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思秋期・・・・・評価額1700円
2012年10月09日 (火) | 編集 |
それでも、人生はつづく。

抑制できない怒りの感情を抱える男と、穏やかな仮面の下に絶望を隠した女の、不思議な縁と人生の哀歓を描くハードな人間ドラマ。
「イン・アメリカ/三つの小さな願い事」や「ホット・ファズ -俺たちスーパーポリスメン!-」で知られる英国の俳優、パディ・コンシダイン入魂の長編監督デビュー作だ。
主人公の男やもめに、ケン・ローチ監督の「マイ・ネーム・イズ・ジョー」でカンヌ国際映画祭男優賞を受賞した名優ピーター・ミュラン、彼の救いとなる心優しい女性をコメディエンヌとして知られるオリヴィア・コールマンが演じる。
※ラストに触れています。

妻を亡くし、職も失ったジョセフ(ピーター・ミュラン)は、湧き上がる怒りを抑えられず、酒に溺れては喧嘩を繰り返す日々を送っている。
ある日、ジョセフは例によって揉め事を起こし、逃げ込んだ先のチャリティ・ショップで、その店で働くハンナ(オリヴィア・コールマン)という女性と出会う。
ジョセフは、穏やかで優しいハンナとの触れ合いを通して徐々に癒され、心の武装を解いてゆく。
だが、裕福な夫ジェームズ(エディ・マーサン)と暮らし、一見すると幸せそうなハンナにも、誰にも言えない悲しい秘密があった・・・


簡単に言えば、殻に閉じこもった飲んだくれのろくでなしが、一人の女性と運命的に出会った事で、徐々に自分を見つめ直し、彼女と共に魂の救済を受ける話である。
本作はパディ・コンシダインが2007年に初めて監督した16分の短編映画、「Dog Altogether」のセルフリメイクに当たる。
コンシダインの父親をモデルに造型されたというジョセフは、大きな喪失感に苛まれ、怒りの感情に支配されている男だ。
映画は、泥酔し激昂したジョセフが、飼い犬を蹴り殺すという衝撃的なシーンで幕を開ける。
長年連れ添った妻を失い、仕事も無く、唯一の親友は不治の病で余命幾ばくもない。
とにかく、人生の何もかもが上手くいかないジョセフは、自分を含めた世界全てが気に入らず、常にイライラして当り散らす。
そんな怒れる男の前に現れるのが、教会の経営する小さなチャリティ・ショップで働くハンナだ。
真摯にジョセフの言葉に耳を傾け、時に神の慈愛を説く彼女の存在は、固く閉ざされていたジョセフの心に春の息吹の様に働きかけ、ゆっくりと雪解けへと導いてゆく。

ぶっちゃけジョセフというキャラクターは、まるで反抗期の子供がそのまま大きくなった様な、いい歳をしてひどく子供っぽい男である。
おまけに暴力的で差別主義者で、酒ばっかり飲んで周りに八つ当たりしている。
正直、一番関わり合いになりたく無いタイプで、登場するやいなやこんな粗野な人物には誰も感情移入しないだろうと思わされる。
中味は子供であるがゆえに、女性に対する愛も熟年の包容力など望むべくもなく、ワガママいっぱいにお母さんに甘える様な一方的なもの。
だから最初ジョセフは、自分に親切にしてくれるハンナに対しても、思いっきり残酷な事を言って泣かせてしまうのだ。
だが、ジョセフが嫌味ったらく責めるほどに、裕福で幸せな暮らしをしているはずの彼女も、実は日常的に繰り返される夫からの暴力というジョセフ以上の痛みと悲しみを抱えている。
チャリティ・ショップは彼女にとって唯一の逃避の場であり、キリストの愛を信じよという言葉は、自分自身に言い聞かせる願望の側面も持っているのだ。
そしてある時、レイプという一線を超えた暴力を受けたハンナは、一人家を出てジョセフを頼る。

自らを救ってくれた女性が、内面では深く傷つき、人生に絶望した存在である事を知った時、癒す者と癒される者の立場は逆転する。
ハンナの中に自分と同じ悲哀を感じたジョセフは、彼女を守ろうとするのである。
面白いのは、ジョセフの周りに配された男たちが、皆彼にとってある種の鏡像の様に造型されている事だ。
向かいの家に住むチンピラの情夫、死を迎えつつも娘との関係に悩む友人、そして共依存の関係でハンナを支配し、過酷な運命に追い込むDV夫のジェームズ。
ハンナとの交流によって自己を見つめ直したジョセフは、ようやく自身の中にも疼くおぞましい性根に気づき、閉じこもってきた殻を破る事ができる。
原題の「Tyrannosaur(ティラノサウルス)」とは、ジョセフが巨体だった亡き妻をからかってつけたあだ名。
後悔と思い出が化石の様に眠る家で、孤独な墓守として暮らしていた彼は、ハンナのために人生を少しだけ前に進める決意をする。
しかし、それは皮肉な事に、彼女のある行いを白日の下に晒す事になるのである。

