2013年09月19日 (木) | 編集 |
“許されざる者”は誰か?
クリント・イーストウッドが1992年に監督・主演した「許されざる者」は、西部劇のマスターピースにして、映画史にその名を刻む傑作中の傑作である。
テレビの「ローハイド」からマカロニウェスタンを経て、数多くのガンマンを演じてきたイーストウッドが、10年以上企画を暖めて作り上げた“最後の西部劇”は、もはや勧善懲悪的な二元論が説得力を持たなくなった20世紀末に、老ガンマンが銃を置く瞬間を描き、フロンティアの神話としての西部劇の終わりを印象付けた。
そして21年後に李相日監督によって作られたリメイクもまた、オリジナルと甲乙つけがたい見事な仕上がりである。
単にイーストウッド版をなぞるだけでなく、基本プロットは忠実ながら、巧みにオリジナリティを加えて、日本でしか作りえない作品に換骨奪胎しているのだ。
※ラストに触れています。
1880年の秋。
戊辰戦争の幕府軍の残党、人斬り十兵衛こと釜田十兵衛(渡辺謙)は、女子供ですら容赦なく斬り捨てる、冷酷な剣を振るうと恐れられた男。
今では北海道の奥地へ落ち延び、二人の幼子と共に人知れず静かな生活を送っている。
そこへ嘗ての盟友であった馬場金吾(柄本明)が訪ねて来て、女郎たちが仲間を切り刻んだ開拓民二人の首に巨額の賞金をかけたので、一緒に殺りにいこうと誘う。
一度は断った十兵衛だが、農作物の不作で子供たちに与える食事すら事欠く貧困から、最後の仕事を決意する。
やがてアイヌの血を引く青年、沢田五郎(柳樂優弥)も案内役として仲間に加わり、賞金首のいる鷲路を目指す。
だがそこは、町の秩序を保つためなら暴力もいとわず、逆らう者は徹底的に痛めつけ見せしめにする、警察署長の大石一蔵(佐藤浩市)が恐怖で支配する町だった・・・
時代劇がハリウッドでリメイクされるのは、黒澤明の「七人の侍」を翻案した「荒野の七人」を始め数多くある。
クリント・イーストウッドの出世作である「荒野の用心棒」も、黒澤の「用心棒」の(無許可)リメイクである事は良く知られているが、その逆に西部劇を時代劇化するのは珍しい。
特にアカデミー作品賞を受賞した作品が、日本でリメイクされるのは映画史上初めてとの事である。
時代設定の1880年はオリジナルと同一。
まったく同じ時代、同じタイトルを持ちながら、日米二つの「許されざる者」の表情は大きく異なる。
もっとも、物語の基本的な流れはオリジナルとさほど変わらない。
嘗て、その名を聞くだけで相手を震え上がらせた悪名が、生活苦から再び殺しを決意する。
同行者は昔なじみの老いぼれと、跳ね返り気味の若者で、殺しの相手は女を切り刻んだ小悪党二人組という簡単な仕事。
ところが、彼らが住んでいるのは、絶対権力を振るう保安官(警察署長)が牛耳る町だった、という辺りはまったくと言って良いほど同じだ。
本作の独自性は、登場人物たちが抱えている過去の呪縛、即ち舞台となる日本、中でも北海道という土地の持つ独特の歴史にある。
国の歴史は人の歴史。
本作の登場人物は、殆どイーストウッド版と対応する様に作られているが、それぞれの辿ってきた人生は当然異なる。
李相日監督自身によるアダプテーション脚本(脚色)は、明治維新の最終段階となった戊辰戦争、そして元々アイヌの土地であった北海道入植の歴史を色濃く反映させているのだ。
まずオリジナルの主人公であったウィリアム・ビル・マニーは、若い頃に強盗や殺人など悪の限りを尽くした男である。
その後妻と出会った事で銃(剣)を置き、真人間へと生まれ変わるという設定は同じだが、リメイク版の釜田十兵衛は別に悪人ではなく、明治維新という激動の時代あって、一剣士として忠実に自分の仕事をしたに過ぎない。
女子供も容赦しないという伝説も、新政府軍によって捏造されたものである事が劇中で言及されている。
このどこか土方歳三をイメージさせるキャラクターが背負っているのは、冷酷な人斬りとしての汚名だけでなく、過去に縛られ時代に忘れられた者の悲しみだ。
十兵衛のみならず、本作に登場する和人の男たちは、みな一様に明治維新の傷を引きずっている。
オリジナルでモーガン・フリーマンが演じたネッド・ローガンにあたる馬場金吾しかり、ジーン・ハックマンのダゲット保安官に対応する大石一蔵も、刀を持って町に入ろうとして大石にボコボコにされる元長州藩士の北大路正春も、そして十兵衛らの標的となる開拓民の兄弟もまた、戊辰戦争で敵味方として戦ったラスト・サムライなのである。
