2013年06月11日 (火) | 編集 |
生きることを、諦めない。
実に23万人もの犠牲者を出した、2004年のスマトラ島沖地震による大津波。
本作は旅先のタイでこの津波に遭遇し、一家離散しながらも壮絶なサバイバルを生き延びて再会を果たした、あるスペイン人家族の体験を映画化した物語だ。
人によっては、この映画を日本で公開するのは、まだ早いと感じるかもしれない。
なにしろ前半1/3を占める津波とその破壊の描写は凄まじい。
このシークエンスだけで準備期間を含めて1年が費やされたそうだが、例えばイーストウッドの「ヒア アフター」など過去の作品の津波描写と比べてもそのボリュームとリアリティの差は歴然だ。
終始キャラクター目線に寄り添うカメラは、圧倒的な自然の破壊力の前に、何もできずに翻弄される恐怖を掻き立てる。
配給会社でも相当な葛藤があったと聞くが、少なくとも今の日本で万人にお勧めできる作品でない事は確かだろう。観ない、という選択は当然ありだ。
しかし、個人的にはなかなか感銘を受けたし、死者に対する真摯な姿勢で作られている作品だと思う。
最初の津波を生き延びた母親と長男は、瓦礫の中を安全な場所を求めてさまよい歩く。
東日本大震災でも、津波が複数回押し寄せた事を知っているから、このあたりはまったく安心できない。
たとえ津波の届かない高所にたどり着いても、今度は身体に負った傷が少しずつ、生きるエネルギーを奪ってゆくのである。
一方の父親と次男、三男は濁流に消えた妻と長男を探し続ける。
だが、時間の経過と共に生存者は減り、遺体の発見が増え続け、希望はやがて絶望へと変わってゆく。
全編傷だらけ、感染症で浮腫んだ顔で、瀕死の妻を演じるナオミ・ワッツが本作の白眉。
オスカーノミネートも納得の名演だ。
タイトルの「インポッシブル(THE IMPOSSIBLE)」は、山へと避難した次男が、このシーンだけゲスト的に顔を見せるジェラルディン・チャップリンと交わす会話の中に出てくる。
満天の星の光は、何千年、何万年もかけて地球へと届くから、今見えている星の中には既に死んでしまっている物もあるかもしれない。
「生きている星と、死んでいる星を見分けることはできるの?」という次男に、チャップリンは「インポッシブル」と答えるのである。
通常「インポッシブル」という単語は「不可能」と訳されるが、同時に「ありえない」「信じられない」という語意も含む。
人間の生きる力は強く、諦めなければ「ありえない」事でも起こるのが人生。
このシーンを見た前後で、タイトルの意味が観客の中でも変わる、見事なターニングポイントであった。
そして、再会を果たした家族の心には、未曾有の惨事の中で知った多くの“名前”が刻み込まれる。
なぜ彼らは助かり、他の人々は亡くなったのか、その答えは毎日を懸命に生きて、一生をかけて問い続けるしかないのだろう。
彼らが一日でも長く生きて、記憶する事自体が、救われなかった多くの命の追悼に他ならないのだ。
本作は、良い映画だと思うが、家族が再会するシークエンスは少し疑問がある。
まるでピタゴラスイッチみたいに、一つの展開からトントン拍子にいってしまうのは、そこまでの展開にリアリティを感じるゆえに、逆に少々出来過ぎに感じた。
映画のモデルとなったマリア・ベロンさんによれば、基本的に映画に描かれていることは事実だそうだが、このあたりも映画通りだとすると、本当に神の見えざる手を感じざるを得ないのだけど。
今回は英語劇ではあるが、スペイン人をモデルにしたスペインの映画という事で、リベラ・デル・ドゥエロのワイナリー、ドミニオ・ロマーノから「カミーノ・ロマーノ」の2008をチョイス。
パワフルなフルボディでフルーティな甘みと適度な酸味がエレガントにバランスしている。
赤ワインはキリスト教では血に例えられるが、やはり明日を生きるパワーをもらえるのである。
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実に23万人もの犠牲者を出した、2004年のスマトラ島沖地震による大津波。
