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ムサン日記~白い犬・・・・・評価額1650円
2012年06月09日 (土) | 編集 |
ただ、幸せになりたかっただけなのに。

名匠イ・チャンドンの元で、「ポエトリー アグネスの詩」の助監督を務めた、パク・ジョンボムの長編監督デビュー作は、心に深く染み入る秀作である。
監督自身が演じる主人公のスンチョルは、韓国全体で2万3千人以上にのぼると言われる脱北者の青年だ。
命がけで故国を脱出し、何年も潜伏先の中国で苦労して、ようやく辿り着いた韓国もまた、彼らにとっては安住の地とは言い難い。
同じ民族でありながら、そこにあるのは二級市民としての偏見と差別、そして貧困。
映画は、脱北者というアイコンをモチーフに、はたして人間の幸せとは何か?幸せになる為には他者の犠牲が必要なのか?という普遍的かつ重い問いを投げかける。

ポスター貼りの仕事で細々と暮らすスンチョル(パク・ジョンボム)は、北朝鮮のムサン出身の脱北者だ。
希望を抱いて韓国にやって来たものの現実は厳しく、資本主義社会のイロハも知らない脱北者に稼ぎの良い仕事は見つからない。
同郷の友人、ギョンチョル(チン・ヨンウク)は、犯罪ギリギリの危ない仕事に手を出している。
スンチョルにとって、辛い毎日の中の唯一の救いは信仰だった。
彼は教会の聖歌隊に所属する美しい女性、スギョン(カン・ウンジン)に憧れているが、声をかけることすら出来ず、遠くから見つめるだけ。
そんなある日、捨てられた白い犬を拾ったスンチョルは、その犬をペックと名付けて飼う事にするのだが・・・


南海キャンディーズの山ちゃんの様な、おかっぱ頭にどんぐり眼のスンチョルが強烈。
元々このキャラクターは、監督の友人で実際に脱北者でもあった同名のスンチョルという人物がモデルとなっている。
いつか一緒に映画を撮ろうと誓った二人は、2008年に本作の原型となる短編映画「125チョン・スンチョル」を完成させるのだが、残念ながら本物のスンチョルさんはその僅か数日後に癌のために亡くなってしまったという。
この短編を観たイ・チャンドンがパク監督を自作の助監督に抜擢し、そこから本作の実現へと繋がってゆくのである。

短編版のタイトルにもなっている「125」とは、韓国の住民登録番号の事。
脱北者にはこの125を含む番号が割り振られるため、住民登録証を見れば、その人が脱北者かどうかわかってしまうのだ。
彼ら脱北者は、言わば韓国社会の招かれざる客であり、大都市ソウルという大海の中で、ゆらゆらと波間を彷徨う様な不安定な存在として描かれる。

スンチョルは中国経由で脱北したので中国語が出来るが、125ナンバーの脱北者には絶対に中国のビザは出ない。
故に唯一の特技である中国関連の仕事に着くことが出来ないスンチョルは、街のポスター貼りの様な日雇い労働でしか生きる道はないのだ。
だが、この仕事は競争が激しく、良い場所はすぐに占領され、同業ライバルの暴力の洗礼を受ける事すらある。
僅かな日当で細々と食いつなぐ日々に将来は見えない。
一方で、同郷の脱北者でルームメイトのギョンチョルは、さっさと資本主義社会に馴染み、脱北仲間の金を中国経由で違法に北朝鮮に送金するという、危ないビジネスに手を染めている。
羽振りも良く、ガールフレンドともよろしくやっているギョンチョルにとっては、あまりにも愚直なスンチョルの生き方は何とも不器用に見え、色々と世話を焼いている。

なかなか韓国での生活に馴染めないスンチョルだが、通っている教会の聖歌隊に所属するスギョンには仄かな恋心を抱いている。
もちろんギョンチョルと違って女性に積極的に声をかける勇気は無く、まるでストーカーの様に遠くから彼女を見つめるだけ。
だが、彼女の実家がカラオケ屋を営んでいる事を知ったスンチョルは、脱北者である事を隠して、何とかその店で仕事を得る事に成功する。
ほんの僅かに希望が見えてきた頃、スンチョルは捨てられた白い犬を飼い始める。
韓国語で白を意味する「ペック」と名付けられたその犬は、心の純粋さを象徴するもう一人のスンチョル自身に他ならない。
ソウルという大都会の片隅で出会った一人と一頭は、少しづつ心を通じさせ家族になってゆくが、そんな細やかな幸せすら長続きしないのである。
スギョンの店で働き始めたものの、スンチョルは毎夜の様に失敗の連続。
しかも当然客商売の経験など無い彼は、自分の何が問題なのかも理解する事が出来ないのだ。
そして、スンチョルが脱北者とは露知らぬスギョンは、彼を単なる非常識な男と思い込み、解雇してしまう。

北朝鮮にも、中国にも、韓国にも見つけられない“幸せになれる場所”
物語の終盤、スンチョルはスギョンの前で自分が脱北者である事と、ずっと心の奥底に隠してきた秘密、飢餓の北朝鮮で、僅かな食料を得るために人を殺したという彼にとっては忌むべき過去の記憶を吐露する。
スンチョルが信仰に惹かれる訳、他者と距離を置こうとする訳がこれで明らかとなる。
豊かな韓国へ来れば、ただひっそりと幸せに暮らせると信じ、しかしそれが幻想である事を悟ったスンチョルは、嘗て生きるために人を殺した様に、ビジネスの失敗で窮地に陥っていたギョンチョルを裏切るのだ。
それは、スンチョルが純白に生きる事を自ら否定した瞬間である。

