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ショートレビュー「ホテル・ムンバイ・・・・・評価額1650円」
2019年09月26日 (木) | 編集 |
本当の悪魔は誰か?

2008年11月26日、インド最大の都市ムンバイで、鉄道の駅や病院、ホテルなどが武装集団に襲撃され、400人以上の死傷者を出す同時多発テロ事件が起こった。
本作は、事件当日に多くの人々が取り残された、タージマハル・ホテルを舞台とした群像劇。
凄まじい緊張感が2時間ずっと持続する、とてつもなく恐ろしい擬似体験映画だ。
監督はオーストラリア出身で、キプロス紛争をモチーフとした短編映画「The Palace」などで国内外で高い評価を受けたアンソニー・マラス。
豪印合作の本作で長編デビューを飾り、見事な結果を出した。

圧倒的で身の毛もよだつ暴力に直面した時、抵抗する手段を持たない人はどう行動するのか、すべきなのか。
突然の出来事に取り残された数百人の宿泊客たちの極限の生き様と、彼らを守り通そうとするホテルマンたちの矜持、そして事件の実行犯となった若者たちの背景にあるもの。
100年以上の歴史を持つタージマハル・ホテルは、インドを代表する高級ホテルゆえに外国人の宿泊客も多く、世界に“恐怖”を植えつけたいテロリストにとっては格好の標的。
彼らの目的は身代金ではなく、一人でも多くの異教徒を殺すこと。
最初から死を覚悟した実質的な自殺攻撃なので、解放を交渉することも出来ない。
見つかれば確実に殺されるという状況下で、ただひたすら迷路のような巨大なホテルの中で、犯人たちの目を逃れ、隠れるしかない絶望感。

デーヴ・パテルやアーミー・ハマーと言ったスター俳優も出ているが、実話ベースの映画ゆえ、いわゆる“フラグ”も容赦なく裏切ってくる。
ここでは生と死をわけるのは単なる偶然に過ぎないので、1秒たりとも気を抜けるところが無く、観終わってどっと疲れた。
映画では一晩の話に見えるが、実際に特殊部隊の突入によってホテル全体が制圧されたのは、最初の襲撃から3日が経った11月29日のことだったという。
いつどこで犯人と出くわすか分からず、1分先の生すら保証されない、凄まじい惨禍の中に3日!
このシチュエーション、もし自分だったらどうするかと思うと、背筋が凍る。
耐えられずに精神崩壊して、フラフラと犯人の前に出て射殺されそう。

11年が経過した今も、事件の全貌は明らかになっておらず、生きて捕まった実行犯は、鉄道駅などで72人を殺害したとして死刑判決を受けたパキスタン人一人だけ。
劇中でも犯人グループの若者が、ホテルで初めて水洗トイレを見て驚く描写があるが、貧しさゆえにやり場のない怒りを抱いた無学な若者たちを、過激思想で洗脳し、チェスの駒のように操って死に追いやり、自分は楽しんだ挙句に逃げおおせた「声だけの黒幕」が一番おぞましい。
貧困とそれを利用する者こそが、本当の悪魔であり、悪魔の仕掛けだということがよく分かる。

それにしても、劇中でもかなりショボかったが、インド警察ちょっと貧弱すぎだろう。
都市圏の人口が2000万を超える世界有数の大都会なのに、対テロ特殊部隊も無く、デリーから呼び寄せてもいつまで経っても現場に到着しない。
実際、この事件が起こる前には多くの警告や前兆があったのに、防ぐことが出来なかった。
行き当たりばったりの対応が、インドっぽいといえばそんな気もするが、過去にもテロ攻撃はあったんだからもうちょっと出来ることはあったはず。
今では対策も強化されていると信じたいものだ。

今回は、舞台となるホテルと同じ名を持つビールを。
インドの国民的銘柄、キングフィッシャーで有名なUBグローバルが生産する「タージマハル プレミアム ラガービール」をチョイス。
基本的な味わいは、キングフィッシャーと似たスッキリとライトなテイスト。
事件で大きな被害を受けたタージマハル・ホテルは、今はすっかり修復されて賑わいを取り戻しているそうだが、いつかタージマハルでタージマハルを飲んでみたいものだ。

