酒を呑んで映画を観る時間が一番幸せ・・・と思うので、酒と映画をテーマに日記を書いていきます。 映画の評価額は幾らまでなら納得して出せるかで、レイトショー価格1200円から+-が基準で、1800円が満点です。
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ワイルド・スピード ICE BREAK・・・・・評価額1650円
2017年05月04日 (木) | 編集 |
“ファミリー”は、壊れない。

2021年に公開予定の第十作をもって、一応の完結がアナウンスされている、「ワイルド・スピード」シリーズ最終三部作の第一部
そして、ヴィン・ディーゼルと共にシリーズの看板であった、ポール・ウォーカー亡きあとの、最初の一本でもある。
レティと結婚したばかりのドムが、突然最愛のファミリーを裏切り、謎めいた女と共に失踪。
ホブスやレティは、ことの真相を探り、ドムを取り戻すために世界を駆ける。
監督は前作のジェームズ・ワンから、80年代のギャングスタ・ラップの勃興を描いた傑作、「ストレイト・アウタ・コンプトン」のF・ゲイリー・グレイへとバトンタッチ。
2001年の第一作からはや16年目の第八作、もうすっかりシリーズのカラーは出来上がっているので、手堅い作りで十分楽しい。
ウォーカーの抜けた穴は、新にファミリーに合流する意外なキャラクターが補い、敵キャラがシャーリーズ・セロンとなったことで、華やかさにもこと欠かない。

ドム(ヴィン・ディーゼル)とレティ(ミッシェル・ロドリゲス)は、キューバでバカンスを楽しみ、リラックスした日々を過ごしていた。
ある日、サイファーと名乗る女(シャーリーズ・セロン)が、ドムにある写真を見せ、「自分の部下になって働いてほしい」と要求する。
その後、ドムとファミリーは、ホブス(ドウェイン・ジョンソン)と共に、電気回路を破壊する電磁パルス砲を、武器商人から奪還するミッションを遂行。
無事に成功したものの、ドムが突如としてファミリーを裏切り、一人で電磁パルス砲を持って姿を消す。
ドムが世界最強のハッカー、サイファーの仕事をしていることを突き止めたミスター・ノーバディ(カート・ラッセル)は、服役していたデッカード・ショウ(ジェイソン・ステイサム)とファミリーを組ませ、情報収集システム「ゴッド・アイ」を使ってドムを探す。
しかし、逆にドムとサイファーの襲撃を受けて、「ゴッド・アイ」を持ち去られてしまう。
サイファーの次の計画は、ニューヨーク滞在中のロシアの国防相から、核ミサイルの発射コードを奪うこと。
ドムとファミリーは、ニューヨークのストリートで再び対峙するのだが・・・・



冒頭、ドムとレティがキューバへハネムーン中、ドムの従弟のトラブルに巻き込まれてストリートレースに出場するのだけど、過去半世紀以上の断交から、アメリカとキューバの国交が劇的に回復したのが2015年の7月20日。
その僅か数か月後には、キューバに大規模なロケ隊を送り込んでいるのだから、さすがハリウッドは仕事が早い。
アメリカによる経済制裁が長年続いていたキューバでは、今も革命前に輸入された沢山のアメ車が、時には魔改造を施されながらも大切に乗り続けられている、4~50年代の希少なアメ車の天国なのだ。
国交回復後はアメリカから大挙としてバイヤーが入っている様で、実情を即プロットに盛り込む時代の捉え方は相変わらず鋭い。
しかも、この明らかに急ごしらえの部分が、後から伏線としても機能するのだから畏れ入る。

今回は、ドムが突如としてファミリーと袂を分かち、シャーリーズ・セロン演じる悪のハッカー、サイファーと組むのだけど、ワケありなのは最初から分かっているので、テーマ的には今までと変わらない。
幼少期に父を失ったトラウマから、誰よりもファミリーの絆を大切にしてきたドムが、ファミリーを裏切る理由もまた、ファミリーしかないのである。
本作の基本構造は、ある人物を人質にとられたドムと、ドムを奪還しようとするファミリー、サイファーを捕らえるためにはドムと組まれると困るミスター・ノーバディ、悪の計画遂行のためにドムを利用するサイファーと、ドムを中心にした四つ巴の構図
このうちサイファー以外の三者の利害は共通しているので、「ゴッド・アイ」を手に入れ、全世界の情報網を握るサイファーの鉄壁の計画をいかにして崩し、ドムを自由にするのかが物語の帰結するポイントとなる。

