2013年11月05日 (火) | 編集 |
「続く」の先にあるものは?
フランソワ・オゾンが描く物語の迷宮。
小説家崩れの国語教師ジェルマンは、新学期早々に出した“週末の出来事”を書く作文の宿題で、クロードという生徒の提出した作品に目を留める。
それは彼が類型的な郊外の中流家庭である友人の家族を皮肉りながら、友人の母に魅せられてゆく様を描いた私小説の様な作品だった。
独特の文体と人間観察の鋭さに、自らは恵まれなかった才能を感じとったジェルマンは、彼に“続き”を書かせるための個別指導にのめり込むが、やがてその小説はフィクションを越えて現実を侵食してゆく。
短編作家として知られたオゾンのはじめての長編作品となったのは、1998年の「ホームドラマ」である。
この作品はまるで舞台劇のようにスクリーン上の緞帳が開き、郊外の豪華な一軒の前に車が止まり、父親が帰って来るところから始まる。
家の中から聞こえる楽しげな「ハッピーバースデー」の歌声は、すぐにただならぬ叫び声へと変わり、銃声が響き渡ると静寂へ。
一体この家で何が起こったのか?
観客の心をつかみ、続きを期待させる秀逸なオープニング。
本作の主人公ジェルマンも、そんな物語のマジックに捕まってしまった一人だ。
「ホームドラマ」の場合は、父親が一匹のネズミを買ってきた事から、それまで隠されていた家族が次々と本性をさらけ出し、平和な家族が崩壊してゆくが、本作において “郊外の家族”はクロードの書く小説の中へと閉じ込められる。
ジェルマンは、危険な官能の香りを漂わせる小説の魔力に魅せられ、その続きが知りたくて、いやその続きを書きたくてたまらない。
昔本を一冊出したものの、小説家としては成功できなかったジェルマンは、若く才能にあふれるクロードの指導を通して、自らの暗い欲望を満たすチャンスを見出すのだ。
教師という立場でクロードを思いのままに操る事で、嘗て果たせなかった物語の支配を達成しようとしているのである。
しかし、いつしか映画の中で語られる物語という入れ子構造の複雑性の中で、その関係は逆転してゆく。
客観的な読者であり、論評する立場であったはずのジェルマンは、美青年エルンスト・ウンハウアー演じるクロードの物語に自ら立ち入り、その帰趨する先をコントロールしようとするが、実は現実の方が小説の影響を受け始めている事に気づかない。
同様にクロードもまたジェルマンとの共同作業に混乱し、書き手としての客観性を失ってゆくのである。
マリオネットの様に操られているのは、クロードかジェルマンか、それとも人間か小説か。
二人の主人公の創造を巡る葛藤は、もちろんオゾン自身の投影であり、それゆえに本作の結末はビターでありながらも、「ホームドラマ」のはじまりにも似た、実に映画的なワクワクする情感に満ちている。
本作はミステリアスな心理劇であるのと同時に、ある種の物語論であり作家論ともなっており、オゾンの過去の作品を紐解く上でも興味深い作品と言えるだろう。
面白いのは、主人公のジェルマンを演じるファブリス・ルキーニが、独特のせっかちな喋り方、自虐的なキャラクターだけでなく、ウッディ・アレンに見えてしょうがない事である。
劇中には「マッチポイント」のポスターも出てきたし、オゾンはアレンに何か思い入れがあるのだろうか。
まあ考えてみると、作家性という点ではなんとなく通じる所がある気もするけど。
いつの間にか現実とフィクションの関係性が入れ替わる、悪夢的構造を持つ本作には「ドリーム」をチョイス。
ブランデー40mlとキュラソー20ml、それにペルノ1dashをシェイクしてグラスに注ぐ。
やわらかそうなオレンジの色合の甘味なカクテルだが、当然かなり強く、ペルノが香り付けとしていいアクセントになっている。
ほどほどに飲めば、映画とは違って良い夢を見られそうだ。
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フランソワ・オゾンが描く物語の迷宮。
小説家崩れの国語教師ジェルマンは、新学期早々に出した“週末の出来事”を書く作文の宿題で、クロードという生徒の提出した作品に目を留める。
それは彼が類型的な郊外の中流家庭である友人の家族を皮肉りながら、友人の母に魅せられてゆく様を描いた私小説の様な作品だった。
独特の文体と人間観察の鋭さに、自らは恵まれなかった才能を感じとったジェルマンは、彼に“続き”を書かせるための個別指導にのめり込むが、やがてその小説はフィクションを越えて現実を侵食してゆく。
短編作家として知られたオゾンのはじめての長編作品となったのは、1998年の「ホームドラマ」である。
この作品はまるで舞台劇のようにスクリーン上の緞帳が開き、郊外の豪華な一軒の前に車が止まり、父親が帰って来るところから始まる。
家の中から聞こえる楽しげな「ハッピーバースデー」の歌声は、すぐにただならぬ叫び声へと変わり、銃声が響き渡ると静寂へ。
一体この家で何が起こったのか?
