酒を呑んで映画を観る時間が一番幸せ・・・と思うので、酒と映画をテーマに日記を書いていきます。 映画の評価額は幾らまでなら納得して出せるかで、レイトショー価格1200円から+-が基準で、1800円が満点です。
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ショートレビュー「死の谷間・・・・・評価額1600円」
2018年07月10日 (火) | 編集 |
「Z」の男は誰なのか?

核戦争か、それとも重大な事故が起こったのか。
詳細は語られないが、文明社会は滅び、放射性物質によって大半が汚染された世界
外界から隔絶され、奇跡的に清浄が保たれた山奥の谷に、マーゴット・ロビー演じるアン・バーデンがただ一人住んでいる。
他の住民は生存者を探しに旅に出て、誰も戻らない。
もしかしたら、自分がこの世界唯一の生き残りなのではないか?
彼女は犬のファロを相棒に、父が建てた小さな教会を心のよりどころに、自給自足しながら永遠にも思える孤独に耐えている。

そんな秘密境に、ある日たどり着いたのが、キウェテル・イジョフォー演じるジョン・ルーミス。
科学者の彼は、信仰心の強いアンとは対照的に、合理的な思考の持ち主だ。
安全な場所を探して防護服のままワゴンを引き、長く放浪してきたジョンは、この谷が汚染されていないことを確認すると、アンの家にとどまることになる。
人種も思想も異なる二人だが、アンは孤独という恐怖から、ジョンは防護服の地獄から解放され、前向きな気持ちを取り戻す。
谷での日々の暮らしの改良にも着手し、お互いに適度な距離を保ちながらも、徐々に密接な関係を作ってゆくのだ。
ところが、そこに二人目の男、クリス・パイン演じるケイレブが現れる。
彼はアンと同様に信仰心を持った、美しい若者だ。
予期せぬケイレブの出現によって、谷の暮らしに静かな波紋が生じてゆく。

1990年代から10年近くに渡って、70件近くの被害を出した“ストリップサーチ悪戯電話詐欺”を描いた心理サスペンス、「コンプライアンス〜服従の心理〜」で注目されたクレイグ・ゾベル監督は、今回もシンプルな設定を活かした、ユニークな暗喩劇を構築している。
ロバート・C・オブライエンの小説に基づく本作の原題は、「Z for Zachariah」という奇妙なもの。
ザカリアは、聖書の登場人物で洗礼者ヨハネの父。
アンは聖書のアルファベットの本を持っていて、最初の「A」はアダムで最後の「Z」がザカリア。
つまりこのタイトルは、人類最後の男を指しているのである。


神が作りし第二のエデンの園を守るイヴの元に、遣わされたのはアダムならぬザカリアが二人。

しかも信仰を持たない者と持つ者、黒人と白人だ。

何か大きなことが起こるわけではないが、ちょっとしたやり取りや行動によって、穏やかでない心が伝わってくる。
そんな中、三人の合意で行われる教会の解体と文明の享受は、極めて象徴的だ。
表向きは仲良く日常を送りつつも、谷には徐々に不穏な空気が高まり、静かな葛藤の帰結する先に目が離せない。
実質的主人公はキウェテル・イジョフォーのジョンだが、最後の彼の行動をどう解釈するかで物語の意味が180度変わる
はたして、彼は本当にザカリアだったのか、神は今も谷にいるのか。

観る者の心を揺さぶりジャッジする、異色のポストアポカリプトSF。

文明が滅びた世界で、女一人と男二人の三角関係の話・・・というとロジャー・コーマン監督が、「呪われた海の怪物」と2本同時撮影したという「地球最後の女」というB級作品があり、ぶっちゃけ全然面白くはないが、もしかしたら原作の元ネタになっている可能性がある。

