2016年03月25日 (金) | 編集 |
なにかと物議を醸している今年の東京アニメアワードフェスティバル(TAAF)だが、もちろん作品には罪はない。
今回上映された、素晴らしいクオリティの海外長編アニメーションを3本ご紹介。
このうち、ブラジルの「父を探して」はアヌシーで2冠、アカデミー賞にもノミネートされた作品で現在公開中だが、残りの2本は現時点では日本公開は未定。
いずれも、何らかの理由で故郷を離れ、冒険の旅に出る子どもたちを描いた作品である。
以前から書いていることだが、日本人の映画観客の大半は「アニメ」は知っていても「アニメーション」は殆ど知らない。
海外の優れた作品を観られる様、少しでもアクセシビリティが良くなって欲しいのだけど。
「父を探して」・・・・・評価額1700円
ブラジルのアレ・アブレウ監督の独創的な長編は、基本的に台詞なしの限りなく抽象アニメーション的なテリングが特徴。
とは言っても、物語は分かりやすく、しっかり構成されているので、決して敷居は高くない。
冒頭、真っ白な画面にポツリと現れた点から、様々な色や形、音楽が生まれてくる。
やがてそれは、主人公の少年が見ている「あるもの」のミクロの姿だとわかり、そこから世界は徐々にマクロに広がってゆくのだ。
この映画の世界観は、基本的に彼の主観的世界と捉えることが出来る。
少年は農民の父と母との三人暮らしだが、ある時父は家族を残し出稼ぎに行ってしまう。
草原の彼方からやって来た列車に乗って、父が旅立ってゆく辺りは、何処かへと去った父を待ち続ける娘の生涯を描いた、マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督の傑作短編アニメーション「岸辺のふたり」を思わせる。
だが本作の少年は、ただ待ち続けるのでは無く、父を探して冒険の旅に出るのだ。
映像表現にはクレヨンや色鉛筆、写真のコラージュなど、様々な手法が使われており、映像が音楽を可視化するような表現もユニーク。
子どもの落書きを思わせるカラフルな絵はとても可愛らしいのだけど、少年の辿る旅路が絵柄からは想像もつかない、高度な社会風刺になっているのが面白い。
旅の途中で少年が出会うくたびれたおじさんは、綿花のプランテーションにたどり着くも、ひ弱ゆえに早々にクビに。
収穫された綿花が運ばれる繊維工場へと忍び込んだ少年は、そこで働く青年と共に都市のスラムにある彼の家へ。
その街では、人々が搾取にプロテストしているが、資本と一体となった権力によって弾圧される。
おそらくは先進国のメタファーである、文字通り“手の届かない世界”に運ばれた繊維は、煌びやかな服飾製品となって都市に戻ってくるも、工場で働く貧しいものたちには高嶺の花だ。
奇しくもルセフ政権の汚職事件で、数百万人とも言われる人々がデモに参加しているブラジル。
ここでは、ブラジル社会の抱える厳しい現実が、幼い目によって抽象化されているのである。
しかもこの映画、それだけでは終わらない。
詳細を記すのは控えるが、物語にある仕掛けがしてあって、その事が明かされてから一気に情感が高まり、切なさに涙腺が緩む。
少年の父を探す遠大な冒険は、そのまま人生の旅路であると同時にブラジルという国の歴史でもあり、匿名性の高いシンプルなキャラクター・デザインが、ここで大きな意味を持ってくる。
絵柄の可愛さから、子供向けと思ってはいけない。
説明要素を極力排したストーリーテリングは、観る人の知識や人生経験とリンクして膨らむようになっており、基本的にある程度の年齢以上の大人向けの映画だ。
映画が終わった時、少年は私であり、貴方になっているはずである。
「ADAMA」・・・・・評価額1650円
ユニークなスタイルを持つ、Simon Rouby監督のフランス映画。
主人公の少年アダマが住んでいるのは、高い崖によって円形に囲まれ、外界から隔絶されたアフリカの秘密境だ。
この土地の住人は独自のスピリチュアルな文化を維持しており、崖の外側は“ナサラ"という存在が支配する“風の世界”で、行ってはならない場所とされている。
ところが兄サンバが「戦士になる」と言い残して外界へと消え、アダマは村人の制止を振り払い、兄を探して冒険の旅に出る。
砂漠の彼方の海辺の街で、兄は海の向こうの戦場に行ったらしいことを聞くと、宗主国のために出征する兵士たちに紛れて、巨大な鉄の船に密航して海を越え、見た事もない白い人々が暮らす世界を巡り、やがて辿り着くのは第一次世界大戦の最前線。