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見えない目撃者・・・・・評価額1750円
2019年09月23日 (月) | 編集 |
もう二度と失わない。

これは凄い映画だ。
事故で失明し、心に傷を抱えた元女性警官が、図らずも事件の“目撃者”となり、残虐な殺人犯と対決する、アン・サンフン監督のサスペンススリラー、「ブラインド」の日本版リメイク。
普通リメイク映画は、元の話を知っているとどうしても新鮮味が落ちるもの。
ところが本作は、オリジナルの韓国版も中国リメイク版も軽々と超え、ぶっちゃけはるかに面白い。
主人公の女性が、もう一人の若い男の目撃者と共に犯人に迫るプロットのアウトラインは同じだが、ディテールの密度が桁違いに濃いのだ。
犯人像の日本ならではのローカライズ要素、新たに設定された伏線など、プロットのあらゆる部分が強化され、オリジナルを観ていても充分以上にに楽しめる。
オリジナルでキム・ハヌル、中国版ではヤン・ミーが演じた主人公を、吉岡里帆がキャリアベストの好演で魅せる。
監督と脚色は、「リトル・フォレスト冬春夏秋」四部作が素晴らしかった森淳一。
共同脚本の藤井清美と共に、見事な仕事をしている。
※核心部分に触れています。

警察学校を首席で卒業した浜中なつめ(吉岡里帆)は、卒業式の日に交通事故を起こし、同乗していた弟の大樹を死なせ、自らも視力を失い、警察官としての将来を断たれる。
それから三年が経ったが、なつめは今も弟の死を乗り越えられないでいた。
ある日、スケボーと自動車の接触事故の現場に居合わせたなつめは、停止した車の後部座席から窓を叩く音と、「助けて」という若い女性の声を聞くが、ドライバーは走り去ってしまう。
誘拐事件を疑ったなつめは警察に通報。
刑事の木村(田口トモロヲ)と吉野(大倉孝二)が捜査に当たるも、該当するような失踪捜索願は出ていない。
そんな時、車と接触したスケボーの高校生、国崎春馬(高杉真宙)が特定される。
事情を聞かれた春馬は、後部座席に女性はいなかったと証言し、事件は終わったかに思われた。
しかし、納得できないなつめは、春馬に協力させて独自に調べはじめ、最近行方が分からなくなった家出人の女子高生がいること、彼女が“救さま”と呼ばれる謎の人物と接触していたことを突き止めるのだが・・・


21世紀のサスペンススリラーの本場、韓国の御株を奪うかのごとき傑作だ。
2011年に公開された「ブラインド」は、まずまず面白い映画だったが、色々目に付く欠点があって、正直手放しで絶賛できる仕上がりではなかった。
アン・サンフンが自ら手がけた中国版のリメイクでも、ある程度のローカライズや改良はやっているものの、プロットの根本的な問題はそのまま放置されていたので、やはり今ひとつな印象のまま。
最大の欠点は、早々に顔出しされる犯人のキャラクターに、単なる変態さんを超える魅力が無く、行動原理が不明瞭なまま進行してしまうことだろう。

オリジナルで主人公が事件と接する起点は、彼女がタクシーと間違えて女を漁る犯人の車に乗ったこと。
ところが犯人は途中で交通事故を起こし、瀕死の被害者を拉致すると、主人公を置き去りにして逃走するのである。
だから主人公も、ただのひき逃げ事故として警察に届けるのだが、この時点では世間を騒がせている女性失踪事件の犯人だとは誰も思っていない。
問題は、失踪事件とひき逃げが結びついた訳でもないのに、犯人が多大なリスクを冒して主人公ともう一人の目撃者を執拗に追い回し、結果として全てが明るみ出てしまうことだ。
犯人は性犯罪者の医師という設定だが、後先考えない行動があまりにも愚かすぎるのである。
その他にも登場人物の行動に疑問符がつく描写が多々あり、全体として“目の見えない目撃者”というワンアイディアに頼りすぎて強引に展開させている印象。

