酒を呑んで映画を観る時間が一番幸せ・・・と思うので、酒と映画をテーマに日記を書いていきます。 映画の評価額は幾らまでなら納得して出せるかで、レイトショー価格1200円から+-が基準で、1800円が満点です。
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ショートレビュー「東京喰種 トーキョーグール・・・・・評価額1600円」
2017年08月04日 (金) | 編集 |
こんな世界は、間違っているー!

人間と人間を捕食する"喰種(グール)"という二つの種族が住む、もう一つの東京を描くSFホラー。
石田スイの原作漫画は、途中までしか読んでいなかったのだけど、映画は丁度既読箇所までで終わっていた。
人と人外、世界を共有しながらも敵対する「寄生獣」、もっと遡れば「デビルマン」バリエーションの一作だが、本作の特徴は主にあちら側の視点で描いていることだ。
窪田正孝演じる主人公のカネキは、内気で平凡な大学生だったが、ある時偶然にもグールの臓器を移植されたことから、肉体が変化し、グールと化してしまう。
「寄生獣」や「デビルマン」でも、主人公は二つの種族の中間の存在だが、基本的には人間の側にいて、愛する者たちを守ろうとしていた。
しかし、本作のカネキはそれが出来ないのである。

グールの肉体は、人間の肉(とコーヒー)以外の食べ物を受け付けない。
否応無しに自分がもう人間でないことを思い知らされたカネキは、"仲間"としてグールたちに助けを求めざるを得ないのだ。
楠野一郎の脚色は、突然平穏な日常が終わりを告げ、未知の世界へ足を踏み入れるカネキを軸に、丁寧にプロットを構成している。
似た設定の「亜人」では、なぜ人間が亜人を駆り立てるのか理解できなかったが、こっちは「寄生獣」同様に人間が被食者なのだから分かりやすい。
グールは人間を捕食する一方で、野に放たれた猛獣として、狩られる者たちでもある。
主人公をグールの社会にどっぷりと浸からせたことにより、この種の物語としては例外的に、人間と敵対する種族の方が人間的に描かれ、観客もカネキと同様にグールの仲間たちに感情移入しつつ、喰われる人間としてのジレンマを感じるという、クロスした視点を持つのが本作の最大のポイントだ。
根源的に対立する二つの種族の狭間で、最初はオドオドして何もできなかったカネキが、やがてお互いにとって「間違った世界を正す」決意を固めるまでの成長物語として良く出来てる。

グールごとに個体差がある、赫子と呼ばれる武器のビジュアルも素晴らしい。
体術と組み合わせてのバトルシーンは、なかなかに迫力があり、画的な作り込みも相当なハイレベルだ。
ある意味、漫画から想像できるイメージを超えた部分もあると思う。
ただ、一応完結してはいるが、おそらくは続編ありきの作品ゆえに、全体のテーマが確定して終わりという作りになっていて、単体の作品としては、やや物語としての盛り上がりに欠く。
この点は、親殺しというドラマチックなクライマックスを用意した、「寄生獣」 前編がいかに見事だったか良く分かる。
もっとも、アレは完全に完結した話の、二部作が決まっていたから可能だった力技。
その点こちらは、一応一本でも完結の形を取らなきゃならなかったので、諸々の制約という不利がある。
それでも十分アベレージ以上なので、続編が作られることに期待したい。
少なくとも、一見一本で完結しそうに宣伝しておいて、実は続編ありきで途中でブチっと終わってる詐欺的商法の作品より、遥かに誠実な良作なのは間違いない。

主演の窪田正孝以下、俳優陣は皆好演しているが、中でも一番良かったのは、ヒロインのトーカを演じる清水富美加だ。
本人的にはお気に召さなかった様だが、ぶっちゃけこれがキャリアベストだと思う。
続編が作られても、出てもらえなさそうなのは勿体無い。
あと全ての発端となるグール、大食らいのリゼを蒼井優が演じているのだけど、彼女の演技が凄すぎてムッチャこわい。
あんなのに夜中出会ったら、確実におしっこ漏らすぞ。