しかし絡み合う三人のドラマに、私はむしろフレッド・ジンネマンの「氷壁の女」を思い出した。
あれほどメロドラマチックではないけどね。

今回は「ドメーヌ・エデン シャルドネ サンタクルーズマウンテン」の2013をチョイス。
ドメーヌ・エデンはマウント・エデンがプロデュースする弟分銘柄で、スタンダードのおよそ半分というCPのよさ。
それでいて作りには決して妥協がないのだから嬉しい。
フルーティなアロマに柑橘系の酸味、やわらかな甘さが舌に残る。
フレッシュな葡萄本来の風味が前面に出た、瑞々しい味わい。

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ショートレビュー「カメラを止めるな!・・・・・評価額1650円」
2018年07月06日 (金) | 編集 |
モノゴトは“ウラ”ほど面白い。

映画の専門学校「ENBUゼミナール」のプロジェクトとして作られた作品で、監督・脚本の上田慎一郎はこれが劇場用長編デビュー作いう以外、全く情報を入れずに観たが、今年最高のアイディア賞だ。
映画が始まってしばらくはB級、いやC級然としたテイスト。
自主映画の撮影隊が廃墟でゾンビ映画を撮っていると、なぜか本物のゾンビが出現しサバイバルに・・・という平凡な出だし。
ワンショット撮影は頑張っているが、ホラーじゃないけど同じ手で最近「アイスと雨音」という大力作があったしな・・・それに比べれば、こっちは相当素人臭いし、なんだか変な間や意味のない芝居がたくさんで、ぶっちゃけあんま面白くない・・・。
そんなことを思っているうちに、映画はわずか37分で唐突に幕を閉じてしまうのである。
※ここからは1度観てから読むことをオススメします。

「???これで終わり??」
と戸惑っていると、映画はここから再び幕を開けると、想像の斜め上どころか、異次元の壁を突き破って暴走する。
「最後まで席を立つな。この映画は二度はじまる」は、本作のキャッチコピー。
実は今まで観てきたのは、生放送の一発撮りホラードラマ(という設定)で、二度目に始まるのはそのビハインド・ザ・シーン。
普通のドラマならいざ知らず、様々なギミックを必要とするホラーを、ノーカットの生放送で制作するという無茶振りを任されたのが、普段妥協ばっかりしている再現ドラマの監督。
ここに元女優の妻や、父とは対照的に妥協知らずでトラブルメーカーの娘ADも絡み、怒涛のメイキング・ドラマが始まるのである。
生放送という特異性ゆえに、計算尽くの妥協などできず、どんなトラブルが起こっても、今そこにあるものでなんとかするしかない。
否が応でも本気にならざるを得ない状況が、現場の人間全員を変えてゆく。

ストーリーを楽しむ言うよりも、構造の仕掛けに驚かされる映画だが、周到に設定された人物描写が、この作品の面白さを単なる一発ネタのサプライズを超えたものにしている。
前半と後半で、ガラッと作りが変わる映画は他にもある。
だが本作はそのどれとも違う唯一無二、マジでこんなの観たこと無い。
最初に観るときには、絶対に情報を入れない方がいいが、一度観てしまうと今度はディテールが楽しい。
前半のドラマで引っかかった不自然な芝居や間の違和感の“ナゼ”を、後半明かしてゆく仕掛けがものすごく凝っていて、二度三度観ても面白い。
実際平日も満席が続く劇場では、リピーター客がとても多いという。

今年は「レディ・プレイヤー1」「ブリグズビー・ベア」など、作り手にとっての虚構と現実をモチーフとした映画が目立つが、モノ作りの情熱と狂気にフィーチャーした本作もその一つ。
創作を生業にしている人は必ずこの作品に嫉妬し、強い刺激を受けるだろうし、作り手も観客も溢れんばかりの映画愛に、大いに笑って涙するだろう。
しかし、ゾンビ映画って本当に汎用性が高い。
ロメロ映画的な社会性の象徴としても、「桐島」のように青春の熱情の具現化としても、本作みたいに創造の葛藤のメタファーとしても使えるのだから、そりゃ世界中のフィルム・メーカーがゾンビ映画を作り続けるわけだ。
次は誰が、どんな新しいゾンビ映画を作り出すのだろうか。

