2016年10月26日 (水) | 編集 |
サヨナラからはじまるラブストーリー。
2012年の「夢売るふたり」以来となる西川美和監督の最新作は、直木賞候補となった自作の小説の映画化。
交通事故で妻を失った小説家の主人公が、同じ事故で亡くなった妻の親友の家族との交流を通して、自らの人生を見つめ直す。
虚勢を張った男の弱さを赤裸々に描きながら、心の奥底にある後悔と愛情を丁寧に掘り起こす繊細な心理劇。
主人公に「おくりびと」から8年ぶりの映画主演となる本木雅弘、彼の心を支配し続ける妻に深津絵里、一見強面の泣き虫父ちゃんを演じる竹原ピストルと、味わい深い演技陣が揃った。
人間、誰もが美しい部分と醜い部分を合わせ持っている。
スクリーンに映しだされた“もう一人の自分”を目撃するかのような、ちょっと痛くてささやかな希望をもらえる充実の2時間4分。
人気作家の津村啓こと衣笠幸夫(本木雅弘)は、愛人の智尋(黒木華)との密会中、一本の電話を受ける。
美容院を経営している妻の夏子(深津絵里)が、スキーバスの事故で亡くなったというのだ。
既に夫婦間の愛情は失われており、幸夫は突然の喪失にも泣くことすらできない。
やり場のない葛藤を抱えて悶々としていたある日、幸夫は夏子の親友で同じ事故で命を落とした大宮ゆき(堀内敬子)の夫で、長距離トラック運転手をしている陽一(竹原ピストル)と出会う。
仮面夫婦だった自分たちとは対照的に、妻を失った哀しみを隠さない陽一と、屈託のない笑顔の下に傷を抱えた子供たち。
次第に親しくなってゆくうちに、幸夫は仕事で家を空けがちな陽一の代わりに、子供たちの面倒を見るようになるのだが・・・・・
なるほど「長い」ではなく「永い」か。
これは絶妙なタイトル。
冒頭からネガティブパワー全開で、「嫌な奴」を見せつける本木雅弘が良い。
突然の事故で妻を亡くし、なぜか同じ事故の犠牲になった妻の親友の子供たちのベビーシッターになるという、現実にはありそうでなさそうなシチュエーションをリアリティたっぷりに演じている。
広島のレジェンドと漢字違いの同姓同名がコンプレックスで、津村啓というペンネームを使っている幸夫は、ぶっちゃけかなりダメな大人である。
ナルシストで嫌味たっぷり、傲慢な態度も実は自分に自信が無い裏返し。
不倫相手との密会中に妻を失って罪悪感に苛まれるが、どんなに謝りたくても彼女はもう死んでいるので、幸夫の犯した「罪」は永遠に償えない。
だから彼の「言い訳」は、「永く」なるほかないのだ。
やり場のない内なる葛藤を抱えた幸夫は、愛情あふれる家庭を築いていた陽一とゆきの子供たちと疑似家族となることで、もしかしたら自分と夏子の間にもあったかもしれない「可能性の過去」を生き、無意識のうちに贖罪を求めているのかもしれない。
しかし、「子育ては男の免罪符」とはなかなか言い得て妙であるが、現実の人生はそんなに上手くいかない。
壊れた携帯に残されていた、知りたくなかった妻のホンネ。
自分も愛情が無いと感じていたのだから、相手も同じでも当たり前なのだけど、いざそれを文字として見せられると、「愛されていない」ことに耐えられない。
さらには仮想の「家族」の変化によって、幸夫は再びどん底に落とされる。
陽一と良い感じになる女性が現れ、家族の中に入り込んでくると、幸夫は一方的に疎外感を募らせて、自分から彼らと疎遠になってしまうのだ。
幸夫のダメっぷりと足掻きっぷりは、西川監督の師匠の是枝裕和監督作品を思わせる。
ただ、是枝作品に登場する大人に成りきれない男たちが、たぶんに男性作家の自虐的な自己投影であるのに対して、幸夫を見つめる西川監督の目はもう少し客観的というか、男の愚かさと弱さを愛でる女性の視線なのだと思う。
