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草原の実験・・・・・評価額1800円
2015年10月04日 (日) | 編集 |
草原の黙示録。

人里離れた広大な草原に暮らす優しい父と美しい娘、そして彼女に想いを寄せる二人の青年を描く壮大な映像詩。
ロシアの俊英アレクサンドル・コット監督は、ソビエト連邦時代のカザフスタンで起こった、ある歴史的事件をベースに、極めてユニークで挑戦的な作品を作り上げた。
リリカルに描写される理想郷的な世界観はやがて、草原の彼方からやってくる暗黒の影によって覆われ、我々はこの映画に隠された世界の真実を見るのである。
絵のように美しい荘厳な自然の情景、そしてその中に佇む主人公の少女を演じる、エレーナ・アンの美少女っぷりが圧巻。
大人でもなく子どもでもない、境界の少女だけがもつ奇跡のムード。
物語のラストで、未来を見据えていたはずの、彼女の無垢なる瞳に飛び込んできたものとは。
※観る前に読まない事をお勧めします。

見渡す限りの大草原に、ぽつんと小さな家がある。
ここに暮らしているのは、父親のトルガ(カリーム・パカチャコーフ)と一人娘のディナ(エレーナ・アン)。
トルガが仕事に行くときは、途中までディナがトラックを運転し、分かれ道までくると運転を交代し、彼女は家へと歩いて引き返す。
すると幼馴染のカイシン(ナリマン・ベクブラートフーアレシェフ)が現れ、ディナを馬で家まで送ってくれるのだ。
ある日、家の近くで車が故障し、ロシア人の青年マックス(ダニーラ・ラッソマーヒン)が助けを求めてやってくる。
ディナの美しさに心を奪われたマックスは、それ以来頻繁に彼女を訪ねてくるように。
カイシンとマックス、二人の間でディナの心は揺れる。

そんなある夜、仕事から帰ると苦しそうに倒れこんだトルガの元に、武装した軍人たちがやってくる。
彼らは奇妙な計測機器を使って、トルガと家を調べてゆくのだが・・・


内容に関してほとんど情報を持たずに観たので、いろいろな意味で強烈なインパクトがあった。
大草原の小さな家に、山下清画伯みたいな朴訥なおっさんと、どえらい美少女が暮らしている。

少女は淡々とした日常を送りながら、まだ見ぬ外の世界に想像を巡らせ、スクラップブックに葉っぱのコラージュとして描いてゆく。
そして彼女に恋心をいだき、訪ねてくる青年二人。
日々の暮らしがあり、未来へのささやかな希望、静かな青春の葛藤がある。
そこは素朴だが、まるで小さな宝石のような美しい理想郷だ。

この映画に台詞は存在せず、広大な草原のロケーションを生かすシネマスコープの映像と、繊細に演出された音が全てを語る。

上記したあらすじのキャラクター名(英語読み)は、公式ホームページにも記載がなく、Hollywood Reporterの記事に基づくものだ。
ただ、映画の中では彼らの名前は明かされない。
いや名前だけでなく、場所も時代も具体的に分るような描写は避けられている。
父親の仕事も、毎日トラックでどこかへ出かけて行くという以上の事は語られない。
いつ、どこ、だれのインフォメーションを封じることで先入観がなくなり、誰もが純粋にこの珠玉の世界にひたり、飾り気のない少女の幼い美しさに見惚れ、憧れを抱く。
しかしやがて、観客は知るのである。
彼らが暮らしている「場所」の正体を。

そしてこの世界が、いかに儚くて残酷かを。
いずこからともなく現れる軍用トラックの車列、ガイガーカウンターを持った軍人たち、無人の平原を隔てる鉄条網、そして急激に健康を損なってゆく父親の体が意味すること。

セミパラチンスク
アラモゴード、ヒロシマ、ナガサキ、ビキニ、ロプノールと同様に、人類が生み出したもっとも邪悪な力によって、巨大な爪痕を残された呪われた土地。
アメリカに遅れること4年、ソ連最初の核実験は、1949年8月29日に現在はカザフスタン領となっているこの地で行われた。
機密保持のため(そしておそらくは核の影響を確かめる人体実験のため)、周辺の住民には実験内容の告知はもちろん、一切の避難勧告は行われなかったそうだ。
理想郷での極めて純粋で詩的な葛藤は、晩夏の白昼夢の様な閃光と巨大なキノコ雲によって一瞬で消し去られる。
セミパラチンスクの核実験場に関する、一定の事実が明らかになったのは、40年が経過したゴルバチョフ政権末期の事であり、実験場は既に閉鎖されているが、今でもこの地域の汚染は深刻で、癌や奇形の発生率は明らかに高いという。