対して日本版では、最初から主人公に誘拐事件だと認識させることで、被害者生存率が72時間を経過すると低下するタイムリミットを意識させ、展開をスピーディーかつスリリングに。
犯人像も最初から見せずに、徐々に正体に迫る構造としてミステリとしての魅力を追求。
さらにオリジナルで犠牲者の遺体が発見されるのは、事件の全貌が明らかになった後だったが、こちらは中盤で手、鼻、口、耳が切り取られた4人の遺体が発見され、犯行の目的を単純な快楽殺人から、過去の事件と関連する宗教的な儀式殺人として猟奇性を高めると共に犯行動機を強化。
終盤になって明かされる犯人の正体も、意外性と共に説得力があり、キャラクターとしてより魅力的で恐ろしい存在になっている。
R15指定でスプラッター描写はかなりキツ目だが、悪趣味になってしまうギリギリで寸止めしているので、ホラー耐性がそれほどない人でもなんとか大丈夫だろう。
また、あまり意味のなかった主人公の孤児設定をやめて、母親との感情の対比で弟の喪失の意味を深め、拳銃や弟の形見の品といったアイテムも、緻密に配された伏線によって、主人公のエモーションを強化する形で生かされているのが素晴らしい。

キャラクターの関係性でも、オリジナルでは単なる証人にすぎない主人公が、まるで刑事とバディのように行動を共にしていたのが不自然だったが、こちらではなつめと春馬の市民コンビと、木村と吉野の公僕コンビが、それぞれのルートで事件の真相に迫るマルチトラック構成。
終盤に全ての要素が事件の真相へと収束し、ミステリならではの謎解きのカタルシスを感じられる様になった。
なつめを演じる吉岡里帆という役者さんは、過去の作品からなんとなく生真面目で堅いイメージがあったのだが、本作では心に傷を抱えた元エリート警察官という役柄にピタリとハマる。
事件の捜査は、なつめが3年前の悲劇から立ち直るための、段階を踏んだ復活のプロセスにもなっていて、クライマックスで犯人と直接対決するシーンでは、一度はなすすべなく全てを失ったが、二度目は絶対に失わないという決意が、熱いパッションとなってスクリーンから迸る。
喪失と再生のドラマを見事に演じきり、間違いなく彼女の代表作となるだろう。

犯人の設定変更とあわせて、被害者たちを親に見捨てられた子供たち、ある種のインビジブルピープルとして共通する社会性を持たせたのも良かった。
たまたま通りかかった誰かよりも、ずっと興味深く、感情移入出来る設定だ。
森淳一と藤井清美の脚色は、例えば地下鉄駅での手に汗握る追跡劇など、オリジナルの優れたエンターテイメント要素を最大限生かしながら、プロット上の欠点を徹底的に潰した上で、日本ならではのローカライズを加え、驚くべき未見性のある作品に仕上げている。
もちろん、オリジナルの土台があっての作品なのは間違いないが、リスペクトを捧げつつ、的確な脚色とオリジナリティを追求した制作スタンスによって、トンビがタカどころかオオワシを産んだ稀有な例となった。
リメイク映画のお手本のような作品だが、個人的に嬉しかった改変点は、とても愛らしい犬ちゃんを殺さなかったこと。
あれはオリジナルで一番キツイ描写だったから。
関係ないけど、國村隼は韓国のスリラー絡みだと「哭声/コクソン」の印象が強すぎて、真犯人かと疑ってしまった(笑

吉岡里帆は日本映画の聖地、京都は太秦の生まれだそう。
今回は京都の地酒、増田徳兵衛商店の「月の桂 純米酒」をチョイス。
米の香りと甘み、適度な酸味も感じられ、キリッと澄んだ仕上がり。
今の季節は冷酒が美味いが、寒くなれば燗でもいけそう。
シチュエーションを選ばない、クセの無いナチュラルなお酒だ。

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アド・アストラ・・・・・評価額1700円
2019年09月21日 (土) | 編集 |
その旅の終わりに、答えはあるのか?