今回は、そのまんま「ゾンビ」をチョイス。
ホワイトラム30ml、ゴールドラム30ml、ダークラム30ml、アプリコットブランデー15ml、オレンジジュース 20ml、パイナップルジュース 20ml、レモンジュース 10ml、グレナデンシロップ 10mlをシェイクして、このカクテルが名前の元になった氷を入れたゾンビグラス、別名コリンズグラスに注ぐ。
複数のラムをチャンポンしているのは酔いを深めるためで、もともとは5種類ものラムを混ぜていたという。
非常に強いのでいつの間にか酩酊し、ゾンビ化する恐ろしいカクテルだ。

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ブリグズビー・ベア・・・・・評価額1750円
2018年07月05日 (木) | 編集 |
彼が“世界”を教えてくれたから。

創作の夢と情熱の詰まった、愛すべき小品。
物心つく前に誘拐され、25年もの間地下のシェルターで育った青年、ジェームズ・ポープが主人公。

救出されて本当の親元へ帰るものの、外の世界を知らず、偽の両親以外の人間と接したことも無いのでコミュ力は限りなくゼロ。

新しい人生の展開に戸惑う彼の心の支えが、シェルターで唯一鑑賞を許されていた、ちょっと不気味な宇宙クマのブリグズビーが活躍する子供向け教育番組、「ブリグズビー・ベア」だ。
どうしてもブリグズビーの新作が観たいジェームズは、番組の続きを自分で映画として作って自主上映しようとする。
ジェームズにとって、ブリグズビーとは何者だったのか?なぜ彼は映画を作らねばならないのか?
ここに描かれるのは、人生の絶望と救済、現実と虚構に関するビターで美しく、詩的な寓話である。

ジェームズ(カイル・ムーニー)は、両親のテッド(マーク・ハミル)とエイプリル(ジェーン・アダムズ)と共に、外界から隔絶された砂漠の中のシェルターに、25年もの間暮らしている。
シェルターの外は汚染されていて、人間は防毒マスクなしで生きられないと教えられ、外界との唯一の接点は毎週どこからか送られてくる子供向け教育番組「ブリグズビー・ベア」のビデオテープ。
銀河を冒険するクマのブリグズビーに全てを教えられて育ったジェームズは、今では「ブリグズビー・ベア」の世界を研究し、チャットのフォーラムで発表するようになっていた。
ところがある日、突然シェルターに警察が突入し、彼を連れ去る。
警察署で面談したヴォーゲル刑事(グレッグ・キニア)は、ジェームズがずっと両親だと思っていたテッドとエイプリルは誘拐犯で、本当の両親は別にいると告げる。
「ブリグズビー・ベア」も、テッドが作っていた偽の番組だった。
戸惑いながら実の両親と妹のオーブリー(ライアン・シンプキンズ)が待つ家へと帰り、新しい生活を始めるジェームズだったが、「ブリグズビー・ベア」の無い生活をどうしても受け入れることができなかった・・・


監督のデイヴ・マッカリーと脚本・主演のカイル・ムーニー、共同脚本のケヴィン・コステロは、共にカリフォルニア州サンディエゴで育った幼馴染。
マッカリーとムーニーは、本作にもバンダー刑事役で出演しているベック・ベネットと、ニック・ラザフォードと共に2007年に映像制作ユニットGoodNeighborを結成し、GoodNeighborStuffのアカウントで数々の動画を投稿しているYouTuberだ。
どの動画も1分~5分程度と短いのだけど、センス抜群で可笑しくてたまらない。
ネットで人気を博すと、彼らは揃ってテレビの老舗コメディ番組「サタデー・ナイト・ライブ」に進出、そして動画投稿開始から10年目に本作を撮影し、見事な長編劇場用作品デビューを飾った。