今回は、東京のダークな夜の物語なので、よなよなエールのクラフトビール「東京ブラック」をチョイス。
英国流の伝統製法で作られた、本格的なポータースタイルの黒ビール。
適度なホップの苦味、強烈なモルト風味、そしてフルーティさがバランスした非常にコクのあるフルボディ。
飲み応えがありすぎて、ジメジメした夏の夜にはちょっと暑苦しいが、涼しくなってきたらオススメだ。

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君の膵臓を食べたい・・・・・評価額1650円
2017年08月01日 (火) | 編集 |
君に本当に伝えたかったこと。

ラスト、このホラーなタイトルに涙した。
膵臓の病で余命僅かな少女と、他人に関心が持てない内向的な少年。
あることがきっかけで親しくなった二人は、やがて特別な絆で結ばれる。
ギョッとさせるタイトルは、昔の人は体を悪くすると、肝臓なら肝臓、膵臓なら膵臓と、患部と同じ部位の肉を食べたという話からで、決してカリバニズムの話ではない。
住野よるの同名小説を、「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」の吉田智子が脚色、「君と100回目の恋」の月川翔が監督を務める。
設定だけなら古典的な難病ものラブストーリーだが、これは自分ではどうすることも出来ない運命に葛藤し、恋の先にある生きることの意味を問う、なかなかに深い青春ドラマだ。
※核心部分に触れています。

母校の教師となった「僕」(小栗旬/北村匠海)は、解体される図書館の蔵書の整理を任される。
そこは12年前に、自分が図書委員として毎日を過ごしていた場所だった。
手伝ってくれる生徒たちと話しているうちに、「僕」は今はもういない山内桜良(浜辺美波)と過ごした数ヶ月の出来事を思い出す。
膵臓の病を患う彼女の日記帳、題して「共病文庫」を、「僕」がひょんなことから読んでしまったことから、二人は一緒に過ごすことが多くなる。
やがてお互いに、単なる友だち以上の感情を抱いてゆくが、彼女との日々はある日突然に終わりを告げる。
同じ頃、大人になった「僕」と同じように、桜良の親友だった恭子(北川景子/大友花恋)もまた、結婚を控えて彼女との日々を思い出していた。
そして、図書館の整理作業も大詰めとなったある日、「僕」は一枚の図書カードに目を留める。
それは、12前の桜良から届いた時を超えたメッセージだった・・・・・


作品世界を構成する全てが儚く、美しい。
映像表現として突出したイメージがある訳ではないが、丁寧に紡がれた一つ一つのエピソードが、ジワジワと心に染み込んでくるのである。
物語は終始主人公である「僕」こと志賀春樹の視点で語られ、基本的には内気で他人との関係を築けない孤独な春樹が、山内桜良との数ヶ月の体験を通して、殻を破り成長してゆくというものだ。
基本的には原作に極めて忠実な作りなのだけど、一点だけ大きな改変をしている。
原作は高校時代だけで完結しているのだが、映画では過去の高校時代とその12年後の現在が、並行して語られる二重構造になっているのだ。
元々「共病文庫」の巻末に書かれていた、春樹と恭子に当てた遺書は、図書館のある本の間に隠されていて、それが12年後に、図書カードに書かれたヒントから始まる"宝探し"によって発見されるという仕掛け。

この改変は構造上、若干のご都合主義を生じさせていると思う。
まず、引っかかったのが、小栗旬演じる現在の春樹が、嘗ての自分と似たところのある生徒に、高校時代の思い出を語るという設定だ。
いくら成り行きとは言え、自分の中でも消化しきれていない大切な思い出を、教師が自分から生徒に明かすだろうか。
例えば、生徒の側の話を聞いていて、そこから過去の思い出が導き出されるといった、もうワンステップの説得力が欲しかった。
あとはなぜ桜良は、こんなややこしい方法で遺書を残したのかという点。
「頑張って探した方が楽しいでしょ。宝探しみたいで」とは言っていたけど、結果そのせいで春樹も恭子も12年も引きずってしまった訳で、"大切な人たち"に対する最後の言葉の渡し方としていかがなものかと。
まあこれは、彼女の命が本人も予想だにしないことで、唐突に断ち切られてしまったから、と言うエクスキューズは出来るのだけど。