「アド・アストラ」とは、ラテン語で「星々へ」の意味。
ブラッド・ピットが自身初の本格SFで近未来の宇宙飛行士を演じ、29年前にある計画のため宇宙探査に出て行方不明となった父を探して、43億キロの遠大な旅に出る。
死んだと思われていた父は、なぜ今行動を起こしたのか?
失われた父性に向かう旅路の果てに、主人公は何を見つけるのか?
「リトル・オデッサ」「エヴァの告白」などで知られる、ジェームズ・グレイ監督とイーサン・グロスによるオリジナル脚本。
今なおロイの心を支配する父クリフォードをトミー・リー・ジョーンズが演じ、ロイの別れた妻をリブ・タイラー、クリフォードの元同僚にドナルド・サザーランドといういぶし銀の布陣。
SF大作ではあるが、フィーチャーされるのは一人の男の内面であり、主人公の心の機微を繊細に演じるブラッド・ピットの演技が最大の見ものだ。
※核心部分に触れています。

近い未来。
宇宙軍のロイ・マクブライド少佐(ブラッド・ピット)は、地球外生命の存在の証拠を求め、深宇宙への冒険の旅の途中で消息を絶った父の後を追って、自らも宇宙飛行士の道を選んだ。
ある日、ロイは成層圏に聳えるアンテナの作業中、サージ電圧による事故に遭遇し地上へ落下するも、冷静な対応で一命を取り留める。
軍に呼び出されたロイは、衝撃の事実を知らされる。
世界規模で大混乱を引き起こしたサージは、海王星で起こった現象が波及したもので、その原因を作り出しているのが、死んだと思っていた父のクリフォード(トミー・リー・ジョーンズ)だと言うのだ。
ロイが10代だった29年前に地球を出発し、13年前に通信が途絶した父の宇宙船は今も海王星軌道上にいて、目的不明の反物質反応を引き起こして、太陽系全体を危機に陥れている。
宇宙船の正確な位置を特定するために、ロイはサージの影響を免れた火星基地へ向かい、父に向けた音声メッセージを送ることに同意する。
しかし、メッセージを送った後に動揺をきたしたロイに、地球への帰還命令が下る。
彼は父のいる海王星へと向かう核爆弾を積んだ宇宙船に、なんとか乗り込もうとするのだが・・・・


物語の自由度の高いSFには、様々なアプローチの作品が存在する。
例えばスタンリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅」は、徹底的に現象のみを描くことで、宇宙における人間の存在の意味を哲学的に思考しようとした。
対照的なのが、宇宙の無限の虚空の中で、人間のエモーションに深く踏み込んだ作品で、ロバート・ゼメキスが天文学者のカール・セーガンの小説を映画化した「コンタクト」や、その強い影響を受けたクリストファー・ノーランの「インターステラー」が記憶に新しい。
これらは宇宙を人間の心を浮かび上がらせる舞台装置として捉えた作品で、本作もこの系譜に連なる一本と言っていいだろう。
違いは、「コンタクト」と「インターステラー」が共に父と娘の関係を軸にしていたのに対し、こちらは父と息子だということ。
同性同士ゆえに、より互いを鏡像として見る意味が強くなっている。

“近い未来”となっている、世界観設定が絶妙。
おそらく今後100年以内くらいのイメージなんだろうけど、宇宙は現在ほど遠くはなく、火星まではアクティブな人類の活動圏となっていて、ちょうど「2001年宇宙の旅」で描かれたのと同じくらいの技術レベル。
月面の居住区内だと、なぜか1/6の重力の差が全く反映されない辺りまで、あの映画をベンチマークしないで良かったと思うが、何か特別な技術が開発されているということにしておこう。
いずれにしても現実との地続き感は強く、充分にリアリティを感じられるレベル。
国境のない月面が資源争奪で無法状態だったり、動物実験が宇宙でも行われている描写も、本作のテーマを導き出す伏線としてうまく機能している。
「インターステラー」をはじめとするノーラン作品で知られる撮影監督、ホイテ・ヴァン・ホイテマがそのノウハウを注ぎ込んだ、ザラッとした硬質な手触りのフィルム撮りの映像も、画面に映っているものの実在感を高めて秀逸だ。