フランス軍とドイツ軍合わせて、70万人以上の死傷者を出した激戦地、ヴェルダンの地である。
少年の旅には、アフリカの呪的スピリチュアリズムが影のように寄り添い、彼の魂を守っている。
リアルでありながらファンタジー、デジタルとアナログを融合させたような映像のテイストも世界観に沿ったもの。
油彩調の美しい背景、クレイモデルを撮影し張り込んだという、アフリカの土を思わせる質感のキャラクターは、この作品に独特の“手触り”を与えている。
故郷の村の牧歌的風景から、戦時下の陰鬱なパリ、硝煙立ち込める酷寒の戦場まで、繊細な描き分けがなされているのも見ものだ。
アフリカに広大な植民地を抱えていたフランスは、今もその文化的影響を色濃く受けている。
本作だけでなく、例えばミッシェル・オスロの様に、アフリカにモチーフを求める作家も多い。
それはおそらく、嘗て支配した異文化を鏡として、自らの世界を見つめ直す事が出来るからだろう。
ヴェルダンの激戦を目撃するアダマの純真な目には、自然のサイクルから離れた人間がもはや人間でなくなり、全て文明が土塊と化すのが見える。
残念ながら、今の日本にこの作品のマーケットが存在するとは思えず、正式公開の可能性は限りなく低いだろう。
しかしこれは他に似た作品の無い、高い社会性を持った独創の戦争アニメーションであり、異色のスピリチュアル・ファンタジーである。
映画祭でのたった一回の上映で終わるには、あまりにも勿体無い。
「ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん」・・・・・評価額1700円
Rémi Chayé監督による、フランスとデンマーク合作映画。
いや〜これは文句無しに面白い、王道の冒険映画である。
舞台となるのは19世紀後半のロシア。
著名な冒険家のオルキン船長率いる探検船は、前人未到の北極点を目指す旅の途中、消息を断つ。
15歳の勝気な孫娘サーシャは、祖父の名誉を守るために、たった一人で祖父の旅路を辿り、消えた船を探す旅に出るのだ。
思うに、この映画の作者はジブリ映画、特に「天空の城 ラピュタ」が大好きなのではないだろうか。
祖父の冒険を孫娘が継ぐ、世代を超えた冒険の継承という部分はもちろんだが、彼女が乗り組む事になる砕氷船での生活描写など、あちこちにラピュタっぽい要素が散見される。
またサーシャのキャラクターは、宮崎駿にも大きな影響を与えた、レフ・アタマーノフ監督によるロシアのアニメーション映画、「雪の女王」の主人公ゲルダのイメージも感じさせる。
本作の作品世界には、アニメーション映画の豊かな歴史が内包されているのだ。
81分の上映尺の中で、実に色々な事が描かれている作品で、見応えたっぷり。
ここには、未知の世界への憧れ、危険な冒険のスリル、さらに初恋、友情、家族の情愛がある。
最初向こうっ気が強いだけの上流階級のお嬢様は、数々の苦難に直面し、葛藤を乗り越える事で、物語の終わりには祖父の志を継ぐ立派な冒険者、自立した女性に成長しているのである。
主人公だけでなく、主要人物皆が何らかの変化を経験しているのも良い。
頑固一徹な砕氷船の船長は、他人への寛容と信頼を学び、船長の弟で兄へのコンプレックスを抱える一等航海士は、リーダーとしての責任を知り、そしてサーシャと仲良くなる少年船員は、ほのかな恋心によって男の子として大いに成長する。
雪と氷の世界の映像も素晴らしく、主線を排した緻密で秀逸なキャラクターアニメーション制作にフラッシュを用いているのに驚く。
実によく出来たファミリー映画で、絵柄に慣れてしまえばキャラクターへの感情移入もしやすいだろう。
うまくプロモーションすれば、日本でも受け入れられそうな作品だと思うので、なんとか正式公開を期待したい。
この3本には、代表してブラジルの「カイピリーニャ」をチョイス。
サトウキビの蒸留酒、ピンガのトップブランドであるカシャッサ51を用意。
皮ごとのライムを1、2センチ角にぶつ切りにしてグラスに入れ、1~2tspの砂糖をまぶし押しつぶす。
クラッシュド・アイスを加えて、カシャッサ45mlを注いで、ステアする。
カイピリーニャとは田舎者の意味だが、その名の通り素朴でやや重めのピンガの味わいを、ライムの清涼さがすっきりフレッシュに引き立てる。
ところで去年のTAAFで上映された「MUNE」も素晴らしい作品なんだけど、未だ公開も発売もされず。
劇場公開が難しいなら、こういった海外アニメーションこそNHK辺りが積極的に紹介してほしいものだ。
