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消えた声が、その名を呼ぶ・・・・・評価額1700円
2016年01月19日 (火) | 編集 |
砂漠に消えた、愛を探して。

第一次大戦中のオスマン・トルコ帝国による、アルメニア人のジェノサイドをモチーフとした、壮大な映像叙事詩。
声を失いながらも、この世の地獄を生き残った主人公は、何処かへと消えた家族を探して、いつ果てるとも知れない苦難の旅に出る。
監督はトルコ系ドイツ人のファティ・アキンで、彼の「愛より強く」「そして、私たちは愛に帰る」に続く「愛、死、悪に関する三部作」の最終章。
なるほど、ここにあるのは人間の愛と死と悪が作り出す罪を巡る、根源的な葛藤である。
アルメニア人のジェノサイドに関しては、トルコではいまだに否定論が根強く残っているそうで、アキン監督としては自らの祖先の国の闇に挑むパワフルな力作となった。

オスマン帝国のマルディンに住むアルメニア人のナザレット(タハール・ラキム)は、腕の良い鍛冶屋として妻と双子の娘と共に慎ましくも幸せに暮らしていた。
だが1915年のある日、突然現れた憲兵隊によって家族から引き離され、街の男たちと共に連行される。
灼熱の砂漠での過酷な強制労働のさなか、ナザレットは大勢のアルメニア人が何処かへと行進させられるのを目撃する。
次々と仲間たちが殺される中、声を失いながらも虐殺を生き残ったナザレットは、すでに家族が亡くなっていた事を知ると、神の無慈悲に怒り、信仰を捨てるのだった。
その後、アッレポの石鹸工場に身を寄せるが、同郷の者に双子の娘が生存している可能性を告げられ、彼女らを探す旅に出る。
だがそれは、シリアの砂漠から大西洋へ、遂には新大陸の荒野へと続く、長い、長い道程の始まりだった・・・・


オスマン帝国内の、キリスト教系少数民族であるアルメニア人は、歴史的に迫害の対象となってきた。
第一次世界大戦下、ドイツ・オーストリア=ハンガリーの同盟側についたオスマン帝国は、彼らが敵に寝返る事を恐れ、アナトリアからシリアの砂漠地帯の収容所へと徒歩で強制移住させる。
過酷な「死の行進」を生き抜いても、今度は収容所で飢餓が襲う。
また兵士となりうる男性たちは、居住地からまとめて連行して殺害し、犠牲者の総数は数十万から百万ともといわれる。
本作の主人公ナザレットは、このジェノサイドを奇跡的に生き残り、行方不明となった双子の娘を探して、9年にも及ぶ旅に出るのである。

邦題の「消えた声が、その名を呼ぶ」の「その名」が意味するのは誰か。
思うにこれは、ナザレットの行方不明となった娘たち、そして神のダブルミーニングだろう。
物語の始まりの時点で、キリストが生まれた街の名を持つ主人公は、敬虔な信徒として描かれ、オスマン帝国によるイスラム教への改宗の誘いも毅然として拒否する。
だが、神は異教徒の脅威からアルメニア人を救わず、ナザレットの愛する人々はことごとく殺され、彼自身も傷を負い、声が出せなくなる。
もはや彼は、神に呪いの言葉を吐くことも出来ないのだ。
この世の無情を目の当たりして、神を拒絶したナザレットにとって、娘たちが生きているという可能性を信じて地球を半周する道程は、世界は生きるに値するか、神は存在するのかを改めて問う旅でもある。

映画はリアリティを重視しつつも寓話的要素が強く、ナザレットが鍛冶屋であったという設定もまた宗教的な暗喩だろう。
旧約聖書に登場するアダムとイブの子、カインとアベルは、失楽園の後に生まれた初めから原罪を抱えた最初の人間だ。
やがてカインはアベルを殺し、人類最初の殺人と嘘によって罪を重ね、ノドの地へと追放される。
ヘブライ語でカインとは「鍛冶屋」の意味を持ち、更にカインの七代目の子孫であるトバルカインは鍛冶職の祖とされている。
鍛冶屋とは、火から鉄を作り出す者たち、即ち人類の文明そのもの。
本作の作り手が、ナザレットの葛藤にカイン以来の人間の罪の歴史を重ねている事は明らかだ。
もともと罪深い存在なのに、自ら起こした戦争という究極の罪によって、お互いに殺し合う人間を、はたして神は救うだろうか?救われるに値するだろうか?

ナザレットは声を出せないので、観客に伝わるのは行いのみ。
家族を愛しながら、他人から盗み、神を呪う彼自身がそうであるように、全ての人間には二面性がある。
虐殺する者がいる反面、助ける者もいるように、憎しみと赦し、喜びと哀しみ、醜さと尊さは全て同じ人間という存在の裏表。
そして、ナザレットの娘が「双子」であることの意味。
絶望があるから希望が生まれ、希望があるから絶望を恐れる。
神は沈黙したままでも、世界は常にバランスしていて、それを崩すのは神ではなく人間だ。
遠大な旅の道程でナザレットが見たもの、体験したことの全てが腑に落ちるラストが見事。

この終盤部分は、共同脚本のマーディック・マーティンの手によるものだとか。
「レイジング・ブル」からはや36年、あまりにも長い間作品が無かったので、失礼ながらとっくに亡くなっていると思っていた。
なんでも彼は、アルメニア系米国人なのだそうな。
なるほど、トルコの迫害から逃れたアルメニア人の多くが、新天地をアメリカに求めた。
ナザレットの歩んだ道は、彼の以前にも以降にも、多くのアルメニア人が辿った運命の道なのだ。
旅の間に彼が訪れる街の名を示すテロップが、どことなくウェスタン風なのが印象的だが、はるか東方からやって来た荒野の放浪者の物語は、中東史から現代アメリカ史へと繋がっているのである。

旧約聖書の大洪水の後、現在のトルコ東部、アルメニア共和国との国境にそびえるアララト山の麓に漂着したノアは、そこに葡萄を植えてワインを造った。
つまり聖書によれば、アルメニアこそが世界の酒の故郷なのである。
今回はアルメニアのエレバンブランデー社が、白ワインを原料として作るブランデー「アララット アフタマール」をチョイス。
ラムに近い独特の香りがあり、味わいとしてはブランデーとワインの中間という感じ。
アルメニアブランデーと言えば、第二次世界大戦中のヤルタ会談時に、酒豪として知られるチャーチルがいたく気に入り、スターリンに年間数百本を送らせたという逸話が残っている。
酒に、歴史あり。

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コメント
この記事へのコメント
ノアの地
トルコから逃れて最終的にアメリカに辿り着いたナザレットの物語、マーディク・マーティンが共同脚本だったと後で知り、なんだか感動が余計深まりました。
災難を逃れたノアが辿り着いたのがアララトの山の麓であるというノラさんの一言もさすが。
「アララト アフタマール」は、この作品で紹介されると、思わず「アララト アフターマス」と脳内変換しそうになりますよ。
なんつって
2016/01/31(日) 15:20:39 | URL | とらねこ #.zrSBkLk[ 編集]
こんばんは
>とらねこさん
マーディク・マーティンにはビックリしました。
しかもアルメニアが彼のルーツとしり二度驚き。
まあまさにアフターマスと言いたくなるくらい悲惨でしたけどねえ。
アララット甘いけど美味いですよ。
ナイトキャップにキュッと飲むのが好きです。

2016/02/02(火) 21:47:29 | URL | ノラネコ #xHucOE.I[ 編集]
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