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ある過去の行方・・・・・評価額1650円
2014年05月15日 (木) | 編集 |
誰もが、真実を隠している。

イラン新世代の鬼才、アスガー・ファルハディ待望の最新作は、別居中のフランス人妻との離婚手続きのために、テヘランからパリへとやって来た元夫が見た、家族の真実を巡る物語だ。
新しい恋人と、互いの子供を連れて再婚しようとする元妻。
しかし思春期の長女のある告白から、それぞれの抱える秘密と嘘が徐々に明るみに出る。
前作のイランの乾燥した風景から一転、ウェットなフランスの情景を背景に、人の心が織り成すミステリアスな愛憎劇
登場人物の複雑な関係と繊細な内面描写が作り出すサスペンスは、更にシャープに切れ味を増し、人間心理の真相の闇はますます深く、暗い。

イラン人のアハマド(アリ・モサファ)は、4年ぶりに嘗て暮らしたパリへとやって来る。
いまだ法的には婚姻状態にある元妻のマリ(ベレニス・ベジョ)の求めで、正式に離婚手続きをするためだ。
ところが、彼女は自分の連れ子二人と、新しい恋人であるサミール(タハール・ラヒム)とその息子と既に同居していた。
実はマリは彼との子を妊娠しており、二人は再婚を考えているのだ。
彼女の元夫として、サミールとの対面に気まずさを隠せないアハマドだったが、彼はマリと長女のリシュー(ポリーヌ・ビュレル)との仲がギクシャクしている事に気づく。
やがてリシューはアハマドに、母とサミールが元々不倫関係にあり、サミールの妻がその事で精神を病んで自殺未遂し、今も植物状態にある事を告白するのだが・・・・


「ある過去の行方」とは奇妙な邦題だが、映画を観るとなるほど言いえて妙だと思える。
ファルハディの前二作品では、何らかの事件をきっかけに人間関係が動きだし、それまで秘められていた登場人物の本音がさらけ出される。
例えば大きな反響を呼んだ「彼女が消えた浜辺」では、カスピ海沿岸のリゾートにバカンスにやって来た友人同士のグループが、エリという女性の失踪によって混乱に陥る。
ある人物が善意でついた小さなウソが、更なるウソの連鎖をよび、やがて人間関係がグチャグチャに崩壊してゆく。
前作の「別離」では、離婚調停中の夫婦が雇った信心深い介護ヘルパーの女性が、雇い主の夫に暴行されたと訴えた事で、二組の夫婦による泥沼の訴訟合戦へと展開する。
どちらの夫婦にも心に秘めた秘密があることから、彼らの関係はいよいよ底なしのドツボへと嵌まり込んでしまうのだ。

本作の場合、登場人物の相関図はさらに縮小し、基本的にはちょっと変わった一つの家族の物語である。
ただし、彼らの関係は実質的に既に破綻しており、表面的に取り繕っている家族が、なぜ壊れてしまったのかを明かしてゆく話になっているのが新しいと言えば新しい。
イランからやって来るアハマドはいわば映画の狂言回しであり、家族の秘められた謎を解く探偵でもある。
既に離婚を決意し、家族の外にいる彼は、冷静な目で絡み合った感情のもつれの原因がどこにあるのかを見極めねばならない。

はたして本当に自殺未遂の原因は不倫だったのか?それとも年頃のリシューの求める理想の愛と現実のギャップが生み出した妄想に過ぎないのか?
少女が心の中に押し込めていた感情の吐露を受けたアハマドは、嘗て愛した家族の将来のために、時間をさかのぼり、自殺未遂の前に何が起こったのかを調べはじめる。
誰がウソを言って、誰が言っていないのか?本心を隠しているのは何者か?
ある人物の証言によって、事実関係が明らかになったかと思えたのもつかの間、ここから映画はさらに一ひねり。
幾つもの“真実”のぶつかり合いが葛藤を巻き起こし、葛藤が更なる葛藤を生み出す先の見えない展開はファルハディ節の真骨頂だ。