ブラッド・ピットが好演する宇宙飛行士ロイ・マクブライドは、どんな時でも心拍数が80を超えず、常に冷静沈着。
冒頭のサージ事故の際も、成層圏からの落下中に姿勢を整え、リスクを最小限に抑えてパラシュートを開き、帰還に成功する。
宇宙飛行士として優秀な反面、他者との関係はうまく築けず、妻のイヴとは離婚し子供もいないお一人さま。
本人は危険な仕事だから他人の人生を巻き込みたくないと嘯くが、多感な十代の時に父が失踪した影響は明らかで、コミュニケーションの姿勢に問題を抱えている。
そんな主人公が、アイデンティティの原点とも言える、父を探す旅を通して自らとも向き合ってゆくのが本作の骨子。
物語の構造は、いわば宇宙を舞台とした「闇の奥」であり、ロイを映画版「地獄の黙示録」の主人公ウィラード、クリフォードをカーツ大佐に当てはめればピタリとハマる。
これは自らの殻を破る為のメンターを求める、ちょっと遅めの“ビジョンクエスト”であり、中年男性版の“自分探しの旅”でもあるのだ。

宇宙軍の組織を守るため、オフィシャルには単に行方不明となり、任務に殉じた英雄ということになっているクリフォード。
息子のロイもそれを信じ、偉大な父の背中を追ってきたが、隠蔽されていた真実は、旅の途中で地球外生命探しを諦め、地球への帰還を求める者と、続行を主張する者の対立が生じ、クリフォードが帰還派を“粛清”したというもの。
利己的に争う人類の愚かしさとは無縁と思ってきた父の実像に、冷静沈着を信条とするロイも動揺せざるを得ない。
クリフォードの男性原理的な傲慢さの罪と直接向き合うために、強引な手段で宇宙船に乗り込んだことで、ロイ自身も大きな過ちを犯す。
二人のマクブライドの行動と罪が重なってくることで、ロイは否が応でも自分の中に父と同じ面があることを突きつけられるのである。
主人公は魅力的に造形されているが、ジェームズ・グレイの演出は、キャラクターへの過度の感情移入を求めず、適度な距離を置くことでより客観的にテーマ的な追及を深めているように思える。

私たち人類は、この宇宙で本当に孤独な存在なのだろうか?
この答えを見つけ出すためのクリフォードの旅と、29年後に彼の後を追ったロイの二世代に渡る遠大な旅の果てに、父と息子は現象としては同じ答えにたどり着くが、そこに全く逆の意味を見出す。
クリフォードは、「知的生命体は見つからなかったから、旅は失敗だった」と言うが、ロイは「失敗していない。(他の生命が見つからなかったこそ)私たちはお互いの関係が全てだ」と答えるのである。
人類が宇宙でも唯一無二の存在だとしても、それは孤独であることを意味しない。
私たち自身がお互いに寛容に共感し合い、心を開いて愛し合うことで、世界はより良き場所へとなってゆく。
この時点で彼は、名誉と実利的な結果をファーストプライオリティとする、男性原理的な父の罪から解放されているが、一方のクリフォード自身はそうではない。
地球から43億キロの物理的な旅と、内なる父と対話するロイの心の旅が絡み合い、人生に一つの答えを出す。
あまりに強引な宇宙船への帰還の方法とか、突っ込みたくなるディテールはあるものの、宇宙という虚空に浮かんだ人間性の根源を浮かび上がらせた、ウェルメイドなヒューマンドラマだ。