本作は旅先のタイでこの津波に遭遇し、一家離散しながらも壮絶なサバイバルを生き延びて再会を果たした、あるスペイン人家族の体験を映画化した物語だ。
人によっては、この映画を日本で公開するのは、まだ早いと感じるかもしれない。
なにしろ前半1/3を占める津波とその破壊の描写は凄まじい。
このシークエンスだけで準備期間を含めて1年が費やされたそうだが、例えばイーストウッドの「ヒア アフター」など過去の作品の津波描写と比べてもそのボリュームとリアリティの差は歴然だ。
終始キャラクター目線に寄り添うカメラは、圧倒的な自然の破壊力の前に、何もできずに翻弄される恐怖を掻き立てる。
配給会社でも相当な葛藤があったと聞くが、少なくとも今の日本で万人にお勧めできる作品でない事は確かだろう。観ない、という選択は当然ありだ。
しかし、個人的にはなかなか感銘を受けたし、死者に対する真摯な姿勢で作られている作品だと思う。
最初の津波を生き延びた母親と長男は、瓦礫の中を安全な場所を求めてさまよい歩く。
東日本大震災でも、津波が複数回押し寄せた事を知っているから、このあたりはまったく安心できない。
たとえ津波の届かない高所にたどり着いても、今度は身体に負った傷が少しずつ、生きるエネルギーを奪ってゆくのである。
一方の父親と次男、三男は濁流に消えた妻と長男を探し続ける。
だが、時間の経過と共に生存者は減り、遺体の発見が増え続け、希望はやがて絶望へと変わってゆく。
全編傷だらけ、感染症で浮腫んだ顔で、瀕死の妻を演じるナオミ・ワッツが本作の白眉。
オスカーノミネートも納得の名演だ。
タイトルの「インポッシブル(THE IMPOSSIBLE)」は、山へと避難した次男が、このシーンだけゲスト的に顔を見せるジェラルディン・チャップリンと交わす会話の中に出てくる。
満天の星の光は、何千年、何万年もかけて地球へと届くから、今見えている星の中には既に死んでしまっている物もあるかもしれない。
「生きている星と、死んでいる星を見分けることはできるの?」という次男に、チャップリンは「インポッシブル」と答えるのである。
通常「インポッシブル」という単語は「不可能」と訳されるが、同時に「ありえない」「信じられない」という語意も含む。
人間の生きる力は強く、諦めなければ「ありえない」事でも起こるのが人生。
このシーンを見た前後で、タイトルの意味が観客の中でも変わる、見事なターニングポイントであった。
そして、再会を果たした家族の心には、未曾有の惨事の中で知った多くの“名前”が刻み込まれる。
なぜ彼らは助かり、他の人々は亡くなったのか、その答えは毎日を懸命に生きて、一生をかけて問い続けるしかないのだろう。
彼らが一日でも長く生きて、記憶する事自体が、救われなかった多くの命の追悼に他ならないのだ。
本作は、良い映画だと思うが、家族が再会するシークエンスは少し疑問がある。
まるでピタゴラスイッチみたいに、一つの展開からトントン拍子にいってしまうのは、そこまでの展開にリアリティを感じるゆえに、逆に少々出来過ぎに感じた。
映画のモデルとなったマリア・ベロンさんによれば、基本的に映画に描かれていることは事実だそうだが、このあたりも映画通りだとすると、本当に神の見えざる手を感じざるを得ないのだけど。
今回は英語劇ではあるが、スペイン人をモデルにしたスペインの映画という事で、リベラ・デル・ドゥエロのワイナリー、ドミニオ・ロマーノから「カミーノ・ロマーノ」の2008をチョイス。
パワフルなフルボディでフルーティな甘みと適度な酸味がエレガントにバランスしている。
赤ワインはキリスト教では血に例えられるが、やはり明日を生きるパワーをもらえるのである。

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![]() 「羨望の的となっているワイナリー」と称賛されましたが、ここリベラ・デル・ドゥエロでも、そ... |
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この記事へのコメント
ノラネコさん☆