原題の「Ispytanie (Испытание)」はロシア語で「テスト」と「試練」という二つの意味を持つ。
なるほど、少女に訪れる人生の試練と、核実験のダブルミーニングという訳か。
邦題の「草原の実験」もまた、核実験と本作の映画的実験という二重の意味を感じ取れる。
独特のテリングが作り出す、まるで実写をアニメーション的に解釈した様な、リアリティを損なわず現実をカリカチュアした世界観が誠に秀逸。
翼のない飛行機がやってくる浮世離れしたシーンなど、一瞬本作はファンタジー映画なのかと錯覚するほどだ。
この御伽噺のごとく平和な世界で、静かに力強く進行する人間ドラマが、草原の彼方から忽然と現れる強大な悪と出会う瞬間は、あまりにも美しく、そして禍々しい。
抗う事すら出来ない暴力に満ちた、残酷な世界の真の姿がここに浮かび上がるのである。

この映画のあちこちに見え隠れしているのが、アンドレイ・タルコフスキー監督の遺作、「サクリファイス」へのオマージュだ。
あの映画では、無神論者の主人公が、突然の核戦争勃発の報に、全てを捧げるから愛する者たちを救って欲しいと、はじめて神に祈り望みを伝える。
そして事態が解決されたと思った主人公は、神との契約を守るために、家に火を放ち犠牲を捧げるのである。
二本の映画には、共に象徴的な生命の木が登場する。
本作では少女の家の前に立ち、彼女にコラージュの材料を供給していた枯れ木であり、「サクリファイス」では主人公の父子が植える枯れた松だ。
草原で道に迷ったロシアの青年が、なぜか海のイメージを経て枯れ木への落雷に導かれ、少女の家へとたどり着くのも、「サクリファイス」の松がバルト海の浜辺に植えられていた事と符合するのではあるまいか。
この枯れ木は核実験による爆風で全てが破壊されたあとも、なぎ倒される事なくそこに存在し続けている。
少女たちの穏やかな日常は、人間の邪悪な力によってあっけなく灰塵に帰すが、命そのものを根絶やしにする事は決して出来ない。
「サクリファイス」のラストを締め括るのは、言葉を失っていた主人公の息子の台詞。
「“はじめに言葉ありき” なぜなのパパ?」
言葉は即ち神、ならば言葉無き世界は?
核による終末の世界を描く本作は、コットからタルコフスキーへと捧げられた、もう一つの「サクリファイス」なのかもしれない。

カザフスタンを含む中央アジアの諸民族はおおむねイスラム教徒ながら、この地域は民族の歴史とともに今も豊かな酒文化を持つ事でも知られている。
とはいえカザフスタン産の酒は日本ではなかなか手に入らないので、カスピ海の対岸に位置するやはり旧ソ連構成国で、ワインどころとして有名なアゼルバイジャンから「シェルグ・ウルドゥズ バヤン・シラ 」をチョイス。
スッキリとした喉ごし、フレッシュな香りとシャープな輪郭を持つ辛口の白。
クセがなくて非常にのみやすく、シチュエーションを選ばない使い勝手の良い一本だ。

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コメント
この記事へのコメント
サクリファイス
満点に驚きました!
でもこの作品にはその価値ありますよね。
私も何も情報を入れずに見たので、本当にビックリしましたよ
驚きすぎて前後のシーンを全く覚えていなかったので、二度目に見た時はあのシーンが上映終了の何分前から来るんだっけ、
前後のカットは一体どんなカットだっけと思いながら見てしまいましたw
サクリファイスだけはタルコの中でもガン寝してしまって、内容を覚えていない…ううっ
2015/10/05(月) 14:03:48 | URL | とらねこ #.zrSBkLk[ 編集]
こんばんは
>とらねこさん
これはもう完璧でしょう。
限りなく美しく、調和の取れた世界を、アレが見事にぶっ壊してしまうのですから。
私は素朴な少女と青年たちの三角関係の話なのかなと思っていたんで、中盤のガイガーカウンターで「あれあれ?」となり、最後には心底ショックでした。
2015/10/07(水) 22:07:11 | URL | ノラネコ #xHucOE.I[ 編集]
満点ですね
ノラネコさん☆
私にとってこの映画は今年のベストな気がします。
台詞がないのに何よりも雄弁で、素晴らしいと思いました。
おとうちゃんが山下清的なのに、娘が超美人でwww