過去の西川作品も、偽医者だったり結婚詐欺師だったり、どこか問題を抱えた男性キャラクターは多かったが、本作はそんな男が隠したい自分、知られたくない自分を前面に出してくるので、男性観客は心をチクチク刺される様でかなり居心地が悪い(笑
もっとも、残酷な現実を描きながら、最後には人間を信じているあたりも、この師弟は共通なのである。
物語の終盤で起こる事件によって、陽一の家族との絆を取り戻した幸夫は、新しい本を執筆中に、ふと「人生は他者だ」と書き綴る。
どんなに強がっても、人は決して一人では生きていけない。
妻を亡くしてすぐエゴサーチしてしまうくらい自意識過剰で、悶々とした気持ちを一人で抱え込んでいた孤独な男は、陽一家族との時間を通し誰かのために生きる喜びを知り、自らの内面の弱さと向き合い、ついに人生の全ては他人との関わりによって出来ているということに思い当たるのである。
他者のいないところに人生は無く、誰かを想うことで人生のストーリーが紡がれてゆく。
16ミリフィルムによる粒子の粗い、それでいて優しい質感の映像が物語の詩情を高め、手嶌葵の歌う挿入歌がグッと涙腺を刺激する。 じんわりとした余韻が永く残る秀作である。
今回は「おくりびと」の舞台でもある山形の地酒、亀の井酒造の「くどき上手 辛口純米吟醸」をチョイス。
辛口な映画だけに、純米吟醸としてはかなり辛口できりりとした味わい。
かわりに旨味はやや弱いが、飲みやすいので杯が進む。
幸夫はダメ男だったけど、くどき上手な所は見習いたいものである(笑
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2012年の「夢売るふたり」以来となる西川美和監督の最新作は、直木賞候補となった自作の小説の映画化。
交通事故で妻を失った小説家の主人公が、同じ事故で亡くなった妻の親友の家族との交流を通して、自らの人生を見つめ直す。
虚勢を張った男の弱さを赤裸々に描きながら、心の奥底にある後悔と愛情を丁寧に掘り起こす繊細な心理劇。
主人公に「おくりびと」から8年ぶりの映画主演となる本木雅弘、彼の心を支配し続ける妻に深津絵里、一見強面の泣き虫父ちゃんを演じる竹原ピストルと、味わい深い演技陣が揃った。
人間、誰もが美しい部分と醜い部分を合わせ持っている。
スクリーンに映しだされた“もう一人の自分”を目撃するかのような、ちょっと痛くてささやかな希望をもらえる充実の2時間4分。
人気作家の津村啓こと衣笠幸夫(本木雅弘)は、愛人の智尋(黒木華)との密会中、一本の電話を受ける。
美容院を経営している妻の夏子(深津絵里)が、スキーバスの事故で亡くなったというのだ。
既に夫婦間の愛情は失われており、幸夫は突然の喪失にも泣くことすらできない。
やり場のない葛藤を抱えて悶々としていたある日、幸夫は夏子の親友で同じ事故で命を落とした大宮ゆき(堀内敬子)の夫で、長距離トラック運転手をしている陽一(竹原ピストル)と出会う。
仮面夫婦だった自分たちとは対照的に、妻を失った哀しみを隠さない陽一と、屈託のない笑顔の下に傷を抱えた子供たち。
次第に親しくなってゆくうちに、幸夫は仕事で家を空けがちな陽一の代わりに、子供たちの面倒を見るようになるのだが・・・・・
なるほど「長い」ではなく「永い」か。
これは絶妙なタイトル。
冒頭からネガティブパワー全開で、「嫌な奴」を見せつける本木雅弘が良い。
突然の事故で妻を亡くし、なぜか同じ事故の犠牲になった妻の親友の子供たちのベビーシッターになるという、現実にはありそうでなさそうなシチュエーションをリアリティたっぷりに演じている。
広島のレジェンドと漢字違いの同姓同名がコンプレックスで、津村啓というペンネームを使っている幸夫は、ぶっちゃけかなりダメな大人である。
ナルシストで嫌味たっぷり、傲慢な態度も実は自分に自信が無い裏返し。