観客の心をつかみ、続きを期待させる秀逸なオープニング。
本作の主人公ジェルマンも、そんな物語のマジックに捕まってしまった一人だ。
「ホームドラマ」の場合は、父親が一匹のネズミを買ってきた事から、それまで隠されていた家族が次々と本性をさらけ出し、平和な家族が崩壊してゆくが、本作において “郊外の家族”はクロードの書く小説の中へと閉じ込められる。
ジェルマンは、危険な官能の香りを漂わせる小説の魔力に魅せられ、その続きが知りたくて、いやその続きを書きたくてたまらない。
昔本を一冊出したものの、小説家としては成功できなかったジェルマンは、若く才能にあふれるクロードの指導を通して、自らの暗い欲望を満たすチャンスを見出すのだ。
教師という立場でクロードを思いのままに操る事で、嘗て果たせなかった物語の支配を達成しようとしているのである。
しかし、いつしか映画の中で語られる物語という入れ子構造の複雑性の中で、その関係は逆転してゆく。
客観的な読者であり、論評する立場であったはずのジェルマンは、美青年エルンスト・ウンハウアー演じるクロードの物語に自ら立ち入り、その帰趨する先をコントロールしようとするが、実は現実の方が小説の影響を受け始めている事に気づかない。
同様にクロードもまたジェルマンとの共同作業に混乱し、書き手としての客観性を失ってゆくのである。
マリオネットの様に操られているのは、クロードかジェルマンか、それとも人間か小説か。
二人の主人公の創造を巡る葛藤は、もちろんオゾン自身の投影であり、それゆえに本作の結末はビターでありながらも、「ホームドラマ」のはじまりにも似た、実に映画的なワクワクする情感に満ちている。
本作はミステリアスな心理劇であるのと同時に、ある種の物語論であり作家論ともなっており、オゾンの過去の作品を紐解く上でも興味深い作品と言えるだろう。
面白いのは、主人公のジェルマンを演じるファブリス・ルキーニが、独特のせっかちな喋り方、自虐的なキャラクターだけでなく、ウッディ・アレンに見えてしょうがない事である。
劇中には「マッチポイント」のポスターも出てきたし、オゾンはアレンに何か思い入れがあるのだろうか。
まあ考えてみると、作家性という点ではなんとなく通じる所がある気もするけど。
いつの間にか現実とフィクションの関係性が入れ替わる、悪夢的構造を持つ本作には「ドリーム」をチョイス。
ブランデー40mlとキュラソー20ml、それにペルノ1dashをシェイクしてグラスに注ぐ。
やわらかそうなオレンジの色合の甘味なカクテルだが、当然かなり強く、ペルノが香り付けとしていいアクセントになっている。
ほどほどに飲めば、映画とは違って良い夢を見られそうだ。

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この記事へのコメント
どうも私の中で彼のイメージって、ちょいエロおやじっぽい役なんですよね。そういうのが多い俳優さんです。
アレンっぽいっていうのは同感。ルキーニさんもお齢を召したなとこの映画でも思いました。なので似て来たのかもしれません。
外見だけじゃなくて、内容も言葉遊びっぽい雰囲気で、この軽妙さもアレンっぽいなと思いました。
アレンっぽいっていうのは同感。ルキーニさんもお齢を召したなとこの映画でも思いました。なので似て来たのかもしれません。
外見だけじゃなくて、内容も言葉遊びっぽい雰囲気で、この軽妙さもアレンっぽいなと思いました。
虚実が入り混じる作文とというのは分かっていながらも、やっぱりはらはらさせられました。舞台向けの内容なのかな、とも感じました。ちくりと痛い気がするそんなクライマックスからラストでした。
クリスティン・スコット・トーマスがこんな役で出ていて本人も楽しまれたのではないでしょうか。「Salmon fishing in Yemen」でも政府の広報責任者として怪演してましたが、ここでもコメディアンヌのようでそれもうれしいおまけでした。
クリスティン・スコット・トーマスがこんな役で出ていて本人も楽しまれたのではないでしょうか。「Salmon fishing in Yemen」でも政府の広報責任者として怪演してましたが、ここでもコメディアンヌのようでそれもうれしいおまけでした。