しかし、上記のような欠点があっても、原則的に私はこの脚色を支持する。
感傷的な経験は、時が過ぎれば過ぎるほど純化され、思い出の宝石として、心の中の一番大切な引き出しにしまわれる。
本作で描かれる高校時代は、現在の春樹を起点の視点に、現在から過去を俯瞰する構造とすることにより、圧倒的にリリカルで、ノスタルジックな世界観を獲得していて、本作の最大の魅力になっている。
特に原作には存在しない、後者の情感が生み出すエモーションに抗うのは、誰であれ難しいだろう。
もちろん第一義的には、興行力のあるスターを出したいという狙いだろうし、青春真っ只中では無いオトナ世代としては、こっちの方が入りやすいという理由もあるのだけど。

静かな熱情に突き動かされる、主人公二人のキャラクター造形も非常に良く出来ている。
奇妙なタイトルに惹かれて原作を読んだ時、「住野よる」という中性的なペンネームの作者は、多分男性なんだろうなあと思った。
全体に、語り部である春樹のキャラクターに非常にリアリティがあり、感情のディテールまで繊細に描きこまれている反面、桜良の方は人物関係も含めてやや類型的に思えたからだ。
だが、脚色によって、小説の男性作家目線に女性脚本家の視点が加わり、原作よりも登場人物の心理描写に深みが出た。
特に桜良に対する恭子の複雑な想いは、映画の方が説得力がある。

文章の人物像に肉体を与えた、浜辺美波と北村匠海も素晴らしい。
とりあえず、本作の浜辺美波は可愛すぎるだろう。
この人はドラマ版「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」のめんま役や、「妖怪ウォッチ 空飛ぶクジラとダブル世界の大冒険だニャン!」のカナミ役など、ちょっと影のあるキャラクターで生きる。
本作もそうだが、ぱっと見快活そうなルックスと、内面のギャップが魅惑的なキャラクターを生み出しているのだ。
高校生の春樹を演じる北村匠海の、ネガティヴな非リア充っぷりとも良いコントラスト。
彼は日本版「怪しい彼女」の、多部未華子の孫役が印象に残っているが、本当ティーンエイジャーはちょっと見ない間に肉体も技術も凄く成長する。

春樹が「狂病文庫」を読み、桜良の秘密を知ったことから始まる共犯関係は、ごく短い期間に二人の見ている世界を変えてゆく。
自分たちが出会ったのは偶然じゃないと、桜良は言う。
病院で春樹が共病文庫を拾ったのも、読んだのも選択だし、その後二人が親しくなったのも選択であって、人生は無意識の選択で出来ているのだと。
他人と関係を持てない春樹は、誰とでも仲良くなれ、心の内に秘密を抱える桜良に興味を持ち、逆に常に他人との関係の中で自分を位置付けている桜良は、単独で自我を確立させている春樹にほのかな憧れを抱く。
対照的な二人が、磁石のS極とN極の様に惹かれ合うのは必然だ。

ところが結局、物語の中で二人は恋人同士にはならない
何度かドキドキする瞬間はあるけど、キスすらしないのだ。
でも二人の間にあったのは、やはり大きな意味での愛で、これは二人が結ばれないからこそ、最も切ないラブストーリーになったのだと思う。
失われることが分かっているから、お互いを恋人という存在にするのは怖い。
逆その距離感が、二人を単純な恋人関係を超えた、魂の次元で結びつかせ、ソウルメイトにまで昇華させてしまうのである。
喪失を超える愛という心の有り様は、ちょっと「メッセージ」を思い出した。
これは、普通でない出会い方をした二人が、お互いとの関わりを通してただ一人の自分を見出す、優れた青春心理ドラマ。
一生に一度だけの、心を震わせるファーストラブストーリーだ。

今回は、桜良つながりで、富士桜高原麦酒の白ビール「ヴァイツェン」をチョイス。
フルーティな香りが爽やか、苦味も少ないスッキリタイプなので、ジメジメした夏にぴったり。
クセのない味わいは、ビアカクテルのベースとしてもオススメだ。
ピーチ、オレンジなどのフルーツジュースを、5:1の割合でそっとビールに流し込むと、ビールが苦手な人でも楽しめる美味しいビアカクテルが出来上がる。

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ショートレビュー「心が叫びたがってるんだ。・・・・・評価額1550円」
2017年07月27日 (木) | 編集 |
青春は、ちょっと痛いんだ!