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今回上映された、素晴らしいクオリティの海外長編アニメーションを3本ご紹介。
このうち、ブラジルの「父を探して」はアヌシーで2冠、アカデミー賞にもノミネートされた作品で現在公開中だが、残りの2本は現時点では日本公開は未定。
いずれも、何らかの理由で故郷を離れ、冒険の旅に出る子どもたちを描いた作品である。
以前から書いていることだが、日本人の映画観客の大半は「アニメ」は知っていても「アニメーション」は殆ど知らない。
海外の優れた作品を観られる様、少しでもアクセシビリティが良くなって欲しいのだけど。
「父を探して」・・・・・評価額1700円
ブラジルのアレ・アブレウ監督の独創的な長編は、基本的に台詞なしの限りなく抽象アニメーション的なテリングが特徴。
とは言っても、物語は分かりやすく、しっかり構成されているので、決して敷居は高くない。
冒頭、真っ白な画面にポツリと現れた点から、様々な色や形、音楽が生まれてくる。
やがてそれは、主人公の少年が見ている「あるもの」のミクロの姿だとわかり、そこから世界は徐々にマクロに広がってゆくのだ。
この映画の世界観は、基本的に彼の主観的世界と捉えることが出来る。
少年は農民の父と母との三人暮らしだが、ある時父は家族を残し出稼ぎに行ってしまう。
草原の彼方からやって来た列車に乗って、父が旅立ってゆく辺りは、何処かへと去った父を待ち続ける娘の生涯を描いた、マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督の傑作短編アニメーション「岸辺のふたり」を思わせる。
だが本作の少年は、ただ待ち続けるのでは無く、父を探して冒険の旅に出るのだ。
映像表現にはクレヨンや色鉛筆、写真のコラージュなど、様々な手法が使われており、映像が音楽を可視化するような表現もユニーク。
子どもの落書きを思わせるカラフルな絵はとても可愛らしいのだけど、少年の辿る旅路が絵柄からは想像もつかない、高度な社会風刺になっているのが面白い。
旅の途中で少年が出会うくたびれたおじさんは、綿花のプランテーションにたどり着くも、ひ弱ゆえに早々にクビに。
収穫された綿花が運ばれる繊維工場へと忍び込んだ少年は、そこで働く青年と共に都市のスラムにある彼の家へ。
その街では、人々が搾取にプロテストしているが、資本と一体となった権力によって弾圧される。
おそらくは先進国のメタファーである、文字通り“手の届かない世界”に運ばれた繊維は、煌びやかな服飾製品となって都市に戻ってくるも、工場で働く貧しいものたちには高嶺の花だ。
奇しくもルセフ政権の汚職事件で、数百万人とも言われる人々がデモに参加しているブラジル。
ここでは、ブラジル社会の抱える厳しい現実が、幼い目によって抽象化されているのである。
しかもこの映画、それだけでは終わらない。
詳細を記すのは控えるが、物語にある仕掛けがしてあって、その事が明かされてから一気に情感が高まり、切なさに涙腺が緩む。
少年の父を探す遠大な冒険は、そのまま人生の旅路であると同時にブラジルという国の歴史でもあり、匿名性の高いシンプルなキャラクター・デザインが、ここで大きな意味を持ってくる。
絵柄の可愛さから、子供向けと思ってはいけない。
説明要素を極力排したストーリーテリングは、観る人の知識や人生経験とリンクして膨らむようになっており、基本的にある程度の年齢以上の大人向けの映画だ。
映画が終わった時、少年は私であり、貴方になっているはずである。
「ADAMA」・・・・・評価額1650円
ユニークなスタイルを持つ、Simon Rouby監督のフランス映画。
主人公の少年アダマが住んでいるのは、高い崖によって円形に囲まれ、外界から隔絶されたアフリカの秘密境だ。
この土地の住人は独自のスピリチュアルな文化を維持しており、崖の外側は“ナサラ"という存在が支配する“風の世界”で、行ってはならない場所とされている。
ところが兄サンバが「戦士になる」と言い残して外界へと消え、アダマは村人の制止を振り払い、兄を探して冒険の旅に出る。
砂漠の彼方の海辺の街で、兄は海の向こうの戦場に行ったらしいことを聞くと、宗主国のために出征する兵士たちに紛れて、巨大な鉄の船に密航して海を越え、見た事もない白い人々が暮らす世界を巡り、やがて辿り着くのは第一次世界大戦の最前線。
フランス軍とドイツ軍合わせて、70万人以上の死傷者を出した激戦地、ヴェルダンの地である。
