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裁かれるは善人のみ・・・・・評価額1750円
2015年11月10日 (火) | 編集 |
残酷なる、人間たちの世界。

北極に近いバレンツ海の荘厳な自然を背景に、権力の横暴に翻弄される市井の人々を描くヘビー級の人間ドラマ。
理不尽な状況に抗えば抗うほどに、運命は悲劇の連鎖を紡ぎ出す。
はたして、この世界に神はいるのか?人間の悪はどこから生まれるのか?
デビュー作の「父、帰る」で脚光を浴び、続く「ヴェラの祈り」「エレナの惑い」でも世界を驚かせたアンドレイ・ズビャギンツェフは、社会派映画の構造で物語をスタートさせ、そこから良い意味で作品の枠を破壊しにかかる。
結果、現代ロシアの闇を浮かび上がらせるのみならず、世界のどこででも起こり得る、普遍性を持つ寓話を作り出した。

ロシア北部、バレンツ海の入り江に面した小さな町。
自動車修理工のコーリャ(アレクセイ・セレブリャコフ)は、妻のリリア(エレナ・リャドワ)と亡き前妻との子であるロマ(セルゲイ・ポホダーエフ)の三人家族で、海の見える小高い丘の家で暮らしている。
だが強欲な市長のヴァディム(ロマン・マディアノフ)は、開発計画のためにコーリャの持つ土地の買収を画策。
強引かつ理不尽な市の要求に、コーリャは軍隊時代の部下で、モスクワに住む弁護士のディーマ(ウラディミール・ヴドヴィチェンコフ)を呼び寄せ、反撃を試みる。
ヴァディムの過去を調査したディーマは、彼の関わった悪事の証拠を見つけ出し、一度はスキャンダルの隠ぺいと引き換えに、十分な補償を引きだす事に成功。
だが、この時すでにコーリャが守ろうとした世界は、内側から静かに崩壊しつつあった。
襲いかかる権力に、もはやコーリャは抗うすべを持たない・・・


本作の着想の元となっているのは、2004年にアメリカで起きた所謂「キルドーザー事件」だそうな。
自動車修理工場を営む男が、隣接地の開発事業を巡って市と対立。
やがて男は、市側の嫌がらせや地元メディアの非難によって孤立を深め、遂には装甲車に改造した巨大なブルドーザーを駆って市役所や関係先を次々に破壊し、最後は内側から溶接された装甲車の中で自殺した。
この事件は当時世界中で大きな話題になり、日本のバラエティ番組でも再現ドラマが作られたりしたので、覚えている人も多いだろう。

もちろん本作ではそんなマッドマックスな展開は起こらないが、舞台をロシアのバレンツ海沿岸の田舎町に移した上で、物語の基本設定はこの事件を踏襲している。
だが、悪徳市長による理不尽な土地買収から、家と家族を守ろうとする男の話と思いきや、そんなのはまだ序の口。
ズビャギンツェフはキルドーザー事件を入り口として、旧約聖書の「ヨブ記」をはじめ、領主による理不尽な悪行と戦う男を描いたクライストの小説「ミヒャエル・コールハースの運命」や、絶対王政における臣民のあり方を定義したホッブスの政治哲学書で、本作の原題ともなっている「リヴァイアサン」などをミックスし、痛みに満ちた驚くべき物語を構築した。

140分の上映時間の間、主人公コーリャにはこれでもかというほど多くの苦難が降りかかり、それまでの平凡だった人生を嵐の様に翻弄する。
第一の苦難は、全ての発端となる市による土地買収だ。
一族が代々暮らしてきた土地は、田舎町にあっては景観の良い一等地。
当然コーリャは、雀の涙ほどの補償金を拒否し裁判に訴えるのだが、どうしてもそこにある物を建てたい市長は、あらゆる手を使って一家の追い出しにかかる。
そして第二の苦難は、皮肉にも第一の苦難を乗り越えるべく迎え入れた、弁護士のディーマによってもたらされる。
明日が見えない閉塞のなか、妻のリリアがディーマと密通し、コーリャの家族は内側からばらばらになってゆく。
訴訟半ばでディーマは去り、元々継母とそりが合わないロマはますます反発。
反省したコーリャが、何とか家族の絆を修復しようとした矢先、今度はリリアが失踪してしまい、もはや家を守るどころではなくなってしまう。

劇中で地元の司祭がコーリャを旧約聖書のヨブに例えるシーンがあるが、悲惨さは正に現代のヨブ。
テレンス・マリックの「ツリー・オブ・ライフ」でもモチーフとなっていた「ヨブ記」では、敬虔なるヨブの信仰を試すために、神の許可を受けたサタンがいくつもの試練を与える。
ヨブはそれに耐え続けるのだが、やがて善良なる者を何故神は苦しめるのかと疑念を抱き、神に対して申し立てを行う。
神は沈黙したまま答えないが、ヨブの神はどこにいるのかという絶望のうちに、遂に神はヨブとの対話に応じるのである。