2013/11/09(土) 19:46:01 | URL | さゆりん #mQop/nM.[ 編集]
>rose_chocolatさん
確かにちょっとエロっぽい。
小説もちょっと官能的な方向へ行きそうで、その続きも読みたそうだったし(笑
アレンっぽいのは意識してるのかなあと。
劇中にポスター出してるのもオマージュなのかも。
>さゆりんさん
物語と現実が絡み合うという構造は昔からありますが、やはり上手い人が撮るとスリリングです。
役者たちもそれぞれがピタッとはまっていて、視覚的にも物語的にも実に密度の濃い作品でしたね。
複雑な味わいのカクテルみたいな映画でした。
確かにちょっとエロっぽい。
小説もちょっと官能的な方向へ行きそうで、その続きも読みたそうだったし(笑
アレンっぽいのは意識してるのかなあと。
劇中にポスター出してるのもオマージュなのかも。
>さゆりんさん
物語と現実が絡み合うという構造は昔からありますが、やはり上手い人が撮るとスリリングです。
役者たちもそれぞれがピタッとはまっていて、視覚的にも物語的にも実に密度の濃い作品でしたね。
複雑な味わいのカクテルみたいな映画でした。
2013/11/11(月) 22:57:31 | URL | ノラネコ #xHucOE.I[ 編集]
おお、ノラネコさんのレビューがおもろい。
誰が主導権を握っているのかが混乱していくってのは確かにそうかもしれない。
仮にこの物語が推理小説で、出来事の全てを誰かが制御しているとして、それをもっとも意外性のある人物に割り当てるなら・・・・・・双子だな(笑)。実は経済力で全てを支配してる。
誰が主導権を握っているのかが混乱していくってのは確かにそうかもしれない。
仮にこの物語が推理小説で、出来事の全てを誰かが制御しているとして、それをもっとも意外性のある人物に割り当てるなら・・・・・・双子だな(笑)。実は経済力で全てを支配してる。
>ふじきさん
これ映像でもそれっぽく作ってあるけど、正に物語の迷宮。
最後のカットなんて建物が作家の脳みそみたいに見えてくるでしょう。
これ映像でもそれっぽく作ってあるけど、正に物語の迷宮。
最後のカットなんて建物が作家の脳みそみたいに見えてくるでしょう。
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いや〜面白かった。
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2013/11/06(水) 00:57:22 | 時間の無駄と言わないで
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2013/11/06(水) 06:40:11 | 映画的・絵画的・音楽的
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2013/11/06(水) 08:08:49 | 象のロケット
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2013/11/06(水) 10:34:07 | 映画感想 * FRAGILE
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【フランス映画祭...
2013/11/08(金) 07:26:11 | Nice One!! @goo
結構引き込まれて面白かった。
2013/11/11(月) 00:19:36 | だらだら無気力ブログ!
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昔のは殆ど観てたけど、ここ近年の2本は観てなくて2009年の「Rickyリッキー」以来で鑑賞となる
フランソワ・オゾン監督作。
生徒と先生、男同士、、、禁断の .....
という話では
ない
かつ...
2013/11/13(水) 00:52:42 | 我想一個人映画美的女人blog
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