不倫相手との密会中に妻を失って罪悪感に苛まれるが、どんなに謝りたくても彼女はもう死んでいるので、幸夫の犯した「罪」は永遠に償えない。
だから彼の「言い訳」は、「永く」なるほかないのだ。
やり場のない内なる葛藤を抱えた幸夫は、愛情あふれる家庭を築いていた陽一とゆきの子供たちと疑似家族となることで、もしかしたら自分と夏子の間にもあったかもしれない「可能性の過去」を生き、無意識のうちに贖罪を求めているのかもしれない。
しかし、「子育ては男の免罪符」とはなかなか言い得て妙であるが、現実の人生はそんなに上手くいかない。
壊れた携帯に残されていた、知りたくなかった妻のホンネ。
自分も愛情が無いと感じていたのだから、相手も同じでも当たり前なのだけど、いざそれを文字として見せられると、「愛されていない」ことに耐えられない。
さらには仮想の「家族」の変化によって、幸夫は再びどん底に落とされる。
陽一と良い感じになる女性が現れ、家族の中に入り込んでくると、幸夫は一方的に疎外感を募らせて、自分から彼らと疎遠になってしまうのだ。
幸夫のダメっぷりと足掻きっぷりは、西川監督の師匠の是枝裕和監督作品を思わせる。
ただ、是枝作品に登場する大人に成りきれない男たちが、たぶんに男性作家の自虐的な自己投影であるのに対して、幸夫を見つめる西川監督の目はもう少し客観的というか、男の愚かさと弱さを愛でる女性の視線なのだと思う。
過去の西川作品も、偽医者だったり結婚詐欺師だったり、どこか問題を抱えた男性キャラクターは多かったが、本作はそんな男が隠したい自分、知られたくない自分を前面に出してくるので、男性観客は心をチクチク刺される様でかなり居心地が悪い(笑
もっとも、残酷な現実を描きながら、最後には人間を信じているあたりも、この師弟は共通なのである。
物語の終盤で起こる事件によって、陽一の家族との絆を取り戻した幸夫は、新しい本を執筆中に、ふと「人生は他者だ」と書き綴る。
どんなに強がっても、人は決して一人では生きていけない。
妻を亡くしてすぐエゴサーチしてしまうくらい自意識過剰で、悶々とした気持ちを一人で抱え込んでいた孤独な男は、陽一家族との時間を通し誰かのために生きる喜びを知り、自らの内面の弱さと向き合い、ついに人生の全ては他人との関わりによって出来ているということに思い当たるのである。
他者のいないところに人生は無く、誰かを想うことで人生のストーリーが紡がれてゆく。
16ミリフィルムによる粒子の粗い、それでいて優しい質感の映像が物語の詩情を高め、手嶌葵の歌う挿入歌がグッと涙腺を刺激する。 じんわりとした余韻が永く残る秀作である。
今回は「おくりびと」の舞台でもある山形の地酒、亀の井酒造の「くどき上手 辛口純米吟醸」をチョイス。
辛口な映画だけに、純米吟醸としてはかなり辛口できりりとした味わい。
かわりに旨味はやや弱いが、飲みやすいので杯が進む。
幸夫はダメ男だったけど、くどき上手な所は見習いたいものである(笑

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この記事へのコメント
ノラネコさん☆
じんわりと余韻が残りましたね~
なるほど男性から見るとチクチク刺さるものなのですか・・・?
私としては「雄」と「雌」の違いを目の当たりにする映画でした。
奪い狩り種を残す本能の「雄」と、生み慈しみ育てる「雌」の原始的本能がこうまであからさまに人間にも出るんだ~~と感心しちゃいました。
で、「愛していないこれっぽちも」は妻の感情ではなく、夫の気持ちを書いたのだと、女性監督なら表現したと思う私です。
じんわりと余韻が残りましたね~
なるほど男性から見るとチクチク刺さるものなのですか・・・?