2015年に公開されたA-1 Pictures制作、長井龍雪監督による長編アニメーション映画「心が叫びたがってるんだ。」の実写リメイクは、思っていた以上にオリジナルに忠実な作りだ。
実写化を手がけた熊澤尚人監督は、アニメーション版のテーマ、エッセンスを残しながら、瑞々しくもちょっとビターな青春寓話を作り上げている。
オリジナルは、お喋り好きで夢見がちな小学生・成瀬順が、ホンモノだと信じていたお城の形をしたラブホテルから、見知らぬ女性と出てきた父親を目撃。
父親を王子と思い込んで、そのことを母親に話したことから、家庭崩壊を招いてしまう。
家を出てゆく父親に、「全部お前のせいじゃないか」と言われ、大きなショックを受けた彼女の前に、玉子の妖精が現れて、「お喋り」を封印される。
以降、人と喋るとお腹が痛くなり、ケータイのメッセージアプリかメモ帳でしか他人とコミュニケーションを取れなくなった順が、高校生になった時にひょんな事からイベント「地域ふれあい交流会」実行委員となり、クラスメイトと自作のミュージカルを上演することになる、というのがプロットのアウトライン。

実行委員に任命されたのは、自らのお喋りに呪われた順、音楽の才能があるが人付き合いの苦手な拓実、中学生の頃拓実と付き合っていた菜月、故障で甲子園の夢を断たれた野球部の大樹。
実は彼ら四人全員が、"言葉"に関係する葛藤を抱えており、順の本当の心を具現化したミュージカル、その名も「青春の向う脛」の制作を通して、それぞれの内面と向き合い、しばしぶつかり合い、悶々とした恋に悩み、いつしか固い友情で結ばれて、成長してゆくという展開は変わらず。
しかし実写化に当たって、表現の違いによるリアリティラインの差は上手く調整されていて、単体の作品として違和感のないものになっている。
オリジナルではキャラクターとして表現されていた玉子の妖精は、玉子型の御守りとして、順の言葉、即ち本心を封じ込める殻としての役割を継承。
時に人を傷つけ、時に人を励まし動かす、言葉の魔力はより強調されていて、それが登場人物たちの葛藤のカタチとなって、自分の言葉で想いを伝えることの大切さを強く印象付けるのである。

全体として、アニメーションという手法ならではのファンタジックな寓意性はやや薄れたが、躍動する若い役者たちの肉体が本作に生々しい独自のカラーを与えている。
なかでも特筆すべきは成瀬順を演じた芳根京子で、喋ると腹痛に襲われてぶっ倒れるという、本作の中でも一番漫画っぽく、一歩間違えるとリアリティを失ってしまう、極めて難しいキャラクターを見事に演じた。
この人の名をはじめて知ったのは、傑作「幕が上がる」の演劇部員役の時。
一見地味ながら非常に演技力の高い人で、本作は彼女あっての作品と言って良いだろう。
また、長井龍雪の作品は、本作のオリジナル、更にその前のフジテレビのノイタミナ枠で放送された名作「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」も、風光明媚な秩父地方が舞台。
自然豊かだが都会から遠過ぎない、身近な田舎の持つ半分の非日常性が魅力だ。
周囲を山に囲まれた風景は、登場人物の微妙な閉塞感など、心象を表現するのにも大きな効果を上げていたが、本作でも秩父のロケーションは踏襲され、夕焼け色を中心に構成された美しいビジュアルは、リリカルで切ない青春のムードを盛り上げる。

