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ぼっちゃん・・・・・評価額1650円
2013年03月25日 (月) | 編集 |
“基地外”だって、幸せになりたい。

「まほろ駅前多田便利軒」の大森立嗣監督が、秋葉原無差別殺傷事件の犯人像をモチーフに、主人公の派遣労働者の青年が、日常の虚無の中に狂気を溜め込んでゆく様を描く。
新しい職場で人生ではじめての“友達”を得た青年はしかし、職場のイジメや叶わぬ恋に葛藤し、犯罪の片棒を担がされたりしながら、徐々に心の均衡を失ってゆく。
水澤紳吾、宇野祥平、淵上泰史が、それぞれに別種のダメ男をコミカルかつ味わい深く演じて皆素晴らしい。

派遣労働者の梶知之(水澤紳吾)は、家族も恋人も友人もおらず、自分の孤独な心情や劣等感をネット掲示板に書き込む事だけが生きがい。
長野県の佐久市の新しい職場にやって来た梶は、期間工の田中(宇野祥平)と意気投合し、はじめての友達となると、しだいに親しくなってゆく。
だが、ある日ドライブで山に出かけた二人は、突然現れたユリ(田村愛)から助けを求められる。
彼女は、社員寮で梶の隣室に住む岡田(淵上泰史)に監禁されそうになって逃げ出して来たと言うのだが・・・・


あの秋葉原事件の映画と聞いていたので、それなりに身構えて観たのだが、良い意味で期待を裏切られた。
これは現実の事件の顛末をリアルに描いた作品ではなく、事件を起こした犯人の人物像を考察した上で一度解体し、映画的に再解釈する事で作り上げた可能性の世界、パラレルワールドのアナザーストーリーと言えるだろう。
主人公である梶と、友達になる田中、そして彼らを支配しようとする岡田は、現実の事件の犯人の持つ異なるメンタリティを分割し、それぞれに別々の人格としてカリカチュアした様なキャラクターであり、本作は彼らの心象世界だ。

三人に共通するのは、内面でマグマのように蠢く強烈な劣等感。
映画の中で“基地外”“基地内”という言葉が出てくる。
正社員でイケメソでリア充の男は“基地内”、派遣でブサイクで彼女も友達もいないのは“基地外”なのだそうな。
自他共に認める“基地外”である梶は、ガリガリの体にでっかい黒ぶちメガネの貧相なルックス。
おまけに性格も悪く、仕事は何をやっても長続きしない。
もちろん彼女なんている訳も無く、高校時代の同級生の写真を引き伸ばし、二次元の彼女にキスするのが精一杯。
日々感じる孤独な心の声を、誰が見ている訳でもないネット掲示板にせっせと投稿するのが日課だ。

そんな梶と友達となる田中は、言わば梶のマイルド版。
髪が薄くてズングリ体型、興奮するとてんかんの様な発作を起こして気絶してしまう。
ただ、病気とルックスへのコンプレックスは強いものの、生来の気持ちは優しくて、ネガティブ思考が服を着て歩いている様な梶よりは、やや希望的に人生を捉えており、チャンスさえあれば、こんな自分でも幸せになれると思っている。

そして二人の同僚で、ルックスはイケメン、元スピードスケート選手という肉体を誇示し、女にもモテる自称“基地内”が岡田だ。
だがこの男、実は本名を黒岩と言い、嘗て一度も勝てないライバルだった岡田という選手を殺害し、彼に成りすましているのである。
それだけでなく、ナンパした女性が心を許すと、突如豹変してサディストとなり、彼女らをレイプして殺してしまうという恐るべき嗜虐性を秘めたシリアルキラーなのだ。
歪んだ劣等感から、他人に対する攻撃性が突出してしまったキャラクターと言えるだろう。

彼ら三人は、同じ社員寮の並びの三部屋に住んでいる。
孤独と劣等感という共通点を持つ彼らを、現実の秋葉原事件の犯人の内面のメタファーと考えるならば、この三人以外誰も住んでいない風の閉鎖空間は“脳内”の様な物だ。
ここにネガティブな梶、マイルドな田中、サディストの岡田という三通りのメンタリティが出たり入ったりしながら葛藤し、お互いに影響しあっている訳である。

そこへヒロインのユリが、彼らの間に更なるドラマの燃料を投下するのだが、黒岩に殺害された岡田の妹である彼女もまた、相当に変な女性だ。
兄の名を騙る黒岩によって拉致されそうになったところを梶と田中に助けられると、すぐ近くに黒岩がいることを知りながらも警察に駆け込むでもなく、寮に留まっていつの間にか田中と恋仲になってしまうのである。
彼女もリアルに造形された現実の女性と言うより、ダメ男的な心象世界で理想化、象徴化された女性像と思った方がしっくりする。

物語の終盤は、ユリを軸に三人の“基地外”の葛藤が極限に高まり、とうとう田中はユリと共に社員寮を出てゆく。
梶と田中が、劣等感に支配された“脳内”に留まる中で、田中は問題を抱えながらも未来へと歩み始めるのだ。
だが、互いの中に自分を見ていた他の二人は、田中を“基地外”の仲間に止めおこうとし、遂に三人は正面からぶつかり合う。
現実では、ひたすら孤独を募らせた犯人が凶行に及んでしまった訳だが、映画では独立した人格に別れた三人が、相互に関わり合う事によって現実とは異なる化学反応を起こし、思いもよらない結末を導き出すのである。

私は、本作のパワフルなラストカットを観ながら、映画の力によって歴史をも痛快に改変してしまった「イングロリアス・バスターズ」を思い出した。
秋葉原の事件は確かに現実に起こってしまった悲劇だし、理不尽に他人の命を奪った犯人の行為は当然許されない。
だが、彼の事を殆ど何も知らない我々が、単純に“基地外”と彼の全てを否定する事は正しいのだろうか?彼の人生に他の可能性は無かったのだろうか?もしあったとするなら、何が必要だったのだろうか?
本作は、映画というイリュージョンによって作り出された“if”もしもの世界によって、この問に一定の答えを出していると思う。
たぶん、これからも梶の孤独は変わらないだろうが、彼は最後の最後で踏みとどまった。
ほぼ“基地外”の範疇に入るダメ男の一人としては、彼が孤独を友としてでも、生き続けてくれる事を祈るのみである。

本作の舞台となる長野県佐久市は隠れた酒どころで、日本酒の蔵元が幾つかある他に、ワイナリーも存在する。
今は閉鎖されてしまったが、嘗てはメルシャンの軽井沢蒸留所も置かれて上質なウィスキーを生産していた。
そこで佐久の地酒、土屋酒造店の山廃純米「亀の海 夕焼け小焼け」をチョイス。
日本酒としてバランス良く、山廃純米らしい濃密さと上品な甘みが感じられる。
梶くんには佐久の地酒でも飲んで、せめて幸せな夢を見てもらいたい。
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コメント
この記事へのコメント
こんばんは。
なるほど「映画の力によって歴史をも痛快に改変」――――
ノラネコさんが本作を
『イングロリアス・バスターズ』に例えている理由がやっと分かりました。
2013/03/29(金) 23:28:35 | URL | えい #yO3oTUJs[ 編集]
こんばんは
私はてっきり秋葉事件をリアルに描いた作品と思っていたので、キツイんだろうなあと身構えてました。
まあこれもキツイことはキツイですが、やはり厳しい事実に対して映画ならではのアンサーを出そうというのが明確で、ラストは少しだけ救われました。
いい映画ですね。
2013/04/02(火) 00:07:11 | URL | ノラネコ #xHucOE.I[ 編集]
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