明治の世となり、敗者となった幕府軍の残党、十兵衛や金吾は社会に居場所を失い、辺境で世捨て人のように細々と暮らすしかない。
一方、勝者である薩長の側も、あくまでも侍として過去の栄光にすがって生きる正春のような男もいるし、北の大地で小さいながらも自分の城を持ち、下級武士の時代には考えられなかった権力を手にした一蔵のような人生もある。
彼らの生き方はどれも間違っているわけではなく、ただただ明治という未知の新時代を懸命に生きているだけだ。
もう一つ、本作の持つ重要なオリジナリティがアイヌの存在だ。
言うまでもなく北海道の先住民族は彼らであり、室町時代に和人の商人が所謂和人地を開いて入植して以来、二つの民族の間には長い軋轢の歴史がある。
明治に松前藩が廃された後の開拓使の政策的な流入は、アイヌ側にとってはそのまま侵略と迫害の歴史の総仕上げだ。
日本史とは、西日本の大和民族が列島を東西南北に征服していった歴史であり、その最終章となった北海道はドラマチックな史実の宝庫である。
にもかかわらず、アイヌの存在を積極的に取り上げた映画が作られなくなって久しい。
以前はその出来不出来や描き方が“政治的に適切か”はともかく、成瀬巳喜男監督の「コタンの口笛」や、アイヌの若者が重要なキャラクターとして登場する「君の名は 第二部」、はたまた小林旭がアイヌコタンを悪徳開発業者から守る「大草原の渡り鳥」なんていう和製西部劇まで、しばしばスクリーンに登場していた。
しかしその後、“アイヌ”という呼称自体が差別語だとタブー視された時代を経て、ドキュメンタリーは別として、娯楽映画からはすっかり姿を消してしまった。
ちなみに高畑勲の長編監督デビュー作であり、大塚康生や若き日の宮崎駿らも参加した日本アニメ史上の金字塔、「太陽の王子 ホルスの大冒険」も、アイヌユーカラをモチーフにした人形劇「チキサニの太陽を」が原作となっている。
本作では、十兵衛の亡き妻がアイヌの女であり、おそらくは新政府に追われた十兵衛がアイヌコタンに助けられた事が仄めかされる。
またオリジナルの若い賞金稼ぎ、スコフィールド・キッドに当たる沢田五郎を、和人とアイヌの混血と設定した。
これによって、元侍同士の争いから、物語の背景に和人とアイヌというより大きな対立が生まれ、物語をぐっと重層的にしているのである。
また、イーストウッド版と扱いが大きく異なるのが、物語上の女郎たちの立ち位置だ。
オリジナルでは争いの発端となる以上の役割は与えられていなかったが、本作では元敵味方の侍同士、アイヌと和人と共に、三番目の対立軸として位置付けられ、人を呪わば穴二つ、彼女らも自ら作り出した因果律から逃れることは出来ない。
一蔵との戦いを終えた十兵衛が外に出ると、そこでは女郎たちが、なぶり殺されて吊るされた金吾の遺体を降ろしている。
そこで十兵衛は、オリジナルではダゲットの名台詞である「 I'll see you in hell, William Munny. (地獄で会おう、マニー)」を、自ら呟くのである。
「地獄で待っていろ」
この言葉は、同じ宿命を背負って死んだ金吾へ向けたものであるのと同時に、女郎たちにとっては男たちを金で殺し合いさせた自分たちに投げかけられていると受け取れる、二重のニュアンスを持つ。
本作のタイトルはオリジナルの邦題と同じ「許されざる者」だが、実際のところこれは「許されざる者たち」と複数形の方がふさわしいのかもしれない。
また、忽那汐里演じる顔を切り刻まれる若い女郎、なつめは後記する様にテーマと直結する重要な役割を担っている。
イーストウッドは、元犯罪者のマニーと保安官のダゲットという一見対照的で、実は似たもの同士の対立を軸に、人間の中の善悪は絶対的な概念ではなく、結局選択の問題なのだと説いた。
そして一度火のついた暴力の連鎖は、そう簡単に止められないと。
対してリメイク版は、既に過去となった侍の時代からの因縁に加え、支配者となった和人と迫害されるアイヌ、男性社会と虐げられた女たちといくつのも対立軸を重ね合わせる。
事件の火種は、彼ら全ての中でずっとくすぶっていたものだ。
ここでいう“許されざる”対象とは、血で血を洗う暴力という手段でしか因縁を断ち切れず、それでも現世で生きねばならない人の世の悲しい定め、誰もが逃れられぬ業である。
だからこそ、本作はオリジナルとまったく異なるラストを用意する。
ダゲットを倒した後、マニーは子供たちの待つ家へ帰り、その後それなりに幸せな人生を送った事が示唆される。