誘拐され、長年監禁されていた被害者の帰還を描いた作品というと、ブリー・ラーソンがアカデミー主演女優賞に輝いた「ルーム ROOM」が記憶に新しい。
ラーソン演じる主人公は、17歳で誘拐されてから7年の間、犯人との間にできた息子と小さな部屋に閉じ込められている。
外の世界を知らない息子を不憫に思った彼女は、“世界”とはこの部屋のことで、テレビに映っているものは全てニセモノ、扉の外には宇宙空間が広がっていると嘘をついているのだが、救出された後はむしろ柔らか頭の子供の方が、新しい世界に素早く順応してゆくのが印象的だった。
母親は世間の好奇の目に晒され、“誘拐犯の子”でもある息子を受け入れない親との関係にも悩み、人生を取り戻すのに苦戦するのである。

本作の場合、物心つく前に誘拐されたジェームズの監禁期間は実に25年。
肉体的には立派な大人でも、なにしろ偽の両親のテッドとエイプリル以外の人間を全く知らない。
二人が周到にSFチョックな世界観を構築し、信じ込ませていたこともあり、現実は完全に未知のもの。
人間の人格は思春期に形作られるというが、ジェームズにとっての“世界”は、父だと思っていたテッドが、彼のために作っていた「ブリグズビー・ベア」から教えられたことが全てなのである。
突然シェルターから連れ出されて、本当の両親の元に戻されて、これが本当の世界だと言われても、ずっと虚構の中で育ったジェームズは実感が持てない。
心の拠り所だったブリグズビーはどこ?僕を救ってくれるあのスーパーヒーローは?

しかし、ある時彼はふと気づく。
「ブリグズビー・ベア」の新作がもう送られてこないのなら、自分で作ればいい
このアイディアを思いついて、ジェームズの生活は急激に変わってゆく。
もともと彼は、番組の内容を詳細に分析研究していて、ある種の評論的な視点をすでに持っていた。
さらに独学で映画の作り方を学び、未完の物語がどう続いてゆくのか、何を描くべきなのか、具体的な内容を導き出す。
最初は突然現れた兄に戸惑っていた妹のオーブリー、彼女の紹介で新しくできたギーグな友だちのスペンサー、事件を通して親しくなったヴォーゲル刑事らも、いつしかジェームズの強烈な創作への欲求に巻き込まれて、彼の共犯者となってゆく。
この制作過程の波乱万丈が、彼にとっては過去と向き合い、現実世界に適合するための“リハビリ”となるのである。
彼は現実を受け入れるために、虚構を今一度自らの手で作り出す必要があったのだ。


私はこの映画を観ていて、ジェームズのキャラクターに強い既視感を覚えた。
モジャモジャ頭に黒ぶち眼鏡、人とのコミュニケーションが苦手で創作を愛するこのキャラクターが、スピルバーグの「レディ・プレイヤー1」で、サブカル愛が溢れ出す究極のVRワールド、“オアシス”を創造した天才、ジェームズ・ハリデーに見えてきたのだ。
共通のファーストネームだけでなく、この映画でジェームズがやっていることは、規模は違えどハリデーと同じである。
コミュニケーション下手にとって、現実世界は生き難くて厳しいけれど、創作の世界があるから救われる。
現実と虚構は対立するものではなく、相互保管の関係にあって、現実が虚構を作り出すように、虚構が現実に影響を与えることもある。
ハリデーがオアシスを作ることで救い救われたように、突然虚構から現実に投げ込まれたジェームズは、「ブリグズビー・ベア」の新作を撮り、自ら演じることによって現実を生きてゆく力を得て、その過程で新しい人間関係をも作ってゆく。
実はスピルバーグは、GoodNeighborのファンで、以前から彼らとは交流があったとのこと。
もしかしたら、二人のジェームズが中身からルックスまで似ているのは、偶然ではないのかもしれない。