元々良く出来た物語だけに、脚色を最小限にしたのは正解だと思うが、改変が機能していない部分もある。
特に、映画の視点を中途半端に順から拓実に移しているのは理解に苦しむ。
オトナの事情で拓実を演じる中島健人を一番手にしたかったのかも知れないが、拓実の描写をそれほど深めている訳でもなく、物語の軸をぶらすだけにしかなっていないのは残念。
そもそもこの話、全ての出来事が順を起点としていて、クライマックスも彼女と母親のわだかまり解消がポイントになっているから、彼女以外は主人公に成り得ないのである。

端的に言って、実写版「心が叫びたがってるんだ。」は、素晴らしい仕上がりだったアニメーション版を超えていないと思うが、夏休みに相応しいなかなかに良く出来た青春映画だ。
オリジナルを知っていても、知らなくても楽しめるし、芳根京子のパフォーマンスを鑑賞するだけでも一定の満足感は得られるだろう。

今回はアニメーション版でも付け合わせた、栃木県足利市のココファーム・ワイナリーの「ここさけ」ならぬ「Coco-Rose(こころぜ)」をチョイス。
ココファームは、知的障害を持つ「こころみ学園」の子どもたちが、社会とかかわりを持てるようにと、60年前に先生と生徒たち自らが山を切り開き、開墾して作った小さなワイナリー。
ココロゼは適度な酸味と仄かな甘味、フルーティーなアロマが楽しめる、フレッシュな味わいの若々しいロゼ。
CPも高く、夏場のワインパーティなどにもオススメだ。

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カーズ/クロスロード・・・・・評価額1700円
2017年07月22日 (土) | 編集 |
そこは、人生のクロスロード。

意思を持つクルマたちの世界を描く、「カーズ」シリーズ第三弾。
ディズニー・ピクサー両アニメーションスタジオのボスであり、シリーズの生みの親でもあるジョン・ラセターは今回エグゼクティブ・プロデューサーに退き、前二作でストーリーボードを手がけたブライアン・フィーが監督デビューを飾った。
2006年に公開された第一作では、あまりにも生き急いでいるレーシングカーのライトニング・マックィーンが、ひょんなことから田舎町のラジエータースプリングスに迷い込み、時間の止まったような世界で生き方を見つめ直す。
続く第二作は、ガラリと作風を変え、マックィーンの相方のトーイングカーのメーターをフィーチャーした、スピンオフ的なスパイ活劇になっていた。
第一作から11年が経過した本作は、再びマックィーンの生き方をめぐる物語に回帰する。
華やかなレースの世界で活躍を続けているものの、アスリートである以上、永遠に勝利し続けることは出来ない。
どんなに頑張っても、工夫しても、勝てなくなった時、一体どうしたらいいのか。
「クロスロード」という邦題のサブタイトルが秀逸。
これはクルマたちに比喩された、誰もに訪れる人生の分岐点の物語なのである。
※核心部分に触れています。

ピストンカップで7度の優勝歴を誇るスーパースター、ライトニング・マックィーン(オーウェン・ウィルソン)は、ベテランと言われる歳になっても、まだまだモチベーションは高い。
しかしあるレースで、最新テクノロジーを駆使した新世代レーサー、ジャクソン・ストーム(アーミー・ハマー)が現れ、あっさりと優勝を飾ると、連戦連勝。
ストームに続いてレース界には次々と新世代レーサーが現れ、マックィーンと同世代の旧型レーサーたちは次第に解雇や引退に追い込まれていった。
迎えた2016年の最終戦、レース終盤ストームについていけず、焦ったマックィーンは大クラッシュを起こしてしまう。
4ヶ月後、2017年シーズン開幕が2週間後に迫る中、修理が終わったマックィーンはまだ出場するか決めかねていた。
今までのやり方ではストームに歯が立たないが、どうすれば勝てるのか分らない。
そんな時、スポンサーのラスティとダスティーが、会社を大富豪のスターリング(ネイサン・フィリオン)に売却し、新たなレーサー育成施設「ラスティーズ・レーシング・センター」が完成。
マックィーンもスターリングに招かれ、施設のトレーナー、クルーズ・ラミレス(クリステラ・アロンゾ)の元で再生を目指すことになる。
しかし成績はなかなか上がらず、引退を勧めるスターリングに対し、マックィーンは開幕戦のフロリダ500で優勝できなければ引退すると宣言し、了解を取り付けるのだが・・・・