一時的とは言え、最強の男を敵に回すことになったファミリーとホブスは、前作で敵だったジェイソン・ステイサム演じるショウと手を組む。
今では準ファミリーでシリーズの中核メンバーのホブスも、「MEGA MAX」で登場した時はドムを捕まえることに命を懸けていた訳で、嘗ての敵を次々と取り込んでゆくのはいかにも少年漫画的。
そもそも、第一作の段階ではドムとブライアンの二人も敵同士だったのだから、「殴り合った相手と友になる」展開は、もはやお約束なのだ。
このシリーズは、一応一話完結ではあるものの、「007」などと比べると、どの話も前作あるいは前々作から受け継いでいる要素が多いのが特徴で、全体像を理解するためには一作目から観るしかない。
ショウとファミリーの関係や、物語のキーになる情報収集システム「ゴッド・アイ」の件も含めて、今回も出来れば前々作の「EURO MISSION」、少なくとも前作の「SKY MISSION」は観ておくのが無難。
単体で観て、分からないところはスルーしても問題ないようにはなっているが、やはり知っているのと知らないのとでは面白さに差が出てくる。

お腹いっぱいテンコ盛りのアクションシークエンスは、ほとんどサイファーがらみのハッキングから起こるのだが、ハリウッド映画にありがちなハッカー万能論もここに極まれり。
サイバー空間から世界征服を目指す、このコネリー時代のスペクターのモダンな継承者は、殆どあらゆるものをハッキングで遠隔操作していしまうのだ。
無数の自動車はドライバーの意図とは関係なく暴走し、はては原子力潜水艦までもが勝手に動き出す。
まあ真っ直ぐ暴走させるくらいは出来る車種も多かろうが、自動運転車じゃあるまいし、ドライバーが乗っている様に走らせるのは、現実にはまだ無理だろう。
通信機能すらなさそうな、古いミニバンとかイエローキャブも暴走していたし。
原子力潜水艦なんて、遠隔操作でドローンみたいに操縦して、戦闘まで出来ちゃったら、そもそも乗員などはじめから要らないじゃないか(笑
まあぶっちゃけムチャクチャなのだが、突っ込みどころ満載の設定が許せてしまうのも、このシリーズの持ち味。

設定の強引さに目を瞑れば、無数のクルマの群れが「ワールド・ウォーZ」のゾンビ軍団の様に街を蹂躙し、立体駐車上から雨の様に降り注ぐという映像の迫力と未見性は文句なし。
戦車、巨人機アントノフときて、遂に潜水艦相手となったクライマックスの氷上バトルは、なんか脳みそから変な汁が出そうなくらいに楽しい。
英国特殊部隊出身のショウ兄弟が、ジェットパックを背負って、サイファーの秘密基地である輸送機に潜入するシークエンスは、本家「007」へのオマージュか。
しかし毎度のことながら、よくこんなアクションのアイディアを考えつくものだ。
魚雷を手で方向転換とか、お前らはホントに人間なのか(笑

元々このシリーズは、90年代に西海岸のアジア系の若者たちの間で、派手なエアロを纏った日本製スポーツカーが流行したことが企画の原点にあり、第三作以来監督もアジア系が務めてきた。
今回、アフリカ系のF・ゲイリー・グレイが監督すると聞いて、前作の「ストレイト・アウタ・コンプトン」の印象が強かったものだから、最初ちょっと意外な人生の気がしたが、実はこの人リメイク版「ミニミニ大作戦(The Italian Job)」のメガホンを取っているのだ。
思い出してみると、裏切り者に奪われた1トンの金塊を、当時発売されたばかりのミニ・クーパーで奪還する、という設定自体が「MEGA MAX」の元ネタっぽい。
しかも、裏切り者への復讐に燃えるヒロインをシャーリーズ・セロン、最速の逃走スペシャリストをジェイソン・ステイサムが演じていたのだ。
この映画はそこそこヒットしたので、続編として「The Brazilian Job」が企画されるも、皮肉なことに出演者たちが全員ビッグになってしまったことでバジェットが肥大化し、何度も企画に手をいれているうちに自然消滅してしまった。
つまり、F・ゲイリー・グレイにとっては、本作は幻となった「The Brazilian Job」の主要キャストが参加した仇討合戦。
そして、見事に結果を出したと言って良いのではないか。
ファミリー最大の危機を描く本作のラストで、ドムの最後のセリフに思わず胸アツ。
この調子であと二本、有終の美を飾って欲しい。

前回はコロナだったので、今回はベルギービールの「デュベル」をチョイス。
当初、第一次世界大戦の戦勝を記念して「ビクトリー・エール」と名付けられていたそう。
ところが、発売前の試飲会で飲んだ靴屋ヴァン・デ・ワウワーが「このビールはまさに悪魔だ」と言ったことから、悪魔を意味する「Duvel」に銘柄が変更されたとか。
きめ細かな泡立ちと、スッキリとしたスムーズなのど越しが特徴。
適度な苦味としっかりしたホップの香りは、まさに魔力として作用する。