少年の旅には、アフリカの呪的スピリチュアリズムが影のように寄り添い、彼の魂を守っている。
リアルでありながらファンタジー、デジタルとアナログを融合させたような映像のテイストも世界観に沿ったもの。
油彩調の美しい背景、クレイモデルを撮影し張り込んだという、アフリカの土を思わせる質感のキャラクターは、この作品に独特の“手触り”を与えている。
故郷の村の牧歌的風景から、戦時下の陰鬱なパリ、硝煙立ち込める酷寒の戦場まで、繊細な描き分けがなされているのも見ものだ。
アフリカに広大な植民地を抱えていたフランスは、今もその文化的影響を色濃く受けている。
本作だけでなく、例えばミッシェル・オスロの様に、アフリカにモチーフを求める作家も多い。
それはおそらく、嘗て支配した異文化を鏡として、自らの世界を見つめ直す事が出来るからだろう。
ヴェルダンの激戦を目撃するアダマの純真な目には、自然のサイクルから離れた人間がもはや人間でなくなり、全て文明が土塊と化すのが見える。
残念ながら、今の日本にこの作品のマーケットが存在するとは思えず、正式公開の可能性は限りなく低いだろう。
しかしこれは他に似た作品の無い、高い社会性を持った独創の戦争アニメーションであり、異色のスピリチュアル・ファンタジーである。
映画祭でのたった一回の上映で終わるには、あまりにも勿体無い。
「ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん」・・・・・評価額1700円
Rémi Chayé監督による、フランスとデンマーク合作映画。
いや〜これは文句無しに面白い、王道の冒険映画である。
舞台となるのは19世紀後半のロシア。
著名な冒険家のオルキン船長率いる探検船は、前人未到の北極点を目指す旅の途中、消息を断つ。
15歳の勝気な孫娘サーシャは、祖父の名誉を守るために、たった一人で祖父の旅路を辿り、消えた船を探す旅に出るのだ。
思うに、この映画の作者はジブリ映画、特に「天空の城 ラピュタ」が大好きなのではないだろうか。
祖父の冒険を孫娘が継ぐ、世代を超えた冒険の継承という部分はもちろんだが、彼女が乗り組む事になる砕氷船での生活描写など、あちこちにラピュタっぽい要素が散見される。
またサーシャのキャラクターは、宮崎駿にも大きな影響を与えた、レフ・アタマーノフ監督によるロシアのアニメーション映画、「雪の女王」の主人公ゲルダのイメージも感じさせる。
本作の作品世界には、アニメーション映画の豊かな歴史が内包されているのだ。
81分の上映尺の中で、実に色々な事が描かれている作品で、見応えたっぷり。
ここには、未知の世界への憧れ、危険な冒険のスリル、さらに初恋、友情、家族の情愛がある。
最初向こうっ気が強いだけの上流階級のお嬢様は、数々の苦難に直面し、葛藤を乗り越える事で、物語の終わりには祖父の志を継ぐ立派な冒険者、自立した女性に成長しているのである。
主人公だけでなく、主要人物皆が何らかの変化を経験しているのも良い。
頑固一徹な砕氷船の船長は、他人への寛容と信頼を学び、船長の弟で兄へのコンプレックスを抱える一等航海士は、リーダーとしての責任を知り、そしてサーシャと仲良くなる少年船員は、ほのかな恋心によって男の子として大いに成長する。
雪と氷の世界の映像も素晴らしく、主線を排した緻密で秀逸なキャラクターアニメーション制作にフラッシュを用いているのに驚く。
実によく出来たファミリー映画で、絵柄に慣れてしまえばキャラクターへの感情移入もしやすいだろう。
うまくプロモーションすれば、日本でも受け入れられそうな作品だと思うので、なんとか正式公開を期待したい。
この3本には、代表してブラジルの「カイピリーニャ」をチョイス。
サトウキビの蒸留酒、ピンガのトップブランドであるカシャッサ51を用意。
皮ごとのライムを1、2センチ角にぶつ切りにしてグラスに入れ、1~2tspの砂糖をまぶし押しつぶす。
クラッシュド・アイスを加えて、カシャッサ45mlを注いで、ステアする。
カイピリーニャとは田舎者の意味だが、その名の通り素朴でやや重めのピンガの味わいを、ライムの清涼さがすっきりフレッシュに引き立てる。
ところで去年のTAAFで上映された「MUNE」も素晴らしい作品なんだけど、未だ公開も発売もされず。
劇場公開が難しいなら、こういった海外アニメーションこそNHK辺りが積極的に紹介してほしいものだ。

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