作り手のサブカルへの愛とオマージュを象徴するのが、誘拐犯のテッドにマーク・ハミルを起用していることだろう。
どこかで聞いたような“May our minds be stronger tomorrow.” の合言葉。
シェルターを抜けだしたジェームズが、入り口の上で防毒マスク越しに遠く地平線を見つめるシーンは、「新たなる希望」でタトゥイーンの二つの太陽を見つめるルーク・スカイウォーカーの姿にかぶるし、三人の暮らす地下シェルターの描写は叔父夫婦と暮らすルークの家を思わせる。
そういえばあの映画で彼らが住んでいたのは、チェニジアの伝統的な地下式住居を利用したロケセットだった。
「ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー」を首になったフィル・ロードとクリス・ミラーがプロデュースで参加しているのも不思議な縁か。
カイル・ムーニーによると、ブリグズビーのキャラクターはキリスト教の布教用に作られた子供向けキャラクターPrayer Bearからインスパイアされたそうだが、番組は70、80年代タッチのチープな「スター・ウォーズ」的な内容で、ジェームズが作る新作映画もあちこちそれっぽい。

ジェームズにとって、テッドとエイプリルはある意味で人生をメチャクチャにした悪しき存在だが、実際に彼という人間を形成したのも彼ら二人。
彼らの作品である「ブリグズビー・ベア」の続編を作るということは、25年間ジェームズを育てた二人を理解し、行為はともかくとして彼らの愛は偽物ではなかったことの証明ともなるのである。
物語のキーパーソンにして、かつて自分が演じた役柄の反転とも言える人物を、味わい深く演じるマーク・ハミルがこの映画に込められた精神性をグッと高める。
これは、あまりにも好きなものにのめり込み過ぎた主人公が、虚構を虚構として自らの手で作り上げることで、魂の救済を受ける物語。
虚構を愛し、モノ作りに取り憑かれた全ての人たちに、自分の創作の原点を思い出させてくれる、小さな宝石の様な傑作である。

今回はGoodNeighborの地元、サンディエゴのクラフトビール、ストーン・ブリューイングの「アロガント・バスタードエール」をチョイス。
“横柄な奴”という名の通り、非常に攻撃的でメリハリの効いた味わい。
幾つものフルーティな香りとフレーバーが口の中で暴れまわる。
ユニークな銘柄を次々と世に出しているストーンらしい作品だ。
サンディエゴのお店も素敵なので、訪れる機会があれば是非味わってほしい。

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ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー・・・・・評価額1700円
2018年06月30日 (土) | 編集 |
冒険は、ここから始まる。

スター・ウォーズ世界から生まれた屈指の人気キャラクター、ハン・ソロの若き日を描く実写スピンオフ・シリーズ第二弾。
当初メガホンを取っていたフィル・ロードとクリス・ミラーの降板劇と、予想外の興行的不振でケチが付いたが、さすがロン・ハワードだ。
一度ぶっ壊れたプロジェクトを立て直し、最終的に見事なクオリティに持ってきた。
「帝国の逆襲」「ジェダイの帰還」「フォースの覚醒」と、シリーズ三作を手がけたローレンス・カスダンが息子のジョン・カスダンと組んだシナリオは、明らかな西部劇風味に終盤ノワールも加えて、最後には完全にスター・ウォーズ世界に回帰する。
主要登場人物が全滅する「ローグ・ワン」や、選ばれし救世主としてのジェダイを否定した「最後のジェダイ」の様に、世界観を揺さぶるほど驚かされる要素はなく、シリーズとしてはむしろ保守本流の正統派。
「これぞ観たかったスター・ウォーズだ!」という人も多いのではないか。