ところが本作は、自ら血塗られた運命を選択した十兵衛に、もはや安息の日々を与えない。
旧幕府の残党という罪に加えて、警察官を大量殺人した男として、決して帰ることの出来ない修羅の旅路を歩ませるのだ。
アイヌの妻との間に出来た、二人の幼子が待つ十兵衛の隠れ家に帰るのは、沢田五郎となつめの若い二人。
虐げられた和人の女と罪を背負ったアイヌの男、そして二度と戻らぬ十兵衛の子供たちもまた、アイヌと和人の混血だ。
対立の狭間に生まれた若い世代に、本作は未来へのかすかな希望を託すのである。
人間たちの物語を、晩秋から初冬の北の大地の、雄大かつ厳しい自然の中に写し取った笠松則通のカメラが圧巻。
そして北海道川上町に組まれた、全長350メートルに及ぶ鷲路の町の巨大なセットをはじめ、アイヌコタンの風景や十兵衛の暮す海辺の小屋など、リアルな生活感と非日常的時代感溢れる美術の素晴らしさ。
大雪山麓はその殆どが国立公園に指定されており、撮影許可を得るだけでも一苦労で、更に10月中旬には雪が降り始める、過酷な環境での撮影だったという。
しかし、その苦労は十二分に報われていると言って良いだろう。
私は、シネマスコープの大画面に映し出された、大自然の中で蠢くちっぽけな人間たちの悲しき物語に魅了され、実に映画らしい映画を観たという深い感慨にひたった。
日本最高レベルの俳優陣、壮大な舞台、そして既に評価が定まった完璧な物語があったとしても、それだけで良い映画が出来る訳ではない。
李相日監督が描こうとした新たなテーマを、全てのスタッフ・キャストが理解した上で、しっかりと最終的なイメージを共有していないと、これほど完成度の高い娯楽映画は作り得まい。
「Unforgiven」と「許されざる者」は、オリジナルとリメイクが共に傑作となった数少ない例として、映画史に記憶されるだろう。
余談だが、本作とほぼ同時期の北海道を描いた手塚治虫の漫画「シュマリ」では、五稜郭の戦いの後も土方歳三が密かに生き残っていたという設定で、彼が変名として使っているのが“十兵衛”という名前である。
これが李相日監督からのオマージュなのかどうかは分からないが、手塚漫画の中でも傑作の部類に入る作品なので、本作を気に入った方には是非おススメしたい。
さて、今回は北海道を代表する銘柄の一つ、北の誉酒造のその名も「純米原酒 侍」をチョイス。
北海道の地酒は、その土地柄ゆえかキリリとした端麗辛口の酒が多いが、「侍」は純米原酒らしく濃厚なコクと日本刀の様に切れ味鋭い辛口が特徴。
この酒を飲みながら、北の大地のラスト・サムライたちに思いを馳せたい。
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クリント・イーストウッドが1992年に監督・主演した「許されざる者」は、西部劇のマスターピースにして、映画史にその名を刻む傑作中の傑作である。
テレビの「ローハイド」からマカロニウェスタンを経て、数多くのガンマンを演じてきたイーストウッドが、10年以上企画を暖めて作り上げた“最後の西部劇”は、もはや勧善懲悪的な二元論が説得力を持たなくなった20世紀末に、老ガンマンが銃を置く瞬間を描き、フロンティアの神話としての西部劇の終わりを印象付けた。
そして21年後に李相日監督によって作られたリメイクもまた、オリジナルと甲乙つけがたい見事な仕上がりである。
単にイーストウッド版をなぞるだけでなく、基本プロットは忠実ながら、巧みにオリジナリティを加えて、日本でしか作りえない作品に換骨奪胎しているのだ。
※ラストに触れています。
1880年の秋。
戊辰戦争の幕府軍の残党、人斬り十兵衛こと釜田十兵衛(渡辺謙)は、女子供ですら容赦なく斬り捨てる、冷酷な剣を振るうと恐れられた男。
今では北海道の奥地へ落ち延び、二人の幼子と共に人知れず静かな生活を送っている。
そこへ嘗ての盟友であった馬場金吾(柄本明)が訪ねて来て、女郎たちが仲間を切り刻んだ開拓民二人の首に巨額の賞金をかけたので、一緒に殺りにいこうと誘う。
一度は断った十兵衛だが、農作物の不作で子供たちに与える食事すら事欠く貧困から、最後の仕事を決意する。
やがてアイヌの血を引く青年、沢田五郎(柳樂優弥)も案内役として仲間に加わり、賞金首のいる鷲路を目指す。
だがそこは、町の秩序を保つためなら暴力もいとわず、逆らう者は徹底的に痛めつけ見せしめにする、警察署長の大石一蔵(佐藤浩市)が恐怖で支配する町だった・・・
時代劇がハリウッドでリメイクされるのは、黒澤明の「七人の侍」を翻案した「荒野の七人」を始め数多くある。