ジョセフの住む街は、英国中部の都市リーズの典型的な低所得ブルーカラーが暮らす公営住宅地であり、貧困、犯罪、暴力といった様々な社会問題が顕著化しやすい地域だ。
コンシダインは、だからと言ってステロタイプ的な社会派リアリズムの誘惑に逃げる事なく、この一見して地味な人間ドラマを、シネマスコープ画面で実に映画的に描写してゆく。
素晴らしい俳優たちの演技と、しっかり手間暇をかけ妥協なく緻密に計算された映像は、低予算を全く感じさせる事なく、むしろゴージャスにさえ思える。
例えば、本作では登場人物のメンタルを象徴するかの様に、全編がどんよりした曇り空の下で撮影されているが、ジョセフとハンナが新しい人生に歩み出す事を象徴するラストカットで、遂に太陽が僅かに顔を覗かせる。
このワンカットを撮るために、一体どの位粘ったのだろうか。
あるいは、ジョセフらコミュニティの住人たちが、亡き友人を賑やかに弔う情感豊かなシーンでは、カメラは観客の目線となり、誰もがその場に列席していかの様な錯覚を感じ、心動かされるだろう。
物語と映像への真摯な拘りを見ても、いかに丁寧に作られた映画なのかわかるという物だ。
どんなに辛くとも、足掻いて傷つこうとも、人生の旅路は今日も明日も続いてゆく。
誰か一人でも心の拠り所がいる限り、この世界は十二分に美しく、生きるに値するという事を、この燻し銀の人間ドラマは端的に教えてくれる。
「ミリオンダラー・ベイビー」「ウィンターズ・ボーン」といった作品が、心の琴線に触れた人には、必見の秀作である。

今回は英国のオヤジの様な、歴史あるビール「オールド トム」をチョイス。
170年前に創業して以来、6代に渡ってロビンソン家が守ってきた老舗の味は、濃密で複雑な大人のストロングエールだ。
アルコール度数も8.5°と高く、じっくりと時間をかけて楽しみたい。
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コメント
この記事へのコメント
素晴らしい
これは素晴らしい1本でしたね。
今年のmyベスト入りかもです。

イギリスの労働者階級を描いた作品っていろいろとレイヤーができそうで、またそうやってできた作品が深みがあってよいんですね。
今年の夏の三大映画祭の『フィッシュ・タンク』も傑作でしたけど、苦しい中で日々を送る人間の生き様を語らせたらこのカテゴリは強いです。

そしてこの2人の人間模様も素敵でした。特に最後のハンナは美しく、ジョセフも凛々しいのです。
2012/10/09(火) 21:01:40 | URL | rose_chocolat #ZBcm6ONk[ 編集]
こんにちは
ピーター・ミュランの演技に惚れましたわー。
あの人を映し出した瞬間に、映画がグッと真に迫ってくる気がしました。
ハンナが実は・・と判明する辺りで、映画のテイストが変わってくるところも、オヤっとなる辺りもいいです。
パティ・コンシダインて、普通に結構イケメンさんだと思っていたけど、この人こんなに才能あるんだなあ。アスペルガーだとはWikiで知りました。
2012/10/12(金) 12:19:41 | URL | とらねこ #.zrSBkLk[ 編集]
こんばんは
>rose_chocolatさん
そうなんです。それまでの厳しい表情から一転して、最後には二人共憑き物がおちたかのようにとても爽やかな顔をしているんですよね。
背負っている物が無くなった訳じゃないし、むしろ重くなったのでしょうけど、しっかりと向き合って生きてゆく決意を感じます。
二人は恋人であり、同士の様な絆で結ばれたのでしょう。

>とらねこさん
10日ほどで脚本を書き上げたらしいですが、爆発的な集中力があるんでしょうね。
羨ましい限りです。
ピーター・ミュランの深みも素晴らしいですが、オリヴィア・コールマンのシリアスな才能を引き出したのも、さすがは俳優出身の監督です。
コンシダインは今後も注目ですね。
2012/10/14(日) 21:52:37 | URL | ノラネコ #xHucOE.I[ 編集]
見逃せない一本
ピーター・ミュランが来日したときに
そのインタビューをした人から聞いたのですが、
彼は映画の外でもアルコールが離せないのだとか…。
あの赤ら顔は地なんだな…と。
それにしても
この衝撃の展開。
タイトルからは想像もつかなかっただけに、
よけいに驚きでした。
キリスト教や女王陛下など、
権威への不信、否定も含まれた、
これは見逃せない一本ですね。
2012/10/17(水) 13:33:46 | URL | えい #yO3oTUJs[ 編集]
こんばんわ
この脚本を10日で書き上げたとは…。いや~素晴らしい!

この映画って多分年齢を重ねていくたびに伝わってくるものが多くなるような気がしました。私は現在30代ですが、20年後に見たら涙が止まらないかもしれませんわ。
2012/10/21(日) 20:57:58 | URL | にゃむばなな #-[ 編集]
こんばんは
>えいさん
飲みっぷりが見事でしたものね(笑
後半まさかこういう方向に行くとは思ってもみなかったので衝撃でしたが、そこまで重い荷を背負わせたからこそあのラストなのかも知れません。
人間は権威ではなく人間に救われるという事でしょうね。
傷つけるのもまた人間なのですけど。

>にゃむばななさん
たぶん、自分の身近な人をキャラクターにしている私小説的な部分があるから、一気に書き上げられたのだと思います。
仰る様に年齢によって受け止め方は違うかもしれませんね。
これを二十の時に見ても、あんまりピンとこなかったかも。
2012/10/22(月) 00:20:55 | URL | ノラネコ #xHucOE.I[ 編集]
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