私としては「雄」と「雌」の違いを目の当たりにする映画でした。
奪い狩り種を残す本能の「雄」と、生み慈しみ育てる「雌」の原始的本能がこうまであからさまに人間にも出るんだ~~と感心しちゃいました。
で、「愛していないこれっぽちも」は妻の感情ではなく、夫の気持ちを書いたのだと、女性監督なら表現したと思う私です。
>ノルウェーまだ~むさん
ええ、ええ、チクチク刺さりますよ。
自分でも分かってて、触れられたくない弱みを、じわじわと責められる感じw
師匠の是枝監督と似てはいるんだけど、決定的に違うのがこの客観性でしょうね。
ダメンズの一人としてはかなり痛い映画です。
ええ、ええ、チクチク刺さりますよ。
自分でも分かってて、触れられたくない弱みを、じわじわと責められる感じw
師匠の是枝監督と似てはいるんだけど、決定的に違うのがこの客観性でしょうね。
ダメンズの一人としてはかなり痛い映画です。
2016/11/10(木) 22:57:22 | URL | ノラネコ #xHucOE.I[ 編集]
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人気作家の津村啓こと衣笠幸夫は、妻・夏子が旅先でバスの事故に遭い、親友ゆきと一緒に亡くなったという知らせを受ける。 ちょうどその時に不倫相手と密会していた幸夫は、世間に対して悲劇の主人公を装うことしかできなかった。 ある日、ゆきの夫でトラック運転手の大宮陽一と顔を合わせた幸夫は、ふとした思いつきから、陽一の子どもたちの世話を買って出ることに…。 ヒューマンドラマ。
2016/10/28(金) 15:57:02 | 象のロケット
今年一番の邦画との呼び声も高い、西川美和監督が自らの小説を映画化した作品。
もっくんが出演する映画なら間違いはない・・・・というのは事実だった。
笑いも有り、私なんて結構ずーっとウルウルし通しだったくらいだけど、ここはさすがの西川美和作品、一筋縄ではいかない。
「いったい何を言い訳していたのか?」は明確にはされないのだから・・・・
2016/10/29(土) 00:22:21 | ノルウェー暮らし・イン・原宿
『永い言い訳』をTOHOシネマズ渋谷で見ました。
(1)西川美和監督の作品ということで、映画館に行ってきました。
本作(注1)の冒頭では、椅子に座った衣笠幸夫(小説家の筆名は津村啓:本木雅弘)の髪の毛を、妻の夏子(深津絵里)がハサミを入れて切っています。
TV画面には、幸夫が出演しているバラエティ番組が映し出されていて、それを見ながら夏子が笑います。
すると、幸夫は「もう消せよ、...
2016/11/01(火) 22:01:02 | 映画的・絵画的・音楽的
30日のことですが、試写会「永い言い訳」を鑑賞しました。
一ツ橋ホールにて
小説家の津村啓こと衣笠幸夫の妻 夏子はバスの事故でこの世を去る しかし夫婦に愛情はなく幸夫は悲しむことができなかった。
そんなある日 幸夫は夏子の親友で共に命を落としたゆきの夫 大...
2016/12/05(月) 18:32:15 | 笑う社会人の生活
『永い言い訳』原作・脚本・監督:西川美和 出演:本木雅弘、竹原ピストル、藤田健心、白鳥玉季、堀内敬子、池松壮亮、黒木華、山田真歩、深津絵里 ※Memo1●「人生は他者だ」幸夫がたどりついた(いや、たど
2017/01/01(日) 20:47:11 | 映画雑記・COLOR of CINEMA
な、なんと、西川美和監督のこの作品。第153回直木賞候補作にもなったのですか。びっくり。妻を亡くした男と、母を亡くした子供たち、その関わりの中から、新しい絆の形というか、「疑似ファミリー」体験に癒やされるものもあって… 関係の中で生まれる喜怒哀楽。子役達もビビッドだったし、もちろん、主人公の本木雅弘も好演。しかし、紅白歌手の、竹原ピストルが、演技でも、こんなにも存在感で、対象的なタイプの父親...
2018/08/06(月) 07:42:55 | のほほん便り
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2018/08/14(火) 00:28:18 | 或る日の出来事
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