惑星コレリアで、犯罪組織の仕事をさせられている若者ハン(オールデン・エアエンライク)は、恋人のキーラ(エミリア・クラーク)と逃亡を図るも失敗。
帝国軍の兵士として前線に送られ、最愛のキーラとは離れ離れになってしまう。
3年後、ある戦場で二丁拳銃を操るアウトロー、トバイアス・ベケット(ウッディ・ハレルソン)の一味と出会ったハンは、帝国軍に囚われていたウーキーのチューバッカ(ヨーナス・スオタモ)と共に脱走して彼らに合流。
帝国軍の施設のある惑星ヴァンドアで、宇宙船の燃料となる超高価なコアキシウムの強奪を試みるも、敵対するギャング団エンフィス・ネストの妨害でコアキシウムは爆発して失われてしまう。
釈明のために雇い主である犯罪シンジケート、クリムゾーン・ドーンのドライデン・ヴォス(ポール・ベタニー)の船にトバイアスと共に向かったハンは、そこでシンジケートの副官となっていたキーラと再会する。
損害の埋め合わせを迫るドライデンに、ハンは惑星ケッセルの鉱山から、精製前のコアキシウムを盗み出すというプランを提案するのだが・・・・


「新たなる希望」の10年前、造船の星コレリアの裏社会で閉塞感を募らせ、いつか銀河最速のパイロットになることを誓う若きハンの姿は、タトゥーインの農場でくすぶりながら、やはりパイロットとなる未来を夢見るルーク・スカイウォーカーに重なる。
これは若者が生き方を定める物語であり、「新たなる希望」の裏返しの構造を持つ作品だ。
ストーム・トルーパーの襲撃で育ての親を失ったルークが、オビ=ワン・ケノービの導きでジェダイの騎士となったように、本作では恋人キーラと引き離されたハンが、強盗団を率いるトバイアス・ベケットからアウトローとしての生き様を学んでゆく。
主演のオールデン・エアエンライクは、ぶっちゃけハリソン・フォードには全く似てないのだが、キャラクター造形がしっかりしているので、見ているうちに違和感は無くなるだろう。

本作の基本コンセプトは、宇宙版の西部劇
40年前にハンが初登場したカンティーナの酒場シーンは、西部劇風に仕上げられており、黒のベストにブラスターを腰に下げたキャラクタールックスも、西部劇のガンマンのイメージだった。
本作は、その延長線上に作品全体を構築。
西部劇の主人公が南北戦争の元兵士という設定は多いが、本作でもハンは最初帝国軍の兵士として明日をも知れぬ戦場に送られ、そこから脱走してアウトローとなる。
ヴァンドアでのコアキシウムの強奪作戦はまんま列車強盗だし、ランド・カルリジアンとのギャンブル勝負、悪漢に仕切られた鉱山も西部劇ではおなじみのシチュエーション。
後に正史で伝説となる「ケッセル・ランを12パーセクで飛んだ」シークエンスは、幌馬車と馬の追撃戦の置き換えだ。

加えて、戦争の混乱に乗じて犯罪シンジケートが羽ぶりを聞かせる時代という設定から、ノワール映画のテイストもプラス。
かつて愛した女が、組織のボスの愛人(?)になっていたりするのはいかにもだし、互いの利害が入り混じり、誰が裏切り者だかわからないという終盤の展開も、多くのノワールで描かれてきた定番。
もともとルーカスが作り上げたのは、神話をベースに西部劇から時代劇まで、古き良き時代の映画を換骨奪胎した世界だから、本作の方向性はスター・ウォーズとしてまことに正しい。

もちろん、「フォースの覚醒」以降の新時代のカラーもきちんと反映されている。
女性キャラクターが重要なポジションにいるのはもちろん、フェミニスト・ドロイドにしてドロイド平等主義を訴えるL3-33の存在は、以前のシリーズではちょっと考えられなかっただろう。
自分たちの行いが銀河に災いをもたらす行為で、敵だと思っていた存在が実は正しいことをしていたという終盤の立場の逆転も、従来の価値観が激しく揺さぶられる最近のシリーズの潮流に沿ったものだ。
ルーカス時代の「新たなる希望」から「シスの復讐」までの遺産をしっかりと活かしながら、現代的な要素も加えて、最終的には「これぞスター・ウォーズ」というところに落とし込んでくるのだから、カスダン親子とロン・ハワードの仕事は職人的に見事なものだと思う。

