜群に良い。
長男の事故死の原因となった男に対する、秘められた恨みを告白するシーンと、迷い込んできた蝶に長男の魂を見るシーンは本編の白眉だろう。
「誰も知らない」では育児放棄する母親を演じていたYOUや、いかにもいそうな頑固オヤジの原田芳雄、姑に気兼ねする嫁を繊細に演じた夏川結衣も好演していたと思う。
語り部の役回りである主人公の横山良多を演じた阿部寛は、決して悪くないが少しキャラが濃すぎたかもしれない。
なんとなくCMのハイムさんを思い出してしまった。

「歩いても 歩いても」は、是枝裕和一流の人間観察と、綿密な脚本作りが結びついた秀作だ。
一家にとっての特別な一日が過ぎたとき、見た目には何も変わっていないし、実際何も起こっていない。
しかし、ほんのわずかながら、それぞれが心に秘めたものを少しずつ感じ取った彼らは、前日よりも少しだけお互いのことを知り、思いやる事が出来るのである。
まるで他人の家の一日を覗き見たような感覚にもなる作品だが、最終的に伝わってくるのは、触れ合う事、語り合うことの大切さと、人間の絆だ。
人は、決して一人では生きられない。
人生には悲しい事も、うれしい事も、やるせない事もあるけど、それでも人間は誰かと共に生きてゆかなければならない
そんな事を感じさせてくれるこの作品は、少しばかり残酷で、そして優しいのである。

今回は是枝監督のデビュー作、「幻の光」の舞台となった輪島の地酒「千枚田」をチョイス。
輪島市内にある清水酒造という小さな酒蔵の作品だが、喉ごしすっきりしていて、それでいて十分なコクがあり、純米酒らしい香りも楽しめる。
この季節は冷にして飲むのがお勧めだ。
決して大げさではないが、丹念にしっかりと作られた、まさに是枝作品の様なお酒である。

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コメント
この記事へのコメント
希林さん
こんにちは。
TB&コメントありがとうございました。
何てことないようで、濃密とも受け取れる秀作でしたー
希林さんが編み物をしながら恨みを語るシーンは、本作で一番印象に残っています。
背中で全てを語っているように見えました。
背中で語るのは男性なのかもしれないけれど。
とにかく、表情が見えなくても、背中から何かが伝わってきて鳥肌が立ちました。

『花よりもなほ』

まだ見ていないのでありましたー
その内、チェックしようと思います。
2008/07/25(金) 20:58:34 | URL | となひょう #-[ 編集]
作家としての成熟
こんばんは。

ぼくは『幻の光』が生理的にあわず、
こういう映画ばかりt作るから
日本映画はつまらないんだ…なんて思っていました(汗)。
そのあとも、どれを観てもなじめず…。
ところが『誰も知らない』でビックリ仰天。

もともとはドキュメンタリーで名をなした人ですが、
やはり何かに秀でたものを持っていると、強いですね。
この映画は、以後、彼が劇映画で身に付けたものと、
本来持ち合わせていたものが
見事な融合を見せた作品だと思います。
いい意味での作家としての成熟でしょうか。
2008/07/26(土) 23:04:43 | URL | えい #yO3oTUJs[ 編集]
こんばんは
>となひょうさん
樹木希林が一番美味しいところをさらって行った感じですね。
あの突然の告白はドキリとしました。
時代劇の長屋物が好きな私としては、「花よりもなほ」は大好きな作品です。
是枝監督にはぜひとも時代劇に再チャレンジしていただきたいと思います。

>えいさん
「幻の光」の頃は私は海外に住んでいて、映画祭でこれを観たのですが、その研ぎ澄まされた空気感に衝撃を覚えました。
たまたまその時に是枝監督と話す機会があったのですが、ドキュメンタリー出身者らしい冷静な人間観察眼と優しさを併せ持った人だなあという印象をうけました。
おっしゃる様に「誰も知らない」は、監督のフィルモグラフィーの中でもターニングポイントになる作品でしょうね。
あの作品以来、確実に「劇映画」の色が強くなってきた気がします。
デビュー作の頃のセンスと、フィクションの経験が上手い具合にこなれてきて、良い感じで成熟してきてるのかもしれませんね。
2008/07/27(日) 19:14:57 | URL | ノラネコ #xHucOE.I[ 編集]
こんばんは。
明日、この映画を観に行こうと思ってるんです。
是枝監督の「幻の光」がすごく好きなので楽しみにしてたのですが、感想読ませていただいて、ますます楽しみになりました。

また、お邪魔させていただきますね。
2008/07/29(火) 22:56:48 | URL | おゆ #-[ 編集]
こんばんは
>おゆさん
「幻の光」の好きな人ならきっと楽しめると思います。
是枝監督の特徴の上手く出た、良質の人間ドラマですよ。
特に何が起こるわけでもないのに、時間が全く気になりませんでした。
2008/07/29(火) 23:24:31 | URL | ノラネコ #xHucOE.I[ 編集]
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