ただ、頑ななまでに信心深いヨブとは違って、コーリャは俗物だ。
邦題は「裁かれるは善人のみ」となっているが、彼は粗野な飲んだくれで怒りっぽく、感情を抑えられずに暴力に訴える事もあり、必ずしも善人とは言い難い。
コーリャだけでなく、妻のリリアやディーマ、息子のロマも含め、当時人物は程度の差はあれ皆なんらかの欠点のある人物として造形されている。
そもそも司祭に悪態をつくコーリャが、信仰者としてヨブの高みにいないことは明らかだ。

本作に描かれる人間たちの有り様は、むしろホッブズのいう無秩序な「万人の万人に対する闘争」の状態に近い。
ホッブスはその著書の中で、人間社会の秩序を維持するために、臣民はその自然権を国家に対して譲渡すべきであるとし、臣民の国家に対する抵抗権を否定した。
彼はこの国家をリヴァイアサンと呼んだが、これは「ヨブ記」に登場する巨大な海の怪物であり、しばしば悪魔と同一視される。
ならばコーリャを陥れたのは、現代のリヴァイアサンとしての権力なのか。
言葉通りに受け取ればそう見えなくもないが、私はこのタイトルは裏読みする必要があると思う。
印象的に描写され、本作のキービジュアルにもなっているのが海岸にあるクジラの骨だ。
本作において、古の教会は崩れ落ち廃墟となり、強大なリヴァイアサンもまた亡骸としてその身を横たえる。

象徴的なのが父と子と聖霊ならぬ、政治と司法と宗教の三位一体である。
市長のヴァディムは自らの行為を悪として認識しており、だからこそ報いを恐れ宗教の権威に縋る。
宗教は政治権力の正統性に精神的なお墨付きを与える代わりに、様々な甘い汁を吸う。
同じ様に、裁判官も検事も法律を恣意的に運用して政治を支え、利権に与るという構図である。

この世界にはもうヨブに応えるべき神も悪魔もおらず、ただ神と悪魔の名を語る人間がいるだけだ。
リヴァイアサンの様に見えて、実はリヴァイアサンは既に死んでおり、世界は混沌の中にある。
物語の終盤、高位の司祭が市長をはじめとする人々に長い説教をするシーンがあるが、彼の言葉一つひとつをそのまま反転させれば、虚飾に満ちた現代ロシアの真の姿が見えてくるという訳だ。


偽りの世界で、ヴァディムがコーリャ陥れてでも、彼の土地に作りたかったものが明かされる瞬間、思わず苦笑いを浮かべたのは私だけではないと思う。

色々な意味で痛い映画だが、不思議と後味はそれほど胃もたれしない。
これは映画の視点が登場人物にどっぷり感情移入させるというよりは、適度に距離を保った批評的なものだからだろう。
そのためか主人公の感情のピークを描写するのも意図的に避けられており、バレンツ海の荒涼とした世界で展開するシニカルな人間ドラマは、ある意味滑稽なブラックコメディなのかも知れない。

しかし本作で何よりも強烈だったのは、ロシア男たちの豪快な飲みっぷりよ。
皆んなウォッカをミネラルウォーターみたいに飲んでたけど、コーリャだけで一体何本空けていた?
あの人たちの消化器は絶対おかしい(笑
という訳でロシア人ほどは飲めないけど、「ストリチナヤ・ウォッカ」をチョイス。
丁寧に濾過され、すっきりした味わい。
さすがに映画のロシア人たちの様に、ラッパ飲みでグイグイというのはほとんどの日本人には無理だろうが、ストレートでチビチビやっても、カクテルベースにしても美味しい。
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コメント
この記事へのコメント
こんばんわ
聖人君子のような善人などいないのが普通の世の中。
だから誰も裁かれない。
でも普通の世の中なら最低限の正義は社会が保持しているもの。
なのに、それもないというのが何ともやるせないというか、淋しいというか…。
2015/11/25(水) 00:17:13 | URL | にゃむばなな #-[ 編集]
こんばんは
>にゃむばななさん
映画には宗教が出てきますが、実際にはあれはもはや神の名をかたる詐欺みたいなもので、信仰ではないのですよね。
人間が精神的よりどころをなくした時、この映画みたいな社会が出来上がるのかもしれません。
2015/11/29(日) 23:25:43 | URL | ノラネコ #xHucOE.I[ 編集]
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