一方で、ルーカスの離脱後のサプライズ続きだった過去三作とは異なり、「これは新しい」という部分はあまりない。
カスダンに加えて、かつてルーカスの「アメリカン・グラフィティ」で俳優としてスターダムを駆け上がり、監督として「ウィロー」を作った盟友ハワードの参加により、良くも悪くも既視感の強い作風になったことは確かだ。
この辺りを「好ましい」と捉えるか、「物足りない」と思うかが、本作の評価の別れ目だろう。
今となっては無い物ねだりだが、「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」並みにポップだったらしい、フィル・ロードとクリス・ミラー版も観たかったなあ。

ところで、ファンとしてはニヤニヤが止まらない正史のオマージュ満載はさておき、テレビアニメーション版の「クローン・ウォーズ」「反乱者たち」の要素まで統合してきたのには驚いた。
特に、終盤のある人物の登場は、今までの実写劇場版しか知らないと「???」だろう。
確実に死んだはずで、以降の劇場版には登場していない人物が唐突に現れるのだから。
おそらく、これも今後のスピンオフ作品のための布石だったのだろうが、本作の興行的不振で今後のスピンオフ企画が正式に白紙になってしまったのは大きな皮肉だ。
そもそもナンバリングされた正史ではなく、傍流のスプピンオフ作品に2億5千万ドルという常軌を逸した巨費をつぎ込んでしまったのが間違い。
ルーカスフィルムは、これで「ローグ・ワン」「エピソードⅨ」と三作続けて監督の降板劇があったわけで、明らかにプロデュースチームに問題を抱えている。
ロードとミラーが撮った映像の7割以上を撮り直すとか、映画二本作るの同じことで、これでは長続きしないだろう。

40年来のファンとしては、DC化を避けるためにもMCU並みのクオリティコントロールを願いたい。
まあディズニーとルーカスフィルムもいろいろ考えてはいるのだろうけど、基本的にスター・ウォーズは“サガ”であり“群像劇”であるという基本に立ち返った方がいいと思う。
今回も一応ハン・ソロが主人公ではあるものの、様々なキャラクターがそれぞれに葛藤しているのは過去のシリーズと同じスタイル。
マーベルの様に一人ひとりのキャラクラーがそう強いわけではないので、やっぱ単体ヒーロー推しではなく、神話的な歴史観と世界観に裏打ちされたスター・ウォーズらしさを追求すべきなのではないか。
その意味で今回もタイトルは「Solo」じゃなくても良かったのかも知れない。

今回は、キーパーソンとなるキーラのイメージで、テキーラ・ベースのカクテル「エル・デュアブロ」をチョイス。
氷を入れたタンブラーにテキーラ30ml、クレーム・ド・カシス15mlを注ぎ、軽くステアする。
ライム1/2個を絞り入れ、冷やしたジンジャーエールを加えて完成。
クレーム・ド・カシスのダークレッドが名前の通り悪魔をイメージさせるが、実はすっきりしていて飲みやすいカクテルだ。

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ショートレビュー「世界でいちばん長い写真・・・・・評価額1700円」
2018年06月26日 (火) | 編集 |
青春を、長〜く焼きつける。