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ショートレビュー「イップ・マン 継承・・・・・評価額1700円」
2017年05月01日 (月) | 編集 |
誰のために、闘うのか。

中国武術・詠春拳葉問派宗師、葉問(イップ・マン)の活躍を描くシリーズ第三弾。
監督のウィルソン・イップ、脚本のエドモンド・ウォン、音楽の川井憲次ら主なスタッフは続投。
1930年代、日本軍占領下の仏山から始まった物語は、前作で終戦直後の香港に移り、今回は10年後の1959年。
イギリス領香港では、マイク・タイソン演じる悪徳外国人が、警察上層部とも結託し街を牛耳り、チンピラを使って小学校の地上げ買収を画策。
放火や誘拐をもいとわない彼らに対して、イップ一門が立ち上がる。
このいかにも勧善懲悪なストーリーが、いつの間にか詠春拳の継承を巡る同門対決に展開するのだが、この作品のバックボーンとなっているのは、イップと妻ウィンシンの夫婦愛の物語なのだ。
これにより、プライドがぶつかり合う男たちの物語がグッと深みを増し、シリーズ最高傑作と言って良い出来栄えとなった。


近年では「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」や「トリプルⅩ:再起動」などのハリウッド映画でも大活躍だが、ドニー・イェンが一番輝くのはやっぱりこの役。
ウォン・カーウァイの「グランド・マスター」で、トニー・レオンが演じた寡黙なイップ・マンも魅力的だったが、ドニーのクールだけど愛嬌のあるキャラクターは、良い意味で昔ながらの香港映画の味わいがある。

今回は、第一作から四半世紀分の年齢を重ねた故か、人物や物語も含めて、色々な意味で丸くなっているのだが、そこがいい。
前二作のクライマックスは、VS日本人、VSイギリス人と戦争と占領の時代にあって、中国人としての誇りを賭けた闘いだったが、今回は違う。
マイク・タイソンとの一戦は、ド迫力だが中盤の山場にとどまり、本当のボスキャラは我こそは詠春拳の正統な後継者だと名乗る、一回り若い同門の武術家チョン・ティンチだ。
だが、彼の挑戦をイップは受けない。


実は、時を同じくして妻のウィンシンが末期癌に侵され、イップは彼女のために残された時間を使うと決めたからだ。
今まで、多くの敵を持つ夫に、人生を振り回されてきたウィンシン。
そんな妻と最後に一緒に踊りたいと、不慣れなダンスを習い、痛みに耐える彼女を、甲斐甲斐しく介護するイップの姿がなんだか可愛い。
しかし、妻のためにとチョンとの勝負を回避した夫の背中を押すのは、やはり彼女なのである。
夫に悔いを残させたまま、死ぬことは出来ない。

困難な時代に、武術家として開花したイップを支え続けた、ウィンシンにも彼女なりの矜持がある。
気高く美しいリン・ホンの演技は、間違いなくキャリアベストだ。
観ているこちらも、最強の男が闘う理由、闘わない理由に思わず涙。

夫婦で本懐を遂げるために、ウィンシンの立ち会いのもと始まる、イップVSチョンのお互いに武術家として全てを出し切る功夫決戦は、質量ともに圧巻の仕上がり。
アクションシークエンスは、他にも大小テンコ盛りで、特にマイク・タイソンとの3分限定異種格闘技戦は凄い。
拳が空を切るだけでヘビー級チャンピオンのパンチの重さが伝わって来て、こりゃあイップ・マンじゃなきゃ、一発受けるだけで死ぬわと思わされる。
アクションシーンの編集も、最近ありがちな細切れではなく、きちんと技の流れを見せてくれるのも嬉しい。
功夫映画の場合、これはとても大事なことだ。


ちなみに邦題の「継承」って、ブルース・リーのことかと思っていたが、違った。

彼は出てくるのだけど、結構コミカルなアクセントという感じ。

仕草とはかちょいやり過ぎではあったけど(笑


今回は紹興酒を使ったカクテル「香港フィズ」をチョイス。
氷をいれたタンブラーに紹興酒60mlとジンジャーエール120mlを注ぎ、ステアする。
スライスレモンを飾って完成。
ソフトドリンクライクな、気軽に飲めるライトなカクテルで、中華料理との相性もいい。
紹興酒は独特な味わいから結構好みが分かれるが、カクテルベースとするとなかなか面白い酒だ。

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ショートレビュー「3月のライオン 前編/後編・・・・・評価額1650円」
2017年04月26日 (水) | 編集 |
将棋だけ、じゃなかった。

幼くして事故で家族を亡くし、中学生の時にプロの棋士となった高校生、桐山零の葛藤と成長を描くリリカルな青春ストーリー。
原作もTVアニメも名作なので、必然的に期待のハードルは上がるが、二部作とはいえ、これだけ複雑な物語をよくぞまとめ上げた。
前後編277分の長尺を、全く飽きさせない。
大友啓史監督作品としては、「るろうに剣心」三部作以来の秀作だ。