クリント・イーストウッドの出世作である「荒野の用心棒」も、黒澤の「用心棒」の(無許可)リメイクである事は良く知られているが、その逆に西部劇を時代劇化するのは珍しい。
特にアカデミー作品賞を受賞した作品が、日本でリメイクされるのは映画史上初めてとの事である。
時代設定の1880年はオリジナルと同一。
まったく同じ時代、同じタイトルを持ちながら、日米二つの「許されざる者」の表情は大きく異なる。
もっとも、物語の基本的な流れはオリジナルとさほど変わらない。
嘗て、その名を聞くだけで相手を震え上がらせた悪名が、生活苦から再び殺しを決意する。
同行者は昔なじみの老いぼれと、跳ね返り気味の若者で、殺しの相手は女を切り刻んだ小悪党二人組という簡単な仕事。
ところが、彼らが住んでいるのは、絶対権力を振るう保安官(警察署長)が牛耳る町だった、という辺りはまったくと言って良いほど同じだ。
本作の独自性は、登場人物たちが抱えている過去の呪縛、即ち舞台となる日本、中でも北海道という土地の持つ独特の歴史にある。
国の歴史は人の歴史。
本作の登場人物は、殆どイーストウッド版と対応する様に作られているが、それぞれの辿ってきた人生は当然異なる。
李相日監督自身によるアダプテーション脚本(脚色)は、明治維新の最終段階となった戊辰戦争、そして元々アイヌの土地であった北海道入植の歴史を色濃く反映させているのだ。
まずオリジナルの主人公であったウィリアム・ビル・マニーは、若い頃に強盗や殺人など悪の限りを尽くした男である。
その後妻と出会った事で銃(剣)を置き、真人間へと生まれ変わるという設定は同じだが、リメイク版の釜田十兵衛は別に悪人ではなく、明治維新という激動の時代あって、一剣士として忠実に自分の仕事をしたに過ぎない。
女子供も容赦しないという伝説も、新政府軍によって捏造されたものである事が劇中で言及されている。
このどこか土方歳三をイメージさせるキャラクターが背負っているのは、冷酷な人斬りとしての汚名だけでなく、過去に縛られ時代に忘れられた者の悲しみだ。
十兵衛のみならず、本作に登場する和人の男たちは、みな一様に明治維新の傷を引きずっている。
オリジナルでモーガン・フリーマンが演じたネッド・ローガンにあたる馬場金吾しかり、ジーン・ハックマンのダゲット保安官に対応する大石一蔵も、刀を持って町に入ろうとして大石にボコボコにされる元長州藩士の北大路正春も、そして十兵衛らの標的となる開拓民の兄弟もまた、戊辰戦争で敵味方として戦ったラスト・サムライなのである。
明治の世となり、敗者となった幕府軍の残党、十兵衛や金吾は社会に居場所を失い、辺境で世捨て人のように細々と暮らすしかない。
一方、勝者である薩長の側も、あくまでも侍として過去の栄光にすがって生きる正春のような男もいるし、北の大地で小さいながらも自分の城を持ち、下級武士の時代には考えられなかった権力を手にした一蔵のような人生もある。
彼らの生き方はどれも間違っているわけではなく、ただただ明治という未知の新時代を懸命に生きているだけだ。
もう一つ、本作の持つ重要なオリジナリティがアイヌの存在だ。
言うまでもなく北海道の先住民族は彼らであり、室町時代に和人の商人が所謂和人地を開いて入植して以来、二つの民族の間には長い軋轢の歴史がある。
明治に松前藩が廃された後の開拓使の政策的な流入は、アイヌ側にとってはそのまま侵略と迫害の歴史の総仕上げだ。
日本史とは、西日本の大和民族が列島を東西南北に征服していった歴史であり、その最終章となった北海道はドラマチックな史実の宝庫である。
にもかかわらず、アイヌの存在を積極的に取り上げた映画が作られなくなって久しい。
以前はその出来不出来や描き方が“政治的に適切か”はともかく、成瀬巳喜男監督の「コタンの口笛」や、アイヌの若者が重要なキャラクターとして登場する「君の名は 第二部」、はたまた小林旭がアイヌコタンを悪徳開発業者から守る「大草原の渡り鳥」なんていう和製西部劇まで、しばしばスクリーンに登場していた。
しかしその後、“アイヌ”という呼称自体が差別語だとタブー視された時代を経て、ドキュメンタリーは別として、娯楽映画からはすっかり姿を消してしまった。
ちなみに高畑勲の長編監督デビュー作であり、大塚康生や若き日の宮崎駿らも参加した日本アニメ史上の金字塔、「太陽の王子 ホルスの大冒険」も、アイヌユーカラをモチーフにした人形劇「チキサニの太陽を」が原作となっている。