素晴らしい仕上がりである。
原点回帰しながらも、新たなステージへ。
アスリートの引き際というモチーフが、世界観を共有する「プレーンズ2/ファイアー&レスキュー」と同じじゃない?と思っていたが、結果的に全く違った所に着地した。
「プレーンズ2」で、エアレーサーのダスティを襲うのは、レアパーツの故障というもので、パーツさえ手に入ればレースに復帰できた。
だが、本作でマックィーンが直面するのは、誰もが決して逃れることのできない、肉体の老化である。
テーマ的には、誰もが楽しめるファミリー映画を指向した「カーズ2」と比べて、ぐっと大人向け。
ディズニー・ピクサーの映画で、「老いを認めろ」なんて台詞が出てくるとは思ってなかった。
もちろん小さい子が観ても楽しめるとは思うが、描いていることをちゃんと理解できるのは小学校高学年くらいからじゃないだろうか。
そのぶん、大人にはいちいちグッとくる瞬間が何度もある。

本作を端的に表すならば、師弟の出会いと継承の物語・第2章だ。
第一作でドック・ハドソンに出会い、彼の助けで真のトップに駆け上がったマックィーンが、今度はレーサーに憧れながら、挑戦をあきらめトレーナーになったクルーズと出会い、人生の決断を下す。
まだまだ自分は走れる、だけど今はもっと大切なことがある。
自らの才能を信じ、運をも味方につけ自力でトップにたどり着く者もいれば、溢れんばかりの才能を持ちながら、誰かに見つけてもらえなければ、スタートラインにつく勇気を持てない者もいる。
マックィーンは前者で、クルーズは後者だ。
だが、誰であろうと大きな挫折を味わうことはあるし、そんな時に出会う運命のメンターは、若者の人生を左右する。
マックィーンにとって、それは第一作のハドソンだし、クルーズにとっては出場できなかった最初のレースの挫折を引きずり、本作でマックィーンに出会ことでようやく乗り越える。
そして、葛藤する若者たちとの絆によって、ロートルもまた、今まで知らなかった新たな喜びを見出してゆく。
人生悲喜交交が、個性豊かなクルマたちに見事に比喩され、思わず涙。

このシリーズは、キャラクターアニメーションであるのと同時に、本格的なモータースポーツ映画でもあり、毎回クルマ愛溢れる凝ったディテールが見もの。
今回は映画のテーマとリンクして、物語が1世紀にわたって継承されてきた、アメリカンストックカーレースの原点への旅にもなっているのが面白い。
一見すると普通のセダンの形をしたNASCARに代表されるストックカーレースは、禁酒法の時代に酒を満載しパトカーを振り切るために、特別に改造された市販車がルーツと言われる。
劇中で忘れられたモータースポーツの聖地、トーマスビルを訪れたマックィーンとクルーズが、障害物を避けながら夜の森を駆け抜けるトレーニングをするのは、この故事に因んだことなのだ。
やがて、警察に追われなくなると、レースの舞台はダートトラックと呼ばれる安価に設置できる未舗装のオーバルサーキットに移り、全米のあちこちにダートトラックが作られた。
路面のμ(摩擦係数)が低いダートトラックは、マシンコントロールの習得に適していることから、四輪二輪を問わず、多くのレーサーたちがダートトラックから巣立っていったのである。
私もアメリカでダートトラックのコースを走ったことがあるが、意外とちゃんとグリップするので、アンダーパワーなクルマだと映画みたいにドリフトを決めるのは難しい。
この映画は、禁酒法時代からのモータースポーツの歴史をたどり、やがてストックカーレース発祥の地であるフロリダへと到達する構造となっている。