幸せになるためには、誰かを犠牲にしなければならないのか。
インタビューによると、これはパク・ジョンボム監督自身にとっても、重くのしかかるテーマなのだという。
何故なら、亡くなった親友の脱北という経験の上に、この映画が成立している訳であって、自身の成功は親友を利用した結果なのではないのか?という考えがどうしても拭えないとの事。
本作のラストは、おそらく全ての観客に驚きをもたらすだろう。
告白によって再びスギョンの店に迎えられ、忙しくもいきいきと働くスンチョルが街へ出ると、手持ちカメラによる長回しで、彼を背後から追ってゆく。
彼の顔は写らないので表情は見えない、しかしこれから何かが起こり、それは決して歓迎すべき事態ではないという事を、カメラは強烈に示唆する。
そして、スンチョルが歩んで行く先にあったものとは・・・。
衝撃と共に余韻を残す切ないラストは、作者自身の深い葛藤からしか生まれ得ないものだったのかも知れない。

今回は、劇中スギョンのカラオケ店で出されていた韓国の代表的な銘柄「ハイト」をチョイス。
スッキリと喉越し軽い典型的な韓国ビールだが、これからのジメジメした季節にはちょうど良い。
ズシリと重い映画の余韻は、韓国屋台料理にハイトをチビチビやりながら、じっくりと噛みしめたい。
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コメント
この記事へのコメント
よかったです!
監督が自分で演じているという意味ではよく『息もできない』と比較されちゃってるみたいですが、私はこちらの方に軍配を上げたいかな。
あのラストは本当によかったです。脱北者の話だし単に重たく終わるのかなと思いきや、あんな凄まじい葛藤が待っていたとは。人間は白いピュアな心のままばかりじゃ生きられないってことでしょう。
2012/06/17(日) 12:19:21 | URL | rose_chocolat #ZBcm6ONk[ 編集]
こんばんは
>rose_chocolatさん
確かに作品の成り立ちは「息もできない」と共通する部分がありますね。
どちらも傑作ですが、内容が全く違うので単純比較は難しいです。
脱北というモチーフは重要なフックではあるけど、テーマ的にはもっと普遍的な人間性の部分になっていたのが良かった。
非常に共感できる作品でした。
2012/06/18(月) 19:20:41 | URL | ノラネコ #xHucOE.I[ 編集]
重いけれど・・・観てよかった
こんにちは。ほとんど話題になっていない作品で、あまり期待もしていなかったのですが・・・。打ちのめされました。
ラストシーンに至る背後からの長回し、不安感の煽り方が半端ではなかったですね。
前半で「韓国にもファミマがあるんだ」と思って観ていたのですが、そのファミマにスンチョルが行くとは・・・。
何か得ようとすると何かを失う。厳しく、残酷過ぎる現実を描いた映画ですが、ラストシーンの衝撃とともに忘れられない作品になりそうです。
2012/06/22(金) 16:59:17 | URL | 真紅 #V5.g6cOI[ 編集]
社会体制を超えたところに…
よく、
日本は、戦後、
その考え方、生き方が180度変わったということが
よく言われますが、
それは国に限らず、もともと人間ってそんなものかな…と。
どんな社会でも、順応できる人とできない人がいる。
これは社会体制を超えた映画だと思いました。
2012/06/24(日) 18:48:56 | URL | えい #yO3oTUJs[ 編集]
こんばんは
>真紅さん
なかなか内容をイメージし難い映画ですから、タイトルと中身とのギャップで驚く人も多いようです。
私もこれほど厳しい物語とは知らなかったので、ラストにはやられました。
観終わった後もかなり心に鈍痛が残りました。

>えいさん
社会のあり方が変わるときは、国の違いに関わらずそういうことが起こるんでしょうね。
特にスンチョルは全くの別世界に来た訳で。
私は程度の差こそあれ、急速に格差社会が広がっている日本でもリアリティのある物語だと思いました。
2012/06/24(日) 22:11:55 | URL | ノラネコ #xHucOE.I[ 編集]
TBを・・・
ありがとうございました。
主人公の、おかっぱ頭といい、孤独な後姿といい、、重いテーマですが、にじり寄るように迫ってきました。
さりげなくも、過酷な韓国での脱北者たちを象徴しているかのような、静かなラストでした。
この種の作品は、これからも増えていく気がします。
2012/07/19(木) 21:22:30 | URL | Julien #-[ 編集]
こんばんは
>Julienさん
一見脱北者という韓国ならではの問題を扱ってる様に見えますが、これは階級の存在する社会ならどこにでも当てはまる事だと思います。
おそらく格差が急速に広がる日本でもこういうテーマが増えてくるでしょうね。
2012/07/19(木) 22:23:59 | URL | ノラネコ #xHucOE.I[ 編集]
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原題: THE JOURNALS OF MUSAN 監督: パク・ジョンボム 出演: パク・ジョンボム 、チン・ヨンウク 、カン・ウンジン 観賞劇場: シアターイメージフォーラム 公式サイトはこちら。 「製作・監督・脚本・主演の1人4役を務めたのは、名匠イ・チャンドン監督の助...
2012/06/17(日) 12:16:18 | Nice One!! @goo
 THE JOURNALS OF MUSAN  北朝鮮から韓国へ「脱北」してきたスンチョル(パク・ジョンボム)は、寡黙な 青年。脱北者仲間のギョンチョル(ジン・ヨンウク)の部屋に居候しながらポス ター...
2012/06/22(金) 16:38:24 | 真紅のthinkingdays
ムサンからソウルへ脱北した青年の、憧れと孤独を描く。パク・ジョンボム監督(主演)の、韓国映画だ。青年の拾った白い犬は、何を見ていたか。この映画の主人公は、パク・ジョンボ...
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