主人公の桐山は、家族の死後に父の友人だったプロ棋士・幸田の家に引き取られるのだが、この時に幸田に「君は、将棋が好きか?」と聞かれたことが、全ての葛藤の発端となっている。
もしも「将棋が嫌い」と答えたなら、幸田は引き取ってくれただろうか。
何も持たない幼子は、生きるために将棋に縋るしかなかった。
自分の人生で、信じられるのは将棋しかない、将棋が強くなければ生きていけない。
そんな強迫観念を抱きながら、ずっと将棋と向き合ってきた桐山は、プロとなった今も、自分が本当に将棋を好きなのか分からない。

一方で、幸田の実子で共に育った義理の姉と兄は、天性の才能を持つ桐山を打ち破ることが出来ず、プロ棋士への道を閉ざされ、第二の人生に迷ったまま。
将棋によって救われる者、将棋によって絶望する者。
勝つか負けるか、ゼロサムの勝負師たちの世界では、誰もが将棋によって人生を左右されている。
そんな将棋漬けの生活を送る桐山にとって、初めて出来た安らぎの場が、和菓子屋・三日月堂の三姉妹の家だ。
将棋とはほとんど無縁の彼女たちとの交流を通して、桐山は幸田の家では味わうことの出来なかった家族の温もりを知ってゆく。

この作品の特徴は、破竹の勢いで出世街道を駆け上がる、プロ棋士として桐山を描く、ある種の競技スポーツものとしての面と、人間関係が苦手で視野の狭い少年が、世界の真実を知って行く成長ストーリーとしての面が、良い塩梅でバランスしながら融合していること。
基本的には、前編で桐山をはじめとする登場人物たちが、それぞれの葛藤を募らせ、後編では一人ひとりが、苦しみもがきながらも、答えを見つけてゆく構成となっている。
「君は、将棋が好きか?」という一つの問いから始まった桐山の葛藤は、何時しか自らを袋小路へと追い込み、孤立させてゆくが、物語を通してようやく彼は気付くのだ。
不幸なのは自分だけではなく、誰もが何かを背負って生きていること。
気づこうとしていなかっただけで、多くの人々の愛を受けながら成長していたこと。
そして、自分はやっぱり将棋が好きだということ。

桐山を演じる神木隆之介は、原作のイメージにぴったりだし、俳優陣は皆おしなべて好演。
ちょっと残念だったのは、染谷将太が特殊メイクで演じる二階堂の出番が、後半ではほとんどなくなってしまったこと。
美味しいキャラクターなのに勿体ない。
まあそれも含めて、全体的にややダイジェスト感はのこるものの、これは原作漫画のボリュームを考えれば致し方ないか。
佐々木蔵之介、伊藤英明、豊川悦司、そして羽生名人っぽいボスキャラには加瀬亮と、主だったところに主役級を配したプロ棋士の世界は、重量感があり対局のシークエンスは見応え十分。
将棋映画といえば二階堂、もとい村山聖の映画もあったけど、盤上の戦争の緊張感はむしろこっちが上だ。
もちろん、将棋に詳しい人の方がディープに楽しめるのは確かだろうが、知らなくても何が起こっているのかはだいたい分かる。
私も基本ルールを知っているくらいで、決して将棋通ではないけれど、いくつもの息詰まる対局には手に汗を握った。

素晴らしいのが山本英夫のカメラだ。
静的な将棋をモチーフにしながら、シネマスコープサイズを生かした、実に豊かな映画的な映像を構築しているのは見事。

舞台となる、隅田川周辺の下町の風情が、いい隠し味になっている。
三日月堂の三姉妹の家にいる、猫たちが可愛い。

今回は平成16年に起業し、湯島に本拠をおくクラフトビール、「アウグスビール ピルスナー」をチョイス。
丁寧に作られた、正統派ピルスナー。
酵母は、ヴァイエンシュテファン修道院のピルスナー酵母を取り寄せ、麦芽、ホップも本場産を使うというこだわり様。
スッキリ爽やか、飽きのこない端正な味わいだ。

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美女と野獣・・・・・評価額1800円
2017年04月23日 (日) | 編集 |
伝説が、再び生まれる。