本作では、十兵衛の亡き妻がアイヌの女であり、おそらくは新政府に追われた十兵衛がアイヌコタンに助けられた事が仄めかされる。
またオリジナルの若い賞金稼ぎ、スコフィールド・キッドに当たる沢田五郎を、和人とアイヌの混血と設定した。
これによって、元侍同士の争いから、物語の背景に和人とアイヌというより大きな対立が生まれ、物語をぐっと重層的にしているのである。
また、イーストウッド版と扱いが大きく異なるのが、物語上の女郎たちの立ち位置だ。
オリジナルでは争いの発端となる以上の役割は与えられていなかったが、本作では元敵味方の侍同士、アイヌと和人と共に、三番目の対立軸として位置付けられ、人を呪わば穴二つ、彼女らも自ら作り出した因果律から逃れることは出来ない。
一蔵との戦いを終えた十兵衛が外に出ると、そこでは女郎たちが、なぶり殺されて吊るされた金吾の遺体を降ろしている。
そこで十兵衛は、オリジナルではダゲットの名台詞である「 I'll see you in hell, William Munny. (地獄で会おう、マニー)」を、自ら呟くのである。
「地獄で待っていろ」
この言葉は、同じ宿命を背負って死んだ金吾へ向けたものであるのと同時に、女郎たちにとっては男たちを金で殺し合いさせた自分たちに投げかけられていると受け取れる、二重のニュアンスを持つ。
本作のタイトルはオリジナルの邦題と同じ「許されざる者」だが、実際のところこれは「許されざる者たち」と複数形の方がふさわしいのかもしれない。
また、忽那汐里演じる顔を切り刻まれる若い女郎、なつめは後記する様にテーマと直結する重要な役割を担っている。
イーストウッドは、元犯罪者のマニーと保安官のダゲットという一見対照的で、実は似たもの同士の対立を軸に、人間の中の善悪は絶対的な概念ではなく、結局選択の問題なのだと説いた。
そして一度火のついた暴力の連鎖は、そう簡単に止められないと。
対してリメイク版は、既に過去となった侍の時代からの因縁に加え、支配者となった和人と迫害されるアイヌ、男性社会と虐げられた女たちといくつのも対立軸を重ね合わせる。
事件の火種は、彼ら全ての中でずっとくすぶっていたものだ。
ここでいう“許されざる”対象とは、血で血を洗う暴力という手段でしか因縁を断ち切れず、それでも現世で生きねばならない人の世の悲しい定め、誰もが逃れられぬ業である。
だからこそ、本作はオリジナルとまったく異なるラストを用意する。
ダゲットを倒した後、マニーは子供たちの待つ家へ帰り、その後それなりに幸せな人生を送った事が示唆される。
ところが本作は、自ら血塗られた運命を選択した十兵衛に、もはや安息の日々を与えない。
旧幕府の残党という罪に加えて、警察官を大量殺人した男として、決して帰ることの出来ない修羅の旅路を歩ませるのだ。
アイヌの妻との間に出来た、二人の幼子が待つ十兵衛の隠れ家に帰るのは、沢田五郎となつめの若い二人。
虐げられた和人の女と罪を背負ったアイヌの男、そして二度と戻らぬ十兵衛の子供たちもまた、アイヌと和人の混血だ。
対立の狭間に生まれた若い世代に、本作は未来へのかすかな希望を託すのである。
人間たちの物語を、晩秋から初冬の北の大地の、雄大かつ厳しい自然の中に写し取った笠松則通のカメラが圧巻。
そして北海道川上町に組まれた、全長350メートルに及ぶ鷲路の町の巨大なセットをはじめ、アイヌコタンの風景や十兵衛の暮す海辺の小屋など、リアルな生活感と非日常的時代感溢れる美術の素晴らしさ。
大雪山麓はその殆どが国立公園に指定されており、撮影許可を得るだけでも一苦労で、更に10月中旬には雪が降り始める、過酷な環境での撮影だったという。
しかし、その苦労は十二分に報われていると言って良いだろう。
私は、シネマスコープの大画面に映し出された、大自然の中で蠢くちっぽけな人間たちの悲しき物語に魅了され、実に映画らしい映画を観たという深い感慨にひたった。
日本最高レベルの俳優陣、壮大な舞台、そして既に評価が定まった完璧な物語があったとしても、それだけで良い映画が出来る訳ではない。
李相日監督が描こうとした新たなテーマを、全てのスタッフ・キャストが理解した上で、しっかりと最終的なイメージを共有していないと、これほど完成度の高い娯楽映画は作り得まい。
「Unforgiven」と「許されざる者」は、オリジナルとリメイクが共に傑作となった数少ない例として、映画史に記憶されるだろう。