2015/10/07(水) 23:01:47 | URL | ノルウェーまだ~む #gVQMq6Z2[ 編集]
こんばんは
>ノルウェーまだ〜むさん
確かにあの親子の血縁関係には疑惑がw
とにかく圧倒的な映像言語による、未見性の塊のようなテリングが凄かった。
あの美しく調和の取れた世界が、最も醜悪な暴力によって破壊される。
唯一無二の作品でした。
2015/10/08(木) 00:20:00 | URL | ノラネコ #xHucOE.I[ 編集]
こんばんわ
私も情報を得ずに見たので、当初はチェルノブイリに関する作品だと思っていただけに、あのラストはあまりにも衝撃でした。
もうやるせないというか、心にぽっかり穴が開いたような感じで、見終わった後、席を立てませんでしたよ。
2015/10/22(木) 00:08:25 | URL | にゃむばなな #-[ 編集]
こんばんは
>にゃむばななさん
この映画はそういう方多いですねえ。
キービジュアル観ても、核が関係するとは全く思わなかったし、映画始まってしばらくしてものどかなファンタジーテイストなんで、突然のアレには本当に度肝を抜かれました。
色んな意味でインパクト絶大な映画です。
2015/10/22(木) 21:41:28 | URL | ノラネコ #xHucOE.I[ 編集]
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こんな映画を今までかつて観た事ないっ! 台詞はひとつとして無いのに雄弁。 透き通るようで清らかな美しさがあるのに醜悪。 愛しいほどに愛が溢れているのに絶望的。
2015/10/07(水) 23:02:44 | ノルウェー暮らし・イン・原宿
一瞬で... 公式サイト http://sogennojikken.com9月26日公開 少女(エレーナ・アン)は、心地よい風が吹き渡る大草原にぽつんと立つ、小さな家で父親と2人で生活していた。仕事に
2015/10/08(木) 08:56:56 | 風に吹かれて
神が息を吹く。時代が息を吹く。ここは城か、それとも檻か。 見終ると同時に席を立つのを躊躇ってしまう。あのラストに言葉を失う、いや言葉が見つからない。そんな表現しか出来 ...
2015/10/22(木) 00:08:29 | こねたみっくす
注・内容、ラストに触れています。『草原の実験』Ispytanie監督 : アレクサンドル・コット出演 : エレーナ・アンダニーラ・ラッソマーヒン、カリーム・パカチャコーフ、 ナリンマン・ベクブラートフ
2015/11/12(木) 04:26:18 | 映画雑記・COLOR of CINEMA
 ISPYTANIE  見渡す限りの草原に建つ小さな家に、その少女は父親と二人で暮らしていた。 毎朝トラックに同乗し、仕事に出かける父を途中まで見送ると、馬に乗った幼馴 染が迎えに来る。そんなある日、青い瞳の巻き毛の青年が現れる・・・。  「全編に渡りセリフは一切なく、衝撃の結末に打ちのめされる」。これ以上の情 報は、出来る限り入れないように気を...
2015/12/08(火) 21:02:25 | 真紅のthinkingdays
【概略】 少女は大草原に建つ小さな家で父親と暮らしていた。遠い世界へ思いを馳せながらも、少女は穏やかな生活にささやかな幸せを感じていた。そんな静かな日々に突如、暗い影が差してきて…。 ドラマ 少女がその先に見たもの―。 美しい少女と父が過ごす、ある村の運命。旧ソ連の実話に基づき、歴史の傷跡を描いた衝撃作。 その少女は、大草原にポツンと建つ小さな家で父親と暮らしていた。...
2016/05/12(木) 13:41:06 | いやいやえん
衝撃的な、あまりにも衝撃的な作品。コンペ作品として「最優秀芸術貢献賞」、そして今年から東京国際映画祭に設定された「WOWOW賞」を受賞した、と、最終日にニュースを知ったが、それも当然かと思う。ただ、あまりにも息を呑む衝撃のせいか、事前の作品紹介がどれも凡庸なものとなってしまうのが難点。コンペ作品、どれにしようかな…と選ぶ時に、すごくしれっとした紹介なので、選ぶ基準に達するのがなかなか難しいか...
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