今回は宇宙飛行士を意味する「アストロノート」をチョイス。
ラム20ml、ウォッカ20ml、レモン・ジュース20ml、パッション・フルーツ・ジュース1dashをシェイクしてグラスに注ぐ。
半透明のイエローが月光を思わせ、美しい。
アルコール度数は高いが、レモンの酸味がスッキリとした味わいを演出する、華やかなカクテルだ。

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ショートレビュー「エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ・・・・・評価額1700円」
2019年09月18日 (水) | 編集 |
どうして「イイネ」が欲しいのか。

ミドルスクールの最終学年、「エイス・グレード(8年生)」の卒業までの最後の2週間を描く瑞々しい傑作。
昨年、サンダンス映画祭でワールドプレミアを迎えると、ロッテントマトで肯定99パーセント、アベレージ8.9/10というハイスコアを叩き出し、数々の映画賞に輝いた愛すべき小品がようやくの日本公開。
主人公は、内向的でネット中毒気味の少女ケイラ・デイ。
四六時中スマホいじりし、 YouTuberとして活動していて、「なりたい自分になる」など自己啓発的なテーマで積極的に発信しているが、ほとんど誰も見ていない。
「レディ・バード」の様な、後先考えない猪突猛進型とは違った意味で、かなりイタタな女の子だ。

未知なるハイスクール進学まであと僅か。
漠然とした期待と不安を抱え、まだ何者にもなっていないケイラは、今のうちになんとかイケてない自分を変えたい。
リア充になって、イケてる誰かに自分を知ってほしい、見てほしいのだが、現実には対人関係がうまく築けない。
孤独なうちに承認欲求を抱えたティーンが、こぞってSNSに走るのは時代の必然。
面と向かっては、何かを言う勇気を持てない内向的なケイラでも、SNS、それも不特定多数に向けたYouTubeなら、相手の顔が見えないゆえに、気兼ねなく発信できる。
いつか山盛りの「イイネ」がつく日を夢見て、ケイラは今日もそれほど面白くない番組を配信し続ける。
決め台詞は「Gucci!」(笑

ケイラの家はお父さんのマークとの父子家庭で、独立心が芽生えてきて親に心配をかけたくない彼女と、お年頃で精神不安定な娘が心配でたまらない父との関係が物語の縦軸。
そこにクラスメイトとのぎこちない関係や、おバカな男子へのビターな初恋、背伸びした挙句の手痛いしっぺ返しなど、中学生あるあるの日常が横軸として絡んでゆく。
これ今だからモチーフになるのはSNSだけど、同じような承認欲求に突き動かされ、大人ぶって色々やらかした記憶は、世代を問わずに誰もが持っているはず。
だから、イタイなあとは思っても、誰もケイラのことを嫌いになれない。
タイムカプセルに入っていた2年前の自分からのビデオレターとか、非常に使い方が上手くて思わずグッとくる。
特別な事件は起こらないが、厨二病を患ったことのある誰もが共感できる、普遍性のある青春ドラマなのだ。

主人公を演じるエルシー・フィッシャーが素晴らしい。
日本だと芦田愛菜の吹替の方が馴染みがあるが、「怪盗グルー」シリーズの三女アグネス役をはじめ、今までのキャリアではどちらかと言うと声優として知られる若手女優。
可愛いんだけど、ちょいぽっちゃり体型とニキビ面が、普通の中学生のリアリティを醸し出す。
お父さん役のジョシュ・ハミルトンを含めて、有名過ぎないキャスティングが成功要因の一つだろう。
本作を観ていると、まるで「近所に住んでいるデイさんの家の話」に思えてくる。
そのぐらい実在感があって、キャラクターを身近に感じるのだ。

コメディアンでもあるボー・バーナム監督は、青春の悲喜こもごもの中にある人生の真実を、味わい深く描き出した。
本国公開ではミドルスクールの話なのにR指定になって、主人公世代が観られないのが物議を醸したそうだが、幸い日本では誰でも入場可のG指定。
これは是非とも、リアルな中学生に観てもらいたい作品だ。
自分自身に抗うケイラを通して、きっと色々な感情が湧き上がってくるだろう。

