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雪の轍・・・・・評価額1700円/昔々、アナトリアで・・・・・評価額1600円
2015年07月17日 (金) | 編集 |
漂泊する魂は、何を求めるのか。

トルコの異才ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督の最新作、「雪の轍」がカンヌ国際映画祭で最高賞のパルム・ドールを獲得したおかげで、DVDスルーになっていた「昔々、アナトリアで」も限定公開された。
ちなみに製作順ではこちらが前作に当たり、2011年のカンヌでグランプリを受賞した作品だ。
どちらもトルコの片田舎を舞台とした長尺の会話劇だが、そのアプローチは相当に異なっており、3年の差異は作家としての着実な深化を感じさせる。

「昔々、アナトリアで」の“アナトリア”とはトルコ共和国の大部分を占める小アジア半島を指す言葉で、原題の「BIR ZAMANLAR ANADOLU'DA」は「アナトリアの時間」と訳せるから、これはその土地独特の時の流れというニュアンスだろうか。
日暮れどきの大平原に、ヘッドライトを灯した3台の警察車両がやって来る。
乗っているのは事件を担当する検事と助手、検死を行う医者、熱血漢の警部とその部下たち、平原を管轄する軍警察隊、そして2人の容疑者。
彼らは殺人事件の遺体遺棄現場を探しに来たのだが、事件当時酔っていたという容疑者の供述は曖昧で、捜索隊は暗闇のなか大平原を彷徨う事になる。
殺人事件を扱ってはいるが、ミステリの類いではない。
いっこうに見つからない現場と、無情に過ぎてゆく時間。
募るばかりの焦りと疲れが人々を饒舌にし、ふとした瞬間心の中のわだかまりが口をついて出てくる。

登場人物は多いが、中心人物は警部、検事、医者、第一容疑者の四人。
病気の息子を抱える警部は、いつも妻にどやされて家にいても心が休まらず、イライラを容疑者にぶつけている。
エリートの検事は“自らの死を予言し、その通りに死んだ女”の話を医者にするのだが、それはどうやら自分の妻の事らしい。
2人の容疑者のうち、主犯と思われる第一容疑者は、唐突に被害者の息子の本当の父親は自分だという、信じがたい話を警部に告げるのだ。
何気ない台詞の中に、人々のホンネを紐解くヒントが隠されている。
次々と物語のコアとなる人物が入れ替わり、最終的に主役となるのはもっとも葛藤が見えない人物である医者だ。
長い一夜を過ごし、事件の真実を探していたはずの彼はしかし、最後に今ある問題をこれ以上拡大させないため、それまでのプロセス全てを覆すある決断をする。
終盤、医者を鏡越しに捉えたカットがあるのだが、ここは観客にとって医者が鏡に映った自分に見える様に意図的に撮られている。
どこまでも静かに事態を観察する医者は、いわば観客の目であり、あくまでも淡々と事象のみで展開する物語は、彼を通して観客自身のものとなるのである。
昔々、アナトリアで何が起こったのか?“お話”は観客の数だけあるのだ。

一方、上映時間実に196分に及ぶ大長編である「雪の轍」の舞台は、奇岩と岩窟遺跡で知られるカッパドキアにある古く小さなホテル。
ここの主人であるアイドゥンは、元俳優で地方新聞にコラムを書きつつ、トルコ演劇史をまとめようとしているインテリ。
地元の名士であった父から相続した、ホテルや不動産などの資産運用で十分食べてゆける裕福な人物だ。
物語はアイドゥンと慈善活動家でもある若く美しい妻二ハルとの関係を軸に、出戻りニートで皮肉屋の妹ネジラや、父の代からの店子で、家賃を払えず追い出されかかっているイスラムの導師イスマエルとその家族など、幾人もの登場人物の葛藤が絡み合う。
登場人物に職務上のつながりがあるだけで、人間関係はやや漠然としていた「昔々、アナトリアで」に対して、濃密な家族のドラマである本作の狙いは明確だ。
彼ら(そして彼らに投影された我々)は誰一人として、自分自身を知らないのである。
そこで起こっている事象を淡々と描くスタンスは前作と変わらないが、こちらでは物語の中で数ヶ所、登場人物が会話で激しく火花を散らす動的なシーンがある。