あー・・・若さがキラキラしてる。

高杉真宙演じる、引っ込み思案で人との関わりが苦手な高校写真部の幽霊部員・内藤宏伸が主人公。
当然人物写真を撮るのも苦手で、部長の三好奈々恵に怒られてばかり。
そんな彼が、従姉の温子が切り盛りするリサイクルショップで、360度を写す古いパノラマカメラと出会ったことから、世界が変わってゆく。
普通の写真と違って、まるでそこにある時間そのものを写し取るような不思議な写真。
なんとなく生きてきて、写真も惰性で続けていた宏伸は、初めて夢中になれるものを見つけ、やがて自分たちの卒業記念に、世界一長いパノラマ写真を撮影することになる。
スマホのカメラで、お手軽に撮れるショボいパノラマとはとは桁が違う。
専用に改造された、一人では持ち運び出来ないほどの巨大なフィルムカメラを使い、撮影できる写真の長さ、実に145メートル!

原作は誉田哲也の同名小説なのだが、アイディアのベースとなっているのは、実際に世界最長の写真としてギネス認定された「クラブ活動の一日」という作品。
パノラマカメラを手作りした山本新一氏が、2000年12月18日に愛知県の日本福祉大学付属高等学校で、直径36mのサークル状に並んだ約650人の生徒たちの中心にカメラを置き、12回転させて撮影したという。
映画はこの話の続編的な設定になっていて、事実にリスペクトをささげながら、高校生たち自身の頑張りによって、世界一の写真を撮るというイベントが再び成し遂げられるという、王道の成長物語として昇華されている。



これは是非劇場で確認していただきたいのだが、モチーフのパノラマ写真を生かすシネスコサイズの画面に、この特別な写真の魅力を伝えるべく様々な工夫がなされた映像表現は大きな見どころ。
アナログの魅力を、ちゃんと知っている人たちが作っているのが伝わってくるのだ。
クライマックスの撮影シークエンスも、“写真を撮る”という地味な行動が、映像的な演出と登場人物の心理をリンクさせたアイディアによって、驚くべきダイナミズムを持ったパワフルな見せ場になっているのが素晴らしい。

リリカルな青春の風景に、“イケメンのもちぐされ”こと高杉真宙、この夏の連続ドラマ版「この世界の片隅に」ですずさんを演じることが決まっている、部長役の松本穂香ら、若い俳優たちが生き生きと躍動している。

そんな中で、宏伸をパノラマカメラと出会わせる、従姉の温子を演じる武田梨奈がいい。
ワイルドできっぷの良い姉さんには、思わず惚れてしまいそうだ。

キャリアベストの好演を見せる彼女の結婚式シークエンスを、冒頭と終盤に持ってきて、世界一長い写真が撮られた四年前の出来事を、括弧で閉じる作劇も上手い。

成人した宏伸が、現在から過去を振り返ることで、なかなか明かされない温子のお相手が誰なのか、そして式を撮影するために呼ばれた“カメラマン”の謎も興味を引っ張り飽きさせないのだ。
もちろん、これもキャラクター造形が魅力的で、出てくる人ほぼ全員に感情移入ができるがこその作り。
パノラマカメラという未知の存在との出会いによって、引っ込み思案だった宏伸の周りには少しずつ人が集まるようになり、その分笑いと喜びも増えてゆく。
あの人はどうなったんだろう?あの人は幸せになれたのだろうか?とついつい、登場人物たちの行く末が気になってしまう。
そう、102分のちょっとノスタルジックな青春体験が終わった時、この映画の愛すべき登場人物たちは、確実に観客の心の中で生きている。
モチーフが持つアナログな手作り感覚を見事に生かした、瑞々しい青春映画の傑作だ。

今回は愛知のご当地ビール、その名も「金しゃち 青ラベル(ピルスナー)」をチョイス。
母体となっている盛田株式会社はあのソニーの盛田昭夫の実家で、一時ソニーの筆頭株主だったこともあるという。
元々明治時代に三ツ星麦種としてビールを手がけていたのだが、2008年に盛田金しゃちビールとして復活。
青ラベルは正統派のピルスナーで、フルーティーな香りに、軽やかな喉越しが楽しめる。
これからの暑いに夏に、ぴったりの一本だ。

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