しかし、ミステリ要素そのものは、テーマを導き出す手段に過ぎない。
本作が描こうとするのは、原題が示唆し、邦題がより分かりやすく指し示す様に、人間の心の中で絡み合う、過去と現代、未来の関係である。
登場人物は皆、未来を向こうとしているが、その実過去によってがんじがらめにされているのだ。
離婚によって過去と決別し、新しい生活を始めようとしているマリが選んだ新恋人のアミールは、おそらくはアラブ、北アフリカ系で容姿がアハマドとよく似ている。
アミールはもちろん、植物状態の妻との関係を抱え、物語のキーパーソンであるリシューは、奔放な母と何人もの“父”との暮らしから、愛の真実に絶望している。
そして一見すると、葛藤の外にいる様に見えるアハマドもまた、フランスでの生活に馴染めず、家族を捨てて帰国した事に自責の念を感じているのだ。
真摯に過去に向き合わず、自分の感情を押し通そうとする者は、結局偽りの未来しか選べないのである。

物語のテリングのスタイルは、前作からさらに洗練されており、淀みのない清流のような滑らかな語り口は心地よさを感じるほど。
しかし全体の印象として、若干薄味になった様に感じるのは、事実上のフランス映画となった事で、今までファルハディ作品の重要なスパイスであったイスラムの信仰という要素が無くなったからだろう。
アハマドはイラン人とは言っても、フランスで暮らしてフランス人と結婚したくらいだから、イラン人コミュニティとの関係が出てくるくらいで、キャラクターとしてあまり異国の人ならではという要素は多くない。
また彼は物語の狂言回し的なポジションで、自身はそれほど深刻な問題を抱えている訳ではないので、内面が少し見えにくい。
個人の中にあるイスラムへの信心の程度、というものがジワジワと人間関係の複雑さに絡んでくるような面白さは、本作には無いのだ。
もっとも、それによって人間ドラマとしてはより普遍性を持った愛憎劇となっているのもまた事実。
はたしてファルハディはずっとこの路線で行くのか、そろそろ毛色の違ったジャンルを作ったりするのか。
やはり次回作が楽しみな作家である。

人生の岐路に立つ人間たちが織り成す濃密な心理ドラマ、この映画にはやはりフルボディな赤、「レ・コント クオール」の2011をチョイス。
黒いワインと呼ばれるほどダークな外観のイメージ通り、タンニンが豊富で、非常にコクがある。
ただ2011だとまだ若くやや渋みを感じてしまうので、もうちょい熟成させた方が良いかも知れない。
BBQなどのワイルドなお肉料理と相性がよく、何よりコストパフォーマンスが抜群。
家飲み様にはちょうど良く、煮込み料理やソースのベースとしても使いやすい庶民の味方だ。
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コメント
この記事へのコメント
フランスっぽくなったためでしょうか、ラストがこの監督さんらしくない仕上げのように思えました。それでも丁寧な描写は流石というところかと。波もドラマもある人間たちですが、彼らが住む家や街並みの落ち着いた佇まいが見ている側に安心感を与えてくれた気がします。もう一度見に行くつもりです。
2014/05/16(金) 22:16:10 | URL | さゆりん #mQop/nM.[ 編集]
こんばんは
>さゆりんさん
ラストは希望を感じさせるものでしたね。
結局無理やりにでも過去に向き合った事で、登場人物のうちの少なくとも何人かの時計は進みだすのだと思います。
細かい部分に色々と仕込みがありそうで、二度観ると一度目には見えなかったものが見えてくるかもしれません。
2014/05/21(水) 22:27:35 | URL | ノラネコ #xHucOE.I[ 編集]
今回もまたまた素晴らしかったです。
ここまで複雑な人間関係の糸がこじれてしまった様を、ほぐしていくだけでミステリタッチになりうるのだと。そしてそれにテーマがあり、見事に見応えのあるものにすることが出来るなんて…相変わらず素晴らしくて、舌を巻くばかりです。
前作同様に「優秀すぎて、見ている自分に劣等感を感じるような作品」でした。ハハハ…
2014/06/05(木) 17:11:24 | URL | とらねこ #.zrSBkLk[ 編集]
こんばんは
>とらねこさん
ドラマツルギーの要である葛藤は、必ず人の心の中で起こるのですから、一番ドラマチックなのは心を巡るミステリ。
ファルハディのやってる事は一番理にかなっているとも言えますね。
どんどん洗練されてきているのですが、そろそろ他のスタイルの作品も観てみたいなあという気もしています。
2014/06/07(土) 22:29:10 | URL | ノラネコ #xHucOE.I[ 編集]
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