マックィーンとクルーズが勘違いから出場する、クラッシュ大前提の8の字レースも実在する。
映画では田舎のダートトラックだったが、ちゃんと8の字にレイアウトされたサーキットも存在し、スクールバスが一番人気なのも、8の字レースと言えば古いスクールバスを使って豪快にぶっ壊すのが定番だから。
ほとんどの学校にスクールバスのあるアメリカでは、毎年大量のバスが引退するので、安定供給されるという訳だ。
また、第一作からリチャード”キング”・ペティを始め、数々の人気レーサーがキャラクターとして再現され、時には自ら声優として登場していたが、今回もNASCARファンに向けた数々の小ネタが隠されている。
リチャードの息子のカイルが、マックィーンの友人で、新世代レーサーの台頭で引退するキャルを演じていたり、新世代レーサーたちのボイスキャストは、実際にNASCARの若手レーサーだったりする。
しかし一番クルマ愛、というかモータースポーツ愛を感じるのは、やはりトーマスビルの住人として、ルイーズ・スミスをはじめとした伝説的な黎明期のNASCARレーサーたちを蘇らせたことだろう。
この辺りはアメリカンモータースポーツのファンとしては、感涙ものだった。

非常に巧みなのが、マックィーンのパートナーとして、バーチャルな世界しか知らないクルーズが初めてリアルなレーシングトレーニングを始めてから、実はすべてがクルーズのための実践トレーニングになっていること。
海岸の速度計測ではまともに走ることすらできなかったクルーズだが、サンダーホロウでの8の字レース、トーマスビルでのいくつものトレーニングでは、よく見ると全てのシチュエーションで、彼女はマックィーンより前でフィニッシュしているだ。
もちろんマックィーンは自分が勝つためにトレーニングしているのだが、旅の間にレーサーとしての彼女の真の資質を見る瞬間を積み重ねていたからこそ、最後のあの決断が十分な説得力を持つのである。
そしてクライマックスとなるフロリダ500のレースシークエンスでは、それまでの伏線を手際よく全て回収すると、手に汗握る怒涛のバトルとして昇華し、圧巻の迫力。
前二作もそうだったが、私はモータースポーツを描いた映画で、このシリーズ以上の臨場感を持つ作品を「ラッシュ/プライドと友情」くらいしか知らない。
物語を通し、マックィーンは自らの人生を選択できる権利を勝ち取り、クルーズはついに夢の入り口に立った。
ライトニング・マックィーン三部作として、これ以上ない見事な完結編だと思うが、果たして第4弾はあるのだろうか。

今回は、渋くて深い物語なので、じっくり味わって飲みたいアメリカン・クラフトビール、サンフランシスコのアンカーブリューイングの「アンカー リバティーエール」をチョイス。
マスカットのような非常にフルーティで芳醇な香り、適度な苦味とかすかな甘みが絡み合う、複雑な味わい。
コクがありながら、スッキリとした喉越しで飲みやすい。
ああ、ビール飲みながらNASCAR観戦したい。
90年代に日本でも開催されたけど、客入りが悪過ぎてすぐに終わってしまった。
あのショーアップされたノリは、日本人にはなかなか理解されないんだろうなあ。

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ショートレビュー「劇場版ポケットモンスター キミにきめた!・・・・・評価額1650円」
2017年07月18日 (火) | 編集 |
ずっと、キミの声を聞きたかった!

TVアニメ版「ポケットモンスター」の放送が開始されたのは1997年4月1日のこと。
前年に発売されたゲームボーイ様ソフトは、世界中で爆発的なブームを巻き起こしており、アニメもすぐに大人気番組となった。
1年後の1998年には、初の劇場版「ミュウツーの逆襲」が封切られ大ヒット。
翌年11月にはアメリカに上陸し、日本映画史上最初の、そして今のところ最後の全米No.1の快挙を成し遂げている。
「ポケットモンスター」は名実ともに、ゲームとアニメの両方の世界で、記録と記憶に残る作品になったのである。