ディズニー手描きアニメーションの最高峰を、単に実写化しただけの作品ではない。
限りなく完璧に近かったオリジナルのドラマをさらに補完し、その先を見せてくれるのだ。
ベル父娘は、なぜあの退屈な村に住んでいるのか。
なぜ野獣は、冷酷な青年に育ってしまったのか。
そして、二人はなぜ惹かれあい、お互いを愛する様になったのか。
オリジナルの84分から、40分以上伸びた尺はドラマを確実に深化させている。
リンダ・ウールヴァートンの脚本を元に、自著の「ウォールフラワー」を自ら映画化したことで知られる、作家のスティーヴン・チョボスキーと、「ティンカーベルと月の石」のエヴァン・スピリオトポウロスが新たに脚色を担当。
監督は「ドリームガールズ」「ゴッド・アンド・モンスター」のビル・コンドン。
アラン・メンケンと故ハワード・アッシュマンが手がけた名曲の数々はそのままに、メンケン自身とティム・ライスのコンビによって、新たな楽曲も書き下ろされている。
俳優陣はベルを演じるエマ・ワトソンをはじめ、ほぼ全編CGの野獣と召使いたちも含めて、錚々たるオールスターキャストが揃った。
これは、名作アニメーションの実写化という枠を超えて、全てのファンの夢を最高の形で叶えた、「シン・美女と野獣」である。
※核心部分に触れています。

フランスの片田舎ヴィルヌーブ村に、カラクリ芸術家の父モーリス(ケヴィン・クライン)と暮らすベル(エマ・ワトソン)は、本が大好きで夢見がち。
保守的な村人からは父娘共に変人扱いされているが、ベルの美貌は誰が見ても村一番で、村のリーダー的存在のガストン(ルーク・エヴァンス)からは熱烈に求婚されている。
だが教養のカケラもないガストンとの結婚など、彼女にとっては考えたくもないこと。
ある日、モーリスが作品を売りに町へ行くことになり、ベルは土産としてバラを一輪所望する。
ところが、彼は森の中で道に迷ってしまい、永遠の冬に隠された不思議な城にたどり着く。
ここで喋るティーカップに驚いたモーリスは、城を逃げ出すのだが、ベルの言葉を思い出し、庭のバラを一輪折る。
その瞬間、巨大な野獣(ダン・スティーブンス)が姿を現す。
この城では、バラを盗むことは極刑に値する罪であり、モーリスは囚われの身となってしまう。
馬のフィリップが無人で家に帰って来たことで、父の身に何かが起こったと確信したベルは、フィリップの導きで野獣の城に赴き、父を釈放するかわりに自分がこの城に止まると申し出るのだが・・・


80年代末から90年代にかけての、ディズニー第二黄金期を代表する傑作であり、アニメーション映画として史上初のアカデミー作品賞ノミネートをはじめ、数々の栄冠に輝いたオリジナルの「美女と野獣」は、現在に至る新時代のディズニーアニメーションの雛形となった作品だ。
この作品の大きな特徴は、ヴィルヌーブ夫人版の原作からの脚色の段階で、大きな葛藤を抱えて成長すべき人物が、ベルから野獣に入れ替わっていること。
原作の野獣は彼女の美しさに魅せられてかなり早くから求婚するのだが、ベルの方は彼の醜さに恐れおののいて拒絶、次第に彼女が見かけではなく心の大切さに気づいてゆく物語で、過去の多くの映画化作品もこの点は踏襲している。
だが、女性脚本家のリンダ・ウールヴァートンは、ベルを保守的な時代の風潮にとらわれない聡明で先進的な女性と造形し、むしろ自らの醜さから城に引きこもり、すっかり性格が歪んでしまった野獣が、彼女の優しさに絆されて成長する物語となっているのだ。
四半世紀前に颯爽と登場したベルは、「アナと雪の女王」「モアナと伝説の海」に通じる、自らの才覚でしっかりと地に足をつけ、安易に男の助けを必要としないディズニープリンセスの先駆者で、彼女に過酷な運命から救われる野獣は、その後ブランド力が凋落してゆくプリンスの最初の一人だったのである。

本作は、多くのファンを持つオリジナルを最大限リスペクトし、極力そのイメージを損なわない様に作られており、物語はもちろんのこと、ロココ調のプロダクションデザインから衣装、ミュージカルシークエンスの構成に至るまで、オリジナルと音楽的、映像的なイメージが一致する様に作られている。
ただ、どんなに丁寧に作っても、アニメーションを忠実に再現するだけなら、それは単なるコスプレショーでしかない。
本作が素晴らしいのは、オリジナルのプロットを改めて分析し、実写化した場合弱くなる部分に綿密に手が入れられていて、その結果物語にさらなる深みが生まれていることだ。
アニメーションならではのカリカチュア表現が封じられた分、各キャラクターはそれぞれの背景を含めじっくりと描きこまれていて、行動原理は全員が強化されている。
これは、やはり評価の定まったアニメーション作品を、忠実に実写化して成功した「シンデレラ」の考え方と、基本的には同じだ。