余談だが、本作とほぼ同時期の北海道を描いた手塚治虫の漫画「シュマリ」では、五稜郭の戦いの後も土方歳三が密かに生き残っていたという設定で、彼が変名として使っているのが“十兵衛”という名前である。
これが李相日監督からのオマージュなのかどうかは分からないが、手塚漫画の中でも傑作の部類に入る作品なので、本作を気に入った方には是非おススメしたい。
さて、今回は北海道を代表する銘柄の一つ、北の誉酒造のその名も「純米原酒 侍」をチョイス。
北海道の地酒は、その土地柄ゆえかキリリとした端麗辛口の酒が多いが、「侍」は純米原酒らしく濃厚なコクと日本刀の様に切れ味鋭い辛口が特徴。
この酒を飲みながら、北の大地のラスト・サムライたちに思いを馳せたい。

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この記事へのコメント
傑作をリメイクして傑作になるとは驚きました。
しかも、イーストウッド版のストーリーをほぼそのままなぞっていながら、異なる味わいに仕立てている。さすがですね。
アイヌが重要な位置付けで登場するのも、今ではかえって新鮮で、とても良かったと思います。
しかも、イーストウッド版のストーリーをほぼそのままなぞっていながら、異なる味わいに仕立てている。さすがですね。
アイヌが重要な位置付けで登場するのも、今ではかえって新鮮で、とても良かったと思います。
本作に登場する和人の男たちは皆、一様に明治維新の傷を引きずっているラストサムライ達。
なるほどです!これほど難易度の高いものに果敢にチャレンジしていく日本の映画陣、なかなか素晴らしかったです。
私はアイヌを描写した点がとても気に入りました。
なるほどです!これほど難易度の高いものに果敢にチャレンジしていく日本の映画陣、なかなか素晴らしかったです。
私はアイヌを描写した点がとても気に入りました。
ノラネコさん☆
北海道の大自然、本当に素晴らしかったですね。
そんなに撮影許可をもらうのにも苦労したとは知りませんでした。
アイヌを盛り込んだのはすごくよかったです。
そしてそのアイヌ人を演じ切った柳楽くんの成長に胸が熱くなりました。
北海道の大自然、本当に素晴らしかったですね。
そんなに撮影許可をもらうのにも苦労したとは知りませんでした。
アイヌを盛り込んだのはすごくよかったです。
そしてそのアイヌ人を演じ切った柳楽くんの成長に胸が熱くなりました。
ノラネコさん、こんにちは!
オリジナルはほぼ忘れちゃっていたのですが、記事を読んで思い出しました。
確かに女郎の扱い方は違いますよね。
僕も本作においては「許されざる者」としての女郎はあったと思いました。
自分の復讐のために手を汚さずに他者を使う。
彼女たちは負わされた者たちへ思いが及びませんが、唯一きっかけとなった娘だけはその重みに気づく。
このあたりの描写は見事だと思いました。
オリジナルはほぼ忘れちゃっていたのですが、記事を読んで思い出しました。
確かに女郎の扱い方は違いますよね。
僕も本作においては「許されざる者」としての女郎はあったと思いました。
自分の復讐のために手を汚さずに他者を使う。
彼女たちは負わされた者たちへ思いが及びませんが、唯一きっかけとなった娘だけはその重みに気づく。
このあたりの描写は見事だと思いました。
>ナドレックさん
傑作→ソコソコのリメイクなら珍しくないですけど、傑作がそのまま傑作になるのは稀ですよね。
おっしゃる様に、本家に忠実なのに味わいは全く異なるというのもお見事でした。
アイヌやウィルタなど日本の少数民族はもっと映画で取り上げられて良いと思っています。
>とらねこさん
明治維新の延長線上に描いた事が、本作の独自性を際立たせていました。
イーストウッド版が個人史に立脚しているのに対して、こちらは日本社会の激動が背景にあるというのは正に慧眼でした。
>ノルウェーまだ~むさん
柳樂優弥は一見だれだかわからないくらい。
見事ななりきり具合で、これは新しい代表作になったんじゃないでしょうか。
彼と忽那汐里の役を大きく膨らませた事も本作の独自性ですね。
>はらやんさん
まあ彼女らのした事は、現代的に言えば殺人教唆な訳で、結局復讐は復讐を生むだけですからね。
オリジナルではスルーされていた部分ですが、社会的な視点の強い本作では、彼女たちの行為の意味を考えない訳にはいかなかったという事でしょう。
傑作→ソコソコのリメイクなら珍しくないですけど、傑作がそのまま傑作になるのは稀ですよね。
おっしゃる様に、本家に忠実なのに味わいは全く異なるというのもお見事でした。