あれからはや20年。
近年の劇場版とはかなり毛色の違った本作は、色々な意味でアニバーサリーに相応しい作品だ。
シリーズの立ち上げから一貫して総監督を務め、劇場版全作を手がけてきた湯山邦彦監督は、現時点でのシリーズ集大成として、極めてユニークなアプローチをとった。
タイトルの「キミにきめた!」が示唆するように、物語の導入はTV版の第1話「ポケモン!きみにきめた!」の忠実なリメイクである。
ポケモンマスターを目指す10歳のサトシと、ピカチューとの出会いと旅立ち。
お互いのファーストインプレッションは最悪だった一人と一匹に、最初の絆が生まれるまでは、ほぼTV版のまんまである。
しかし、そこから本作は、オリジナルと僅かにずれたパラレルワールドを形作るのだ。
TVのメインキャラクターであるカスミやタケシは登場せず、代りにポケモン博士を目指すソウジと勝ち気な少女マコトに、ヒトカゲを捨てるダイスケは、勝利のためなら手段を択ばない少年クロスに置き換えられている。
カントー地方の小さな世界から、20年かけて徐々に広がってきた世界観も、あらかじめある程度のスケールが設定されていて、サトシはソウジ、マコトとポケモンたちをパートナーに、伝説のポケモン、ホウオウを探す旅に出る。

最初のポケモンブームの当時、子供だったポケモントレーナーたちも、もう30歳前後。
これは、シリーズのオリジンを知らない現在の子供たちの為の、もう一つのビギニングだ。
近年の劇場版は、複雑化する世界観を反映し、色々なテーマの物語があったが、今回はごくシンプル。
サトシが、仲間やライバルたちとポケモンバトルをしながら、様々な葛藤に直面し、共に成長して行く。
そうだよ、ポケモンて元々こういう話だったんだよ。
昨年大ヒットした「ポケモンGO!」でもお馴染みの、初期ポケモンたちが大挙出演するが、最近のポケモンとくらべると、初期のデザインが現実の生物のカリカチュアだったのがよく分かる。
初期のTV版で、サトシの成長を感じさせたバタフリーとの出会いと別れを、少しアレンジして再現してくれたのも嬉しかった。
そして、前半のあるシーンと対になる、クライマックスのサトシとピカチュウの、トレーナーとポケモンの関係を超えた友情の演出には、思わず涙腺決壊。
ある意味、20年目の驚きの掟破りなのだけど、あれは多分サトシにだけ聞こえた心の声なのだろう。
ちょうど今「ポケモンGO!」1周年で、サトシの帽子を被ったピカチュウが出るのだけど、映画を見てこの帽子の意味を知ると、ゲームやりながら泣ける。

「劇場版ポケットモンスター キミに決めた!」は、20年目の原点回帰にして、超正統派冒険ファンタジーだった。
単純なリメイクにせず、パラレルワールド設定にしたのは、おそらく作り手の間でも議論があったと思う。
今の子供たちには分かりやすいビギニングだけど、昔からのファンにとっては、自分たちの愛した世界が塗り替えられてしまうのだから。
ゆえに、あのエンディングは、自分の子供を連れて観に来てくれているかも知れない、大人に成ったポケモントレーナーたちに対する、20年間分の感謝なのだろうな。
劇中にサトシが見る、“ポケモンのいない世界”の夢も、嘗てポケモンの世界で遊び、やがて“卒業”していったファンに向けた、過ぎ去りし日からのメッセージ。
本作は子供たちにはαであり、大人たちにはΩ。
大人と子供どちらの視点でも楽しめ、それぞれに別の感慨にひたることができる、夏休みファミリー映画の快作である。

今回は伝説のポケモン、ホウオウを追う話なので、カクテル「フェニックス」をチョイス。
ウオッカ30ml、ピーチリキュール25ml、アマレットリキュール5ml、パイナップルジュース45ml、オレンジジュース45mlをシェイクし、氷を入れたタンブラーに注ぐ。
マラスキーノチェリーとミントの葉を飾って完成。
フルーティでスッキリとした、夏向きのカクテルだ。

ところで、今回のパラレルワールド設定は、J・J・エイブラムス版「スタートレック」みたいに、今後も使うのだろうか?

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