ケイラにはお酒はまだ早いけど、未来の彼女をイメージして「ホワイトレディ」をチョイス。
ドライ・ジン30ml、ホワイト・キュラソー15ml、レモン・ジュース15mlをシェイクしてグラスに注ぐ。
半透明のホワイトが美しく、フルーティな味わいを辛口のジンがまとめ上げる。
いつの日か、ケイラもこんなカクテルが似合う、洗練された大人の女性になれる・・・かも知れない(笑

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高畑勲展ー日本のアニメーションに遺したもの “Takahata Isao: A Legend in Japanese Animation”
2019年09月17日 (火) | 編集 |
18年4月に亡くなった日本アニメーション界の至宝、高畑勲の回顧展。
東映動画時代に始まり、日本アニメーションで手がけた世界名作劇場を経て、スタジオジブリ設立から遺作となった「かぐや姫の物語」まで。
残した仕事にふさわしく、質量ともに圧倒的なボリュームで、下手な映画を何本か観るよりも一日中ここに詰めていたい。
高畑勲展01

原画やレイアウトの展示も豊富なのだけど、基本的に絵を描かない演出家だけあって、見どころはメモ書きなどの膨大な文書資料だ。
女性的な丸みのある美しい文字で書かれた文章は、静かな情熱を雄弁につたえてくる。
高畑さんはスタッフ全員がプロジェクト全体を把握するべきとして、“制作現場の民主化”を進めた人だから、多くのスタッフによる様々な提案書も残されている。
日本アニメーション史のターニングポイントなった、「太陽の王子 ホルスの大冒険」制作中の、予算を抑えたい会社と、妥協したくない現場の辛辣なやりとりの記録は初めて見たし、宮崎駿が主人公の名前をホルスとヒルダから、パズーとシータに変えたがっていたのは笑った。
確かに出自に秘密を抱える少女と活発な少年の話は共通点があり、ホルスをパズーにしてヒルダをシータに、グルンワルドをムスカ大佐に当てはめれば、ラピュタの原点がホルスなのは納得。

一番唸らされたのは、高畑さん一流の音楽演出の資料で、この人の仕事はやはり圧倒的に豊かな知識と教養に支えられているのがよく分かる。
内田吐夢監督の幻のアニメーション映画企画「竹取物語」のために、東映動画に入社したばかりの高畑さんが書いたメモには、竹取の翁が美しく成長し親離れしてゆくかぐや姫に嫉妬し、彼女を呪うという驚きの愛憎劇の案が書かれているが、これは物語全般への深い素養がないと書けない。
そして「この案はアニメーションには適さないだろう」という冷静な自己分析。
若い時のインプットって、ほんとうに大切なのだなと思わされる。

図録は頑張っているけど、さすがに展示資料全ては載せられていないし、ルーペが無いと読めないレベルにちっちゃくなっているので、現物をじっくり見るのが正解。
常設展も合わせて1500円は安すぎるくらいだし、文書資料をじっくり読んでいくと一日では終わらない量なので、複数回通ってもいい。
ちなみに音声ガイドの声は、アニメーション史をモチーフにしたNHKの朝ドラ「なつぞら」で、高畑さんをモデルとした坂場一久を演じている中川大志。
ドラマでは物腰穏やかな優男風だが、実際にこの天才と仕事をするのは相当な覚悟と実力が必要だっただろう。
オリジナルの登場人物がやたらと多かった「母をたずねて三千里」で、キャラクターデザインと作画監督を務めた小田部羊一は、あまりの激務に妻の奥山玲子に作画監督補佐となることを要請しなんとか乗り切るも、プロジェクト終了後にはマルコの絵を一切描けなくなったそうだ。
現場の高畑さんを知る多くの人は、一度は共に仕事をしたいが、二度はやりたくないと言う。
まさに狂気を秘めた孤高の存在だった。

東京国立近代美術館で10月6日まで。
高畑勲展02


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