モーリスとベルはなぜ父子家庭なのか、なぜ変人呼ばわりされながら、あの村に住んでいるのか。
アニメーション版では全く言及が無かった部分だが、本作では家族でパリに暮らしていた頃に、母親が不治の流行病だった黒死病にかかり、生まれたばかりのベルを病気から守るために、モーリスがやむなく母親を見捨て、田舎に疎開してきたという新たな設定がプラス。
"冷酷な王子"という以外に背景が描かれなかった野獣も、やはり幼い頃に最愛の母親を亡くし、残忍な父親に育てられたために、性格がねじ曲がってしまったことが描かれる。
共に母親の愛を失った過去という同根を見ることによって、二人がお互いに感情移入しやすくなるという訳だ。
また、屋敷を逃げ出したベルが狼の群れに襲われ、後を追った野獣に救われたことで二人の間が急接近するのは同じだが、本作では野獣も本好きという設定にして、恋心が生まれる理由付けを強化。
オリジナルでは、野獣はベルの気を引こうとして、屋敷の書庫を開放するだけなのが、こちらではお互いに好きな本を朗読したり語らったりする。
これはオタク部屋に招き入れたら、実は同好の士で思いのほか気が合ってしまった様なもので、表裏がなく実直なベルと、ちょい捻くれていてツンデレの野獣という、対照的な様でどこか似た者同士の二人をよりリアルに愛らしく見せている。

キャラクターが強化されているのは主役の二人だけではない。
ルーク・エヴァンスが最高のパフォーマンスで演じるガストンは、オリジナルでは猟師だったが、こちらでは帰還兵となっていて、英雄願望に取り憑かれた愚かなナルシストっぷりが際立つ。
彼はある意味、戦争の犠牲者なのだ。
何かと話題になった相方ル・フウの同性愛者設定は、実際の描写としては殆ど意識させないマイルドなものだが、彼はなぜ酷い扱いをされながら、ガストンの元を離れないのかという動機が明確となった。
彼の想いはガストンに届かなかったが、終盤の戦いのシークエンスの、マダム・ド・ガルドローブの女装攻撃で、その道に目覚めちゃた三銃士の一人と、ラストでビビッときちゃってたのは笑った。
この辺りは、自らもゲイであることをカミングアウトしている、ビル・コンドン流のさりげないモダナイズ。

さらに、原作やオリジナルでは野獣に呪いをかけただけで、後は知らんとばかりに物語から消えてしまう魔女が、本作ではその後もヴィルヌーブ村の近くの森に住み続けて、推移を見守っていることになっているのも脚色の大きな特徴。
無機物に変えられた召使いたちも元々村の住人で、村には記憶を消された家族が残されているのだが、これによってオリジナルでは曖昧だった、いつ呪いがかけられたのかという点も、それ程昔ではないことが分かる。
バラの花びらが全て落ちると、野獣が元に戻れないだけでなく、召使いたちも魂を失い、固まってしまうのも新設定。
魔女の呪いは、単に王子の冷酷さを諌めるためだけでなく、彼の行いを止めなかった召使いや村人全てに対し、愛する者から分かたれるという形でかけられているのである。

面白いのは、本作にはオリジナルのアニメーション版だけでなく、1946年のジャン・コクトー版の影響を節々に感じること。
元々アニメーション版自体がコクトーの影響下にあって、城の無機物が生きているという設定はもちろん、ガストンに当たるアヴナンというキャラクターもいて、彼がベルの兄(原作のベルには兄と姉がいる)といつも連んでいるのはガストンとル・フウのコンビの原型と言える。
本作で、城の入り口脇に配された、手の形のブロンズが持っているランプも、コクトー版の生きているランプの意匠を模したものだ。
さらに、アニメーション版ではモーリスは城に入っただけで、不法侵入として囚われてしまうが、今回はコクトー版(と原作)と同様に、庭のバラを折ったことで野獣の怒りをかう。
これにより、バラの持つ特別な意味を改めて印象付けている。
また中盤で、念じた場所に行ける魔法の地図帳が出てきて、ベルが母の死の真相を知るために、野獣と共にパリの生家に移動するという、アニメーション版には無いシークエンスがあるが、これもコクトー版の何処にでも瞬間移動できる魔法の手袋に符合する。
ディズニーがアニメーション映画を作る以前は、「美女と野獣」と言えばコクトーだった訳で、これらは実写ならではのリスペクトを込めたオマージュなのだろう。