言葉のバトルが繰り広げられる度に、それぞれのキャラクターの印象も変わってゆく。


最初は思慮深く理知的と思えたアイドゥンの裏に、自分のこと以外には無関心な小さな王様、傲慢で幼稚な顔が見えてくる。
そんな夫に反発する二ハルの慈愛の向こうには、無知と偽善が横たわっている。

繰り返される言葉の応酬は、それぞれのキャラクターに、知っているつもりで知らない、いや見て見ぬふりをしてきた自分の本当の姿を突きつけ、同時に本人が意識しない他者との同質性を浮き立たせる。
自分だけは違う、自分は特別だという、誰もが心のどこかに持っている奇妙な自信は、あっけなく砕け散るしかない。
前作では医者という観察者がいて、彼が作品世界への目の役割を果たしていたが、本作において視点は一応アイドゥンに置かれているものの、二ハル、あるいはネジラも、観客の感情移入と自己投影の対象となり得る様に造形されている。
リアルで普遍的な登場人物たちもまた、自分自身の鏡像だと気づいた時、観客はスクリーンとの境界を失い、カッパドキアの原野に放り出されるのだ。

似て非なる二作品の内容と舞台には、重要な関連がある。
広大な夜の平原で展開する「昔々、アナトリアで」は、開けた空間で方向を見失い、彷徨う魂たちの物語だ。
そこでは事件が起こっているが、登場人物の葛藤と解はあくまでも日常的なもので、いわば人生のルーティーンの1日を切り取ったもの。
対して「雪の轍」は隔絶されたホテルという閉じた空間が舞台で、人間の内に内にと沈んでゆくドラマである。
ジェイランは、チェーホフの「妻」「善人たち」など幾つかの短編から本作を着想したそうだ。
チェーホフは「桜の園」や「犬を連れた奥さん」とかの代表作しか読んだことがないので、残念ながらこの二本は存在すら知らなかったが、なるほど表面的に特に事件は起こらず、しかし登場人物の内面では、人生を変える葛藤が深まってゆくのはチェーホフ的なスタイルと言えるかもしれない。
「雪の轍」の原題は「Kış Uykusu(冬の眠り)」である。
荒涼としたカッパドキアの岩石の大地は、季節の移ろいのなかでいつしか雪に閉ざされる。
雪国の動物たちが冬眠という再生を繰り返すように、この映画の人間たちもまた、純白の風景の中で、昨日までとは違う自分となり、新たな関係を結んでゆくのかもしれない。

ちょっと残念に感じたのは、極めて完成度が高く作家としての円熟を感じさせる「雪の轍」を、唐突にナレーションで落としていること。
基本どちらの作品も会話劇なのだけど、ジェイランの作品はなにげに画力が凄い。
台詞と合わせる映像も、構図からカメラワーク、ボイスオーバーのタイミングまで綿密に計算されていて、完全に不可分。
ずっと観ていたくなる、惚れ惚れするくらい美しいショットがたくさんあり、 台詞と映像が同じくらい雄弁なのである。
それまでの流れもあり、アイドゥンの想いはあえてナレーションに頼らずとも、十分に伝わったと思うのだけど。

今回は、トルコの代表的リキュール「ラク」をチョイス。
トルコはイスラムの国とは言っても世俗的で、豊かなアルコール文化を持ち、ラクは一般にアペリティフとして好まれている。
原料は干しぶどうやワインが用いられるが、清涼感のあるアニスのエキスの香りが日本人には好みが分かれるところ。
無色透明だが、水と混ぜると乳白色となることから、トルコでは“Aslan Sutu"(獅子の乳)”とも呼ばれる。
飲み方は、基本水割りにして、さらに冷水のグラスを別に用意し、交互に口に含んで口の中でさらに割るのが特徴。
まあ普通に最初から好みの分量で水割りにしても良さそうな気もするけど。
他にソーダで割るのもオススメ。
隣国ギリシャのウーゾとは、原料がほぼ同じの兄弟酒だ。

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