一緒に観に行った友達と、ラストは盛りすぎていてウソっぽい?と話したりしましたが、やっぱりここも事実なのですね・・・
というより、幾多の再会物語が多くの被災者にあったのでしょうし、その中から最も「ありえない」ような再会を果たした人の物語とすれば、納得でもあります。
一緒に観に行った友達と、ラストは盛りすぎていてウソっぽい?と話したりしましたが、やっぱりここも事実なのですね・・・
というより、幾多の再会物語が多くの被災者にあったのでしょうし、その中から最も「ありえない」ような再会を果たした人の物語とすれば、納得でもあります。
3つ感じました。前編に流れるヒューマニティ。それと、津波後の救助体制が(私が)想像していたのよりどうやらよりシステマティックだったこと。最後に、西洋(と言い切ってしまうところに抵抗もありますが)の個と個が確立され、その上で結びつくこと。それが、このありえなさそうな再会に結びついたのかも、と。
妻を助けたひげのおじいさんも印象的でした。
妻を助けたひげのおじいさんも印象的でした。
2013/06/14(金) 21:10:28 | URL | さゆりん #mQop/nM.[ 編集]
>ノルウェーまだ~むさん
まだ観たくないという人も多いでしょうけど、良い映画でした。
利己的だったお兄ちゃんが、傷ついたお母さんを見てどんどん成長してゆく姿は頼もしかったですね。
モデルになった人が事実だと言い、実際にスマトラを生き残った多くの人が映画と同じ証言をしてるのですから、最後がうまくいきすぎとか言うのは野暮なのかもしれませんね。
どうしても気になっちゃうんだけど。
>さゆりんさん
西洋人の視点しかないという批判もあるようですが、そりゃ言葉が分からない状態での体験なんだから当たり前ですよね。
実際に体験した人の手記を見ると、非常に忠実に再現されていたようです。
たぶん、映画化にあたってこれでもだいぶマイルドにしたんでしょうけど。
最後の「名前」が印象的でした。
これは彼らのための映画でもあるのでしょう。
まだ観たくないという人も多いでしょうけど、良い映画でした。
利己的だったお兄ちゃんが、傷ついたお母さんを見てどんどん成長してゆく姿は頼もしかったですね。
モデルになった人が事実だと言い、実際にスマトラを生き残った多くの人が映画と同じ証言をしてるのですから、最後がうまくいきすぎとか言うのは野暮なのかもしれませんね。
どうしても気になっちゃうんだけど。
>さゆりんさん
西洋人の視点しかないという批判もあるようですが、そりゃ言葉が分からない状態での体験なんだから当たり前ですよね。
実際に体験した人の手記を見ると、非常に忠実に再現されていたようです。
たぶん、映画化にあたってこれでもだいぶマイルドにしたんでしょうけど。
最後の「名前」が印象的でした。
これは彼らのための映画でもあるのでしょう。
2013/06/14(金) 23:43:10 | URL | ノラネコ #xHucOE.I[ 編集]
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ロンドンのときのお友達に、このスマトラ島沖の津波を実際に体験したというご家族が居た。
まさにこの映画に登場する家族と同じ。
彼女の体験談を聞いて私が想像したものは、まる
2013/06/13(木) 11:22:22 | ノルウェー暮らし・イン・原宿
ロンドンのときのお友達に、このスマトラ島沖の津波を実際に体験したというご家族が居た。
まさにこの映画に登場する家族と同じ。
彼女の体験談を聞いて私が想像したものは、まる
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********************
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2013/12/28(土) 14:42:50 | kintyre's Diary 新館
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