肝心のミュージカルは、オリジナルの全てのシークエンスがキープされていて、ドラマの深化分新たな楽曲が増えているが、これがまた素晴らしいのである。
特にポッド夫人の歌うテーマ曲にのせて展開する、ボールルームでのダンスシーンは、伝説的なアニメーション版に輪をかけて煌びやかで、官能的なまでに美しい。
このシーンは単に綺麗なだけでなく、ダンスによって二人の気持ちが初めて一つになる象徴的なモーメントであり、湧き上がるエモーションによって、ここから涙が止まらなくなった人も多いのではないだろうか。
ちなみに1990年頃のディズニーは、ピクサーの開発したCAPSと呼ばれるデジタル彩色システムを導入していて、アニメーションにおけるデジタル技術の研究を急速に進めていた時代。
オリジナルのボールルームの背景美術には、CGIスーパーバイザーのジム・ヒリン率いるチームによって、ディズニーの手描きアニメーションとして、史上初の本格的な3DCGが使われている。
手描きのキャラクターとの合わせ技で、本作でも再現されている流麗なカメラワークを実現しているが、ほぼ全てのディズニーアニメーション作品が3DCGで作られる現在から思うと、ディズニー史、いや映画史においても記念碑的な名場面だった。

21世紀に実写映画として蘇った「美女と野獣」は、映像は途轍もなくゴージャス、音楽は最高にエモーショナル、役者たちも超一流、物語は元から素晴らしいかったものを更にブラッシュアップ。
アニメーション版とコクトー版、二つの映画的記憶にも裏打ちされ、ラストのカーテンコールに至るまで徹底的に作り込まれた、これ以上は望むべくもない、極上のエンターテイメント超大作である。
そして、何よりも本作の成功を決定付けたのは、主人公ベルを演じたエマ・ワトソンの存在だ。
10年続けたハーマイオニー・グレンジャー役のインパクトが強烈だったので、今までは「『ハリー・ポッター』の」だったが、これからは「『美女と野獣』の」が彼女の代名詞となるだろう。
それ程までに、完璧なベルだった。
彼女の笑顔を想えば、野獣でなくても「待ち続けよう、ここで永遠に!」って歌い上げたくなるわ(笑

今回は野獣イメージのコニャックと迷ったが、やはりベルをイメージしてシャンパーニュ。
ローラン・ペリエの「キュヴェ ロゼ ブリュット」をチョイス。
ピノ・ノワール100%、バラを思わせる淡いピンクの美しい色合い。
苺の香りが細かな泡と共に立ち上がり、スッキリとした喉ごし。
アペリティフとしてだけでなく、食中酒としても楽しめる。
英国のウィリアム王子の、結婚式晩餐会でも振舞われたというから、まさに本作にはぴったり。

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T2 トレインスポッティング・・・・・評価額1700円
2017年04月19日 (水) | 編集 |
成長しなくったって、イイじゃないか!

あの懲りない四人が帰ってきた。
ドラッグの退廃に浸る労働者階級の青年たちを描き、90年代を代表する刹那的青春映画となった「トレインスポッティング」の20年ぶりの続編である。
監督のダニー・ボイル、脚本のジョン・ホッジをはじめ、主要なスタッフ、キャストが再結集。
いま、なぜ再びの「トレインスポッティング」なのか。
前作のラストで、仲間たちの金を持ち逃げしたマーク・レントンを筆頭に、やりたい放題の破天荒な青春を送っていた四人の若者たちも、もう40代も半ば。
20年という歳月の経過があったからこそ見えてくる、人生の悲哀と衰えぬダメ人間パワーは、彼らと同じだけ歳をとった観客にとって希望であり絶望だ。
嘗ての青春映画は容赦なく心にビシビシ刺さる、素晴らしき"中年映画"となって見事な帰還を果たした。

仲間たちを裏切り、麻薬の売買で得た大金を持ち逃げしたマーク・レントン(ユアン・マクレガー)が、20年ぶりに逃亡先のオランダから故郷のエディンバラに帰ってくる。
既に母は亡くなり、彼を迎え入れるのは年老いた父だけ。
若き日を共にした悪友たちが気になったマークは、唯一分け前を渡していたジャンキーのスパッド(ユエン・ブレムナー)を訪ねるが、彼は自殺の真っ最中。
成り行きで助けるマークだったが、スパッドは相変わらずどん底の生活を送っていた。
一方、時代遅れのパブを相続したシック・ボーイことサイモン(ジョニー・リー・ミラー)は、ブルガリア人のパートナー、ベロニカ(アンジェラ・ネディヤルコーバ)と組んで、彼女を買った富裕層の男たち相手のゆすり家業。
20年前の事件で懲役を喰らったベグビー(ロバート・カーライル)は、仮釈放申請が却下され今も塀の中だ。
それぞれ崖っぷちのマークとスパッド、サイモンは昔のわだかまりを抱えつつ、パブを売春宿に改装するプランを立てて動き出す。
そんな時、刑務所でわざと怪我をして偽装入院したベグビーは、まんまんと脱獄に成功。
エディンバラの妻子の元に戻ってくるのだが・・・・