アイヌやウィルタなど日本の少数民族はもっと映画で取り上げられて良いと思っています。
>とらねこさん
明治維新の延長線上に描いた事が、本作の独自性を際立たせていました。
イーストウッド版が個人史に立脚しているのに対して、こちらは日本社会の激動が背景にあるというのは正に慧眼でした。
>ノルウェーまだ~むさん
柳樂優弥は一見だれだかわからないくらい。
見事ななりきり具合で、これは新しい代表作になったんじゃないでしょうか。
彼と忽那汐里の役を大きく膨らませた事も本作の独自性ですね。
>はらやんさん
まあ彼女らのした事は、現代的に言えば殺人教唆な訳で、結局復讐は復讐を生むだけですからね。
オリジナルではスルーされていた部分ですが、社会的な視点の強い本作では、彼女たちの行為の意味を考えない訳にはいかなかったという事でしょう。
2013/09/27(金) 23:31:24 | URL | ノラネコ #xHucOE.I[ 編集]
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【ネタバレ注意】
なんと稀有なことだろう。
クリント・イーストウッドが監督・主演した1992年の映画『許されざる者』は、まごうことなき傑作だ。アカデミー賞の作品賞をはじめ、多くの賞を受賞してるが、賞の有無は関係ない。『夕陽のガンマン』等で数々のガンマン役を演じてきたクリント・イーストウッドならではの、ストイックで神々しいほどの世界がここにはある。
そんな傑作をリメイクしよう...
2013/09/19(木) 21:27:07 | 映画のブログ
□作品オフィシャルサイト 「許されざる者」□監督・脚本 李相日□キャスト 渡辺 謙、柄本 明、佐藤浩市、柳楽優弥、忽那汐里、小池栄子、 國村 隼、近藤芳正、滝藤賢一、小澤征悦、三浦貴大■鑑賞日 9月14日(土)■劇場 TOHOシネマズ川崎■cyaz...
2013/09/19(木) 22:41:33 | 京の昼寝〜♪
----『許されざる者』って、
クリント・イーストウッドが監督としてオスカーを受賞した
最初の作品だよね。
それを日本で李相日監督がリメイクなんて、
最初聞いたとき、ニャんか違和感が残ったニャあ。
「おっ。違和感ときたか…。
フォーンも転生前に比べて使う言葉が...
2013/09/19(木) 23:01:12 | ラムの大通り
1992年クリント・イーストウッド監督・主演の西部劇(アカデミー賞作品賞受賞)のリメイク。
まず特筆すべきは、北海道でのオールロケ。
これがとても美しく、映画の醍醐味のひとつを十二分に楽しんだ。
(写真:物語の中心となるセット)
そして渡辺 謙。
ハリウッ...
2013/09/20(金) 01:47:53 | 日々 是 変化ナリ 〜 DAYS OF STRUGGLE 〜
【50うち今年の試写会5】 クリント・イーストウッドが監督と主演を務め、アカデミー賞作品賞などに輝いた西部劇をリメイクしたとういうこの作品。
このクリント・イーストウッド版がテレビで放送されていたけど録画し忘れて観れなかった、観ておかなくて良かったのかどうかは分からんけど。
明治維新の際に北海道に落ち延びた幕府軍の生き残りである釜田十兵衛は、僻地で幼子と暮らしていた。そんな十兵...
2013/09/20(金) 09:14:47 | No War,No Nukes,Love Peace,Love Surfin',Love Beer.
その男 人斬り十兵衛 公式サイト http://wwws.warnerbros.co.jp/yurusarezaru9月13日公開1992年のクリント・イーストウッド監督・主演作のリメイク監督: 李相
2013/09/20(金) 16:55:26 | 風に吹かれて
クリント・イーストウッド監督・主演で第65回米アカデミー作品賞、監督賞ほか4部門を受賞した傑作西部劇「許されざる者」(1992)を、「フラガール」「悪人」の李相日監督のメガホンで日本映画としてリメイク。江戸幕府崩壊後の明治初期、北海道開拓時代の歴史の中で、か...
2013/09/20(金) 20:38:06 | パピとママ映画のblog
クリント・イーストウッドの「許されざる者」が公開されたのは日本では1993年で、
2013/09/20(金) 22:24:16 | はらやんの映画徒然草
蝦夷地に逃げ延びた江戸幕府側の
残党が極貧の末、再び賞金稼ぎとして
戦いに身を投じるさまを描く...