1996年に公開された前作は、「人生を選べ」と言いつつも、ドラッグの幻想に絡め取られ、猛烈に疾走しながら、実際には何処へも行くことのできない若者達の話だった。
マーク・レントンとヤク中仲間は、不況のエディンバラで、何者にもなれない現実をドラッグで紛らわし、いつ終わるともしれない怠惰な日常を生きる。
セコイ犯罪で小銭を稼ぎ、パブで酔ってはナンパとケンカ、たまにドラッグ断ちを試みるが挫折の繰り返し。
だが、彼らの青春の日常は徐々に崩壊し始める。
スパッドはブタ箱にぶち込まれ、シック・ボーイはラリっている間に、生まれたばかりの我が子を亡くし、注射針からHIVに感染したトミーはエイズを発症し死亡。
どうにもならない現実を打破するために、最後に選んだのもまたドラッグの取引というしょうもなさだったが、少なくとも彼らはまだ若く、未来の可能性は無限で楽観的だった。
前作の刹那的青春の背景には、若者たちの中でマグマの様に胎動している、圧倒的な熱量があったのだ。

あれから早20年。
時代は移り変わり、「トレインスポッティング」が長編二作目の若手監督だったダニー・ボイルは、「スラムドッグ$ミリオネア」でアカデミー賞を獲得して巨匠と呼ばれる様になり、あの映画が初主演だったユアン・マクレガーは、今ではジェダイ・マスターのオビ=ワン・ケノービとして世界中の誰もが知っている。
しかし、映画が始まって40代のおっさんになった四人が続々と登場すると、何も変わってないじゃないか!(笑
冒頭のルームランナーが暗喩する様に、彼らは20年経っても、前作のラストで足踏みしているだけなのだ。
当時まだ統合途中だったヨーロッパは、一回りしてブレグジットにより統合崩壊の危機にある。
偶然だろうが、金を奪って唯一旅だったはずのマークが、逃亡先のオランダで居場所を失い、止むを得ずエディンバラに帰ってくるのも、なんだか再発しつつある英国病の象徴に思えてくるのが可笑しい。

映像も音楽も作品世界は相変わらずスタイリッシュだが、触れば切れそうな危うさはもう無い。
四人は全く成長していないけれど、やはりもう後先考えずに突っ走れるほど若者ではないのだ。
久しぶりに戻った実家で、マークが昔のレコードをかけようとして、思わず止めてしまう描写がいい。
音楽はこの世界の時代性そのものであり、当時の音楽を聴けば自分が年をとったことを否が応でも突きつけられてしまうからだ。
20年前の事件のわだかまりを胸のうちに抑えつつ、結局のところ連むしかないマーク、サイモン、スパッドの三人と、マークの帰還を知り復讐に燃えるベグビー。
やってことは以前とほとんど変わらないが、若気の至りの自暴自棄も、それが20年も続けばもはやぶざまだ。
成長しない男たちとは違って、一人ちゃんとした大人になっている、ダイアンとの対比が切ない。


だが、そんな彼らを映画は決して絶望的なだけには描かないのである。

前作のドラッグに変わって、四人を縛るのは"過去"だ。

本作は完全な続き物で、この作品の中に前作を内包しているのだけど、現在の葛藤を生み出している過去の様々な因縁が、スパッドが彼なりの視点で書いている"回想録"によって、物語として昇華されるメタ的な構造になっているのが面白い。

モチーフは何処にも行けないダメダメな男たちで、やっていることも大して変わらないのだけど、前作があっての本作という入れ子構造と、20年の歳月の経過が全く別のアプローチを可能にしているのである。

四人は20年かけて振り出しに戻った訳だが、何処にも行けてないということは、逆に言えばここからまだ何処にでも行けるということだ。

彼らはこれから真の大人になるのかも知れないし、また同じループを繰り返すだけかも知れない。

とことん情けないおっさんたちの悪あがきは、今まさに何処かへと旅立とうとしている若者たちが観ると、多分あまりピンとこないのではないかと思う。
しかし、今四十代後半のほぼ同世代で、20年前に前作を観てすっかり魅了された元若者としては、成長できない自分の鏡像を見せられているようで、色々身につまされる話だった。

彼らをもっと残酷に描くことも出来たと思うが、微妙な希望を残してくれたのには、正直なところ思わずホッとした。
20年前の「トレインスポッティング」は、青春真っ只中だった私たちにとって「俺たちの映画」だったが、「T2 トレインスポッティング」も、中年になった私たちの、愛すべき「俺たちの映画」だったのである!

今回はスコットランドのクラフトビール醸造所、ブリュードッグの「ハードコア・インペリアルIPA」をチョイス。
名前の通り普通のビールでは物足りない人のための、ハードコアなIPAだ。
強いホップ感と驚くほどフルーティーで複雑なアロマが、ゆっくりと脳を酔わせてゆく。
ブリュードッグは、他にも様々なユニークなビールをプロデュースしていて、ハードコアほど強くなくていいという人には、ややマイルドな「パンクIPA」もオススメだ。

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