【個人評価:★★★ (3.0P)】 (劇場鑑賞)
クリント・イーストウッド版(1992年)の邦画リメイク
2013/09/23(月) 07:20:28 | cinema-days 映画な日々
映画「許されざる者」を鑑賞しました。
2013/09/23(月) 20:46:34 | FREE TIME
2013年・日本 配給:ワーナー・ブラザース映画 監督:李 相日原作:デビッド・ウェッブ・ピープルズアダプテーション脚本:李 相日撮影:笠松則通製作総指揮:ウィリアム・アイアトンゼネラルプロデューサー
2013/09/25(水) 03:47:51 | お楽しみはココからだ~ 映画をもっと楽しむ方法
「悪人」の李相日監督、「硫黄島からの手紙」の渡辺謙主演。第65回アカデミー賞作品賞を受賞したクリント・イーストウッド監督(及び主演)作品を、舞台を明治初期の北海道に移してのリメイク。 ちなみに1960年に公開された、オードリー・ヘプバーン主演の同名作品と
2013/09/26(木) 19:04:23 | 流浪の狂人ブログ〜旅路より〜
『許されざる者』をTOHOシネマズ渋谷で見ました。
(1)本作は、イーストウッド監督が制作し、アカデミー賞作品賞等を受賞した同タイトルの作品を、すべて日本に置き換えてリメイクしたものです。
元の作品では、マニー(クリント・イーストウッド)、昔の相棒・ロー...
2013/09/27(金) 20:34:25 | 映画的・絵画的・音楽的
見応えある作品だった。
2013/09/28(土) 00:55:44 | だらだら無気力ブログ!
1880年、北海道。幕末に 「人斬り十兵衛」 と恐れられていた釜田十兵衛
(渡辺謙)は、痩せた土地で二人の子を抱え、極貧の生活を送っていた。そこ
へかつての仲間・馬場金吾(柄本明)が現れ、賞金稼ぎの話を持ち掛ける。
クリント・イーストウッド監督/主演のアカデミー賞受賞作品 『許されざる者
(UNFORGIVEN)』 のリメイク。有名過ぎるオリジナルは未見だが、本作を
観...
2013/09/30(月) 22:10:54 | 真紅のthinkingdays
「許されざる者」(PG12指定)は1992年に全米で公開された許されざる者の日本版によるリメーク作品で、開拓地時代の北海道の蝦夷で暮らすかつて幕府軍切っての殺し屋だった男がある依頼 ...
2013/10/07(月) 00:03:47 | オールマイティにコメンテート
クリント・イーストウッドのあまりにも有名な同名作品の日本版リメイク。期待して、満を時して、男節(オトコブシ)満開の息子を連れて鑑賞。
…正直、期待した程ではなかった。つまらなかった訳ではないけど…普通。
「人斬り十兵衛」(渡辺謙)が覚醒するまでがちょっと長くないか?オーラスの人斬り十兵衛切りまくるの図、も、スローモーションの多用でテンポ悪し。そう、全体的にテンポが悪く、もっさりし...
2013/10/07(月) 13:01:07 | ここなつ映画レビュー
映画『許されざる者』は、クリント・イーストウッド版をこの時代の北海道に置き換えた
2013/10/13(日) 23:45:52 | 大江戸時夫の東京温度
五つ星評価で【★★★★こんなに緊張感を持って見れる物になってるとは思わなかった】
あの一本筋の通ったオリジナルを向こうに回して
ちゃんと見応えのある作品になってるのが ...
2013/10/29(火) 01:45:37 | ふじき78の死屍累々映画日記
2013年
日本
135分
ドラマ/時代劇
PG12
劇場公開(2013/09/13)
監督:
李相日
アダプテーション脚本:
李相日
出演:
渡辺謙:釜田十兵衛
柄本明:馬場金吾
柳楽優弥:沢田五郎
忽那汐里:なつめ
小池栄子:お梶
近藤芳正:秋山喜八
國村隼:北大路正春
滝藤...
2014/02/04(火) 22:32:08 | 銀幕大帝α
13-73.許されざる者■配給:ワーナー・ブラザース■製作年、国:2013年、日本■上映時間:135分■料金:1,800円■観賞日:9月16日、TOHOシネマズ渋谷(渋谷)
□監督・アダプテーション脚本:李相日□アダプテーション脚本:デヴィッド・ウェッブ・ピープルズ◆渡...
2014/03/05(水) 16:39:42 | kintyre's Diary 新館
【概略】
かつて「人斬り十兵衛」として恐れられた男は、刀を捨て極貧生活を送っていたが、昔の仲間から賞金首の話を持ち掛けられ…。
アクション
クリント・イーストウッドの名作「許されざる者」を邦画でリメイク。これだけでもうイタタタターなんですが。
渡辺謙さん主演。
ほとんどコピーです。「省略」とアイヌを交えてはいるけど。
大雪山を回って、ってどこに住んでんだ?と北海道在...
2015/01/25(日) 09:33:21 | いやいやえん
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